比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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何やってんだ……俺は

 

 火花が瞬くようなバチバチバチという音と共に、俺は『透明化』を解除した。

 場所は自宅の門の中、路地からは死角になる位置――それでも一応通行人がいないことを、そして家の中から小町が見ていないことを確認してからだ。万が一誰かに、の、万が一すらあってはならない。確率は可能な限り0%に近づけるよう、叩ける石橋は叩けるだけ叩くべきだ。

 

 いや、そもそも何でお前透明になってんの? という鋭いご指摘はごもっともだ。お前、朝は普通にチャリ通学だったじゃん、と。まさか透明人間のままチャリンコに乗って来たのかと。お前は何処の両津〇吉だよ、と。

 

 なんてことはない。一足早くチャリで帰宅を果たした後に、そのまま鞄を持ったまま近所の公園の公衆トイレで、()()()()()()()()()()()()()()ガンツスーツ(命名)に着替えて、

そのままトイレの中で色々とコントローラーを弄くっている内に透明化する方法を見つけ、()()()()()()()()帰宅した、というわけだ。

 

 …………いや、分かるよ。散々リスクがどうのこうの言ってるくせに何やってんの? 石橋の欄干をスキップで渡ってんじゃんって言いたい気持ちは分かる。

 

 でも、これも一応色々とこれからに繋がる実験なんですよ、マジでマジで。

 

 多少の危険を冒してでも俺は、絶対に次のミッションが始まる前に、透明化だけはマスターしたかった。

 昨夜の戦争の終盤――中坊がこの透明化を使っていたのを見た時から、これを使えるか使えないかで、これから先の生存確率は大きく変わると、俺は確信した。

 

 恐らくはかなりの『あの部屋』の経験者である中坊が――この透明化を、あの土壇場で使っていた。

 それはつまり、星人にも、この状態の俺達は目視出来ないということ。

 

 殺し殺される戦場に置いて――そんなチートがあるか?

 勿論、これから先、どんな敵に対しても有効っていう反則技ではないんだろうが――中坊もねぎ星人はかなり格下のようなことを言っていたし――それでも透明化(これ)がかなり便利な機能であることは変わりない。

 次のミッションがいつなのか分からない以上、これは一刻も早く見つけなければ、身に着けなければならない優先事項だった。

 

 ガンツスーツを持ち歩いていたのも、それが理由だ。

 これは、俺があの部屋から持って帰ってしまった代物だ。

 

 このスーツは一人一人に合わせて作られたオーダーメイドのようだったし、もしかしたら毎回毎回支給されるものではないのかもしれない。

 スーツを着用することは、透明化習得以上の、あのゲームにおける必須条件。前提条件と言ってもいい。

 

 もし次のミッション時、これを家に忘れたなんてことになったら笑い話にもなりやしない。

 だから、この鞄にはXガンも入っている。

 

 ……もし手荷物検査でも受けたらどうするんだという意見も分かるが、こればっかりはしょうがない。

 これらを発見されるリスクより、これら無しでミッションに放りこまれるリスクを避けた結果だ。

 

 Xガンに至っては、あの部屋にいっぱいあったから別に持ち歩かなくてもいいじゃんかって思うかもだが、これは家に置きっぱなしだと小町に見つかるかもしれない。

 俺の部屋に黙って入る奴だとは思ってないが、帰宅はアイツの方が早いからな。精神衛生上、たとえ危うくても俺の目の届くところに置いておきたい。念の為だ。

 

 まぁ、そんなわけで。別に何の考えもなくこんなことをしたわけじゃないんだ。

 しかし、俺は今ピンチだ。大ピンチだ。

 

「………………」

 

 ……どうやって、家に入ろう?

 

 家の中は電気が点いている。いつも通り、小町は俺よりも早く帰宅しているようだ。

 なんがかんだ色々やっていたら、結局は部活帰りと同じくらいの時間になっちまったからな。

 

 そして、俺は透明化を解除した所。つまり、がっつりスーツを着ている。

 一応は上から制服を着ているのでパッと見は分からないだろうが、このガンツ支給の真っ黒コーデは全身スーツ。すなわち首元とか、足元とかからチラチラあの光沢とか機械部分とかが見え隠れしているわけで。

 

 つまり、小町にバレる可能性も0じゃない。

 

 っていうことは……。

 

「はぁ……戻るか……」

 

 俺はもう一度、全身に透明化を施す。

 

 そして、ずこずこと公園へ戻った。個室トイレで着替えるためだ。

 お前なんで自宅(いえ)まで来ちゃったんだよと聞かれれば。

 

 ……テンション上がっちゃったんだよ、ちくしょう。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 翌日――土曜日。

 

 葉山隼人は近隣高校に練習試合の為、遠征していた。

 サッカー部となれば、土日も休みとはいかない。

 

 現在、午後三時。

 午前中から数試合をこなし、途中に昼食休憩を挟みながら、午後からは時折サブメンバーのみの試合や、一年生のみの試合などを行ったりしながら、サッカー部員としては有意義な時間を過ごしていた。

 

 だが、爽やかな青春の汗を流しながらも、葉山の表情は優れない。

 

 ここ最近、葉山はよく寝れていない。

 と、いっても、昨日と一昨日の話だが。

 

 寝ている間に、あの部屋に転送されていて、またあんな戦争をやらされるんじゃないか。

 目が覚めたら、あの部屋に転送されていて、またあんな怪物の前に放り出されるのではないか。

 

 そう思うと、文字通り、夜も眠れなかった。

 

 今は、両チーム控えメンバーを中心に組んだメンバーでの試合の最中だ。

 葉山はベンチにすら入らず、コートから程よく離れた大きな木の根元で涼んでいる。

 

 この季節に涼んでいるというのもおかしな話だが、先程の試合で葉山はフルタイム出場で、何かを振り払うように遮二無二に走り回っていたので――おかげでハットトリックを達成し、自校の応援団と相手校のファンの子達の喝采を浴びた――この木陰に吹く風が心地よかった。冷えすぎないようにと上着は着ているし、何より、今は一人になりたかったのだ。

 

「……………」

 

 ふと、歓声が沸き起こる。

 

 総武高の一年生が出したパスが上手い具合に相手校のディフェンスの間を抜け――そこに走り込んでいた戸部が、そのスルーパスにぴったりと右足を合わせて、ゴールを決めた。

 これで総武高のリードだ。

 

 戸部はレギュラーだが、彼の明るく距離を感じさせない性格からか、後輩の人望はチーム内でも抜けて厚く、同学年の控えメンバーも気さくに接しやすい。

 

 運動部というのは面倒なもので、同学年でもレギュラーとそうでないものでは浅くない溝があるものだ。それはコンプレックスやらでしょうがないものだが。

 しかし、かといってレギュラー無しで急に試合をやれといわれても、そもそも普段試合に出ていない者達であるが故に、圧倒的に経験が不足しているのだ。ましてやサッカー強豪校でもない、進学校のサッカー部。それも世代交代してまだ半年だ。

 だからといって、葉山のような強すぎるカリスマが入ると、みんな遠慮して葉山に任せきりになってしまう。それでは練習にならない。

 

 そこで戸部だ。

 彼は試合経験は豊富だし、気負いと緊張で動きが硬くなりがちな試合慣れしていないメンバー達を、上手くほぐして引っ張ってくれるだろうと、葉山が推薦した。

 

 奇しくもそれは、葉山があの日、監督と話し合って決めた人選だった。

 どうやら上手く嵌まったようだと、木陰から見守る葉山の、しかし、表情は晴れない。

 

「…………………」

 

 あの日、メンバー決めで学校に残らなければ――あんなことには……。

 そう思わずにはいられない。まるで意味のない、後悔だけのifだとは分かっていても。

 

 比企谷八幡のように現状を受け入れて、生き残る確率を上げるための努力をする方向に、葉山隼人はまだ、思考を向けられない。

 

 だが、これは葉山の方が一般的だ。普通だ。葉山が正しい。

 比企谷八幡が間違っているのだ。いや、間違ってはいないが、違ってはいる。普通じゃない。正しくない。

 

 それでも葉山には、その間違いが、間違えることが――堪らなく、羨ましい。

 

「よ。どうした、一人なんて珍しいな」

 

 葉山が声の方向に顔を上げると、そこには相手校のエースがいた。葉山自身も市選抜のメンバー合宿などで顔を合わせ、それなりに仲良くしている男だ。

 

 達海龍也(たつみたつや)

 葉山に負けず劣らずイケメンなリア充。葉山が優しい王子様タイプなら、達海はワイルドな俺様系だろうか。某ジャンプバスケ漫画なら、葉山が黄色で達海が青か。サッカー部をバスケ漫画で例えるのはどうかと思うが。

 

「……いや、ちょっと疲れてな」

「はは、さっきの試合お前凄かったもんな。やられちまったよ」

「何言ってんだ。午前中はお前もハットトリック決めただろう」

 

 達海は葉山の隣に腰を下ろす。

 この二人が話しているとまるで映画の撮影のようだが、今はカメラも回っていないし、別に二人は芸能人でもないのでマネージャーなんかもいない。サッカー部のマネージャーは現在自分達の本来の仕事を全うしている。

 

 なので、こんな絶好のチャンスを、彼らのファンの子達が見逃すはずがない。

 今も少し遠目に女子高生の集団が彼らを熱い眼差しで見つめていて、「行きなよぉ~」「いや、ちょっと押さないでよぉ~。アンタが行けばいいじゃ~ん」「え~でも~」などとお互い牽制し合っている。

 そして、彼らはお互いこんなことには慣れっこだ。お互いがこういうのが苦手なことも知っている。

 

「じゃあな。あと一試合くらいレギュラー試合もあるだろう。次は負けねぇぜ」

「ああ。またな」

 

 そういうと達海は、敢えてその女の子達が群がっている方向に足を進めた。

 あちら側が自陣なのは分かるが、迂回することも可能だった筈なのに。

 

 葉山は先述の通り、達海がああいうのを嫌がることは知っている。

 なのに、敢えてその集団に突っ込んでいったということは。

 

「……気を遣わせたか」

 

 恐らく、それほどに葉山が参っているように見えたのだろう。

 つくづく――自分と似ている。

 

 だから、だろうか?

 彼の事をいいやつだとは思っても、あまり好きになれないのは。

 

 自分も周りからそういう風に見えているのだろうか。同じように、思われているのだろうか。

 

 彼女や、彼に。

 

「………………」

 

 葉山はようやく、重い腰を上げて自陣の方に――総武高のベンチへと戻っていった。

 

 しかし、相手側のファンの子は達海が引き受けてくれたとしても、総武高ベンチ側にファンがいないというわけではない。

 葉山単独狙いというファンもアウェーとはいえいるわけで、そういう子達はむしろこちら側に陣取る。

 

 その子達の相手を、自前の薄い笑顔でこなしていると、

 

「葉山せんぱーい。次の試合の用意してくださーい」

 

 そう、一色いろはが呼びかけてきた。

 生徒会長になってからは、サッカー部に出られる機会も減ったが(というよりも殆ど皆無だったが)、今日は休日ということもあってか、本当に珍しく出席していた。

 

「ああ。今行くよ」

 

 葉山は女の子達から離れる理由が出来たとほっとしたが、ふと一色の対応が変わっていたことに気付く。

 今までの一色なら、葉山が女の子達に囲まれる前に、すぐさま壁となって葉山を引き離した筈だ。

 一色はあの三浦相手にすら引かないのだ。勝てるかどうかは別にしても。このようなミーハーなファンなどに恐れを抱くような一色ではない。

 

 しかし、今は遠目から呼びかけただけで、それ以降は見向きもしない。

 

 葉山は総武高ベンチに戻り、ストレッチを開始する。

 そして、それとなく一色に話を振ってみた。

 

「そういえば、いろは。生徒会の方は大丈夫そうか?」

「え? あ、はい。それなりに。城廻先輩もこまめに来てくれますし、雑用があったら先輩に無理矢理やらせてますから♪」

 

 葉山の靴紐を結ぶ手が、止まった。

 一色がただ()()と呼ぶ時は、あの男を指している。

 

「へぇ……ヒキタニくんに」

「ええ。まぁ、私が生徒会長になったのも、あの人の口車に乗ったからですしね。それくらいはやって貰わないと。……だけど、やっぱり忙しいは忙しいので、これからはあんまりサッカー部の方には来れないかもですね」

 

 心無しか、八幡のことを話す一色の表情は明るい。

 そして、葉山に対して猫を被るのを忘れている。

 

 以前、葉山は八幡に一色が素を見せる相手は珍しいと言った。

 しかし、今、一色が葉山に素を見せているのは、決して一色が葉山に心を許しているとかそんな理由では決してないと、葉山は気付いていた。

 

 

 その後に行ったレギュラー試合は1対1――葉山と達海が互いに1ゴール――で終え、その日の練習試合は全て終了した。

 

 互いに遠征用のジャージに着替え、整列して挨拶し、そのまま現地解散。

 

 葉山は達海と二言三言話した後、戸部を含めた数名と食事に行くことになった。その中に一色はいない。

 

 そして帰り際、達海を囲む女の子集団に何とはなしに目を向けると――門前にたむろっていたので目に入った、という方が正確かもしれない――そこに見知った、というよりは見たことがある顔を見つけた。

 

 折本かおり。

 

 先日、八幡とそして彼女の連れとダブルデートの真似事をして、彼が傷つけた女生徒だった。

 一瞬だけ、彼女と目が合ったが、すぐさま葉山は戸部へと、彼女は達海へと目線を逸らした。

 

 そして葉山は、そんな再会ともいえない再会を果たし――――海浜総合高校を後にした。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 時刻は土曜日深夜。

 

 俺は人気の無い場所――高架下に来ていた。よくヤンキーがスプレーで落書きをするあそこだ。

 一応、ヤンキーの方達がいないことは既に確認済。居たらサッと何も見ていない振りして帰るまである。

 

 俺は、このガンツスーツの性能をチェックするべく、こっそり家を抜け出した。

 

 今回は自分の部屋で直接着替え、その上からスウェットのズボンとパーカーを着用。

 そして、室内で透明化を作動し、窓から屋根伝いに移動して、ここまで来た感じだ。

 

 なるべく音を立てないように短い移動を繰り返したため、それなりに時間がかかっちまった。

 

 早いとこ始めよう。

 受験生の小町が寝静まってから、早朝出勤の両親が起きるまでの間しか、俺にはトレーニングの時間がない。

 

 そして、こんな深夜の人気の無い郊外の河川敷の高架下まで来たのは――これを試したいからだ。

 

 俺は、持ってきた鞄から――Xガンを取り出した。

 

 

 ゴガンッ!!――と、俺が川から拾ったそれなりに大きな石(両手で抱えるくらいの大きさ。スーツを着ているので、重さは全然苦ではなかったが)は、木端微塵に破砕した。

 

 ……なるほど。このレントゲンのような画面の意味はよく分からんが(石を透かしても訳が分からん)、葉山が言っていたコツと言うのは、二つのトリガーを同時、または両方引いた時に発射するということか。片方だけ何度引いてもダメだと。

 

 Yガンの方もこうなのか? それともXガンだけなのか? そもそもなぜ二つ? それぞれのトリガーの個別の意味はあんのか?

 分からないことだらけだが、今、考えてもそこら辺は答えは出ない。

 

 Xガンの性能確認はこれまでにしよう。リアクションが派手過ぎる。まさか生物に向けるわけにもいかないし、これ以上はバレるリスクが増すだけだ。

 あとは、スーツだが……これも、だいたい試したからな。そもそもここまで屋根伝いを飛び回って――跳び回って来れただけで、十分だ。

 

 それに、帰りも同じ方法で帰らなくてはならない。

 

 時間が朝に近づくほど、バレるリスクが増す。

 

 そろそろ帰ろう。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 屋根から屋根へと、まるで忍者のように移動していく。

 

 分かる――俺は今、高揚してる。

 自分でも分かるくらい、心が躍っている。

 

 漫画やアニメに一度はハマったやつなら――いや、そうでなくても、子供の頃、ウルトラマンや仮面ライダー、または戦隊ヒーロー。そういうものに憧れたことのある奴は、これにハマらないやつはいないだろう。

 

 俺は今、月光のみが照らす夜の街並みを、上から見下ろしている。

 

 このスーツによる跳躍は、現実感が無さ過ぎて、まるで空を飛んでいるかのようだ。

 

 俺は、浮き立つ心を必死に抑えながら、帰宅の途に就いた。

 

 

 

 正直、この夜の事を思い出すと、その時の自分をぶん殴りたくなる。

 

 誰かに見つからなかったのは――次の日、俺の首と胴体が繋がっていたのは、間違いなく奇跡だった。

 

 

 

 俺は、鍵を開けておいた自室の窓を開け、二階の部屋に直接、ひっそりと中に入る。

 

 鍵を閉め、そのままの動きでスーツを脱ぎ、スウェットとTシャツに着替える。

 そして、スーツとXガンの入った鞄をクローゼットに放り込み、そこでようやくベッドに身を預けた。

 

 俺は、大きく、溜め息を吐く。

 

「何やってんだ……俺は」

 

 舌打ちをし、腕で顔を覆いながら、俺は吐き捨てるように自嘲する。

 ガンツスーツ――あの部屋の黒い装備、その一番危ういポイントに気付いた。

 

 これは、麻薬だ。

 

 いや、麻薬よりよっぽど性質が悪い。

 

 巨大な石をまるで発泡スチロールみたいに持ち上げるパワー。

 忍者のように身軽に屋根を跳び回れるジャンプ力、ダッシュ力。

 

 正しく超人だ。

 あれだけの力を、ただ着るだけで手に入る――着るだけで、超人になれる。

 

 それに溺れない人間が、どれだけいるだろう。

 甘美な程に――圧倒的な全能感だった。

 

 力とは――卓越した力とは、それほどまでに魅力的で――人格を大きく捻じ曲げる。

 正直、この力に溺れるのも悪くないと、先程の空中散歩で思いかけてしまった。

 

 だが、それは同時に、誰かにあの部屋の秘密がバレる危険性を飛躍的に高める。

 この秘密が誰かに漏れた時――その相手がどうなるのか?

 

 俺は、それが一番恐ろしい。

 もちろんバラした本人は頭が吹き飛ぶのだろうが、それを知ってしまった一般人には、果たしてどんな罰がある?

 

 何もしないというのは有り得ないだろう。

 俺が昨日考察したように、その該当の記憶だけ消えるのか。

 しかし、その相手諸共……という可能性も、危険性も、決してゼロではない。

 

 そして、何より。

 この力に溺れたら、あの部屋から解放されたいというモチベーションが無くなる。

 

 ……その為の、選択肢②か――『つよいぶきとこうかんする』。

 俺は、この選択肢の意味が分からなかった。

 

 例えばそれが50点ボーナスとかなら分かるが(途中のレベルアップ的な意味で)――100点に辿り着き、わざわざ解放を選べるのに、新たな武器を手に入れる必要があるのか、と。

 

 だが、今なら少し分かる。

 この高揚感を味わってしまったら……思ってしまう。

 

 もっと、もっと……強くなりたい、と。

 ゲームでレベル上げをして、自分より弱いモンスターを無双する。

 

 あの快感を、現実――生身の自分で味わえるのだ。

 どっぷりあの部屋の魔力に魅了される人間が居ても、おかしくない。

 

「はぁぁ……くそっ!」

 

 俺は、あの装備はガンツの唯一の親切設計だと思っていたが、なんてことはない。

 

 あれも、ガンツの罠の一つだった。

 だが、これらを使いこなさなければ、生き残れないのも確か。

 

 …………よし。

 ガンツのミッション以外で、あれらに触れるのは、もう止めよう。

 

 勿論、いつ来るか分からないミッション召集に備えて、常備はするだろうが、決して身に付けない。

 

「次のミッションの時に……あの部屋に置いて帰らねぇとな」

 

 俺はゆっくりと眠りにつく。明日も休みでよかった。休日最高。昼まで寝よう。

 

 

 

 

 

 ……くそっ。寝れない。

 

 

 結果的に、寝つけたのは朝方で、起きたら夕日が眩しかった。

 




やはり比企谷八幡は生き残る為の準備を惜しまない。

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