俺が『あの部屋』への帰還を果たした時、既に残りのメンバーは顔を揃えていた。
葉山隼人。
相模南。
そして、あの中坊。
俺を含めて……四人。始めこの部屋にいたのは九人だったから、結果的に半分以下になっちまったわけか……。でも――
「へぇ~。残ったね。僕以外に生き残りがいることすら稀なのに、こんなに生き残ったのなんか本当いつ以来かなぁ~」
中坊はニコニコと笑っている
顔立ちは整っていて、中学生という年齢も相まって、普通ならかわいいとでも言われる筈の笑顔だが――コイツの笑いは人を不快にしかさせない。
「なに、コイツ……キャラ変わってない?」
相模は嫌悪半分恐怖半分といった表情を浮かべる。要するに引いている。
「比企谷……」
葉山は痛ましげな目でこっちを見る。
何か言いたげだったが、別にこっちは葉山と話すことなんかない。
……後ろで相模も気遣わしげな表情をしていた気がするが、気のせいだろう。
それよりも、俺には中坊と話さなければならないことが山ほどある。
「おい、それよりも採点とやらはいつ始まるんだ?」
俺は葉山が何かを言いかけるのを遮るように中坊に話かける。
「採点……?」
「なにそれ? ああもう、どういうこと!? アンタ、いい加減説明してよ!」
俺の疑問に葉山と相模が乗っかる。相模の口ぶりからして、俺が来るまでにどうやら中坊に色々と疑問をぶつけていたらしい。
中坊は、そんな俺達を愉快そうに見ながら口を歪ませて言った。
「まぁ、そう焦るなよ。すぐに『ガンツ』が採点を始めるさ」
ガンツ?
また新しいキーワードが出てきた……本当に勘弁してくれよ。
俺がうんざりしていると、黒い球体に表示されていたタイマーがゼロになる。
もしかしたら、これが噂の制限時間ってやつか? ……なら、本当にぎりぎりだったってわけだ。
チーンとレンジのような音が鳴り、タイマー表示が吸い込まれるようにして消えた後、球体表面に新たな文字が浮かび上がる。
【それぢは ちいてんを はじぬる】
「採点……どういうことだ? いったい何が始まるんだ?」
「いいから黙って見てなよイケメンさん。どうせアンタは0点なんだからさ」
ゲームクリアの後の、採点タイム。
……とことん、あの殺し合いをゲームにしたいのか。
『うちぃ~』0点
ビッチ過ぎ
男の後ろに隠れ過ぎ
「…………え!? これ、うちのこと!?」
「0点か……」
相模は確か戦闘にはまったくといっていいほど参加していない。
ただ生き残るだけでは、0点ってことか。
……どうすれば、この点数とやらは手に入るのか。
そして、この点数を溜めるといったい何があるのか……。
このゲームは、一体、何を目指して開かれているゲームなのか――分からないことだらけ、知らなくてはいけないことだらけだ。
『イケメン☆』0点
ビビリ過ぎ
口だけ過ぎ
嫉妬し過ぎ
「……くっ!」
「葉山くん……」
葉山も0点か。戦っても、倒さなきゃ点数にはならない、ってことか。
ということは、あの子供のねぎ星人を倒したのは葉山じゃない――そりゃそうか。葉山にそんなことは出来ないだろう。
……にしても、このコメント。
コイツ、俺達のメンタル面すら把握してるのか。葉山が嫉妬って……俺には、想像できないな。興味もない。
『ぼっち(笑)』0点
ぼっちの割に人助け過ぎ
頼りになり過ぎ
色々と鋭過ぎ
「ははは! アンタ絶賛じゃん!! よかったねぇ~ははは!!」
「…………っつても、0点だろうが……」
何、この中坊。俺のこと好きすぎでしょう? 俺は絶賛同族嫌悪発動中だってのに。
……確かにコメントの内容は悪くない。ってか適当だ。ゲームにありがちな次回へのアドバイスってわけじゃなさそうだし。
不親切な所はとことん不親切だな、コレ。あのでっかいねぎ星人のことも教えてくんなかったし。
…………次回、か。
『厨房』3点
Total 90点
あと10点でおわり
「ッ!!」
「90点って……アンタどんだけこんなことやってんのよ……」
いや、そこじゃない! 確かにそこも重要だが、もっと大事なことがある!
「おい、中坊!! あと10点で“おわり”ってどういうことだ! 100点集まれば、一体どうなるんだ!!」
俺は中坊に詰め寄る。俺の剣幕に葉山も相模も引いてるが、そんなことは知ったこっちゃない。
「答えろ!!」
「ふふふ。知りたい?」
今ばかりはコイツのニヤニヤ笑いが腹が立つ。
胸倉を掴み上げたい衝動に駆られるが、今は我慢だ。
コイツの機嫌を損ねたら、肝心なことが聞けなくなる。
「100点メニューを選ぶことができる。あとは、ガンツに聞いてくれ」
コイツッ……。
「落ち着け、比企谷! 今、コイツを殴っても何の解決にもならない!」
葉山が俺と中坊の間に割り込む。
クソッ、コイツ分かってるのか!? 今、俺達がどれだけ
「それから……君? 君は俺達より、随分この状況に詳しそうだ。……教えてくれないか? ここは何なのか? そして、俺達はどうなってしまったのか?」
葉山が中坊に話しかける。まだ、俺は聞きたいことが山ほどあったが、相模が俺の腕をとって「落ち着きなよ」と窘めたので、しぶしぶ引き下がる。
だが、アイツは葉山を舐めきっている。
あの初めてのやり取りの時に葉山は完全にやり込められていて、中坊は葉山を下に見てるし、その後も何かあったのだろう。
このクソ中坊――こういうタイプは、自分より下と見る人間には恐ろしく強気に出る。もしくは、相手にされない。
「え~どうしよっかな~? 知りたい? 知りたいよね? どうしようっかな~。教えちゃおうっかな~。それともやめよっかな~」
案の定、中坊はニタニタと笑いながら、覗き込むように葉山を見上げる。
葉山はそんな中坊に、怒るどころか、まるで恐れるように一歩下がり、反射的に距離を取る。
本当に……一挙手一投足が気持ち悪い奴だ。この部屋もそうだが、俺にはこの中学生も心底恐ろしい。
「――ま、いっか。時間は限られてるし、その間なら何でも答えちゃうよ! 今日は面白かったから、機嫌がいいんだ♪」
……だが、取りあえずこの調子なら、こっちの疑問には答えてくれそうだな。
自分だけ知っていて、他の誰も知らない。
そういう自分が完全に強者のこの状況が、コイツには堪らないんだろう。らしい歪みっぷりだ。
「おもしろ……っ! アンタねぇ!」
「!」
相模が食ってかかろうとしたのを手で抑える。
「なに「ここはアイツから一つでも情報を聞き出した方がいい」………くっ」
俺の囁きに、相模がしぶしぶ引き下がる。ったく、俺に落ち着けと言ったのはお前だろうに。
ここでコイツの機嫌を損ねたら、まさしく命を落とすかもしれない。
……今日のような命がけのゲームは、これから幾度となくあるだろうからな。
「………………」
それに、アイツは言っていた。この後は各自、自分の家に転送される、と。時間が限られているとは、そういうことだろう。
本当は俺が自ら質問者をやりたいが、状況的にその役目は葉山だ。
葉山がこちらを向いて、頷く。……任せてくれってか。
しょうがない。ここは聞き手として、少しでも状況を探り、少しでも多くの情報を得る。
……そして、俺の転送が、
「ありがとう……。それで、まず最初の質問なんだが…………君は今日のようなことを何回も繰り返しているのか?」
……葉山。質問が軽すぎだ。最初は軽くって言っても、時間が限られているんだ。もっと切り込め。
「うん、そうだね。最初にここに来たのは、一年くらい前かな?っていっても僕も初期メンバーじゃない。僕が来るずっと前から、この部屋ではこんなことが繰り返されていたらしいよ。死んだ人間が集めらて、その死人もま死んだら――更に
……あれで、優しかったのか。半分以上が死んだ、今回のゲームが。
適当に死人を蘇生させ、また殺して、また適当に生き返らせる。
まるで神だな。
人間の命なんて、いかにもなんとも思ってなさそうなところが特にそれっぽい。
「……やっぱり、俺達は死んだのか」
「ん? どういうこと?」
「……さっきのゲーム中、俺達の姿は一般の人には見えていないようだった。お前もさっき、死んだ人間が集められるって、はっきり言った。……なぁ。俺達は、
一般人には見えていない。そのことは、俺も初耳だった。
……まぁ、考えてみれば納得か。あれだけの惨状――にも関わらず、誰も警察を呼ぶ気配すらなかったのは、一般人には感知できなかったからか。……もう何があっても驚かないな。余りにも色々とSF過ぎる。
そして―――俺達は、本当に俺達なのか、か。
葉山の言うことは、感覚的過ぎるが、何となく分かる。
俺達――――少なくとも俺には、死にかけた、というより死んだ記憶がある。
命が消えていく実感が、流れていた走馬燈が、はっきりと思い出せる。
はっきりと残る、己の死の感触。
にも関わらず、俺は生きている。
俺は――本当に、俺なのか?
「死にかけるような重傷を負って、死ぬ間際に助けられた者がここにやってくる。僕は、そう考えていたよ」
……考えて“いた”、か。
「今回はそんな奴らはいなかったけど、ミッション中どんな大怪我をしても、生きてさえいれば、ここに無傷の状態で戻ってこれるんだ。その技術を応用して、そんな風に死者を蒐集しているんだと思ってた」
「っ! じゃあ、うちら実はみんな生きてるの!?」
「“いた”、って言ってるだろ。国語力ゼロかよビッチ」
「はぁ!? ビッチいうなし!! 年下のくせに!!」
なんか由比ヶ浜っぽかったな今の。……ってか急な毒舌だな。キャラ作りも適当なのか、この中坊は。
いや、そんなことより今は、こんなコメディパートを差し込んでいる場面じゃない。話を逸らさせるな。
俺は相模を遮るようにして中坊に問う。
「っていうことは、違ったのか?」
中坊は、割り込んできた俺に向かって楽し気に答えた。
「……僕の考えでは、オリジナル――つまり、
今の僕達は、ガンツによってつくられたコピー。ファックスと同じなんだよ――そう、中坊は言った。
「っ!!」
「ッ!? 嘘……」
葉山が瞠目し、相模が蒼白する。
俺は、震える手で誤魔化すように拳を握りながら、喉から言葉を搾り出した。
「……どういう、ことだ?」
中坊はニヤリと笑う。不快に笑う。
まるでこの部屋の一部であるかのように、笑う。
「――こんなことがあった。ずいぶん前の話だ。一人のおっさんがここに集められた」
その男の死因は飛び降り自殺だったという。
理由は会社をクビになり、借金で身動きが取れなくなったことを苦にしての突発的な衝動だったと。フィクションにすらありがちな分かり易い自殺例だ。
その時のミッションは今回のねぎ星人と同等の難易度で、中坊と、その自殺したオッサンが生き残ったらしい(そのオッサンは終始逃げ惑っていただけらしいが)。
今のように採点を終えて、おっさんと中坊は日常に帰った。
そして、何の因果か日常世界で中坊と邂逅したそのおっさんは――今にも死にそうな真っ青な表情で、中坊に詰め寄って、言ったそうだ。
――『家に帰ったが誰もいなかった! ……家族が、“俺”の見舞いに病院に行っていたんだ!』
……怖いな。
今まで聞いたどんな怪談よりも、よほどゾッとする話だ
相模は、真っ青だった顔から更に血の気を失せさせながら、呆然と呟く。
「それっ、て……」
「簡単な話だよ。何の意外なオチも、叙述トリックもない、そのまんまの話。そいつは
だけど、その男は死人としてこの部屋に集められた。
生き残って、日常へと帰ったら――そこには、死んでいなかった自分がいた。
「――結果、そいつは世界に『二人』存在してしまうことになった。まぁ、
でも、これで分かったでしょ? ――と、中坊は笑う。
恐ろしく、黒く笑う。
「僕達はガンツの遊びに付き合わされるために作られた
ただのコピーなんだよ――その軽い言葉は、この無機質な部屋に嘘のように響いた。
その静寂を、少女の悲鳴が掻き乱す。
「……ぁぁぁぁああぁぁぁああああああああああああ!!!」
「っ! 相模!?」
「さ、相模さん!! 落ち着いて!!」
葉山の声すら届かないとばかりに、相模は狂ったように泣き叫ぶ。
自分は偽物。本体は死んでる。
そんなことを、ただの女子高生が――常人が、容易く受け入れられる筈がない。
受け入れられる奴が異常なんだ。目の前の中学生が――異常なんだ。
異常な少年は、何処にでも居そうなただの中坊は、そんな俺達を見てクスクス笑っている。
この残酷過ぎる現実を受け入れる為には、この部屋に適応する為には、コイツのように、ある種壊れなければいけないのだろう。
「安心しなよ。ミッション中以外なら、ちゃんと他の人間にも見えるし、声も届く。今まで通りに過ごせるよ。それに、こんな面白事件は滅多にないんだ。大概は本体はきちんと死んでるし、その上で人知れず処理されてるから、何食わぬ顔で戻れるよ。本物面して帰れるよ。ていうか、普通にラッキーだと思いなよ。君達は事故死――――望んで死んだわけじゃないんだろ? 普通はできないコンティニューができて、そうして立って息をしていられるんだぜ? +《プラス》に考えなよ。不幸ぶるなよ。ネガティブに生きたってつまんないだろ」
中坊は笑う。ニコニコと笑う。
コイツは始めっからこうだったのだろうか。それとも、この理不尽なデスゲームを生き抜いている内に、こうなってしまったのだろうか。
どっちにしろ、コイツはヤバい。この中学生は――ヤバい。
俺は、自分の訳分からない今の状況より、分かり易く怖いコイツの方が恐ろしい。
「お。残念。時間切れだね~」
中坊が転送されていく。
ミッションに送られた時と同じように、まるで世界から消失するように。
……これで、終わりなのだろうか。
それとも――何かが、始まったのか。
「あ、それからここのことは他の人間に話さない方がいいよ。頭が吹き飛ぶから」
ビクッと相模が震える。
……エリア外に出た、あのおっさんのようにか。
「じゃあね~♪ 大丈夫、またきっと会えるさ♪」
そんな死亡フラグと共に、中坊は完全に転送された。
笑えない状況で、笑えないことを平気でする奴だ。
中坊は、俺達に不安と恐怖と絶望だけを与えるだけ与えて去っていった。
異様なこの部屋で分かり易く異質だった存在が消えたことで、残された俺達に僅かながらのほっとした空気が流れるが―――今ばかりは、それに流されるわけにはいかない。
一人転送されたってことは、俺達もすぐに転送されるだろうが――俺には、まだやらなくちゃいけないことがある。
確かめずにはいられない――重要事がある。
俺はすぐさま黒い球体――ガンツの前に移動した。
「比企谷……?」
「ガンツ。100点メニューとやらを見せてくれ」
葉山も相模も、俺の行動の意図が読めないらしい。
だが、これは今後を左右する、大事なことだ。
ガンツが、その表面に100点メニューを表示する。
【100てんめにゅー】
【・きおくをきされてかいほうされる】
【・つよいぶきとこうかんする】
【・めもりーからひとりいきかえらせる】
「……やっぱり、か」
「これは……」
「かいほうって……」
二人とも、驚きを隠せない。
だが、俺はそんな二人のリアクションよりも、推測が当たっていたことに対する安堵と昂揚に身を震わせていた。
思った通りだ――これなら、まだ、俺は。
「比企谷! これは……?」
「……アイツの話を聞いていて思った。まるでゲームみたいだって。それなら、これだけ危険なゲームで100点を集めるなら、それ相応の“ボーナス”があると思ったんだ」
「ボーナス?」
「このかいほうは……たぶん、解放――このデスゲームから抜け出せるってことだと思う。記憶を消して、情報漏洩を防ぐって策も講じるなら、きっと今まで通りの平穏な日常に戻れるんだ。……こんな残酷な記憶、なくなった方がいいしな。」
「っ!! そ、それじゃあ、本当の意味で助かる日が来るの!?」
「――ああ。きっとな」
相模はパァと顔を輝かした。しかし、すぐに表情を曇らせ、俯く。
「どうした?」
「……でも、その為には100点を稼がなくちゃダメなんだよね。あんな化物だって、3点しか…………100点なんか、とても」
相模の声がどんどん暗くなる。
心なしか、葉山の顔色も悪くなっている。
…………………。
「ガンツ。メモリーとやらを見せてくれ」
俺の言葉に、俯いていた二人が顔を上げた。
100点メニューが吸い込まれたガンツの表面に、今度は次々に幾つもの顔写真が表示され始める。
その最下列の右下には――今回のミッションで死んだ、あの大人達の写真があった。
「こ、これって――」
「……恐らく、これまでのガンツゲームで亡くなった人達だろうな」
「……こんなに、たくさん……ッ」
相模がまた怯え出す。
葉山の表情も、尚も暗い。
…………逆効果だった、か?
だが、俺の考えが正しければ、これはきっと希望になる。
俺の推論でしかないが、これは公算の高い推測のはずだ。
「100点メニューの三番。覚えているか?」
「え?」
「…………!」
俺は、黒い球体から――葉山と相模の方に向きなおして言う。
「メモリーから、一人生き返らせるってあったろ」
葉山も、相模も――息を吞み、瞠目する。
「……あ」
「比企谷……お前」
「あれだけ恐ろしいゲームだ。100%毎回生きて帰れるなんて、口が裂けてもいえない。お前を絶対死なせないなんて言えねぇよ。俺はそんな、ヒーローなんてガラじゃないしな」
言葉を続けるにつれ、俺はそっぽを向きながら声のボリュームを分かり易く落としていった。
……なんだこれ。なんだこれ。俺っては何キャラじゃないこと言ってるの? デスゲーム帰りでハイになっちゃったの?
しかし、そっぽを向きかけた所で、きょとん顔の相模と目が合い――俺は、きっと今夜は枕に顔を埋めながら発狂することになるだろうことを覚悟して、きっともう二度ということはないであろうキャラ違いの台詞を、ぼそぼそと気持ち悪く言った。
「……だが、もし万が一、お前が死んだら。……絶対に……生き返らせてやるよ。………俺か…………………葉山が」
…………ああ。なんかもう、逆に俺が死にたい。
むず痒い。何よりも恥ずい。こんなの似合わないってかキモ。キモ谷くんか俺は。
案の定、相模はぼかんと呆気に取られたような表情をしていたが――ぷっと笑って、俺の背中をバシバシとデリカシーゼロな笑い声と共に叩いた。
「ぎゃはは! 何それ!! だから、カッコつけるなら最後までカッコつけなって! 最後ので台無しじゃん!」
「ううううっせ! 俺だけだったらどうせお前信じねぇだろうが」
「当たり前じゃん。っていうか、どうせなら死なないように守ってよ」
「残念だったな。こちとら自分の身を守るので精一杯だ」
「うわっ。さいてー。葉山く~ん。比企谷は頼りになんないから~。うちのこと守ってね♡」
相模が取り戻したぶりっ子仮面の笑顔で葉山の方へと向き直る。
だが、葉山は――遠い何処かを見るような顔で、呆然としていた。
「…………………」
…………? 葉山?
「葉山くん?」
「ッ! あ、ああ。もちろんだ。それにあんな憎まれ口を叩いてるが、いざという時はヒキタニくんも相模さんを守ってくれるさ」
「え~。信用できな~い」
「オイコラ」
姦しさを取り戻した相模が俺に失礼を働いた所で、相模の頭頂部に電子線が照射された。
「あ、うわっ、きた。……ね、ねぇ。これ大丈夫なんだよね。ちゃんとうちの
うちのウチってわかりづらっ。
「大丈夫だよ。また明日、学校で会おう」
葉山はそう言って、相模を見送る。
……正直、現実がどうなっているのか、本当の所は、まだ分からない。
もしかしたら俺達は本当に死んだことになっているかもだし、再び全く知らない場所に飛ばされている可能性もある。
だが、ミッション中一般人からは見えなくしたり、解放する時も記憶消去したりと――この部屋は、あの球体は、情報漏洩には比較的しっかりしているように思える。
たぶん、何事もなく学校に行けるくらいには、身辺は整理されているだろう。
それもまた、ゾッとしない話だが。
「わ、分かった。じゃあ、また明日学校でね。葉山くん。………………あ、ヒキタニも」
「ねぇ、今完璧に忘れてたよね。俺の事、完全についでだったよね」
相模はクスッと笑いながら――柔らかい笑みと共に、完全に転送されていった。
「……さて。後は、俺達だな」
「…………なぁ、葉山おま「ヒキタニ君。今日は本当にありがとう。君がいなかったら、俺達は本当の意味で死んでいたのかもしれない」……もう、死んでんのか、生きてんのか、よく分からんけどな」
葉山は、ははと爽やかに笑う。
だが、その爽やかイケメンスマイルに――陰りがあるような気がするのは、気のせいか?
あの時、俺が来るまでの間に何があった?
そう聞いてみたい衝動が一瞬湧いたが、すぐにどうせ聞いても答えないだろうと思い直す。
何故なら、きっと逆の立場だったら――俺ならコイツだけには、絶対に答えないだろうと思ったからだ。
それに――そんな個人的な感情よりも、今は優先しなくちゃいけないことがある。
「葉山。明日、話せないか? 今日の事で、ちゃんと情報を交換しあった方がいい。次のミッションってやつが、一体いつくるのか、その辺の情報は手に入らなかったからな。出来る限り早い方がいい」
「…………………………」
「葉山? どうした?」
「……いや、分かった。確かに必要だな。昼休みでいいか? 相模さんには俺から伝えておく」
「そうしてもらえると助かるが……三浦達には怪しまれないようにしろよ」
「ああ。分かってる」
そして、葉山の転送が始まる。
相模と違い終始落ち着いていたが、その表情は家に帰れると晴れやかだった相模と違い、暗く陰りがある。
葉山は、顔が消える瞬間、俺の方を見た。
その目は、いつもの同情の視線ではなく、だが葉山から初めて向けられる類ではない感情が篭った視線だった。
「君は……本当に強いな」
何かを呟いたかのように見えた。
だが、それはあまりにも小さい呟きで、転送時の電子音に紛れて聞こえなかった。
俺は何も聞き返さなかった。
そして、葉山は完全に転送され――黒い球体の部屋には、俺一人が残された。
+++
……コイツ、ガンツだっけ、本気で俺のこと嫌いなんじゃねぇの。
むしろ好きなのか!? 俺と二人っきりになりたいのか!?
……球男×ひねくれぼっち野郎って誰得カップリングだよ。さすがの海老名さんでも……いや、あの人なら許容しかねんな。
「………………」
静かに電子音が響く。
俺の転送が始まった。
その間――俺は、この黒い球体以外は何の調度品もない、簡素な2LDKを眺めた。
次、この部屋に送られるのはいつなんだ。
ミッションは一体どれくらいの頻度で、どれくらいのインターバルを持って行われる?
中坊の言い方だと難易度はランダムのようだが――今回のミッションはチュートリアルのようだと言っていた――なら、恐らくは次のミッションは今回のとは比べ物にならないんだろう。対策は必須だ。
出来る限り期間が欲しい。
明日? 一週間後? それとも――いや、だが。
希望が――ないわけじゃない。
道はある。方法はある。光明はあるんだ。
だから――俺は。
目を、瞑る。
そして、誰もいない、黒い球体の部屋に——決意を表明する。
「……稼いでやるよ。100点でも、200点でも、300点でもな」
苦境に立たされるのは慣れてる。俺は、そんな中、ずっと一人で生き抜いてきた。
ずっと、戦い抜いてきた。
だから――俺は。
絶対に、生き残る。
+++
こうして、俺の一夜の戦いは幕を閉じた。
それは、まるでアニメや漫画のような非日常で。
夢や幻と言われた方が、よほど納得が――――
+++
「お兄ちゃん! いつまで寝てるの!? 小町的にポイント低いよ!!」
「頼む……あと10分だけ寝かせてくれ……お兄ちゃん昨日は宇宙人と殴り合って疲れてんだ」
「そんな二秒でバレる嘘吐かないで! ほら早く! 今日は日直で早く行かなきゃいけないんだから! 小町が!」
「お前がかよ……なら歩いていけよ……なんで俺がお前の為に早起きしてチャリ漕がなきゃならんのだ……」
「何言ってるの! 可愛い妹の為に30分くらいの早起きなんてことないでしょう!」
体は重い。瞼も重く、中々直視出来なかった。
けれど――いつまでも夢を見てはいられない。
現実からは逃げられず、俺は制服を取り出そうと、クローゼットを開けた。
「嘘なら…………それでハッピーエンドだったんだがな」
そこには――現実が転がっていた。
あの一夜の非日常が、地獄が、戦争が。
嘘でも、夢でも、幻でもないということを――現実だということを。
気がついたら持って帰ってきてしまっていた――漆黒のスーツと近未来的な丸い短銃が、何よりも雄弁に物語っていた。
そして、彼は囚われたまま日常へと帰還する。
次章予告
『黒い球体の部屋』から帰還し、日常へと戻った八幡達。
何も変わっていない筈なのに、何かが変わった世界に戸惑いながらも、束の間の平和を実感する――間もなく、彼らは再び、黒い球体の部屋へと、凄惨な戦場へと呼び戻される。
そこで繰り広げられるのは、一度目を遥かに凌駕する、見たこともない戦争だった。
「そして、今の時点で確定しているのは、必ず、次のミッションがあるということだ」
「俺、しばらく奉仕部休むわ」
「ふざけんなよっ!! そんな話信じられるわけねぇだろぉ!!」
「なんで殺した?」
「由比ヶ浜は、雪ノ下の傍にいてやってくれないか?」
「何やってんだ……俺は」
「……君さぁ。ちょっと調子に乗り過ぎだよ」
「うん! 任せて! ゆきのんは、絶対あたしが一人にしないよ!」
「信じられようと、信じられまいとそれが現実なんだよ!!!」
「どうでもいいよ。さっさと殺しなよ」
「助けに行こう」
「宇宙人をやっつけにいくんだよ」
「僕は、悪くない」
「そこで見てろ」
「アンタ達より、僕の方が100倍役に立つ」
「星人と戦おうと思う」
「はぁ……はぁ……アンタ、何してんの?」
「逃げろ!! そのスーツは壊れたんだ!! 直撃を喰らったら死ぬぞ!!」
「私だって……負けたままじゃ嫌なの!! ……これ以上、みじめになりたくない!!」
「……お前らぁぁぁぁぁあああああああああああアアアアアアアアア!!!!!」
「お前さ、死ぬの怖くないの?」
「死にたくないよ」
「死にたくないなぁ……」
「裕三君?」
「裕三君」「裕三君」「裕三君」「裕三君」「裕三君」
「………………それしかない、か」
「アンタなら辿り着けるよ。カタストロフィまで」
「こんなとこで、つまんなく死ぬな」
「バイバイ。ヒーロー」
「
【比企谷八幡と黒い球体の部屋】――田中星人編――
――to be continued