比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

83 / 192
あやせサイド


新垣あやせは、甘美な『本物』を手に入れる為に戦場を舞う。

 

 わたしが殺しますよ――そう今にも言い出しそうな程、冷たい瞳であやせはその男を見つめる――見下す。ゴミを見るかのように、見下す。

 

「――あなた、まだ死んでないんですか?」

 

 その眼差しには、最早その男が心酔した『新垣あやせ』の面影などまるで残っていなかった。

 

 だが、そんなことにも男は気付かないのか――否、気付ける程の余裕がないのか、ただ物陰に隠れながら、戦場にも持参したリュックをガンツスーツの上から前抱きするという滑稽な格好で、ヒステリックに掠れた声で絶叫していた。

 

「あ、あやせたん! 逃げよう! 僕と一緒に逃げよう! ぼ、僕が、君を守るから! さあ!」

「………………」

 

 その、あまりにも言葉と行動が一致しない言動に、あやせは男の方を見ることすらやめた。

 

 そして、真っ直ぐに、前を見据える。

 

 睨み付けるは、遥か頭上、十メートル――ゆびわ星人の、真っ暗な双眸。

 

 和人の指揮の後、あやせは指示通りに渚と合流し新人達を護衛しようとしたが、何の因果か、運命の嫌がらせか、気が付けばこのストーカーと二人ではぐれ、こうして一体のゆびわ星人と相対する結果となっていた。

 

「何をやってるんだ、あやせたん!? 早く逃げないと殺されちゃうよ!!」

「あやせたんとか言わないでください。気持ち悪いです。ぶち殺しますよ」

 

 ストーカー男の絶叫を、あやせは平坦な口調で淡々と切り落とす。

 だが、男は諦めず、否、何もかも諦めたかのように、更にあやせに向かってこう叫んだ。

 

「どうするんだよ!! こんなの僕達にはどうしようもないだろうぉ!!」

 

 先程自分が守ってやると言ったことなど忘れたかのように――実際忘れているのだろうが――ストーカー男は泣き喚く。

 

「決まってるじゃないですか」

 

 だが、あやせはそんなストーカー男の喚きを心底うっとうしいとばかりに、その漆黒の髪を靡かせながら、男に向かって最後にもう一度だけ振り向いて――極寒の目線で、だが、揺るぎない、迷いなど微塵もない眼差しで、ただ、こう宣言した。

 

 

「ぶち殺すんですよ――あの怪物を」

 

 

 ストーカー男は「……え?」と乾いた呟きを漏らすと、呆然とその背中をただ見送ることした出来なかった。

 

 あやせが、ゆびわ星人に向かって一歩を踏み出す。そして、それを迎え撃つかのように、ゆびわ星人も一歩、その巨体に相応しい足音を響かせながら前進する。

 

 その衝撃にストーカー男はあっさりと悲鳴を上げながら物陰に素早く避難するが、その時には既にあやせの頭の中には男に関する配慮は綺麗さっぱり消えていた。

 否、配慮どころか、怒り、恨み、憎しみ、そういった男に関する感情の全てが消え失せていた。

 

 頭にあるのは、ゆびわ星人へと敵意と、戦意、そしてそれでも消えない心に巣食う目の前の怪物に対する恐怖心。

 

 そして、何より、生きることへの渇望。

 

 綺麗で、美しくて、きっと何よりも甘い――その果実への、果てしない渇望。

 

 その『本物』を教えてくれた――あの背中への憧れ。

 

(……わたしは、強くならなくちゃ)

 

 守られているだけじゃ、きっと駄目だ。

 後ろで怯えるだけじゃ、きっと駄目だ。

 

 足手纏いじゃ駄目だ。それじゃあ、あの人には、きっと振り向いてもらえない。

 見てもらえない。気づいてもらえない。それじゃあ――その果実は、きっと手に入らない。

 

 それは、とても優しくて――とても、甘い。きっと、途轍もなく甘く、途方もなく甘い。

 

 誰にも見えなくて、簡単には手に入らなくて、でも、きっと、だからこそ、誰もがそれを求めている。

 

 それは、きっと揺るぎなくて、絶対に断ち切れない――切り捨てられない、盤石の絆だ。

 

 ああ、欲しい。欲しくて、欲しくてたまらない。憧れずにはいられない。

 

 欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲し。欲し。欲し。欲し。欲し。欲し。欲し。欲。欲。欲。欲。欲。欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲――

 

 

「だから、勝たなきゃ」

 

 

 だから、殺さなきゃ。

 あの人は、戦っている。きっと、殺してる。

 

 ならば、自分も同じことが出来なきゃ。あの人の隣には立てない。

 

 あの人と、絆を繋げない。

 

『本物』に、なれないじゃないか。

 

 Xショットガンを携え、新垣あやせは戦場を舞う。

 

 途中、そういえばこの銃の撃ち方を知らなかったと気付くが、すぐにどうでもいいと再びゆびわ星人を睨み付けるように見上げた。

 

 銃なんてものは、銃口を向けて、引き金を引けば撃てる。いまどき、幼稚園児でも知っている常識だ。

 なんだか引き金が二つもあるが、どうでもいい。両方引けばどっちかがトリガーだろう。それでもダメなら、こんなものは使わず、この脚で蹴り飛ばせばいいだけのことだ。

 

 殺せばいいのだ。だから殺す。だから殺す。だから殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺。殺。殺。殺。殺。殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――

 

「――殺します。殺します。ぶっ殺します。わたしの為にさっさと死んでください。――この怪物」

 

 わたしは――あの人の元へ、行かなくてはいけなんですから。

 

 そう淡々と呟きながら、新垣あやせは戦場を駆ける。

 真っ黒な瞳から極寒の眼差しを振り撒き、漆黒の髪を靡かせながら、漆黒の騎士へと突攻する。

 

「グォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 ゆびわ星人が巨斧を振り抜く。

 

 その刃先には、既に一体の恐竜(ヴェロキラプトル)に恐怖して身を震わせていた女の子はいない。

 

 いるのは、極寒の目線で、冷たく、揺るぎなく怪物を睨み付ける戦姫のみ。

 

 あやせは真っ直ぐゆびわ星人に銃口を向け、乱雑に力強く二つのトリガーを同時に引きながら、青白い光と瞬かせる。

 

 それが、一人の少女が戦士となったこの戦争の、何かが始まり、何かが終わった号砲だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「あ、五更さ~ん! 五更さん、五更さん、五更さ~ん! こっち、こっちです、こっちですよ~!」

「……聞こえているわ。あまり一般人の前で囀るのはお止めなさい」

「これが張り切らずにはいられますか! ここはあたしたちのホームグラウンドであり! これから行くイベントのアニメの聖地ですよ、聖地! 五更さんとしては好きなカプは何です? やっぱり王道のイザシズですか? それとも正帝? 青帝ですか? それとも帝人様はーれもごっ!??」

「……まったく。少しは時と場合を選びなさいな」

 

 黒猫が目的に着くと、既に先着していた赤城瀬菜が大きく手を振ってこちらに向かって呼びかけてきた。そして挨拶代わりに早速暴走する瀬菜の口に道中購入したコンビニパンを突っ込むと、黒猫は大きく嘆息する。

 顔立ちは美少女といってもいいほど愛くるしいルックスの瀬菜だが、その出で立ちはTシャツにジーンズというラフというには女子高生としてはあまりに気が抜けている格好で、いつもの地元ならばまだしもこの都会の街では少しばかり浮いていた。

 

 だが、これから向かう先は、彼女のような人間にとってはまさしくホームグラウンドといってもいい聖地(ばしょ)の為、瀬菜はまるで気負いを感じている様子もなく、眼鏡のレンズを光らせながら今にもぐへへとか言っちゃいそうなくらいテンションが振り切れていた。

 

「……アイツは相変わらずだな」

「……せなちー」

「あ、高坂せんぱいも、桐乃ちゃんも、お久しぶりです!」

 

 黒猫の少し後ろには、今回の集まりに参加することになっている、高坂京介と高坂桐乃、二人の兄妹がいた。

 

 京介はいつも通り――大学生活は私服の為、入学前にはある程度気合を入れてレパートリーを増やしてみたが、三か月もすると元々服に特別興味がある訳でもないため組合せを考えるのが面倒くさくなり、結果いつも通りと言ってもいいほどに使い回している――インナーの上にシャツを羽織って下はチノパンという、ごく普通の、地味で手堅い服装だった。色合いも地味だ。

 

 対して桐乃は、やはりこの都会の街でも――いや、むしろこの都会の街だからこそ浮かないオシャレレベルの高い服装である。周りが瀬菜と京介、そして学校帰りの制服の黒猫という組合せなのでやっぱり浮いているのかもしれないが。それに今から行く場所を考えると、おかしいのは桐乃の方かもしれない。

 だが、女子高生にオシャレをするなという方が酷だし、それにこれだからこその桐乃ともいえる。

 

 案の定、誰もそれぞれの服装に文句を言うこともなく(京介の服装に関しては桐乃が電車の中でいつも通りとばかりにグチグチとディスっていた)、まずは無事に合流出来たことを喜んだ。

 

「ありがとうございます、五更さん! 平日なのに、わざわざ松戸から学校帰りに来てくれて!」

「いいのよ。下々の者達は、宴の準備に邁進していたようだし。御蔭でこの身は自由だったから」

「なにこれ? 蘭子語?」

「おい、桐乃。今更、黒猫の言葉に突っ込みを入れるなよ。……っていうか黒猫。お前、文化祭の準備で浮いてるのか?」

「この闇猫たる私が、あんなリア充のリア充によるリア充の為の催しなんかに手を貸す筈がないじゃない」

「まだ闇猫だったんだ、アンタ……」

 

 黒猫もとい闇猫の根深いリア充への怨念に高坂兄妹はちょっと引き気味だったが、その元凶は間違いなく自分達なので深くツッコミ辛かった。黒猫はそれを承知で楽しんでいるところがあるが。

 

 瀬菜もそこら辺の事情はきちんと聞かされたわけではないがなんとなく察してはいるので、はははと乾いた苦笑いで流すと「では、さっそく行きましょうか!」と空気を変えるべく、くるりと踵を返して歩み出した。

 

「帰り道のことを考えると、あたしたちはともかく五更さんには余裕はないですからね」

「あら、別にいいのよ。妹達の学校は創立記念日とやらで明日は休みだし、私も今日は高坂家に泊まらせてもらうつもりだもの」

「いやいや、今の話を聞いたらお前だけでも帰れよ。文化祭の準備があんだろう? あれって休んだら単位とかに響かねぇのか?」

「何を言っているの? こんな妹キチガイがいる家に、愛する妹だけを置いて帰るわけにはいかないでしょう?」

「…………チッ」

「狙ってたのかよ!?」

「……相変わらず、妹のことになると恐ろしいビッチね」

 

 そんな会話を聞いていた瀬菜は「まぁ、五更さんは制服ですから、あんまり遅くなりすぎると補導されちゃうかもですし、気を付けるに越したことはないですよ」と結論をまとめる。それには黒猫も大人しく頷いた。

 

 赤城瀬菜という女の子は、ある一定の分野のことになると途端にリミッターが外れ、ここに居る個性豊かな女性陣の中でも頭一つ飛び抜けたキチガイとなるのだが、それ以外の場面では立派に仮面を被れる優等生委員長タイプなのだ。

 

 黒猫としても、あんな強面のお父さんがいる家に――好意で預かってもらっているとはいえ――妹達だけを待たせておくのも忍びない。珠希は物怖じしなさそうだが、普通に一般人並みの心臓しか持っていない日向は慣れない怖い大人には弱そうだ。

 

 そんなことを考えていると、珍しくも瀬菜と京介が前で話し込んでいて、自分と桐乃が後ろに続くという編隊になっている。

 瀬菜は桐乃と仲がいいし、言っては何だが自分と桐乃はすぐに口論に発展するので、こういった形に無意識になることはあまりなかった。

 

(……いえ、違うわね)

 

 ここまでくる道中の間にも気づいていたことだが、どうにも桐乃の元気がない。

 故に、ここで自分に桐乃を元気づけろということだろう。確かにこのメンバーの中では、自分が一番桐乃に遠慮のない言葉で発破をかけるのに向いている。

 

 妹のメンタルケアを妹の友達に丸投げなんて情けない兄だとは思うが、京介もきっと――おそらく、ずっと、桐乃を励まし続けていたのだろう。しかし、この問題に関しては、兄も紛れもなく当事者で、加害者だ――この妹と同じように。

 

 そんな妹を、あろうことか傷つけて振った相手である自分に投げるとはと溜め息を吐くが、溜め息こそ吐くものの、しょうがないわねと思いぞすれ、嫌悪も失望もしない――出来ないのだから、全くどうしようもないと黒猫は自嘲する。

 

 どうしようもなく救えなくて、取り返しがつかなくて、そして愚かだ。

 

 あの子とは違って――どこまでも。と、黒猫は、自分に対して呆れ、笑う。

 

 黒猫は、瀬菜とどうしようもない言い合いをしているようで、時折こちらに悔しそうに、そして申し訳なさそうに目線を送る京介に気付かないふりをしながら、桐乃に対していつものように挑発するように話しかける。

 

「全く、似合わない腑抜け面をしているわね。いつかの威勢はどこに消え失せたのかしら?」

「……うっさいわね」

「……あなたは、こうなることを覚悟して、あの道を選んだのではなかったの?」

「…………だけど」

「少なくても先輩は、あの時、他の全てを捨てる覚悟があったわよ。……それでも、私達を捨てて――あなたを選んだの」

「………分かってる。分かってるわよ! ……それでも、それでもあやせなら――」

「――受け入れてくれる、とでも思った?」

 

 ヒュっ、と。桐乃が息を呑み、黒猫の方を振り向いた。

 黒猫はそんな桐乃を冷たく、容赦なく見据え、畳みかけるようにして言い募る。

 

「その認識を改めなさい。あなたのそれは、勝者の言い分よ。私達を踏み潰して、叩き潰して、全てを得ておきながら、それを放棄したの。――だから許して、が、そんな簡単に通るはずないじゃない」

「……それでも、わたしはっ!」

「他に道がなかった。苦渋の決断だった。そんなことは、私達には関係ないことよ。……あなたがどれだけ苦しんで、悩んで、諦めて、出した結論かは知らない。知ったことじゃないわ。……それでもね。私達は負けたのよ。……高坂桐乃、あなたに負けたの。あなたは、私達を負かして、京介を――先輩を手に入れたのよ。それを、あなたは手放した。それだけは揺るぎないわ。そのことで、あなたは私達に、恨まれるべきなのよ。憎まれるべきなの。嫉妬されてしかるべきなの。――それが、敗者に対する、勝者の負うべき、責務よ」

「………………っ」

 

 黒猫の、その容赦のない言葉に、桐乃は閉口し、唇を噛み締め、俯いていく。

 桐乃のそんな姿を一瞥すると、黒猫は再び前を向き、前を歩く京介と瀬菜を見据えながら歩く。

 

 そして、ポツリと、語調を落としながらも更に続けた。

 

「……少なくとも、私達はその覚悟で戦ったわ」

「……覚悟?」

「……あなたに、嫌われる覚悟、よ」

 

 ピタと、足を止める桐乃。

 そんな桐乃の数歩先で止まり、振り返った黒猫は、声を失って驚愕している桐乃を、やはり真っ直ぐに見据えながら告げる。

 

「あなたが大好きな兄を――プロポーズを受け入れて、付き合って、恋人になるくらい大好きな兄を、横から掻っ攫って、あなたの前でイチャイチャして、あなたに嫌われてしまうことも覚悟で、それでもあの時、私達は京介を――先輩を求めた。求めて、あなたと戦った」

 

 結果で見れば、惨敗だけれどね。と、一度瞑目する黒猫は、だが次の瞬間、鋭く桐乃を見据え、射貫くように言った。

 

「――でも、私達は、あなたを切り捨てるつもりなんて、毛頭なかったわ。例え、どれだけ嫌われても、恨まれて、憎まれても……私達は自分と京介の仲を、あなたに認めてもらうつもりだったわ。そして、あなたの親友という繋がりも、手放すつもりもなかった。皆無だった」

 

 黒猫は逃がさない。絶対に逃がさないと、桐乃を見据える。

 瞳に若干の怯えをみせる桐乃を、その髪と同じくらい美しい黒い瞳で、真っ直ぐに。

 

 

「――私達は、何度でも、何度でも……あなたと戦うつもりだったわ。高坂桐乃」

 

 

 それが、黒猫と――そしてあやせの覚悟だった。

 

 高坂京介に恋をし、高坂桐乃に惚れ込んだ、高坂兄妹が大好きだった、二人の女の子の初恋の物語。

 

 

 一人の男を懸けて、一番の親友と戦って――そして敗れた、二人の女の子の、壮絶な覚悟。

 

 

「――あなたは、どうなの? 桐乃」

「……え? ……どうなの、って――」

 

 その想いの丈をぶつけられ、圧倒されていた桐乃に、黒猫は、諭すように静かに、けれど射貫くように苛烈に告げる。

 

 

「あなたはあやせを――切り捨てるの?」

 

 

 間は、一瞬だった。

 

 その問いに、一瞬呆然とした桐乃は――すぐに表情を憤怒に変え、黒猫を睨み付けるように見据え返して叫んだ。

 

「そんなわけないっ!」

 

 桐乃は顔を真っ赤にして、瞳に涙を浮かべながら、更に叫ぶ。

 

「絶対に――絶対に、仲直りしてみせる! 例えどれだけ憎まれてても、どんだけ恨まれてても! 許してくれるまで何度だって話す! 何度だって謝る! 絶対に諦めない! ……例え、どれだけ嫌われてても――」

 

 そして、真っ赤な頬で、真っ赤な瞳で、けれど黒猫の目を真っ直ぐに捉えながら。

 

 

「あやせは――――わたしの親友なんだから!」

 

 

 そう、叫び終えた桐乃の瞳には、かつての決意の炎が再び宿っていた。

 

 それを見て、黒猫は――

 

「――ふっ。それでこそ、あなたよ」

 

 そう言って、くるりとあっさり踵を返す。

 

「ちょ、どうしたのよ、あんた――」

「どうしたもこうしたも。どこかのビッチがこんな公衆の面前で叫び散らすから、他人のふりをしてるんじゃない。半径十メートル以内に近づかないでちょうだい」

「ちょ! あ、アンタ、そういうのは早く言いなさいよ! っていうか歩くの早っ! ま、待ちなさいよ!」

 

 そんな二人の親友同士のはしゃぎあいを、少し先で立ち止まって待っていた京介と瀬菜は苦笑しながら見つめる。

 

「……はっ」

 

 瀬菜は、京介のそのふと漏らした笑いは、これまでの苦笑と違い、どこか悲しげに見えて。

 

「……? ……どうかしたんですか、高坂せんぱい?」

 

 京介は、瀬菜の方には振り向かず、ただ桐乃と黒猫の方を見つめたまま、そのどこか悲しげな笑みのまま、呟いた。

 

「……なんでもねぇよ。……なんでもな」

 




次回は東条サイドです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。