比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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今回を入れて、この章は後二話です。


混沌と化した戦場に、白い少年のような何かが乱入する。

「お前にお兄さんと言われる筋合いはねぇ」

 

 そのセリフは俺の溢れる妹愛から反射的に出てしまった言葉だが、それでもXガンを――川崎大志に銃口を向けているのは、決してシスコンを拗らせたからではない。

 

 あくまで、理性的に。俺がそうするべきだと、ここはそうしなければならない場面だと判断し、冷静な心で実行している。

 

 目の前のコイツ等は、あまりにも怪し過ぎる。

 

「お、にい、さん……」

「…………」

 

 大志は、悲しそうに、辛そうに、俺を見る。

 だが、その表情には、どこか納得があって。……大志も理解しているのかもしれない。

 

 俺達が、相容れない、敵同士であるということに。

 

「――お兄さん、って。……どういう、こと……ですか?」

 

 俺の背後から、震える声で、新垣が問う。

 その声は、これまでとは違った種類の戸惑いがあるように感じた。

 

「……あの人は、知り合い、なんですか?」

「……今は、関係ない」

「っ! 関係ないって――」

 

 俺の言葉に突然新垣が激昂した、その時――

 

「――おい、新入り。……なんだ? 奴は、お前の知り合いか?」

 

 金髪ホスト風の男が、大志に問う。

 咥えていた煙草を口元から離し、煙を吐き出しながら、大志の方を見ずに。

 

 大志は露骨に肩を震わせて、言葉を濁した。

 

「……え、えっと、その、あの—―」

「……言っておくが」

 

 そして、金髪ホストはその時初めて大志を見て――否、鋭く睨みつけて、言い含めるように言った。

 

「お前はもう“こっち側”だ。どれだけ目を逸らそうが、それは変わらねぇ。……お前は、もうそうなっちまったんだ。これは変えられねぇ。これは揺るがねぇ――」

 

 

「――いい加減、運命を受け入れろ」

 

 

 金髪がそう吐き捨てると、大志はゆっくりと顔を俯かせた。

 

 そして、大志は俺の方を見る。

 

 その顔は、その目は、悲しみと――諦めで、満ちていた。

 

「……大志――」

 

 俺が――Xガンを向けたまま――大志に言葉を投げかけようとした時。

 

 

「なんかよく分かんねぇけど、面倒くさいから()っちゃってイイすか☆?」

「……ああ、さっさと片付けるぞ。いいか、三人とも逃がすな。全員、ここで――」

 

「――皆殺しにしろ」

 

「「「――ッ!!」」」

 

 俺と桐ケ谷は戦闘体勢を取る。新垣もよく分からないなりに恐怖は感じたらしい。

 

 突然――あの大志以外の三人から――鋭い殺気が放たれた。

 

「ひゃっはーー!!!」

 

 ドレッド男が奇声を上げながら手を銃の形にして突き出す。

 

 そして――その手が本物の銃へと変形した。

 

「――な!?」

「――えッ?」

 

 くそっ。やはり、コイツ等――人間じゃないっ!

 

「伏せろっ!」

「きゃっ!」

 

 俺は反射的に新垣に覆いかぶさって地面に伏せさせる。パッと見は普通の銃のように見えたが、もしかしたらスーツが効かないかもしれない。

 

 なんなんだ、奴等の能力は!? 体を武器に変形させるのか!?

 

「死ねやぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 ドレッド男が銃を乱射する。

 

「きゃぁあああああ!!!」

 

 新垣が悲鳴を上げて目を瞑る。俺は新垣を庇うように抱き締める。くそっ、避けられ――

 

 

 キィンッ! と、黒い剣閃が銃弾を斬った。

 

 

 ……は? 斬った?

 

「はぁっ!?」

 

 ドレッド男が素っ頓狂な声を上げる。いや、その気持ちすごく分かる。

 さすがに全てではない。それに斬るというよりは弾くと言った方が正しいか。

 出鱈目に放たれる銃弾の中の、俺達に当たりそうなものを瞬時に判別し、その鋭い剣技で弾いて防いでいる。

 

 ……いやいや。お前、マジで石川さん家の五右衛門くんなんじゃねぇの? 反応速度がいいなんてレベルじゃねぇよ。人間技じゃない。スーツ無しで巨人を打倒した東条って奴といい、強い奴を集めたなんてレベルじゃねぇよ、ガンツ。チートや! チーターや!

 

「へぇ。やるな、お前」

「――ッ!!」

 

 気が付くと、桐ケ谷の前にあの金髪ホストが接近していた。その手には、ガンツソードとはまた違った、白銀の刀身の日本刀。

 

 金髪ホストの鋭い一閃を、桐ケ谷はガンツソードで受け止める。

 

 互いに鍔迫り合いになり、至近距離で睨み合った後――金髪ホストはプッと加えていた煙草を桐ケ谷の顔面目がけて吐き出した。

 

「ッ!!」

 

 そして、両者の距離は一瞬空き、瞬時に詰め寄り、凄まじい斬り合いが繰り広げられる。

 

 まさしく、剣士の決闘。素人目には早過ぎて、何がなんだか分からない。だが、それは紛れもない命のやり取りで、もうずいぶん長いことガンツゲームっていう命懸けの戦争をやっているが、ここまでハイレベルの斬り合いは見たことがなかった。

 

 まるで、侍同士の一騎打ちだ。

 

「ぼおっとしてる余裕があるのか?」

「――ちっ!!」

 

 その声は地面に伏せている俺達の頭上から響いた。

 俺は反射的に拳を握って殴り飛ばそうとする――が。

 

「――ッ!!」

「きゃっ!!」

 

 俺は、そいつの姿を見た瞬間に、すぐさま距離をとった。新垣の腰を担いで、とにかく全力で跳んだ。

 そして、着地と同時にXガンとYガンを二丁持ちで構えて向ける。幸いにも、奴はこちらを追ってこなかった。

 

「ほう……」

 

 その四人の中で最も屈強なグラサンの男は、こちらを見てニヤリと笑う。

 吊り上げられたその口から――人間にしては、あまりに鋭すぎる八重歯が覗いていた。

 

「……あ、あの」

 

 新垣が戸惑った声を上げるが、今は構ってやる余裕はない。

 あの男から目を逸らせられない。一瞬でも隙を見せたら()られる。奴はこの中では別格だ。

 

 おそらく、あの千手クラスの怪物だ……っ。

 

「……比企谷さん……体が……震えて……」

 

 ……ああ、分かってる。ビビってるんだよ、悪いか。千手は俺の中でもトップクラスのトラウマなんだ。それを彷彿とさせる怪物を目の前にして、ビビらずにいろっていう方が無理だろう。

 

 だが、屈するわけにはいかない。俺はもう死ぬわけにはいかないんだ。

 

 相手がどれだけ化け物だろうが、桁外れの怪物だろうが、関係ない――全部、殺し尽くす。

 

 それが、あの黒い球体の部屋で生き残り続ける為の、この理不尽で不条理で不合理で不可思議な戦争(デスゲーム)における、唯一無二で絶対不変の(ルール)なんだ。

 

 俺は、こっちを見て笑う奴に、俺に向けて惜しげもなく殺気を放つ怪物に――笑みを返した。

 

 不敵に、不気味に、笑ってみせた。

 

 嘗められるな。屈するな。

 

 心を冷やせ。恐怖を呑みこめ。

 

 例え相手がどれだけ強かろうと、俺は誰よりも“(つよ)い”。

 

 だからこそ、勝てる。殺せる。

 

 こんな最強、恐れるに足らない。

 

 目線を逸らさず、ただ肺を大きく膨らまし、深呼吸を一回。

 

 震えが――止まった。

 

「…………ふっ。面白いな、貴様」

 

 グラサンがそう呟いた時、俺の背後の新垣が悲鳴を上げた。

 

「え!? な、なんですか、これ!?」

 

 それと呼応するように、俺の視界の先の桐ケ谷も戸惑いの声を上げる――その頭部が、徐々に消失し始めていた。

 

「こ、これって!?」

 

 桐ケ谷が大きく剣を振るって金髪との距離を開けると、こちらに目を向けてきた。

 

 俺は頷き、背後の新垣にも聞こえるように声を出す。

 

「大丈夫だ。すぐに還れる」

 

 コイツ等に情報を与えないように、必要最低限の言葉だけを告げる。すると、桐ケ谷は頷き、新垣の悲鳴もなくなった。

 

「……ちっ、逃がしたか」

「……お預けだな」

 

 金髪は吐き捨てるように、グラサンはこちらを見て楽しそうに、告げる。

 ……完全に目を付けられたようだ。しかも一番強い奴に。……はぁ。

 

 ……俺の転送も始まったようだ。

 俺はあいつに目を向ける。

 

「…………」

 

 大志。川崎大志。

 

 俺の同級生の川なんとかさんの弟で、小町の同級生で永遠のお友達で。

 

 こんな戦場に、こんな地獄に相応しくない、ごく普通の人間。

 

 普通の人間だったはずの何か。“あっち側”の何か。普通の人間だと、俺はずっと思っていた。

 

「…………」

 

 大志は何も言わない。

 ただ、悲しげな瞳で、諦めた眼差しで、俺から目を逸らさないだけだった。

 

 俺も何も言わない。

 その物言いたげな瞳を、だが何も話したくなさそうな眼差しを、ただ黙って受け止めるだけだった。

 

 結局、大志は俺達に何もしなかったけれど――どうなんだ?

 

 お前は、人間なのか? それとも――星人(てき)なのか?

 

 ……まぁいい。転送が始まった以上、今ここでどうこう出来る問題じゃない。大志は日常パートでも接触できる。……スーツと銃はいつも通り持って帰らねぇとな。

 

 そういえば、後一人、あのドレッド野郎はどうしたんだ?あんな好戦的な性格をしておきながら、結局最初の攻撃以降何も――

 

「ぎゃぁぁああああああ!!!!」

「――!!」

 

 突然、響く絶叫。

 俺は悲鳴の方角に目を向けると、そこには――

 

 

「――――――な、んだと?」

 

 

 そこには、美しい“鬼”がいた。

 

 白いパーカーを鮮血で染め上げ、奴は微笑んでいた。

 

 あの、見る者を残らず不快にさせる――懐かしい、笑みを浮かべていた。

 

 もう見ることが出来ないはずの、死んだはずの、まだ生き返らせていないはずの、奴が、いた。

 

 

 

「――――中、坊……?」

 

 

 

 中坊だった。

 

 あの、田中星人のミッションの時、俺を庇って、俺のせいで、死んだはずの。

 

 まだ生き返らせていないはずの、大志以上に、ここにいることが、あり得ないはずの。

 

 中坊が、あの中坊が、そこに居た。

 

 真っ白のパーカーを、おそらくはそのドレッド野郎の血で染め上げて。

 

 その右手を――――巨大な刃へと変えて。

 

 

 ……やい、ば?

 

 

「お前……“何”だ?」

 

 金髪ホスト風の男が、その手から銃を創り出して、中坊へと突きつける。

 

 …………なんだ? どうなっている? 中坊は“鬼”だったが、あくまで人間だったはず。だが、目の前の奴は手を刃に変えている。変形している。目の前の男達のように。怪物のように。化け物のように。人間ではありえない。ただの人間じゃない。只者じゃない。なんだ? コイツは“何”だ? 中坊じゃないのか? 違うなにかなのか? なら何故中坊の姿を?

 

 ダメだ、分からない!! そうしている間も俺の転送は進む。この場から消えていく。あの部屋に送られていく。くそっ、待ってくれ! そこに中坊がいるんだよ! やっと会えたんだ! もう少し待ってくれガンツ!!

 

 すると中坊は、中坊のような“何か”は、こちらを見て、にこっと、まるで中坊のように無邪気に無機質に笑って、言った。

 

「期待してるよ――」

 

 

「――早く、■■■■■を、生き返らせてあげてね」

 

 

 その言葉と共に、奴は“裂けた”。

 

 顔面に亀裂が入り、そこから裂けるように“開いた”。

 

 まるで、食虫植物が獲物を迎え入れるかのように、まるで、獲物を捕食する為に口を大きく開けるかのように、顔面が、人体が、バラバラに裂けて、開いた。

 

 その中には――体内には、目が、眼球のような何かが剥き出しでそこにあって、それが生々しく生理的嫌悪感を与える。人体が裂けて開いたにもかかわらず、血は一滴たりとも流れていない。

 バラバラに裂けた顔面の肉片のそれぞれの先端が刃に変わり、それが物凄いスピードで、金髪やグラサン、そして大志に向かって、生き物のように襲い掛かった。

 

 

 その姿は、紛れもなく化け物で、分かりやすく――異形だった。

 

 

 

 そこで、俺は完全に転送された。

 

 

 人間という仮面をつけた化け物同士の戦いがどうなったのか、見届けることは出来なかった。

 




 次回、採点。そしてかっぺ星人編の最終回。

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