比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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戦いは、激化する。

そして、ついに――


達海龍也は――。そして、折本かおりは――。

 達海は左斜めにいた側近の星人の一体と、相撲の立ち合いのように激突する。

 

 そして、そのまま渾身の力で――キュインキュインと激しくスーツの音が鳴り響く――近くにいたもう一体の側近に向かって投げ飛ばした。

 

 その二体は激しくぶつかり吹き飛ばされるが、達海は気づいた。

 

 スーツが限界だ。

 

 先程、千手の攻撃に貫かれたからか、これまでの戦闘のダメージが蓄積されたせいなのかは分からないが、とにかく限界だ。

 こうしている今も、どんどん効果が落ちている。

 

 達海は目をカッと見開く。

 

 そして、襲い掛かってきた星人を捕まえ、自分の方に引っ張る。

 

 ズサッ! と、千手の一閃。

 

「ぬおおおおおおおお」

 

 それを、捕まえた星人を盾にして防いだ。

 

 そして、そいつを先程2体でぶつけ合わせた星人たちに向かって蹴り込む。

 三体はもつれ合うようにして、再び転がった。

 

(あと一体!!)

 

 達海は残る一体の腕を掴む。とにかくスピード重視だ。

 

 達海は、そいつを集団の方に投げ飛ばそうと、背負い投げの要領で――

 

 ズシン

 

(――ッ!!こいつら、こんな重かったのか――!?)

 

 全身にまるで大岩を背負っているかのような重さが圧し掛かる。

 

 骨が軋む。スーツのアラートが勢いを増す。

 

 達海は歯を喰いしばり、一連の動きを、一瞬も止まることなくこなし、投げ飛ばした。

 

 ズシーンッ!!

 

 四体の側近を一か所に固めることに成功する。

 

 ここまでの工程を、流れるように行った達海。

 

 更に止まることなく腰のホルスターに仕舞っていたXガンを連射する。

 

 これがラストチャンスだ。もうスーツは限界。時間をかければ、コイツらは4体バラバラに攻撃を仕掛けてくる。そしたら、勝ち目はない。

 

(死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!!!!!)

 

「――ッ!!!」

 

 達海は殺気を感じ、連射を止めて転がる。

 

 そこをレーザーが擦過する。

 それを躱した先には、千手の二刀流の剣技。

 

 達海は、なんとかXガンで防ぎ(Xガンは斬られたが、何とか軌道はずらせた)、千手と向き直る。

 

 バンッと爆発音。

 

 バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ。

 

 そして、曲を奏でるように連鎖する。飛び散る肉片。噴き出す血液。呻く重低音な悲鳴。

 

 キュィィィィン。

 

 それらが収まるのと同時に、達海のスーツが完全に機能を停止した。

 

 達海は、乱れる息遣いの中、ははっと笑い、挑発するような笑みで千手に言い放つ。

 

「次は、テメーだ」

 

 仲間の死を嘆くように、そして下手人に憎悪を抱くように、千手の目が再び発光した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「比企谷、最後の一体だ!」

「さっき言ったポイントに誘導してくれ!」

 

 葉山、陽乃さん、相模、そしてつなぎさんで、相手を上手く指定の場所に誘導する。

 

 2m級は、どれもそれほど強くないが、それぞれに特技のような性能がある。

 

 怪力や超スピード、そしてこの個体は――

 

「く、来るぞ!!」

 

 葉山がそう言った瞬間、そいつは大きくジャンプする。

 跳躍力。それがこの個体の特性だった。

 

 だが、俺は“そいつの頭上から”Yガンを発射し、地面に固定する。

 

 さっき葉山に頼んだのはこういうことだ。

 俺は先回りして、つなぎさんとは別の建物の屋根の上に“透明化”して待機し、そこでピンチになったら跳躍して逃亡するコイツを捕えた。

 

 俺は大した仕事はやってないが、とりあえず、これで5体全て狩りつくした。

 

「お疲れ、比企谷。さすがだな」

「なに言ってんだ。待って、来たら、撃つ。それだけの簡単なお仕事だろうが。こんなんでポイント貰ったら罪悪感がすごい。っていうことで、陽乃さん。撃ちますか?」

「いや、いいよ。私、自力で100点稼ぐ自信あるし。ここは、委員長ちゃんでいいんじゃない?」

「う、うちぃ~?い、いいんですか?」

「そうですね。この中じゃ、一番相模がポイント稼ぐの遅いだろうし」

「相模さん、せっかくの好意だ。受け取っておきなよ」

「う、う~。なんか悪いけど、確かにうちが一番ポイント稼げないかも……じゃ、じゃあ、えい」

 

 相模がYガンを撃ち、転送されていく。

 

 これで俺たちのノルマは完了だ。

 

 葉山がつなぎさんにお礼を言いに行ってくると言い、この場を離れる。相模も俺に礼を言った後、それについて行く。

 その間、俺は陽乃さんと話をしていた。

 

「お疲れ、八幡。……思ってたより、時間がかかったね」

「ええ。5分くらいでしょうか。あいつ等が取りこぼしてただけあって、回避力の高い厄介な個体が残ってましたね」

「うん。……それと――」

「……ええ。あいつ等、遅いですね」

 

 俺は嫌な予感がしていた。

 マップを取り出し、一瞬躊躇して、起動する。

 

「!! こ、これ――」

 

 俺が、そのあまりの状況に絶句すると。

 

「お、おい折本さん!!」

「かおりちゃん!!かおりちゃん!!」

 

 葉山の驚愕の声と、相模の涙混じりの声が響いた。

 

 俺と陽乃さんは一瞬顔を見合わせて、その場に駆け寄る。

 

 折本は、思っていた以上にヤバい状況だった。

 腹部は全体的に真っ赤に染まり、どこが傷口だか一瞬分からなくなるくらいの大怪我だった。その血は、ここまでの道順を、赤い線としてこの寺の地面に描いている。

 これだけの出血量。折本の顔は、極寒の地域に裸で放り込まれたかのように真っ青だ。

 

 このままじゃ――

 

 俺は、着ていた総武高の制服の上着を脱ぎ、折本の傷口を押さえ付ける。

 傷口が腹部なだけに、縛って出血を止めることすら出来ない。だから、これくらいしか出来ない。……だが、こんなことでは――

 

「比企、谷……」

「喋るな、折本!」

「ダメ……喋らせて……じゃなきゃ、達海くんが……」

「達海?達海はまだ生きてるんだな!?」

 

 さっき見た、離れにあった1つの赤い点。

 

 そう、1つ。プレイヤーを示す赤い点は、たった1つしか残されていなかった。

 

「分かった。達海は俺が助ける。……今度こそ、絶対に見捨てない!!」

 

 俺が顔を上げると、葉山はすでに走り去った後だった。

 

「ば、馬鹿!待て!葉山!!」

 

 敵はたった5分で達海以外の4人を瞬殺するほどの奴等なんだぞっ!

 無策で挑んで、勝てるわけないだろうがっ!

 

「葉山くん!」

「相模!!」

 

 案の定、相模が葉山の後を追おうとする。

 

 俺はその時、ついさっき同じやり取りを折本と――今、まさに虫の息になってる折本としたことを思い出す。

 

 俺はその嫌な想像を無理矢理振り払い、相模に言う。

 

「――いいか。絶対に戦うな。達海と葉山を連れ戻せ。俺たちが行くまで、絶対に戦うな」

 

 俺の本気度が伝わったのか、相模は重々しく頷いて、葉山の後を追った。

 

 俺は再び折本の傷口を調べる。

 ……深い。切り傷じゃない。……刺し傷?だとしても、これはおそらく体を貫いている。塞ぐのは不可能だ。

 

――これほどの攻撃。……ボスは大仏じゃなかったのか?まだ、もっと強い奴がいたのかよっ!

 

「……ふふ。ひき、がや、そんなにじろじろみないでよ。……まじ、うける」

「ウケねぇよ!!いいから喋んな!!」

 

 落ち着け。考えろ。中坊は言っていた。どれだけ深い傷を負っていようとも、生きてさえいれば、五体満足で転送されるって。

 だったら、別に治すことが出来なくても、このミッションが終わるまで――あと最大で25分の間保たせればいい。それだけでいい。考えろ。考えろ。

 

「比企谷……私、達海くんに、キスしてもらったんだ……てっきり嫌われてるかと思ったから………ちょっと……ううん、すっごい嬉しかった……」

「惚気話は後にしろ!!いい加減にしねぇとマジで死ぬぞお前!!」

 

 分かっている。そんなことは、みんな分かっている。

 分かっているから、陽乃さんはさっきから何もしないし。

 分かっているから、折本は少しでも言葉を残そうと口を閉じないのだろう。

 

 俺だけが、足掻いている。どうにもならない状況で――本人すら、覚悟して受け入れている状況で。

 

 俺だけが、みっともなく、現実逃避をしている。俺は、また、逃げている。

 

 ……あの時のような思いを、味わいたくないという、俺自身のエゴを――こんな状態の折本に押し付けている。

 

 俺は……どこまで……ッ。

 

「……だから、私はもういいの。……もう十分、報われたから。……達海くんね、キスしたとき……私に、こう言ってくれたの」

 

 

 

『生きろよ』

 

 

 

 俺は、折本の傷口に押さえ付けた上着を握りしめる力が、無意識に強まったのを感じる。

 

 折本は、本当に嬉しそうに微笑む。

 

 それは、中学時代にも見たことがないような。

 俺が好きになり、告白した、俺の憧れの女の子だった折本かおりですら、見せたことがないような。

 

 誰かに本気で恋をして、その想いが報われた、女の子の笑み。

 

「……だから、わたしはじゅうぶん。……ひきがや……たつみくんを……たすけ」

 

 折本かおりは、優しい微笑みを携えたまま、動かなくなった。

 

 その笑みは、やっぱりすごく綺麗で、とても死んだなんて思えなくて。

 

 それでも、どうしようもなく、折本は死んだ。

 

 折本かおりは…………死んだんだ。

 

 陽乃さんがそっと俺の肩に手を置いて、俺の背中越しに折本の顔に手を伸ばして、瞼を下ろし、彼女を眠りにつかせた。

 

 そして、無様に何もしてやれなかった俺の背中を、優しく抱きしめてくれた。

 

「……本当に、命懸けの戦争なんだね」

 

 そう言った陽乃さんの声は、いつもの余裕がなかった。

 だけど、この人は俺なんかよりもずっと強い人だ。たぶん、先に弱音を吐いて、俺が弱音を吐きやすくしてくれたんだろう。

 

 自分だって、このガンツミッションで初めて人の死を――それも、それなりに会話を交わした知り合いの死を目の当たりにして、相当参っているはずなのに。それでも俺を気遣ってくれている。

 

 俺は、折本の死体を抱えて立ち上がり、屋根のある建物の境内に横たわらせる。ミッションが終わればガンツが回収するのだろうが、さすがにこれ以上、地面に直接寝かせるのは気が引けた。

 

 折本の傷口を抑えていた制服を手に取る。すでに血は止まっていたが、もう遅い。遅すぎる。

 

 俺は、それを着る。

 

 そして陽乃さんに向き直り、告げた。

 

「……葉山たちを追いましょう」

 

 本当は胸の中でぐちゃぐちゃに感情が渦巻いている。

 俺があっちの偵察に行けばよかったとか、もっと早くマップに目を配っていればとか、後悔は無限にある。

 

 だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 そんな自虐を始めて、陽乃さんに慰めてもらえれば、少しは楽になるかもしれない。

 

 しかし、そんなことをしても、事態はまるで好転しない。

 

 今すべきことは、前なんか向けなくても、それでも行動することだ。

 

「……分かった。行こ――」

 

 ドン

 

 と、陽乃さんの後方――俺の目の前に、一体の銅像が出現した。

 

 2m級。だがその相貌は、鎧のようなものを被った、見たことのない種類の銅像――星人だった。

 

「……クソッ!」

 

 俺と陽乃さんが敵と対峙する。

 

 これじゃあ、葉山たちの後を追えない。

 

 ……頼む、相模。

 

 葉山を、止めてくれ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 葉山は折本が残した血の跡を辿って走った。

 不謹慎かとも思ったが、この方がマップを見ながら走るよりも早くて確実だと判断したからだ。

 

 自分はさっき、達海が大仏と必死で戦っている時に、何もしてやれなかった。

 

 だからこそ、今度こそ救う。

 

 もう、誰も死なせない。

 

 甘っちょろい理想論かもしれない。つまらない自己擁護かもしれない。

 

 覚悟が足りないのかもしれない。夢のような幻想なのかもしれない。

 

 そんなカッコいいものですらなくて、ただの、逃げなのかもしれない。

 

 でも。それでも。それでも!!

 

(……俺は、そんなに、強くはなれない)

 

 強くなんてなれない。どうしても、楽な道を選んでしまう。

 そんな資格なんてないことは、誰に言われるまでもなく、誰よりも、自分自身が痛感しているのに。

 

 

 何度も間違たくない。

 

 惨めで辛くて情けない思いなんて耐えられない。

 

 かっこ悪くなんて死んでもなりたくない。

 

 

 無理だ。俺には無理だ。

 

 

 比企谷八幡のような覚悟なんて持てない。

 

 雪ノ下陽乃のように清濁併せ持つことなんて出来ない。

 

 達海龍也のように戦いを愉しめない。

 

 

 雪ノ下雪乃のように、孤高で、正しく、綺麗でなんてあれない。

 

 

 葉山隼人は、彼らのように強くなれない。

 

 葉山隼人は、彼女らのように美しくなれない。

 

 憧れた。妬んだ。羨んだ。

 

 そして、欲した。

 

 でも、無理だった。

 

(……分かってる。分かってるよ、陽乃さん。俺のこれじゃあ、何も出来ないって。誰も救えないって。……分かっているんだ、比企谷。……でも、もうダメなんだよ――――手遅れ、なんだ)

 

 葉山は走る。

 まだだ。

 まだ、終わってない。

 まだ、潰えていない。

 

 俺の理想は、消えていない。

 

(……俺のこれは、文字通り俺の命綱なんだ。……これがあるから、俺はまだギリギリで持ってるんだ。……これが切れたら……これが消えたら…………俺はもう――)

 

 

 葉山隼人の精神は限界だった。

 

 これで、三回目のミッション。

 

 これまで、目の前でたくさんの人が死んだ。

 

 それはすなわち、それだけ葉山は助けられなかったといえる。

 

 それでも普通の人間は、案外簡単には壊れない。

 

 壊れる前に、逃避する。

 

 助けられない――助けられなかった、“仕方のない”理由を並び立て、合理化し、割り切る。

 

 助けられない自分を正当化し、乗り切る。

 

 適応する。

 

 別に悪いことではない。多かれ少なかれ、一般人でも日常生活で行っていることだ。

 

 何か問題が発生した場合、反射的に、自分のせいではないような解釈をする。逃げられるルートを検索する。

 

 そうして人は、罪の意識から逃げる。

 

 繰り返すが、それは別に悪いことではない。

 こんな日常的に死人が出るデスゲームを生き抜くには、それは必須のスキルともいえる。

 

 だが、葉山はそれに失敗した。

 

 誰も死なない傷つかない――そんな幻想を、120点の解答を捨てることが出来なかった。

 

 その上、それらの全てを抱えて受け入れるほど、葉山は強く在れなかった。

 

 上手く適応出来ず、割り切ることも出来ず、日夜苦しみ続けた。

 

 睡眠時間も減り、魘されることも多くなった。

 相模が気を遣って愚痴を零す場を作ったりもしたが、葉山のケアは上手くいかなかった。

 

 結果的に、ついに限界が生じる。

 

 それが、今回の、氷の葉山だ。

 

 だったら、いっそ逆転の発想だ。

 

 その120点を、実現させればいい。

 

 誰も死なせなければいい。

 

 その為には――理想を叶えるためなら。

 

 俺という――葉山隼人という存在を守る為なら、“なんだってする”。

 

 そうして、葉山隼人は、歪んでしまった。

 

 

 そして、その理想は――葉山隼人の生命線は、崩れ去ろうとしている。

 

 達海龍也が、死ぬ。

 

 犠牲者が出る。

 

 誰も死なせない理想が、120点の幻想が、崩れ去る。

 

 それだけは防がねば。回避しなければ。なんとかしなければ。

 

 葉山は、ついに離れに辿り着く。

 

 

 ドガンッ!!

 

 その時、離れの天井から何かが飛び出した。

 

「――くっ」

 

 葉山は瓦礫から身を守るが、その何か――星人は、そのまま本堂に飛び移り、葉山を無視して、どこかへと駆けていった。

 

「葉山くん!!」

 

 どうやら立ち止まっているうちに相模が到着したらしい。

 

「相模さん。来たんだね」

「はぁ……はぁ……比企谷が、達海くんを、救出したら、絶対に逃げてだって。俺たちが行くまで、戦っちゃダメだって」

「分かった。行くよ」

「ちょ、ちょっと葉山くん!?」

 

 葉山は、急いで離れの扉を開ける。

 

 

 

 

 

 本当は、とっくに気づいていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 だって。今まで、奇跡的に葉山の目の前で犠牲者が出なかっただけで、本当はとっくの昔に、全員で生きて帰るなんて不可能になっていたのだから。

 

 とっくに犠牲者は出ていたのだから。

 

 そんな予感は、とっくにしていたから。

 

 だから、折本をさっさと八幡に任せてきたし。

 

 ここに来るまで、マップを確認したりしなかった。

 

 本当は、途中で全体を確認すれば、あの2体の15m級と戦い終わった時点で、すでに坊主が死んだことに気づいたはずだ。

 

 

 結局、葉山隼人は、最初から最後まで逃げ続けた。

 

 

 そして、ついに、それも限界。

 

 

 さあ。幻想から醒めて、現実と向き合う時間だ。

 

 

 

 

 

 サク

 

 とても軽い音が響いた。

 人体を貫き、人の命を奪う、あまりにも重たい音のはずなのに。

 

 葉山には、とても儚く聞こえた。

 

 部屋に入った瞬間、見えたのは達海の大きな背中と。

 

 そこから生えた銅色の無骨な剣。

 

 それは、いわゆる心臓があることで有名な左胸を貫いていた。

 

 葉山は絶句する。そして絶望する。

 

 千手は、そんな葉山に見せつけるように。

 

 葉山の都合のいい幻想を断ち切るように。

 

 もう一本の剣で。

 

 薙ぎ払うように容赦なく、達海龍也の首をぶった斬った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 初めは、うっとうしい奴だった。

 

 俺のルックスと運動神経だけを見て、キャーキャー言っている女子共の内の一人に過ぎなかった。

 

 あんなの奴らの内の何人が、本当に俺のことを好きなのだろう。

 

 本当に人を好きになったことがあるのだろう。

 

 あんなのは、誰かのことを愛している自分に酔っているだけだ。

 

 他の人がカッコいいと言っていたから、興味本位でという奴も多数いるだろう。

 

 俺には、そんな奴らが好きですと言ってきても、本当の恋だとは信じられない。

 

 お前らが好きなのは、俺じゃなくてお前らの中の俺という偶像だろ。

 

 自分で言うのもなんだが、アイドルと同じだ。自分たちの中で、達海龍也という名の偶像を当て嵌め、そこに自分たちの理想像(アイドル)を作り出す。

 

 そりゃ、素敵だろうよ。惚れるだろうよ。カッコいいだろうよ。

 

 でも、それは俺なのか?本当の本物の達海龍也なのか?

 

 そういうのは、仕事でやってるテレビのアイドルにやってくれよ。

 

 ファンなんですってやってきて、なんか思ってたのとちが~う、って言われるこっちの身にもなってみろよ。

 

 ったく、女ってのはくだらねぇ。

 

 

 だが、折本は違った。

 

 あんな奴らの、数倍数十倍もウザかった。

 

 何度あしらっても付き纏ってきたし、素の状態の俺を見せて怒鳴り散らしても諦めなかった。

 

 その挙句にコイツのとばっちりで死んじまうしよ。冗談じゃねぇぜ。

 

 ま、それはいいんだけどな。おかげでサッカーよりも楽しいのを見つけられたし。結果オーライって奴だ。

 

 だが、予想外だったのは、アイツがそれでも付き纏うのを止めなかったことだ。

 

 本当に呆れたね。まさか、文字通り死んでも諦めないとは。

 

 正直引いたよ。怖いを通り越して、ちょっと――

 

――ちょっと、感心しちまった。まさか俺のこと本当に好きなのかって思うくらい。疑問だわ。

 

 だから、直接聞いてみた。

 

『なぁ。お前、俺のどこがそんなにいいの?』

『うぇい!?ちょ、そういうの、女子に直接聞く?ま、ま、マジ、う、ウケ――』

『ああ、そういうのいいから。ちょっと気になっただけだから、サクッと教えてサクッと』

『雑っ!?…………えっと。正直言ったら、始めは評判っていうか……達海君が人気あったからなんだけど』

『…………ふーん』

 

 やっぱりか。期待して損したぜ。

 

 

 ……は?期待ってなんだ?

 

 

『――でも、今はなんとなく違うかな?』

『――は?』

『今の私は、達海君がみんなが言うような王子様なんかじゃないのは知ってる。我儘で、子供で、すぐキレる好戦的な性格で。……でもなんでかな?』

 

 

『達海君のこと、嫌いになれないんだ♪』

 

 

――――

 

――

 

 

 

(……はは。まさか、死ぬ間際に思い出すのが、アイツのこととは。我ながら、意外だな)

 

 

 達海はすでに満身創痍だった。スーツは壊れ、Xガンは切断され、先程折本を庇って開いた風穴からは、ダラダラと血が流れ、すでに意識は朦朧としている。

 

(にしても悔しいなぁ……もっといけると思ったんだが。……あの大仏みてぇな奴倒したまではよかったんだけど……コイツ、別格。強すぎ、マジで)

 

 ヒュッと千手の剣が己を突き刺そうとしている。

 

 達海は、それを――笑顔で迎える。

 

(……アイツ。なんとか、逃げきれたかn

 

 サク

 

 

 

 

 

 こうして、達海龍也は、殺害された。

 

 奇しくも、折本かおりが息を引き取ったのと、同時刻に、彼の首は飛んだ。

 




 達海龍也。折本かおり。――――脱落。

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