比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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……今更ながら、東条を少年と表すのはなんか違和感。むしろ漢と呼びたい。
なので、前に東条を少年と呼称したサブタイは直しておきました。……八幡や和人の方が年上なんだけどなぁ(苦笑)


男は、渇きを癒すべく、己が身一つで巨人に挑む。

 その男は、渇いていた。

 

 強さに憧れ、強さを欲した。喧嘩(たたかい)の中でこそ最高の充足感を得られた。

 

 天下の不良高校。県下最強の巣窟。力こそが全て。

 そんな謳い文句に惹かれて、石矢魔高校に入学した。(学力的に他に入れる高校がなかったというのも理由だが)

 

 だが、楽しい日々もすぐに終わりを告げた。

 

 東条英虎は、そこでも圧倒的だった。

 

 あっという間に頂点に上り詰め、石矢魔最強の称号と共に――東条英虎に立ち向かってくる猛者はいなくなった。

 

(……つまらねぇ。……退屈だ)

 

 その男は、渇いていた。

 

 その虎は――どうしようもなく、飢えていた。

 

 

 

「――――か、はっ」

 

 その虎は、今、歓喜している。

 

 全身の細胞が歓びに打ち震えている。

 

 目の前には、巨人がいる。全長はおそらく8~10m。あの東条が見上げなければならない怪物。

 

「――――ははは!」

 

 その怪物が、自分を殺そうと向かってくる。

 

 そんな怪物と自分は今、タイマンを張っている。

 猛烈な勢いで繰り出される攻撃を、紙一重で躱していく。

 

 そして、足元に潜り込み、拳を握り、渾身の力で殴りつけた。

 

 これが人間相手ならば、数十メートルは吹き飛ぶであろう、常人離れした威力の拳。

 

 だが――目の前の怪物は、ビクともしなかった。代わりに自分の体に、痺れるような反動が返る。

 

「――っ」

 

 思わず口元がにやける。

 

 そして怪物は、そのまま東条が殴りかかった足を強引に前に突き出した。

 

「うおっ!」

「な、なんだぁ!?」

 

 ガシャンッ!! と大きく吹き飛ばされた東条は、そのままロータリーに集まっていたパトカーの一台に激突した。

 

 東条は、哄笑する。

 

「――は、ははは、はははははは!!!」

 

 強い。強い。強いッ!

 

 なんだ、なんだこの怪物は! この世界には、こんなにとんでもなく面白い生物がいたのか!

 

「……いいなぁ……やっぱりこうでなくっちゃなぁ……」

 

 東条はゆっくりと身を起こしながら、口元の血を手の甲で拭う。

 

 つぶらな瞳の巨人はこちらに向かって悠々と歩いてくる。

 

 東条はそれに好戦的な笑みを返しながら、地面に転がっていたそれを手にとった。

 

「……これでいいか」

 

 東条が転がっている鉄パイプを拾い上げるような感覚で手を伸ばしたのは――――街灯だった。

 

 この広大なバスロータリーを照らすべく現代的なデザインで周辺に屹立していて、T・レックスが暴れ回った際に破壊されて倒れていた、長さはおよそ4mほどのそれを、迷わず両手で掴み、持ち上げ、抱える。

 

「さぁて、こっからだ」

 

 そして、その街灯を、まるで棍棒のように振り回した。

 

 その人の身に合わぬ巨大な武器を持ってしても、巨人の腹までしか届かない。だが――

 

「――ぬおっ!」

 

 ふら、ふらと、先程まで東条の攻撃をものともしていなかった巨人が、確かにふらついた。

 

 東条は体をぐるりと回転させ、長大な街灯を、今度は巨人の逆サイドの横っ腹に叩き込むべく、遠心力をたっぷりと手に入れながら、振り抜いた。

 

「らぁっ!」

 

 だが、今度は巨人も右腕でその一撃を防ぎ、東条は反動で大きく弾かれる。

 しかし、巨人もノーダメージとはいかず、自身も反動の影響を受ける。

 

 そして東条は、その後ろに弾かれたエネルギーも利用し、袈裟斬りのように街灯を渾身の力で振り抜いた。

 

 ガシャァン!!! と先端の電灯部分が破壊される。

 

「ぬぁぁあああ!!!」

 

 その渾身の一撃は巨人にも大きなダメージを与えたようで、苦悶の絶叫が響いた。

 

 そして東条はその悲鳴を聞いても一切の追撃の手を緩めず、そのまま下から突き上げるように、電灯が破壊されたことでギザギザに尖ったその先端を巨人の下腹に突き刺そうとする。

 

 が、巨人はそれをがっしりと両手で掴み、その突きの勢いを完全に受け止めた。

 

「……ちっ」

「お、おでのッ、どごが、なばってんだぁ……っ」

 

 両者、力比べの様相を呈し、膠着状態に陥る。

 

 ギチ ギチ ギチ と、巨人と人間による、ただ純粋な腕力の比べ合い。

 

 そして、その軍配は――当然のように巨人に上がった。

 

 グググ と、あの東条の体が宙に浮かびかける。

 

「!」

 

 グッ と更なる力を、東条は自身の真下に向かって加えて抵抗するも、巨人の桁違いの腕力がそれを許さない。

 東条の、人間の枠内でいうならば間違いなく最大級に巨漢といえる体を、ついに、完全に持ち上げた。

 

「……ははっ」

 

 これまで、その圧倒的な(パワー)で最強の名を欲しいままにしてきた、東条英虎。

 そんな自分の渾身の力を、真っ向から、真正面から上回る。

 

 これが、星人。

 

 これが、本物の怪物。化け物。

 

 人間という狭い世界を、嘲笑うかのように簡単にぶち壊してくれる枠外。

 

「いっでみろっでのッッ!!!」

 

 巨人は、街灯を渾身の力で振り抜いた。

 

 東条は再び、先程とは桁違いの勢いで吹き飛ばされる。

 

 今度はパトカーの上を跳ね上がるように激突し、そのパトカーの屋根はグチャグチャに凹んだ。

 

「な、一体何が――!!」

 

 そして、その後を追うように吹き飛ばされてきた街灯。

 それはパトカーのガソリンタンクを貫き――――爆発した。

 

 轟音と共に突如炎上したパトカーに、警察官はパニックになり、ついに完全に職務放棄し一目散に逃げだした。

 

 東条はその悲鳴を、額から流れた血が入ったことで真っ赤になった視界の中でぼんやりと聞き流していた。

 

(あぁ、強ぇな。歯がたたねぇ)

 

 これは決して東条英虎が弱いということは意味しない。

 むしろ、スーツ無しの生身であの巨人に、少なくともまともに戦えるのは、全世界の人類を探したとしても、東条を入れてもほとんどいないだろう。

 

 だって、東条英虎は人間で。

 

 目の前の巨人は星人――化け物なのだから。

 

 強い、弱い、以前に。

 

 同じ物差しで測れない。共通の基準点など存在しない。

 

 同じ土俵に上げてはならないどころか、同じ世界に存在してはいけない。

 

 そんな種類の、そんな枠外の、別種なのだから。

 

 けれど、その男は渇いていた。

 

 その虎は、飢えていた。

 

 自分の血液を熱くしてくれるような、圧倒的な強者の存在に。

 

 そして、その強者への――勝利に。

 

 

 

 巨人は、何の感情も窺えないつぶらな瞳で、燃え盛るロータリーを上から見下ろす。

 

 小さい、巨人から見れば等しく矮小なその身で、自分に向かい続けてきた、その人間。

 

 当然、死んだはずだ。人間が、脆弱で、矮小な人間が、さすがにこんな惨状で生き延びるはずがない。

 

 そのはずだ。

 

 そのはず、だった。

 

 

「うぉぉおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

 炎の海から、轟く雄叫び。

 

 その猛獣の雄叫びと共に――――パトカーが、飛来した。

 

 爆発したパトカーとは、また別のパトカー。

 すぐ近くに停めてあり、いつ誘爆するか分からない、そんな危険地帯に、大して深く考えず、とりあえずこれでもぶん投げてみるかという軽い気持ちで、東条英虎は車を投げた。

 

 1000キロを超える普通車を、10mの巨人の顔面に向かって、投擲した。

 

 グルグルと横回転をしながら、それでも自分に向かって真っすぐ飛来してくるその物体を、巨人は反射的に殴った。

 

 その拳は、何の因果か、これまたガソリンタンクを貫き――爆発。

 

 巨人の顔面の至近距離で、爆発。

 

「ぬがぁぁああああああ!!!!」

 

 爆炎、破片などをもろに浴びて、巨人は大きく仰け反った。

 

 悶え、苦しみ、両手で顔面を覆った。

 

 

 その無防備になったボディを、一本の街灯が貫いた。

 

 

 胸の真ん中を、真っ直ぐに。

 

「お、で、お――」

 

 巨人は一瞬、何が起こったか分からないといった風に硬直した。

 

 そして、真っ赤に充血したその真っ赤な視界で、最後に捉えたのは――

 

 

――何かを投擲したような体勢で、こちらにむかって獰猛な笑みを浮かべる、一匹の虎だった。

 

 

 一人の、矮小な人間だった。

 

 虎のような、人間(もうじゅう)だった。

 

 巨人は、ゆっくりと倒れ伏せる。胸に一本の街灯を生やして。

 

 東条はそれを見届けると、それまでの獰猛な笑みとは違い、ふと柔らかく微笑み――

 

 ビギッ と、全身に嫌な音が響くのを感じた。

 

「……あれ?」

 

 そして、そのまま激痛と共に為す術なく、仰向けに倒れ伏せる。

 

 

 人間の筋力にはリミッターがかかっており、本来出せる力の数割程度しか発揮していない。

 

 それは、人間離れした(パワー)を持つ東条英虎という個体も同様であり、そのリミッターを外したが故に、パトカーを剛速球で投げ飛ばすなどという(わざ)が出来た。

 

 が、そのリミッターは力を出し惜しみしていて、いざという時は外すとご都合的に強化(パワーアップ)するという切り札の様な、そんな便利なものでは、決してない。

 

 むしろこれは安全装置(セーフティ)であり、絶対に外してはいけないから掛けられているストッパーなのだ。

 

 なぜなら、人間の筋肉は、脳の100%の命令に応えられるような強度ではなく、マックスのスペックを発揮してしまったら、ズタズタに破壊されてダメージを負ってしまうのだ。

 

 それは――いくら人間離れしていようとも、人間であることには変わりない、東条英虎という個体も、やはり例外ではない。

 

「はは……動けねぇ」

 

 だが東条本人は、きっと疲れたんだろうなぁ程度にしか思っておらず、本来なら意識を保つどころか、泣き叫んで絶叫してしかるべき激痛が全身を襲っているのも関わらず、爽やかな笑みを浮かべていた。

 

 すぐそこでパトカーが燃え盛り、自分はまったく動けないにも関わらず、満足気な笑みを浮かべていた。

 

 その昔、憧れた、肩に紋様を刻んでいた、東条にとっての強さの象徴の男。

 

 掃き溜めの様な世界で、力がものをいう弱肉強食の世界で、その大きな背中をもって東条にとっての希望となった男。

 

 あの男に、あの背中に、自分は少しでも近づけただろうか。

 

「東条さん!」

「大丈夫ですか!?」

 

 燃え盛る炎の海の向こうから、二人の少年少女が駆け寄ってくる。

 

 心配そうな顔で、一目散に駆けつけてくる。

 

 

『いいか、トラ? 本当に強いってことはな、誰を倒したかじゃない――何を守ったかだ』

 

 

 あの男の言葉を、なぜかふと思い出した。

 

(……オレは、コイツ等を守れたのか?)

 

 思えば、石矢魔最強となったあの日から、自分は誰かのための喧嘩をしただろうか。

 

 誰かを――仲間を守る為、背に誰かを庇うような、そんな喧嘩をしただろうか。

 

 自分の飢えを満たすため、渇きを潤すため――強い誰かを、強い何かを。

 

 そんな、自分の為の喧嘩しか、していないような気がした。

 

 退屈だった。毎日がつまらなかった。

 

 自分の何かが鈍り、憧れた強さから遠ざかっていくような焦りがあった。

 

 だが、それは、周りが弱くなったからじゃなくて、強者との出会いがなかったからじゃなくて。

 

(……俺が、つまらなくなったから。……俺が弱くなってたから、毎日が退屈だったのか)

 

 今日、自分は何かを――コイツ等を守れたのだろうか。

 

 ならば自分は、ほんの少しでも、あの男に、あの背中に――あの憧れに、近づけたのだろうか。

 

 東条英虎は、そんなことを思いながら、激痛ゆえではなく、満足のいった喧嘩(たたかい)の充実感と心地よい疲れと共に、眠るように意識を手放した。

 

 

 

 

 

「え、東条さん!? 東条さん! 東条さん!!」

「だ、大丈夫だよ、新垣さん。気絶してるだけみたいだから」

 

 突然、意識を失った東条を見て、あやせは慌てて肩を揺するも、渚の言葉によりある程度の落ち着きを取り戻し、息をついた。

 

「それじゃあ、とりあえず安全な所へ運びましょうか。……わたし達でも、わたしはスーツを着ているので、なんとか運べると思います」

「…………」

 

 そう言ってあやせが東条の頭側に回る。だが、渚は眠るように気絶する東条を、ジッと見つめていた。

 

 先程の戦い。あやせと渚は少し離れたところで観戦していた。

 見て見ぬふりをしていたと言われれば聞こえが悪いが、あやせと渚が入れるような戦いではなかったし、もし東条が止めを刺されてしまいそうになった時は、あやせはその身を盾にすることくらいしか出来ないだろうが、割り込むつもりでいた。

 

 だが、例えその時になったとしても、渚は、自分は何も出来ないで、一緒に死ぬことくらいしか出来ないであろうと思っていた。

 そのことに恐怖はない。だが、無力感はあった。そのことを悔しいと思うくらいには、潮田渚は思春期の男子だった。

 

 強さに憧れる、男だった。

 

 目の前の男のように、強くなりたいと思う、獣だった。

 

「…………」

 

 渚は見つめる。獲物を睨みつける蛇のように。

 

 そこにあるのは、冷たいまでの、殺意のような憧れ。

 

 この人のように強くなりたい。

 

 自分と同じ、スーツを着ていない生身という条件下で、あんな怪物を打倒してみせた、圧倒的なまでの強さを見せた――魅せた、この男のように。

 

 この男の強さを、その全てを自分のものにしたい。

 

 ゾクッと、渚の小さな体に何かが駆け巡る。

 

 これは何だろう。渇きのような、飢えのような、本能に限りなく近い、激しく、だが冷たい感情—―欲求?

 

 独占欲にも似た、強烈な――渇望?

 

(……いったい、僕は――?)

 

「……渚君?」

「――!」

 

 あやせに心配げに声を掛けられて、渚はふと我を取り戻す。

 

 今、自分が何を考えていたのかが思い出せない。

 

「あの、足を持ってくれませんか? 持ち上げるだけでいいので。……スーツを着ているので力は問題ないのですが、東条さんは大きくて」

「あ、そうですね。分かりました」

 

 東条の足を持ちながら、先程自分が何を考えていたのかを思考するも、すぐにそれを中断する。

 

 ここから少し先—―和人と八幡が向かった、ボスとの最終決戦が繰り広げられているであろう場所から、轟音が轟いたからだ。

 

 

 

 まだ、地獄は――ガンツミッションは、終わっては、いない。

 

 

 




「お前どこの池袋最強だよ」←八幡に言わせたかった……っ。

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