比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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この期に及んで、まだまだ新キャラ登場。


少年達のまだ知らぬ闇の中で、大人達は暗躍する。

 

「くそっ!! くそっくそっくそっ!!!」

 

 柳沢誇太郎は会議が終わった後、自分の研究室に戻るや否や、自身の机の上に積み上げられた書類を薙ぎ払い何度も何度も机を叩きながら、荒れ狂う感情に突き動かされるように暴れていた。

 

「あ、あの、誇太郎さ――」

 

 婚約者である雪村あぐりが、そんな彼を宥めようと恐怖に震えた手を伸ばすが――

 

「うるさい!! 役立たずがッッ!!!」

「きゃあ!?」

 

 そんなあぐりを一顧だにせず、殴りつけるようにして吹き飛ばすと、柳沢はふーっ、ふーっと、食い縛った歯の間から息を吐き出し、肩を大きく上下させながら立ち尽くす。

 

 その時、ヒュンとその部屋の自動ドアが開き、一人の男が姿を現す。

 

「――おやおや。随分と荒れているね?」

 

 柳沢はその男――菊岡誠二郎を爛々と怪しく光った眼で睨み付けながら問うた。

 

「……何の用だ、貴様」

「相変わらず能力は素晴らしいのに性格が最悪だな、君は。なぁに、先の会議で随分こっぴどく怒られていたから、慰めに来てあげたのさ。友人としてね」

「余計なお世話だ!! それに貴様を友人と認めた覚えはない!!」

 

 菊岡はそんな柳沢の態度を飄々と受け流し、倒れ込んでいるあぐりに笑顔で手を貸した。

 あぐりはその手を恐る恐る取りながら、二人のやり取りを遠巻きで見守る。

 

 あぐりは、自身の婚約者が身を置くこの組織のことを、未だによく分かっていない。

 分かっているのは、その勢力範囲は全世界に広がっていて、柳沢はそこの研究部門の長であり、組織全体を取り仕切る幹部の一人であるということだけだ。

 そして、同じくこの菊岡という男も、その幹部の一人であるらしい。

 

 だが、菊岡がどんな分野を取り仕切っているのかは、あぐりは知らない。ただ本人曰く、彼は柳沢とは同じ日本人で同性でそして年齢も近いということで親近感を感じているらしい。柳沢の側からは見ての通りだが、我が婚約者のことながらあの柳沢とここまで付き合えているという時点で、この菊岡という男もかなりの曲者だと、あぐりは思う。

 

 そんなあぐりがやらされていることは、もっぱら書類整理だけだ。だが、なぜか柳沢は自分の近くにあぐりを置きたがるので、むしろあぐりの一番の役目はその柳沢の癇癪の宥め役と言ってよかった。

 

 あぐりはここに来た頃、すぐに自分の婚約者は何かに対し異常に執念を燃やしていることを察した。そして、それが上手くいっていないことも。

 

 事あるごとに柳沢は荒れ狂い、暴れ散らす。

 それを宥めようとするあぐりは、いつも凄まじい力で殴られ、吹き飛ばされる。ひどい時にはそれだけに飽き足らず、興奮が収まるまで地に倒れ伏せるあぐりを何度も何度も足蹴にする時もあった。あぐりは、ただ、じっと耐えていた。それしかできなかった。

 

 不幸中の幸いとしては、柳沢がその標的に執着するあまり、あぐりにそれ以上の興味を――もっと言えば、女として興味をもっていないことだろうか。あぐりはここに来てから、婚約者でありながら、柳沢とは一緒に寝るどころかまともな会話すら交わしていない。

 

 あぐりとしてもそれは歓迎するところだったが、一日の激務を終え、狭い一室のユニットバスでシャワーを浴びて、鏡の前に立つ度に、思う。

 毎日、体のどこかに痣を作り、どんどん醜くなっていく己の身体を見る度に、思う。

 

 わたしは、一体、何をしているのだろう?

 

 大好きな教師の仕事を取り上げられ、愛する妹とも離れ離れになって、それでも、自分の家の会社を救ってくれた婚約者が私を必要としているならと、こんなどこか分からない国の――行く先も聞かされずアイマスクをつけた状態で飛行機に乗せられた――どこか分からない地の、日の当たらない研究室で。

 

『……………っ』

 

 わたしは、一体、何をしているのだろう。

 

 あぐりは裸のまま、痣だらけの醜い体を隠すように、その場でしゃがみ込み、誰にも聞こえないように嗚咽を漏らす。

 

 そんな、日々だった。そんな、地獄の牢獄で過ごすような、痛みと苦しみの毎日だった。

 

 

 そして、この日、柳沢はいつも以上に荒れ狂っていた。

 

 会議から戻るや否や、まるで発狂したかのように書類や机、挙句の果てには会社どころか一国が傾きかねない価値のある精密機械にまで拳を振り上げる始末だ。それはあぐりが体を張って止めたが。

 

 そんなときに乱入してきたのが菊岡だ。この時ばかりはあぐりは菊岡に感謝した。このままでは、冗談抜きであぐりは柳沢に殺されていたかもしれない。いつもは、菊岡が来ると柳沢は、機嫌が悪くなかった時でもすこぶる最悪になるので、あまり歓迎したい客人ではないのだが。

 

 だが、彼が来てくれたことで今、柳沢は、機嫌は最悪だが、我を忘れて暴れる状態ではなくなった。

 そして、興味関心は完全に菊岡に向いている。あぐりはなるべく己の存在感を消して、二人の会話の背景の一部となることを心掛けた。

 

「それにあの決定は当然だろう。最早“彼”に執着していたのは君だけだったんだ。それに君は、彼に対して戦士(キャラクター)武器(アイテム)を無駄遣いし過ぎた。取り上げられて当然だろう」

「うるさいッ! 貴様に俺の何が分かる!! 奴は――『死神』だけは、この手で必ず殺すと誓ったんだ!!」

 

(……………『死神』?)

 

 あぐりはその単語が、妙に心に残った。

 

『死神』。それは、柳沢が何度も怨念を込めて呟き、憎悪を込めて叫び散らしていた言葉だ。

 

「くそっくそっくそっくそっくそぉぉぉおおおおおお!!!!」

 

 柳沢は再び机に突っ伏して頭を抱え、叫び始めた。

 

 あぐりはその様を見て顔を青くして怯えているが、菊岡はそんな柳沢を見てもやれやれと頭を振るだけだった。

 そして、呆れたように言う。

 

「まぁ、君がそんな有様では、これは伝えない方がいいのかもねぇ」

 

 菊岡はそんなことを口走りながらも、頭を抱えうめき声をあげる柳沢の背中に、更に続けてこう告げる。

 

「『死神』は、どうやら日本に向かっているらしい」

 

 その言葉を聞いて、柳沢はブツブツと呟くのをやめ、バッと振り返る。あぐりも呆然と菊岡を見上げた。

 

「……それは本当か?」

「ああ。どうやら、ついこの間“あの人”と接触したらしくてね――おそらくは、あの人を追って識別番号(シリアルナンバー)000000080の元へと向かったのではないか、という話だ」

 

 それを聞くと、柳沢は菊岡から視線を外し、机の上に両手を突いて静かにぶつぶつと何かを考え始めた。

 

 そして、そんな彼を、笑みを浮かべて眺めている菊岡に、あぐりはそっと小声で尋ねる。

 

「……何を、考えているんですか?」

 

 どうしてわざわざ狂気に憑りつかれている柳沢の背中を押すようなことをしたのか。

 そう尋ねるあぐりに、菊岡はただにこやかな笑顔と共に答える。

 

「ただの保険ですよ」

「……保険?」

「ええ――識別番号(シリアルナンバー)000000080………そこには、僕がファンの戦士(キャラクター)もいるので」

 

――万が一にも、『死神』の“毒牙”にかからないように、ですよ。

 

 そう言った菊岡の横顔を、あぐりはじっと眺め――唇を噛み締めた。

 

 分からない。読めない。

 

 この人は――“見えない”。

 

 あぐりが菊岡に対する警戒を新たにしていると、柳沢が突然立ち上がった。

 

「………そうか。自前の戦士(キャラクター)が使えないのなら、外注で雇えばいい――本職の殺し屋を、奴に差し向ける。目には目を、歯には歯を――殺し屋(クズ)には、殺し屋(クズ)をだ!」

「………大丈夫なのかい? 確か『死神』とは、世界一の殺し屋なんだろう。どんな殺し屋を雇っても、『死神』にとっては格下ってことなんじゃないのかい?」

 

 そう諫める菊岡だが、その時の笑みは、これまでのものよりも少しだけ深かった。

 

 少しだけ邪悪だった。

 

 柳沢はそんなことには気づかず――気にも留めず、自分に酔っているかのように続けた。

 

「時間稼ぎになればいい。少しでも多く、奴のデータを収集する――もはや一度の襲撃で殺し尽くそうなどとは思わん」

 

 それに、もう一つ手は打っておく。

 そう言った柳沢は、そこで一度表情を引き締め、厳かに言う。

 

「………癪だが認めよう。奴は、強い」

 

 あぐりは驚いた。菊岡は更に笑みを深めた。

 

 柳沢が――あのプライドが高い柳沢が、己の怨敵を、自分の全てを奪った仇敵を、言葉上だけでも認めるような発言をしたのだ。

 

「故に、時間が必要だ。こちらの力を蓄える時間が。奴を探る時間が。……思えば、元々俺が育て(つくっ)たわけでもない戦士(ゴミ)共を使ったのが間違いだった。それでは俺が殺したことにはならない」

 

 そして、柳沢は机の上のPCモニタを起動させる。

 

 そこにあるのは、ある一人の戦士(キャラクター)のデータ。

 

 柳沢が手に入れ、教育し、改造し、手塩にかけて“育成”してきた――元・殺し屋。

 

 二代目『死神』の、ステータス。

 

「我々に残された、わずかな時間。……その期間を、こいつの育成に充てる。……“奴”がいたな。菊岡、奴を俺のラボへと回せ。カタストロフィまでの間、奴は俺の研究室(ラボ)で使い尽させてもらう」

「……彼は一応、僕が連れてきたんだけどねぇ。あの『ALO事件』の後、彼を海外逃亡したことに偽造するのは、相当骨が折れたんだよぉ。しつこく追求してきた“友達”もいたし」

「知るか。奴の茅場昌彦への劣等感から手を出したその幼稚な研究を、【黒い球体】に活用したのはこの俺だ。文句は言わせん」

「……はいはい。須郷君には、私から連絡しておくよ。大層嫌がるだろうけれどね」

 

 そう言いながらも、菊岡の口元には笑みが浮かび、そして柳沢の表情も、見る見るうちに狂気の笑みに染まっていった。

 

「――俺の才能と技術の粋を結集させ、こいつを対『死神』用の最強の戦士(キャラクター)に育て上げる……ちょうど、丈夫な実験体(モルモット)が欲しかったところだ」

 

 本来は――かの『死神』に対して行う予定だった、柳沢の研究者としての集大成。文字通りの意味で人類の常識を破壊し、歴史を動かす、世紀の研究。

 

 柳沢の手の下には、【生体内での反物質の生成】という題名のプリントアウトした論文があった

 

(奴によって全てが壊されたこの研究……この研究(ちから)で奴を殺すのも……中々面白そうじゃないかっ!)

 

 そして柳沢は、ゲームのコントローラーを握るプレイヤーのように、一人の人間のデータを弄くり回すことを愉悦と共に宣言する。

 

 

「勝負は、カタストロフィ――“破滅”が奴を殺す前に、“俺”が奴を殺す」

 

 

 これが、科学者で、これでこその柳沢誇太郎。

 

 雪村あぐりの――自分の婚約者だった。

 

「――――ッッ!!?」

 

 あぐりは両手で胸に抱く書類を、更にギュッと己の体に押し付ける。

 

 望んだ婚約ではなかった。心を奪われた男性ではなかった。

 

 それでも、好きになろうと努力した。その科学者としての才能は尊敬していた。

 

 でも、今、この瞬間、雪村あぐりは、柳沢誇太郎を嫌悪した。

 

 恐怖した。完全に、見限った。

 

 

 この人は――――怪物だ。

 

 

 あぐりはちらっと、菊岡を見上げる。

 

 

 そして、きっと、この人も――

 

 

「おい」

「は、はいっ!」

 

 柳沢が――本当に珍しく――自分からあぐりに声を掛けた。

 

 あぐりが彼を見る目は、もはや恐怖と嫌悪しか込められていない。

 

 だが柳沢は、それに気づいているのかいないのか、ただニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべて、あぐりを嘲笑うかのように言った。

 

 

 

「貴様――――教師の仕事に、戻りたくはないか?」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 東京の、霞が関。

 警視庁――警視総監室。

 

 日本の治安と平和を守る組織――文字通り、その頂点の椅子に座る男の前に、一人の元自衛官が屹立していた。

 

 第一空挺団で他者を寄せ付けない圧倒的な成績を収め、その後は教官となり更なる才能を発揮。

 軍服を脱いだ後も、統合諜報部にて目覚ましい活躍を現在進行形で遂げ続けている。

 

 経歴に傷はなく、能力も桁外れ。名実共に兼ね揃えた、正真正銘のエリート超人。

 

「烏間惟臣」

「はっ!」

 

 警視総監は、その荘厳な机の上に両肘をついて、細めた瞳でその男を見つめ、言った。

 

 

「君に、全世界指名手配中の殺し屋――通称『死神』の確保を命じる」

 

 

 烏丸はその言葉に何も返さず、ただ続きの言葉を待つ。

 

「……先日、この日本に『死神』が潜入したと、“とある筋”から情報があった」

「………………」

 

 とある筋、という言葉に眉を顰めた烏間だが、この状況で明言しないことの意味を理解出来ない男ではなかった。

 

「本来は諜報活動を主とする君にこんなことを頼むのはお門違いであるとは自覚しているが、この日本という国家において、あの『死神』と対等に渡り合える可能性があるのは、烏間君、君しかいないと判断された。……諸外国を渡り歩いてきた君だ。『死神』の恐ろしさは、私などよりも遥かに理解しているだろう」

「……私は、こと捜査においてはずぶの素人ですが」

「無論、捜査においては我々警視庁も手を貸す。だが、『死神』は人海戦術(かず)が有効な相手ではあるまい。三桁の捜査員よりも、一人の手練れの方が効果的かつ効率的だと、我々は判断した」

「…………」

「『死神』の標的になりそうな各種VIPにおいては、こちらが万全な警備を約束しよう。君に求めるのは、防御ではなく、攻撃。世界一の殺し屋――『死神』の検挙だ」

 

 そして、その時、警視総監室にノックの音が響く。「入りたまえ」という総監の言葉に、「……失礼します」と、少し気だるげな返事が届き、ゆっくりと扉が開いて、その人物は烏間達の元へと向かってきた。

 

「――彼を、これから君につける。警視庁(われわれ)との連携は、彼を通じてとればいいだろう。……こう見えても、かなり優秀な人材だ。………能力はな」

 

 ぼそっと不安な言葉をつぎ足した総監に、烏間は蟀谷(こめかみ)を引き攣らせたが、とりあえず、その暫定的にパートナーとなる男と握手を交わすことにした。

 

「………防衛省、統合諜報部の、烏間惟臣です」

 

 その男は、一切やる気を感じさせない態度と、一切生気を感じさない瞳で、その握手に気だるげに応じた。

 

 

「………警視庁、笹塚衛士です。………よろしく」




まさかの笹塚さん登場。

本当にすいません……警察官ポジが欲しかったんです。

詳しいことは【魔人探偵脳噛ネウロ】を読もう!
勿論、読んでいない方にも大丈夫なように書くことを心掛けるので、どうかよろしくお願いします!

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