比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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今回は、ようやくこの子にスポットが少し当たります。
っていうかサブタイ微妙……全然まとめられてない。日本語下手か。


少女は、己が生にしがみつく理由に気づく。

 今回のボスであるブラキオサウルス成体。長いから親ブラキオと呼ぼう。

 それと色々あってバトルとなり、これまた色々あって結局展示場内で収まりきれず外に出ることとなったので外に出てマップを確認すると、都合よく残りの敵が一カ所に固まっていた。

 親ブラキオもその集団に囲まれている残りメンバーに気を取られていたので、透明化したままその集団に近づき、一掃。

 

 これで、敵の星人は残り二体となった。

 

 どうやら返り血や返り肉片などで俺のシルエットはバッチリくっきりだったようなので、このまま透明人間星人とか思われて攻撃されても面倒だったから姿を現した。

 

 残っていたメンバー四人は、都合がいいのか悪いのか、俺をばっちり覚えている奴等だった。

 

 俺もこいつ等のことは覚えている。俺の一人ぼっちの空間を真っ先に脅かした、最初に転送されてきた四人だ。まぁ、コイツ等もガンツに勝手に徴収されたんだから、コイツ等に恨み言を言ってもアレだが。

 

「お前は……ッ!?」

 

 案の定、目の前の三人は呆気にとられている。

 黒髪の美少年に至っては睨みつけていると言ってもいい表情だ。

 

 それもそうだろう。ここまで生き残ってきたということは、少なからず体験したはずだ。思い知ったはずだ。

 

 このガンツミッションという、理不尽極まりないデスゲームの恐ろしさを。

 

 コイツ等は、特に目の前のコイツは、心中では穏やかじゃないだろうな。

 

 なぜ、俺達を見捨てたんだと、怒鳴りちらしたいに違いない。

 

 だが、今はまだコイツ等の相手をしている暇はない。

 

 ボスはまだ、健在なんだから。

 

「おま――!?」

 

 真っ黒が俺に対して何か喚こうとした瞬間に、これまた都合がいいのか悪いのか、新たな侵入者が現れた。

 

 バスロータリーにいくつもの車がサイレンと真っ赤な光と共に集まってくる。

 

「あ、あれって――」

「……警察?」

 

 水色の少年と黒髪少女が言う。

 そうだな。あれは噂に聞く国家権力の正義の味方。みんな大好き警察官だろう。

 

 そういえば途中でT・レックスが二体、展示場から外に飛び出していったっけ。相当な轟音だったろうから、誰かが通報したんだろう。二次被害はそのまま現実にも反映されるからな。

 

 そう、あくまで二次被害は。

 

「あの! すいません、こっちです!!」

 

 真っ黒が警察官に向かって手を振る。だが、当然ながら彼らは一切反応しない。

 水色と黒髪少女が訝しげに首を傾げる。真っ黒は少し苛立ちを込めながら、警官に向かって大声で叫びながら近づく。……ああ、もう、面倒くさい。

 

「あの――」

「おい、やめろ」

 

 俺は真っ黒の腕を掴んで引き留める。真っ黒は眉を寄せながら振り向いて俺に向かって声を荒げる。

 

「どうしてだっ!?」

「アイツ等には俺達は見えないんだよ。俺達だけじゃなくて、星人の恐竜もな」

 

 俺がそう言うと、真っ黒だけでなく水色や黒髪少女も息を呑む。

 

「な、なんで――」

「おかしいと思わなかったのか。こんなに派手に恐竜が暴れているのに、今の今まで警官どころか野次馬すら集まらなかっただろ」

「そ、それは……だけど、今はこうして警察が!」

「展示場が派手に破壊されたから現れただけだ。……それに、見て見ろ」

 

 俺がそう言って顎で指し示すと、そこには恐竜の死体で足の踏み場もない俺達の近くを、警察官達は面倒くさそうな顔のままに迷いもせずに足を踏み入れていく。

 

「――ッ」

「――ぇ」

「そんな……」

 

 当然、恐竜の死体を踏む。だが、彼らには一切の恐怖心は見えない。

 

「うわッ! なんか踏んだ!? 何、ガム?」

「いや、ガムにしてはなんかデカいし柔らかいというか……なんだ、ここらになんかあるのか?」

「いてッ!」

「おい、お前なんで何もないとこで転んでるんだ」

「いや、なんかここにデカい何かが……ないですね」

「お前らふざけてねぇで行くぞ。……あ~あ。一体、なんであんなデカい穴が開いてるんだ? テロか?」

「階段も壊されてますし……ここまで派手なことするんなら、いっそのこと国会議事堂とか都庁狙った方がいんじゃないっすかねぇ。もしくは警視庁」

「おい、警察官が滅多なこというんじゃない。最近はちょっとした発言ですぐさまワイドショー行きだぞ」

 

 彼らは訝しながらもどんどん進んでいく。

 途中、一人の巨漢と一人の巨人の殴り合いの決闘もスルーして。……いや、あれはガチでどうなんだろう。勝てっこねぇだろ、アレ。スーツも着てねぇんだし。でも邪魔したらこっちが殺されそうなんだよな。

 

 チラッと見ると、三人は信じられないといった顔で呆然としている。だが、中でもやはり真っ黒は薄々感づいてはいたのかダメージは軽かったようで、俺に向かって問い詰めてくる。

 

「……俺達は、生きているのか」

「一応はな。正確には、死んで、また生き返ってるって状態だが」

「……元の生活には、戻れるのか?」

「このミッションをクリアして、生き残れば」

「……どうすれば、クリアしたことになるんだ?」

「簡単だ」

 

 俺は二体の星人を指差す。

 

「奴らを殺す。あと十分で――そうすれば、その時点で転送が始まり、あの部屋へと送られる。生きてさえいれば、五体満足でな」

 

 俺がそう言うと、真っ黒は顔を俯かせて「……そうか」と呟くと、顔を上げて眼光鋭く問い詰めた。

 

「どうしてお前は――」

「悪いが」

 

 俺は真っ黒から目を背け、奴に向かって向き直る。

 

「その話は後だ」

 

 次の瞬間、奴は降り立った。

 

 ズズーーンッッ!!!! と巨大な地響きが轟く。

 

 なんか知らないが、このロータリーへと降りる階段は俺が来たときにはすでになかった。

 俺はスーツを着ていたので難なく飛び降り、音もなく着地することは出来たが、奴の場合は迫力が違うな。

 

 数十トンはあるであろう巨体が、たった5、6メートルとはいえど飛び降りるわけだ。

 

 その破壊力は、まさしく兵器だ。

 

 突風のような余波がここまで届く。

 

 さぁ、ボスとの第二ラウンドの始まりだ。

 

 俺は真っ黒に向けて言った。

 

「見ての通りだ。今は奴を殺すのが最優先だ。別にお前らは戦わなくてもいいが――」

「おい! そんなことよりも! あれは!?」

 

 真っ黒は何やら焦った様子で捲くし立てる。なんだっていうんだ?

 

「どうするんだ!? 今ので大勢の警察官が死んだぞ!!」

 

 俺は真っ黒が指さす方向に目を向ける。

 見てみると、確かに親ブラキオが着地した地点には、展示場へと向かう為にこちらとは反対側の階段に向かって進んでいた警察官達が密集していたようで、かなりの人数が踏み潰されたようだ。

 だが――

 

「――それがどうした?」

 

 俺が至極当然にそう言うと、真っ黒は、いや真っ黒だけでなく他の二人も、驚愕と恐怖が入り混じったような表情で俺を見た。

 

「お、おまえ何言ってるんだ? 人が、人が死んでるんだぞ!! 助けないと!!」

「どうやって?」

 

 俺がそう問い返すと、途端に真っ黒は言葉に詰まった。

 

「ど、どうやってって――」

「アイツ等に俺達は見えないんだぞ。声も届かない。それに一つ言っておくが、一般人に俺達のことはバレたら不味いんだ。俺達の頭には爆弾が埋め込まれている。ガンツの情報が洩れたら、容赦なくこれが爆発してガンツに殺されるぞ」

 

 頭が爆発する。その事に心当たりがあったのか、真っ黒と黒髪少女は顔を歪め、水色に至っては表情を真っ青に染めた。

 俺は更に言い募る。

 

「悪いが、今の俺達には――少なくとも俺には、アイツ等を助ける義理も、余裕もない。それでも助けたいというなら好きにしろ。そして勝手に死ね」

 

 俺の言葉に、黒髪も水色も、そして真っ黒も今度こそ何も言えなかった。完全には納得していないみたいだが、まぁいい。別にコイツ等がどうしようと知ったことじゃない。

 そう思って親ブラキオの方を向くと――――奴は小刻みに首を振っていた。

 

「っ! 伏せろッ!!」

 

 俺は反射的に叫んだ。

 すると、真っ黒が黒髪と水色に覆いかぶさるように飛びついた。

 俺も身を屈めると、次の瞬間――

 

 鎌鼬のような横薙ぎの一閃が振るわれた。

 

 まだそれなりに距離があるここまで衝撃が届いた。相変わらず反則的な一撃だな。

 ……この攻撃をどうにかしなければ、コイツには勝てない。だが、透明化してもこの攻撃範囲の広さと速さでは近づくこともままならない。

 

 ……やはりスナイパー作戦で遠距離から少しずつ削っていくしか「……なんだ、これは……」ん?

 

 俺が親ブラキオに対して思考を巡らせていると、いつの間に立ち上がったのか、真っ黒が目の前を呆然と眺めていた。

 

 すると、震える声で、押し殺したように叫ぶ。

 

「……なんなんだよ……これは……ッ!」

「ひどい……」

「……警察官の人達が……みんな」

 

――警察官達は、今の一撃でほぼ全員即死だった。

 

 体や頭が真っ二つに切り裂かれ、恐竜達の死体と混ざり合って、もう何が何やら分からない。

 

「う、うわぁぁぁあああ!!!」

「なんだ!? 鎌鼬か!? 一体、何が起きてる!?」

 

 俺達の背後でまだパトカーから出ていなかった数名の警察官がパニックになりながら叫んでいる。

 

「…………」

 

 これが正常のリアクションなんだろう。もはや何も感じなくなった俺の方が異常なんだろう。

 

 それでも、一々当たり前のことにショックを受け、硬直するコイツ等が、酷く滑稽で面倒くさく思った。煩わしくて仕方ない。

 

 さっさといつも通りソロプレイに戻ろうと透明化を発動して離れようとしたが、ふと気づく。

 

 そういえば展示場の中の戦いで、剣を弾かれて失くしてしまったんだった。

 

 俺は俯いている真っ黒に声を掛ける。

 

「おい、真っ黒」

「……俺の名前は桐ケ谷和人だ」

「そうか、桐ケ谷――お前、剣はまだ持ってるか?」

 

 コイツ等も数体とは戦っただろうし、もしかしたら俺と同じように失くしたかもと思っていったセリフだが、真っ黒――桐ケ谷の反応はこちらが想像していたのとはまるで異なるものだった。

 

 顔をバッと上げ、目を大きく見開きながら、まるで天啓を受けたかのような顔でこちらに向き直る。

 

 

「……剣? ……剣があるのか!?」

 

 

 俺の両肩をガシと掴みながら詰め寄ってくる桐ケ谷。ちょ、近い。

 この分だとガンツソードの存在すら知らなかったみたいだな。まぁ、そうか。俺は言ってないし、初心者が簡単に気づくようなものじゃないしな。俺も中坊に言われるまで知らなかったし。

 

「……ああ。スーツから出せる」

「どうやって!? どこから!?」

「……ここをこうやって」

「こんなとこから!?」

 

 まぁ、驚くよなぁ。っていうかちょっと引くよなぁ。俺も初めて見た時は遊び心で遊び過ぎだと思ったぜ。

 

「これは一着のスーツにい――ッ」

 

 俺は一瞬、ぎょっとした。

 

 桐ケ谷は、笑っていた。嬉しそうに、見惚れていた。

 

 まるで、生き別れの家族と再会したかのような、ずっと恋焦がれていた恋人と再会したかのような。

 

 本当に、心の底から嬉しそうに。

 

 ……ああ。そういえば、コイツ—―

 

「……俺は今から、あのボスを殺しに行く。……それで、その剣を貸してもらえると助かるんだが」

 

 俺の言葉を聞いて、桐ケ谷は目を閉じる。

 そして、感触を確かめるように剣をキンッと握り直すと、目を開いて、俺の目を真っ直ぐに見据えて、言った。

 

「――悪い。俺も戦う。……コイツと一緒に」

 

 そう言って、ガンツソードをじっと見つめる桐ケ谷。だろうな、言ってみただけだ。

 もうガンツソードを手にしてから――剣を取ったその時から、すでにコイツの顔は変わっていた。

 

 完全に、剣士のそれへと生まれ変わっていた。

 SAO生還者(サバイバー)。二年間ものデスゲームを生き残った、歴戦の剣士、か。

 

 ……まぁいい。戦ってくれるというのなら、好きにさせておこう。

 

 俺は振り返り、黒髪の少女と向き直る。

 

「なぁ」

「ひゃいっ!」

 

 ……そこまでビビらなくても。ちょっとキュンとしちまったじゃねぇか。

 まぁ、怖いか。今の俺は血みどろだもんな。

 

 俺は顔を俯かせ耳を真っ赤にしている黒髪に改めて問う。

 

「……えぇと、アンタはまだ剣持ってるか? 貸してくれると助かるんだが」

「え、あ、えぇと……ど、どうぞ」

 

 そういってオズオズとガンツソードを取り出して差し出す黒髪。

 

 それを手渡してもらう時――手が震えていることに気付いた。

 

――その姿が、あの日の、あの時の、俺が壊してしまった、あの少女の面影を想起させて。

 

「……」

 

 何を血迷ったのか、両手で差し出すように剣を渡す黒髪の目を、剣をとったまま覗き込んでいた。

 黒髪の方も訝しげに見返す。だが、そこにはさっきまであった恐怖よりも、純粋に戸惑いで占められているように思えた。

 

「……あ、あの――」

「っ! 悪いな、借りる。……アンタのスーツはまだ生きてる……みたいだな。なら、水色の盾になってやれ。……アイツの攻撃の巻き添えを食らうだけで、下手すりゃ死ぬぞ」

「あ、は……はい」

 

 顔を俯かせる黒髪。俺達だけを戦わせるのが心苦しいのだろう。だが、正直スーツを着ているだけの奴や、ましてやスーツを着ていない奴が来ても足手纏いなだけだ。アイツはそんな状態で勝てる奴じゃない。

 

 ミッション初参加で、あんな化け物に立ち向かえる、桐ケ谷やあの金髪が異常なんだ。

 

 俺は剣を受けとり収納する。……防御手段にはなるだろう。銃よりもはるかに固いガンツソードは俺としてはそっちの方が主用途だ。

 

 桐ケ谷はこちらを向いて、力強く言う。

 

「ここにいれば渚達やあの警察官達も巻き込まれる。場所を移そう。俺があっちに引き付ける」

 

 そう言って桐ケ谷はボスの前へと走り出していった。……さっきまで顔を青くして怯えていた奴とは思えないな。剣を持つとあそこまで変わるのか。

 

 ……どうでもいいな。今は、あのボスを殺すことが最優先だ。

 

 俺は残された黒髪と水色を見遣る。……どっちかが桐ケ谷が言ってた渚って奴なんだろうが、どっちも渚感はあるな。まぁいいか、無理して名前を覚える必要はない。どうせそこまで深く付き合うつもりはない。

 

「……話は聞いたな。お前達はあっちには近づくな。精々遠くまで逃げろ。運が良ければあの部屋に還れる」

 

 だが運が悪ければこれっきりでお別れかもしれないし、そうでなくても次のミッションでは殺されるかもしれない。長居は無用だ。

 

 あんまり深入りしすぎると、うっかり生き返らせたくなっちまう。

 

 

 俺は一人でいい。俺は一人がいい。

 

 ぼっちだからこそ、俺は最強だ。

 

 友達はいらない。人間強度が下がるから。まさしく至言だな。

 

 守るものが増えるほど、大事なものが増えるほど、それは弱点になる。弱点が増えると、弱体化する。

 

 人間として、生物として、弱くなる。

 

 そんなのは御免だ。

 

 繋がりが増えるほど、それが大事でかけがえがなくて、結びつきが強くなって、なくてはならないものになればなるほど、それが千切られ、引き裂かれ、断ち切られるほど、苦しくて、辛くて、悲しくて、寂しくて――死にたくなる。

 

 そんなのは、断固として御免だ。

 

 だから一人がいい。俺はぼっちがいい。

 

 これが正解で、在るべき姿で、比企谷八幡なんだ。

 

 これが、俺なんだ。

 

 

【もう ひとりぼっちに されないといいね】

 

 

 悪いなガンツ。もう手遅れだよ。俺は完成されたんだ。俺は破壊されたんだ。

 

 こんな形で、こんな在り方で、固まっちまった。壊れた状態で、出来上がった。

 

 歪な形で整って、人間強度が最大になった。

 

 もう傷つきたくないから、もう失くしたくないから。

 

 

『一人ぼっちに、しないでくれ』

 

 

 あんなのは、もう御免だから。

 

 だから俺は、最強(ぼっち)で在り続けなくてはならない。

 

 

「――あ、あの!」

 

 二人に背を向け、戦場へ向かおうとする俺の背中に声が掛かる。

 

 俺は振り返ることなく、足だけ止めて続きを促した。

 声からして、たぶん黒髪の少女だろう声の主は、一瞬躊躇した後、振り絞るように声を出した。

 

「わたし……何も出来ないですけど……怖くて、動けない、情けないわたしですけど……でも……どうか……ッ……どうか――」

 

 

「――助けて、ください……ッ」

 

 

 その声は涙声で、自分に対する無力感と、この現状に対する途方もない恐怖に満ちていた。

 

 一瞬声が詰まっていた。おそらく、頑張ってくださいか、死なないでくださいか、そんな言葉を言おうとしたのだろう。

 それでも、やはり堪えきれなかったのだ。

 

 どうしても怖かった。死ぬのが嫌だった。何も出来なくても、助けて欲しかったのだ。

 

 俺はそれに何も思わない。こんな状況だ。助けて欲しくて当然だ。縋って当然だ。

 

 

『こわいのこわいの! あっちもこっちも血だらけで!! みんなみんな殺されて! いなくなって!! それでも私は何も出来ない……っ。私は、一人じゃ、何も出来ないッ!! もうあんな思いは嫌!! お願い比企谷くん!! 私を守って!! 私を救って!! 私を助けてよぉ!!』

 

 

 ああ、ダメだ。やっぱりこの少女の声は、姿は、俺が壊した、あの少女を思い起こさせる。

 

 どうしようもなく俺の罪の証としてあり続ける、あの美しかった、気高かった、俺の憧れだった、雪の様な儚い少女を。

 

 だからだろうか。もう深く関わらないと決めたはずなのに、口が勝手に動いていた。

 

「助けてやるさ。絶対にな」

 

 これは、それは、誰に向けた言葉だったんだろうか。

 

 俺の背後の黒髪少女か? それともあの日壊した雪ノ下か?

 

 それとも――

 

『ねえ、比企谷くん――――――――いつか、私を助けてね』

 

 分からない。

 

 

『…………はち、まん………………かって」

 

 

 分からない。分からない。

 

 分かりたくもなかった。

 

 いずれにせよ、なんにせよ――――どうしようもなく、救えないから。

 

 俺は逃げるように、逃げ出すように、その場から走り出し、桐ケ谷の後に続いて戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 あの人は走り去っていく。

 

 巨大な恐竜に向かって、己の命を懸けて戦う為に。

 

 寂しそうな目をしている人だった。第一印象から、わたしはあの人にそんな印象を持った。

 その真っ暗な瞳の中に、悲しみと寂しさを抱えて、でもその奥に強さがあった。

 

 弱さと表裏一体の、そんな間違った強さを。

 

 今まで会ったことがないような男の人だった。……わたしが知っている男の人は、仕事場の人か、ファンの人か、あとは――お兄さんくらいしかいないのだけれど。

 

 その誰とも違った人だった。なんというか、あの人は――弱さを知っている人な気がした。

 

 選ばれない者の気持ちを知っている人な気がした。

 

 どうしようもなく弱者で、だからこそ強い、そんな人な気がした。

 

「なぁ」

「ひゃいっ!」

 

 最悪だ……。またやってしまった。さっきのあの部屋でも意味分からない言葉を口走っちゃったし……絶対変な子だって思われてる。なんでこの人相手だと……別に怖くないのに。……まぁ少しは怖いけれど。

 

 わたしはこの人に剣を渡した。

 当然だけれど、わたしに剣を扱う技術なんてないし、それに……怖くて多分、あの恐竜に近づけない。

 

 怖い。本当に怖い。この変なこれに巻き込まれてから、ずっと怖い。

 恐竜に襲われ続けて、ずっと、いつ殺されちゃうんだろうって。怖くて。怖くて。

 

 桐ケ谷さんや東条さんや、年下の渚君ですら必死に戦ってるのに。

 

 わたしは、ただ、怖がってるだけで――

 

「――?」

 

 剣を差し出してから、あの人がじっとわたしを見つめてる。

 なんだろう? 今までファンの人と握手とかする時にたまにこういうのあったけど、でも、違う。そういったいやらしい視線じゃなくて――

 

――やっぱり、すごく、悲しそうな、寂しそうな……

 

「……あ、あの――」

「っ! 悪いな、借りる。……アンタのスーツはまだ生きてる……みたいだな。じゃあ、水色の盾になってやれ。……アイツの攻撃の巻き添えを食らうだけで下手すりゃ死ぬぞ」

「あ、は……はい」

 

 わたしが声を掛けると、我に返ったように事務的に冷たい言葉を掛ける。けれど、その言葉はわたし達を案じてくれているような、どこか優しい言葉だった。

 

 そんなことを考えていると、桐ケ谷さんが恐竜に向かって駆け出して言った。

 剣を片手に駆けていくその姿は、なんだかすごく様になっていて、かっこよかった。

 

 まさしくお伽噺の竜退治に向かう騎士のような、とても勇ましい姿だった。

 

 そんなどこか自信に満ち溢れた、頼もしい背中だった。

 

 続いてあの人が、わたし達に背を向け、戦場に向かおうとする。

 

 その背中は、孤独だった。

 

 桐ケ谷さんと比べて頼りないわけではない。

 でも、この人の背中は、纏う覚悟は、桐ケ谷さんと違ってあまりに悲愴だ。

 

 ただ、殺す。ただ、生き残る。

 

 それだけが全てで、それがやるべきことだからやるだけだという、単純で、だからこそ確固たる決意が。

 

 その為に、惜しげもなく命を使うという、悲し過ぎる覚悟が見えた。

 

 その目的の為なら、死ぬことも厭わないと。

 

 いや、むしろ――

 

「――あ、あの!」

 

 見ていられなかった。思わず引き留めていた。

 

 間違ってる。こんなのは絶対に間違ってる。そう言いたくて。

 

 このままでは、この人は簡単に自分を命を投げ出してしまう。あの時の、渚君のように。

 

 あの人はこちらを振り向いてくれないけれど、足は止めてくれている。

 

 ならばと、わたしは声を張り上げる。

 

「わたし……何も出来ないですけど……怖くて、動けない、情けないわたしですけど……でも……どうか……ッ……どうか――」

 

 でも、その時 ズズーンッ!! という、お腹の中に響くような、恐ろしい足音が轟いた。

 

 息を呑んで、あれほど高ぶった感情が、一気に冷え込むのを感じた。

 

 もし、この人が、この恐竜を倒せなかったら――

 

――次に殺されるのは、わたしなの?

 

 そう思ってしまった瞬間、色んな光景がフラッシュバックした。

 

 

『あやせちゃん……なんで逃げるんだよ……なぁ! なぁ!! なぁ!!!』

 

『僕が引き付けます。その隙に逃げてください』

 

『お前らなんでこっちくんだよ!! 俺達まで道連れにすんなよ!!』

 

『いやぁぁあああああああ!!! こないでぇええ!! たすけてぇぇえええええ!!!!』

 

『――殺せば、勝ちなんだ』

 

 

『……この……人殺し――』

 

 

 

「――助けて、ください……ッ」

 

 

 

 思わず、そう吐き出していた。

 

 言った瞬間、どうしようのない罪悪感に襲われた。

 

 最低だ。

 自分は何もしていないのに。何も出来ないのに。

 

 これから命を懸けて戦おうとしている人に、命を投げ出して戦場に向かおうとしている人に、よりによって……助けてくださいなんて。

 

 自分だけは、殺されたくないなんて。

 

 ……でも、分かる。これはわたしのどうしようもない本心だ。

 

 死にたくないんだ。わたしは。絶対に死にたくないんだ。

 

 なんて、醜い。

 

 なんで死にたくないんだろう。何が未練なんだろう。

 

 まだお兄さんのことを諦めてないのかな。桐乃と仲直りしたいのかな。

 

 それとも―― わたしは――

 

「助けてやるさ。絶対にな」

 

 その声に、返ってきた言葉に、わたしは俯いていた顔を跳ね上げる。

 

 その背中はすでに走り去っていた。

 

 そして、徐々にその姿は透明になって消えていく。

 

「あっ!」

 

 わたしは虚空に手を伸ばすけど、その姿は完全に消えてしまっていた。

 

「――がきさん! 新垣さん!」

「――っ、え?」

 

 しばらく呆然としていたけれど、隣の渚君が声をかけてきて、我に返る。

 

「……あの人の言う通り、少し離れましょう。ここに居ても、邪魔にしかなりません……」

「……そう、ですね」

 

 わたし達は少し離れた、階段があった場所の方まで走る。すでにあの大きな恐竜はそこを通過していたから。

 

 でもわたしは、あの背中が消えた虚空を何度も振り返ってしまっていた。

 

 胸に渦巻いていたグチャグチャの感情は、なぜか少し軽くなっていて。

 

 ……そうか。わたしは、誰かに認めて欲しかったんだ。

 

 誰かに、わたしを選んで欲しかったんだ。

 

 大事だと、失いたくないと、そう思って欲しかったんだ。

 

 そんな、代わりなんかじゃなくて、替えがきかなくて、偽物なんかには決して負けない――本物の価値のある、何かになりたかったんだ。

 




 次回は、おそらくあの男が主役かな?
 にしても、やっぱり八幡の一人称は書いてて楽しい。すいすい筆が進む。

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