比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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 難産だった大仏戦も、ようやく終わりです。

 次回から、本当の意味でのこのミッションの本番です。


その男は、勝利を手に入れ、何かを失った。

「陽乃さん! 距離を取りましょう! 折本と相模も逃げろ!!」

「そうね。これはちょっと一筋縄ではいかなそう」

「で、でも! まだ葉山君が――」

 

 俺は葉山の方を見る。

 アイツは、呆然自失で、心ここにあらずといった感じだった。

 

 くそっ。こんな時に何してる!?

 

「葉山! 何してる、離れるぞ!!」

「――あ、ああ」

 

 今回の葉山は、ずれているとはいえ、良くも悪くも迷いがなかった。

 だが、ここにきてまためんどくさい状態に戻っちまったか?この状況でそれは致命的なんだが。

 

 ……しかし、葉山に偉そうなことを言う資格なんてない。

 

 ぶれてる、ずれてるっていうなら、俺の方が遥かに救い難い。

 

 

「達海君! 早く逃げて!」

 

 折本の声が響く。

 それに引っ張られるように目を向けると、達海は激昂する大仏のお膝元で、不敵に笑っていた。

 

 当然としてそんな場所にいると真っ先に大仏のターゲットになる。

 

 だが、それでも達海は不遜な態度を崩さなかった。

 

 その姿は、まるで無邪気な子供のようで。

 

「……いいね。楽しくなってきた」

 

 本当に、楽しそうで。

 

「コイツは、俺が倒す!!」

 

 どうしようもなく、危うく見えた。

 

 けれどコイツは、俺達と違って、本当にぶれない。

 

 

 

 

 

 達海がそう吠えた後、先に動いたのは大仏だった。

 

 これまで、まるでゴジラのように一歩一歩踏みしめるように歩を進めていた大仏だったが、明らかに動きが変わった。

 

 拳を固く握りしめ、腕を大きく振りかぶり、そして鉄槌のごとくそれを振り下ろした。

 

 ドガンッ!!!

 

 今までのそれとは明らかに違う。圧倒的な威力。

 凄まじいスピードで繰り出されたそれを避けたのは、さすが達海といったところだが、それで大仏の攻撃は終わらなかった。

 

 達海が大仏を見上げた時は、すでに左腕が振り上げられていた。

 

 そして、再び凄まじいスピードで一直線に放たれる。

 何とかまた避けていたが、このままでは時間の問題だ。

 

「……ね、ねぇ!比企谷!達海くんが!達海くんが!」

 

 折本が泣きそうな顔で俺を見る。いや、瞳にはすでに涙が浮かんでいた。

 

 分かってる。だが、一体どうする?

 明らかに大仏の動きは変わっている。このまま俺が加勢して闇雲に数だけ増やしても、事態は好転しないだろう。

 

 達海が距離を取って、Xショットガンを放つ。

 だが、それは表面をわずかに弾けさせる程度で、到底ダメージには繋がらない。

 

 大仏はそこまで移動スピードはないが、あの巨体だ。このままじゃ、達海は捕まる。いや、このまま暴れまわるだけで、他のメンバーが巻き込まれて被害を被るか。

 

 …………ちくしょうッ。

 

「……陽乃さん。ガンツソードであの大仏、斬れますか?」

「……出来るとは思うけど……あれだけ激しく動き回られると、達海君を巻き込まない自信がないわ」

 

 ガンツソードは威力がありすぎる。まさしく諸刃の剣だ。

 いくら陽乃さんでも、今日初めて扱う武器にそこまで精密さを求めるのは酷過ぎる。

 

「……ね、ねぇ、葉山君。いったいどうしたら――」

 

 相模の言葉は、途中で止まってしまった。

 ふと葉山の方を見たが、葉山は呆然としたままだった。

 …………しばらく葉山は使い物になりそうにないな。

 

 俺がまた大仏に目を戻そうとすると、ツカツカと葉山に陽乃さんが近づいた。

 葉山も気づき、顔を向ける。その顔は、焦燥や困惑、苦悩で満ちていた。

 

「……は、陽乃さん。お、俺――」

 

 葉山は、まるで母親に頼る子供のように、陽乃さんを見た。

 顔はクシャクシャで、今にも泣きそうだった。

 俺は、ここまで誰かに情けない弱さを隠そうとしない葉山に驚いたが、次の瞬間、俺はさらに驚愕した。

 

 パァン!

 

 陽乃さんは、一瞬の躊躇なく、葉山に強烈なビンタをかました。

 

 俺だけでなく相模も、そして折本も呆気にとられている。

 

「は……る……のさ――」

「隼人。アンタ、いつまで甘えているつもり?」

 

 陽乃さんは雪ノ下も真っ青な絶対零度の視線で葉山を睨みつける。

 

 ……そうだったな。正直、迂闊にも忘れていた。

 陽乃さんは俺の知っている人たちの中でも、ぶっちぎりナンバーワンで怒らせてはいけない人だ。

 

 これが、雪ノ下陽乃なんだ。

 

「自分で言ったことをもう忘れたの? 一人も死なせない。全員生きて帰す。 そう言って、先頭に立ったんでしょ。その覚悟があって、全員の命を背負ったんでしょ。勝手に落ち込んで、勝手に責任放り出してんじゃないわよ。……何でもそつなくこなす癖に、自分のキャパ以上のことには途端に弱くなる。……ホント、中途半端でつまんない男」

 

「だからアンタは、今も昔も、何も救えないのよ」

 

 陽乃さんは淡々と言い募る。それに込められるは怒り、呆れ、そして蔑み。

 

 葉山は、その言葉に何も言えなくなる。

 

 ……そして、陽乃さんの言葉は、俺の心にも鈍く、そして深く突き刺さった。

 

 葉山は唇を噛みしめ、拳を震わせ、そして、ポツリと言葉を零す。

 

「…………でも、どうすればいいんだよ。……俺は、メンバーを失わないことに必死で、無関係な人を見殺しにしようとした。…………そんな俺に、何ができるっていうんだ。どんな顔して、みんなに指示なんか出せるって言うんだ……」

 

 

「それと。今、あそこで必死に戦っている達海君を黙って見ているだけなこと。何か関係あるの?」

 

 

 葉山は顔を上げる。

 陽乃さんは淡々と告げる。

 

 

「いい加減逃げるのはやめなさい。あなたが守っているのは、ただの自分の安いプライドよ。非道いことを許容することで罪悪感を感じることから逃れたいだけ。自分はいい人で、正しいことをしているって思い込みたいだけ。……だけどね、今はそんな状況じゃないの。いいえ、あなたが見ないふりをしていただけで、ずっとそんな状況じゃなかったの。そんな甘っちょろい理想論が、あなたのつまらない自己擁護が、通じる状況じゃね。……覚悟を決めなさい。妥協する覚悟を。百二十点を諦める覚悟を。誰も傷つかない世界の幻想を、捨てる覚悟を。一度間違ったからって、全部捨てて逃げるなんて、そんな真似は許さない。そんな楽な道を選ぶ資格なんて、私たちにはないのよ。……何度間違ったって、どんなに惨めで辛くて情けなくったって、どんなにかっこ悪くったって――」

 

 

「――私たちは、逃げちゃダメなのよ」

 

 

 俺は、途中から葉山を見るのをやめて、達海と大仏の戦いに集中していた。

 

 なぜだが分からないが、俺が踏み込んではいけない領分の話な気がしたのだ。

 

 今の葉山の腑抜けた態度を諌めること以上に、もっと深い、葉山隼人という人間の根幹についての話だと感じた。

 

 俺は葉山のなんでもない。口を出す権利などないだろう。

 

 だから、俺に出来ることなど、何もない。

 

 ならばせめて、達海と大仏の戦いから、何か突破口を見出すべきだ。そちらの方が、余程俺のやるべきことだ。

 

 ……葉山は今、どんな顔をしているのだろう。

 おそらく、今までの人生で、最も複雑な胸中に違いない。

 

 陽乃さんの思惑は、正直分からない。

 もしかしたら深い考えなどないのかもしれない。案外、先程の俺のように、葉山の態度に我慢できなかっただけかもしれない。

 

 だが、俺は賭けだとは思う。

 葉山隼人という人間が、潰れてしまうか、それとも一皮剥けるか。

 

 どちらにしろ、葉山にとっては、ここが大きなターニングポイントだ。

 

 ならば俺は、なおさら達海を死なせるわけにはいかない。

 ここで葉山の目の前で死者が出れば、確実に葉山は壊れる。

 

 葉山は曲りなりにもこの集団のリーダーだ。葉山の崩壊は、この集団の崩壊につながりかねない。

 

 忘れるな。これはまだ最終決戦じゃない。

 

 この大仏の他にも、まだ星人は控えているんだ。

 

 

 ……逃げちゃダメ、か。まったくその通りだな。……耳が痛い。

 

 

 

 

 

「だらぁ!!」

 

 大仏が達海を掴もうと地面スレスレに滑らせた手の平を、達海は掻い潜って闇雲に銃を連射する。

 

 しかしそれは表皮を少し吹き飛ばすばかりで、有効なダメージには――

 

 ぐぉぉ

 

 !? 今、大仏が呻いた……?

 ほんの少しだけれど、今まで気にも留めなかった達海の攻撃に、確かに苦しんだ。

 

 なんだ……。さっきの攻撃と、それまでの攻撃の何が違った?

 武器は同じXショットガン。さっきのように顔面を狙ったわけじゃない。

 

 なら……

 

「陽乃さんはここに居てください!」

「え? ちょっと、八幡!」

 

 俺は、自分の仮説を確かめるべく走る。

 

 達海が大仏の注意を引き付けているから、俺は透明化を施し、静かに、だが全速力で近づく。

 

「――ちっ!くそがぁぁぁぁあああ!!!」

 

 達海は咆哮し、それでも果敢に大仏に立ち向かう。

 ……大したもんだ。この星人相手に互角……とまでは言わないが、やられずにたった一人で持ちこたえている。

 

 俺は、そんな両者から少し離れた正面で立ち止まり、Xガンを構える。

 

 

 狙うは一点。俺の考えが正しければ……

 

 ギュイーン

 

 ……これが、大仏打倒の突破口になるはずだ。

 

 

 バンッ

 

 がぁぁぁああ

 

 俺の撃った攻撃は一発。それでも、明らかに効果アリだ。

 

「……ビンゴ」

 

 俺は、自分でも分かるくらい気持ち悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ん?なんだ……」

 

 達海が訝しんでいる。自分のではない攻撃が、大仏に効いたのが分かったんだろう。

 

 俺は後ろから達海の肩を叩く。

 

「おい」

「うわぁぁ! え?何?誰もいないよな!?」

 

 おっと。透明化してたのを忘れてた。

 

「俺だよ、俺」

「……………………」

 

 おい。

 

「あ、比企谷か」

「今、ちょっと素で忘れてたよね?」

「それより、何の用だ」

 

 コイツ、決め顔で誤魔化しやがった(イラッ)。

 ……まぁいい。今は俺の存在感より大事な伝えるべきことがある。

 

「達海。今ので確信した。コイツには弱点がある」

 

 俺は大仏を見上げながら言った。

 

「何!?なんだ、それは!?」

 

 ものすごい食いつきっぷりだった。

 ……コイツ、一つのことに夢中になると、周りのことが見えなくなるタイプか。本当に子供だな。

 

「……おそらく、あいつの防御力が高いのは“表皮”だけだ。体の中は、他の仏像達と同レベル――すなわちXガンでダメージを与えられる。だから、狙うなら傷口だ」

 

 俺は自分の考えを達海に告げた。

 さっきの達海の攻撃、そして今の俺の攻撃。

 どちらも一度攻撃が当たり、表皮が弾けていた部分に命中していた。

 

 おそらくこの仮説は正しいと思う。

 あとは傷口を何度も狙って撃っていけばその内倒せるだろう。

 問題はこの方法だとかなりの時間がかかってしまうことだが――

 

「なるほど、ね」

 

 俺はその声につられて達海の方を見ると、思わず体を硬直させてしまった。

 

 達海は、笑っていた。それは、無邪気な子供のよう、なんてかわいいものじゃない。

 

 獲物を見つけた猛獣のような、標的を前にした殺人鬼のような――

 

――――狩人の、笑み。

 

 

 ズシンッ!

 

 大仏の重く低い足音が響く。

 

 クソッ。再起動したか。

 俺はXガンを構えて、再び透明化を――

 

「比企谷。ちょっと試したいことが出来た。ちょっとの間、大仏の注意を引き付けていてくれ」

「はぁ!? ちょ、ま――」

 

 そう俺に一方的に押し切り、達海は大仏に背を向け、一気に距離を取るべく離れていった。

 

 俺は透明化を中途半端に行い、幽霊のように薄くぼやけている。これぞステルスヒッキー。俺は誰にも振り込まない。ここからはステルスヒッキーの独壇場っすよ!

 

 なんてふざけてる場合じゃない!

 この中途半端な透明化は大仏には通用しないらしく、完全に俺に狙いを定めている。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」

 

 大仏が蚊を潰すように張り手を叩きつける。

 俺はみっともないことも承知で無我夢中で飛び込み、ギリギリで避ける。

 

 ~~~~~~~~っぶねぇ!!なんだよ、達海はこんなのを何回も避けてたのかよ。どんな運動神経してんだ。

 でも、俺じゃあそう何度も避けられない。達海、早くしてくれ!

 

「八幡!」

「だ、大丈夫です!陽乃さんはそこに居て!」

 

 実際は大丈夫なんかじゃないが。

 だが俺なんかの為に、陽乃さんになんかあったら、俺が耐えられない。

 

 ……こういうのが、葉山に自己犠牲っていわれたり、あいつ等との関係悪化に繋がったりしたのかもな。

 

 だが、これが俺だ。これだけは変えるつもりはない。

 

 全部、自分の為だ。

 誰かが俺のせいで傷つくのは、俺が辛いから。苦しいから。

 

 だから、全部自分で背負うんだ。その方が、傷つくのは自分だけで済むから。自分が傷つくのは慣れてるしな。

 

 自己犠牲なんかじゃない。……これが、俺にとっての最善手。葉山もびっくりの究極の自己擁護だ。

 

 歪んていると言われようが、正しくないと言われようが。

 

 そんなやり方は嫌いだと言われようが。何で気づかないんだと言われようが。

 

 変えるつもりはない。……俺は、これしか知らないから。

 

 これが、きっと俺だから。

 

 

「もう!本当にしょうがないんだから!!」

 

 ギュイーン

 

 俺に攻撃が向きそうになると、陽乃さんが自分に注意を逸らしてくれた。

 

 ギュイーン

 

 俺はすかさず自分に注意を向ける。そうして大仏を撹乱する。

 

 陽乃さんとアイコンタクトで笑い合う。

 

 この人は、俺を否定しない。こんな自分勝手で面倒くさい俺をそのまま受け入れてくれる。

 

 ……やっぱり俺には、この人が――

 

 

 

 

 

「比企谷ぁ!!大仏を怯ませてくれ!!」

 

 ……ようやく準備完了か?

 ヒーローは遅れて登場するものってか。重役出勤過ぎるだろ。時間稼ぎの脇役も楽じゃねぇんだぞ。

 

 俺は自分の口元が歪むのを感じながら、Xガンを構える。

 俺には達海のように、咄嗟に攻撃を避けながら射撃を決めるなんて大技が出来るほどの運動神経はない。

 

 だが、さっきから達海との攻防を観察して、そしてこの身で何度か体験して、ようやくパターンを見つけた。

 モンハンのように決められた動きを繰り返すわけではないが、こいつらはそこまで知能は高くない。どっちかっていうと獣に近い。自分たちを脅かす敵を、本能的に排除しているだけなんだ。

 

 だから、分かりやすい隙を作ることで、決まった攻撃を誘導することは可能なはずだ。

 

 俺は威嚇の意味で相手の右腕の二の腕辺りを狙い撃つ。ここには傷がないから、ダメージは与えられないだろうが、無意味というわけではない。

 実際、人間でも痛くはなくても虫が止まったりすれば気になるだろう。そうなると大元を排除したくなるはずだ。

 そして俺は大仏の視界の左隅に移動する。すでに、これまでの時間稼ぎで俺のヘイト値はかなりたまっているはずだ。

 だから一気に力任せに排除しようとするはず。そして、この位置関係なら――

 

――左腕による横薙ぎの張り手が来るはずだ!

 

 ブォン!! と重々しい風切音とともに、張り手が巨大な振り子ハンマーのように襲い掛かる。

 確かに恐ろしい一撃だ。だが、予測できたなら避けられる。

 

 俺は、“大仏が攻撃を放つよりも数瞬早く”動きだし、大仏の懐に潜り込む。

 

 この脛には、俺たちが初めにがむしゃらに撃ちまくったおかげで、細かい傷跡が幾つもある。

 

 俺はXガンを発射した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ぐぉぉぉぉおおおおおおおおおおお

 

 一際大きな呻きとともに、大仏は動きを止める。

 

 その瞬間を待ち望んでいた達海は、口元を獰猛に歪ませ、ロケットスタートを開始した。

 

 狙いは先程と同じ。助走をつけての大ジャンプ。目指すは大仏の顔面。

 

 しかし、今回は先程の大仏の膝のように分かりやすいジャンプ台はない。

 

 だからこそ、達海は八幡に時間稼ぎを頼み、ルートを検索していた。

 

 そして、見つけた。

 まず、目指すはあの灯籠。それを踏みしめ、つなぎが姿を隠す二階建ての建造物の屋根に着地する。

 つなぎは無表情ながらも目を見開いたが、それに構うことなく、達海は瓦をがしゃがしゃと踏みしめながら、再び助走する。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 楽しそうに。本当に楽しそうに、達海は笑う。

 

 手にはXショットガンとXガン。

 

 それを携え、漆黒のスーツを大きく膨らませながら、達海は再び跳躍する。

 

 流星のように。レーザーのように、一直線に。

 

 自身が穿いた額の白毫のあった場所から、自ら弾丸となって、正確無比に撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 がぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ

 

 大仏が呻き、というより明らかに苦痛を訴える叫び声をあげる。

 

 俺は一気に大仏から距離を取りその様子を窺うと、目や口、鼻や耳から血のような何かを垂れ流し、人間のように両手で頭を押さえながら苦しみながら、やがて膝を突き、倒れるように崩れ落ちた。

 

 俺たちは呆然と、その様子を見ることしか出来なかった。

 

「八幡!!」

 

 声の方に目を向けると、涙目の陽乃さんが駆け寄って、俺を抱き締めた。

 その際に、腰に準備していたガンツソードがあることを知る。……俺が気付くようなことに、この人が気付かないわけがない、か。……きっといざというときは割り込んででも助けてくれるつもりだったのだろう。

 それでも、俺の傲慢な我儘を、この人は尊重してくれたのだ。

 

 ギュッと、陽乃さんは俺の肩に顔を埋め、抱きしめる力を強くする。

 そこに、先程葉山を圧倒していた氷の表情はない。

 

 ……俺も陽乃さんの背中に手を回し、優しく抱きしめる。

 あれも紛れもなく陽乃さんだが、この陽乃さんも正真正銘の陽乃さんだ。

 

 俺だけに見せてくれる陽乃さんだ。それがすごく嬉しい。

 

「……陽乃さん。一体何が……達海が上手くやったんですか?」

 

 俺がそう言うと、陽乃さんは言いづらそうに表情を歪ませる。

 

「あ、あのね、はちま――」

 

 

 ギュイーン ギュイーン ギュイーン と甲高い音が連射した。

 

 

 俺は大仏の方に目を向けると、“大仏の中”から、青白い光がかすかに漏れ出していた。

 

 …………おい。まさか。

 

 そんな俺の頭の中に過ぎった考えを裏打ちするがごとく、次の瞬間――大仏の頭部が吹き飛んだ。

 

 バンッ バンッ バンバンバンッ

 

 連鎖的に、大仏の頭部の穴はどんどんと広がっていき、この世のものとは思えないよくわからない肉片を四方八方に撒き散らす。

 

 

 そして、その中から出てきたのは、人間の血よりもはるかに赤黒い液体で全身塗れた――達海龍也だった。

 

 

 その表情は、愉悦に満ちていて、本能的に恐怖を誘った。

 

 

「……くくくくく。はぁ~~っはっははははっはははっはっはははっはは!!勝ちだ!!勝った!!こんなでっけぇやつに!!俺は勝った!!俺の勝ちだ!!ははは、強ぇ!!俺は強い!!ははははっははっははっはっはっははっははっははっはははは!!ふははははははははは!!最高だ!!ここは最高だッ!!!はっはははあはははははあはは!!」

 

 

 達海は嗤う。

 

 それは、大事な何かを失って。手に入れてはいけないものを手に入れてしまった者の笑み。

 

 見てはいけないものに魅せられ、辿りついてはいけない極地に辿りついてしまった者の歪み。

 

 葉山も、相模も怯えている。恐れている。折本は今にも泣きだしそうな表情だ。

 

 陽乃さんでさえ、表情をわずかに険しくしている。

 

 

 だが、俺は、違う。もっと別の感情を感じていた。

 

 達海の狂気は、確かに狂っていて、歪んでいて、醜悪なものなのかもしれないけれど。

 

 

 それは、どこかあいつを彷彿とさせて。

 

 

 失ってしまった、俺を助け、俺が助けられなかった、あの狂人を想起させて。

 

 

 憐れみと――そしてどこか温かい、懐かしいさを、感じてしまった。

 

 そんな救えない感情を抱いてしまった俺は、相当に歪んでいるのだと再認識した。

 

 何も変われていないのだと、いまだに逃げ続けているのだと、吐き捨てるように自嘲した。

 




 次回、アイツ登場。

 あ、pixivで第二部の二話を上げました。よければぜひ。

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