比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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ゆびわ星人編、最終回です。

次のオニ星人編の投稿は、おそらく四月か五月になるかと。
またお待たせして申し訳ありませんが、たっぷり書き溜めを作ってくるので、待っていてくれたら嬉しいです。

あとがきに、pixivにも載せていない、オニ星人編の予告編を載せたいと思います。
どうか楽しみにしていただければ!


黒い球体に異変が起こる時、終わりの始まりの戦争が幕を開ける。

「――陽乃さん。今は、あの日からおよそ半年が経過しています。……その日から、俺は殆ど一人でミッションに挑んでいましたが、昨日――前回のミッションから、突然、新メンバーが加わるようになりました」

 

 そして八幡は、再び、生き残る為の行動を開始する。再開する。

 

 そこには、陽乃と再会し、普通の男子高校生のように喜び、笑い、泣き、恥ずかしがっていた面影はなく、ただ淡々と、粛々と、生き残る為の最善策を実行し続ける機械のような戦士へと戻った比企谷八幡がいた。

 

「……分かった。それが、この子たち?」

 

 陽乃も、そんな八幡の変化を敏感に感じ取り、追従する。

 

 今度こそ、八幡に置いて行かれる訳にはいかない。

 

 八幡の“強さ”に追いつき、その隣に立てる存在であらなくてはならない。

 

 

 彼の――『本物』になると、誓ったのだから。

 

 

「……ええ。そこの真っ黒と、水色髪の女みたいな男、黒髪の女と、その虎みたいな大男です。後は今回のミッションの新メンバーで――今回は、全員が生き残って、今はその採点が終わったところです」

「紹介がひどいな」

「はは……」

 

 八幡の雑な紹介に和人はジト目で抗議し、渚は悲しげに苦笑する。

 

 東条は何も言わず、あやせは――

 

「………………」

 

 ただ真っ直ぐに、陽乃を睨み据えていた。

 

 陽乃は、それに当然気付いており――

 

「…………へぇ」

 

 と、笑うだけ。あの、全てを見透かし、全てを壊すような――魔王の笑みで。

 

 この両者の極寒のアイコンタクトは、和人や渚、そして湯河も気づいた。そして冷や汗を流して戦慄した。

 

 だが、それに気づいているのはいないのか「詳しいことは、また話しましょう。……今日は、もうミッションが終わったので、直ぐに自宅に転送されるはずです」と、八幡は事務的な会話をする。

 

 その八幡の言葉に、これまで訳も分からず傍観しているだけだった新人達が喚き出す。

 

「お、おい! 俺たちはいつまでこうしてりゃあいいんだよ!! いつになったら帰られるんだ!!」

「せ、せや! 渚はん! ワシたち、生き残ったんやから家に帰れるんやろ! どないなってんねん!」

「ええと……昨日は、採点が終わったら、みんな各自、自宅に転送されたんですけど……」

 

 平に詰め寄られた渚は、困ったように八幡を見る。

 そのまま部屋中の人間の視線が八幡に集まるが、八幡は動じずに、ガンツへと目を移した。

 

 そこには既に何も表示されていない。

 

 自分が一人の時は着替えが終わるのを待ってくれたりしていた、気が利くんだが傲慢なんだがよく分からない黒い球体だが、さすがに何のアクションも起こさないのは不自然な程の時間が経過していた。

 

「……ガンツ?」

 

 八幡はそう問いかけるが、やはり何も起こらない。

 

 中の人間に刺激を与えるか? と八幡が一歩を踏み出した、その時――

 

 

 

 

 

 

 

あーた~~らし~~いあーさがき~~た~~きぼーのあーさーがー

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 渚が、呆然と呟く。

 

「何!?」

「……うそ」

 

 和人が、あやせが戸惑いの声を上げる。

 

「……八幡」

「……確かに、俺たちは、さっき一つのミッションを終えました。……こんなことは初めてですけど、恐らくは――」

 

 八幡は、いつかこんなことが起こるのではないかと危惧していた。言い方を変えれば、想定していた。

 

 故に、他の住人達よりも早く、冷静に、その音楽を受け止めた。

 

「……連続、ミッション」

 

 

 

 

 

【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】

 

 

 

 

 

 いつもの前置きはなく、いきなり現れたそのメッセージは、八幡のその予想を肯定するものだった。

 

 

「な、なんなんだよ!! また、あんなことをやらされんのかよ!!」

「帰れるんやなかったんか!? は、話が違うやないか、渚はん!!」

「ぼ、僕も、何がなんだ――」

 

 狂ったように喚き散らす新人達。

 

 涙と鼻水を垂れ流し縋ってくる平を相手に、自身も混乱している渚は何と言っていいか分からず戸惑っていると――

 

 

――黒い球体に表示された、その名に――その顔に――自身の中の、時を止める。

 

 

 

 

《雪村あかり》

 

 

 

 

 知らない名前だった。だが、知っている顔だった。

 

 今日も一緒に机を並べ、言葉を交わして、笑い合い、一緒に下校もした、渚のE組(エンド)のクラスメイト。

 

「……茅野?」

 

 茅野カエデ。

 

 そう名乗り、今日まで一緒に学校(エンド)生活を共にしていた友人が――黒い球体が示す、次なる標的(ターゲット)だった。

 

 和人は、あやせは、ただ戸惑う。

 

「……人間? 女の子?」

 

 表示されている画像は、紛れもなく人間の女の子の顔写真。

 自分達の採点で使われるイラストですらなく、あのメモリー画面のような、履歴書で使われるかのような鮮明な人間の顔写真だった。

 

「……殺すんですか? ――人間を?」

 

 あやせは顔を青くしながら呟く。

 

 対して、八幡と陽乃は、冷静だった。

 壊れているかのように、冷たく、静かだった。

 

「……八幡。これまでにも、こんなミッションはあったの?」

「……いいえ。人型の星人はたくさんいましたが、ここまで人間に近い星人はいませんでした。……ただ――」

 

 八幡は、既に知っている。

 

 見た目にはまったく人間と同一な、けれど紛れもなく化け物な存在を。

 

 

――こうして俺は、化け物になりました。

 

 

「…………」

 

 人間が、化け物になることを――なってしまうことを、知っている。

 

 和人もあやせも、風貌が人間そのものの化け物の存在を知っているはずだが、こうしてはっきりと、討伐対象として表示されることで混乱しているのだろう。

 

 八幡も、疑問は持っていた。

 これまでガンツは、標的を○○星人と称することに拘っていた。

 今回も、見た目はどうであれ、正体が星人ならば、そう呼称すればいいのに――《雪村あかり》とは、明らかに“人間としての”名前だ。

 

(そう限定したということは、標的はこの女子一人だけなのか? ガンツがこうして初めに提示する画像は、当てにならずに他にもっと強力なボスがいることも多いが…………連続ミッションだからといってそんな配慮をするガンツだとも思えない)

 

 疑問ばかりが浮かび上がる。あまりのも異例だ。前例がない、特例だ。

 

 とにかく準備をしましょうと、久しぶりのミッションの陽乃をフォローすべく呼びかけようとした八幡の耳に――

 

 

「……どうして?」

 

 ゾっっっ!!! と、胸の中心を背後から刃が貫くような――殺気が襲った。

 

 

「っっっ?!」

 

 それは新人達だけでなく、和人やあやせ、果ては東条、陽乃、そして八幡までにも目を見開かせるような、極寒の殺気。

 

(……コイツッ!?)

 

 ずんずんと黒い球体に向かって歩き出す渚。その道を、和人や八幡はゆっくりと開ける。

 

 普段の草食で無害な雰囲気を吹き飛ばして豹変した様子の――潮田渚が、その小さな体からは想像できないような、先程の小さな呟きではなく、ナイフの刺突のごとく鋭い大声で叫んだ。

 

「どうして茅野なんだ!!? なんで!!? どうして!!?」

 

 その尋常ではない様子を、和人達は――東条と、和人と、あやせは、呆然と、そして痛々しく見遣る。

 

「…………」

「……渚」

「……渚くん」

 

 そして八幡は、そんな渚の背中を一人冷たく見つめていた。

 

(……こいつも、あのガンツが選んだ逸材ってことか……)

 

 桐ケ谷和人や、東条英虎と、同じように。

 

「……………………」

 

 八幡がそっとあやせに向かって視線を送る中、渚は黒い球体を何度も平手で叩きながら叫ぶ。

 

 

「なんで!! なんでなんだ!! 茅野が一体、何をしたっていうんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時――

 

 

 

 じ、じじ。

 

 

 じ、じじじ、じじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじ――と。

 

 

 黒い球体が表示する画像が――《雪村あかり》の顔写真が、揺ぎ始めた。

 

 

「――え?」

 

 渚は呆然とし、一歩後ろに下がりながら、それを見下ろす。

 

「な、なんだ?」

「どうしたの?」

 

 和人とあやせが目を見開いて、黒い球体の前に集結する。

 

「……一体、何が起こってんだ……?」

 

 次々と起こるイレギュラーな事態に、あの八幡も表情を歪めて吐き捨てる。

 

「………………」

 

 そんな中――一体のパンダが、黒い球体の前に集まる集団の後ろで、ただじっと動かなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 プルルルル、プルルルルと呼び出し音は鳴るが、一向に姉――あぐりは電話に出ない。

 

「……お姉ちゃん……お姉ちゃん……っ」

 

 呼び出し音を聞き続けていくうちに、茅野――あかりの中の恐怖は焦燥と共に増していき、心臓の音が大きくなっていく。

 ひとりぼっちの室内で堪らなくなったあかりは、リビングへと足を運び、とにかく自分以外の話し声が聞きたいとテレビを点けた――

 

「…………え?」

 

 

――そして、あかりは思わず耳から携帯を離して、呆然と立ち尽くした。

 

 

 ツー、ツーと通話が途切れていることにも気づかず、あかりはテレビの画面に釘付けになる。

 

 それはニュース番組だった。否、ニュース特番と言った方が正確か。元々予定していた企画を放り出し、視聴者へと生中継で届けられているその映像は、とても今、現実で起こっている光景とは思い難い凄惨なものだった。

 

 あかりも、初めはそれが映画かドラマなのかと思った。だが、長年子役として――役者として、テレビ画面の向こう側で生きてきたあかりには、それが作り物の映像ではないことが分かった。分かってしまった。

 

 それは、作り物ではない、本物の悲鳴だった。

 それは、作り物ではない、本物の鮮血だった。

 

 本物の悲劇で、本物の惨劇で――

 

 

――本物の、地獄だった。

 

 

 あかりの手から、ストンとスマートフォンがフローリングの固い床に落ちた。

 

「……な……なんなの……これ?」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 とある病院の一室。

 

 目立った外傷はないが、念の為に一日検査入院をすることになったアスナと、彼女を見舞いに来ていたリズ、シリカ、シノン、直葉。

 

 気が付いたらとっくに外は真っ暗で、看護師の方に面会時間はとっくに終わってますと怒られてしまった彼女達は、それじゃあ帰るね、と立ち上がりかけていた――その時。

 

 

『ママ! ママ! 大変です! テレビをつけてください!』

 

 

 直葉の携帯端末から、ユイが切羽詰った声で絶叫した。

 その愛娘のただならぬ様子に、アスナはベッドサイドのテレビを点け、そしてリズ達も神妙な様子で、その画面をのぞき込む。

 

 そして、全員纏めて――絶句した。

 

 

「な……なにが……起こってる……の……?」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 再び鳴り響いた携帯に、笹塚は車を路肩に寄せ停車させた後、応答した。

 

「――そうか、分かった」

 

 そして通話を切った後、笹塚は助手席のアタッシュケースからある物を取り出し、窓から外に手を出して、車の天井にそれを付ける。

 

「……どうした?」

「……申し訳ないけど、どうやらかなりヤバいことになってるらしい。千葉じゃなく、池袋に向かう」

「――池袋だと?」

 

 その詳細を問う前に、笹塚はサイレンを鳴り響かせ、強引なUターンを決め、猛スピードで車を飛ばす。

 

 そして「もうニュースになってるってよ」と、車内のカーナビモニターをテレビモードに操作し、そのニュースを見せる。

 

「こ、これはッ!?」

「……どうやら、千葉まで行く手間が省けたよーで」

 

 そこに映っているのは、自分達がまさに今、追っている連中の特徴を兼ね備えている者達が――

 

 

――地獄を、作り出している光景だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 数十分前―――

 

 八幡達が、六本木でゆびわ星人と戦争をしている、その同時刻。

 

 場所は、同じく東京――池袋。

 

 この地は今日、とある映画の撮影イベントと、とあるアニメのイベントが同時に開催されていることもあって、平日にも関わらず大勢の様々なタイプの人間達で賑わっていた。

 

 

 

 

 

 バッ、と、男と女がぶつかった。

 

「あ、悪い、大丈夫か?」

「い、いえ……こちらこそ」

 

 高坂京介とぶつかったその少女は、帽子を落として長い派手な色の髪を振り乱した。

 

「……っ」

 

 その髪の隙間から覗いた顔立ちは、派手な服装や髪色からは似つかわしくない程に上品な日本人形のように整っていた。

 

 少女はついと目線を動かし、京介を見上げるように見つめる。

 その潤んだ瞳に京介の心臓が高鳴るのと、ぶつかったのが年上の男だと分かって急いで目線を落とし「ご、ごめんなさい!」と逃げるように少女が立ち去るのはほぼ同時だった。

 

 京介は呆然と、人混みの間を器用に駆け抜けていく少女の背中を見送る。

 

 さすが池袋(とかい)だと。何がとは言わないが。

 

 言わないが――背後の少女達には、京介の思っていることなどバレバレだった。

 

「ふんっ!」

「ぐあっ!」

 

 京介の尻が蹴り上げられ、痛みと共に飛び上り――

 

「……」

「ぐぉっ!」

 

――着地点を狙い澄ましたかのような正確さで、京介の足が踏み抜かれた。

 

「な、なにしや……がーる?」

 

 京介が見上げた先で、腕を組みながら冷たい眼差しで京介を睨み付けていた少女(ガール)達は、ゴミを見るような目つきで京介を侮蔑し吐き捨てる。

 

「――キモッ!」

「全く、節操という日本語を思わず脳髄に叩き込みたくなるような雄ね」

 

 あまりに理不尽だと叫びたくなった京介だが、今までの経験上ここから自分にとっていい展開になったことがないので、項垂れて謝ることにした。ただし、腐女子(ガール)、テメーはダメだと、その後ろで爆笑している瀬菜には必ず復讐することを心に誓いながら。

 

 

 

 

 

 ある程度、離れた場所で足を止めた神崎有希子は「はぁ……はぁ……」と息を荒げながら後ろを振り向く。

 

 年上の男にいい印象など皆無な(父親には最早確執しかないし、昔ゲームセンターにたむろしていた頃は男子高校生や時には大学生にまでも下心満載な目でナンパされたものだ。神崎が大人っぽいのも原因の一つだが)神崎は、思わず逃げ出してしまった。見た感じでは悪い人ではなさそうだったので、少し失礼だったかな? と心を痛めていたが――

 

(――でも、あれはしょうがないよね……)

 

 背後の二人の女の子(おそらく自分よりは年上)が放つ殺気のようなオーラは、神崎のようにゲーム世界(バーチャル)でしか喧嘩の経験もない温室育ちの少女には、あまりにも怖すぎた。なんか恋愛関係な(あまずっぱい)匂いがしたし。神崎はそういった方面も苦手だった。今の自分には胸を張って得意だと言えるものなど、ゲームしかないのだが。

 

 ふう、と息を吐き、どうしようかと考える。

 ここは池袋駅の東口前だ。激安の殿堂や大きなカメラの電気店が見え、ここから少し先に行けばサンライト通りに出ることが出来る。

 

 どうやらワイドショーでみた新作映画の冒頭シーン撮影イベントはまさしく直ぐそこで行われるらしく、ただでさえ普段から人通りが多いこの場所が、まるで千葉のディスティニーランドのショーやパレード程に人で溢れかえっていた。交通規制の為、警察官が巡回している程だ。

 

 いくら人恋しかったとはいえ少し安易だったろうかと神崎は軽く後悔していたが、これくらい賑やかな方が暗いことを考えずに済むのかもしれない。

 

(……とりあえずサンライト通りまで行って、ゲームセンターにでも行こうかな。屋内ならそんなに人がいないかもしれないし――)

 

 と、考えていた神崎の後ろから、可愛らしい女の子の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「到着です! お~、すごい人ですね、結衣さん!」

「そうだね。……もうちょっと、ちゃんとした服を着てくればよかったかな?」

 

 駅を出た小町と由比ヶ浜の目に飛び込んできたのは、人、人、人だった。

 

 その光景に無邪気に興奮を露わにする小町とは対照的に、ふと目に入ったテレビカメラから、もう少し自信のあるファッションをしてくればよかったと苦笑する由比ヶ浜。

 

 家の前に小町を待たせていたので、簡単に着替えられて動きやすいパーカーにハーフパンツというラフな格好を選んだのだ。確かに気合が入ったファッションとは言い難いが、それが由比ヶ浜結衣という女の子の魅力を損なっているかと言われれば当然そんなことはなく、小町は笑顔で「そんなことないです。似合ってて、とってもかわいいですよ!」と本音を送った。

 

 そういう小町も、由比ヶ浜以上にラフで、異性の目など欠片も意識していない、自分の内側の人間のみに対する服装だった。

 それでも無邪気に笑う小町は、由比ヶ浜の目から見てもとても愛らしく「……ありがと。小町ちゃんも、すっごくかわいいよ」と言い、小町はまた楽しそうに笑うのだった。

 

 そして小町はくるりと、後ろの由比ヶ浜から前の人混みに目を向けて――

 

「――さて。これからどうしましょっか?」

「ノープランなのっ!?」

 

 わざわざ千葉から池袋まで来て、まさかの発言に由比ヶ浜は驚愕したが、小町は「いや、なんだか今朝のニュースで楽しそうだったんでっ」と、悪びれることなくテヘペロした。

 

 由比ヶ浜は、はぁとため息を吐いたが、すぐにしょうがないなぁとばかりに苦笑して「じゃあ、とりあえず、その映画撮影でも見に行こうか。もしかしたら俳優さん見れるかもだしっ!」と、年上らしく場を仕切り出した。

 

 そんな由比ヶ浜に小町は嬉しそうに「……そうですね! それじゃあ――」

 

 

――行きましょうか、と小町が言い切る前に。

 

 

 小町達の前方――明治通りを走る二つの道路に挟れた横断歩道の中間地ような場所から――

 

 

 

 パァンッ!! と、乾いた音が響いた。

 

 

 

「……え?」

 

 

 その呟きの主は、小町か、それとも由比ヶ浜か。

 

 

 左前方にいた――神崎有希子か。それとも、少し離れたところにいる高坂兄妹一行の誰かか。

 

 

 はたまた、この平日の、日が沈んだ池袋の、二つのイベントが重なりいつもよりも数段賑わっているこの人混みの中の誰かか。

 

 その小さな呟きは、一瞬にして静まり返ったこの空間に、嘘のように響いた。

 

 

 人々の、大勢の人達の視線は、ある一点に集まる。

 

 注目を集めるように、周囲の人々よりも頭数個分は高い上背の、帽子を逆さに被り、漆黒のサングラスをかけた男は、その長い腕を天へと伸ばし、手には――拳銃が握られていた。

 

 

 その銃と、先程の銃声。

 

 あまりにも明確なその因果関係に、衝撃によって麻痺した人々の脳が辿り着く――その前に。

 

 

 あの銃声が合図であったかのように、駅の出口の前にいた男が、女が、大人が、子供が――ごりっ、ゴリッ、と、音を立てて――

 

 

「ひぃぃ!!!」

 

 

――バキュァ!! と、体内から何かが突き破るように、変形する。

 

 擬態を、解除する。

 

 そして、銃を天に向かって突きつける男は、告げる。

 

「テメェら――」

 

 その男の周囲を取り囲むように、ホストのような黒い服の集団が円を作り――

 

 

「――始めろ」

 

 

――男の口元が凶悪に歪むのと同時に、その黒い服の集団は手に拳銃を作りだし、三百六十度に向かって連続で発砲した。

 

 撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って――撃ち続けた。

 

 

 黒いサングラスの男の哄笑を掻き消すように、夜の池袋に鮮血が舞い、悲鳴が轟く。

 

 楽しいはずのイベントは、その瞬間、吸血鬼達による狂乱の宴へと変わり果てた。

 

 

 

【池袋大虐殺】。

 

 

 

 後に、そう名付けられたこの夜の地獄は、地球人と星人の戦いの――ひいては、ガンツという黒い球体が紡ぐ物語の、大きな変革となる戦争となった。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 桐ケ谷和人の。

 

 

 新垣あやせの。

 

 

 潮田渚の

 

 

 東条英虎の。

 

 

 雪ノ下陽乃の。

 

 

 そして、比企谷八幡の。

 

 

 

 物語を、人生を――そして、運命を。

 

 大きく変える、一夜となり。

 

 

 

 全ては――終焉(カタストロフィ)へと、向かい始める。

 

 

 

 

 

 そして、その始まりを――終わりへと向かう戦争の始まりを。

 

 

 黒い球体は、冷酷に告げた。

 

 

「……な――」

「……これって――」

 

 和人とあやせが絶句する中、《雪村あかり》の画像が揺れるようにして消え、変わりに黒い球体が映し出したのは、別の標的。

 

 まるで、より緊急性が高く危険度が高い敵を、速やかに殺せと焦るかのように告げた、その標的は――

 

 

「……来たか」

 

 

 八幡は目を細め、冷たく呟く。

 

 

 

【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】

 

 

 

《オニ星人》

 

 

 

 オニ星人と、そう称されたその星人は――。

 

 その画像は紛れもなく、昨夜のミッション乱入し、つい先程、日常(おもて)の世界で八幡達を強襲した――あのサングラスの怪物。

 

 

 黒金と呼ばれた、あの最強の吸血鬼だった。

 




【池袋大虐殺】

 その日――一体の吸血鬼によって引き起こされたその革命は、全てを変える一夜となった。



「ははは……お前等の弱点は分かりやすいなぁ、ハンター……」

「どうして俺等が、こんな目に遭わなくちゃいけねぇんだ!!!」

「助けるって言ったじゃない! この嘘つきぃぃぃいいいいい!!!!!」

「殺してやる……絶対に殺してやるからなぁあああああああああああ!!」


「勝ってもらわねば困るのだ――地球の為にもな」





「あなたは家族を守る父親なんでしょうっ!! 絶対に息子さんを助けるんだって、そう言ってたじゃないですかっ!! 平さん!!」

「……彼と同じ“不可思議な漆黒の全身スーツを着ている”君なら、なにか知ってんじゃないかって思ってね」

「――わたしは、比企谷さんの『本物』になることを、絶対に諦めません。……絶対に」

「……黒い球体の部屋。……宇宙人との、戦争……」

「……くろ……がね………さま………ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「あれが……黒の、剣士……」



「お前は、ただ悔しかっただけだろ。世界から弾かれて、嫌われて――ひとりぼっちが寂しかっただけだろ?」


「俺は、世界中の全てを敵に回しても、この野望を果たしてみせる――お前に、この傲慢を止めるだけの、覚悟はあるか?」


「俺が生きていくのに、お前は邪魔だ――だから、殺す。……そうだろう? 化け物」



「黙ってください喋らないでくださいぶち殺しますよ、あ、近づかないで、いやぁ!」

「あの男は……ヤバいよ。……狂ってる」

「……黒金の覇道の第一幕にケチをつけやがって……万死に値する。万回分、苦しんで死ね」

「背中は任せたぜ」
「――はいっ!!」

「なんで叔父さんは生きているのにいつまでもこんな地獄に居るんだ!? どうして逃げないで、こんな場所に居続けることが出来るんだよ!?」

「――人を、斬り殺したことがあるな」

「――化け物め……っ」
「ああ、お前よりもな。だから、俺はお前よりも強いんだ。ハンター」

「残念ながら、お断りだ――俺には、ひとりぼっちにしないと、誓った人がいるからな」

「――剣士だよ。……お前と同じ、な」

「………ありがとう、ございました………俺を……見つけてくれて………俺を……助けてくれて」

「っ!? ほう、パンダと戦うのは初めてだ。面白いっ!」

「さあて、ハンター。大志は今――どこにいると思う?」

「――例え、世界を滅ぼしてでも、他の人類全てと引き換えにしてでも……死んでも生き返らせますから」

「お前の大事なこの女の屍をプレゼントしてやるからよ」

「わたしの顔でッ! わたしの身体でッ!! そんな真似をするなぁッッ!!!」

「黙れ!! 黙れ黙れ黙れッッ!! この偽物が!!!」

「君は、自分よりも圧倒的な強者に対し、その貧弱な武器で、一体どのように立ち向かい――そして、どのように殺すのでしょう?」

「――ダチを守れて、初めて楽しいケンカなんだろうが」

「守って――くれるんでしょ?」

「――まぁ、ちょっと……それよりも、どうしたんっすか、その丸太?」
「何言ってんだ。丸太くらいどこにでも落ちてるだろう」

「逃がすわけねぇだろ!! 全員、纏めて台無しにしてやらぁぁあああああああ!!! どいつもこいつも死にやがれクソガァァアアアアアアアアアアアア!!!!」

「彼らを吸血鬼にしたのは、僕だよ。彼らだけじゃなく、この世界の全部の吸血鬼は、僕のせいでそうなってしまったみたいなものだね」





「……どうして、こうなっちまったんだろうな?」





「一度殺しをやった人間が、平穏な日常なんて送れると思ってんな」


「アイツに――最強に勝ちたいんだよ!!」


「………本物なんて、あるのかなぁ?」


「――絵に描いたような、英雄になればいい」


「……………………おかあ、さん?」


「いいや、違う。最強の剣士になるのは俺だ――桐ケ谷、和人だ」


「次はお前の番だ。楽しもうぜ――台無しをよ」


「あの人は――人を殺してたんです!!」


「だからこそ――彼女を救えるのは、渚君、君しかいません」


「……何を企んでいる……貴様がどうしてここにいるんだっ! 『死神』!」


「決まってるじゃないですか? わたしが、もう――死んでるからですよ」





「……帰って、きて。……ずっと、待ってるから。……いつまでだって、ずっと、ずっと……あたし、待ってるから!」





「約束だ。死にたくないって言っても殺してやる」


「人を喰う前に――殺してもらえて、本当によかった」


「……頼む。点数が必要なら、100点でも1000点でも、いくらでも稼いでみせるっ! だから――」


「死にたくない……逝きたくない……っ」





「――雪ノ下を、よろしくお願いします」





「――――ッッ!! お兄ちゃん!! お兄ちゃぁぁぁあああん!!!」


「ヒッキーを……あたしから奪わないでっ! ヒッキーを……返してっ! 返してよぉ!! やめてっっ!! ヒッキーぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」


「いや……やめて……やめてよ……八幡」

「お願いだから……」





「……『本物(わたし)』を……あきらめないで……」





【比企谷八幡と黒い球体の部屋】――オニ星人編――


――to be continued

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