比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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 ハッピーバレンタイン。
 そんなわけで、一つもバレンタインに相応しくないドシリアスな展開です。


比企谷八幡は、いよいよ千手観音と対峙する。

 その鎧はやたらと肉弾戦が強い個体だった。

 

 いままでの2m級のように無闇やたらに暴れるのではなく、拳法というか、格闘術のようなものを駆使している。

 

 おそらく他の個体とは格が違うのだろう。

 

 

 それでも、雪ノ下陽乃の敵ではなかったが。

 

 

 スーツで強化された肉体性能に、陽乃さんが元々かなり高いレベルで身に付けていたであろう合気道。

 

 それらで完全に鎧をいなし、翻弄している。

 

 ……もういいだろう。ここまで追い込まれて目立ったアクションを起こさないということは、飛び道具はない。

 

 なら、やることは簡単だ。

 

「陽乃さん!!」

 

 俺は、陽乃さんに合図を出す。

 

 すると陽乃さんはこれまでいなす程度だったのに対し、相手の渾身の拳を躱したその勢いとスーツの筋力アップを利用して、“こちらに向かって”大きく投げ飛ばす。

 

 そして俺は、Xガンを発射する。

 

 すると、鎧は地面を強く両手でつっぱり強引にバク天のような要領で躱す。

 

 それも予想通り。

 俺は逆の手に構えていたYガンを使用し、そいつを捕える。

 

 空中に高くジャンプしすぎた鎧は呆気なく捕えられた。

 いくら身体能力と反射神経に優れていても、飛び道具もなく空も飛べないコイツに、空中でYガンの捕獲ネットを避ける手段はない。

 

 俺はXガンを連射する。

 タイムラグの後、ソイツは岩石が粉々になるように破砕した。

 俺は一安心して陽乃さんも元に向かう。よかった。Xガンが効いた。これからの敵はみんな大仏のようにXガンの効果が薄いのかと思ったぜ。杞憂だったようだ。

 

 だが、油断は出来ない。現に、大仏以上の敵――ボスが残っているのは間違いない。

 

 100点メニューの2番。強い武器。100点と交換に手に入れるほどの武器。その存在が、俺の脳裏に過ぎる。

 Xガンじゃ倒せない――少なくとも正攻法では――敵が出てきたんだ。

 そんな奴らがいるから、このゲームに魅せられ、戦いを続けることを選ぶ奴らは、2番で武器を強化するのだろう。

 

 そしておそらく、大仏以上に強いボス――そいつは、Xガンを闇雲に撃って通用する相手ではないだろう。達海がやったように、一工夫必要に違いない。

 

 それか――

 

「やったね、八幡!」

「ええ。……でも、敵も強くなってきましたね。まさか――」

「……ごめんね、八幡。私、剣術はフェンシングくらいしかやったことがなくて……」

「何言っているんですか。あの一撃は避けられましたが、その後の肉弾戦で圧倒してたじゃないですか。むしろ囮と偵察のようなことを任せてしまってすみません」

「いいよ、それぐらい。この通り怪我一つないんだから」

 

 そう。俺たちは、本来鎧を瞬殺して、すぐに葉山たちの元へ向かうつもりだった。

 

 なので、こちらの最強の攻撃手段であるガンツソードによる一閃を敢行したのだ。(陽乃さんが)

 

 ソードを伸ばしての遠距離攻撃だったとはいえ、陽乃さんの振りは見事だった。たしかに本人の言う通り、本格的に習ったものではなかったのかもしれないが、それでも素人目からすると、申し分のない速さと鋭さだったと思う。

 

 だが、鎧は避けた。無駄のない完璧なタイミングと高さの跳躍で。

 

 そこで俺たちは瞬殺を諦め、なるべく迅速に倒す為、引き付け役と本命役に分かれて倒すことにした、というわけだ。

 

「気持ちを切り替えて行きましょう。陽乃さんのガンツソードは、ボス戦で必ず必要になります」

「――うん。そうだねっ!」

 

 さすが陽乃さんだ。メンタルコントロールが上手い。表情に力が戻った。

 

 俺は再びマップを開く。頼む。まだ生きて――

 

 その時、どこからかXガンの連射音が響いた。

 

 もちろん俺たちではなく、おそらく葉山たちでもない。

 なぜなら、音は近くから――高所から聞こえたから。

 

 俺は上を見上げる。案の定、つなぎさんが戦っていた。そして、その相手は、同じように天井にいる。

 

 たしかアレは――千手観音。

 

 俺は今度こそマップを確認する。エリア全体が映るようにする。

 

 残る青い点は――1つ。つまり、コイツがボスか。

 

 ……その事と同時にマップを見たことで容赦なく襲い掛かってきた現実に、俺のメンタルは崩れそうになる。

 

 青い点は、確かに1つ。それは、ある意味朗報だ。残り時間は、約20分。それだけの時間をコイツ一体に費やすことが出来て、そしてコイツを倒せば終わり。ミッションクリアだ。

 

 だが、赤い点も大幅に減っていた。その数は、4。

 

 4。4人。それは、つまり俺と、陽乃さん。そして今戦っているつなぎさん。そして、残る1つは、あっちに行ったメンバーが、たった一人だけ。その一人を残して、みんな殺された。

 

 おそらくは、あの、千手観音に。

 

 ……………………。

 

――考えるのは、後、だ。

 

 悲しむことは、後でいくらでも出来る。

 謝ることも、後でいくらでも出来る。

 

 今は、まだ生きている、つなぎさんに加勢に行くことだ。

 

「――陽乃さん。アイツがボスです」

「うん。了解」

 

 間髪入れず陽乃さんが頷く。

 

 だが、どうする?俺たちもあそこに上るか?だが、アイツがそんな決定的な隙を逃してくれる奴とも思えない。なら、つなぎさんのように、ここから射撃で援護の方が――

 

 その時、目を焼くような強烈な閃光が走る。その光は、千手から放たれたものだった。

 つなぎさんはそれを避けたが――その光は横薙ぎに振るわれ、屋根が一部分切り落とされた。

 

「は、八幡!あれって――」

 

 レーザーかっ!

 田中星人はビーム弾を使っていたが、あれは予備動作もないし、速度も威力も段違いだっ!

 くっ!さすがにボスかっ!一筋縄ではいかないっ!

 

 俺はXガンを構える。……だが、この距離では狙いが定まらない。Xショットガンなら別かもしれないが、俺は持ってない。それに、遠距離射撃は技術が必要だし、上から下を狙うならまだしも、下から上は物理的にかなりきつい。

 

「おい!!こっちに来い!!一対一で勝てる相手じゃない!!」

 

 俺はつなぎさんにそう大声で呼びかける。

 だが、つなぎさんは一瞬こっちを見たものの、すぐに回避行動を続行する。

 

「お、おい!!なんで――」

「八幡!!あの人スーツ着てない!!」

「!!」

 

 くそっ!!そうか!!

 ここまで生き残って、ばっちり戦力になっていたから忘れてたけど、あの人はスーツを着ていないんだ。

 あの人は只者じゃなさそうだから、あの高さからも降りろと言われれば降りれるのだろうけど、あんな奴の攻撃を躱しながらだと難しいか。

 

 なら、千手の意識をこっちに。それだけなら、この距離でXガンでもいけるだろう。

 

「千手から離れろ!!」

 

 俺はそう再度叫び、つなぎさんが離れたのを確認してXガンを放つ。

 

 タイムラグの後、砕けたのは千手の近くの屋根。注意を向けるのが目的とはいえ、これでも当たれば儲けものだと思ったんだが、大きく外れた。やっぱりこの距離じゃ厳しいかっ。

 

 だが、千手の意識をこっちに逸らすのは成功した。遠目で分かりづらいが、アイツのいくつもある顔の中のメインっぽい正面の一番デカい顔(って言っても他のが小さいだけで普通の大きさの顔)がこっちを見た。

 

 ゾクリ、と寒気が走った。

 この距離で、顔だけ動かしてこっちを見られただけで。体の向きすらこっちに向き合っていないのに。

 

 恐怖が走った。田中星人のボスとはまた違う恐怖。あっちは威圧するような恐怖だったが、こっちはまるで射抜くような。

 

 その恐怖で体が一瞬硬直したが、ピカッと千手の手元が光ったことで、一気に覚醒する。

 

「陽乃さん!!」

「きゃっ!!」

 

 俺は陽乃さんを抱きかかえ、とにかく全力で回避する。

 一瞬後、俺と陽乃さんが居た場所を、レーザーが着弾する。

 

 大理石製であろう石畳を深々と抉っている。その威力にまた背筋に恐怖が走るが、俺はすぐに立ち上がり、陽乃さんの手を引いて距離をとる。

 

 陽乃さんはすぐに復帰し、手を離して俺と並んで走った。

 

 俺は再び千手に目を向ける。アイツは体ごと俺たちに向き合っている。

 

 そして、近くにつなぎさんはいない。どうやら逃げられたらしい。

 

 だが、そのおかげでアイツは俺たちに完全にターゲットを変えたようだ。

 俺は立ち止まり、陽乃さんも止まる。これ以上距離をとるよりも、まずは千手の挙動に目を光らせる。発射のタイミングと同時に飛べば、この距離ならあのレーザーは避けることが出来ることは分かった。

 

 アイツは、じりじりと屋根の端に向かって歩いている。

 

「……陽乃さん。次のレーザーが来たら、バラバラに逃げましょう」

「……分かってるわ。一か所に固まってたら、いい的だものね」

 

 俺は頷く。そして、そのタイミングを待つ。

 幸い、時間はまだある。こちらが攻撃をするチャンスも必ず来るはずだ。それまでは、アイツの性質を見定める。

 

 アイツはついに屋根の端に立つ。そして、俺たちを屈服させるかのように、高みから見下ろす。

 このまま降りて、接近戦を仕掛けてくるつもりだろうか。あのレーザーは遠距離向きだと思うが、接近戦にも何か武器が?千手の名の通りうじゃうじゃと生えている手にはそれぞれ何か武器や宝具やらを持っていて、その中には剣もある。あれを使うのか?

 

 ……飛び道具も、近接武器も所持。そして、あのフォルムで屋根に上ったってことはそれだけの運動性能もある。かつてないハイスペックな敵だ。

 

 ……くそっ、焦るな。まだ二十分近くある。とにかく攻撃を避けて、アイツを観察して、弱点を見つけるんだ。倒すタイミングは必ずく――

 

 

 その時、千手の背後に青白い光が瞬いた。

 

 

 え?

 

 バンッ!! と、千手の上半身が吹き飛ぶ。そして、そのまま下半身はバランスを崩してグシャ という情けない音と共に地面に落ちた。

 

 

 ……え?これで終わり?

 

 

「は、八幡。……ボス死んじゃったけど?」

 

 陽乃さんが呆然と可愛い声で言う。いつも不敵なのに、予想外のことが起こったらきょとんとなるはるのんマジ天使。

 

 いや、そんなこと言っている場合じゃない。え?うそ?こんなあっさり?なんか、脳内で恐怖心抑えながら必死に戦力分析とかしてた俺超恥ずかしいんだけど。

 

 先程まで千手が立っていた場所にXショットガンを掲げたつなぎさんが現れる。なるほど、俺たちに注意が向いた瞬間、逃げたのではなく、おそらく屋根の反対側とかに身を隠して、不意討ちしたのか。

 

 てか、かっけぇ!めっちゃハードボイルド!今もこっちに向けている微笑が渋い!惚れる!平塚先生紹介したい!

 

 ……にしても、本当にこれで終わりなのか?いや、これで終わりなら最高に嬉しいんだが、呆気なさすぎて――――嫌な予感が拭いきれない。

 

「……一応、確認してきます。陽乃さんはここに「は、八幡!!あれ!!」―?」

 

 俺は、陽乃さんが血相を変え指を差す方向に、目を向ける。

 

「――ッ!!」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 千手の下半身が一人手に立ち上がり、上半身のあった場所に肉片が集まっている。

 足元の何かが光輝いていて、まるで神秘的な奇跡を目撃しているような――いや、ないな。そんないいものじゃない。よくてセルだな、連想できても。絶望感からいってもそちらの方が的を射ている。

 

 ……ホント、冗談じゃない。倒したと思ったら復活とか、そういうのは漫画だけにして欲しい。付き合ってられねぇよ。

 

 近接戦闘も、遠距離射撃も、運動性能も完璧で、その上回復能力も完備、か。

 

「……チート過ぎんだろ」

 

 そうこう言っている間に、千手は元の姿を取り戻す。…………死の淵から蘇る度にパワーアップとかないよね?そこまでされたら泣くよ。マジで。

 

「……八幡、どうする?」

 

 さすがの陽乃さんもちょっと引いてるっぽい。だよね、そりゃ。

 

「……漫画とかじゃあ、どっかにある核を壊さない限り何度でも復活、っていうのが定番ですよね」

「なるほど。なら、その核っていうのを探してみようか」

 

 陽乃さんはガンツソードを取り出す。……アイツは下に降りちまったからな。近接戦闘になるか。

 

「……ですね」

 

 俺もXガンを構える。……これがどこまで通用するか。ダメ元で、透明化を試してみる――

 

 ピカッと再び光る。

 俺はピクッと動きかけたが、レーザーはこちらに放ったものではなかった。

 

 狙いは、先程まで自分がいた――そして、千手を撃ったつなぎさんがいる建物そのもの。

 

「「――ッ!!」」

 

 俺と陽乃さんは絶句する。

 俺はすぐにつなぎさんの姿を探したが、少なくとも見える所にはいない。また反対側に逃げたのか、それとも今度こそ降りたのかは分からない。だが、出来れば後者であって欲しい。

 

 なぜなら、千手はレーザーで建物を貫いた後――それを縦横無尽に振り回し、バラバラに焼き切ったからだ。

 

 大仏が登場した時の本堂のように、ズズーンと音を立てて崩れ去る。その様子は、田中星人の時のボス戦を彷彿とさせた。

 

 だが、あの時とは違い、ボスはノーダメージで健在で、俺たちの方に向かってくる。

 

「――陽乃さん。行きましょう!」

「――ええ!」

 

 今度こそ、俺と陽乃さんのボス戦が始まった。

 

 陽乃さんが、ガンツソードを携え千手に向かっていく。

 

 俺は透明化を施し、その後ろを駆ける。

 

 ピカッ!千手の手元が発光する。

 それを陽乃さんは身を屈めて最小限の動きで回避した。もうタイミングを掴んだのか。さすがだ。

 

 レーザーは、あの手に持つ小さな灯籠から放たれている。それを両手に持つということは、二発同時発射が可能ということか。

 

 ……やはり、コイツの特殊能力は、あの無数の手に持つ宝具に依るものか。

 

 ピカッ!

 ――ッ!!ヤバい!!

 

「八幡!!」

 

 俺は間一髪避ける。そして透明化を解除する。

 

「……大丈夫です。それより前を向いて!来ます!」

 

 俺がXガンを放ちながら俺が声を上げると、陽乃さんは剣を両手で掲げるようにし、頭上から振り下ろされる剣を防ぐ。

 

 千手はもう一方の剣で、両手が塞がっている陽乃さんを襲うが、その腕は俺のXガンの効果が現れ吹き飛ぶ。

 

 陽乃さんはその間に距離をとり、俺の近くまで戻る。

 

「ゴメン、ありがと」

「いえ。……それより、どうでした?」

「……思った以上に、剣の扱いが巧み。肉弾戦は、さっきの鎧と同等以上」

「……こっちも、やはり透明化は看破されました。……鎧と同じくらいということは、肉弾戦なら勝てますか?」

「……あのレーザーがなければ」

 

 その言葉に、窮する。

 レーザーは灯籠から放たれることは分かった。だが――

 

 今も、吹き飛ばした剣を持つ腕は、“剣ごと”再生している。あの宝具も肉体の一部ってわけだ。

 

 ……やはり、あの再生能力をなんとかしないと。アイツを倒せない。

 陽乃さんの言う通り、核があると仮定しよう。なら、その核はどこだ?定番は、やはり心臓や脳。だが、そこはさっきつなぎさんが上半身全体を一気に吹っ飛ばした。だが、ダメだった。

 なら、セルのように核が恐ろしく小さい?それとも、これも定番だが、体内ではなくどこか別の場所に隠しているというパターン?ヴォルデモートみたいにいくつか分けてあるとかだったらお手上げだぞ。もしそうなっていたとしても、隈なく探している時間も余裕もない。

 

 ……くっ。唯一の幸いは、この再生が瞬時ではなく時間がかかることだが……。

 

 時間?そうだ。再生する度に、その間光っている宝具が――

 

――ッ!!千手が突然跳んだ!!

 

 俺と陽乃さんは身構えるが、千手は俺たちに向かって跳んだのではない。

 

 むしろ、何かから距離をとって回避するように。

 

 それとほぼ同時に、視界の隅で青白い発光が瞬き、甲高い発射音が響く。

 

 つなぎさんだ。やはり生きていたのか。

 

 だが、それは千手に察知された。再生中は身動きがとれないと踏んだのか。だが、それは間違いだった。

 

 手に持つ鏡のようなものの発光が止む。再生が完了し、剣を持った腕が復活した。

 

 やはり、あの鏡が再生能力の宝具か?なら――――あれが核か?

 

 っ!! 千手がつなぎさんへ突撃する!

 

 まずい!

 俺と陽乃さんも、千手の後を追いかける!

 

 つなぎさんが、迫ってくる千手に向かってXショットガンを放つ。

 

 千手は、二つの剣を交差するようにして、それを防いだ。

 

 防いだ!?避けたり、効かなかったりする敵はいたが、防ぐなんて敵は今までいなかったぞ……ッ。

 

 いや、違った。アイツは防いだんじゃない。

 

 千手は、交差した剣を開くようにして――跳ね返した。

 

 つなぎさんは銃を捨て斜め前方に跳ぶ。そこに、Xガンの衝撃波が襲った。

 

 ……なんて奴だ。いくつ能力があるんだ。

 

 千手はつなぎさんに向かって剣を振りかぶる。

 

 くそっ!間に合わない!Xガンはタイムラグがあるし、Yガンも――

 

 ビュン!という音が隣から響く。

 

 陽乃さんは、ガンツソードを槍のように投げた。

 凄い、これなら――

 

 キィン! と千手は、振りかぶっていない左側の剣でその攻撃を見向きもせずに、それを弾き飛ばした。

 

「――な」

「――え」

 

 くるくるとンツソードが俺たちの頭上を放物線を描きながら飛ばされる。

 俺達はそれを追うことが出来なかった。

 

 その瞬間に、つなぎさんが斬られたからだ。

 

「ごほぁ!!」

 

 とどめのつもりなのか。千手はさらにレーザーで胴体を焼切り、俺たちに向き直る。

 

 その時、俺の中には、本当に申し訳ないけれど、つなぎさんが殺されたことによる怒りや悲しみといった感情はなかった。

 

 あるのは、恐怖。

 

 殺される。その圧倒的な恐怖。

 

 強すぎる。

 

 

 

 チャキッ。

 その音に、俺は隣に目を向ける。

 陽乃さんだった。陽乃さんは、失ったガンツソードの代わりに、Xガンを構えていた。

 陽乃さんは、まだ闘志を失っていない。

 

 だが、いくら雪ノ下陽乃とはいえど、この状況に恐怖していないわけではない。

 現にその手はわずかながら震え、呼吸も乱れている。

 

 

 それでも、彼女は屈しない。

 

 

 なぜなら、彼女は雪ノ下陽乃だから。

 

 

 この強く、美しく、そして誰にも屈さず、誰よりも自由であろうという、この生き様に。

 

 

 俺は惹かれた。この人に、雪ノ下陽乃に魅せられたんだ。

 

 

 この人を失いたくない。この人と並び立つ――この人の隣に立つ男でありたい。

 

 

 それにふさわしい、男になりたい。

 

 

 そんな分不相応な夢を。――愚かにも、抱いてしまった。

 

 

「――陽乃さん。俺が敵を引き付けます。だから、その隙に剣を拾ってきてください。」

「――え?」

「あれは弾かれただけで、まだ折れてはいないはずです。」

 

 剣が必要ならば、俺が俺の剣を渡せばいいだけの話だ。

 そのことに、陽乃さんが気づかないはずがない。

 

 だが俺は、それに気づかないふりをして、とぼけながら言った。

 

「……それに、試したいことがあります」

「……死なないよね」

「もちろんです」

 

 俺は、陽乃さんの目を見ずに、簡潔に答えた。

 

 もちろん、死ぬつもりなんて毛頭ない。試したいことがあるというのも本当だ。

 

 

 だが、それでも一番は、陽乃さんを傷つけたくないという思いが大きかった。

 

 

 今更だと思うかもしれないが、この人への想いと――そして、千手の強さを再確認して、俺は急に怖くなった。千手と陽乃さんを戦わせることに。

 

 失くしたくない。無くしたくない。亡くしたくない。

 

 もう、あんな思いをするのは嫌だ。

 

 俺はもう一度、味わっている。

 

 そして、このガンツのミッションで何度も思い知らされている。

 

 嫌だ。もう嫌だ。

 

 

 掛け替えのないものをなくすのだけは、もう絶対に嫌だ。

 

 

 これは非合理的で、愚かで、傲慢な――ただの馬鹿な男の意地だ。

 

 

 好きな女の前で格好をつけたい。そんな痛い男の暴走だ。

 

 

 どう見たって、どうしたって相応しくなんかない高嶺の花に、無様にも恋い焦がれた男の悪足掻きだ。

 

 

 ……それでも、陽乃さんを失わず、傷つけず、この戦争に勝てるかもしれない可能性があるなら。

 

 

 そんな一縷の希望を掴むことが、俺の命だけを危険性(リスク)に掴みとれる可能性があるなら。

 

 

 挑むべきだ。挑戦すべきだ。それがどれほど愚かで、非合理で、くだらない馬鹿な男の意地だとしてもッ!

 

 

 ……突破口は見つけたんだ。なら、後は俺が――

 

 

 俺は陽乃さんの元から離れ、千手観音に向かって一目散に駆け出した。

 




 さて。寝ますか。
 寝て起きたらさっさと二月十五日になってればいいな。

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