比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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色んなキャラ達をニアミスさせるのにVRMMOって凄い便利。


少女は現実から逃避し、仮想世界で銃を握る。

 ここは、銃と鋼鉄が支配する世界――仮想世界――GGO。

 

 ガンゲイル・オンライン。

 

 その血生臭く、鉄臭い空気が充満するその世界に、一際目を引く見目麗しい美少女が二人、穏やかに談笑しながら歩いていた。

 

 一人は、ペープブルーの髪にサンドカラーのマフラー、そしてこの世界に相応しいミリタリー色の強い恰好だが、所々は大胆に肌が露出している服装の少女。

 彼女はSinon。このGGO世界でもトップクラスの知名度と実力を併せ持つ有名プレイヤーだ。

 普段はあまりチームを組まずソロプレイを好む彼女だが、今、こうして別の美少女プレイヤーと肩を並べて、行動を共にしているのは、ある理由があった。

 

 

 このGGO日本サーバーでは、つい先日まで第四回BoB(バッレド・オブ・バレッツ)が行われていた。

 GGOの№1プレイヤーを決めるこの戦いに、当然の如くシノンも参加していて、彼女は準優勝という結果で終わった。

 

 結果だけ見れば後一歩というところだったが、内容としては明らかに、自分の――自分達の惨敗。優勝者――サトライザーの圧勝だった。

 

 悔しくないと言ったら、大嘘だ。すごく悔しく、忸怩たる思いだった。もっと、もっと強くなり、次こそは必ずリベンジすると心に誓った。

 

 そんなときだ。BoBが終わり、その熱を冷ましてたまるかとばかりのタイミングでGGOの運営団体――ザスカーは、新たなるクエストをアップデートした。

 

 そのクエストの内容は、なんてことはない、お馴染みのモンスター討伐イベントだった。

 

 プレイヤー同士のPKが可能で、BoBやSJ(スクワッド・ジャム)などによる話題の先行により、すっかり対人ゲームとしてのイメージが強いGGOだが、当然その世界にはモンスターも存在していて、それを倒すことでステータスを稼いだりレアアイテムを獲得したりして遊ぶことも出来る。

 

 だからモンスター討伐イベントキャンペーンなどは珍しくもないが、今回のアップデートされたこのクエストのボスは、それはもうえげつないほどに強いらしい。

 

 シノンが知る限り相当な有名どころ――それこそBoB本戦常連者を擁するような――《スコードロン》(ALOでいう“ギルド”のようなものだ)も悉く返り討ちに遭っているらしい。

 

 そのモンスターは、たった一体であるにも関わらず。

 

 もっと強い敵を、そしてさらなる強さを求めていたシノンにとって、このニュースはまさしく渡りに船だった。

 

 だが、今現在、BoBが終わったばかりでシノンは所属のパーティがない。

 

(……どうしよう)

 

 キリトを誘おうか。今回の雪辱を晴らすべく、次回のBoBには参加してもらおうかと思ってたし。

 いや、もういっそのことソロで――

 

「……あ、あの……すいません」

 

 彼女に声を掛けられたのは、まさしくそんな時だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――ありがとね、誘ってくれて」

「いいえ、私もこのモンスターには興味があったので」

 

 彼女の名前キャラクターネームは、有鬼子といった。

 

 このGGOでは珍しい女性プレイヤー――どっかの女顔と違って本当に女性だ。「女の子……だよね?」「え、ええ」と言ったやり取りを交わして初対面の時はちょっと気まずくなった――で、今回の第四回BoBで初の本戦出場を果たした、今GGOで注目のプレイヤーの一人である。

 

 第三回以前は全くその名前を聞かなかったが、本人曰く、GGOどころかVRMMO自体を最近初めたばかりなのだそうだ。

 それでいきなりBoBの本戦に残るのだから、まるでどこかの誰かみたいだとシノンは思った。

 

 だからというわけではないが、シノンはBoBが終わった後、有鬼子とフレンド登録をした。お互い珍しい女性プレイヤーということもあって、偶然同じ時間にダイブしていたら会って話をするくらいの仲にはなった。

 というのも、有鬼子はキリトと違って本当にVRMMO初心者(ビギナー)のようだったし、幸か不幸か、彼女の見た目(アバター)も相当に可愛らしい――というより美人だったのだ。

 よって、女に飢えているGGOプレイヤー達は、BoB本戦での見事な戦いぶりも相まって、有鬼子をアイドルか何かのようにちやほやし、ちょっかいをかけるようになっていた。

 シノンも美人だが、彼女はトッププレイヤーとしてすでに名を馳せている――というより恐れられている(冥界の女神という二つ名も轟いているらしい)――ので、そんなシノンが有鬼子と一緒にいるようになってからは、目に見えて有鬼子にそういったちょっかいをかける輩が減った。

 

 そういった経緯があったからか、有鬼子はシノンを慕うようになり、二人は女子高の先輩後輩のような関係になっていた。

 シノンがこうして世話を焼くのはキリト以来で、あの時もキリトの女にしか見えない見た目アバターのお蔭で美少女二人組として大分注目を集めたものだ。

 

 だが、こうして二人を――キリトと有鬼子を見比べてみると、有鬼子の艶やかな黒い長髪はまさしくキリコ、いやキリト(GGOver)を彷彿とさせたが、なるほど本当の女の子となると一つ一つの所作の上品さがまるで違った。陳腐な表現だが大和撫子とは彼女のような子のことを言うのだろう、とシノンは思った。きっと現実でも真面目な優等生なのだろうな、と。

 

 そして、何故そんな子がこんな物騒なゲームをすることにしたのだろうと、シノンは気になった。

 はっきり言ってしまえば悪いが、有鬼子のその上品な振る舞いと所作は、この淀んだ空気が充満しているGGOでは浮いている。

 

 シノンは、かつてキリトに聞いたように、現実(リアル)の事情に踏み込み過ぎないように気をつけながら尋ねた。

 

「聞いてもいい? なんでこんな野蛮なゲームやろうと思ったの?」

「……え? ……あの、えっと」

「あ、答えたくなければ答えなくてもいいよ。現実(リアル)に関する質問はマナー違反だしね」

 

 露骨に言いにくそうな表情をした有鬼子に、シノンはあっさりと質問を撤回したがー―

 

「――現実逃避です。……ただの」

 

 文字通りの、と、GGOの汚れた空を眺めながら、穏やかな声色で、けれど、どこか吐き捨てるように有鬼子は言った。

 

「もともと、ゲームセンターの射撃ゲームをずっとやってたんです。……でも、それでちょっと……学校の成績が落ちちゃって……親にバレちゃって。ゲームセンターに行くのを禁止されちゃったんです。……さすがに私の部屋にまでは入ってこないので、最近流行ってるVRMMOっていうのを……始めて見ようかなって」

「…………」

「………ごめんなさい。現実(リアル)のことを話し過ぎるのって、マナー違反なんですよね」

「………ううん、大丈夫」

 

 眉尻を下げて申し訳なさそうに笑う有鬼子に、シノンは(かぶり)を振った。

 

 VRMMOは、仮想世界だ。

 ここでなら、簡単に誰でも“別人”に――現実世界とは違う自分になれる。

 

 だからこそ、この世界を――仮想の世界を、偽物の現実を、逃げ場所にする人達は多い。

 心に傷を抱え、大きな悩みに押し潰されそうな人達が、こぞってこの空間に逃げ込んでくる。

 

 かつての自分もそうだった。

 心に消えない――癒えない傷を抱え、苦しんでいた。

 そんな痛みに、そんな記憶に負けない自分になりたくて、もっと強い自分になりたくて、アミュスフィアを被り、この銃と鋼鉄の世界に――GGOに降り立ち、シノンとなった。

 

 だからシノンは、有鬼子の、そんな逃避を否定しない。

 

 誰にだって、逃げ場所は必要だ。

 

 現実に立ち向かわなくてはいけない時は、いつか必ず来るのだろう。逃げきれなくなる時が、必ず来るのだろう。

 

 だが、それでも――

 

 仮想世界では、このGGOの中でくらいは、か弱い女の子じゃなくて、一人のガンマンでいたっていいはずだ。

 

 偽物の強さに、浸っていたっていいはずだ。

 

「――それじゃあ、いこっか」

「あ。……はい!」

 

 シノンは有鬼子の手を引いて、笑顔で彼女を引っ張っていく。

 

 有鬼子は、そんなシノンに笑顔で答える。

 

 例え、現実逃避でも、仮初の名前(キャラクターネーム)身体(アバター)でも。

 

 偽物の、自分でも。

 

 それでも、シノンは朝田詩乃だった。だから、有鬼子も、きっと彼女であるはずだ。

 

 この世界で、有鬼子として強くなって得たものは、きっと現実世界の彼女の力になるから。

 

 本物の力に――勇気になって、強さになるから。

 

 キリトが、それをシノンに――朝田詩乃に教えてくれたように。

 

 今度はシノン(わたし)が、有鬼子(このこ)にそれを教えられたら。

 

 

「ねぇ、お二人さん」

 

 シノンがそんな思いを新たにしていると、後ろから声が掛けられた。

 

 はあ……またナンパかと、シノンが鬱陶しげに、有鬼子が少し怯えながら背後を振り向くと――

 

「――な!?」

「――え!?」

 

 そこには、数人のプレイヤー達がいた。

 

 ただのプレイヤーではない。

 彼等は、彼女等は、ついこの間、同じフィールド内で最強を争った、紛うことなきGGOのトッププレイヤー達だった。

 

《ダイン》、《夏候惇》、《闇風》、そして《銃士X》

 

 普段はまるで別々のパーティで、スコードロンで、別々のテリトリーで活動しているはずのプレイヤー達が、BoBのような大会でもないのにこうして一堂に会する絵を、GGOでは既に古参といっていいベテランプレイヤーであるシノンも見たことがなかった。

 

 そして、そんな彼等を、彼女等を率いるように。

 

 一番前に立ち、シノン達に声を掛けてきた彼は、飄々と言った。

 

「あのさぁ、俺等、これからあのタコを殺しに行くんだけど」

 

 そう言って体をずらし、自分の背後――引き連れたトッププレイヤー達を見せびらかすように、言った。

 

「――アンタ等も、付き合わない?」

 

 その男は――その少年は、フードの奥から鋭い眼光を覗かせて、無邪気な、否、邪気がたっぷりと込められた笑みを浮かべていた。

 

 有鬼子が、少年の醸し出すその独特の雰囲気(オーラ)に、ゴクリと唾を飲み込みながら、そっと隣のシノンを見る。

 

 シノンは、そんな少年に対し、こう言葉を返した。

 

 

「……………………え、タコ?」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「……………………うわ、タコだ」

 

 シノンは呆然と呟いた。

 

 荒野――というよりも、もはや砂漠と呼称した方が相応しいほど、辺り一面に岩と砂しか存在しない広大なエリア。

 

 そこに、おそらくはタコをモチーフにしたであろう怪物が、砂漠を大海の代わりにして暴れ狂っていた。

 

 グルルルルルォォォオオオオオオ!!!! と雄叫びのようなものを上げ、タコの癖に明らかに八本以上ある足――いや、もはや触手といった方が近いそれを振り回し、自らの命を狙う狩人(プレイヤー)達に襲い掛かっている。

 

 タコの化け物と初めに聞いた時は正直呆れた気持ちもあったシノンだけれど、こうして目の前で相対すると、なるほど数多の有名スコードロン達を撃退してきただけのことはあると感心した。

 

 ファンタジー世界ならいざ知らず、このGGOでタコの怪物など相応しいのかと思ったが、そのどす黒い体皮と禍々しい容貌の迫力は、この物々しい世界観のGGOにも違和感なく溶け込んでいる。

 

 そして、このボスの一番厄介なところ――それは、この砂漠の砂の中を、まさしく海の中を遊泳するかのように潜り、泳ぎ、移動することだ。そしてプレイヤーの足元から突き上げるように出現し、攻撃する。この必殺技がこのボスの最大の特徴であり、最も手強い特性だった。

 

(……そういえば、こんなモンスターを討伐(ハント)するゲームがあったような、なかったような)

 

 シノンが大丈夫なのかな、色んな意味で、と少し他人事のように思いながらも、狙撃手(スナイパー)の自分と違い、前線でその必殺技の脅威に晒させている彼等を見遣る。

 

 結局、シノンは少年――Karumaの誘い、もとい口車に乗った。少し気に入らない部分もあったけれど、数ある有名スコードロンを退けてきたクエスト――ボスキャラに、二人だけで挑むのはやはり現実的ではなかったし、それに正直に言って、これだけの有名メンバーと一緒のパーティを組んで難題クエストに挑むということに、一人のVRMMOプレイヤーとして、ワクワクしなかったといえば嘘になるからだ。

 

(……上手く乗せられた、思い通りに転がされたって気持ちも、やっぱりあるけど)

 

「気に入らないよね」

 

 そんなことを考えながらスコープを覗いていると、いつの間にか自分の横に、大きなライフルを担いだ銃士(マスケティア)Xがいた。

 

 彼女もGGOには珍しい女性プレイヤーだ。こうして考えると、GGOの女性プレイヤーの割合自体は少なくとも、トッププレイヤーには女性プレイヤーも決して少なくはない――いや、増えてきたのだなぁと感じる。彼女は前回――第三回のBoBでキリトと自分が死銃(デスガン)なのではないかと疑い、キリトに問答無用で斬り伏せられた人だ。今回の第四回BoBで顔を合わせた時、キリトはいないのかと散々問い詰められた思い出がある。余程リベンジしたかったのだろう。

 

 だが、今、彼女が不機嫌そうな顔をしているのはここにキリトがいないからではないらしく、銃士Xは表情を険しく歪めて、シノンと同様に眼下のタコのモンスターと臨時パーティーメンバーが戦っている戦場を見下ろしていた。

 

 シノンは、先程まで自分が考えていたこともあって、ヘカートⅡのスコープを覗いたまま銃士Xに問うた。

 

「……彼のこと?」

「その彼って、あの坊や? それともアンタの彼氏?」

「…………キリトは彼氏じゃないって何度言えば」

「冗談だよ。あの光剣(ライトセイバー)の子じゃない。察しの通り、あの坊や(カルマ)よ」

 

 まぁ光剣の子(キリト)も気に食わないんだけどね。と呟いた銃士Xに、あいつはモテるくせに与える第一印象は最悪なのよね、とシノンがアスナやリズから聞いた体験談(おもいで)や自身の記憶を振り返っていると、銃士Xはふと、平坦な口調で言った。

 

「……今回――私も含めて――全員が、カルマの口車に乗って、このクエストに参加してる。私はともかく、ダインや夏候惇、それに闇風やアナタみたいなレベルのプレイヤーまで。……それも、前もって入念に根回しするならともかく、私もそうだけど、アイツ目についた強そうなメンバーを手あたり次第、その場のアドリブで仲間に引き入れてたのよ」

「…………それは」

 

 なんというか、すごい話だ。何がすごいって、たまたま見かけたトッププレイヤーに、ちょっと今から一緒に激難(げきむず)クエストに行こうよと声を掛ける豪胆さもそうだが、何よりそれを実現させてしまう彼の交渉能力、ひいては人心操作術がすごい。凄まじい程に、凄い。

 

「それも、こっちの神経を逆撫でしてんのかってくらいムカつく言い方で」

「……………」

 

 挑発の上手さ、と言った方がいいのか。どうも自分達と違って、彼女は相当手荒い勧誘を受けたらしい。そう考えてみれば、あの時カルマの背後に控えていた四人のトッププレイヤー達は、決してご機嫌ではなく、荒々しい闘志を纏った、言ってみれば不機嫌な様子だった。おそらく自分達の時は、すでに層々たるメンバーを集めていたので、それを使って威圧した方が効果があると踏んだのだろう。

 

 でも、だとしたらやはり恐ろしい心臓だ。これだけのトッププレイヤー達に対して堂々と立ち向かって――否、立ち振る舞って挑発し、ヘイト値を緻密にギリギリのラインでコントロールし、挙句の果てにはそのトッププレイヤー達自体を交渉のアイテムとして利用する。

 

「――あれで初心者(ニュービー)だってんだから、本当に末恐ろしいよ」

「………」

 

 そう。カルマもここにいるトップメンバー達と同じように今回の第四回BoBの本戦出場者だが、有鬼子と同様に、まだGGO歴は恐ろしく浅い初心者なのだ。

 

 突如現れた大型ルーキーとして、今回のBoBを、前回のBoBで伝説を残した光剣使いキリトの不参加で少し空気が沈んでいたところを、有鬼子と一緒に大いに盛り上げた。

 

 銃士Xは、そんな初心者(ニュービー)にいいように動かされたことが相当悔しかったのだろう。だが、一通り愚痴ってスッキリしたのか――

 

「愚痴ちゃってゴメンね。それじゃあ、私も行ってくるよ。このまま何もしなかったら、またあの小僧に何言われるか分からないからね」

「……OK。こっちは任せて」

 

 銃士Xもシノンの傍から離れ、自分のポジションに戻っていった。

 

 残されたシノンは、ふとスコープから、件の二人の大型新人の姿を覗く。

 

 

 有鬼子。

 

 シノンが可愛がる彼女は、意外にもそのおしとやかな見た目(アバター)性格(キャラ)には似合わず、大胆に敵に向かって突っ込んでいく戦闘スタイルである。

 

 ゲーセンの射撃ゲームから入ったという彼女の言葉を裏付けるように、彼女の主武器(メインウェポン)はゲームセンターの筐体で無数のゾンビを屠ってきたかのようなマシンガン。それを片手持ちフルオートでぶっ放し、逆手には扱いやすいハンドガンでその射撃をサポートする無双スタイル。

 

 その見た目とは裏腹の――だがキャラ名に“鬼”の名を持つ(本人としてはただの変換ミスなのだか)者としては相応しい豪快な戦闘スタイルに、BoBの観客席は沸きに沸いたものだ。

 

(……そして、彼女(あのこ)は戦況、地形、そういったものを嗅ぎ分ける嗅覚(センス)を持っている)

 

 その恐れ知らずな無双スタイルだけでなく、彼女は不意討ちも相当に上手い。

 

 戦況を読んで、敵の行動を予測し、影から狙い撃つ。そんな柔軟な戦法も、時と場合を選んで実行することが出来るのだ。この辺りは初心者らしい柔軟さで、大胆さなのだろう。

 

 VRMMOは初心者でも現実(リアル)では相当腕の立つ“ゲーマー”だったことが伺える。ゲームセンス、そして仮想世界(バーチャル)への適応性。

 

 そういった意味では、有鬼子は“キリト”タイプのプレイヤーなのかもしれない。

 

 

 対して、カルマ。

 

 砂漠の地形に合わせたのか、少し茶色系の迷彩服にフード。仮想世界なのではっきりはしないが、言動などからおそらくは有鬼子と同じようにまだ子供――学生なのだろう。大人に少し怯えているような節のある彼女と違い、こっちは大人を小馬鹿にしている感じだ。まぁ、シノン自身もまだ高校生なのだが。

 

 そんな彼は戦闘スタイルも有鬼子とはまた対照的だ。カルマはその言動通り、相手を煽って(トラップ)にかけるのが異常に上手かった。扱う武器は、持ち運びやすく、騙し討ちも狙いやすいハンドガン。そして、ナイフ。

 

 銃の世界のGGOにも、刃物はある。前回のBoBで派手に暴れまわったキリトのお蔭で光剣は一時期ブームになるほど広まったが、対してナイフ作成スキルによって作られるナイフやその上位派生の銃剣などは、未だ知名度は低い。あの死銃が使用していた刺剣(エストック)によるマイナスイメージがあるのかもしれないが。

 

 もちろん、それらをサブウェポンとして持ち歩くプレイヤーは多いのだが、カルマはこのナイフを実に有効に使用――利用した。時に投げ、時にサイライト・スキャンを掻い潜って背後に忍び寄り喉元を掻っ捌く。中々えげつなくもなったが、銃の世界を刃物で無双するその様は、前回大会のキリトを彷彿とさせた。

 

 そして彼は《光学銃》も使用する。

 エネルギーの光を放つ――いわばレーザー銃であるこれは、対人にはほとんど効果がないが、弾倉が必要ないため嵩張らず、攻撃力は低いが命中精度と射程の長さは抜群だ。

 

 だが、いわゆるガンマニアが集うこのGGOでは、再現されている現実世界の銃を扱いたくてゲームを始める人間が多い為――そして得てして、そういった人種の方がこのゲームにはのめり込む為、トッププレイヤーでも多くの人間が、モンスター相手では光線銃の方がセオリーだと分かっているのに《実弾銃》に拘っている。

 

 だが彼は、何の抵抗もなく、使えるものは何でも使うと言わんばかりに《光線銃》を愛用する。

 

 銃にこだわりがない故に、彼は――彼も非常に柔軟だ。そのゲームの常識に囚われない発想力と、圧倒的な戦闘センス、戦略を練る頭脳、相手を罠にかける話術など、こちらはゲームの上手さというより、やはり現実世界の本人のスペックが相当に高いのだろう。

 

 そういう意味でいうと、彼はキリトよりも“アスナ”に近いタイプなのかもしれない。

 

 

 だが、いずれにせよ、この両者が、相当に優秀なVRMMO――GGOプレイヤーなのは間違いないだろう。

 

 初心者故に、これから更に、みるみる上手く――強くなっていくであろうことも。

 

 

 ガンゲイル・オンライン。

 

 その名の通り、“銃”の世界に“疾風”の如く現れた新星。

 

 

 ゾクッと、シノンの背筋が少しの恐怖と、そして大きな歓喜で震える。シノンは自分の口元が思わず歪んでいるであろうことを自覚した。

 

(…………負けられない)

 

 例え、どれだけ強いプレイヤーが次々と生まれようとも、全員捻じ伏せ、トップに立ってみせる。

 

 勝つのは、私だ――と。

 

 シノンは、第四回BoBを終えてから、どこか消化不良気味に燻っていた敗北のしこりを撃ち抜くように、口元を獰猛に歪めながら、スコープの先で雄叫びを上げるタコの怪物に向かってヘカートⅡの十二・七ミリ弾を発射した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――ふう」

 

 シノン――朝田詩乃は、ゆっくりと起き上がり、アミュスフィアを外して、ん~と伸びをした。

 

 現実世界に帰還した詩乃は、ぼうとした挙動で眼鏡を探し、時計で時間を確認する。

 

(…………もうこんな時間か。思ったより手こずったわね)

 

 時刻は既に明日ではなく今日となっていて、夜もどっぷりと深まった深夜な時間帯だった。

 

 さすがに明日――いや今日か――も学校である平日に潜り過ぎたと反省するも、まぁやってしまったものはしょうがないかと後悔はしないゲーマーらしい精神構造の詩乃は、深夜ということを意識した途端に欠伸が漏れる現金な自分の体に苦笑しながらも、とりあえず水分を補給しようと冷蔵庫に向かう。

 

 確かに少し長時間潜り過ぎたが、その甲斐あってか見事に例のクエストはクリアできたし、その報酬と経験値は苦労に見合ったものだった。

 

 そして、なんだかんだいいながらも、あれだけのトッププレイヤーと同じパーティでプレイできたのは、ステータスには表れない貴重な経験値として充実なものを獲得出来た。

 

 なにより二人の有望な初心者(ニュービー)から得られた刺激。これだけで詩乃は、寝不足で登校することになっても、まるで悔いなしと胸を張ることが出来るのだった。我ながらキリト並みのダメ人間――廃ゲーマーな理屈だとは思うけれど、全力で気づかないふりを敢行することにした。

 

 さて、シャワーでも浴びてさっさと寝ようか、と思ったそんな時だった。

 

 ベッドの上に置いていた自分の携帯が、ぶるぶると着信を知らせている。

 

 誰だろう、こんな時間に、と手に取った端末の画面に表示されているのは――

 

「――アスナ?」

 

 真面目なあの子がこんな時間に電話なんて珍しい、と少し訝しく思いながらも電話に出た。

 

 

 結果、愚痴なのか、泣き言なのか、惚気なのか、理不尽な言いがかりなのか、よく分からないものに長時間付き合わされた詩乃は、しぱしぱとした目と黒い隈で、そして止まらない欠伸を噛み殺しながら登校する羽目になった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ピッと改札に電子定期を押し付け、神崎有希子は椚ヶ丘駅北口を出る。

 

 そしてくぁと小さく欠伸を噛み殺す。普段はこんな仕草はしないが、昨日は思ったよりもクエストが長引いてしまい、寝るのが遅くなってしまった。

 

 

 神崎有希子が有鬼子となったのは、昨年度の終わり――成績不良により、エンドのE組行きが決定した頃だった。

 

 その少し前に、弁護士をしている厳格な父親に、彼に対する反発として、神崎がゲームセンターに通い詰めていることが既に発覚していた。

 派手な色のウィッグを被り、服装も奇抜にし外出を繰り返していて、夏頃からずっと衝突を繰り返していたのだが――その日、夜遅く、ゲームセンターの終業時間間際に店から出てきた現場に父親と出くわしてしまい、その場で無言でビンタされた。

 手を引っ張られながら家に連れ戻され、リビングに入った時に再びビンタされた。

 そして、二度とゲームセンターに行くことを禁じられ、服装も元のお淑やかなもの以外は全て捨てるように命じられた。

 

 元々ファッションに関しては父親に対する反発心で身につけていたもので、自分の本来の趣味とは合っていなかったのこともあり、捨てることに抵抗はなかった――それでも、せめてもの反抗として、一つのウィッグと上下の一式はクローゼットの奥に仕舞いこんでいるのたが。

 

 しかし、ゲームは違った。ゲームセンターは、既に大事な自分の居場所――逃げ場所になっていたし、ゲームに関しては、この時、心から自分が大好きだと言える、唯一のものとなっていた。

 

 あの場所で、ゲームに――別の世界にのめり込む。その間だけが、神崎にとって唯一の充実した時間だった。

 

 ゲームのキャラクター(ほかのだれか)感情移入し(なっ)ている時だけが、本来の自分で居られているような気がした。

 

 だが、当然ながら、そんな趣味は、そんな才能は――椚ヶ丘中学では通用しない。

 

 厳格な父親に、認められるはずがない。

 

 現実の世界では、何の役にも立たない。

 

 ……自分は、三月には、エンドのE組に送られる。

 

 それは既に、自分の人生の落第(エンド)を意味していた。

 

(……何してるんだろ、私)

 

 馬鹿な親への反発心で、肩書生活から逃げ出したくして、遊んで、落ちて、台無しにした。

 

 もう家には居場所がない。学校にもない。ゲームセンターにも行けなくなった。

 

(…………逃げ出したい)

 

 どこでもいいから逃げ出したい。欲しい――居場所が欲しい。

 

 逃げ場所が、欲しい。

 

 

 神崎有希子が、GGO――仮想世界へと降り立ったのは、そのすぐ後だった。

 

 GGOを選んだのは単純だ。数多くのやり倒したゲーセンゲームの中で、一番スカッとしたのが、ゾンビを屠るガンシューティングだったから。

 銃が好きだった。立ち塞がる(ゾンビ)を有無を言わさず薙ぎ倒して、目の前が開ける瞬間が病みつきになるほど快感だった。

 

 こうして神崎は、みるみるうちに仮想世界に嵌り込んでいく。

 

 

 年が明け、E組へと通うようになった後も、日中はお淑やかなお嬢様の仮面を被ってやり過ごしながら、放課後は一刻も早く帰宅しGGOへと逃げ込む生活を続けていた。

 

 GGOでの有鬼子がどんどん強くなり、名を挙げていくにつれ。

 

 E組(現実)での神崎は、更にその成績を落としていき、父から――周りの人間達から見限られていった。

 

 仮想世界から現実世界へと帰還し、アミュスフィアを外して天井を眺める度に、世界のどこからか神崎を責めたてる声が聞こえる。

 

 お前がやっているのは、ただの現実逃避だ。仮想への逃避だ。

 

 お前がGGOで有鬼子として一秒を過ごす度に、現実世界の神崎有希子の人生は取り返しがつかなくなっていく。

 

 落ちていく。奈落の底へ。人生のどん底へ。落ちて、堕ちて、終わっていく。

 

 E組(あそこ)は、そういう場所だ。そういう終わり(エンド)だ。

 

「……………」

 

 それでも、神崎は……逃げ続ける。逃避し続ける。

 

 だって、そんな現実を受け入れるほど、受け入れられるほど、強くないから。

 

 だから神崎有希子は、E組の生徒らしく、この椚ヶ丘駅北口を出た瞬間に表情を消し、山の中のE組(エンド)へと向かう。

 

 俯きながら、歩き出す。現実から、詰んでしまった現実(じんせい)から、目を逸らすように。

 

 現実世界(リアルワールド)から、逃避するように。

 

 

「………え?」

 

 だが、その日は、いつもとは違った光景があった。

 

 北口前の、円柱の陰。

 

 その横を通り過ぎる時、一人の生徒が、二人の男子生徒に詰め寄られているのが神崎の目に入った。

 

 俯いていたはずの神崎がその様を目撃したのは、詰め寄っている方の男子生徒の一人が、ちょうど神崎が擦れ違う間際に甲高い脅し声を上げたからだ。

 

「あぁ、渚ぁ!? テメー、E組の分際でぶつかっておいてなんもなしかぁ!? おぅ!?」

 

 ところどころ声が上擦っていることから、この男がこういった恐喝行為に不慣れなことが分かる。

 

 ちらっと見た神崎からも、絡んでいる二人の男子生徒が、いわゆる不良といった輩ではないことは見分けられた。ゲーセンに通っていた頃、何度もそういった人種は見かけたからよく覚えている。(ちなみに神崎はそんな輩が現われた時は高確率で絡まれる為、そっとプリクラコーナーに逃げこんでいた。その時に磨いた逃亡スキルはGGOで今も活かされている)

 

 だが、絡まれている生徒は、その二人の男子生徒よりもさらに小柄で、無害そうな生徒だった。言ってしまえば悪いが、こういったことのターゲットになりやすそうな――

 

「――――っ!?」

 

 神崎は思わず声を上げそうになった。

 絡まれているその生徒は、神崎のクラスメイト――同じ、E組(エンド)の生徒だった。

 

 潮田渚。

 

 クラスメイトとはあまり交流がない神崎が、穏やかに何気ない会話をしたことがある数少ない存在だった。

 

 彼はこちらの出す少ないサインを的確に汲み取ってくれて、決して触れてほしくない場所には踏み込んでこず、安心できる距離感で関わってくれる。

 女子のテンションの高い会話や、男子の下心が含まれたやり取りが苦手な神崎にとっては、決して嫌いではない――むしろ好感が持てるような、無害な少年だった。

 

 だが神崎は、渚がこちらに気付かないうちにサッと顔を再び俯かせ、足早に立ち去ろうとする。

 

 神崎の今日の登校時間は寝坊気味の為いつもよりもかなり遅めで、時間的に周囲にはあまり生徒がいない。居たとしてもE組の生徒は見えず――山の中にある為この時間では遅刻になってしまう可能性が高いのだ――D組以上の本校舎の生徒達は、にやにやとその様を一瞥するだけだった。

 

 E組がこのように理不尽に絡まれることは、決して珍しくない。

 

 むしろ日常茶飯事といえる。E組は、元々そういった扱いを受けることを――受けさせることを前提に作られた制度なのだから。

 

 ここで下手に口答えをして反抗したりしたら、更にその被害は拡大し、問題は大きくなるだろう。だから――

 

 神崎は、そう自分に言い聞かす。逃げる為に、言い聞かす。

 

(……ごめんなさい)

 

 神崎は目を瞑り、その足取りを進め――

 

「おい! なんとか言えよ、E組! 殺すぞ!」

 

 

「………………殺す?」

 

 

 瞬間、何かが凍った。

 

 首筋に冷たい何かが走り、神崎も、思わずその足を止める。

 

 

 

「“殺した”ことなんて、ないくせに」

 

 

 

 バッと、神崎は振り返った。

 

 見ると、他の登校中の本校舎の生徒達の目は一点に集まっていて、皆、その表情は唖然としていた。

 

 例の二人組は、神崎から見える後ろ姿だけでも情けなく震えていて。

 

 渚は、その二人を押し退けるように、その間からまっすぐ歩き出していた。

 

 他の生徒達も渚に近づこうとせず、E組が、エンドのE組が、本校の生徒に道を開けさせ、俯くことなく、顔を上げて堂々と歩いている。

 

 神崎は、その光景を前に、この場の誰よりも衝撃を受け、固まっていた。

 

「――あれ? 神崎さん? 珍しいね、神崎さんがこんな時間に登校なんて」

 

 顔を上げていた渚は直ぐに神崎に気付き、笑顔で駆け寄ってくる。

 

「う、うん。……おはよう、渚君」

 

 一瞬、体が強張った神崎だったが、近くで見ても渚は昨日までと同じようにごく普通の少年で、ごく普通の少年に見えて、少し抱いた警戒心はすぐさま消え去った。

 

 つい先程、あれだけの光景を作り出した(そんざい)に、まったく恐怖を抱かなかった。抱けなかった。

 

 ゾクっ、と少し寒気がした。自分は何か、とんでもないことを、生物としてとんでもない失策を犯しているのではないかと、そんな奇妙な胸騒ぎがしたが――

 

「ん? どうしたの、神崎さん。……やっぱり具合でも悪いの?」

「え、ううん。大丈夫。……ちょっと、寝不足なだけだから」

 

 神崎はそう言って、心配そうに自分の顔を覗き込む渚に対し首を振った。

 

 そこにいたのは、もはや虫一匹殺せなさそうな、ただの無害な少年だった。

 

 そして二人はそのまま並んで歩き出し、E組へと向かった。

 

 

 その間、自分達の背中を、登校中だった本校の生徒達が、茫然と眺めていたことに気付かずに。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 その中に、一人の、E組の生徒がいた。

 

 赤羽(カルマ)

 

 彼もまた、神崎と同じような理由で寝坊し、こんな時間の登校となっていた。いや、彼は最悪遅刻してもいい――というより、間に合ったら一時限から受けてもいいというスタンスなので、神崎とは心持ちが全然違うのだが。

 

 だが、この日、カルマは珍しく、今日、学校に来てよかったと思った。

 

 早起きは、するものだと。

 

 おかげで、とても“いいもの”が見れた。

 

「……へぇ、面白いじゃん。……渚君」

 

 だが、カルマの表情は、言葉ほど楽しそうに緩んではおらず、むしろ冷たく無表情で。

 

 それは、ついに見つけた何かを、見定める瞳で。

 

 ぶるっと、一度、体が大きく震えた。

 

 そして、カルマは、いつもよりも強い足取りで、大きく一歩を踏み出して。

 

 

 山の中腹――あの少年と同じく、椚ヶ丘中学3年E組へと、登校するべく歩き出した。

 




今回もちょっと文字数が多くて、編集が零時に間に合いませんでした……すいません。

……再開三話目にして八幡が出ない……だと……。

つ、次は出します! 次話は一話まるまる俺ガイルです!

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