比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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いつか絶対にあの女は殺してやる……っ

 Side??? ――とある60階建てビルの通り

 

 

 その女吸血鬼は、オニ星人――吸血鬼の中でも、比較的優れた“才能”の持ち主だった。

 

 人間がナノマシーンウイルスによって身体を作り変えられ、その細胞に馴染んでくると、吸血鬼達は異能の能力に目覚める。人間のような容姿を捨て、異形の怪物の身体と引き換えにして、本格的に怪物として覚醒するのだ。

 

 だが、その能力は千差万別――個々の吸血鬼によって、各々異なる能力を手に入れる。

 

 異なる、異能を、手に入れる。

 

 そして当然、その能力にも、当たりの能力、外れの能力が存在する。

 

 当たりの能力には、雷や氷、炎といった自然そのものの強力な力を操る――まさしく“異能”の力を手に入れることが出来る。

 

 対して外れの能力は、いわゆる身体能力の強化系といったもので、そしてこれが最も吸血鬼達のポピュラーな異能となっている。

 

 通常の人間の容姿の状態でも吸血鬼となった者の身体能力は普通の人間のそれを軽く凌駕する、文字通りの人外のそれであるが――異能として目覚めた身体能力は、それに加えてある特定の能力のスペックが跳ね上がるのだ。

 例えば、スピード。例えば、パワー。例えば、打たれ強さ。例えば、回復力。

 

 勿論それぞれの異能でも、例えばスピードで言えば、自動車レベルのそれから限りなく瞬間移動に近いそれまで、差はある。回復力で言っても、傷の治りが早い程度のものから失った四肢を再生できるものまで――同ジャンルでいってもレベルの違いは、各々の個体で差があり、言うならばそれも一種の才能と言える。

 

 だが、この女吸血鬼は、正真正銘の選ばれた才能の持ち主――希少な異能、当たりの能力に目覚めた個体だった。

 

 彼女のそれは――“毒”。毒使い。

 

 体中の肌から毒液を出すことが出来るという、吸血鬼の同胞達の中でも彼女しか目覚めていないジャンルの強力な能力だった。選ばれし異能だった。

 

 この異能に目覚めた時、彼女は歓喜した。

 

 当たりの能力者は当然ながら個体数からして少なく、そのどれもが規格外な戦闘力へと繋がる。発現した誰もが、吸血鬼組織の主力と成り得る。

 部隊を任されるのは勿論、下手をすれば幹部――もしかすれば側女として、黒金に寄り添うことも叶うかもしれない。

 

 彼によって救われ、吸血鬼として同胞と出会うことの出来た彼女にとって、それは何よりの願いであり喜びだった――が。

 

『ごほっ!! ごほっ!! ……ぁぁぁ……ぁぁぁ……ぁぁあああああああああああああ!!!!!』

 

 その毒の能力は、文字通り彼女にとっても毒として、その身体を蝕んだ。

 

 そもそもが当たりの能力者の個体数が少ない理由として、目覚める個体数が少ないことも勿論だが、何よりもその能力を使いこなす――否、“使えるようになる”まで辿り着ける者が滅多に生まれないということが挙げられた。

 

 異能の能力は、例外を除いて、ある日、突然、唐突に目覚める。

 

 よって吸血鬼達は、能力が目覚めてからしばらくの間は、その異能によって振り回されることも――異能を暴走させてしまうことも少なくない。徐々にその能力に慣れていき、慣らしていき、制御方法を体で覚えていき、己の武器として、己の生態として、受け入れて、使いこなせるようになっていく。会得していく。

 

 身体能力強化系の外れの能力なら多少戸惑うことはあっても、大きな危険なく体に慣らしていくことが出来るだろう。

 

 だが、当たりの能力者達のそれは、文字通りの異能だ。

 そんな力の制御不能とは、暴走とは、只の自然災害と同義。

 

 体に慣れさせる前に、使いこなす前に、自分の能力によって誰よりも先に自分が殺されてしまう。

 

 故に、当たりの能力者――異能の能力者は、今現在吸血鬼の全てのグループを合わせても、吸血鬼組織全体としても、黒金や氷川といった最高幹部達を含めても、両手で足りる程度の人数しかいない。

 

 だからこそ希少で、貴重で、最強。

 

 当たりの異能に目覚めた者は、当たりの異能を会得した者は、無条件で幹部クラスへの出世の道も開かれるのだが――それも全ては使いこなしたらの話。

 

 自分の異能に、殺されなければ――の話。

 

 女吸血鬼は、能力に愛されはしたけれど、その異能を使いこなす程の器では、残念ながらなかった。

 

 必死に努力した。何度も自身の毒の苦しみで悶え苦しむことになろうとも、絶対に使いこなし、強くなると誓った。

 この能力さえ使いこなせれば、自分は必ず幹部になれる――黒金の傍に寄り添うことが出来る。

 

 黒金組は吸血鬼集団の中でも最大人数を誇る最大派閥。

 その中の下っ端の一人では、あの至高の御方に顔と名前を覚えていただくことすら叶わない。

 

 この想いが成就することなど、そんな恐れ多いことは、最早望むまい。

 

 それでも、少しでも近くに、少しでも傍に――少しでも、あの方の覇道を、近くで――

 

 だから――

 

『――残念だけれど、君はもう、擬態を解除しない方がいい』

『……え』

 

 ロイド眼鏡のその男は、女吸血鬼の身体を診断した後、残酷にこう告げた。

 

『君の身体は、もう限界だ。……度重なる“暴走”で……最早、いつ“堕ちても”……おかしくない』

 

 その瞬間だけは、体中を蝕む毒の苦しみも忘れた。何も感じず、目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。

 

 女吸血鬼は、表情が抜け落ちた顔で俯き、呆然と、呟く。

 

 

――それでも……それでも、私は……

 

 

――私……は……

 

 

 

「もういい」

 

 

 

 たった、一度。

 

 手を差し伸べられ、その手を取った――たったそれだけの繋がりだった、一人の男の為に、一人の吸血鬼の為に。

 

 体中を毒で蝕まれ、自分の身に合わない異能を、身の丈に合わない力を、それでも必死に使い続け――結果、こんな醜い化け物にまで身を落とした――身を、堕とした、一人の馬鹿な女――哀れな女吸血鬼。

 

 そんな彼女の目の前に、全てを終わらせる拳が迫っていた。

 

(…………あぁ)

 

 彼女の周りには、十数体の倒れ伏せる怪物達。

 

 こんな馬鹿な女に、最後の最後までついてきた――きっと死地だろうと、地獄だろうとお供し続けるであろう、どうしようもない、馬鹿な男の吸血鬼達。

 

 一人の女の命を、生き様を、そして死に様を――最期まで守る為に戦い散った者達の、無様な、そして勇敢な末路だった。

 

「これで終わりだ――カッコよかったぜ、おめーら」

 

 この男は――東条英虎というこの男は、きっと彼女の歩んできた道のりなど知らないだろう。

 

 あくまでこの戦場において、東条はハンターで、女吸血鬼はモンスターだ。

 

 だが、それでも、東条は彼女の、そして彼女達の戦いぶりを見て、何かを感じ取った。

 

 そしてそれを、その様を――カッコいいと、認めたのだ。

 

 これが、東条英虎。

 

 万人にとっての英雄とはなれなくとも、強者を、そして強敵を惹きつけてやまない――大将の器。

 

「あなたもね――もっと早く出会っていれば、惚れてたかも」

 

 取り返しがつかない程に怪物と成り果てた女は、最後の最期で、そう微笑んだ。人間の言葉で、そう言い遺した。

 

 東条はそれに不敵な笑みで応えて――彼女の剥き出しのどてっ腹に、芋虫の下半身と人間の上半身の境目のどてっ腹に、渾身の拳を叩き込んだ。

 

 十メートルを超える出来損ないのラミアのような姿となった彼女の巨体が、60階通りの宙を舞う。

 

 ガシャァァン!! と、どこかのテナントに突っ込んだ女吸血鬼は、最早その醜悪な異形の身体を動かすことすら出来なかった。美しい笑みを浮かべたまま――静かに息を引き取った。

 

「まあまあ楽しかったぜ」

 

 東条は、そんな言葉を、ずっと、ずっと戦い続けた一体の怪物に――一人の莫迦な女に送った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「……勝った? 勝った、勝った! やった、勝った!」

 

 そんな風に無邪気にはしゃぐ由香とは対照的に、烏間と笹塚は、目の前で行われた目を疑うような戦争を、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。

 

「…………」

 

 戦争は終始、東条英虎の圧勝だった。

 

 あのラミアのような怪物は、その巨大な体中から毒液を振り撒きながら暴れ狂った。

 その様はまさしく怪物で、同胞である仲間の怪物も、少なくない数がその毒の巻き添えを喰らった。

 

 だが、東条はそれらをまったく寄せ付けなかった。

 取り巻きの怪物達を拳や蹴りで弾丸のように吹き飛ばし道路にテナントに叩きつけて叩き込んで圧倒する。

 

 そしてラミアに対しても臆することなく凶暴な笑みを浮かべながら戦った。街灯を引っこ抜き、まるで棍棒のように粗雑に振り回して、力任せに叩きのめした。そして最後は毒を垂れ流している懐に飛び込んで拳で(とど)め。

 

 まさしく圧勝。圧倒的圧勝。規格外の力に任せた、だからこそ有無を言わせない強者の戦争だった。

 

(強い……まさしく、規格外だ)

 

 まるで密林の猛虎のような――己の強さを疑っていない、強者であることの自覚すらない、自身が捕食者であることが当然とばかりの、一種の傲慢さすら感じる強さを持つ戦士。

 

「…………」

 

 だからこそ烏間には、東条英虎に幾ばくかの不安も感じた。

 

 その強さは――己の強さに、ある種の裏付けや誇り、積み重ねたものがない強さは、ひどく危うい。

 

 己以上の強さに出会った時――東条英虎は、今のままの自分でいられるのか。

 

(……だが、今の戦いを若者にだけ任せて、何もせずにただ見ていただけの自分に……何かを言う資格などないな)

 

 それに烏間が教官だった時代(ころ)の経験上、彼のような生まれ持った強者には、大きく分けて二つのパターンが存在することを知っていた。

 

 一つは、挫折を知らず、自分の強さに確固たる誇りや裏打ちされた努力がない為に、それ以上の強さに出会った時、身も心もぽっきりと折れてしまう者。

 

 そして、もう一つは――

 

(……これ以上は、俺が考えることではない。……それに、彼程の男を、俺のような人間に計りきれるとは思えない)

 

 そう考え、烏間はその思考を断ち切り、足元ではしゃぐ由香に尋ねた。

 

「――すまない。いいだろうか?」

「へぁっ!? な、なんですか……?」

 

 烏間は端正な顔立ちをしているが、それでもやはり歩んできた人生(みちのり)故か、常に無自覚に放っている迫力が凄かった。

 ついこの間まで小学生だった由香からすれば、例えこの人が警察(だと由香は思っている)の人でも――いやだからこそか――少し怖いと思ってしまうことは否めない。

 

 烏間はそんなウルトラマンみたいな奇声を上げた由香の様子を見て、なるべく手早く要件を済ませてあげようと――怖がられているのが分かっても安心させてあげられるような笑顔が自分に作れるとは思えないので、これが烏間の出来る精一杯の心遣いなのだ――淡々と尋ねる。

 

「君達の他にも、この池袋に仲間が来ていると言っていたな? その彼等が今どこにいるか、場所を知る手段――または連絡手段のようなものはあるか? それが無理なら敵の場所を知る手段でもいい。あの怪物達を討伐しにきたというのなら、せめて後者の手段はあるはずだ」

「え、ええと、ですね。あの、その、え、ええと……え、えぇ」

 

 由香は烏間の言葉に慌てて己の身体のあちこちを触る。

 

 ……む、問い詰めるような言い方になってしまったか、と烏間は自分が思っていたよりも精神的に焦っていたことを自覚する。

 笹塚が呆れたような冷たい目でこちらを見ていることに気付かない振りをしながら、由香に分からないならそれでいいと告げようとすると――

 

「え、ええと、あの、……ああ、もう! ――――あれ?」

 

 由香が思わず頭を抱えたその時、スーツの手首の部分からカシャンと音を立てて何かが現れた。

 

「ん? それはなんだ?」

「えぇと、分からないです。今、初めて気づきました」

 

 烏間は由香に「すまない、見せてくれ」と言い、彼女の腕を引いて覗き込む。

 由香が少し顔を赤くしてあうあう言っているのにまるで気づかず、烏間はそれを慎重に操作していく。

 

(……何かの端末か? ……っ!? これは――)

 

 烏間が見つけたのは、地図のようなものを表示し、その上に赤い点と青い点が光っている画面。

 

「……これは……池袋のマップか?」

「おそらくはそうだろう。ならば、この赤い点と青い点は、それぞれ仲間と標的ターゲットの位置……と考えるのが妥当だ」

 

 位置関係的に、おそらくは赤い点が由香や東条達――黒い服を纏った戦士達(なかま)の位置、そして青い点が怪物(てき)の位置であると考えていいだろう。

 

 そして烏間は比較的近い位置に――かなり近い場所に、三つの赤点と二つの青点がある場所を見つけた。

 

「……笹塚君。君はここに残って、このマップを使って俺達を指揮してくれ。――俺はこれから、この場所に向かいたいと思う」

「……指揮というのなら、アンタの方が適役じゃないか?」

「――いや、君の実力を疑うわけではないが、こういった事態では、元自衛官で現防衛省の俺の方が向いている。……それに君には、この子を守ってやってほしい」

「ふえ?」

 

 烏間はそう言って、由香を見下ろす。

 そして笹塚と一緒に東条に向かって視線を動かした。

 

「……彼は、恐らくは子供を守るということは、向いていない」

「……あ~」

「…………」

 

 そんなことないよ! ――とは、由香には言えなかった。

 

「……お願い、します」

「…………ああ」

 

 由香はそう言って、笹塚に頭を下げた。

 どちらかといえば笹塚の方が怖くはなかった。

 

 烏間は少し複雑な気持ちになりながらも、そのまま由香を笹塚に託す。

 

「――それでは、行ってくる。防衛省の方の応援はこちらで要請しておく。場合によってはそちらに連絡が行くことがあると思うが、よろしく頼む」

「……はいよ。こっちも、もうすぐ俺よりもよっぽど指揮向きの同期やつが出張ってくると思うんで、そしたら俺も現場(そっち)に向かう」

「ああ、よろしく頼む」

 

 そして、烏間は拳銃を構えながら、そのまま別の戦場へと向かって駆け出した。

 

「…………」

 

 最後にちらりと、この戦場に堂々と佇む東条の背中に目を遣る。

 

 だが、何も言葉を投げ掛けることなく目を切り、そのまま大通りから折れて暗い別の道へと駆けて行った。

 

 

 その直後――

 

 

「……ほう」

 

 烏間とちょうど入れ違いになるように、この場所に猛スピードで向かってくるその気配を、東条は感じた。

 

 

 

「あ、あの、笹塚さん!」

「……ああ。なんだ――――この青い点は?」

 

 一つの青い点が、物凄いスピードでこちらに迫ってくる。

 

 マップの点は有り得ない移動の仕方をしていた。これでは、まるで――

 

「――ビルとビルを……跳び渡っているみたいな――」

 

 そんな由香の呟きを掻き消すように――轟音と共に、それは降ってきた。

 

 

 ドゴンッッ!!!――と、落石の如く、その敵は現れた。

 

 

 その男――岩倉は、東条英虎の前に豪快に参上した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Sideあやせ――とある路線の出口近くの吹き抜け空間

 

 

 あやせが最後の一体の顔面を踏み抜くようにして上段蹴りで蹴り飛ばし、吹き飛ばす。

 

「――ふう……もう、いないみたいですね、雪ノ下さん」

 

 あの後、瞬く間に残存星人を狩り尽したあやせは、数時間前まではお洒落で清潔感のある広場だった場所――現在では星人と人間の屍で埋め尽くされている紛れもない地獄へと変貌したその場所で、顔を流れる返り血と混ざり合い赤みがかった汗を色気すら感じる仕草で拭いながら、もう一人の狩人(ハンター)に向かってそう呟いた。

 

「……あれ? 雪ノ下さん?」

 

 だが、その呟きに対する返答はなく――例えお互いが気に食わない存在だとしても無視などという器の小さい真似をするような人ではないことは既にあやせも理解していた。むしろそういった相手の発言の揚げ足を強引に取ってニタニタと笑いながら主導権を強奪し虐め抜くような人だ――きょとんと首を傾げながら辺りを見回す。

 

 そして、見つけた。

 

 あやせから随分と離れた――凄惨な地獄と化した広場から池袋駅の地下へと繋がっている、その場所に。

 

「…………何してるんですか?」

 

 無表情で呟くあやせに、陽乃はあっけらかんと、きゃはっ☆みたいな効果音が付きそうな仕草で言った。

 

「ごっめ~ん! ほら、わたしったら半年近く死んでたから、もう一刻でも早く一分一秒でも長く八幡の傍に行って八幡の元に駆けつけて八幡のフェロモンを浴びて八幡の匂いを嗅いで八幡のボイスで蕩けて八幡の温もりに溺れて八幡の腐った双眸で射貫かれて八幡の耳元で愛を囁いたり囁かれたりしちゃって八幡の八幡で八幡が八幡に八幡だからわたしもう行くね! この瞬間から別行動にしましょう! それじゃあ、新垣ちゃん! あなたの命運を愛する八幡と一緒に心のどっかで祈ってるよ! あなたのことは忘れるまで忘れないね! それじゃあ大変だと思うけど、頑張って生き残ってね~! ばいば~い!」

 

 そう言って、早口だけど見事に一言一句聞き取れる見事な滑舌で言い残して、これ以上ないムカつく笑顔と共に雪ノ下陽乃は去っていった。

 

「………………」

 

 あやせは唖然と、それを見送った。

 

 確かにあやせと陽乃は、抱えている想いが想いである以上仲良く協力プレイなんて出来っこないし、見渡す限りの敵を倒し終えた以上、この後直ぐにでも別行動となったかもしれないが――まさか、ここまであっさり華麗に去っていくとは。

 

 半年ぶりの戦争とはいえ、ガンツミッションにおいて単独行動がどれだけ危険か、例え気に食わない相手とでも“経験者”と共に行動するということがどれだけ生存確率を上げるか――ましてや、一度ガンツミッションで命を落としている者が、知らない筈があるまいに。

 

(……まぁ、いいでしょう。遅かれ早かれ、こうなっていたでしょうし)

 

 あやせはそう結論づけて、深々と溜め息を吐く。

 

 別に好き好んで一緒に行動したい相手では絶対にないし、下手をすれば決定的な場面で裏切るどころか背中を押して平気で崖下に突き落としてきそうな人だ。早々に別れられて、ある意味では助かったとも言える。そう思うことにしよう。そう思うことにした。

 

 さて、これから自分はどうしようか。なんとなくムカつくから、あの人が去っていたのとは別方向に進んで八幡(あのひと)を探そうか――なんてことを考えていた、あやせの前に。

 

 

「あれま、みんな死んじゃってるよ。これって、お嬢ちゃんが()ったの? だとしたら許せないなぁ~。激オコだな~。おじさん、殺意湧いちゃうな~。いくら美少女でも許せない所業だよ~これ」

 

 ぴく、と体を震わせたあやせは、ゆっくりと顔を向ける。

 

 

 そこには、全裸で額から角を生やした男が立っていた。

 

 

 全裸だ。

 

 オレンジ色の短髪で顎と鼻の下に髭を生やし、左耳にピアスのダンディーな顔立ち。

 

 

 そして、全裸だ。

 

 そんな男が、角が生えている以外は人間と同じ裸体を披露し、腰を曲げて無駄にポーズを決めながら、あやせをドヤ顔で見据えていた。

 

 

 やっぱり、全裸だ。

 

 あ、なんかウインクしてきた。

 

 

「…………………」

 

 

 あやせはその男から目を逸らすでも、頬を染めるでもなく、ただただ苦々しく表情を歪めた。

 

 気持ちが悪い。生理的に受け付けない。まさかここまで不快な気持ちになる存在がこの世にいたなんて。

 

 そして思い返す。陽乃の去り際の言葉を。

 

 

――それじゃあ大変だと思うけど、頑張って生き残ってね~! ばいば~い!

 

 

 陽乃はそのムカつく言葉とムカつくテヘペロと共に、まるで携帯を振るように――コントローラーを見せつけるようにして去っていった。

 

(……あぁ、そういうこと。そういえば、さっきのミッションの時、そんな機能を見つけたような――)

 

 つまり、陽乃は。

 

 この戦場にもう一体、敵が近づいてきていることを察して、早々にこの戦場から離脱を図ったというわけだ。

 

 

 その星人の相手を、あやせに押し付けて。

 

 

 自分はさっさと、八幡を探しに、八幡の元に――

 

 

「――あの女ぁ」

 

 

 両親の厳かな教育によって心掛けるまでもなく自然に話せるようになった丁寧で美しい言葉を使うあやせが、思わず物騒な汚い言葉遣いで呪詛を吐いてしまった。ぎちぎちとガンツスーツを纏った拳が音をたてる。

 

 まぁ、無理もないだろう。

 陽乃はさすがに近づいていた星人がこんなキャラだとは知らなかっただろうが、結果としてあやせは、かなり高レベルの変態の相手を押し付けられてしまったのだから。

 

 不快。不快だ。気持ち悪い。

 何が不快って、無駄にいい身体をしているのが何より不快だ。弾ければいいのに。

 

「おいおい、お嬢ちゃん。いくら俺の腹筋が美しいからって、そこまで熱い視線を向けられるとさすがに恥ずかしいぜ――まぁ、名前だけなら、教えてやってもいい。化野(あだしの)だ。あ、連絡先は勘弁してくれ。拡散されるの怖いから」

「黙ってください喋らないでくださいぶち殺しますよ、あ、近づかないで、いやぁ!」

 

 そんなこんなで。一つの戦争が終わり、一息吐く暇もなく、次なる化け物が現れる。

 

 黒髪の美少女と、全裸のダンディーな男。

 

 異色すぎる組合せの戦争が、無慈悲にこうして幕を開けた。

 

(いつか絶対にあの女は殺してやる……っ)

 

 陽乃への復讐を誓いながら、あやせは涙目で渾身のハイキックを放つのだった。

 




岩石の剛鬼と変幻の妖鬼、参上す。

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