比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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ゆびわ星人編、採点回。


遂に――比企谷八幡は、辿り着いた。

 俺がガンツルームに帰還を果たした時、まだその部屋には誰もいなかった。

 だが、最後にマップを見た時、プレイヤーを示す青い点は全て健在だったから、おそらく――

 

 そんなことを考えている間にも――俺の身体が全て転送されるよりも早く――ガンツから一筋、また一筋と光線が室内の虚空に照射され、次々と玩具(せんし)達が凱旋する。

 

 黒い球体が、玩具箱のようなこの(へや)に、律儀に御片付けをするように、回収し、収納していく。

 

「な、なんだ、ここは!?」

「……一番、初めの……あの部屋か?」

 

 桐ケ谷や東条はもちろんの事、ストーカー野郎やバンダナ男までもが帰還していく。

 

 ……それほどに、今回のミッションは簡単だったのか? まぁ、昨日の親ブラキオや千手程ではなかったが、それでもトリケラさんレベルくらいの敵だったとは思うけどな。

 

 そして、次に転送されてきたのは渚達。ほう……あの変なおっさんまでも生き残ったのか。

 

「こ、これは! あの部屋か! 戻って来れたんか!?」

「はい、平さん。これで、元の生活に戻れますよ」

「おお……おお!! 渚はん!! おおきに!! ほんまにおおきに!!!」

 

 おっさん(平さんというらしい)は、渚の手を両手がガシっと掴みながら、涙をボロボロと流して感謝していた。……渚が助けたのか。運が良かったか、それとも――

 

「比企谷さん!」

 

 その声に目を向けると、既に帰還を果たしていた新垣が、満面の笑みで俺の元へと歩み寄って(気持ち小走りで)やってくるところだった。

 

「比企谷さんも、生き残ったんですね……よかった」

 

 うっかり惚れちゃうところだったじゃないですか、やだー(棒)。

 なんてな。

 

 そんなことを天使のような笑顔で胸の所で手を握りながら言うもんだから勘違いしちまいそうになったが、こいつは俺が死ぬなんてことは全く思っていなかっただろうな。

 まぁ、だからと言って、俺が生きていて残念って感じじゃない。……やっぱり? ……いや、それでこそ、か?

 

 ……分かんねぇな。一体、こいつは何を考えている?

 

 ……それと後ろのストーカー君の顔が気持ち悪いことになってるからさっさとどっか行ってくんないですかね?

 

「テメー! ふざけんなよ!!」

 

 大きな怒声が響いた方を向いてみると、桐ケ谷があの不良グループ五人に囲まれていた。

 

「お、おまえ、話が違げぇじゃねぇか! 何が守るだ! 何が一番、生き残る確率が高ぇ方法だ! ふざけんな! 思いっきり死に掛けたじゃねぇか!! 俺のナックルパンチをお見舞いしてやろうか!」

 

 リュウキ君、腰がっくがくじゃねえか。面白いな。

 

「そうだ! そうだ!」

 

 お前等みたいなモブ集団には一人はいるよな。そうだ、そうだ係。

 

「お、俺なんかな……ぴゅーって空を舞って、き、気が付いたら……六本木ヒルズに突っ込んでたんだぞ! とんだセレブ体験じゃねぇか! どうしてくれる!」

 

 よかったじゃねぇか。たぶん、もう一生中に入れねぇぞ。素敵な思い出だな。

 

「この全身真っ黒スーツもなんか変なところからドロドロしたオイルみてぇのも漏れるしよぉ! 欠陥品じゃねぇかっ!」

 

 おい。お前ギリギリじゃねぇか。そのスーツがなかったら一〇〇%死んでたぞ。

 

「あばばばばばばばばばばばばば!!!!」

 

 うんうん、怖かったねぇ。

 

 さて、そんな風に罵詈雑言をここぞとばかりに飛ばす彼等五人だが――俺からしたら今回のミッションは奇跡といっていい。

 

 いくら前回経験者が五人(パンダを入れれば六人、か)居たからといって、あんなモブキャラ野郎共も含めて――そして今、東条と一緒に、あんな小さな少女までもが生きて帰還した。それは、つまり――

 

 

――一人の死亡者を出すことなく、ガンツミッションを乗り越えた、ということだ。

 

 

 これは、まさしく偉業だ。

 少なくとも、半年間もの間、ガンツミッションを戦い続けてきた俺から見ても、前代未聞の偉業。

 

 まぁ半年の間の俺のソロミッションは除いたとして、俺が加入する以前の中坊の時代にはそういうこともあったかもだが、少なくとも、俺や中坊みたいなリーダーでは、この結果は、この成果は在り得なかっただろうな。

 

 まず、最大の前提条件として、ミッション参加者全員がスーツを着ていること――これが、この奇跡を起こす為には必要不可欠な下準備だ。

 

 さっきの不良Dのように、スーツを着ていなければ、例え戦闘になんてなりやしなくとも、参加せずに逃げ回り続けたとしても、巻き添えや流れ弾であっさりと死亡(ゲームオーバー)になるのが、このガンツミッションだ。あそこで東条にしがみついて泣きじゃくっている女児も、渚の両手を握りしめて何度も何度も頭を下げている平も、そしてバンダナやストーカーも、スーツを着ていなければおそらく今ここにはいることはなかっただろう。っていうか、誰がパンダにスーツを着せたんだ? まさかパンダ用のスーツすら用意しているとは品揃えパないなガンツ。

 

 つまり、だ。初めっから新人達へのレクチャーなど放棄する、責任から逃れて間違った道を意気揚々と選択する俺や中坊みたいな先達(リーダー)では、この奇跡は起こせない。こんな偉業は成し遂げられない。

 

 あの葉山ですら、終ぞ全員にスーツを着させることは出来なかった。

 よって、この状況を作り出したのは、この百点満点の結果を導いたのは、間違いなく桐ケ谷和人の功績であり――偉業だ。

 

「おい! テメェ、なんとか言ってみろよ!!」

 

 だが、それは俺達のような、こんな天国みたいな戦果(けっか)の価値を知っている者だけが思えることだ。

 

 彼等のような新人達にとっては、つい数時間前までは普通の日本人だった彼等にとっては――死に掛けるという、そんな気持ち悪いくらい温い、遊園地のアトラクション程度の恐怖(スリル)だけでも、十二分に地獄体験なのだ。

 

 こうして命を救ってもらっても、あんなトラウマものの恐怖を味わされただけで、守ってなんてもらえていなくて――契約不履行で、約束と違うのだ。

 今のこの状況が、この部屋の人口密度が、どれだけ出来過ぎで、奇跡的なのか、理解出来ない。

 

 ……まぁ、事実、あのマップが全てだ。

 俺が桐ケ谷の指示(こえ)を聞いたのは、ミッションの開始直後の、あれだけ。

 

『落ち着けッ!! 新人達はとにかく殺されないように逃げろ!! 渚と新垣さんは新人達のガードを頼む!!』

 

『俺と東条――そして比企谷は、あいつ等と戦う!! 行くぞ!!』

 

 俺はその指示に従って――指示がなくてもそうするつもりだったんだが――直ぐにゆびわ星人の討伐に向かったので、あの後のことは一切知らない。

 

 だが、あのマップの青点の散布具合から見て、新人達を一か所にまとめることは出来なかったんだろう。

 よって、ルーキーの中には前回経験者に守ってもらえなかった奴がいたわけだ。それが、今回はあの不良共だった。

 

 そして、そんな彼等は言われるまでもなく、理解しているのだろう。

 自分達が生き残ったのは、ただの幸運で、下手をしなくても、“本来”自分達は死んでいた、と。

 

 俺からすれば幸運を拾っただけでも身の丈に合わない程に贅沢だとは思うが、本人達からすればたまったものではないのだろう。

 

 さて。どうする、桐ケ谷? これは、お前が選んだ道だ。

 お前だって、あのガンツミッションの戦場を、自由自在にコントロール出来るとは思ってなかっただろ?

 こうして割を食って、危険に陥り、そしてその責任をお前に押し付けようとする輩が出てくることなど、想定の範囲内だったはずだ。

 

 責任者は、責任を取ることが仕事だ。全く、労働なんてするもんじゃねぇな。あ~嫌だ嫌だ、働きたくねぇ。

 

 さあ、お前は――どうやってこの理不尽な責任をとるつもりだ?

 

「…………」

 

 桐ケ谷は、その罵詈雑言の嵐の中、瞑目し、ただじっと佇んでいた。

 

 そして、不良達が息切れしたのか、それとも言いたいことを全て言い終えたのか、言葉が途切れたその時、ゆっくりと目を開け、口を開いた。

 

「――すまなかった」

 

 一言。たった、それだけだった。

 

 余計な言い訳も、余分な弁明もなく、ただ奴等の言い分を全て受け止め、その上で、謝罪した。

 

 一言の謝罪で、その全てを済ませそうとした。

 

「――ふっ」

 

 不良達はしばし呆然と佇んでいたが、やがてリュウキは、その顔を真っ赤に染め上げ、頬を膨らまし、一気に爆発し――

 

「ふっざけんじゃ――」

 

 

 チーン

 

 

 と、リュウキ君を諫めるように、気の抜けたタイマーの音が鳴り――

 

 

【それぢは ちいてんを はじぬる】

 

 

――採点が、始まった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「あ、比企谷さん――」

 

 ずっと俺の傍らに居た新垣を押し退けるようにして、俺は壁から背を離し、ガンツが見える所まで進む。

 

「あ? 採点? なんだそ――」

「邪魔だ」

 

 途中、目の前で群がっていた不良共がウザかったので、思わず睨み付けてしまった。

 

 

「――失せろ」

 

 

 すると、リュウキだけでなく、周りの不良共、更には部屋中の他のメンバー達も、ギョッとした目で俺を見てくる。

 

 どうでもいい。今はただ、俺はガンツだけを真っ直ぐ見据えた。

 

 ぞろぞろと不良達は俺に道を開け、そして遠ざかるように離れていった。桐ケ谷は変わらず動かなかったが。

 

「な、渚はん……この採点ってのは、何なんや……」

「……なんでも、今回の戦争のスコアみたいなのを……審査されるみたいです。そして、合計100点集めるまで、何度もまた集められて……」

「っ! あ、あないなことを、何度もやらされるんか!! そ、そないなことあんまり――」

 

 ああ、ウザい。うるさい。うっとうしい。

 

「――黙ってろ」

「ひぃぃ!」

 

 平とかいうおっさんの声があまりに耳障りで、こちらも反射的に睨み付けてしまった。

 おっさんはまるで悪魔を見たが如く腰を抜かしていたが、もうそんなことはどうでもいい。

 

 ……まだか。……ガンツ。

 

 俺の採点はまだか……っ。

 

「比企谷、やめろ」

「……比企谷さん」

 

 桐ケ谷が鋭い目で俺を制し、新垣が腕に触れて俺を諫める。

 

 ……分かってる。分かっているが、落ち着かない。落ち着くはずがない。

 

 もう目の前なんだ。待ち望んだ瞬間が、もう、目の前まで来ている。

 

 気が付けば、あの女児(あだ名は湯河原温泉だった。「私の名前は湯河由香(ゆかわゆか)よ……」とボソッとキレていた。実に面白い)やバンダナ(あだ名は燃え~だった。なんでだよ)、そしてストーカー野郎(あだ名はストーカー。まんまですね。本人はブツブツ文句を言っていたが)の採点が終わり、全員0点だった。

 やはり他のゆびわ星人を倒したのは、前回経験者達か。確かに、ゆびわ星人はヴェロキュラプトルやねぎ星人子のように新人でも頑張れば倒せるといったもんじゃない。初実戦であれを殺すには、それこそ東条や――この桐ケ谷のような戦闘センスが必要だ。

 

 ガンツの表面に、今度はパンダの採点が浮かび上がる。

 

 

『リンリン』0点

 

 かんさつしすぎ。

 

 Total 1点

 あと99点でおわり

 

 

 ……観察? 俺はちらりと後ろのパンダを見るが、既に東条と女児(湯河?)と戯れていた。いや湯河さん。恐る恐る手を伸ばしてますけど、パンダってあなたが思っている以上に凶暴ですよ。そいつ、前回恐竜をぶっ殺してますよ。……ってか、そういえばこのパンダ、今回はどこにいたんだ? 最後にマップを見た時に俺の近くに青点があったから、それが今回もこのパンダだったのか?

 

 ……まぁいい。なんか知らないが、黒い球体(こいつ)は今回も俺の採点をギリギリまで引き延ばすらしい。お楽しみは最後に、ってか。クソが。

 

 ……ダメだ。胸中の感情がぐちゃぐちゃで、思考がいつも以上に支離滅裂だ。テンションがおかしい。……落ち着ける筈もないが、少しでも頭を落ち着かせなければ。

 

 俺は感情と思考の整理も込めて、何となく隣で固い顔で採点を見ている桐ケ谷に声を掛けた。

 

「……さっき、随分と潔く謝罪したな」

「…………まぁ、な」

 

 俺と桐ケ谷は、お互い真っ直ぐにガンツを見据えながら言葉を交わす。

 

 採点は、続いて件の不良グループのメンバーの番となった。

 

 

『なんなんだよ、《不良あ~あ》って! Aとか1とかですらねぇのか! 何をガッカリしてんだ! っていうか0点かよ!』

 

 

「初めから、これを目指していたのか?」

「……いや、出来過ぎだ。まさか、一人も死なずに済むとは……正直、思ってもみなかった」

 

 

『《不良いっ!?》ってなんだ! どんな擬音だ! 嫌な奴にでもあったのか! そして0点かよ!!』

 

 

「……それは、つまり犠牲が出ることを承知で――リーダーになることを、こいつらの命を背負うことを、決めたってことか?」

「……ああ」

 

 

『《不良……うっ!?》ってなんだよ! 吐き気でも堪えてんのか! そんなに俺が気持ち悪いのか! やっぱり0点なのかよ!』

 

 

「はっ、大した偽善者だな。耳障りのいい素敵な言葉で先導して、扇動して、洗脳か。希望を見せるだけ見せて、あんな地獄の戦場に送り込むんだからな」

「……ああ。俺はきっと、お前よりもずっとずっと悪党なんだろうな。……まぁ、いいさ。別に、恨まれるのも、憎まれるのも……俺は、慣れてる」

 

 

『《不良え~》ってなんだよ、ちくしょう!? 何が不満なんだ!! イジメか! 0点だと思ったよ、コンチクショー!』

 

 

「……それが分かってて、全員を救えないことも、犠牲が出ることも、その結果、恨まれて、憎まれて、理不尽な責任を追及されるのを分かってて――」

 

――死んでいった人数の分の十字架がその背に圧し掛かって、それをずっと背負っていかなくてはならないと分かっていてて。

 

――その十字架は次から次へと容赦なく降り注いできて、それでも途方もない道を、先行きが見えない地獄を、進んでいなくてはならないと、分かっていて。

 

「――どうしてお前は、その道を選んだ?」

「……決まってるさ――」

 

 

『台無しの伝道師☆(後の修学旅行の神)』0点

 

 楽しもうぜ……台無しをよぉ(ドヤッw)

 

「なんで俺のだけ妙に気合入ってんだ!! 不良お、とかじゃねぇのか!? いや、それはそれで腹立つけども!! ドヤッw、じゃねぇよ、ふざけやがって!! そんでなんでお前俺の黒歴史を知ってんだ!! そしてやっぱり結局0点じゃねぇかよぉぉぉぉおおおおお!!!!」

 

 

 不良達の(うるさい)採点は終わり――残るメンバーは、今回ゆびわ星人を倒したであろう、前回経験者のみ。

 

 桐ケ谷は、更に一歩、前に踏み出しながら、俺の問いに、こう答えた。

 

 

「……俺は、多くの人に認められて、称賛されたくて戦っているわけじゃない。これが――この道が、自分と、自分が守りたいものを守る為に……最も正しいと思った(ほうほう)だったからだ。他の事なんて……俺はどうだっていい――」

 

 

――全ては、守りたいものを、守る為に。俺は……ただ、それだけの為に戦ってるんだよ。

 

 

――お前と、同じだ。……比企谷。

 

 

 桐ケ谷和人は、そう言い捨てて俺に背を見せながら黒い球体へと向かっていく。

 

 その背中に――その、大人と比べたら、頼りなく小さな、少年の背中に。

 

 

 俺は――英雄を見た。

 

 

 こいつは、ただ綺麗ごとを並べるだけの理想主義者じゃない。それどころか、俺なんかよりも遥かに冷酷な現実主義者(リアリスト)だ。

 

 桐ケ谷は――切り捨てられる人間だ。

 自分が正しいと信じた道ならば、例え犠牲が生まれようとも、選び取れる人間だ。

 

 自分の大切なものを救う為に、その他大勢を、切り捨てることが出来る人間だ。

 

 その上で、こいつは感情を失わない。

 決して壊れず、悲しみ、罪悪感を覚え、思い悩み、その責任を苦痛と共に受け止め、それでいて尚――切り捨てることが出来る、人間だ。

 

 俺とは違う。逃げてばかりで、壊れてばかりな、俺とは違う。

 

 強者だ。紛れもない、強者。

 

 何も捨て去ることが出来ないものは――理想にしがみ付き、現実的な犠牲を許容できないものには、何も変えられない。

 

 こいつは、変えられる人間だ。

 それでいて、鬼にはならず――人間で居続けることが出来る、人間だ。

 

 こいつのような存在を――人は、英雄と呼ぶのだろう。

 

 綺麗ごとを世迷言で終わらせず――現実にしてしまう、することが出来る、物語をハッピーエンドに導くことが出来る存在。

 

 この時、俺は、再び思った。

 

 コイツがきっと、ガンツが選んだ逸材だ。

 

 あのカタストロフィの主役。

 

 世界を救う、英雄の役を担う主人公。

 

 

 

『くろのけんし』20点

 

 Total 60点

 あと40点でおわり

 

 

 

 その点数が表示された瞬間、室内はどよめきで溢れた。

 

 初めて点数を獲得した存在を見て新人達は目を見開き、東条は口角を好戦的に吊り上げ、新垣と渚は桐ケ谷を褒め称えた。

 それを受け、桐ケ谷は口元を少し緩ませる。

 

 アイツが主役だった。アイツが中心だった。

 

 その光景を見て――俺は、笑った。

 

 コイツなら……きっと――

 

 

「比企谷さん! 見てください!」

 

 そう言って、俺の思考を途切れさせ、新垣は俺の腕を引っ張った。

 

 

 

『闇天使~ダークエンジェル~』10点

 

 Total 11点

 あと89点でおわり

 

 

 

 ……え~と。

 

「わたし、自分の手で、あの星人をぶっ殺しましたよ!」

「お、おう、そうか」

 

 美少女が笑顔で「ぶっ殺しましたよ☆」と嬉しそうに言うのは中々アレな光景だな。

 

 っていうか、なんかあだ名変わってるんですけど。それについてはいいんですかね? 前のアレとどっちもどっちって感じがするが、確かに、今のこいつは闇天使って感じだな。いずれダークネスなトラブルとか始まんないよね? そんで、なんでこいつはわざわざ嬉しそうに俺に報告に来るんだ。頭とか撫でて欲しいのん?

 

 ストーカー野郎が発狂してるのが邪魔で(ガンツに浮かび上がってる闇天使verの新垣イラストに興奮してるのか? いやドット絵なんだが。レベル高ぇなおい)それを強引に蹴り飛ばして退かすと(「何するん――ひぃぇええ」とか言ってたので、新垣が「――キモ」って言ったら灰になった)、次の採点は渚だった。

 

 

 

『性別』10点

 

 Total 11点

 あと89点でおわり

 

 

 

「おお、やったやないか、渚はん!」

「……いえ、BIMの使い方を教えてくれた平さんのお蔭です」

 

 ……BIM? あの爆弾のことか?

 教えてもらった――ということは、平はBIMの使い方をあらかじめ知っていたのか?

 

 ……また一つ、謎が増えたな。

 平とガンツには、何か関係があるのか?

 

 ……とりあえずは、今は採点か。

 

 残されたのは、俺と東条の二人。そして、俺が二体殺し、ここまで桐ケ谷が二体、渚が一体、新垣が一体、そしてミッションの初めにマップを確認した時に八体だったから、必然的に――

 

 

 

『トラ男』20点

 

 Total 36点

 あと64点でおわり

 

 

 

 ……だよな。

 

 そして、やっと、俺の番だ。

 

 

「……比企谷」

「……比企谷さん」

「……比企谷さん」

 

 桐ケ谷と新垣、渚の目が俺に集まる。

 

 それにつられるように、部屋中の人間の、そしてパンダの視線が俺に集まった。

 

 東条の画面が吸い込まれるようにして、黒い球体の中に消える。

 

 室内は、重苦しい沈黙で満たされた。

 

 ……これまでの採点傾向的に、ゆびわ星人は一体十点なのだろう。それを俺は二体撃破した。故に、絶対にクリアしたはずだ。

 

 

 そして――そして、そして、そして。

 

 ついに――ついに、ついに、ついに。

 

 

 俺は……目を瞑る。

 

 

「……あ」

 

 誰かの、そんな呟きが聞こえて、ゆっくりと目を開けると――

 

 

 

『はちまん』20点

 

 Total 119点

 

 

 

 ……119点。

 

 そして、その下に――

 

 

 

 

 100てんめにゅ~から 選んでください

 

 

 

 

 部屋の中が、先程よりも遥かに大きいどよめきが溢れる。

 

 

「え、ええええええええええええ!!!」

「なんだよ! 119点って、どうなんってんだよ!!」

「あ、あんさん、終わるんか! もう終われるんか!!?」

「なに……それ……なんなの、この人……」

 

 

 新人達が絶叫する傍ら、桐ケ谷は、渚は――

 

「――比企谷、おめでとう」

「おめでとうございます……比企谷さん」

 

 そして新垣は、そっと俺の右手を掴んで、瞳を潤わせながら言った。

 

「……おめでとうございます……比企谷さん」

 

 俺は、なんで会ったばっかのお前等がそんなに嬉しそうなんだよ――とは、言えなかった。

 

 それどころじゃ、なかった。

 

「あ、画面から変わってく」

 

 誰かのそんな言葉の通り、俺の採点画面は薄れるようにして消えていき――代わりに現われたのは、あの100点メニュー。

 

 

 

【100てんめにゅー】

 

【・きおくをきされてかいほうされる】

【・つよいぶきとこうかんする】

【・めもりーからひとりいきかえらせる】

 

 

 

 それを見て――俺は限界だった。

 

 ダァン!!!! と、気が付いたら床に膝をついていた俺は、そのまま両拳を振り上げ、何もない床に力一杯叩きつけていた。

 

 

「「「「「ッ!!!!」」」」」

 

 

 ビクッ!! と他の奴等の驚愕が伝わるが、知ったことじゃない。

 

 お前等なんかには、絶対に分からない。分かってたまるものか。これは、これは――俺だけの、感情だった。

 

 

 …………やっと。やっと、やっと、やっと。

 

 

 やっと――

 

 

 

 

 

――中ぅぅぅぅ坊ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 

 

 

――………………すまない。雪ノ下。…………ごめん。ごめん。陽乃さん。

 

 

 

――あんたが!! あんたがあの時、わけわかんない行動して結衣を追い詰めなければ!! 結衣があんなに必死になって化け物に向かっていくこともなかった!! なんで!! なんで結衣がこんな目に!!

 

 

 

――比企谷、お前、それでいいのか?

 

 

 

――お、にい、さん……

 

 

 

 

――早く、■■■■■を、生き返らせてあげてね。

 

 

 

 

 

――八幡。……雪乃ちゃんのこと、お願いね。

 

 

 

 

 

 

――……俺を、一人ぼっちに、しないでくれ。

 

 

 

 

 

 

「――――やっと……やっと……」

 

 

 俺は、瞳から涙が溢れだすのを感じた。

 

 そして、何もない床に叩きつけた拳を握り締めて……俺は、吐き出す。

 

 

 あの日から……いや、この黒い球体の部屋に閉じ込められてから、ずっと溜めこんでいた、この何かを。

 

 

 

「やっと………辿り着いた……っ」

 

 

 

 俺は、しばし、その体勢から動けなかった。

 

 だが、誰も何も言わず、一歩も動かず、ただ、俺と――比企谷八幡と、黒い球体の対峙に注目していた。

 

 そして俺は、ゆっくりと立ち上がり、掠れた声でも届くように、至近距離までその球体に歩み寄って、その言葉を投げ掛ける。

 

 

 

「……ガンツ…………三番だ」

 

 

 

 その呟きを聞き届けたガンツは、100点メニューを仕舞い、代わりに無数の顔写真を表示する。

 

 今回は誰も死ななかった為、昨日見た時と同じ状態のそれらを、俺は凝視する。

 

 そして、俺は、今、再び――瞑目した。

 

 

 

――……だが、もし万が一、お前が死んだら。絶対に生き返らせてやるよ。………俺か…………葉山が。

 

――何それ!! だから、カッコつけるなら最後までカッコつけなよ! 最後ので台無し!

 

 

 

――惚気話は後にしろ!! いい加減にしねぇとマジで死ぬぞお前!!

 

――……だから、わたしはじゅうぶん。……ひきがや……たつみくんを……たすけ

 

 

 

 

 

――……違うな。これは、そんな少年漫画のお涙頂戴のご都合展開のようなもんじゃない。

 

 

 

――ただの自己満足だ。……俺のせいで死んでいった奴等がいた。それこそ、何人も、何人も、何人も、何人も。……俺を庇って死んだ奴がいた。絶対に助けると誓って死なせてしまった人がいた。……俺は、それを認めたくないだけだ。それで終わりにしたくないだけだ。

 

 

 

――人を生き返らせるってことは、人を殺すこと以上に罪深い大罪だ。

 

 

――だって、誰かを生き返らせるってことは、他の誰かを生き返らせないってことなんだから。

 

 

――……人を生き返らせる……それは、世界で最も醜く無責任なエゴの押し付けだ。……それを行おうとしている俺は、世界で最も傲慢な人間だ。

 

 

 

 

 

――何をしてるんだ、比企谷。君にはやるべきことがあるだろう。

 

 

 

 

――ゴメンね。アンタなら辿り着けるよ。カタストロフィまで。

 

 

 

 

 

――カタストロフィは近い。それまでに“彼”を生き返らせて。必ず、彼はあの終焉(クライマックス)に必要になる。

 

 

 

 

 

 

――八幡。わたし、絶対帰ってくる。アイツを倒して、全部終わらせて。

 

 

 

 

 

 

――そしたら……

 

 

 

 

 

 目を、開ける。

 

 覚悟なんて、とっくの昔に決まっていた。

 

 

 このために、今日まで――ここまで、俺は生き残ってきたんだから。

 

 今、この瞬間の為に――無様に死に損なってきたんだから。

 

 

「……ガンツ。俺が……俺が、生き返らせてほしいのは――」

 

 

 俺は、背負う。

 

 ずっと逃げ続けていた、命の責任を。

 

 

 他の全てを殺してでも、生き返ってほしい――その人を取り戻す為に。

 

 

 

 そして、この時、初めてガンツは――この黒い球体は、俺の願いを聞き届けた。

 

 

 俺の願いを、叶えてくれた。

 

 

 

 そして、黒い球体から、眩い光線が照射され――

 

 

 

 

 その人は――あの人は、帰ってきた。





次回――あの人が帰ってくる。

ゆびわ星人編――あと、二話です。

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