Side渚――とあるふくろうの像がある公園
渚が再び漆黒のナイフを閃かせ、二体の大小の化け物に向かって、臨戦態勢で突っ込んでいった――――その時。
「ぐ……お……」
緑の巨体の化け物が、突然、そんな呻き声を上げた。
「…………?」
その異様な様子に、渚は思わず足を止めてしまう。
きょとんとする渚とは対照的に、ロン毛(だった)低身の怪物は、途端に狼狽し、苦々しげに舌打ちをする。
「――ッ!? くそっ! こんなタイミングで“
緑の巨体の怪物は、己の身体を掻き抱くようにして悶え苦しみ出し、そして、両腕を開いて、天に向かって咆哮する。
「ぐっ、おぉぉぉおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオ!!!!」
その咆哮の威力と迫力に、思わず渚と後ろのバンダナと平は、腕で顔を覆ってしまう。
緑の巨体は咆哮と共に、メキ、メキメキメキ、メキメキメキメキと、巨大な体を更に大きく“変形”させる。
それは、苔や葉を大量に纏うその身体そのものがさながら大樹であるかのように、大樹が更に大きく生長するかのように、みるみる膨れ上がり、ぐんぐんと伸びていく。バキバキ、バキバキバキと、その幹のような図太い体躯から、太い枝が一本、また一本と、まるで槍を突き刺されているかのように痛々しく飛び出していく。
それは、一人の人間が――一体の化け物が、不気味な大樹へと変貌していくかのようで。
木の怪物に、大樹の化け物に、成り果ててしまうかのようで。
「ご、ぉ、ぉおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
みるみる内に成長する化け物は――生長する大樹は、既に街灯の背を越していた。
人間だった頃の面影は、最早、大樹の幹から、大樹に呑み込まれているかのように飛び出ている人間の身体のようなシルエットしか存在しない。それも苔や葉に覆われていて、肌色はどこにも存在しないが。
渚は、一歩、顔を青褪めて後ずさる。
昨夜は恐竜と戦った。
今夜は巨大な黒衣の騎士とも戦った。
この公園では人間のように擬態していた角を生やした異形の化け物とも戦った。
でも、これは――違う。今までのそれとは、まるで違う。
怖い。本当に、悍ましい。見た目もさることながら、その叫び声が――
「ぁぁぁぁぁぁ!!! ォォォォォォォ!! うわぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
――その咆哮が、まるで人間のようで。
怪物の放つ人間のような叫びが、何よりも恐ろしい。
まるで、人間が――怪物へと、変貌しているようで。
変貌して――変えられて、成り果てて、しまっているかのようで。
目を背けたくなる。逃げ出したい。こんなものを、見ていたくない。直視なんて出来る訳がない。
「………っ!」
渚は、気が付いたら唇を噛み締め、瞳から涙を流していた。
(この怪物は………なんて――辛そうに、
対して、低身のオニは、“
(くそっ、どうするッ!? このまま完全に“堕ちたら”、俺には完璧に手に負えねぇ! 下手すればこいつ等を殺すどころか、俺まで巻き添えで殺されちまうっ! ……こう……なったら――)
ザッ!! と、低身のオニは素早いスピードで駆け出し、緑の巨体――大樹の化け物の背後から渚の前に唐突に姿を現す。
「――ッ!?」
思わず渚はナイフを構えて腰を落とすが、低身のオニは渚に背を向けていて、その目は大樹の化け物へと向けられていた。
そして、低身のオニは右腕を挙げて――その腕を中世騎士の馬上槍の穂先のように変形させる。
「――死ねッ! “化け物が”ッ!!」
そして――味方である筈の、同胞である筈の、かつて仲間だった筈の大樹の化け物に向かって、真っ直ぐに突進した。
「な――ッ!?」
渚は絶句するが、低身のオニは委細構わず全力で巨大な大樹に突っ込んでいく。そのスピードは、これまで渚が戦った――そして殺したオニ星人とは、一線を画す段違いのもので、渚の目でははっきりとは追えず、ただ呆然とそれを眺めることしかできなかった。
このスピードこそが、低身のオニの最大の武器であり、己の小さな体躯故のパワー不足を補っている、彼の生命線でもある。
だからこそ、あえて直ぐ傍にいたものの――背後を取っていたものの、一度距離を取ったのだ――助走距離を得る為に。真正面に出たのも、おそらくは弱点であろう露出した人間部分を真っ直ぐに貫く為。
この突進攻撃による一撃必殺――低身のオニは、この技で、この技一つで、一つの部隊を任せられるに相応しい戦闘力だと認められた。今のポジションを手に入れた。故に彼は、この技に――この異能に、ある種、絶対の自信を持っていた――が。
「うぉぉおおおおお!!! グォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!」
大樹の化け物は、一際強くそう吠えると――低身のオニが自分へと向かってくる、真っ直ぐのその一本道に――無数の木々を一斉に生やした。まるで、下から突き上げる杭のように、勢いよく生長させた。
「な――」
それは、絶対の自信を誇った低身のオニのスピードを捉え得るものだった。
「ぐあぁぁあぁああああああああああ!!!」
低身のオニは、上空に高々と打ち上げられる。
バキバキバキと、瞬間的に突き上げるように生えた木々の枝を折りながら――フィクションによくあるようなクッションの役割は果たしているとはまるで思えず、むしろ更に痛めつけているかのようだった――低身のオニは地面に落下する。鋭く尖った無数の枝に身体のどの部分も貫かれなかったのは奇跡と言えた。
「ぁぁ…………ぐぁ………ぁぁ……」
「グォォオオオオオ!!! うわぁぁぁああああああ!!!」
「……………………っ」
低身のオニは体中から血を噴き出していて、今もぴくぴくと体を震わせながら仰向けに倒れている。
渚は、怪物のような咆哮と、人間のような叫び声を、交互に繰り返す大樹の化け物の哭き声を聞きながら、その凄惨な一部始終を顔面蒼白で見ていた。突如仲間割れを始めた彼等の戦いを見て、恐怖に心を支配されながら呆然と眺めていた。
低身のオニはもう戦えないであろうことは誰が見ても明らかだったが、まだ死んではいないようだった。
今ならあっさりと殺せるだろう。勝手に仲間割れを起こして、こうして致命的なダメージを負って倒れ伏せているのだから、本来ならチャンス以外の何物でもない。
だが――渚の身体は動かなかった。
今にも死にそうな奴に止めを刺すことが忍びないから――ではない。そういった心もないわけではないが、しかし、それ以上に――
――あの大樹の化け物への、恐怖が全く消えなかった。
今まで渚が相対してきた星人の中で、最も恐ろしい怪物だった。
この足を一歩でも踏み出したら、地面に虫の息で倒れ伏せるあの低身のオニのように、瞬く間に全身を串刺しにされるのではないか。今にも足元から、あの木々の杭が突き上げてくるのではないか――そんな思いが消えなかった。
それほどまでに、この大樹の化け物は、圧倒的に強かった。
(……どうする? どうすればいい?)
渚は更に一歩、震える足で後ずさる。
あの大樹の化け物緑が、未だ化け物に
それでも、渚は動かない。動けない――こうしている一秒が、事態をどんどん取り返しがつかない方向に動かしていることは、分かっているのに、動けない。
怖い――殺されるのが、怖い。
「……ころせ」
「――っ!?」
その時、そんな声が動けない渚の耳に届いた。
ゆっくりと目を向けると、その声の主は、つい先程大樹の化け物に戦闘不能にまで返り討ちを受けた、あの低身のオニだった。
奴は、仰向けのまま、血だらけのまま、満身創痍で、目だけをこちらに向けて――渚に向けて、ごふっと血を吐き出しながら、虫の息で言った。
「……殺せ……はやく、殺せ……」
それは、自分に止めを刺せという意味だろうか――それとも、あの大樹の化け物を、殺せという、意味だろうか。
「……っ!」
渚はそれを受けて――更に、一歩、後ずさる。
「――ッッ!! 殺せ!! ごろぜ!! ばやぐごろぜよぉぉおお!!!」
その血まみれの叫びに、渚は思わず、強く強く目を瞑った。
(~~~ッ!! どうするっ! どうすればいいッッ!! 僕は――)
その時――
真っ暗な闇夜の公園が、強烈に明るくなった。
「――っ!?」
これまで頼りない街灯の光のみで照らされていた公園が、突然、まるで閃光弾を撃ち込まれたかのように明るくなった。
光だけではない。それ以上に目を覆いたくなるような、強烈な――苛烈な熱波が、渚を襲った。
「…………え?」
否、それは渚を襲ったわけではない。確かに渚にも強烈な光や苛烈な熱は届いていたけれど、そんなものは単なる余波でしかなかった。
その尋常ではない光と熱を発していたのは、一本の巨大な火柱だった。
大樹の化け物は突如として唐突に炎を纏わされ、巨大な光源と熱源にさせられていた。
燃やされていた。まるでゴミのように。
ゴミのように、用済みだと言わんばかりに――殺されていた。
「グォォオオオオオオオ!!!!! ああああああああああああ!!!」
大樹の化け物は、相も変わらず、怪物のような咆哮と、人間のような悲鳴を繰り返していた。
だが、その叫びは段々と、人間のような叫び声が大きくなり――多くなり、まるで、怪物が、人間に、戻っているかのように錯覚させられた。
「ガァァァァァアアアアア!!!!! ああああああああああああ!!!! うあぁぁぁぁあああああああ!!!」
たった一本の巨大な大樹でもまるで山火事の如く燃え盛る怪物は、どこからどう見ても怪物で、死に様まで怪物で、この期に及んでも人間なんかには見えやしなかったけれど、怪物の成れの果てでしかないけれど。
「……………………」
渚は、その死に様から――化け物の末路から、末期から、全く目を離せなかった。
恐怖は、消えていた。
「……ぁ」
思わず、一歩、前へと踏み出す。ふらふらと、ゆっくりと、燃え盛る大樹の光に引かれるようにその手を伸ばして――
「邪魔だ」
その言葉と共に、ドカンッ!! と、火柱に穴が開いた。
「っ!!?」
渚は、その足を止めて、背後に飛び去る。
その少し前を、巨大な火の玉が擦過した。
「ひ、ひぇぇえええええ!!!」
渚から少し離れた位置にいた平が情けない悲鳴と共に逃げ出す。
直径でも渚の身長を上回るような、巨大な火の玉。
それにより貫かれた火柱は――燃え盛る大樹の化け物は、バキバキと音を鳴らしながら、ゆっくりと倒壊した。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――」
悲鳴が、ゆっくりと消えていく。
それはまるで、炎の中から地獄へと、地獄から、更なる地獄へと、引きずり込まれていくかのように。
「…………」
渚がそれに唖然と目を奪われていると――その炎の中から、一人の長身の男が悠然と歩いてくる。
裸の上から纏ったジャンバーに黒のジーパン、逆立つ硬質な黒髪に、薄い赤色のレンズのサングラス、口周りの髭――
――そして、額から生える長さの違う二本一対の、角。
「っ!?」
渚は思わず目を見開く。
そして、地面に仰向けに倒れ伏せる低身のオニが、切れ切れに言葉を発した。
「……火、口……さん」
火口と呼ばれた新たなる“オニ”は、低身のオニの近くまで歩み寄り、見下すように一瞥すると、顔を上げ、渚と、バンダナと、平を見渡しながら吐き捨てる言った。
「……何やってやがる……使えねぇゴミだな」
+++
Side和人――とある駅の近くの大通り
そして、最後の敵の処刑も、つつがなく完了した。
「が……はぁ……ッ」
左肩口から右脇腹にかけて斜めに袈裟斬りに伏せられたその怪物は、鮮血を和人に浴びせかけながら、がっくりと膝をつき、路面にうつ伏せに倒れ伏せる。
「……ふう」
和人がそう息を吐き、その漆黒の宝剣に着いた敵血を剣を一振りすることで飛ばしながら、右腰の鞘にゆっくりと仕舞おうとする。
それに合わせ、和人の戦いを見ていた一般人のギャラリー達が、口を揃えて歓声を上げようとした――その時。
「あ、いたいたー。あー、なんか、みんなもう殺されてるじゃねぇか。マジかよ、やるなー、お前」
その一般人のギャラリーの中から、上裸に黒のジャケットを羽織った坊主頭の男が、和人に向かってゆっくりと近づいていく。
和人はその声に驚き、思わず剣を仕舞う手を止めてしまった。
坊主頭は体格のいい男だった。おそらくは180センチ程の身長。
和人は、自分の目の前に立つその男を呆然と見上げる。
その男の異様な雰囲気に、その他の一般人のギャラリーも、開きかけたを閉じて息を呑んだ。
和人は思わず一歩下がるが、男はそんな和人に構わず言葉を投げ掛け続ける。
「お前、一人?」
男はそう問いかけた。まるで街の女の子を口説いているかのような気安さだった。
和人は唐突過ぎるその質問の意味が分からず、戸惑いながら問い返す。
「――は? ど、どういう意味だ?」
「あー、だからよぉ。――うわぁ、バッサリやられてんなぁ、一撃かよ。……あぁ、つまりな――」
坊主の男はしゃがみ込み、うつ伏せに倒れた怪物を裏返す。男は怪物の凄惨な死に様を見ても飄々としていた。
そして、ゆっくりと立ち上がり――
「これを
――和人の首筋に噛みつこうとした。
「ッ!!」
和人は反射的に宝剣を振るう。
それを、坊主頭の男はいつの間にか手の平から取り出した日本刀で受け止めた。
「おっと――相当鋭い剣筋だなぁ。さては名のある剣客と見たぜ」
「……お前、オニ星人か」
「ほう、あの黒い球は、俺達をそう名付けたのか。悪くないセンスだが、それよりも吸血鬼と呼んでくれ。そっちの方がカッコいいから好きだ。ヴァンパイアでも可」
坊主頭と和人は鍔迫り合いの様相を呈する。
和人はスーツの力を全開にして押し返そうとするが、坊主頭は全く体勢を崩さない――それどころか、微塵も揺らぐことすらしなかった。
(……コイツ、強い……ッ!?)
和人が歯を食い縛る眼前で、坊主頭のオニ星人は不敵に口元を歪めながら言った。
「――さて、自己紹介と行こうか。俺は黒金組の若き幹部、剣崎という吸血鬼だ。以後、お見知りおきを」
獄炎の悪鬼と鮮烈の剣鬼、出陣す。