比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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これにて、かっぺ星人編は終わりです。最後に、pixivにも載せていなかったおまけのようなものがあります。


そして、彼ら彼女らの戦争の採点が始まる。

 

 気が付いたら、俺はあの部屋へと戻っていた。

 

 目の前には、四人の人間と、一匹のパンダ。

 

 そして、変わらずそこにある、無機質な黒い球体。

 

「ひ、比企谷さん……」

「……比企谷」

 

 新垣と桐ケ谷が俺に声を掛けてきて、ようやく意識がはっきりしてきた。

 

――ッ! そうだ、中坊!

 

 俺は、ガンツに近づいて、その黒い球体に怒鳴りつけるように叫んだ。

 

「おい、ガンツ! どうなってる!? アレはなんだ! 中坊は生き返ったのか!? 答えろガンツ!!」

「お、おい、落ち着け、比企谷!」

「そ、そうです! 落ち着いてください!」

 

 俺がいくら叫んでも、ガンツは何も答えない。変わらずただの黒い球体のままだ。

 

 そんなことはいつものことで、ずっと前から思い知っていることなのに、冷静じゃなかった。

 

 俺は、大きく、二度、静かに深呼吸をした。

 

「…………悪かった」

 

 桐ケ谷と新垣にそう言って、俺はガンツから少し距離をとる。

 

 そして――

 

チーン

 

【それぢは ちいてんを はじぬる】

 

――ガンツの表面に浮かび上がっていたタイムリミットを示す数字が全て0になり、採点が始まった。

 

「……採点?」

「これはなんだ、比企谷?」

「……ゲームでよくあるだろ。今回のミッションで、どれだけ好成績を残せたかってあれだ」

 

 俺がそういうと桐ケ谷は露骨に顔を顰めたが、何も言ってこなかった。

 

 俺達は四人(東条って人は興味なさげにパンダと戯れている)とも、黒い球体の前に集まって、そこに浮かび上がる文字に注目している。

 

 

『ラブリーマイエンジェルあやせたん』1点

 

 Total 1点

 あと99点でおわり

 

 

「――なっ……」

「ラブリー、マイ、エンジェル? なんだ、こるっ!?」

 

 ガンツに表示された文字を読もうとしたら、新垣に首の根元を片手でがしっと掴まれた。っていうか締められた。女子に。怖いよ、っていうか超怖いよっ!

 

「あ、あの……ぐえっ!」

「なにも見ませんでした、よね?」

「(コクコク!)」

「渚君と桐ケ谷さんも、ね?」

「((コクコク!コクコク!))」

 

 俺は呼吸が出来ないので必死に頷く。渚君とやらと桐ケ谷も顔を真っ青にして必死に頷いていた。何? 地雷なの? ガンツてめーふざけんなよ。お前の悪ふざけがこっちに被害を齎してるんですけど!

 

 

『性別』1点

 

 Total 1点

 あと99点でおわり

 

 

「…………これは」

「…………僕?」

「……いえ、もしかしたら桐ケ谷さんの可能性も」

「俺かよ!?」

「……いや、桐ケ谷はボスを倒してたから一点ってことはないだろう」

 

 紛らわしいよ。っていうか、お前らが紛らわしいよ! なんで女顔が二人もいんだよ!キャラ被ってんだよ! そして二人とも落ち込むなよ! めんどくさっ、コイツら!

 

「え、えぇと、そういえば比企谷さん! この点数ってどういう基準で付けてるんですか?」

 

 新垣が苦笑いしながら空気を変えようと俺に話を振る。さっきハイライトを消しながら俺の首を片手で締め上げた女とは思えない。

 

「……俺もはっきりとした基準を知ってるわけじゃないが、基本的には強い敵を多く殺せば、それだけ点数を稼げる。……今回で言えば、ヴェロキラプトルよりもT・レックスやトリケラトプスの方が高くて、最後のあのボスはもっと高いといった具合だ」

「……トリケラトプスもいたんですか」

 

 渚がそんなことをぼそりと呟いた。何? お前ら、あの愉快なトリケラトプスに会わなかったの? 一度見たら忘れられないフォルムなのに。

 

 そして再起動した桐ケ谷が、俺に真剣な目でこう問うた。

 

「……それで。この点数は何の意味があるんだ? ……見ると、100点集めるのがゴールみたいだが」

 

 ……さすがに、桐ケ谷は気付くか。まぁ、でも――

 

「――それは、最後に説明してやるよ」

 

 俺がガンツを見たままそう言うと、桐ケ谷もそれ以上突っ込んでこなかった。

 

 

『トラ男』16点

 

 Total 16点

 あと84点でおわり

 

 

「凄い! 東条さん、16点!」

「さすがですね!」

「一発で東条って分かるな……」

「……だが、トラ男って」

 

 なんか知らないけれどオペオペの実とか食べてそう……。なんか巨大過ぎるビックネームに怒られそうだからこれ以上は言わないが。

 

 ってか――

 

「桐ケ谷、お前、東条さんのことを呼び捨てでいいのか?」

「……ああ見えて、東条って16歳らしいぞ」

「はぁっ!? 年下ぁ!?」

「ん? ああ、そうだぞ」

 

 桐ケ谷の信じられない言葉を聞いて、改めて東条を見る。

 デカい。強そう(いや、実際強いのだが)。……これが年下かぁ。

 

 なんかアレだな。甲子園とかテレビとかで、自分よりも年下でバリバリ活躍してる奴等がいるのは知ってるけど、いざこうして目の前で、自分よりも年下で、なんというか“上”な人間を目の当たりにすると……凹むな。リアルに。やめろ桐ケ谷肩に手を乗せるな。

 

 

『リンリン』1点

 

 Total 1点

 あと99点でおわり

 

 

「…………」

「…………」

「……リンリン、って。やっぱり、上野の」

「よせ。何も言うな」

 

 渚と新垣と桐ケ谷と共に、東条と戯れているパンダ(♀)に目を向ける。

 

 だが、深く考えると遣る瀬無い気持ちになるので、桐ケ谷の言葉を遮って何事もなかったかのようにガンツに目を向け直す。

 

 

『くろのけんし』40点

 

 Total 40点

 あと60点でおわり

 

 

「え!? 40点!!」

「凄い!! 凄いですよ!! これ桐ケ谷さんですよね!?」

「ん? 凄ぇのか?」

 

 ……40点。あのボスにはそれだけの価値があったってことか。

 規格外だとは思っていたが……。まさか初ミッションで半分近く稼ぐとは。本当に何者なんだ、コイツ……。

 

「…………」

 

 だが、本人は複雑そうな顔でガンツを――浮かび上がっている文字を見ている。

 ……まぁ、新人のコイツ等には、この点数がどれだけの価値があるのかを知らないから当然といえば当然、か。……それとも、新垣のように、このあだ名(?)に思う所でもあるのか?

 

 

「……えぇと」

「……あとは」

「…………」

 

 渚、新垣、そして桐ケ谷が俺を見る。

 

 ……残るは、俺か。

 

 確か俺の点数は、前回の時点で――73点。

 

 100点まで、残りは――27点。

 

 ……それなりに殺したとは思うが、パンダの点数を見る限り、ヴェロキラプトルは一匹一点だろう。それが基準となると……どうだ? ギリギリ届いたか?

 

 ……心臓が高鳴る。手の平に汗が滲む。もしかして、という希望が湧いてしまう。

 

 ガンツの表面に、桐ケ谷の採点が消え、そして、俺の点数が浮かび上がった。

 

 

 

『はちまん』26点

 

 Total 99点

 あと1点でおわり

 

 

 ……99、点

 

 1点。

 

 あと、たった――1点、届かなかった……っ。

 

「きゅうじゅう、きゅう、てん……!?」

「これって……」

「比企谷……お前……」

 

 1点、か。……あと、ヴェロキラプトル一匹、狩っていれば。

 いや、あの時点で俺が、ボスに勝っていれば。一人で殺せていれば。

 

 そうすれば……今頃――

 

 

 ……いや、よそう。終わった後で、今更ぐちぐちと後悔をしても仕方がない。

 

 もしも、あの時。そんなifに意味はない。

 

 過去に遡って、選択を選び直すことなど出来ない。

 例え、その機会が与えられたとしても、俺は今回と全く同じ行動をしたはずだ。

 

 俺は最善を尽くした。勝つために。殺すために。そして、何よりも生き残る為に。

 

 そして俺は、今回もこうして生き残った。ならば、俺の勝ちだ。

 

 次があるんだから。そして、次こそ、俺は選ばなくてはならない。

 

 100点メニュー。その使い方を。使い道を。

 

 何を手に入れ――取り戻し、そして何を選ばず――切り捨てるのかを。

 

 

 

 そして、ガンツは俺の点数を表示したのを最後に、再びただの真っ黒の球体に戻った。

 

「……それじゃあ、比企谷。教えてくれないか? 聞きたいことが、山ほどあるんだ」

「……悪い。その前にちょっと、やることがある」

 

 俺はガンツの前にしゃがみこんで、ガンツに言った。

 

「……ガンツ。100点メニューを」

 

 すると、ガンツは三つの選択肢を示す画面を表示する。

 

 

【100てんめにゅー】

 

【・きおくをきされてかいほうされる】

【・つよいぶきとこうかんする】

【・めもりーからひとりいきかえらせる】

 

 

「……これは何だ?」

「さっき言ってた、溜めた点数の使い道だ。……100点を集めると、この中から一つ選ぶことが出来る」

 

 そして、俺はまず一番上の選択肢を指さす。

 

「この解放――これはおそらく、このガンツミッションからの解放を意味してると考えている」

「っ! どういうことだ?」

 

 俺は振り返り、桐ケ谷、渚、新垣、と……う条はいいか。興味なさそうだし。

 とにかく三人を見回し、この事実を告げた。

 

「……この後、俺達はガンツによって、おそらくは自宅に送られる。少なくとも毎回俺はそうだ。……そして、これまで通りの日常に戻れる」

 

 そう言うと、渚、新垣はほっとした表情を見せる。……だが、桐ケ谷は鋭く俺を見据え、続きを促す。

 

 そして俺は、一度間を空けて、それを告げた。

 

「……だが、しばらくすると、再びガンツによってこの部屋に転送されて、今日のような戦争に放り込まれる。殺されればゲームオーバーで、本当に死ぬデスゲームに。……そして生き残れば、再び採点されて、家に帰る。この繰り返しだ」

「…………え?」

「……なんですか、それ。……それって、今日みたいなことを、ずっと! ずっとずっとずっと! 延々と繰り返せっていうんですか!!」

 

 渚は呆然とし、新垣は瞳に涙を浮かべて叫んだ。

 

 桐ケ谷は、俺が言った事実を自分の中で反芻するように俯き、やがてポツリと漏らす。

 

「……それで、解放、か」

 

 渚と新垣が、桐ケ谷の言葉に動きを止める。

 

「……ああ。100点を取ることで初めて、俺達はガンツの呪縛から解放される」

「そ、それじゃあ、比企谷さんは、後1点で――」

 

「いいや。俺は解放は選ばない――他に、100点の使い道がある」

 

 俺の言葉に、3人は絶句する。まぁ、信じられないよな。この馬鹿みたいに理不尽な戦争の無限ループを抜けられる権利を捨てようっていうんだから。

 

 俺は彼らに背を向けて、「……ガンツ。メモリーを」と告げた。

 

 100点メニューの文字列がガンツの中へと吸い込まれ、代わりに無数の顔写真が現れる。

 

 俺はそれらの一番下から、順番に確認していく。

 

 その、もはや懐かしいと感じてしまう顔写真を一つ一つ目に入れる度に、心が音を立てて軋む。が、必死に気づかないふりをする。

 

 そして、見つけた。

 

 白いパーカーの、先程見た顔と全く同じ相貌の少年――中坊だ。

 

 ……やはり、間違いなく、中坊は死んでいる。“まだ”死んでいる。

 ここに俺や、桐ケ谷、新垣といった生きているメンバーの写真はない。ただガンツの持っているデータリストというのなら、俺達生存者もリストに入っているはずだ。

 つまり、これは死亡者リスト。この部屋に呼ばれ、そして死んでいった戦士達の遺影。そして、ここにこうして中坊の顔がある以上、中坊は死んでなくてはおかしいんだ。生きていてはおかしいんだ。俺はまだ、アイツを生き返らせてはいないんだから。

 

 

――ならば、奴は一体、誰なんだ? 何者なんだ?

 

 

「――や! 比企谷!!」

「――! ……なんだ?」

「だから、説明してくれ。そのメモリーってのは一体なんなんだ?」

 

 俺が思考に没頭している間に、気が付いたら桐ケ谷から質問があったらしい。

 

 俺は自分の中の混乱を表に出さないように、桐ケ谷の質問に淡々と答える。

 

「……ガンツによって蒐集された死者――つまり、俺達ガンツミッションのメンバーのデータは、このガンツによって、メモリーという形で保存されている。つまり、バックアップデータが残っていて、ガンツミッションで死んだメンバーは、100点メニューによって生き返らせることが可能なんだ」

 

 俺の言葉に、渚と新垣は哀しげに目を伏せ――桐ケ谷は、絶句し、硬直した。

 

「……それじゃあ、比企谷さんは――」

「……死んだ、仲間を、生き返らせる為に?」

 

 ……仲間、か。はっ、ぼっちの俺に世界一縁遠い言葉だな。

 

「……違うな。これは、そんな少年漫画のお涙頂戴のご都合展開のようなもんじゃない――ただの自己満足だ。……俺のせいで死んでいった奴等がいた。それこそ、何人も、何人も、何人も、何人も。……俺を庇って死んだ奴がいた。絶対に助けると誓って死なせてしまった人がいた。……俺は、それを認めたくないだけだ。それで終わりにしたくないだけだ」

 

 死んだ人間を、生き返らせる。失った命を取り戻す。

 

 それは誰もが夢見ることで、決して叶わない願望。

 

 死んでしまった大切な人を、取り戻す。

 

 家族を、恋人を、友人を、仲間を、同僚を、部下を、上司を、親友を、盟友を、戦友を、級友を、悪友を、旧友を、兄弟を、姉妹を、父親を、母親を、祖父を、祖母を、息子を、娘を。

 

 掛け替えのない彼を、二度と取り戻せなくなってしまった彼女を。

 

 死んでしまった命を、生き返らせる。

 

 あぁ、素晴らしいな。そんなことが出来たらまさしく奇跡だ。感動感涙のハッピーエンドだ。

 

 

 だが、それは本当に幸せなのか?

 

 

 毒林檎を食べて死んでしまった白雪姫は、確かに悲劇のヒロインだけれど、それを王子様のキスで生き返らせるのは、果たして正しい行いなのか?

 

 世の中には、悲劇的な死が溢れている。

 事件、事故で、ある日突然、理不尽に、何の前触れもなく、何の落ち度もなく、巻き添えで、流れ弾で、神様の悪ふざけとしか思えないような、たまたまそこに居て、別に他の誰でも全然よかったような配役で死亡させられる、そんなモブキャラ扱いで殺されている人々で溢れかえっている。

 

 なのに、どうして白雪姫だけ生き返ることが許される? その権利は誰が与えた? 誰が決めた? 誰が許した?

 

 他にもこの世に未練がありまくりで、死ぬのが嫌で嫌でしょうがなくて、そのままでは死んでも死にきれなくて、生き返りたくて生き返りたくてしょうがなくて、復活の権利が喉から手が出るほど欲しくて欲しくてたまらない、蜘蛛の糸に縋りたくてたまらない人達が、それこそ無数に溢れかえっているだろうに。

 

 だから俺は思う。

 

 

 人を生き返らせるってことは――人を殺すこと以上に罪深い大罪だ。

 

 だって、誰かを生き返らせるってことは――他の誰かを生き返らせないってことなんだから。

 

 

 かつて俺は相模に、死んだら俺か葉山が生き返らせるなんて軽く言ったけれど、いざこうして、誰かを生き返らせる権利を目前にすると、改めてその行為の重さを思い知らされる。

 

 この無数のメモリーリストの顔写真を見て思う。

 

 たった一人。この無数の戦士達の中から、たった一人を選び、その他全てを切り捨てて選ぶ。

 

 他の誰かの、死にたくなくてしょうがなかった命を、生き返りたくてしょうがなかった命を、そんな無数の尊い命の尊厳を、これ以上なく踏み躙って、傲慢にも、無数の命の価値を、個人的価値観で選別して、命の重さに順番をつけて、取捨選択して、たった一つを選ぶ。その他全てを切り捨てる。

 

 生き返るかもしれなかった、取り戻すことが出来た、その命が持つ全ての可能性を切り捨てる。

 

 人を生き返らせる権利。命を取り戻す権利。それを行使するということは、そういうことだ。

 

 

 そんなもの――生き返らせられる方も、たまったものではない。

 

 

 俺なら罪悪感でその場で死にたくなる。

 

 切り捨てられた命の――その他全ての命の重さに耐えきれない。

 

 俺がしようとしているのは、そういうことだ。

 

 その責任を、他の無数の命を殺した責任を、俺が勝手に選んだその人に、その命に背負わせるということだ。

 

 

 こんな傲慢で、罪深い行いを――仲間を生き返らせる? はっ、くだらない。そんなカッコよく言わないで欲しい。

 

 これは、間違ってもそんな綺麗で美しい行為じゃない。

 

 

「……人を生き返らせる――それは、世界で最も醜く無責任なエゴの押し付けだ。……それを行おうとしている俺は、世界で最も傲慢な人間だ――だから間違っても、そんな目で俺を見るな」

 

 

 しんっ、と室内が静まり返る。

 あの東条も、気が付けば俺の言葉に耳を傾けていた。

 

 ビィィンと、転送が始まる。

 珍しくも、これだけ多くの人間がいる中で、転送は俺が一番早かった。

 ……そうだ。これは言っておかなくちゃな。

 

「――あと、今夜のこと。そしてこの部屋のことは、無関係の人間には誰にも話すな。ここの情報を漏洩した時点で、頭が吹き飛ぶぞ。……俺達は、頭に爆弾が埋め込まれて、ガンツに支配されて、縛られているということを忘れるな」

 

 俺がそう言うと、新垣らは息を呑んで恐怖したのが伝わった。

 

 ……それと――

 

「――これだけは言っておく。……俺はお前らと必要以上に馴れ合うつもりはない。……最低限のことは教えたつもりだ。後は自分達でなんとかしろ。……間違っても、死んでも生き返らせてもらえるなんて考えるな。……だから、精々――」

 

――死なないように、気をつけろ。

 

 その俺の言葉に、奴等がどんな表情をしたのか。

 

 

 それらを見る前に、気が付けば自室のベッドの上だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ガンツスーツを脱ぎ散らかし黒いスウェットに着替え、枕元に銃Xガンを置いて眠る。なんかアメリカン。上裸にジーパンで寝たらもっとアメリカンかしら。我ながらアメリカへと偏見が酷い。

 

 帰ってきたときにはすでに部屋の中は真っ暗で、着替えやら何やらをやっているうちに目も暗順応してきたので、わりとくっきりと見える天井をぼおと眺めながら考える。

 

 今回のミッションは、本当にいろんなことがあった。あり過ぎた。

 

 

 俺以外の約半年ぶりの新メンバー。そして、同じく約半年ぶりの、俺以外の生き残り。

 

 ミッション終了後の、正体不明の乱入者。

 

 その乱入者のメンバーだった、川崎大志。

 

 そして、中坊を騙る謎の男――いや、謎の生物。

 

 99点――ついに、手が届いた、初めての100点へのリーチ。

 

 

 ……いや、色々あり過ぎだ。処理しきれねぇよ、一つずつ来いよ。

 

 半年間、淡々と一人でミッションをこなし、ようやく慣れてきたと思ったらこれだ。退屈させない、どころか弄んでいるとしか思えない。

 

 ……もしや、そういうことなのかね。

 

 調子に乗るな。図に乗るな。

 

 

 お前はまだ、ガンツを何も知らない。

 

 

 と、俺に思い知らしめる為に。相変わらずの鬼畜仕様だ。

 

「……寝れるか」

 

 また明日も雪ノ下を迎えに行かなくちゃならねぇのに。全然寝れる気がしない。考えなくちゃいけないことが多過ぎる。

 

 俺は身を起こし、窓を開けて月を眺めた。

 

 

 ……次のミッションは、一体いつになるのだろう。

 

 これまでのようにはいかないだろう。今回のミッションでいくつも考えなければならないことが出てきた。

 

 新メンバー……は、一先ず置いておこう。別にこれといってこちらがアクションを起こすべきことは何もない。好き勝手にやらせておけばいい。アイツ等に言った通り、こっちから深く関わるつもりはない。

 

 あの黒服集団。……これは、明日大志に聞こう。……正直に話してくれるかどうかは分からないが、大志を入口に調べていくのが一番手っ取り早い。

 

 ……そして、偽中坊。これに関してはどうするべきか分からない。取っ掛かりがない。……奴は俺を知っているようだから、もしかしたらまた接触してくるか?……その場合、俺はどう対処するべきか。

 

 考えることが多すぎて、頭の中がごちゃごちゃしてきた。くそっ。糖分が足りない。

 

 俺は寝ているであろう小町を起こさないように、冷蔵庫の中のマッ缶を取りに向かった。

 

 

 次の日、俺は久しぶりに徹夜で学校に行く羽目になった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ビィィィンという音と共に、この無機質な部屋の中からすべての人間はいなくなった。

 

 命の気配が恐ろしく排除されたこの部屋に残されたのは、材質不明の真っ黒の球体。

 

 

 そして――――一匹のパンダ。

 

 

「比企谷八幡――君の報告通り、面白い人間だな。識別番号(シリアルナンバー)000000080」

 

 

 パンダは――四本足でフローリングに立っているジャイアントパンダの雌は、真っ黒な無機質の球体に向かって、否、その黒い球体を支配し、またはその黒い球体に支配されている部品(おとこ)に向かって、まるで人間のように流暢な言葉で語り掛けた。

 

「……だが、それでもやはり彼はまだ未完成だ。良くも悪くも危うい。……“こちら”に引き込むかの判断は、まだ時期尚早ではないかね?」

 

 そのパンダの言葉に、黒い球体は何の声も発さない。

 

 ただ、いつものようにその光沢ある表面に文字を浮かび上がらせる。

 

 それを見て、パンダは呆れたように溜め息を吐く。その仕草は、まるで人間のようだった。だが、パンダだった。

 

「……確かに、カタストロフィまで残された時間は少ない。だが、すでに我々は“奴等”を打倒しうるに足る、必要十分の戦力の育成と確保に成功している。焦ってあのような不完全な戦力を求める必要はないだろう?」

 

 パンダの言葉に、黒い球体は再び反論するかのように文字を浮かび上がらせた。

 

 その文字列(ことば)に、パンダは一瞬押し黙るが、すぐにその声色を変えて言った。

 

 

「自惚れるなよ、部品風情が」

 

 

 部屋の中を、張り詰めた沈黙が満たした。

 

 そのパンダが――その獣が纏うのは、殺気。

 

 食物連鎖の上位存在が、下位存在に向かってのみ放つことを許される、相手を威圧させる圧倒的な殺気だった。

 

 黒い球体は、何も出来ない。黒い球体を支配し、黒い球体に支配される部品でしかない、死んでもいない代わりに生きてすらいない男は、生きてもいないくせに皮肉にも、その殺気を受けて何の行動も出来なかった。

 

 パンダは言う。部品の男の上位存在は――雌のパンダの身体に人間の男の心をインストールされた存在である自分よりも、明らかに“下位(みじめ)”な存在である、黒い球体の部品に言う。

 

「自分の身分を弁えろ。そのようなことは、貴様の領分ではない。……貴様は優秀な部品(おとこ)だが、いかんせん“戦士(キャラクター)”達に感情移入し過ぎるのが悪癖だ。……特に、比企谷八幡に対しては随分と入れ込んでいるようだが」

 

 パンダの言葉に、もう黒い球体は何も返さなかった。

 

「……まぁいい。確かにカタストロフィに向けて、優秀な戦士(キャラクター)は多いに越したことはない。……だが、くれぐれも自分の本分を忘れるな」

 

 そして、ついにパンダにもレーザーが照射される。

 

 完全に転送され、正真正銘、その部屋に残るのは、たった一つの黒い球体のみとなった。

 

 生命の気配が一切ない、無機質なその2LDKに、その黒い球体は、ぽつんと、ただの黒い球体でしかなかった。

 




 最後のシーンはpixiv版にも追加しておきました。

 これにて在庫はすべて出したので、またしばらくお待ちいただくことになってしまいそうです。

 少し間が空いてしまうと思いますが、必ず戻ってくるので、どうかご容赦いただければ。

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