比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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なんか、陰惨ッッ!!?

Side和人――とある駅の近くの大通り

 

 

(敵は……残り、二体!)

 

 和人は既に何体の敵を斬ったかなど数えていない。覚えていない。だが、気が付けば――敵は二体まで減っていた。

 

 とにかく斬り続けた。斬り裂き続けた。自らに襲い掛かる敵を、視界に捉えた怪物を、その漆黒の大剣を持って一刀に斬り伏せた。

 

 あれほど道路を埋め尽くしていた怪物達の軍勢は、その殆どが無残な骸へと変貌している。

 

 その光景を作り出した下手人である和人は、尚も剣を引き、地を蹴る。

 

 大剣に敵血を滴らせ、顔に刺青(タトゥー)のように返り血で模様を描きながらも、和人は黒色の瞳から鮮血のような真紅の闘志を放ち続け、ただ真っ直ぐに眼前の怪物のみを見据えていた。

 

「ち、ちくしょう……ッ! なんなんだよ……こんな……こんな奴がいたのかよッ!?」

 

 既に片腕を斬り落とされている、和人と宣戦布告の名乗りを挙げた、この集団の纏め役のような役割を担っていた怪物が、擬態を解除し青白く変色した肌と二本の角を生やした醜い相貌を恐怖に歪めて嘆く。

 

「う、うわぁぁぁああああ!!!」

「ば、バカ野郎! 早まるな!!」

 

 自分以外の最後の生き残りである、傍らに控えていた若造の怪物が、恐怖に耐え切れなくなったのか、拳を変化させ作り出した巨大な斧を振りかぶり、和人に向かって駆け出した。

 

 そして、両者が交錯する、その瞬間――

 

 

 カァンッ! と、和人の大剣が、怪物の斧を吹き飛ばした――その腕ごと、斬り飛ばした。

 

 

「――あ……ぁ……ッ」

 

 怪物の表情が、絶望に染まる。

 

 そして、和人はそのまま回転し、遠心力を手に入れたその一振りで、怪物の顔面をその絶望の表情のまま永遠に固定した。

 

 断末魔の表情の怪物の首が、高々と宙を舞う。

 

 それが地に落ちるまでの僅かな間、和人は背筋を伸ばし、大剣を一振りして、ようやくその刃が浴びた返り血を吹き飛ばした。

 

 そして、そのまま大剣を、背に仕舞う。

 

 カァン! と、池袋の道路のアスファルトに怪物の頭蓋が落下し、気の抜けたような音が響いた。

 

 残された最後の怪物は、得物を仕舞った和人の挙動を見ても、一切恐怖が消えなかった。

 

 和人の瞳からは、その真紅の炎のような鋭い闘志は、全く消えていなかったから。

 

 そして、そんな怪物の絶望を裏付けるように、和人は右腰の鞘の剣に手を伸ばし――その柄を掴んだ。

 

「お前が最後だな」

 

 和人はそう呟きながら、ゆっくりと、その漆黒の宝剣を引き抜いていく。

 

 怪物は、思わず一歩、後ずさる。

 

 その瞳は、完全に恐怖に染まっていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 その光景を彼等は――人間達は、一般人達は、呆然と眺めていた。

 

 陶然と、見惚れていた。

 

 戦場となった大通りの、道の外側。

 傷を負い、逃げ遅れ、怪物達の恐怖を脳髄にまで叩き込まれ、死を覚悟し絶望に暮れていた、その人間達は、この光景に目を奪われていた。

 

 突如、どこからともなく現れた漆黒のスーツを身に纏った一人の少年が、あの恐怖の怪物達を、たった一本の大剣でその悉くを打ち破り、無双していく様に、心を奪われていた。

 

 そして、その少年は、とうとう残り一体まで追い詰め、ゆっくりと新たな剣を引き抜き、この戦いに終止符を打とうとしている。

 

 颯爽と現れた一人の戦士が、絶体絶命の我等の窮地を覆し、か弱き民を救い出してくれる――それは、まさに。

 

 自分達が見ているこの光景は――まさに、物語のような英雄譚だった。

 

 今、目の前で怪物達を殺し尽くし、自分達を守ってくれているあの少年は、まさしく――物語の英雄のようだった。

 

「……ヒーローだ」

 

 誰かがポツリと、呟いた。

 

 テレビの中だけだと思っていた。そんな都合のいい存在は、虚構(フィクション)の中にしか存在しないのだと分かっていた。

 

 誰もが憧れ、その実在を願い、それでもゆっくりと諦めていった存在が――今、目の前にいる。

 

 映画のような怪物に襲われ、訳も分からず殺されようとしていた、そんな理不尽な地獄の中で、やっと出会えた。

 

 ヒーローは、来てくれたんだ。

 

「黒の……剣士」

 

 誰かが、ふと呟いた。

 

 漆黒のスーツを身に纏い、漆黒の剣を操る、漆黒の剣士。

 

 彼こそが、黒の剣士。

 

 英雄――黒の剣士。

 

「く……そ……がッ! ああああああああああああ!!!!」

 

 怪物が和人に向かって特攻する。

 

 和人は漆黒の宝剣を一振りし、それを迎え撃つ。

 

 

 こうして桐ケ谷和人は、再び英雄となっていく。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side東条――とある高速道路の高架下

 

 

 そして、そこから少し離れた、けれど同様に地獄となっている池袋の中のとある場所――とある戦場。

 

 ここでも、一人の規格外が、同様に人間達の注目を集め、怪物達に絶望を植え付けていた。

 

 突如として現われ、人が溢れかえる程に賑わっていた池袋で虐殺を開始し、瞬く間に都会を地獄へと変えた、謎の怪物集団。

 

 とにかく無我夢中で逃げ回り、だが頼みの綱の警察官達でさえ蹂躙され、もう駄目だと誰もが諦めかけた――その瞬間(とき)

 

 一筋の光と共に登場し、その怪物達を瞬く間に圧倒した、まるで某光の巨人のような救いのヒーローは――

 

 

――今、二体の怪物の顔面を掴み上げ、凶悪な笑顔と共に、両腕でそのまま吊り上げていたっ!

 

 

「「「「「なんか、陰惨ッッ!!?」」」」」

 

 その戦いを固唾を呑んで見守っていた一般人達が思わずそんなことを叫んでしまうくらい、その様は正義のヒーロー像からはかけ離れていた。

 

 由香はそんな東条の足元で、思わず引き攣った苦笑いを浮かべる。

 

 確かに東条も和人に匹敵する――いや、こと戦闘力だけを見れば、東条は和人を上回っているだろう。

 

 だが、それでも東条はヒーローにはなれない。もっと言うのなら、民衆が求める、英雄にはなれない。

 

 強さを求める兵団の大将にはなれても、人々の期待を背負える勇者にはなれない。

 

 敵に絶望を与えることは出来ても、味方に希望を与えることは出来ない。

 

 だって、そりゃあ――

 

 

「ははははははははははははは!!!!」

「ぎゃぁぁぁああああああああ!!!!」

「いやぁぁあああああああああ!!!!」

 

 東条はそのままグルグルとその二体の怪物を振り回し――

 

「ぐぶふぁッ!!」

「ごでゅふぁ!!」

 

――二体の頭部をアスファルトの地面に叩きつけて埋め込んだ。

 

「………………」

 

 そんな様を見て、一般人と由香は言葉を失う。

 

(…………引くなッ!!)

 

 由香は心の中で突っ込んだ。

 

 そりゃあ、こんな怖すぎる戦いを喜々として行い、あんな残虐な行為の後、満足げに爽やかに額の汗を拭っているこんな男を、誰もヒーローだとは思いたくない。

 

 だが、それでも、今まさに命を脅かされていた一般人の彼等にとって、怪物達を物ともせずに圧倒し続ける東条は、怖いけど、ぶっちゃけ引くけど、この状況を打破してくれるかもしれない存在であることには変わりない。

 

 民衆は、東条に畏怖の念を抱きながら、それを押し殺して、仄かな期待を抱いて、見守る。

 

 突如現れた規格外と、怪物達の戦争を。

 

「――おい、もういねぇのか? オレとケンカしてくれる奴はよぉ?」

 

 東条英虎は、首を鳴らしながら不敵に言い放つ。

 

 だが、化け物達はその男に近づけない。

 登場と共に数秒で、自分達の同胞数体をあっという間に吹き飛ばした男に、軽はずみに近づくことが出来ない。

 

 女吸血鬼も、その他の化け物も、警察官も、ギャラリーの一般人達も、誰もが言葉を発せず呑まれる中、どこからかサイレンの音が近づいてくる。

 

 人混みが割れ、そこから一台の覆面パトカーが乱入し、そこから二人の男達が姿を現した。

 

「悪い、遅くなった」

「……何だ、これは?」

「さ、笹塚さん!!」

 

 盾を持ち額から血を流している一人の若い警察官が、新たに現れた男の一人を見て、そう感激したように言葉を発する。

 

 それを見て、東条はあっけらかんと言った。

 

「なんだ、お巡りがいたのか」

 

 え? 気づいてなかったの!? という由香の言葉を余所に、東条は由香を肩に、いつもの工事現場のバイトで荷物を運ぶ時のように担いで――「ちょ、雑過ぎない!?」という由香の叫びは笑って流した――警察の元へと向かった。

 

 化け物達は東条が近づくと、途端に恐れをなしたように道を開け、遠ざかっていく。そして、そのまま女吸血鬼の元へと向かった。

 

 そして傷ついた警察官と、新たに現れた笹塚、烏間の元に歩み寄った東条は、担いでいた由香を下して――

 

「なぁ、お巡りさんよぉ。コイツ、頼むわ」

「――ん?」

「……何?」

「えぇ!?」

 

 もちろん再びあれをやりたいわけではないが、てっきり前回のゆびわ星人の時のようにそのまま背中にしがみつく羽目になると半ば覚悟していたので、複雑な気分になる由香。

 あうあうと手を東条に向かって伸ばしては引っ込めてという挙動の由香に直ぐに背を向けて、そのまま東条は「じゃあ、よろしくな」といってオニ星人の元へと向かおうとする。

 

「待て」

 

 が、そんな東条を烏間が引き留める。

 首だけ振り向く東条に、烏間は鋭く問いかけた。

 

「君達は何者なんだ? ――あの怪物達のことを、何か知っているのか?」

 

 東条はその言葉を受けて、ふっと微笑み、そのまま背を向けて手をひらひらと振りながら、オニ星人の元へと再び歩み始める。

 

「さぁな。オレは強え奴とケンカしてぇだけだからな。よく分からん。――だけど、まぁ、アイツ等は、オレがなんとかしてやるよ」

 

 烏間は尚も食い下がろうとするが、笹塚がそれを止める。

 そして烏間が笹塚に向かって口を開きかけるのを制するように、笹塚は自分の名を呼んだ警察官に向かって目線で尋ねた。そして彼は二人に状況の説明を始める。

 

 由香はそれを聞き流しながら、東条の背中だけを見つめていた。

 

「ま、待って!」

 

 気が付いたら、思わずそう叫んでいた。

 東条はきょとんとした顔で振り向く。由香は、一瞬大きく口を開けたが、何かを呑み込むように口を閉じ、そして、改めて――

 

「が、ガンバレ!」

 

 そう、顔を真っ赤にして、言った。

 

 東条は、その激励を受けて、無邪気に笑い――

 

「おう」

 

 と、だけ、答えた。

 

「――――っ」

 

 その笑みに、由香は顔を真っ赤にしたまま、呆然と佇む。

 

(……あ、あれ……なに……これ……)

 

 心臓がバクバクと全身に血流を送る。鼓動音がうるさいくらい耳に響く。

 

 思わずキュッと唇を噛み締め、胸の前で――心臓の前で、手を握った。

 

 これって……と由香が東条の大きな背中に見蕩れていると――

 

「――つまり、これだけの警察官を圧倒したあの怪物達を、あの漆黒の全身スーツを着た男が単独で撃破し続けていると……にわかには信じがたいな」

「……それでも、現状はそれを物語ってる。今は、彼の戦いを見守るしかないだろ。何せ、今の俺達には、この貧相な拳銃しかない。機動隊のライフルが通用しなかった相手には……残念だが太刀打ちできない」

「……彼が窮地に陥ったら、助けに向かうしかない……か。大人達が何人も雁首を揃えて……情けない話だ」

「全く。……だから、今は――」

「――ああ、そうだな」

 

 がしっ、がしっ――と、由香の両肩に、大の大人の男の人の手が、本庁の刑事と防衛省のエリートの大きな逞しい手が、優しく、それでも絶対に逃がさないとばかりに乗せられた。

 

(…………あれ? なにこれ?)

 

 さっきまで乙女モードだった由香だったが、今はだらだらと冷や汗を流している。

 由香くらいの年頃の女の子なら、烏間や笹塚のような男にこんな行動をされれば恐怖を感じるかもだが、由香は別の意味で嫌な予感がしてたまらなかった。

 

「あの……なんでしょうか?」

 

 由香は勇気を出して、引き攣った笑顔で二人を見上げた。

 笹塚と烏間は、一切の笑みを浮かべず、やる気のない無表情と堅物な真面目顔で言った。

 

「すまないが、こちらとしては、少しでも有用な情報が欲しい」

「……彼と同じ“不可思議な漆黒の全身スーツを着ている”君なら、何か知ってんじゃないかって思ってね」

「ですよねー」

 

 由香は心の中で泣いた。

 

(なんでわたしがこんな目にぃぃぃぃいいいいいいいいいい!!!!)

 

 湯河由香。十二才。生まれて初めての職務質問(?)だった。

 

 彼女の悲運は、まだまだ続く。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 一方、中学一年生女子が心の中で号泣している時、そんなことは露知らず、女吸血鬼を中心に固まっているオニ星人達に向かって、獰猛な笑みを浮かべながら東条が近づいていく中、オニ星人達は恐怖と困惑と共にこの集団の指揮官である女吸血鬼に向かって問うていた。

 

「……どうします、姐さん。奴の強さ、尋常じゃないですぜ」

「まさか、あの目が腐ったガキの他にも、あんな奴がいるなんて……」

「……いっそのこと、全員で取り囲んで――」

「――無駄さね。今の私たちが何十人束になろうが、コイツは止められない。……それこそ時間稼ぎしか出来ないだろうね」

 

 オニ星人は、元々が人間だった者達だ。

 故に知能は当然、人間並みに高い。少なくとも彼等は、東条英虎という目の前のハンターが、オニ星人の中でも下っ端な自分達よりも、遥かに強い存在であることを明確に理解していた。

 

「けれど、私はそんなみっともない真似をしたくない。これ以上、あの人達に貸しを作っちゃあ、いつまで経っても私は黒金様のお傍には置いてもらえないじゃないか」

 

 だが、女吸血鬼はそんな彼等の泣きごとを一蹴し――決断した。

 

「――私も、擬態を解除するよ。……あの怪物ハンターは、私達の手で倒すのさ」

 

 その言葉に、彼女の部下達がどよめく。

 

「で、でも、姐さん!! 姐さんの“能力”はかなり危ない状態なんでしょう!? 篤さんに使用は控えるように言われてる筈――」

「私が仕えてるのは、篤さんじゃなく黒金様さぁ! あの人に見限られちゃあ、私にとっては死ぬのと同じなのよ!!」

 

 そう言って、彼女は一歩前に出る。

 

 自分達の部下である彼等に向かって、儚い笑みを持ってこう言いながら。

 

「……もちろん、そんなことであの怪物を倒せるとは思い上がってない。――アンタたち、私の馬鹿に付き合ってくれるかい?」

 

 返答は、決まっていた。

 

 彼等は一歩、彼女に並ぶように、力強く踏み出す。

 

 それを見て、ふっと満足気に笑い、小さく「……愛してるよ、馬鹿野郎共」と呟きながら、女吸血鬼は東条と向き直る。

 

「――待たせたね、アンタの喧嘩……私たち全員でお相手するよ」

「……ふっ、面白え。全力でかかってきな」

 

 もはやどちらが悪者なのかが分からない様相だったが、東条英虎にとってはいつものことだった。

 

 女吸血鬼は、一度目を瞑り、そして――カッと見開いた。

 

 メキ、メキメキメキと音を立て、その身体を異形へと変えていく。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 烏間と笹塚は、由香が拙く話すその信じがたい情報を精査していた。

 

「――黒い球体の部屋。宇宙人との……戦争……」

「……つまり、君達はその黒い球体によって、この池袋に送られて……あの怪物――オニ星人、だったか――を討伐する為にやってきた……そういうことでいいのか?」

「た、たぶん……わたしは、今日がはじめてで……よく分からない……です。も、もっと、詳しい……たぶん、何回もこんなことをやっているような人達が、何人かいて……その人たちも、たぶんどっかに来てる……はず……です……たぶん」

 

 大人の人――それも怖げな男相手だからか、たぶんを連呼して恐る恐る語る由香だったが、本人が言う通り、由香はまだ二回目のミッション――ガンツ歴数時間の初心者も初心者だ。語れと言われたから語ったが、まだ何も分からない彼女は、そう手探りで喋るしかなかった。

 

 だが、笹塚は本職の刑事である。要領を得ない、情報量の少ない説明から要点を掴む技術は職業柄身に着けていたし、烏間も外国で何度も尋問を(する側もされる側も)経験したことがある。由香の説明からも、ある程度の知りたい情報は得ていた。

 

 確かに、信じがたい話だ――だが、こうして目の前で、超人スーツを着た人間と、異形の怪物の戦争が行われているのを、この目で、今もはっきりと見ている。

 

 故に、今、自分達が考えるべきことは――

 

(――この戦争が、今、池袋の至る場所で行われていること……そして、オニ星人という怪物によって、命を追われている人々が大勢いるということ)

 

 烏間はそう思考する。

 今、自分達が一刻も早く行うべきことは、早急に池袋中に人材を派遣し、命の危機に瀕している人々を救出することだ。

 

 だが、その為にはオニ星人を討伐しなくてはならない。――奇しくも、この少女や彼のような漆黒のスーツの戦士達と、同様の目的。

 

 そして、彼等は自分達よりも、オニ星人を討伐するのに相応しい力を有しているという。

 今、笹塚が連絡している為、警察の応援の増援もそう遠くない内に駆けつけるだろう。自分も防衛省の方に連絡する。そうすれば自衛隊も動く。これだけの事件だ。最早、隠蔽は不可能だろう。

 

 だが、事態は一刻を争う。その為には、池袋の何処かにいるという、他の漆黒のスーツを纏った者達の協力を仰ぎたい。

 そして、少女が言う、こういった星人討伐を何度もこなしているという、彼女よりも正確で、より多くの情報を知り得る“ベテラン戦士”から詳しく情報を、事情を聞きたい。

 

 これは、間違いなく国家の危機だ――いや、下手をすれば世界の――つまりは、地球の――

 

「さ、笹塚さん!! なんですか、アレ!!」

 

 あの警察官が、涙声でそう笹塚に叫んだ。

 

 その声に顔を上げた烏間は、由香と、そして咥えていた煙草をポトリと落とした笹塚と共に、呆気に取られた。

 

 そこには、大きな角を生やした、一体の巨大な芋虫のような生物が出現していた。いや、芋虫というよりは、女の下半身が芋虫のようになった化け物、という方が正しいか。

 

 頭は電灯程の高さにあり、全長はおよそ十メートルは下らない。胸部は乳房が剥き出しで、瞳は真っ黒に染まり、目から真っ赤な血を流している。その豊満な胸と、牙と角を生やしながらも崩れていない顔のみが、人間だった頃の名残を残りしていた。

 

 その顔に、由香は見覚えがあった。自分を天高く放り投げた、あの女吸血鬼。

 

 あの美人だった女性が、こんなにも醜悪な化け物になってしまうことに、由香は深い恐怖に襲われた。

 

 既に一般人のギャラリーは恐慌に陥り、少しでもあの怪物から遠くにと逃げ出している。化け物達は全てあの大蛇の傍に寄り添っているので、彼等の行く手を阻む者はいなかった。

 

 残されたのは、その化け物連中と相対する東条と、遠目でその戦いを見ることしか出来ない警察官達、烏間と笹塚、そして――

 

「……お嬢さんも逃げるか? ……というより逃げた方がいい」

 

 そう、告げる笹塚に――

 

「――ううん、逃げない。邪魔になるといけないから、近くにはいけないけど……それでも、ちゃんと見る。……ちゃんと見てる」

 

 と言い、警察官達の後ろに隠れながらも、真っ直ぐとその戦いを見つめるべく、湯河由香は戦場に残った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「あ……あぁ…………ァァ…………」

 

 その芋虫の怪物は、最早、人の言葉を発さなかった。発せなかった。

 瞳を両眼とも真っ赤に染め、胸を突き出し、天を仰ぎながら、悶え苦しむように荒い息を吐き出す。

 

「……くろ……がね………さま………ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 だが、それでも彼女は、戦うのを止めなかった。

 あの男に、あの最強の吸血鬼に、尽くすのを止めなかった。

 

 大きな体を不気味にくねらせ、東条に向かって襲い掛かる。

 そんな彼女に続くように――死地だろうと、地獄だろうと、何処までも共に行くとばかりに、寄り添う化け物達も一斉に続いた。

 

 東条は、そんな彼等を、そんな怪物達を、指を鳴らし、片足を引いて体を開きながら、真っ向から迎え撃つ。

 

「来い。――気が済むまで、相手してやるよ」

 

 そして、怪物達が――衝突する。

 




桐ヶ谷和人は英雄を求道し、東条英虎は闘士を求道する。

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