なんだ……? 今まではこんなことはなかった。
あいつはどう見ても一般人だ。俺たちも、そしてあの大仏も見えていない。見えていないから、あんな風に呑気に大仏の正面で突っ立っていられる。
だが、建物の破壊といった副次的効果は見える。ボロボロに破壊された寺院を不審がって――あるいは、面白がって、か?――寺の中に入ってきたのだろう。
…………どうする?
そもそも、俺たちはこのオッサンに触れることが出来るのか?姿は見えていないから、触れないなんてことも――いや。
俺たちはこうして現実の物質に触ることが出来る。これがもしSAO見たいな仮想空間だとしたら、こうして一般人の乱入が可能なのはおかしい。
ここは現実で、星人たちも存在していて、ガンツの何らかの技術で姿を隠している――と考えるのが妥当だろう。ぞっとしないけどな。
だから、触ることは出来るのだろう。そして、俺たちが触ることが出来るということは――
――星人も、このオッサンに触ることが出来るということだ。
「おい、なんだあのオッサン?」
「俺達が見えてねぇのか?」
ボンバーやラッパーがざわめく。
「何で一般人が紛れ込んでんの?」
「……ねぇ、なんかヤバくない?」
「……八幡、どうする?」
折本と相模も困惑し、陽乃さんは俺に問いかける。
「――ハッ。関係ねぇ」
しかし、俺が答える前に再び達海が吐き捨てる。……なんか、さっきから俺のセリフが達海に持ってかれるな。これが主人公補正か。確かに少年漫画の主人公みたいなオーラがあるやつだが。
「今やるべきことは、速やかなあの大仏の排除だろうが!!」
「あ、達海くん!!」
そう言って、達海は再び大仏に真っ向から向かっていく。折本の声になど耳を貸さない。
……確かに、それも一理ある。
あの大仏の撃破は急務だ。このまま放置しておけば、全滅もありうる。
それに、あのオッサンはいうならば招かざる客だ。あいつが死のうと、俺たちには何の不利益もない。
むしろ、余計なことをして俺たちのことがバレたら、ガンツに何をされるか分からない。下手すれば、情報漏洩を防ぐためにその場で俺達の頭が吹き飛ぶかもしれない。
だが、このまま放置していれば、あのオッサンはほぼ間違いなく死ぬ。
俺たちの都合に、無関係の事情に、巻き込まれて。
俺はあいつを見る。
それによって、陽乃さんも、相模の目もあいつに向く。
今日の、俺たちのリーダー――葉山隼人の元へと。
「………………」
葉山は混乱している。額には滝のような汗を流し、顔色がみるみる青くなる。
迷っている。どうすればいいのか迷っている。――迷ってしまっている。
そして、何かを言おうとして、しかし口を閉じ、そして改めて口を開き、ついに言葉を発した。
「…………やめて、おこう。……達海の言う通り、今はあの大仏を倒す方が先決だ」
それを聞いた瞬間、自分の中で何かが失くなるのを感じた。
自分の葉山に対する視線が、凍りつくのを感じる。
その俺の視線を受けて、葉山は気まずそうに視線を逸らした。
別に、葉山の選択が間違っているとは思わない。
筋は通っている。正しい選択だ。間違いなく合理的だ。
だが、俺は葉山なら、きっと違う答えを言うと、言ってくれると思っていたのだ。
……期待、していたのかもしれない。
葉山は、俺とは違うと。
あいつは、本当のヒーローになると。きっと、なってくれると。
勝手に期待して、勝手に幻想を押し付けた。自分だって出来もしない癖に。
俺は、あの時と、何も変わっていない。結局、変わっていない。
だから、俺は失望したんだ。
どうしようもなく愚かに、同じ事を繰り返し続ける。
比企谷八幡に、俺は再び失望した。
「!! きゃぁぁぁあああ!!!」
相模の悲鳴が轟く。
達海の奮闘むなしく、大仏はろくにダメージを受けず、その足を進め続けた。
そして今、その巨大過ぎる一歩が、ついに俺たちの頭上を越え――
――何も知らない、何も分かっていない無関係の一般人へと、容赦なく振り下ろされようとしている。
「比企谷ぁ!!」
葉山が大声を上げる。
だが、俺は止まらない。止まれない。知るか。条件反射だ。体が勝手に動くんだよ。
分かってる。これは欺瞞だ。俺の大嫌いな欺瞞だ。
こんなことをしたって、誰も得をしない。ただの独りよがりの偽善だ。
今はこんなことをしたって、次もそうするとは限らない。
案外すんなり見捨てるのかもしれない。都合が悪かったら切り捨てるかもしれない。
その場限りの、気まぐれな行動。それが偽物でなくて何と言うのか。
だからこれは、ただの俺の自己満足だ。
ズシンッ!!
俺の体に、今まで感じたことのない信じられない重量が圧し掛かる。
だが、何とか支えた。キュインキュインとスーツが悲鳴を上げているが――
――俺の目の前にいる名前も知らない見知らぬオッサンは、のんきにタバコを咥えて火をつけながら黄昏ている。傷一つ負わず、五体満足の姿で。
「八幡!!」
「比企谷!!」
陽乃さんと相模がこちらに駆け寄ろうとする。
だが――
「来るなぁ!!!」
俺は叫ぶように怒鳴る。
陽乃さんと相模はビクッと震え、足を止めた。
「…………なんで?」
……今の声は葉山か?正直、大仏の巨重を受け止めるのにいっぱいいっぱいで余裕がない。
なんで、か。はは。そうだな。俺にも訳が分からない。
あれほど、自分に言い聞かせていたはずなのにな。
俺に出来ることはたかが知れてる。救える命なんて、限られている。
だからこそ、それを俺は有効に使う。自分と、自分よりも大切な存在に使う。
「八幡!――ッ!」
陽乃さんがガンツソードに手を伸ばしかけ、その手が止まる。
……今、大仏は俺を踏みつぶそうと体重が前傾にかかっている。コイツを斬ったら俺やこのオッサンも巨体に潰されてしまう、か。ごめんなさい、迷惑かけて。
陽乃さんは無我夢中にXガンを乱射する。それに相模、折本が続く。
……ああ。俺は何をやってるんだ。陽乃さんにあんな顔をさせてまで、見知らぬオッサンのために命張ってるなんて、なんて悪い冗談だ。夢なら覚めて欲しい。
俺は、こんな人間じゃない。こんなご都合主義なヒーローみたいな役割なんて似合わない。
こういうのは――
「ッ!!……ぁぁあああ!!!」
「八幡!!」
「比企谷!!」
……くっ。少しでも気を抜いたら、今にも押し潰されそうだ。
陽乃さんたちも必死に助けようとしてくれているが、それでも一撃の効果が小さすぎる。
大仏は、ビクともしない。
ただ一人、棒立ちの葉山を、俺は思わず睨みつける。
「……っ……!」
……葉山。お前、言ってたよな。全員、生きて返すって。誰も、死なせないって。
それは、どうしてだ?
いらない苦労をしてまで。本来背負わなくていい責任を背負ってまで、そんな大言壮語をかましたのは何でだ?
自分の納得できない理不尽で、命が失われるのが嫌だったからじゃないのか?
そんな不合理が、どうしても、許容出来なかったからじゃないのか?
それが、葉山隼人の正義に、信念に、反したからじゃねぇのかよ。
俺の睨みに、葉山は体を震わせるが、アイツは一向に動かない。
……これは、100%、俺の妄想だ。
俺の中で勝手に作り上げた葉山隼人像による勝手なシミュレーションにより勝手に叩き出した、俺の中の葉山隼人という勝手な幻想だ。
だから、もしかしたらまるで的外れなのかもしれない。
かすりもしていなくて、何言ってんだコイツって思われるのかもしれない。
だから、これは俺の傲慢な怒りだ。
分かっていても、俺は今の葉山が許せない。
今、ここで、この人が死ぬのを見逃したら、許容したら、それこそ本末転倒だろうが。
この人は、ガンツとまるで無関係の、ただの
ここで死んでいい道理なんか、俺たち以上に全くない人だろうが。
なんで勝手に助ける人間をガンツメンバーだけに区切ってやがる。
なんでそこで、手頃な偽物に置き換えてんだ。
一度吠えたなら、最後まで貫け!妥協してんじゃねぇよ!
本当に成し遂げたかったことを――守りたかったものを、履き違えるな、葉山!
ビキッ
スーツから嫌な音がした。……そろそろ限界か。だが、もう抜け出そうにも一歩も動けない。
クソッ。何でこんなことしたのかなぁ。今になってすげぇ後悔してる。一時の感情に身を任せて身を滅ぼすとか、どこのマダオだよ。呑気にリング型の煙とか吐き出してるこのオッサンにイラっとしてる。てめ、早くどっか行けよ、このマダオ(マジでダメージヘアなオッサン)が。
所詮、俺の正義感なんかこんなもんだ。時間にして数十秒で心変わりするくらいブレッブレだ。日本の国政並みに統一感がない。つまりこれは日本の国民性なわけで、俺が悪いわけじゃない。政治が悪い、政治が。
グググっと重みが増す。俺の食いしばった歯の間から変な声が漏れる。死因が大仏に踏まれましたとか、笑い話にもならない。どんだけ罰当たりなことをしたんだ。
……こんなとこで、呆気なく死ぬのか。……せっかく、俺にもやりたいこととか、守りたいものとか、出来たのにな。
口だけって言うなら俺こそ口だけだ。俺は結局、あの人の為に、死ぬことすら出来なかった。
「…………ごめんなさい。陽乃さん」
「いいよ。君がどうしようもない子って言うのは、もう分かってるからね」
「…………え?」
急に、圧し掛かる重さが減った。
俺は、横を見ると――
「は、るのさん…………」
「本当に君は…………人一倍リスクリターンの計算が上手いくせに、いざというときは真っ先に自分っていうカードを切るんだから……悪い癖だよ……ッ!」
「陽乃さん!!」
この人、Xガンじゃ間に合わないって悟って突っ込んできたのか……ッ。
陽乃さんの顔が苦痛に歪む。いくら、二人になったとはいえ、この巨重は体に相当な負担だ。だからこそ、さっき来るなって言ったのに。
「なんで……来たんですか……早く、逃げて――」
「嫌」
キッパリと、バッサリと切り捨てる。こういう所は、さすが雪ノ下の姉だな。
陽乃さんは妹のように、氷の女王のように、冷たく言う。
「ここで八幡を置いて、それで八幡が死んだら、私は自殺するわよ。もう貴方はそれくらい、私にとって欠かせない構成要素なの。あなたが自分の命を軽々しく賭けるのは自由だけど、その時は当然、私の命も勘定に入れてね」
ぞっとする。陽乃さんは説得でも、脅しでもない。
心の底から本心で言っている。
自分の命も――雪ノ下陽乃という命も、その身に背負えと、そう言っている。
「全く、愛されてるね、比企谷」
「陽乃さんを死なせたら、あなた色んな方面にこれまで以上に嫌われるわよ。精々生きなさい」
そして、また軽くなる。
「折本……相模……どうして」
「知らないわよ、そんなの……っていうか重い……」
「……まぁ、たぶん、アンタいなかったら、多分どっかで死んでたし。その借りってことで……本当に重い……」
「馬鹿っ!だったら、早く出ろ!」
「無理……動けない……」
「一歩でも動いたら……多分、潰れちゃう……」
「クソッ!」
なんなの?ツンデレなの?
でも、時と場所を考えろよ!一つの萌えポイントの為に命を懸ける必要がどこにあんだ!?
確かに、重量負担的には軽くなった。潰されるってことはないと思うが、それはあくまで、現時点の話。
この大仏の気分次第で、俺たちはすぐに殺させる。なんならコイツが全体重掛けてきたら、その時点でおしまいだ。
だが、俺たちはまったく動けない。
でも、まだ、死ぬわけには、いかない。
あぁ、そうだ。相模の言う通りだ。
俺ごときの命と陽乃さんの命が等価なはずがない。この人は、俺なんかの道連れにしていい人じゃない。そんなことになったら、雪ノ下にも何を言われるか分かったもんじゃない。ハイライト消えのんになっちまう。
絶対に、死なせない。この人だけは、死なせない。
俺は、必死で踏ん張りつつも、普段あまり使わない声帯を酷使し、腹の底から叫んだ。
「達海~~~~~!!!!!」
俺の叫び声は自分の思った以上に響き渡り、近くにいた陽乃さんや相模、折本はもちろん、今まで遠くから響いていた他のメンバーと星人の戦いの喧騒も一瞬止まった気配がした。ヤバい、恥ずかしい。新たな黒歴史誕生の瞬間かも。
そして俺の恥ずかしい叫びは、ちゃんと俺の目的の人物へと届いたようで。
「――なんだ!!俺は大仏ぶっ倒すのに忙しいんだよ!!」
と、明らかに苛立ったような声が返ってくる。
だが、その声の調子と、さっきからこの大仏がピクリともしないことから、その戦果は窺える。
この大仏は、まともに戦って渡り合える相手じゃない。
そう、“まとも”には。
コイツにとって、俺たちは居るかどうかも分からないような、そんな虫けらなんだろう。
――だが、虫けらには虫けらの、戦い方がある。
「達海!!コイツに、真正面から戦っても不合理だ!いつまでたっても有効なダメージを与えられない!!」
「だが――」
「だから!!」
「より、ダメージを与えられる場所を狙え!!“これ”を使え!!」
俺の言葉に、陽乃さんや相模や折本は訝しげな反応を見せる。俺の言葉の意味が分からないようだ。
達海にも、もしかしたら伝わっていないかもしれない。何の言葉も返ってこない。
……この俺の考えは作戦と呼べるほどのものじゃなく、ただの思いつきだ。上手くいく保証なんてないし、失敗したら下手すりゃ死ぬ。それに一から丁寧に説明している余裕もない。
だが、俺たちの中で一番戦闘センスがあるのは――陽乃さんは別格として――達海だ。
アイツなら、もしかしたら――
「……なるほどな」
達海の呟きが、聞こえた気がした。
「よっしゃあ!俺に任せろ!!」
先程とは明らかに違う、朗らかな声が響く。
どうやら上手く伝わったらしい。後は、この考えが正しいことを祈るのみ。
「……っ!……ぐぅ」
折本が苦しそうに呻く。
四人で分担することで、一気に圧殺されるほどの重さではなくなったが、それでも身動きがとれないほどの負担がかかり続けているのだ。限界は近い。
頼む。上手くいってくれ。
達海は、一気に階段を飛び下り、そのまま門跡の近くまで走る。
「おい!なんだあいつ、逃げたのか!?」
ボンバーさん(たぶん)の怒声が響き、折本が少し不安げな表情をする。
「大丈夫だ。アイツを信じろ」
折本に言い聞かせる。折本は俺の目を見て頷いた。
俺は横目で再び達海へと視線を戻す。
アイツは十分に距離を取ったところで、陸上選手のようにクラウチングスタートの姿勢をとった。
「…………行くぜ」
ギシッ……ギシッ……と達海の体が膨れ上がる。
スーツによる身体能力の強化が、極限まで高まっていく。
「はらぁっ!!」
達海が弾丸のように駆け出す。まさしくロケットスタート。
一直線に大仏へと――すなわちこちらへと向かってくる。
「だぁっ!!」
そして、その勢いのままジャンプする。
「うわっ!」
「なんだアイツ!!」
こちらからは、もう見えない。
アイツは、俺たちを踏んでいる為に曲がっている大仏の膝を段差替わりに使い、大仏の顔面の高さへと飛んだはず。
ギュイーン ギュイーンと甲高い音が上方で響く。
そして――
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!」
という唸り声と共に、俺たちに圧し掛かっていたプレッシャーが無くなった。
そして、影はゆっくりと俺たちの頭上から無くなり、大仏は背中から倒れこむ。
メキャメキャメキャ ズズーーーン!!!
という轟音と共に、この寺院で一番大きな本堂――大仏が飛び出してきた建物が崩壊する。
その余波は凄まじく、思わず目を瞑ってしまいそうになった。
そして、その影響は俺たちだけではなく――
「な、なんだ!? 何がどうなってんだ!?」
さっきまで呑気にタバコをふかしていたオッサンが慌てふためき、逃げるように去っていった。
まぁ、オッサンからしたら、突然何の前触れもなくこれだけ大きな建物が崩壊したんだからな。なにそれこわい。
…………ま。とにかくこれで何の憂いもなく戦える。
「八幡」
「陽乃さん」
「倒したと思う?」
「…………いえ、まだ何とも」
俺と陽乃さんは大仏が倒れこんだ本堂を見る。
そこには臨戦態勢を崩さない達海と、棒立ちのままの葉山がいた。
すると、どこからか地響きが――
ドガァァァァーーーンッ!!
初登場の時とはまるで段違いの迫力で、大仏が立ち上がってきた。
額の白毫の部分から血のような何かを垂れ流し、その表情は先程までの穏やかな仏顔ではなく、悪鬼のような憤怒を滲ませている。
うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
大仏が天に向かって吠える。
不動のイメージが強い分、ミスマッチなギャップでより一層恐ろしさが増している。
やはり、まだ終わらないか……
ちなみに指摘された部分とは「なんで大仏に踏まれたままぺちゃくちゃ喋ってんの?周りの人達早く助けなよ」という部分です。なので、八幡の葉山への説教をモノローグにして、周りの人が手出しできない理由みたいのを言い訳がましく入れてみました。
……どうでしょうかね? 八幡はこんな上条さんみたいな説教しねぇよ。みたいなことは言われそうですが、どうしても書きたかったので……キャラ崩壊になってないといいんですが。
どうもこの大仏戦は自分的にすごく難しかった覚えがあります。
たぶん、次回大仏戦は決着がつくと思います。