比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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この話の編集中にキーボードが不調を起こし、いくつかのキーが応答しなくなった為、途中からスマホで編纂したのでおかしなところがあったら、すいません。


轟音と共に、恐竜の王が戦場に降臨する。

 そんな二人とヴェロキラプトル達との戦いを、あやせと渚は階段上の広場から見ていた。ただ眺めていた。

 

 すでにここにいる人間は、和人と東条、そしてあやせ、渚だけだった。

 和人が助けた子供も含めてすでに生き残っている人間達は、どこかへと逃げ去ってしまった。逃げることが出来ていた。

 そして、階段には無残にも食い散らかされた元人間達。現肉塊達。決して少なくない人数が、あのヴェロキラプトル達に虐殺された。

 

 そんな無残な死体を見て、あやせと渚の心は今すぐにも逃げ出したくなるほどの恐怖に支配されそうになる。

 それでも二人がこの場から逃げ出さないのは、あそこで和人と東条が戦っているから。

 

 先程言葉を交わし、名前を教え合い、年齢を確認し合った。それだけの関係。

 同時刻にあの奇妙な部屋に転送させられ、ミッションメンバーの中では一番長い付き合い。たったそれだけの関係。

 

 見捨てて逃げても、もっといえば囮に使って置いて逃げても、誰にも文句は言われないであろう、薄い関係。

 

 だがこの二人は、今のうちに逃げましょう、その言葉がお互いに言い出せず、さらに彼らを、横にいる相手を置いて一人でも逃げ出せない、それくらいには心優しく、言ってしまえば“甘い”人間だった。

 

 そして、あの中に、複数体の恐竜群の中に、人間達を容赦なく食い散らかした怪獣達に四方から襲い掛かられているあの中に割って入れる程には強くなく、か弱い“普通の”人間だった。

 

 だからこそ、今まで気づかなかった。ここまで思い至らなかった。

 

 

 あそこで群がっているのが、全てのヴェロキラプトルではないという可能性に。

 

 

「――――ッ!」

 

 ようやく気づいたのは、渚だった。

 

 渚は咄嗟に隣にいたあやせの手を取り、和人達が戦う階段から右手――展示場へと繋がる通路の方へ、広場の中央へと走る。

 

「え!? 渚君!?」

 

 あやせは、和人達を見捨てるのか、という驚きの声を渚に掛けるが、すぐにその認識を改めた。

 

 

 自分達がいた場所を、背後から一体のヴェロキラプトルが飛び掛かってきたから。

 

 

 見ると、広場にはちらほらと数体のヴェロキラプトルが闊歩していた。

 確かに和人と東条に群がっている集団が一番大きな群体だが、決してそれで全てというわけではなかったのだ。

 

 渚とあやせは、その顔面を蒼白にする。思わず繋いだ手が震える。

 

 それでも、なんとか壁を背にして囲まれないようにとするが、徐々にヴェロキラプトル達は二人へと迫ってくる。

 

 あやせは一瞬叫んでしまおうかとも思うが、助けは呼べない。あの二人は、自分達よりもはるかに危機的状況にいるのだ。これ以上、縋ることなど出来ない。

 渚は、せめてもの男の意地として、あやせの前に出る――が、それだけ。それ以上、何も出来ない。

 

 渚は顔を俯かせる。自分は何も出来ない。あの二人のように、人間を簡単に瞬殺する恐竜相手に立ち向かい、相手取ることなど出来やしない。

 

 こんな状況で、自分に、こんな自分に出来ることなど、何もなかった。

 

 

『渚のやつE組行きだってよ』『うわ……終わったな、アイツ』『俺あいつのアドレス消すわぁー』『同じレベルだと思われたくねーし』

 

『――あなたはすでに躓いているの。ここで取り戻せないと、あなたは一生負け犬なのよ』

 

『お前のお陰で担任(オレ)の評価まで落とされたよ。唯一良いことは――』

 

 

『――もう、お前を見ずに済むことだ』

 

 

(……………………)

 

「――?」

 

 ふと、あやせは戸惑う。

 

 繋いでいた渚の手の、震えが止まったからだ。

 

「あ、あの、渚く――」

「新垣さん」

 

 渚はあやせの言葉を遮るように呟き、そして、手を離した。

 

 

「僕が引き付けます。その隙に逃げてください」

 

 

 そして渚は、一番手近なヴェロキラプトルに向かって――歩きだした。

 

 決して走らず、一定の低速度で。まるで、通い慣れた通学路を進むように。

 

 E組(エンド)へと、向かうように。

 

 

 あやせは絶句する。

 その、あまりにも普通に、あまりも気軽に――死地へと向かう、その歩みに、思わず体が硬直する。

 

 だが、相手は獣だ。相手は恐竜だ。

 一切混乱することなく、一切気圧されることなく、ただ己の攻撃が届く領域(テリトリー)へと足を踏み入れた獲物(なぎさ)を、容赦なくその咢で迎え撃つ。

 

 渚は――その咢に向かって飛び込んだ。

 

 穏やかに、笑いながら。自ら死地へと――“死”へと、身を投げた。

 

「な、渚君ッ!?」

 

 あやせは悲鳴を上げる。

 そして、身体の硬直を無理矢理解いて――力強く地面を蹴り出した。

 

 ガキンッ! と閉じられたヴェロキラプトルの咢は空を食いちぎり――渚は間一髪で助け出された。

 

 凄まじい勢いで飛び掛かってきた――新垣あやせによって。

 

 あやせは渚を庇うように抱きかかえて、地面へと己の背から着地する。

 渚は訳も分からず呆然としていた。

 

「あ、あの、あらが――」

 

 渚が何かを言う前に、今度はあやせが背に庇うように渚の前に立ち――

 

――追撃として飛び掛かってきた先程のヴェロキラプトルを、見事なハイキックで叩き落した。

 

 キュインキュインと駆動したスーツの効力により、数十倍の威力となったあやせのハイキックを頭部に受けた恐竜は、そのまま首の骨を圧し折られ、瞬殺された。

 

「…………」

「――渚君」

「は、はいッ!」

 

 それを青褪めた顔で見ていた渚は、背を向けたままこちらを単調な声で呼びかけたあやせに、思わず背筋を伸ばして答えた。

 

 あやせは振り返る――その表情は、悲しげに歪んでいた。

 

「……わたしの為にしてくれたのは分かります。……だけどもう――あんな簡単に自分の命を投げ出さないでください」

 

――もっと、自分の命を大切にしてください。

 

 渚は、ストンと何が埋まる感触を感じた。

 

 あやせのその言葉に、自分の存在を認識し(みとめ)てくれる言葉に。

 

 自分を失いたくないと、自分の価値を認めてくれる言葉に。

 

「……ごめんなさい」

 

 渚は――憑き物が落ちたかのように、微笑みながら謝罪した。

 

 あやせは渚のそんな顔を見て苦笑する。

 そして、立ち上がって自分の横に来た渚に、あやせは自身の体を――漆黒の全身スーツを纏った体を見つめながら呟く。

 

「このスーツ……どうやら体を凄く強くするみたいです。……だからあの人はこれを着た方がいいって言ったんですね」

「桐ケ谷さんが恐竜に飛び掛かられても平気だったのはそれのお陰だったんですね。……ってことは、さっきのハイキックも――」

「当たり前ですよ。それとも渚君は、わたしが日常的にあんな威力のハイキックを繰り出すとでも思ってるんですか?」

「いえ全く思ってません」

 

 美人の笑顔って怖い。

 中学三年生の思春期である潮田渚少年はまた一つ賢くなった。

 

「……なら、わたしが盾になります。渚君は、わたしの後ろにいてください」

 

 一体倒したからとはいえ、まだ数体の恐竜はこの広場にいる。そして、一体撃破したことで、奴等はあやせ達を脅威対象と認識したようだった。

 

 渚はチラリとあやせの顔色を窺う。そして、彼女がそっと右足に――先程、恐竜にハイキックを叩き込み、その命を刈り取った右足に触れたのを見た。

 

 渚は表情を歪める。

 それはそうだ。例え相手が恐竜とはいえ、自分の命を守る為とはいえ、思わず咄嗟にやってしまったこととはいえ――

 

――命を奪うという“感触”が、気持ちのいいものであるはずがない。

 

 それでも、渚には何も出来ない。

 軽々しく命を捨てるな――そう言ってもらえて嬉しかったとはいえ、今この状況でそれを言われるということは。

 

 お前は何もするな。

 そう言われていることと同義なのだから。

 

 自分は和人やあやせのようにスーツを着ているわけではない。そして、東条のように生身で恐竜と戦えるわけでもない。

 

 目の前で自分を守る為に立ち塞がる女性(あやせ)よりも小さな体、喧嘩一つしたことのない細い腕、勉強についていけずE組行きになってしまう程度の頭脳。

 

 何もない。何の武器もない。何の才能もない。

 

 いくら存在を認められても、自分が何も出来ない無力な存在だという現実は、まるで変わらなかった。

 

 渚は歯を食いしばって、そっと腰に手を伸ばす。

 

 変わりたい。こんな弱い自分を――殺したい。

 

 殺して、もっと、強い自分に――

 

「ギャオウス!!!」

 

 恐竜が威嚇するように啼く。自分の前に立つあやせの肩が震えた。

 

「――――ッ」

 

 渚は息を呑み、そしてそのナイフを掴んで――

 

 

 

「キューーッ!! キューーーッ!!」

 

 

 

 突如、奇声が響く。

 

 渚はさっと後ろを向く。

 それは、この広場から展示場入口へと伸びる通路から響いていた。

 

 確かそこには、あの黒い球体に表示されていた、『かっぺ星人』がいたはずだ。

 

「な、なんですか?」

 

 あやせが不安そうに呟く。

 だが、その言葉に何も返せない程、渚は強烈な嫌な予感に囚われていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 バンッ! と再びヴェロキラプトルが弾け飛ぶ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 和人は大きく息を吐く。ふと、後ろを見ると――

 

 ドンっ! と重々しい音と共に、東条の強烈な拳が恐竜の胴に叩き込まれる。

 そして、恐竜は断末魔の叫びを上げ、ぐったりと倒れ込んだ。どうやら死亡したらしい。

 東条もふと振り返り、和人に言う。

 

「お前の言う通り、右胸が弱点みたいだな」

 

 和人は戦闘中にXガンを色々と弄くり、レントゲンの様な体を透かして見る効果を見つけた。そして、この恐竜の心臓が右胸にあることを突き止めたのだ。

 SAOの攻略組トップランカーに君臨し続け、潜り抜けた死線の数だけ鍛え抜かれたその対応力は伊達じゃない。

 だが――

 

「……俺が言う前に、なんとなく気づいてたくせに」

 

 和人は苦笑いする。この男は、自分が機械を使ってそれに気づく前に、攻撃を与えた時のリアクションから直感でその弱点に気づきかけていた。まさしく野生の勘と言うべき嗅覚である。

 

 二人の奮闘のお陰で、彼らを取り囲むヴェロキラプトルの数は大分減ってきていた。

 和人はスーツのお陰で無傷であり、東条も所々服が破れ、血がにじんでいるものの、全て掠り傷であり、致命傷は負っていない。

 体力的な消耗は(少なくとも和人は)激しいが、それでもこのまま続けていけば勝てると踏んだ。

 

 そんな時――

 

 

「キューーッ!! キューーーッ!!」

 

 

 突如、上の方からそんな奇声が聞こえた。

 

「ん? なんだ?」

「恐竜の啼き声じゃないな……」

 

 そして当然、人間の悲鳴でもない。和人は眉間に皺を寄せる。

 どこかで聞いたことがある音声だ。まるで、SAO時代、モブモンスターが、追い詰められて仲間を呼ぶ時のような――

 

「――まさかッ!?」

 

 和人はバッと東条の方を向き、叫ぶ。

 

「上へ上がろう!!」

 

 そして、進行方向にいるヴェロキラプトルを突き飛ばして階段を駆け上がる。

 東条もそれに続いた。

 

 そして広場へと辿りつくと、広場には数体のヴェロキラプトルと、あやせと渚がいた。

 

 奇声の方向に目を向けると、そこにはあのかっぺ星人と彼を取り囲む数人の黒人。

 

 かっぺ星人が、倒れながらも黒人達を指さして叫んでいる。それを和人が確認した、その時。

 

 

 その通路奥の展示場入口から、二体の大型恐竜が、建物を突き破って出現した。

 

 

 ドゴオォォン!!! という凄まじい轟音と衝撃が響く。

 

 その姿を現した彼らは、まるで己の存在を誇示するかのように、人間達に吠えた。

 

 

「「ギャァァァォォォオオオオオオオンッ!!!!!!!!」」

 

 

 ビリビリと大気が怯えるように震える中、和人は呆然と呟く。

 

 

「……T・レックス、だと」

 

 

 そして和人達は、思い知ることとなる。

 

 

 ガンツミッションというデスゲームの、本当の恐怖と理不尽と――――絶望を。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ガンツソードを如○棒のように使うという著作権に引っかかりそうな方法でトリケラサンを倒した、その直後。

 

 同様のトリケラトプスが、再び俺の目の前に現れた。

 

 

 それも、二体。

 

 

「…………」

 

 まさかこんなにも簡単に釣れるとは。わざわざ透明化を解除して、ド派手に一戦交えた甲斐があったな。チビ星人程ではないにしても、動物的な仲間意識は持っているらしい。

 

 目の前の、まだ四足歩行のトリケラトプスを前に、俺は自身に透明化を施す。先程の個体の手応えとしては、強さはチビ星人クラスといったところか。千手の足元にも及ばないし、田中星人のような特殊装甲も持っていないだろうから、おそらくは透明化は有効だろう。

 

 透明化が効くなら、二体同時でも十分相手出来る。

 

 俺は姿を消しながら、二体の側面に回ろうとして――

 

「……?」

 

 ふと、トリケラトプス達の様子がおかしいことに気づいた。

 

 ……いくら俺が透明化を施しているとはいえ、注意がまるで俺に向いていない。わざわざ敵意を煽る為に目の前で透明化してやったのに。

 

 さっきまでは俺を見ていたのに……というより、今は“俺以外の何か”に注意が向いている?

 

 

 話は逸れるが、この恐竜展のパノラマは、ざっくり言って大きく三つのエリアに分かれている。

 俺が入ってきた入口側に二つのエリア。そして、その奥にもう一つのエリア。俺は今、その中の入り口側の左のエリアにいて、その三つのエリアは敷居の壁によって分かたれている。その敷居は、もちろんこの恐竜展にのみ使われる期間限定の壁なのでコンクリートなどで出来ているわけではないが、安全性を考慮してそれなりの衝撃に耐えられるくらいには頑丈に出来ている。

 

 そんな壁の向こう――入口側の右エリアの方から、何かが走ってくるような音が聞こえた。

 ……俺とトリケラサンの戦いに引きつけられた、別の恐竜だろうか?同種のトリケラトプスなら兎も角、別の種も呼び寄せたのか?それとも、向こうのエリアにもトリケラトプスがいるのだろうか。

 段々と近づいてくる足音に警戒を強める。そして――

 

 

――巨大な火の玉が、壁を貫き破壊した。

 

 

「――なッ!?」

 

 その火の玉はそのままこちらのエリアのパノラマの森林を破壊した。

 その衝撃に危機感を煽られたのか、二体のトリケラトプスはノーダメージにも関わらず二足歩行のトリケラサンモードとなり、侵入者に対して臨戦態勢を整える。

 

 その侵入者は、火の玉によってこじ開けた穴から悠々と姿を現した。

 

 それは、まさしく恐竜界の王とも言うべき、誰もが知っている強者の象徴だった。

 

「……T・レックスか」

 

 T・レックス。

 ティラノサウルス‐レックス。

 史上最大の肉食獣。最強の恐竜。

 数々の異名と伝説を持つ、まさしく怪獣。

 

 ……恐竜が今回の星人と分かった時点で、トリケラトプスがいた時点で、もちろんこの恐竜も出てくるだろうとは思っていたが。

 目の前にするとかなりの迫力だ。あの大仏にも勝る威圧感。

 

 思わず震える。いきなり真打の登場か。……いや、まだ決めつけるのは早い。とにかく今は、この状況をどうするかだ。

 トリケラサン達は見た所さっき倒した個体とそこまで大差ないように見える。二体相手でも十分勝てる。……だが、問題はT・レックスだ。

 

 ……まさかとは思うが、いや十中八九間違いないだろうが。……さっきの火の玉はこのT・レックスが放ったものか。

 

 いや、ビーム弾やレーザーを使う敵がいたんだ。今更、火の玉くらいじゃ驚かないが。でも凄まじい威力だというのはこの破壊された森林で分かる。

 

 どれくらいのタメが必要なのか? 予備動作は? 弾数制限はあるのか? 連射できるのか? なにか必要な行程はあるのか? どのくらいの頻度で使ってくるのか?

 

 ……そこら辺をしっかりと見極めないとな。

 

 二体のトリケラサンとT・レックスが向かい合う。

 

 やはり、トリケラサン達が警戒していたのはコイツか。

 T・レックスの方も、ギラギラとした肉食獣特有の獰猛な目つきでトリケラサン達を睨みつける。

 

 共に恐竜界を代表するスター恐竜同士。太古の時代にも互いに争い合っていたっていうしな。まさしく宿命のライバル。現代においてもその運命(さだめ)からは逃れられないということか。

 

 

 ……あれ? 俺、いらなくね?

 

 

 二体が凄まじい雄叫びを上げ、激突する。その衝撃の余波はこちらまで届き、俺は思わず目を瞑る。

 トリケラサンがその大木のような腕で殴りつければ、T・レックスは頭突きで対抗する。

 相方をサポートするようにもう一方のトリケラサンがT・レックスの胴を殴りつけると、T・レックスはその最大の武器である咢で反撃する。

 

 ……まさか、恐竜にまで存在を無視されるとは。俺のステルスぼっち力は留まるところを知らないな。まぁ、今はリアルにスケルトン状態なんだが。

 

 どうする? このまま安全圏で二種類の生態を観察するのも手だ。トリケラサンは少なくとも三体いたからな。T・レックスが一体だけとは限らない。手に入れた情報は確実に役に立つ。

 

 だが、それは俺に味方がいる場合の話だ。俺以外が全員初心者な今回のミッション。俺一人でうじゃうじゃいる今回の星人を60分で全て屠ることになる。毎回のことだが、今回の戦いも時間との勝負だ。だからこそ、俺はトリケラサンとの初戦をわざわざ透明化を解除してド派手に戦うことで、仲間を呼び寄せるなんて危険な賭けに出た。

 

 ならば、だ。ここでこうして星人同士が潰し合うのはむしろ好都合だ。この隙に別の星人のところに行き、そちらを屠る方がいいんじゃないか?

 

 俺は数秒逡巡し、後者を選択することにした。

 

 マップを取り出す。T・レックスが現れた隣の右エリア、そこには三体程の星人がいるらしい。俺はそちらに行くことにした。

 

 

 轟音を轟かせながら凄まじい戦いを見せる三頭を置いて、俺は隣のエリアに足を踏み入れる。そこには――

 

「……やっぱりか」

 

 少し遠目には、二頭のT・レックス。グルルルと喉を鳴らしているが、こいつらはわざわざ隣のエリアに乗り込んでまでトリケラサン達を殺しにはいかないようだ。やはり普通の恐竜よりは知能、というか自我があるのだろうか。透明化のお陰か、俺にはまだ気づいていないらしい。

 

 マップによれば、こいつらよりも俺の近くにもう一体いるはずなんだが。……俺はふと周りを見渡す。

 

 このエリアも川や森などの自然が多く、恐竜が映えるようなつくりになっている。

 だが、そんなエリアを大きく見渡しても、やはり目を引くのは二頭のT・レックスで、他にこれといった恐竜の姿は――

 

「――あれは?」

 

 エリアの奥。奥のエリアへとつながる敷居の壁に、ぽっかりと穴が開いている。

 ……あれもT・レックスの仕業だろうか? だが、そんな音は一回しか聞こえなかったから、俺がミッションに来る前にはすでに開いていたのだろうか?

 こちらのエリアには火の玉が通った後のようなものはないから、向こうのエリアに向かって放たれたか――

 

 

『……何……か、無粋な……侵入……者が……い……るな』

 

 

 突如、そんな低い声が響いた。

 チビ星人のテレパシーの声に似ているが、頭に直接響くアレではなく、もっと遠くから、俺が無意識に足を進めていた奥のエリアへと繋がるあの大穴への道中に佇む、あの“岩”から響いた。

 

 否。俺が岩だと思っていたそれは、岩ではなかった。

 

 スッと、首が伸びる。

 ゆっくりと、巨木の様な太い四本の足で、岩のごときその体を持ち上げる。

 そこから伸びる長い長い首の先端、そこにあるその巨体からはあまりにも不釣り合いに小さい頭部が、つぶらな瞳が特徴的なその顔が、こちらの方に向く。

 

『……姿は……見えぬ…………が……感じる……ぞ。……近くに……い……る。……我ら……の……安……寧…を……邪魔する……小さな……侵入……者が』

 

 体が硬直する。気づかれている。

 ……それに、たどたどしいが、言葉を発した。知能がある。少なくともトリケラサンよりは、はるかに巧みに、意味のある言語を操っている。このことから、かなり人に近いそれ。おそらくは千手以上、チビ星人クラスの自我があるんじゃないか。

 

 見た所、こいつはブラキオサウルスか? 史上最大の恐竜と言われていたあの草食動物の。

 ……目の前のこいつは確かにデカいが、サイズ的にはおそらくは子供だ。……こういった展示会は、子供の恐竜だけで展示することはまずない。……おそらくは大人もいるはずだ。……向こうのエリアか?

 

 こいつを刺激しないように棒立ちで思考に耽っていると、子ブラキオは、遠くを眺めるように首を伸ばし、呟くように言った。

 

『……いや……それだけでは……ない…な。どう……やら……外にも……いくら…か……いるよう……だ。……ふっ…愚か……にも……我らの…使い……の……逆鱗に……触れたと…見える』

「……使い? 逆鱗だと?」

 

 子ブラキオの言葉の意味が分からず、思わず口に出して呟いてしまう。

 

 その時――

 

「――キューーッ!! キューーーッ!!!」

 

 建物の外から、奇声のようなものが聞こえた。

 

 俺は思わず振り返る。なんだこれは?

 

 だが、本当に驚愕するのはここからだった。

 同エリアにいた、二頭のT・レックス。彼らの動きがピクリと止まり、突然天に向かって吠えた。

 

「「ギャァァァォォオオオオオオオンッ!!!!!!」」

 

 空気全体が震えているかような衝撃のそれに呑まれていると、二頭のT・レックスはそのままどこかへと駆け出した。

 

 その先は、トリケラサン達がいる隣のエリア――――ではなく、展示場外へと繋がる、出口だった。

 

「なんだとッ!?」

 

 俺の驚愕を余所に、二頭のT・レックスは突進してそのまま扉を突き破り、外に出る。

 

 ドゴオォン!! という破砕音と後に、野太い英語の絶叫が微かに響いた。

 

『いいの……か? ……小さき……者よ』

 

 振り返ると、ブラキオ子がこちらに向かって高みから見下ろしていた。

 

『早く……助けに…行かねば……お前の……同胞は……死に…絶える……ぞ』

 

 俺はすっかり位置がバレているようなので、透明化を解除する。……さっき声に出して叫んだのが不味かったか。

 まぁいい。コイツには話したいことも出来た。

 

「……そうだな。だが、その前にお前を殺してからだ」

 

 俺は上から目線で見下ろしてきやがる子ブラキオに向かって不気味に笑って言い放つ。

 

『笑……止』

 

 子ブラキオは、古臭い言い回しで、それを一刀両断した。

 

 

 次の瞬間、子ブラキオは、その長い首を凄まじい速さで、俺を両断すべく振り下ろした。

 

 




いやぁ、やっぱりスマホは凄いストレス。
・・・ノートPC買い換えの時期なのかな。もうかなり使い込んでるし。

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