火の玉が、擦過する。
「――なッ!?」
全力でハンドルを切る。
車体が大きく傾き転倒しかけるが、和人はすぐさま力づくでバランスをとる。
ドガンッッ!! と、左斜め前方にその隕石のような一撃は落下し、バラバラとアスファルトの破片が降り注ぐ。
(か、火球弾ッ!? なんでT・レックスがそんなものを!? これじゃあ、本当にゲームのモンスターじゃないかッ!!)
「グォォォオオオオオオオオ!!!!!!!」
T・レックスはそのまま猛スピードで追走を続ける。和人が後ろを振り向くと、再び口内に光が灯っているのが見えた。
和人は歯噛みしながらバイクを発進させる。
後ろを頻繁に振り返りながら、砲撃が発射した瞬間にハンドルを切りジグザグに進む。
あの大砲はそこまで精度が良くないようで、躱すのは至難というわけではなかった。しかし、問題はその後の二次被害にあった。
ドゴォンッッ!! と和人を狙った火球弾が、近隣のビルに激突する。
コンクリートの破片が土砂崩れのように和人の乗るモノホイールバイクに降り注ぐ。
「――ッ!!」
和人は咄嗟にスピードを上げて間一髪で避ける。T・レックスはそんな硬質な雨をもろともせずに突っ込んできた。
(……不味い。万が一、中に人が残されていたりしたら……ッ)
このままでは、いつ無関係な人を巻き込んでしまうか分からない。いや、ここはあくまで現実の地をモデルにしたゲームマップという線も……。
和人はそこまで考えて、いや、違う、と思い直す。渚は駅に人がいたと言っていた。それもNPCだという線も捨てきれないが、そこまで考えたらキリがない。ここが現実の地、現実の世界という可能性が少しでもある以上、その前提で行動すべきだ。
……だが、ここが
(――ッ!? 不味い!!)
ハンドルを全力で回す。思考に気をとられ、後ろを気に掛けるのを疎かにしていた。
和人のすぐ背後に、火球が落ちる。
その衝撃で跳ね上げられ、数瞬車体が宙を舞う。
身動きがとれないわずかな時間。和人は後ろを振り向いた。どうやらあの大砲は連射出来ないようで、T・レックスはまっすぐこちらを見据えてくるだけだった。
冷徹で、無機質で、だが獰猛な瞳と視線を交わす。
ゾッッと背筋が凍った。
(……どうする? このまま逃げ続けるだけじゃ、いつか捕まる……ッ)
T・レックスは目を逸らさない。真っ直ぐに和人を――自分の獲物を、食物連鎖の高みから見下ろしている。
必ず食らうと、必ず殺すと、その捕食者の瞳で。
(――どうするッ!? どうすればいいッ!?)
T・レックスは、咆哮する。
無様に背を向け逃げることしか出来ない
「グォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!」
和人は心臓を鷲掴みにされたかのように、息を呑む。
そして、心中で、叫んだ。
(あの怪物に勝つには――ッ。“桐ケ谷和人”は、どうすればいいッ!!)
――助けてくれ……アスナ。教えてくれ……“キリト”ッ。
――お前なら、一体どうするッ!?
ダンッ! バイクが地面に着地し、再び疾走を再開する。
和人は遮二無二にXガンを構える。バイクを運転しながら、背後で大きく口を開く怪物に向けて。
「――ッ!」
揺れる。砲身がぶれる。当たらない。ただでさえ銃の扱いに不得手な自分が、こんな状況で放つそれが当たるわけがない。
「グォォォオオオオオオ!!!!」
「――ッ!!」
ギュイーン! ギュイーン! と反射的に引き金を引く。当たらなくてもいい。とにかく撃った。自身に迫る恐竜を、恐怖を、とにかく近づけたくなくて。
だが、その恐怖は、恐竜の王は、五体満足で自身に迫り続ける。一向にその足を止めない。どんどん、どんどん、こちらに向かって近づいてくる。
奴の口内が、再び揺らめく炎で発光する。
「――くそッ!!」
ハンドルを切る。ジグザグに進む。
再び自分を擦過し、すれすれに通り過ぎていく巨大な火球弾。
右斜め前方の建物を破壊し、降りそそぐ破片を左に大きく車体を切って躱しながら、ハンドルを感情に任せて拳で叩く。
(――くそッ!! どうすればいい!!)
Xガン。これしか今の自分には武器はない。片手間に後ろに向ける。だが、さすがに後ろを向きながらまったく車体を揺らさずに走行することなど出来ない。砲身がぶれ、狙いが定まらない。
その時、再び目が合う。T・レックスの目と、あの強者の目と、捕食者の目と。
車体の揺れ、だけじゃない。自分の手も震えている。これは……怯え?
(……勝てない。桐ケ谷和人が、ただの人間が、戦おうと思う時点で間違いだったのか……)
――戦えない人間なんていない! 戦うか、戦わないか、その選択があるだけだ!
ふと脳裏に浮かんだ、その言葉。誰の言葉だったか。
その言葉には、今の自分にはない、確固とした強さが溢れていた。
――選択なら、私は戦わない方を選ぶ。……だって、もう辛い思いはしたくない。
次に過ぎった言葉は、打って変わって弱弱しさで満ちていた。
その彼女の言葉に、彼は、アイツは――――俺は、なんと答えた?
強い彼は、自分と違って、強さに満ちた自分は――
――俺も撃つ! だから、一度でいい。この指を動かしてくれ!
その時、黒のレーザーグローブで包まれた手が、Xガンのトリガーにかかった自分の手に添えられた――気がした。
震えが、止まった。
そうだ。俺には、あの『黒の剣士』が、奇跡の英雄がついている。
なぜなら――彼も紛うことなく、俺自身なのだから。彼は常に、自分と共に在る。
桐ケ谷和人の、中にいる。
彼に出来たんだ。彼ならきっと、こんなピンチも軽々と乗り越える。
なら俺にだって、必ず出来る。
(もう一度、俺は――
甲高い発射音と青白い発光が、和人の手のXガンから発たれた。
数秒のタイムラグ。そして――T・レックスの、顔面が抉れた。
「グォォオオオオオオ!!!」
その時、ついにT・レックスの足が止まり、苦痛からか、天に向かって大きく咆哮を轟かせた。
「――よしっ!」
初めての有効打。和人はバイクを止め、そのままT・レックスに向かって連射した。
T・レックスは、先程よりも更に激情を込めて和人を睨みつける。
グルルルと唸り、再びこちらに向かって疾走を始めた――その時。
肩が破壊し、胸が破砕し――そして踏み出したその右足が破裂した。
「グォォォオオオオ!!!!」
ズズーンッ!! と大きく音を立てて地に倒れ伏せる。
和人は大きく息を吐きながら、それを見た。
(……やった、のか?)
T・レックスは悔しそうに力無く呻く。だが、まだ死んではいない。
死んでないのなら――殺さなくては、ダメ、なのか?
(…………)
すでに和人は、数体のヴェロキラプトルを殺している。
奴等はXガン一発で殺せたのでこんなことを思う暇もなかったが、目の前に力無く倒れ伏せるT・レックスを見て、改めて痛感する。
これは命だ。ゲームの中の、自分達プレイヤーの経験値の為にポップするモンスターではない。
生きていて、死ぬ、命だ。
自分が、殺しかけている、命だ。
Xガンを向ける。止めを刺さなくては。
だが、撃てない。躊躇する。躊躇ってしまう。
今更何を。そう思う。ここで躊躇うのは偽善を通り越して愚昧だ。なぜなら自分は、このゲーム内ですら、すでに数体の恐竜を殺している。複数の命を奪っている。偽善を謳うのすら遅すぎる。
これはただの生理的嫌悪感だ。
虫は殺しても、猫や犬は殺せないといった、心理的ハードル。
より強い命を感じる程に、より生々しい生命の鼓動を奪うことに、抵抗を感じる――人間のエゴだ。
だが、思う。ふと思う。
これは確かに偽善だ。ヴェロキラプトルは殺せても、T・レックスを殺すことには抵抗を覚えるなんて。
自分を殺しにきた恐竜は返り討ちに出来ても、こうして死にかけている恐竜は殺しかねるなんて。
でも、ここで抵抗を覚えない人間は?
自分を殺しにくる命も、こうして死にかけている命も。
全て等しく平等に容赦なく殺せる――そんな人間と。
命に差をつけて対応に差をつける――そんな人間は。
果たしてどちらが正しいのだろう。
果たしてどちらがマシなのだろう。
そんなことを考えて、そんなことを深く考えてしまいそうになって、和人は頭を振って思考を追い出す。
それは、考えてはいけないような議題に思えたからだ。それが逃げだと分かっていても、それは考えてしまったら、これから生きていけないような、これから先を生き延びていけないような、そんな命題に思えた。
だから、気づくのが遅れた。何かが光っていることに。
死にかけのT・レックスを見る。
その口内が、燃えていた。
「――ッ!!」
反射的だった。
Xガンを向け、二つのトリガーを同時に、力強く引いた。
容赦なく、躊躇なく――止めを刺した。止めを刺せた。
殺されそうになったから、殺せた。
そんな自分にハッとしたが、それでもT・レックスの大砲は止まらない。
Xガンの攻撃には、
T・レックスの頭部が吹き飛ぶのと、火球弾が発射されるのは、ほぼ同時だった。
咄嗟にアクセルを回す。が、完全に停止し、射撃しやすいように車体を横に向けていた今の状況では――
(――くそッ! 間に合わないッ!?)
和人はバイクから飛び出した。
直後、火球は車体に直撃し、モノホイールバイクはそのまま吹き飛んでいった。
「がぁっ!?」
和人はその衝撃でゴロゴロと転がりながらも、なんとか直撃を避けることに成功した。スーツのおかげか、致命傷にはならなかった。
ゆっくりと立ち上がり、遠くのT・レックスを見る。
生気を感じない。なんとか倒せたようだ。
なんとか殺せたようだ。
「…………」
和人は、T・レックスに背を向け、ゆっくりと歩き出す。
ここは、駅とは反対側の展示場の裏だ。大分バイクで走ったので、このまま真っ直ぐ行けば、渚達が逃げたロータリーの方に行ける。
先程の衝撃によりまだ上手く働かない頭でそんなことを思考しながら、足を進める。
(……渚達は、大丈夫だろうか。……アイツは……あと、敵は何体なんだ? ……クリア条件は、敵の全個体撃破か? ……制限時間はあるのか? ……これで、この戦いで終わりなのか? ……俺達は死んだ……死んでいる……また、元の日常に帰れるのか? ……明日奈には……それとも、これからずっと、こんな戦いを――)
考える。これがゲームだとしたら、そのクリア条件は何だ? システムは? ルールは?
考える。そして分からないことが分かった。今の自分には、あまりにも情報が足らな過ぎる。
(……とにかく生き残るんだ。そして、情報を手に入れなくちゃならない。……そのためには、アイツを――)
そう結論を出して、俯いていた顔を上げる。すると、ロータリーのすぐ近くまで辿り着いていた。
「――ん?」
少し先の路上に何かがあった。
それは、グチャグチャで、ぐちゃぐちゃで、無茶苦茶で、滅茶苦茶だった。
元がどういう形状だったのかは分からない。――ただ赤かった。
真っ赤で、漂ってくる匂いから――それは血だと分かった。
ゲームでは、VRMMOでは感じない、生々しい――死の匂い。
足が止まる。一瞬、それはさっきのT・レックスのように恐竜かと思った。誰かが倒した敵だと。
だが、それは小さい。あまりにも小さい。T・レックスでは勿論なく、ヴェロキラプトルだとしてもあまりに小さい。
ゆっくりと足を近づける。動悸が激しくなる。妙な汗が流れる。それでも、確かめなくてはならない。まさか、そんな――
やがて、それとの距離が2mほどになって、ようやく判別できた。
内臓があまりにも派手に飛び出してグチャグチャで、血だけでなく体液や何やらでぐちゃぐちゃで、無茶苦茶に食い散らかされていて、全身が顔面も含めて血だらけで滅茶苦茶だったので、それほどの至近距離にならなければ分からなかった。
それは、その死体は――その、人間は。
「……なん、で……」
和人が助けた――助けたはずの、あの少年だった。
後ずさる。その凄惨な死体から、怯えるように遠ざかる。
どうしてだ。何でこの子が。あの時、助けたはずなのに。
だが、その答えは、あっさりと、当たり前のように出ていた。
自分はこの子を、一時的に助けたかもしれない。救ったかもしれない。ヒーローのように。
だが、その後はどうした? この子の存在を、頭に入れていたか? 助けたことに満足して、それで終わりにしていなかったか?
この子は、自分が助けた後も――その後、自分が放置し、見捨てた後も、この無数の恐竜が闊歩する、危険極まりない、死と隣り合わせどころか、死が常に襲い掛かってくるような地獄を、その小さな体で怯えながら、両親を失い、たったひとりぼっちで、彷徨っていたというのに。
安全な場所に隠れろ?――馬鹿か。
こんな状況に、こんな戦場に――こんな地獄に、安全な場所など、あるはずがないだろう。
(……俺は……俺はッッッ!!)
和人が拳を握り、歯噛みし、膝を折ってしまいそうな程に、自らへの怒りに身を震わせていると――
「ギャァァアアアアアアアアアス!!!!」
すぐ近くの階段裏の空間から、甲高い啼き声が響いた。
+++
武器。
それは、ひ弱な肉体しか持たない人間が、効率的に生物を殺傷する為に作られたアイテムである。
初めは石や棍棒だったそれらは、年月による技術の発展と共に、より強力に、よりお手軽に、より簡単に命を奪うことが出来るように進化してきた。
それだけ人間は、命を奪うということを積極的に求めてきたということでもある。
それはさておき、ならば、その武器というアイテムを手に入れれば、手っ取り早く強くなれるのかと言われれば、答えは否だ。そんなものは、ゲームの中でしか在り得ない。
武器も、道具だ。取扱説明書を読むだけで使いこなして力に出来るかと言われれば、それは違う。断じて違う。
むしろ、使いこなすのに一生を費やす者もいるような、扱い難い代物ばかりだ。
銃にしかり、剣にしかり、槍にしかり――ナイフにしかり。
ナイフ。それは生物の殺傷以外にも幅広い用途で使われる、比較的ポピュラーな武器といえるだろう。だが、これもれっきとした武器だ。命を容易く奪える代物だ。
渚が手に持つそれは、俗にいう
真っ黒な力強い配色の柄に、息を呑むほど深い光沢を持つ密度の濃い黒色の刀身。
渚はこのナイフが放つ妖しい魅力に憑りつかれ、転送の際に思わず手にとっていた。
だが、渚はナイフどころか包丁すらまともに扱ったことはない。
武器を持った人間が、初めて向かい合わなくてはならない壁は、目の前の敵ではない。
武器、そのものだ。
その武器が放つ殺意、その武器が纏う――命を奪うという、殺気。
それを受け入れ、乗り越えること。その
その全てを受け入れ、乗り越え、覚悟すること。
そうして初めて、武器を己の力に出来る。力を手に入れることが出来る。
それを乗り越えられなければ、その手に持つ武器を持て余し、武器そのものに呑みこまれることとなる。そうなれば強くなるどころか、かえって弱くなってしまうことだろう。
武器を手に入れたものが、強いのではない。
武器を力に出来たものが、強くなれるのだ。
あやせを背に庇い、恐竜の前に立つ渚は、ナイフをベルトから静かに引き抜いた。
そして、そのナイフを持った手を――だらん、と下ろした。
構えるわけでもなく、切っ先を敵に向けて威嚇するでもなく。
腕の力を抜き、だらんと、自然体に。
命を奪う力を、殺害の為の武器を、無造作に。
渚はゆったりと歩いた。目の前の恐竜に向かって、通学路を歩くかのように一定に。
あやせは、ついさっきのあの光景を思い出す。
自分を助ける為に、自らの命を投げ出して囮になろうとした、あの時の渚を。
だが、違う。さっきのそれとはまるで違う要点が、一つ。
殺気だ。
渚は、冷たく鋭い殺気を、目の前のヴェロキラプトルに向けて放っている。
何の変哲もない、ただの弱弱しい中学生が、凍えるような殺気を纏っている。
武器を構えるでもなく、ただ力を抜いてゆっくりと歩くだけで、恐竜を怯ませる程の殺気を放っている。
だが、殺気とは、時に自らに危険を招く。
「ギャァァァアアアアウス!!!」
ヴェロキラプトルはその鋭い爪を振り上げながら嘶いた。
野生において殺気とは、挑発行為と同義。
相手よりも圧倒的な殺気は威圧と成り得るが、いくら鋭い殺気といえど、渚のそれは人間が放てる域を脱しない。
目の前の恐竜には、食物連鎖の弱肉強食の世界で生き抜いてきた目の前の強者には、それは射竦めるには至らず、かえって相手の敵意を煽ってしまった。
人間に、一瞬とはいえど、気圧された。
肉食恐竜としてのプライドが傷つけられたのか、ヴェロキラプトルは完全に渚をターゲットとして襲い掛かろうとした。
――動けないあやせの存在など、完全に眼中から外して。
当然だ。動けない餌と、動き回る餌。どちらを狙うかといえば、やはり前者だろう。
それでも、自分に殺気を向けてくる敵と、動けない敵。どちらを優先的に排除しなくてはならないか――彼らにとっては迷うまでもなく、本能にインプットされた行動だった。
渚は、その本能を利用した。
その時、ヴェロキラプトルの視界から、渚が消えた。
ヴェロキラプトルが硬直する。振り上げた爪の行き場を失くす。
とん、と。
気が付けば、ヴェロキラプトルの右胸にナイフの刀身が全て埋まっていた。
真っ直ぐに、どっぷりと、限界まで突き刺さっていた。まるで、初めからそこにそうしてあったように、自然にそこに存在していた。
「――ギャァ」
ヴェロキラプトルも、まだ己の現状が認識できないのか、小さくそんな啼き声を上げた。
渚は止めとばかりに、ぐりっと、ナイフをドアの鍵を開けるように九十度回した。
今度こそ、断末魔の叫びが轟いた。
「ギャァァアアアアアアアアアス!!!!」
大きく仰け反るヴェロキラプトル。
渚はその体を肩でそっと押した。その際に、優しくナイフを引き抜く。
ばしゃぁあ! と血が噴き出して、渚はそれを全身に浴びた。だが、その表情は変わらず――――優しい、冷たい、微笑みだった。
渚がしたことは単純だ。
殺気で威嚇し、敵の目を自分に向けて。
その殺気を、消した。
殺気を消して近づいて、懐に潜り込み、そこにナイフを置いただけ。
置くように、流れるように、突き刺しただけ。
弱点である右胸に刺さったのは、ぶら下げていたナイフを上げたらたまたまそこに刺さっただけだ。
それで殺せた。
暗殺、完了。
強烈な殺気を感じて、その殺気の放つ対象を排除しようとしたヴェロキラプトルは、その殺気が突然消失したことにより、
結果、その隙に、殺された。
それはその背中をずっと見つめ続けていたあやせも同様だった。
一瞬あやせも渚の姿を見失った。いや、見失ってはいない。ずっと見ていたのだから。
だが、警戒を解いてしまった。
渚から殺気を感じた時、少なからずあやせも警戒してしまった。自身に向けられたものではないとしても、殺気を感じたら警戒するのは生物として当たり前の――本能だ。
だが、突然それが消失し、無理矢理警戒が解かれ、混乱した。
警戒が解かれ、そのことに対して再び警戒する。その間の混乱を、渚は突いた。
これが、潮田渚の
殺気を放ち、相手を威嚇する才能。
殺気を
そして、それらを命が懸った
暗殺の、才能。
「……闘って、勝たなくてもいい」
その身に降りかかった血を拭うこともせず、ナイフを再び腰のベルトに戻し、呟いた。
「――殺せば、勝ちなんだ」
渚は微笑む。
その笑みは、優しく、美しく、妖艶ですらあって――なにより、酷薄だった。
「……そうですよね、桐ケ谷さん」
その言葉に、呆然としていたあやせは、渚の視線の先を追う。
「……渚」
そこには、沈痛な面持ちで、泣きそうな顔で、渚を見つめていた――桐ケ谷和人が立っていた。
渚、覚醒。
そろそろ、かっぺ星人編も終盤に近付いてきました。