比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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奉仕部に、戻ってくるから

 

 昼休み。

 場所は川崎(思い出した)の黒のレースを目撃した――そして文化祭の時に相模に暴言を吐き、葉山に胸倉を掴み上げられた――総武高校、屋上。

 

 そこに再び、こうして俺、相模南、葉山隼人の三人が揃う日が来るとはな。

 人生というのは、分からないものだ。

 まぁ、分からないというのであれば、あんな命懸けのサバイバルゲームに巻き込まれる方がよっぽど予想外な出来事なんだが。

 

「それじゃあ、始めようか」

 

 葉山の一声で、俺達は会議――というより、情報共有会を始めた。

 

 その話し合いは予想以上にスムーズに進んだ。

 俺は正直、この昼休みだけで終わるか不安があり、しかし何度も集まると怪しまれるしで、内心どうしようかと思っていたんだが、終わってみれば昼休みを五分以上残しての終了だった。

 

 この結果は、相模が俺の思っていた以上におとなしかったのが大きい。

 

 会議はやはり、持っている情報の多さからか、俺主導で進んだ。

 

 だが、相模はそれに不満そうな態度を見せなかった。

 場所が場所だけに、彼女が文化祭の時の確執を思い出し、皮肉の一つでも飛ばしてくるか――むしろ、皮肉程度で済むなら御の字だと思っていた――と身構えていたが、そんなことは一切なく、彼女自身が持っている独自情報もないらしいので、相模は静かに聞き役に徹していた。

 

 俺はちょっと気持ち悪くさえ思っていた。何だ? コイツ本当に相模か? もしかしたら偽物なんじゃねぇか?

 ……いや、このセリフは今の状況じゃ冗談にしても性質が悪いし、そのままブーメランで自分に帰ってくるからやめよう。

 

 まぁ、結果としてスムーズに終わることに越したことはない。

 このメンバーが一堂に会するだけで当事者ながら猛烈な違和感だ。もし、こんな現場を誰か(数少ない)知り合いに見られたらうまい理由を取り繕う自信がない。

 

 

 会議の成果は次の通りだ。

 

 俺が出した情報は――

・Xガン、Yガン(具体的な名前があった方がいいとのことで命名)の性質の違い。

・スーツの効果(身体能力、防御力のアップ)。

・コントローラーの分かる限りの使い方。

・エリア外に出ることのペナルティ。

・(方法は分からないが)姿を消すことが出来るということ。

 

 葉山が出した情報は――

・Xガンの詳しい説明。(何やら操作にコツがいる、発光後効果が現れるまでタイムラグがあること、など)

・自身の姿が一般人から見えないと発覚した時の状況。(戦闘の際の器物の破壊は一般人からも認識されるということ)

・あのゴツイ長銃(チャラ男が使っていたらしい)はXガンと同様(もしかしたら威力等に違いがあるかもしれない)の性質をもつということ。(以下Xショットガンと命名)

 

 殆どが俺由来の情報だったが、こういうのは独占しても(わだかま)りしか生まないし、それに誰かに話すことによって俺自身もその情報を再検討出来る。メリットは大きい。

 

 それに、器物破壊は隠蔽出来ないという初耳の情報も知ることが出来た。

 

 初めて発見できた、ガンツの限界のようなものだ。

 欠点が無い奴を相手取ることほど、徒労を覚えることはないからな。正直、ホッとしたような気持ちになれたのも事実だ。

 まぁ、別にガンツが敵というわけではないが、俺にはアイツが味方だとも思えないからな……。

 

「じゃあ、みんな持ってる情報は、これくらいかな」

「ああ。だが、これをやるとやらないじゃ大違いだ」

「……うちだけ、何の情報も持ってない」

「気にしないでいいよ。こういうのは、相手に伝えることで知ってる情報を再検討する意味合いも兼ねてるんだから。聞き役も重要な役目だ」

「……葉山くん♡」

 

 ……確かに俺も同意見だが、葉山に言われると癪だなぁ。俺よりも出した情報少ないくせに。

 まあいい。葉山が相模にフラグを立てようとどうでもいい。

 

 それよりも、今はやるべきことがある。

 

「――だが、何よりも重要なのは、必ず、次のミッションがあるということが、ほぼ確定的だということだ」

 

 俺がいちゃつく二人に向かって意図的に低い声で発した言葉に、相模と葉山が表情を引き締め、真剣味を帯びさせる。

 ……だから、何で俺がリーダーっぽいことをしてんだよ。仕事しろよ、葉山。

 

 ……まぁ、いいか。この集会を提案したのは俺だし、一回で情報共有も済んだからコイツらとこうして集まるのも、これが最後だ。

 慣れない役だとは自覚しているが、面倒なことはさっさと終わらせるに限る。早く締めに入ろう。

 

「そう、だな」

「……また、あるんだよね」

「……そうだ。そこで俺の疑問なんだが――あの部屋には死んだ人間が集められる。そして、100点を稼ぐまで、縛られ続ける。じゃあ、俺達みたいな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()時は、どういった手順で『あの部屋』に呼び戻されるんだ?」

「――あ」

「確かにそうだな……」

「流石に、毎回死ぬような目に遭わせられるとかはないだろう。だからもっと穏便に集められる筈、だと思う」

 

 まぁこれは、ガンツがあくまで死んだ人間を無作為に回収しているという希望的観測に基づく見解であって、元々玩具にしようと目を付けた人間を死ぬように仕向けて回収しているという絶望的見解を見ないふりをしての仮説だが。

 ……これのどちらでもバスとトラックの運転手両名が転送されなかった理由になるのが嫌な所だ。判断がつかない。

 

 そして、もし後者なら。

 ガンツは死人しか――少なくとも呼び寄せることはできないということになり、俺らはミッションに呼ばれる度に文字通りの意味で死ぬ思いをすることなる。

 そして、この仮説が事実となった時は、同時にガンツが人の運命を操れるという事実も判明することになるのだが――しかし。

 

 少なくとも俺には、前者の説を推せる――希望がある。

 

「そして、俺の見解では。あの『転送』で強制集合させられると踏んでいる。ミッション終了後にエリア内からあの部屋に転送されたように」

 

 ガンツは生人を呼び戻せないというわけではない、と、これから分かる。

 ……まぁ、これはガンツにとって自分が作ったコピーは死人扱い可能という解釈も出来るし、それとガンツが人の運命を操れないかどうかは別問題だが。

 

「確かにそれが一番ありそうだな」

「うわぁ……あれ嫌なんだよね」

「確かにあれは気分のいいものじゃないことには同意するが、今俺が問題にしているのはそこじゃない。――――問題は、その転送が一般人に見られるかどうかだ」

 

 二人の表情が固まる。

 そう。これは実はかなり高い危険性(リスク)を孕んでいる。

 

「中坊は言っていた。あの部屋のことを誰かに話すと頭が吹っ飛ぶと。アイツは冗談めかして言っていたが、俺はかなり信憑性は高いと思う。ガンツは情報漏洩の防止には結構神経質だ。だからこそ、もし転送シーンが一般人に視認可能なのだとしたら、そのシーンは絶対に見られちゃいけないということだ。もし見られたら、それだけで頭が吹っ飛ぶかもしれない」

「で、でも! その転送ってのがいつ来るか分からないんでしょ!」

 

 確かにそうだ。いつ来るか分からないものに四六時中備えろといっても無理だろう。

 

「……こういう言い方はおかしいかもしれないが、俺はその辺はある程度ガンツを信用している。そういうタイミングは気を遣ってくれるんじゃないかってな。――だが、ガンツは完璧じゃない。中坊の、あのコピー話を聞くと、特にそう思う。……だから、心に留めておけって話だ。もし人混みとか街中で転送が始まったら、速やかに人気のない場所に移動するとか、前もってそういう心構えをしておくかいないかで、いざという時の混乱が大分違うからな」

「……っていうか、よくアンタそんな最悪の事態を想定できるね。神経質っていうならアンタこそが神経質なんじゃない?」

 

 相模は呆れた――というより気持ち悪いものを見る目で俺を見てくる。

 うっせ。ぼっちは常に最悪の事態に備えておくもんなんだよ。いざという時に誰にも頼ることが出来ず、自分で何とかするしかないからな。

 

「でも、その通りだな。せっかくのヒキタニ君の助言だ。活用させてもらうよ」

 

 葉山は相変わらず爽やかだ。

 こういう場合、リア充は不利だな。絶えず誰かしらと一緒にいるということは、常にこの危険性と共にあるということだ。

 その点俺はもしかしたら教室の中で転送が始まっても下手すればスルーされるレベル。それはないか、流石に。……ない、よな?

 

「一応気に留めておいてあげる。……実行できるかは分からないけど」

 

 確かに相模は、もしグループの連中と一緒にいるときに転送なんて始まったら、分かり易くパニックになりそうだな。

 そこら辺は個人でなんとかしてもらおう。そこまで面倒みきれん。

 

「よし。じゃあ、そろそろ切り上げて、教室に戻ろうか。一応、怪しまれないように、時間差をつけてね」

 

 そして、俺は相変わらず、一番最後に屋上を後にした。

 

 まぁ、今回に限っては誰に自主的になんですけどね。ホントだよ?

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、放課後。

 

 俺は奉仕部の部室前に居た。

 

 帰りのHRが終わってすぐさまこの部屋へとやって来たが、それでも――雪ノ下は、俺よりも早くこの部屋に来て、あの窓際の席で本を読んでいるだろう。

 

 あの日。

 雪ノ下の期待を裏切ってしまったあの日。

 雪ノ下が俺を、俺と由比ヶ浜をある種見限った――雪ノ下に見限られたあの日。

 

 あれ以降、雪ノ下は仮面を被ってしまったけれど。

 

 それでも雪ノ下は、この場所に居続けた。

 こうして誰よりも早く、この場所に来てくれ続けた。

 

 それこそ惰性で、体に染みついたルーチンワークをこなすように、無感情な機械的行動だったのかもしれないけれど。

 

 もしかしたら、まだ望みを捨てずに、俺達に期待してくれているのかもしれない。

 その表れなのかもしれない。

 

 …………ダメだな。死ぬような思いをしたせいか、やめると誓った手前勝手な期待の押し付けが止まらない。

 

 特に雪ノ下相手には、一度酷く後悔した筈なのに。

 

 それに、俺にはそんな資格はない。

 

 俺は今から、そんなありもしない、かけられてもいない期待を――裏切るんだから。

 

 

 

「ういーす」

「あら、比企谷くん。こんにちは」

 

 雪ノ下は、読んでいた文庫本から目を上げ、俺に挨拶をする。

 

 挨拶代わりの罵倒もない、すっかり慣れてしまった平和な光景。平和なだけな、ありふれた光景。

 どこにでもありふれる、俺達らしさなど皆無の光景。

 

「ん? どうしたの、比企谷くん?」

 

 扉の所から動かない俺を訝しがってか、雪ノ下が疑問を投げかける。

 

「……ああ、雪ノ下」

「……本当に、どうしたの、比企が――」

 

 喉にへばりついたように離れない、飛び出すことを拒絶するような往生際の悪い言葉を――俺は、努めて、淡々と吐き出した。

 

 

「俺、しばらく奉仕部休むわ」

 

 

 その時、一瞬、垣間見えた気がした。

 

 あの選挙の時の、あの言葉が脳裏を過ぎる。

 

『わかるものだとばかり、思っていたのね……』

 

 空虚な――冷たく、何かを失くしてしまったような呟きが、再び脳裏に響く。

 

「――――」

 

 雪ノ下の目が、失望に、彩られた。

 

 気が、した。

 

 しかし、それも一瞬。

 

「……そう」

 

 雪ノ下は、再び仮面を被った。

 心なしか――それは、厚みを増した、ような気がした。

 

 俺は、それに気づかない振りをして、言葉を続ける。

 

「……用事が済んだら、また来る。だけど一応、平塚先生に聞かれたら言っておいてくれ。俺が直接こんなことを言ったら、あの人は問答無用で拳を振るいかねん」

「――ええ。伝えておくわ」

「……それじゃあな。依頼があったら伝えてくれ」

「――ええ。分かったわ」

 

 雪ノ下は、こちらを見てすらいない。

 何かに彩られた目は、何かを失った目は、手元の文庫本の文字列に注がれたままだ。

 

――その手は、一向に、次のページを捲らないが。

 

 俺は雪ノ下に背を向ける。

 

 そして、扉に手を掛け――

 

「――雪ノ下。俺が用事を終わらせて戻ってきたら……きちんと話そう。……その似合わない仮面も外して。本音で」

 

 この言葉は、少しは雪ノ下に響いただろうか。

 それとも、こんな言葉では動揺もさせられないほど、見限られてしまったのだろうか。

 

 何よりも滑稽なのは――もし、そんな日が来たとしても、きっと俺達は本音などでは話せないのだろう。

 

 だって――こんなにも、何かを言わなくてはと思っているのに、何も言葉にならないのだから。

 

 故に俺は、言葉にするのが、答えを知るのが、形を得るのが怖くて堪らない臆病者は。

 

 雪ノ下の顔を、瞳を見ないように、後ろ手で扉を閉め、何も言わず――奉仕部を後にした。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「あ、ヒッキ―……」

 

 奉仕部部室から下駄箱へ向かう途中、奉仕部へと向かっていたのだろう由比ヶ浜と遭遇した。

 

「……今、雪ノ下にしばらく部活を休むことを伝えてきた」

「……そっか。別に、あたしがゆきのんに伝えたのに」

 

 由比ヶ浜はそう言ってくれたが、俺は俯きながら首を振る。

 これは俺なりのけじめだ。これ以上、由比ヶ浜におんぶにだっこってわけにはいかない。

 

「……じゃあな」

「っ……」

 

 俺は由比ヶ浜の横を通り過ぎる。

 すると、数歩進んだ俺の背中に、湿っぽい声の叫びが届く。

 

「ま、また! ……戻ってくるんだよねっ!」

 

 由比ヶ浜の、悲痛なそれは、俺の足を止めるに十分な威力だった。

 声の調子からして、もしかしたらまた泣いているのか。

 

 だが、それを確認することは出来ない――振り向くことすら出来ない、臆病者には何もしてやれることも、そんな権利もない

 ……俺は、由比ヶ浜を何度泣かせれば気が済むんだ。また三浦に校舎裏に呼び出されちまうな。自業自得以外の何物でもないが。

 

 小さく、か細い声で、俺は返す。

 それ以上大きな音量を求めると、何かが溢れてしまいそうだった。

 

「…………ああ」

「…………ねぇ。用事って何? もし、もしあたしに何か、出来ることがあるなら――」

 

 だが、そんな自制は、そんな由比ヶ浜の声で弾け飛ぶ。

 抑えきれないものが瞬時に膨れ上がり、俺は廊下中に響き渡る―――叫びを上げた。

 

「ダメだっ!!!!」

 

 思わず声を荒げてしまった。

 由比ヶ浜が怯えるのが気配で分かる。

 

 だが、ダメだ。絶対にダメだ。それだけはダメだ。

 

 由比ヶ浜を、『あの部屋』に関わらせることは、絶対にダメだ。

 

 例え、俺が死んだとしても。それだけは…………。

 

「………………わるい」

 

 由比ヶ浜からの返答はない。

 俺は一刻も早く彼女の前からいなくなるべく、早口で告げた。

 

「大丈夫だ。これは、俺が何とかすべき問題だ。お前には関係ない。……だけど、約束する。必ず、俺は――」

 

 だけど、この言葉だけは、この誓いだけは。

 

 例え、どれだけ資格がなくとも、薄っぺらでも――それでも、真摯に、彼女には伝えなければならない。

 

 

奉仕部(ここ)に、戻ってくるから」

 

 

 俺は、それだけを告げると、再び足を踏み出す。

 

 余りにも申し訳なく、余りにも恥ずかしく、余りにも――許せなかった。

 

 合わせる顔があるわけがなく――俺は、終ぞ由比ヶ浜の方を振り返らずに、まるで地面に八つ当たりするような歩調で、帰途についた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 比企谷八幡は去っていく。

 

 由比ヶ浜結衣は、その背中を見ていることしか出来なかった。

 

 彼が、あれほど声を荒げるのも、あんなに感情を露わにするのも、初めて見た。

 

 思えば、今日は始めからおかしかった。

 相模と挨拶を交わすのも不自然だったが、その後、自分をあんなに素直に頼るなんて、これまでの彼からは考えられないことだった。

 

 生徒会選挙の件で心を閉じたのは、雪ノ下雪乃だけではない。

 

 あの依頼の時に、比企谷八幡は少なからず手法を変えた。

 自分を犠牲にせず、周りを頼り、誰も傷つかない方法を、本人なりに模索した。

 

 その結果が、あれだ。

 

 本人がどこまで自覚的なのかは分からない。――それは、八幡だけでなく雪ノ下にも言えることだが。

 

 八幡はその件を――他人に頼ったことを、手法を変えたことを――意識的にしろ、無意識的にせよ。

 

 失敗だったと。間違っていたと。

 

 後悔している。

 

 由比ヶ浜は、そう思っていた。

 自分は今回助けられる側だったので、八幡を手助け出来たわけではない。

 もちろん、八幡を助けた人達を責める気など毛頭ないし、八幡自身を責める気も皆無だ。

 感謝こそすれ、恨む気持ちなど一切ない。

 

 だって自分も、雪ノ下の親友を自負する自分も、雪ノ下が仮面を被る事態になるまで何も出来なかったのだから。

 

 何も気付けなかったのだから。

 

 だから、歯がゆかった。

 

 八幡が。あの比企谷八幡が。

 遂に自分を犠牲にせず、他人を頼ってくれた、今回の依頼で――結果を残せなかったことが。

 いや、一色いろはの依頼はクリアしたのだから、結果は残せたのだが。

 

 いつものように、いや、いつも以上に。

 後味の悪い結果になったことが。そう、してしまったことが。

 

 

 だけど、そんな八幡が、自分を頼ってくれた。

 再び他人を、信用してくれた。

 

 凄く、嬉しかった。

 

 しばらく奉仕部を休むと言われたときは、もうダメかと思ったけれど。

 

 彼は――比企谷八幡は、まだ諦めていない。

 あの時の奉仕部を取り戻すことを、諦めてない。

 

 なら、自分も諦めない。

 

 きっと比企谷八幡は戻ってくる。

 

 それまで雪ノ下雪乃を支えるのは、自分の仕事だ。

 

 そう意気込んで、奉仕部に向かった。

 

 

 

 

 そして、奉仕部からの帰りであろう、比企谷八幡に遭遇した。

 

 その時の彼の顔を見て、なぜだかはわからないけど、急に不安になった。

 

 だから思わず、彼に問い詰めた。

 

 彼を信じた筈なのに、このまま黙って行かせることは出来なかった。

 胸の内から、嫌な予感が溢れてくる。

 

 

「ダメだっ!!!!」

 

 

 彼に拒絶されたのは、初めてではない。

 

 しかしここまで力強い――しかし弱弱しい拒絶は初めてだった。

 

 去っていく彼の背中が、とても遠い。

 

 彼は、今、何を背負っているのだろう。

 何と、戦っているのだろう。

 

 それは、あの彼をここまで追い詰めるほどのことなのだろうか?

 

 私は、彼に何も出来ないのだろうか?

 

 由比ヶ浜結衣は、そのまま八幡の背中が見えなくなるまで見つめ続けて、そして、ゆっくりと、雪ノ下雪乃が佇む奉仕部へと足を向けた。

 




比企谷八幡は、彼女たちに背を向ける。

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