比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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やっと東条の登場です。いや、ダジャレとかじゃないですよ。マジでマジで。


そして、再び日常を侵すべく、化物たちが動き出す。

「ようし! 今日の作業はここまでだ! ここは、これから立ち入り禁止になっから、テメェら早く帰れよ!」

 

 この現場の責任者である壮年の男が、屈強な男達に号令をかける。

 

 東条英虎は、タンクトップに工事用の作業服という風体で、その男達の中に混じり、汗を流していた。

 

 昨日のミッションを終えても――あれだけの戦争を経験してもこの男は、一切自分のルーティーンを変えず、あろうことか、昨夜、自分が死亡したこの工事現場にて、学校をサボって一日中汗を掻いていた。

 

「ったく、昨日、ここにガキどもが入り込んで大暴れして、鉄骨が落ちたらしい。幸いに怪我人はいなかったらしいが、それでも大迷惑だ。後始末に一日かかっちまった」

「あ~そっすね。俺も死ぬかと思いましたよ」

「あ? トラ、テメェ、そこにいたのか? よく無事だったな」

「……あぁ、んん? なんで俺、無事なんスかね?」

「は? いや、知らねぇよ」

 

 そんなことを東条は自分に負けず劣らずの体格の先輩従業員と話していると、そんな彼らの後ろから二人の男が近寄ってきた。

 

「ったく、お前は相変わらずだな、トラ。お前に敵う奴など滅多にいない程に、お前の力は同年代じゃ桁外れなんだ。あんまり暴れすぎるなよ」

「……………………」

 

 一人は、この現場の人間には珍しく、百七十五センチ程の一般的な成人男性の体格のロイド眼鏡に灰色のフードの男。名前は篤。

 

 そして、もう一人は、その男とは対照的に、大柄な逞しい男達が集まるこの現場においても東条すら遥かに超える巨漢――おそらくは二メートルを優に超える身長と、その身長に相応しい浅黒い鋼鉄のように鍛えられた筋肉、そして、一際目を引く禍々しい黒山羊の被り物が特徴の男。名前は斧神。

 

「おっす、篤さん、斧さん。お疲れっス」

「お疲れ。にしても、トラ。お前、普通にここにいるけど大丈夫なのか? 今日は平日だぞ。学校はどうした?」

「………………」

「うち馬鹿高なんで、そういうの全然大丈夫なんスよ。それに、もう学校には歯ごたえのある奴いねぇし」

「お前は何のために高校に行ってるんだ………」

「………………」

 

 東条が篤の言葉におかしなこと言ったか? とばかりに首を傾げると、篤は苦笑する。斧神は何も言わず、ただ篤の横にずっと突っ立っていた。

 その様相は斧神の見た目の異様さもあって、かなりの威圧感を振り撒いていたが、本人にはそんな意識はなく、そして周りの人間も気にしない。

 

 当然ながらこの職場の最年少は東条だが、東条はそんなことに怯むような可愛らしい心臓をしていないし、他の従業員も同様だ。

 彼等は皆若い頃に色々な波乱万丈な経験と修羅場を乗り越えてきた猛者共であり、採用担当が敢えてそういう連中を集めたとしか思えない程に一癖も二癖もある連中ばかりである。

 

 こんな職場だからこそ斧神は受け入れられているし重宝されている。彼は一言も喋らないが、腕力が物を言う男臭いこんな仕事場では、斧神は一番の戦力だ。

 

 そして篤は、そんな彼のサポートをこなすかのように、高い社交性と、個性が強すぎる益荒男共を纏め上げるリーダーシップを発揮している。更に東条を始めとして碌な学校も(碌に学校も?)出ていないこの脳筋集団の中で、唯一といっていい明晰な頭脳の持ち主でもある。

 

 言うならば、この二人はこの職場でも中心的な存在で、二年生にして県下最強の不良高校である石矢魔のトップとしてリーダーのようなポジションに(勝手に)置かれている東条も頼りにしている男達である。

 

 勿論、篤も年齢的には若造なので、名目上の責任者は別の――先程作業の締めを知らせたあの壮年の――男だが、その男も、こうしている今も篤に明日の作業スケジュールについての相談をしていることが、この職場における篤という男のポジションを如実に表しているようだった。

 

 東条は、そんな光景を眺めながらも、ふと笑みを浮かべている。

 

 彼は、この職場が好きだった。

 

 良くも悪くも規格外で、器の大きな人間が集まったこの職場では、東条のような男も浮くことなく溶け込んでいた。

 

 昼休憩にたまに行う腕相撲では、東条すら勝てないような男達も幾人かいるし、偶に喧嘩のようなことになってもボコボコにされることも間々あった。

 

 

 世界は広い。自分よりも強い男は、まだまだたくさん存在している。

 

 

 だから東条は、そんなことを実感させてくれるこの職場での仕事を、いつも楽しみにしていた。

 

 昨日の戦争で強さというものと再び向き直ることが出来た東条は、そんなことを素直に思うことが出来ていた。

 

「あ、トラ。明日はちゃんと学校に行けよ。来ても帰らせるからな」

「………うす」

「がはは、トラも篤にかかれば形無しだな!」

 

 ……良くも悪くもこうして子供扱いするので、平日は滅多に来れないのが偶に傷だが。

 

「ほら! 早く怖ぇ女房がいる家に帰りやがれ、クズ共!! 今からガキ用に鍵閉めなきゃいけねぇんだからよ!!」

 

 責任者の壮年の男が怒鳴り散らす。

 

 そして汗が染み込んだ作業服のままの男達は、一日の仕事をやり終えた充足感からかその泥だらけの顔を笑顔に緩めながら、ある者は愛する家族の元へ、ある者は空腹を満たすべく酒と飯を求めて定食屋や飲み屋へと繰り出す。

 

「それじゃあ、俺は次の仕事があるんで」

「……おいおい、お前いくつバイト掛け持ちしてるんだ。若いからって体壊すぞ」

「………………」

「大丈夫っスよ、体だけは丈夫なんで。それじゃあ、お先っス、篤さん、斧さん」

 

 おうまたなとその背中を見送る篤。斧神はいつも通りただ黙って突っ立っていた。

 

 作業場を一歩出ると、斧神の風貌は途端に注目を集め、夕飯の買い物帰りの主婦や、幼稚園などの送り迎え帰りの親子に無自覚にとんでもない恐怖を与えている。

 

 そして、その場に残ったのは、篤と斧神の二人だけ。

 

 すると今まで置物のように無言だった斧神が、背後から唐突に篤に言った。

 

 

「――どうやら、氷川と黒金が単独行動を起こしたようだ」

 

 

 篤はその表情から笑顔を消し、斧神に問いかける。

 

「………それは、どういうことだ」

「なんでも昨夜に殺し損ねたハンターを狙いに行ったらしい。時間帯から考えて、“日常(おもて)”で(やみ)討ちする気だろう」

「……なぜ、誰も止めなかった」

「分かるだろう。あの二人に進言出来るのは、俺達“幹部”だけだ。そして、幹部同士は対等――意見は出来るが、命令は下せない。そして――」

「――あの二人は、他人の意見を聞くようなタイプじゃない、か……」

 

 篤は溜め息を吐きながら、右手で顔を覆う。

 

 そして、嘆くように吐き捨てた。

 

「……ったく、あの二人は何を考えてるんだ。こんなことを続けても、敵を増やすだけだ……っ。いずれ手痛いしっぺ返しを喰らう時がくるぞ」

「だが、あいつ等の言う事にも、一理ある。我々は、いつハンターのターゲットになってもおかしくない存在なのだから」

「……俺には、あいつ等はそれを口実にして、ただ強い奴と戦いたいだけに思えるがな」

 

 そして篤は、東条が去ったのとは逆方向に向かって歩き出す。その後ろに斧神が続いた。

 

「我々はどうする?」

「……とりあえず、残った者達で会議だ。出来得る限り招集してくれ。“日常(おもて)”で外せない用がある奴は、そっちを優先していい。俺達が大事にすべきはそっちなんだから」

 

 そうして篤は、徐々に暗くなり――夜を知らせ始めている、どんよりと曇った空を眺め、ポツリと言った。

 

「……嫌な空だ」

 

――忙しくなりそうだ。

 

 そう言ってロイド眼鏡にフードの男は、黒山羊の悪魔のような怪物を引き連れ、闇の中へと帰っていく。

 

 もうすぐ、夜が来る。

 

戦争(うら)”の時間が始まる。

 

 

 化け物共が、動き出す。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

『もう! アンタ、自分の彼女くらいきちんと手綱握っときなさいよ!』

 

 どんよりと曇った空を一望できる、校舎の屋上。

 こんな色の空を見上げながら昼食を食べる物好きはいないのか、そこには桐ケ谷和人一人しかいなかった。

 

 話したいことがあると、午前中に詩乃からメールをもらっていた和人は、頬を膨らませる明日奈を宥めながら、この屋上に移動していた。

 

 メールの内容からして長い話になりそうだったので、購買で調達していたサンドイッチを頬張りながら、まずは自分の恋人である明日奈の深夜の奇行についての愚痴を聞かされた。

 

 あ~、今日は明日奈の弁当が食えないなと、これを作ってくれた人には申し訳ないが、和人比で明日奈のものには数段劣るそれをもさもさと食べながら、詩乃の言葉に苦笑と謝罪を返す。

 

「……あ~、悪かったな、シノン。明日奈には俺から言っておくから」

『そもそもアンタがアスナに黙って外泊とかするからこういうことになんのよ』

「うぐっ……いや、外泊はしてないぞ。……ちゃんと深夜には家に帰ったし」

 

 正確には、気が付いたら帰っていた、というのが正しいのだが。

 

 案の定、詩乃は和人の物言いに納得できずチクチクと責め立てるのだが、やがて諦めたように溜め息を吐き『まぁ、アンタに浮気出来るような甲斐性があるとは思わないけど』と、直葉と同じ結論に至る。

 

 和人は少し男として馬鹿にされるようで複雑だったが、個人的には避けたい話題が終わりそうな雰囲気なのをわざわざ蒸し返すのをおかしいので、ここで明確に区切りをつける意味も兼ねて「それよりも――」と話を変える。

 

「――本題に入ろうぜ。俺のGGOへの再コンバートのことだろう? でも、次のBoBは年末じゃなかったか?」

『まぁ、すぐにとは言わないわよ。でも、出来るだけ早い凱旋をお願いしたいわ。あ、ちなみに、来ないという選択肢はあなたにはないわ――伝説武器(エクスキャリバー)(かり)、忘れたとは言わせないわよ』

「うっ。も、もちろん、感謝してるし、GGOが嫌いになったわけでもないけどさぁ……、そもそも前の戦いで俺がそこそこ戦えたのは、不意討ちというか、ビギナーズラックというか……ばっちり研究されてどっしり腰を据えて迎え撃たれたら、やっぱりGGOのプロプレイヤー相手には相当分が悪いぞ……ましてや、シノンを含めたJP(にほん)サーバープレイヤー全員を圧倒して、圧勝するような奴相手に、俺なんかが通用するかな?」

 

 前回のBoB本戦は、ALO内でキリトも観戦していた。

 

 その前のBoBではシノンと共に優勝したとはいえ、GGOそのものは初心者といっていいキリトから見ても、優勝者――サトライザーの強さは圧倒的だった。シノンがこんなにも再戦(リベンジ)に燃えているのも分かる気がする。

 

 シノンからもらったメールにも、その強さがいかに規格外なものかということが、つらつらと書き連ねてあった。

 

 軍隊格闘術(アーミー・コンバット)による近接戦闘力。

 ほぼデータがない状態で相手の行動を完璧に先読みする戦況予測能力。

 

 結果としてサテライザーは、装備無しの状態で本戦に挑み、相手から奪った弾の補充(リロード)が出来ない銃と、あとはその戦況予測能力での完璧な不意打ち(スニークアタック)で近接戦闘に持ち込み、その近接戦闘能力で敵が銃を構える間も与えず、勝利。

 

 そうして、シノンを含めたGGOJPサーバーのトッププレイヤー達を全員屠り、圧倒的な強さを見せつけて優勝したのだ。

 

『なによ、アンタにしては弱気じゃない』

 

 シノン曰く、そんな相手に対抗できるのは、同じく規格外の存在で、光剣使いなどという、サテライザーとはまた種類が違うが、同じく近接戦闘でBoBの常識を打ち破ったキリトだけだという。

 

 今回の大会でも、サトライザー相手に数合渡り合えたのは、ナイフを多用したカルマだけだった――もっともカルマも完璧な形で不意打ち(スニークアタック)を喰らったので、結局一太刀も浴びせられずに敗退(リタイア)したのだが――。

 

 GGOはやはり銃の世界。銃に憧れ、銃に惹かれ、銃に取り憑かれ、銃に囚われた人間達が集まる仮想世界。

 

 そんな世界で、あのサトライザーと渡り合えるのは、この光剣使い(キリト)しかありえない。シノンはそう思っていた。

 

 だが、当のキリトはシノンのその誘いに、はっきり言って乗り気ではなかった。

 

 元々、キリトとしては今()()()()()()()()()ので、メールの件名――GGOに来なさい!――を見た瞬間から、やる気が皆無だった。

 なので、そのメールの本文を淡々とスクロールして読み進めながら、どうやってシノンを宥めつつ断ろうかとそればかり考えていたので、シノンの文面(いいぶん)を正直に言って真面目に読んで(きいて)はいなかったのだが、ふと、キリトは思った。

 

 こいつは、本当に素人なのか、と。

 

 それはGGOのプロプレイヤーでは、という意味ではなく、現実(リアル)でのコイツは、本当に一般人(しろうと)の、単なる銃好き(ガンマニア)なのか、と、そんな疑問を覚えた。

 

 和人は、それを詩乃に伝えた。

 

 こいつは――サトライザーは、日常的に銃を扱っている人間で。

 

 

 戦場に身を置いている軍人で。兵士で。兵隊なのではないか、と。

 

 

『――それは、さすがに……』

 

 詩乃は露骨に困惑したように声を震わせた。

 

 だが、――ない、と、断言はしなかった。

 

 あの強さは、規格外の最強さは、むしろそう言った背景(バックボーン)があると言った方が、納得のいく強さだったからだ。

 

 そうでなければ、納得できない最強さだったからだ。

 

 和人は、そんな詩乃の困惑を余所に、更にポツリ、ポツリと続けた。

 どこかで聞いたことが有る程度の話だけれど――と、前置きをして、その聞きかじりの知識を、己の中でも纏めるように、声に出して整理するように、電話の向こうの詩乃に呟いた。

 

 フルダイブ技術。つまりは、仮想世界に降り立つ技術。

 

 それは、現在、“ゲーム”という娯楽以外の分野でも、様々な形で応用されている。

 かつて、キリトが剣を交え、アスナが友情を育んだ彼女――ユウキも、メディキュボイドという、フルダイブ技術を臨床に応用した試験の被験者だった。

 

 フルダイブ技術は、視覚や聴覚に障害を持つ方達にとっては本物の光景と音を贈り、麻酔薬を使わずとも手術を実現させ、歩けない子供達も仮想世界ならば勇者のように冒険をすることだって出来る。

 

 まさしく、夢の機械。人々に夢と希望を与えることが出来る可能性を持つ技術。

 

 だが、世の中の全ての技術は、同時に二つの可能性を持っている。

 

 夢や希望を与えることが出来る技術は――同時に、死と絶望を与える可能性(ちから)も持っている。

 

 仮想世界は、今では――軍事教練で使用されている、と、和人は告げる。

 死なない世界。SAO事件を通じて――SAO世界を除いて、その大前提は仮想世界では確実に守られるようになった。

 

 故にそこでは、何の気兼ねなく、人を殺せる。人を殺す、技術を学べる。

 死なない世界で、より安全に、より確実に、より効率的に――人を殺す、訓練が出来る。

 

 和人はそこまで語って、少し重い空気になってしまったことを謝罪して、電話を切った。

 

 そして、直ぐには立ち上がらず、空気循環用のパイプに凭れ掛かったまま、空一面を覆う雲を見上げながら、考えた。

 

 訓練。教練。育成。ゲーム。

 

 兵士を育てる、ゲーム。

 

 強い兵士を、戦士を育てる――戦争(ゲーム)

 

 

『これから俺達は、命懸けの戦争(ゲーム)に送られる』

 

『死んだらそこで“死亡(ゲームオーバー)”の、命懸けの“戦争(デスゲーム)”だ』

 

 

(……黒い球体(ガンツ)が、玩具(おれたち)で無邪気に遊ぶ――ゲーム(ころしあい)

 

 あの男は、そう言った。

 

 黒い球体が、強い戦士(キャラクター)を育成する――戦争(ゲーム)

 

「…………これは、偶然なのか?」

 

 ただのこじつけなのか。昨日の今日だから、今の自分を最も追い込む元凶だから、ナイーブに反応してしまうだけなのか。

 

 怖い、だけなのか。

 

 結局、和人は、昼休みが終わるまで、そこから立ち上がることはできなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――もう、キリトくん! どうしたの、今日ずっとぼうっとしてるよ!」

「――あ、ごめんごめん、アスナ」

 

 そんな昼休みの回想に思いを巡らせていた和人は、腕を組み合って下校している明日奈の呼びかけで思考から抜け出した。

 

 既に、時刻は放課後。

 昨日心配を掛けたことと、今日の昼休みに折角作ってくれたお弁当を食べられなかったことから――お弁当は里香(リズ)珪子(シリカ)と一緒に明日奈が美味しくいただきました。ちなみに明日奈さんは終始ニコニコしていて里香と珪子は冷や汗だらだらだった――和人が帰りに何か甘いものでも奢るということになって、放課後デートと繰り出すことになったのだ。

 

 だが、そんなお詫びのデートのはずなのに、当の和人はずっと考え事をしていて、明日奈はじとっと和人を見上げるように睨み付けた。

 

「……やっぱりキリトくん、シノのんと何かあるの? ……ずいぶん長い時間、話し事してたみたいだけど」

「な、なんでもないって! それより、早く行こう! 菊岡さんに教えてもらった美味いケーキ屋があるんだよ!」

 

 そういって誤魔化すように(事実として誤魔化しているのだが)――それでいて腕を組んでいる明日奈が転ばないくらいに――歩くペースを上げる和人。

 

 もう! っと言う明日奈だが、すぐにその表情はしょうがないなぁと言った風に緩む。これから連れていかれるケーキがおいしい高級喫茶店には、明日奈よりも先に詩乃を(バイク二人乗りで)連れて行った場所だと知れば、そろそろ明日奈も本気で怒るのではないだろうか。この男の天然で墓穴を掘る癖は、いい加減に早くなんとかしないと背後からバッサリ斬られてしまうかもしれない。

 

 ちなみに今日の和人は、朝に明日奈が桐ケ谷家まで来た為、二人で道中会話できるようにバイクで登校はしていない。休日や詩乃の時のように自分のことを誰も知らないような場所ならまだしも、ほぼ公認で自分と明日奈の関係性が明らかになっているあの学校に二人乗りで登校するような度胸は和人にはなかった。それに――

 

(――さすがに、まだバイクはちょっと、な………)

 

 昨夜のTレックスと追いかけっこをした思い出が露骨に蘇る為、愛車に跨るのは少しの間だけ遠慮したい和人だった。

 バイクを使わないと駅まで少し歩くことになるが、二人にとって腕を組んで語り合いながら過ごすこの時間も、また至福なのだった。

 

 ここは閑静な住宅街の外れにある坂道で、ゆっくりと下りながら、その色とりどりの屋根が作る景色を眺めつつ、穏やかな時間を過ごす。

 空がどんよりと曇っているのは残念だったが、こればっかりはなと和人は視線を明日奈に移しながら、これ以上愛する恋人の機嫌を損ねないように彼女が嬉しそうに語る次のデートで行ってみたい場所の話に耳を傾ける。和人からしたら、こうして今もデートしているようなものなのに気が早いなと苦笑してしまうのだが、それでもここでそんなことを口にして、この彼女の笑顔をふくれっ面に変えるような野暮なことは、さすがの和人も自重した。

 

 だが、そんな和人達の幸せは、ここで強制的に終了となった。

 

 

 二人の目の前に、一人の金髪の男が立っていた。

 

 その男は、桐ケ谷和人に、昨夜の悪夢を――昨夜の戦争を、昨夜の地獄を思い出させるかのように、現実へと逃げるのを許さないかのように、和人達の行く先を妨げるべく立ち塞がっていた。

 

 

「よう」

 

 和人はその声に、ふと前を向いて――

 

「――――な、に………」

 

 呆然と、立ち尽くした。

 

 和人の様子に、明日奈は「……え?」と警戒心を露わにして――

 

「――き、キリトくんッ!」

「――ッッ!?」

 

――自分達が、黒いホストのようなスーツの集団に囲まれているのに、遅まきながら気づいた。

 

 彼等は清潔感溢れるその黒スーツを自分流に着崩しており、また揃って端正な顔立ちで洒落た髪色や髪形をしていている、まさしくホストの集団のようだった。

 

 そして、そんな集団の中でも、一際美しい顔立ちで、女のようにサラサラとした金髪で、咥え煙草の、その男が。

 

 明日奈を抱くようにして庇う和人を、真っ直ぐ見据え、その口元に笑みを浮かべて、宣戦布告のように、言った、それは――

 

「――昨日ぶりだな、ハンター」

 

 煙草を投げ捨てながら、金髪が言った、それは――

 

「今度こそ、殺しにきたぜ」

 

――紛うことなき、殺害予告だった。

 

 戦争を始める、合図だった。

 

 金髪が投げ捨てた煙草が、地面に落ちた、その瞬間――

 

 

――和人達を取り囲んでいた黒服の集団達が、一斉に和人と明日奈に向かって襲い掛かった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 あれから、どれくらい経ったか。

 

 俺は大志から聞かされたセミナーの場所に向かって、黙々と歩いていた。

 

 そして、その後ろを、幽霊のように、幽鬼のようについてくる、憑いてくる新垣。

 

 こいつは、あれからずっとこのように俯いたままだった。

 時折思い出したかのようにあの部屋に関する質問をし、そして俺がそれに答える。あの盟約通りのやり取りを行い、そして、また沈黙。

 

 ……鬱陶しい。さっさと消えてくんねぇかな、こいつ。

 

 先程ついカッとなって、年下の美少女に本気の殺意をぶつけてしまったけれど――まぁ、後悔はしていない。

 だが、あれだけの殺意をぶつけても、尚、それでも尚、俺から離れないというのなら、もうコイツは放置でいいだろう。剥す方法は見つからない。……まぁ、この様子だと害はないだろう。この上なくウザったいが。

 

 盟約通り、今日一日だけ付き合う。それ以降も付き纏ってくるようならば、仕方ない。

 

 放っておいても死ぬだろう。

 

 俺と行動するということは、そういうことだ。

 

 ……だが、それよりも、今現在、問題なのは――

 

「――おい、新垣」

「……………」

 

 ……ちっ。面倒くさい。

 

 これだから、他人は。

 

 ……どうする? こいつが付いてくる限り、やはりセミナーの潜入は諦めるか?

 

 こいつはスーツを着ていない。足手纏いにしかならない。

 新垣が勝手に自滅するのは構わないが、かなりの確率で俺にもとばっちりが来るだろう。

 事は一刻を争うが、だからといって無闇矢鱈に突っ込んでも意味がない。

 

 ……ならやはりここは、こいつを家に送り届けて、その後、そのまま単独で奴等のセミナーに潜入するのが得策、か。

 

 人間社会に溶け込んでいる以上、日中はそれぞれ――大志のように――人間として過ごしているはず。つまり、夜になればそれだけセミナー――奴等のアジトにも、人が――吸血鬼が増えて、危険はそれだけ増すだろうが、その分得られる情報も多くなるだろう。

 

 普段の俺は、ハイリターンよりローリスクを取るが――――今回は、止む無し、か。

 

「おい、新垣、家はどこだ?」

「……はい?」

 

 新垣はやっと顔を上げ、俺を呆然と見上げる。

 …………大分、瞼が腫れてるな。酷い顔だ。

 このまま送り届けたら、なんだか面倒なことになりそうだが、家の前まで送ってその後は透明化でやり過ごせばいいだろう。こいつの家などもう二度と近づくこともないだろうしな。

 

「送ってやるって言ってんだ。もう暗くなる。帰った方がいい」

「…………でも」

「でも、じゃねぇ。辺りが暗くなる程に、俺みたいな奴がお前みたいな美少女を連れ回してるのを見つかったら、危ないだろうが。俺が。主に通報的な意味で」

 

 だからさっさと帰んぞ。と、俺は新垣の手を引いて、引き返す。

 多少強引だが、今は一分一秒が惜しい。

 

 新垣は俺に引かれるがままだったが、再び顔を俯かせていた。

 辺りは段々と暗くなっており、街灯も灯っていない中途半端な時間である今は、手を引く距離でも新垣の表情は窺えなかった。

 

 だが、気のせいか、新垣の手から伝わる体温は熱くて、耳も赤くなっているように――見えた。

 

 そして、ボソッと――

 

「――ありがとう、ございます」

 

 ……意味が分からない。

 なんでついさっき、本気の殺意で恫喝された相手に、お礼なんて言えるんだ?

 

 ……どうでもいいか。どうでもいいな。

 

「いいから、お前の家の場所を言え」

 

 ……なんか台詞と状況だけみたら、完全に変態な犯罪者だな、俺。

 

「あ、はい。……その――――ッ!?」

 

 俺は、咄嗟に新垣の手を引き、背に隠した。

 

 新垣は突然の俺の挙動に身を竦ませ、固まった。悲鳴を上げないようにその口を塞ぎ――――俺は後ろに振り向き、その先の闇を睨み付ける。

 

 後ろ。背後。つまり、先程まで、俺が向かっていた――セミナーの、ある方向。

 

 ……馬鹿な。まだ、セミナーまでは相当な距離があるはずだ……っ。

 

 けど、分かる。否が応にも、分かる。

 

 隠す気がない。隠れる気がない。

 

 堂々と。威風堂々と。

 

 来る。前から、真正面から、現れる。

 

「ひ、比企谷……さん」

 

 ……はっ。そういえば、昨日もこんな感じだったな。

 

 俺は、震えていた。

 新垣を背に庇う形で、俺は無様に震えていた。

 

 ……俺のトラウマを刺激しやがる、この殺気。

 殺気だけで、思い知らされる、圧倒的な強さ。

 

 アイツだ。

 

 俺は鞄を放り投げ、Xガンを取り出した。

 ここまで殺気を振り撒くんだ。とっくにこっちの存在はバレてるんだろう。

 

 だったら、ここでやることは、逃げることじゃない。

 

 臆するな。屈するな。殺意に呑まれるな――殺意を返せ。

 

 震えが邪魔だ――――消えろ。

 

 弱みを見せるな。不敵に、笑え。

 

 瞬きながら、街灯が、光を灯した。暗闇が、暴かれる。

 

 

 そこに――――怪物がいた。

 

 

 この距離でも見上げなければならないほどの長身。

 サイズの合わない革ジャン。逆さ帽に、真っ黒なグラサン。

 そして、凶暴な笑みから覗く――牙。

 

 吸血鬼の、牙。

 

「よう、また……会ったな」

「……できれば、一生、会いたくなかったな」

 

 俺の言葉に、笑みを深めるグラサン。

 

 そして、その男の背後から――そして、俺達の背後から、現れる、黒い影。

 

「ひっ! 比企谷さん!?」

 

 新垣の悲鳴。ギュッと俺の背中にしがみつく感触。

 

 ……ああ、分かってる。不覚にも、目の前のグラサンの殺気が凄まじ過ぎたせいで、この俺としたことが気付くのが遅れたが、事ここに至れば、気づく。見るまでもない。

 

 

 俺達は――――囲まれた。

 

 

 ……グラサンが殺気を振りまきながら近づいてきたのは、こいつ等の気配を隠す為か?

 

 それとも結果としてそうなっただけか?……だが、どっちにしろ、逃げられなかっただろうな。

 

 どいつもこいつも柄の悪そうな、ヤンキーとヤクザの間みたいな風貌の連中。

 

 昨日の奴等とは――あの金髪(……氷川、だっけか?)と大志とは、また別の連中。別のグループ。

 

 別の星人――吸血鬼。

 

 このグラサンの、部下か?

 

「お前等、手ぇ出すなよ」

 

 そして、一歩、俺達に向かって近づく、グラサン。

 そして、一歩、俺達から遠ざかるように離れる、取り巻き。

 

 がっぽりと、空間が開ける。

 

 まるで、決闘場のように。

 

 戦場の、ように。

 

「さぁ、楽しませろ、ハンター」

 

 グラサンは、楽しそうに、笑う。

 

 化け物が、牙を剥く。

 

 そして俺は――不敵に、不気味に――笑ってみせた。

 

 殺し合いの、火蓋が切られる。

 

 

 戦争が――始まる。

 




ようやく、ゆびわ星人で初の戦闘です。ミッションじゃないけど。
いやぁ、思ったより長かった。まだミッションに辿り着いてないけど。

今回登場した【篤】と【斧神】は、【彼岸島】という作品のキャラクターです。
【彼岸島】からは一部設定と彼等だけをお借りする形で、雅や彼岸島の話はおそらく出ないと思います。

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