比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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なんで僕を生き返らせたの?

 

 生まれた時から異質だった。

 

 周囲の大人達は、そして子供達は、彼をいつも畏れの篭った瞳で嫌い続けた。

 

 彼という人間の手を怯える様に弾き、彼という人間から一目散に逃げ出し、彼という人間を己から切り離した。

 

 自分の身を護る為に彼という存在を迫害した。彼は、自分達とは()()だと、同じ人間である筈の少年に対し、まるで天敵を畏れるかのように。

 

 

 誰からも死を願われた少年だった。この世の全てを敵に回してしまう少年だった。

 

 何かを犯したわけではない。何かを誤ったわけではない。ただ――少年は異質だった。

 

 少年の何かが異質で、少年の全てが異質だった。異なっていた――人間とは。それでも、少年は人間で、だからこそ誰よりも何よりも異質だった。

 

 化け物ではない何か。人間の姿をした人間である何か。人の道から外れている何か。生まれたその時から堕ちている何か。

 

 

 古来より、人間達は、そんな、理解出来ない、けれど途方もない程に恐ろしい何かを――“鬼”と、呼んだ。

 

 

 ただ、漠然と、恐怖の対象として、悪い物の権化として、人の身では叶わぬ厄災として――自分達とは違う、化け物と貶めた。

 

 

 徹底的に弾き、徹底的に逃げ出し、徹底的に嫌い、徹底的に切り離す。

 

 そして、願う。願う。願う。

 

 鬼の滅びを。鬼の死を。鬼が、その所業の――化け物である、報いを受けることを。

 

 

 少年は、ただ、異質だっただけなのに。

 

 

 

――こんなとこで、つまんなく死ぬな。

 

 

 

 だから――初めてだった。

 

 死ぬな、と言われたのは。

 

 異質な自分を、“鬼”であるこの存在を、受け入れられたのは。

 

 

 

――世界の全てが君を認めない。この世の全てが君の敵だ。

 

 

――クソッタレなこの世界は、“神”のクソ野郎が()()()()この世界は、異質なものを決して受け入れない。あの野郎と同じく器の小さい箱庭だ。

 

 

――でも大丈夫。安心して歓喜するといい。それでも僕は、君の“同種”だ。全宇宙でただ一人、僕だけは君を受け入れる。

 

 

――故に、安心して記憶を喪失するといい。君の存在も、君の名前も、君の記憶も。ぜーんぶ、僕が預かって置いてあげるから。

 

 

――再会の時は、僕のちゅー(ファーストキス)と一緒にお返しするぜ。

 

 

――だから、それまで、つまんなく死ぬなよ。“少年”。

 

 

 

『……………』

 

 死の、間際。

 

 美しい“鬼”の少年は、倒壊したアパートの廃材の中、身体の中心を太い木材に貫かれながら、真っ暗な夜空を見上げながら、この夜空のように真っ暗に笑う“少女”の幻影を見る。

 

 この少女は誰なのだろう。夜空のように笑い、けれど、夜空の中に浮かぶ星のように輝く、この“異質”な少女は、何者だろう。

 

 

 自分は、この少女を知っているのだろうか? 居たのだろうか? “彼”以外にも、こんな自分を、鬼であるこんな自分を、受け入れてくれた存在が。

 

 

 僕は、彼女を、裏切ってしまったのだろうか。

 

 

 

『死にたくないなぁ……』

 

 

 

 生きたい。

 

 

 改めて、異質な少年は、鬼の少年は、そう思った。そう思えた。こんな自分でも、そう思うことが出来るのだと、少年は薄れゆく意識の中で、そう笑った。

 

 つくづく、()()()と。取り返しがつかなく、どうしようもなくなってから、こんな未練を抱えることになる辺りが、特に。

 

 負けたことなど殆どない。

 誰にも選ばれないくせに、選ばれし者であるかのように。

 世界からこの上なく嫌われている分際で、世界から選ばれたかのように――能力だけは、卓越したチートの持ち主だった自分は、敗北を知らずに生きてきた。

 

 けれど、最後の最期には、圧倒的な敗北の中で、後悔と未練に浸りながら死ぬ。

 

 本当に()()()末路だと。少年は、笑う。

 

 

『……………また、会いたいなぁ』

 

 

 異質な少年は、鬼の少年は、友達になれるかもしれなかった少年と――顔も名前も思い出せない、夜空の星のような少女の面影を脳裏に描く。

 

 こんな気持ちで、こんな後悔と未練の中で逝ける、最高の末路を与えてくれた、黒い球体に感謝しながら。

 

『いつか……また会えたら…………今度こそ………僕は――』

 

 

 少年は、名もなき鬼の少年は。

 

 夜空に輝く星に向かって手を伸ばし、()()()のことを言い、笑いながら死に絶える。

 

 

 その時――ザッ、と。

 

 誰かが、何かが、少年を見下ろすように目の前に立っていた。

 

 

『……………だ――』

 

 

 ザクッ――と。

 

 鋭い刃が、木材に貫かれていた少年の躰を突き刺した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 夜空の星とは全く違う、暴力的な人工の光が網膜を焼く。

 

 異質な何かを抱える美しい“鬼”が、ゆっくりとその目を開けた。

 

 

 黒い球体が新たに――再び、この部屋に召喚したのは、白いパーカーを纏った少年だった。

 

 

 顔つきは端正というよりは可愛らしい顔立ち。だが、その放つ雰囲気は、八幡や陽乃といった人種と同類のような、底知れない過負荷な色を持っていた。

 

 少年は、目の前の光景に目を瞠っていた。

 この部屋で、この少年のことを知っているのは、八幡と黒い球体しかいない。

 生き返らせた陽乃ですら、この少年のことは全く知らなかった。

 

「――あ」

 

 少年は八幡の姿を見つけ――そして、その変わり果てた姿を見て、全てを察したようだった。

 

「……そっか。僕はやっぱり死んだんだね」

「ああ。よくも俺に全てを擦すり付けて死にやがったな、この野郎」

「まったく、命の恩人で大親友の僕に対して酷い言い草だね」

「重いんだよ、色々と。何だよ、あの置き土産。おかげで夜しか眠れやしない」

「健康的じゃないか。……それで――」

 

 復活した鬼は、生き還って舞い戻った異質は、八幡以外誰も知っている人間がいないこの黒い球体の部屋で、臆することなく、堂々と中心に立って見渡しながら、その面々の顔を見遣りながら「……ふ~ん」と呟き、八幡に問い掛ける。

 

「――あの日から、どれくらい経ってる?」

「半年以上。……まぁ、もう時間がない」

「だろうね。これだけの人材を集めたんだ。ガンツもまとめに入ってるね」

「お、おい! ちょっと待ってくれ!」

 

 八幡と白いパーカーの少年が二人にしか分からない話をしていると、和人が間に入り、会話を強引に中断させた。

 

「――誰?」

「……それはこっちの台詞なんだが、まぁいい。ちょうどいい。俺の名前は桐ケ谷和人だ。アンタは?」

「ん? ……あ~、ええと、ゴメンね。僕、自分の名前、覚えてないんだ」

「はぁ!?」

 

 少年の驚愕発言に、和人だけでなく渚達も呆気に取られる。ただ一人、八幡は呆れた口調で――

 

「お前、マジかよ。それは俺も知らなかったわ」

「へへ。驚いた?」

「引いたよ。ドン引きだ。まぁ、お前だからな」

「まぁ、僕だからね。そんなわけで、僕のことは――」

 

 そうして、黒い球体にその名前が再び表示される。

 

 

 

『厨房』0点

 

 Total 0点

 あと0点でおわり。

 

 

 

「――うん。『中坊』って呼んでね。あ、漢字はこの失礼な奴じゃなくて、“中”学生の“坊”主で、中坊だからね!」

「……いや、その中坊も蔑称な気が――」

 

 あやせが疲れたような顔をしていたが、それ以上は口を噤んだ。

 中坊には何を言っても無駄だと、この短時間で悟ったらしい。

 

 

 

『魔王』20点

 

 Total 20点

 あと80点でおわり。

 

 

 

「――あれ? アンタ、いつの間に魔王なんてカッコいいニックネームになったの?」

「……俺じゃねぇ。お前を生き返らせてくれたのは、俺じゃなくてこの人だ」

 

 そう言って八幡は、陽乃を目で示した。

 中坊は、陽乃を見て「……へぇ」と目を妖しく光らせ、顎に手を当てながらこれ見よがしに意味ありげな笑みを作った。

 

「……お姉さん、只者じゃないね?」

「ふふ、まぁね!」

「おっぱい触っていい?」

「手首圧し折るぞ♪」

 

 何やら一瞬で意気投合したようだった。

 この二人を生き返らせたのは結果として八幡だったが、なんだか厄介なコンビが出来たなぁと少し遠い目をしていた。

 

「――それで? なんで僕を生き返らせたの?」

 

 中坊がそうニコニコ顔で問いかけると、陽乃は八幡と腕を組んで、その豊満な胸を彼の腕に押し付けながら言った。

 

「決まってるじゃない。八幡がそうして欲しいって言ったからよ」

「……陽乃さん。離れてください」

 

 中坊は、その光景に一瞬、中坊にしては珍しくぽかんと呆然とすると、すぐにお腹を抱えて笑う。

 

「――は、ははははははははっはっはっはははははっはっはっはははははっははっはははは!! な、なるほど、納得したよ。万事了解! なるほどなるほど、これは面白い!」

 

 そう言って、中坊は二人を見て、うんうんと理解する。

 

(……なるほどね。確かに予想外だったけど、そういう風にみると、これ以上ないくらいぴったり嵌る。……二人とも形が歪過ぎて、お互い以外じゃあ全く嵌らないだろうねぇ。いやぁ、すごい組合せだ)

 

 中坊にしては珍しくその考えを口に出さなかったのは、腕を組む二人を、複雑な、だがとても黒い感情を込めて睨み付けている少女がいることに、中坊が気付いていたからだった。

 

 勿論、それはその少女を慮ったというわけでは全然なく、そっちの方が面白そうという理由が100%だったが。

 

(――ふふ。随分と面白いメンバーが集まってるな~。カタストロフィまでに残された時間でも、かなり楽しめそうだ。生き返らせてくれたことに感謝しなくっちゃね)

 

 そして、中坊という強烈なキャラの帰還により忘れかけられたが――まだ一人、ガンツに採点されていない少年が残されていた。

 

 じ、じじという音と共に、ガンツが最後の採点を開始する。

 

 

 その結果は――

 

 

 

『くろのけんし』70点

 

 Total 130点

 

 

 

 100てんめにゅ~から 選んでください

 

 

【100てんめにゅー】

 

【・きおくをきされてかいほうされる】

【・つよいぶきとこうかんする】

【・めもりーからひとりいきかえらせる】

 

 

 再び、どよめきに沸く室内。

 

 一度の採点で二度目の100点メニュー。

 

 その事態に、渚とあやせは本人よりも困惑した。

 

「き、桐ケ谷さん! やりました! 100点ですよ!」

「……すごいですね。お疲れ様です。桐ケ谷さん」

 

 渚とあやせの言葉に、和人は苦笑で答える。

 

 そして、和人は表情を険しく変え、八幡の元へと歩み寄り、言った。

 

 

「比企谷……お前、他にも生き返らせたい奴はいるか?」

 

 

 その言葉に、渚、あやせ、由香は困惑する。

 

「……………」

 

 陽乃が目を細め、中坊が口元を歪める中、八幡も、その鋭い目つきで、和人に問う。

 

「……どういうことだ? 解放を選ばなくていいのか?」

「……ああ。俺は残る。この部屋から――このデスゲームから、俺はまだ、解放されるわけにはいかない」

 

 和人は自分の右手を――剣を持っていない右手を見つめて、ゆっくりと語る。

 

「……今回の戦争の終わり間際……俺は、あの男と会った。あの吸血鬼に遭った。今日の昼間、ミッションではない現実世界(リアルワールド)の日常で、俺と……大切な人を襲った吸血鬼。アイツは言った。今度会った時は、昼であれ、夜であれ――日常であれ、戦争であれ……殺すと、必ず殺すと言ってきた。宣戦布告してきた。……だから、俺は逃げられない。今、記憶を失って解放される訳にはいかない。……この部屋から、この戦争から――このデスゲームから、俺は逃げるわけにはいかないんだ」

 

 和人は、ギュッと、覚悟を固めるように拳を握り締め、決意を露わにする。決死の覚悟を、露わにする。

 

 渚は、あやせは、心配そうな表情で和人を見つめ、由香はただ戸惑っている。東条は、真剣な眼差しで和人を見据えていた。

 

 陽乃と中坊は感情の読めない瞳で佇み、そして八幡は――

 

「なら、武器は?」

 

 と、抑揚のない言葉で問い詰める。

 

「――そんな因縁の相手がいるなら、尚更、強い武器を手に入れるべきなんじゃないのか? 二番を選ぶべきなんじゃないのか?」

 

 和人は、そんな八幡の言葉に対し、端的に、真っ直ぐに告げた。

 

「俺は剣でいい。剣があれば――それでいい」

 

 剣士で在れれば、それでいい。

 

 和人は、八幡のおどろおどろしい双眸から目を逸らさず、決して逃げずにそう答えた。

 

「…………」

 

 八幡には、そんな和人の瞳にも何かが孕んでいるような気がしたが、己には関係のないことだとスルーした。

 

 そもそもが八幡にとって、和人がどう100点を使おうが、特に関与する必要はない。間違っていると分かっていても、誰が考えても愚かな選択をしているとしても、八幡が親身になって説得してやる必要など皆無なのだ。

 

 だから八幡は、最後にこれだけを言っておくことにした。これを聞いても尚、その決意が揺るがないというのなら、コイツの好きにさせようと思った。自分が好きなように、コイツの100点を使ってやろうと思った。

 

 誰が使おうと、誰のを使おうと、100点は100点で、蘇る生命は等価なのだから。

 

「桐ケ谷……お前、昨日の恐竜の時のミッションの終わりに――俺が言ったことを覚えているか?」

「――っ!」

 

 そう八幡が言った時、和人だけでなく、渚とあやせも身体を強張らせた。

 

 そんな彼等に構うことなく、八幡は告げる。容赦なく告げる。

 

「人を生き返らせるという行為は、世界で最も醜く無責任なエゴの押し付けだ。それを行おうとしている人間は、世界で最も傲慢な人間だ」

 

 前回のミッション、己の100点の使い道を語る上で、和人達に突き付けた比企谷八幡の生命観。

 

 死んだ人間を生き返らせる。失った命を取り戻す。

 

 そんな、誰もが一度は夢見て、だが、決して誰にも叶えることの出来ない願望――悲願。

 

 死んでしまった大切な人を取り戻し、もう二度と会えなくなってしまった彼と彼女と再会する。

 

 まさしく奇跡の、神の所業が如き超常の現象。

 

 それを、己の勝手な願いで――願望で、欲望で。

 

 無数の死者の中から、たった一人を選択し、醜悪な己のエゴで黄泉から引き擦り戻した大切な人に、その他大勢の死者の蘇りの権利を掠め取ったという大罪と、そんな無数の命の可能性を背負って、二度目の、蘇った元死者としての人生を歩ませる――そんな罪悪感を背負わせながら生き長らえさせる行為。

 

 そんな大罪で――傲慢で、無責任な罪科。

 

 それが、比企谷八幡の、死者蘇生に対する考察。考え方。

 

「人を生き返らせるってことは――人を殺すこと以上に罪深い大罪だ」

 

 奇跡を起こす権利を行使するということは、奇跡を起こす責任を負うということだ。

 

 超常の力を振るうということは、超常の責任を負うということだ。

 

「死者蘇生――これは、間違ってもそんな綺麗で美しい行為じゃない。……桐ケ谷、お前にその重さを背負えるのか?」

 

 八幡は、桐ケ谷にそう淡々と問い掛ける。

 桐ケ谷は何も言わない。あやせも、渚も、陽乃も、中坊も、誰も、何も言わなかった。

 

「俺は背負う。その覚悟を持って、俺は戦い続け、点数を稼ぎ続け――陽乃さんを生き返らせた。これから先、陽乃さんがどれほどの大罪を犯そうと、俺は共にその罪を背負う。陽乃さんが命を奪ったら、誰かを不幸にしたら、その罪は丸々俺が背負おう。それが、死人を蘇らせるということであり、生命を取り戻すということであり、己の所業に対しての責任だと、俺は思っている」

 

 八幡はそう言い切り、静かに、当然のように言い切り、更に続ける。

 

「だから俺は、陽乃さんが蘇らせた中坊に対しても、同様の責任を背負うつもりだ。もし陽乃さんが、中坊が、世界を滅ぼすというのなら、俺は喜んでその片棒を担ぐ」

「……そこは、責任を持って止めるべきなんじゃないのか?」

「見解の相違だな。俺は、陽乃さんも、中坊も、そういうことをし出しかねない生命(そんざい)だと分かっていて、それでも蘇らせることを選んだんだ。だから俺は、二人の全てに対し、責任を背負う。同罪を背負う。俺は、蘇らせたからと言って、二人に恩を着せて、自分の思い通りに操りたいわけじゃない。二人の意思を尊重する。二人という生命を尊重する。そして、その上で、全てを背負うって決めてるんだ。――その覚悟の元で、俺は生命(いのち)を蘇らせた」

 

 そして八幡は、和人を見据え「さて、桐ケ谷。これが最後だ。もう一度、問う」と前置きし、言った。

 

「そこまで踏まえて、それでもお前は――三番を、死者蘇生を選ぶのか?」

 

 和人は、ゆっくりと目を瞑る。渚も、あやせも、東条も、由香も――皆、和人を注視した。

 

「……ちなみに、一応、念の為に言っておくが、俺はお前が三番を選んだとして、蘇った生命に対し責任は持たない。そいつの行動に一切責任は持たないし、関与しない。お前が俺に権利を放り投げるのは勝手だが、責任はきちんと負ってもらう」

 

 そんな、ある種無責任なことを言う八幡に対し、由香が細めた目を向けるが――逆に見返され、そのあまりに不気味な双眸と目が合ってしまい、「ひぃっ!」と怯え、東条の背中に隠れた。

 

 だが、他の人間で八幡を責めるような目を送るものはいない。

 

 無責任というのなら、自分が溜めた100点の行使を八幡に丸投げする和人や、そして陽乃の方が、遥かに無責任というものなのだろう。先に責任を放り投げたのは彼等なのだから。

 

 それでも、陽乃はその投げた選択でどれほどの不利益を被ろうが、決して八幡に責任を追及するようなことはしないし、ましてや恨みや憎しみを抱くようなことは皆無だろう。

 

 そして、和人も「――ああ。それはもちろん分かってる」と承知した上で、目を開け、八幡を真っ直ぐに見据えて、言う。

 

「――それでも、俺の答えは変わらない。比企谷……お前が、生き返らせる人間を選んでくれ」

「…………………」

 

 和人の言葉に、八幡は何も言わず、その先を促す。

 それに応じ、和人は己の考えを続けた。

 

「比企谷……俺は言ったよな。黒い球体が俺達に強いるあのデスゲームに対し、一番有効なのは数――チームを作ることだって。攻略ギルドを作り、組織的にミッションに当たることが、最も効率的で、有効的な攻略法だって」

「……ああ。だが、その理想論は、今日の二つのミッションで、どちらでも機能しなかったな?」

「そうかもしれない。だがな、比企谷。今日の二度目のミッション――あの吸血鬼のミッション。お前だけで、クリアできたか? お前一人で、奴等を全員、殲滅出来たか?」

「…………」

 

 八幡は答えられなかった。

 

 今回、八幡は黒金ただ一人すら単独で打倒できず、結果として、一人の幹部も倒していない。

 そして、和人達の点数を見る限り、彼等も相当な強さの敵と戦い、そして勝利したのだろう。

 

 そう考えれば、例え時間制限がなかったとしても、八幡が単独で奴等を全滅させることは出来なかった――という結論を、出さざるを得ない。

 

「だから、俺は思う。この部屋のミッションにおいて、このデスゲームにおいて、最も重要なのは装備じゃない――人材だ。強い、仲間だ。……確かに、今回のように、組織的な動きを実現するのは難しいのかもしれない。だが、今回のように、例え連携は出来なくても、それぞれが単独で各個撃破するだけでも、ミッション成功率は大きく違う。だから、必要なんだよ、俺達には。この、人が死ぬのが前提の、多くの犠牲の上で一人の卓越した戦士を生み出す方式の、経験値を溜めるのすら命がけのふざけた戦争(ゲーム)には、一人でも多くの強い味方が、頼もしい戦士が必要なんだ!」

 

 和人は両手を広げて、八幡に示すように言う。

 渚を、あやせを、東条を、そして自分を示すように言う。

 

 八幡に、もうお前は孤独(ソロ)ではないと伝えるように。

 

「――だから、一人でも多くの仲間を増やすんだ! 一人でも多くの……強い仲間を! 心強い仲間を! そして、ここにいる全員の、生き残る可能性を引き上げる! それが、俺の100点の使い道だ!」

 

 和人は、八幡と睨み合うように見つめ合いながら言う。

 

「教えてくれ、比企谷。お前が知る限り、最も生き残る力に長けている死人を。今、再び、俺達と一緒に戦ってくれる脱落者(ルーザー)を」

 

 俺が、ソイツを生き返らせる。

 

 和人はそう言って、八幡の前から、道を譲るように退いた。

 

 黒い球体への道を、示すように言った。

 

 八幡は小さく息を吐いて、その道を歩き「……ガンツ。メモリーだ」と言って、再び死亡者リストを表示する。

 

 そして、八幡は数十秒の熟考の末――その者の名前を口にした。

 

 その名前に対し、陽乃は「……ふ~ん」と無表情で言い、対して中坊は「……本気?」と露骨に顔を顰めた。

 

 和人は、そんな二人の反応を一瞥したが、すぐに八幡の方に向き直り――

 

「――分かった。じゃあ、それでいこう」

「……少しは疑わねぇのか。俺がどうしようもない奴をお前に生き返らせて、それでお前に十字架を背負わせようとしているとか」

「そんなことをしても、お前に何の得もないだろう。……お前は極端だけど、それでもミッションに対しては合理的だ。比企谷は善人じゃないし、むしろ悪人で卑怯者なんだろうけど……腐った奴じゃない」

「……俺の目は腐っているけどな」

「はは、まぁそれは置いといて」

「否定しねぇのかよ」

「とにかく、俺は……まだ、会って二日だけど――お前のことは、仲間だと思ってる」

 

 このふざけた地獄(せかい)で共に戦う、仲間だと思っている。

 

 和人のその言葉に、八幡は、和人の方を向くことすら出来なかった。

 

「…………」

「だからさ――俺は、お前を信じるよ、比企谷」

 

 和人は凛々しい真顔で、八幡ではなく、黒い球体を見据えながら言った。

 

 そして、和人は静かに「……三番」と呟いた後、力強く、八幡から推挙された、その名前を口にした。

 

 会ったこともない、見たこともない、そんな者の名前を。ただ八幡が推薦したからという理由で、己が命懸けで、片腕を斬り落としてまで獲得したその100点を使って、生き返らせた。

 

 この世で最も傲慢な大罪を背負う覚悟で、その生命に対しての全ての責任を背負う覚悟で、見ず知らずの他人を蘇らせた。

 

 ガンツから電子線が部屋の中の虚空に照射され、人体を(かたど)っていく。

 

 こうして、今、再び死者が蘇り、ガンツミッションへと挑む仲間が、新たに一人、黄泉の国から帰還した。

 

 この黒い球体の部屋に――“生還”した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 あの後、新たに蘇った者達も含め、生き残った者達で――次回からもこの黒い球体の部屋に集結し、戦争(デスゲーム)に挑む者達で、桐ケ谷を中心に出来る限りのメンバーで連絡先を交換した。

 

 痛恨にも俺の暇潰し機能付き目覚まし時計のメモリーがまた増えてしまった。……確かに、ここまで来れば深く関わらないなんて下らない意地を張るよりも、こいつ等と有用な情報を交換できる方がメリットになる。こいつ等は、もう必要最低限の知識も能力もあるからな。

 

 そして、全ての採点が終了し、一人、また一人と転送されていった。

 

 既に、この部屋に残っているのは、俺と、陽乃さん、中坊、そして――

 

「……それにしても、意外だったね。八幡があの子を生き返らせるなんて。まぁ確かに、性能(スペック)でいったら、あの子が一番高いか」

「……僕はどうかと思うけどねぇ。僕が死んでからどれだけ強くなったのかは知らないけど、僕が知る限りじゃあ居ても居なくても同じ――いや、色々とうっとうしかったから、居ない方がいいってレベルの奴だったな。本当に大丈夫な訳? 僕がもうちょっとマシな奴を紹介してもよかったけど」

 

 陽乃さんも中坊も、俺がアイツを生き返らせたことに対して、どこか思うところがあるようだった。

 ……確かに、あいつの戦闘力は、ミッションの難易度(レベル)が上がってきた今の戦争(デスゲーム)において、戦力になり得るのかと言われれば疑問符がつくだろう。

 

 勿論、俺もそれは考慮した。

 奴を生き返らせることは当初から頭の片隅にはあったが、それはかなり実現が難しい絵空事だという自覚は確かにあった。

 

 陽乃さんと中坊――この二人は、カタストロフィまでに必ず生き返らせるという確固たる決意があったけれど、それは陽乃さんの協力もあって、思っていたよりも大分早くクリアすることが出来た。

 

 だから、俺は正直、もう誰も生き返らせるつもりはなかった。

 もしカタストロフィまでに100点を稼ぐことは出来ても、それは二番を選んでより強力な装備に使うつもりだった。

 

 今回のオニ星人は、まさしく歴代最強の敵だった。

 これからカタストロフィへと近づくにつれ、奴等と同等がそれ以上の敵と戦うことになるのは避けられないだろう。それに向けて、強い武器はあるに越したことはない。というより戦力増強は必須だ。

 

 そんな意味も兼ねての100点の使い方――三番を選ばないという選択だった。

 

 これからの戦いでは、あいつ等では到底ついていけないだろう。蘇ったところで、すぐに殺されるのがオチだ。

 そんな免罪符という名の言い訳から、俺は、あいつ等のことは見捨てるつもりだった。

 

 無数の命から、たった一つの命を選択して、生き返らせる――他の全ての命を切り捨てて。それは間違いなくこの世で最も傲慢な大罪だろう。

 そして俺は、奴等を切り捨てるつもりだった。陽乃さんと中坊、二人だけを生き返らせて、他の命は切り捨てるつもりだった。

 

 相模に口にした口だけの口約束を、俺は反故にするつもりだった。

 はっ、我ながらクソ野郎だな。ド屑で、下衆だ。

 

 しかし、自分を正当化するつもりなどまるでないが、今、このガンツミッションも佳境を迎えたこの状況で生き返らせても、相模(あいつ)はとてもではないが生き残れないだろう。

 

 時間いっぱい逃げ回れば生き残れるなんて、そんな甘いものでは、最早なくなっているのだ。

 

 ……あの中学生も、いつまで持つか。東条に寄生するというのは良い判断だが、それでもいずれ限界が来るということも、あの顔を見れば本人も分かっているようだったが。……目が合った瞬間、涙目で怯えられたけど、もう悲しいというよりゾクッとしたぜ。不味い、涙目の女子中学生を見てゾクッとするとか、全力で引き返さねば。戻って来れなくなる。

 

 まぁ、つまり、奴を生き返らせることになったのは、俺としてもある意味、予想外な事態だったのだ。

 

 それでも何故、無理矢理に桐ケ谷に武器を選ばせることも、中坊に聞いて過去の猛者を蘇らせることも選ばず、あいつを蘇らせたのか――それは、これから俺がすることに、利用しようと思ったからだ。

 

 それは――

 

「……あれ? わたしたちの転送は?」

 

 陽乃さんが、そんな風に首を傾げる。

 

 既に最後に例の奴が転送されてから数分が経過していたが、まだ、この部屋に残っている三人と、――――は、転送されていない。

 

 中坊はにやりと笑って俺を見る。はっ、気付いたか。

 

「――俺が頼んだんですよ。……ガンツに」

 

 俺の言葉に驚きを見せる陽乃さんと、その歪んだ笑いを更に濃くする中坊。おい、性格の悪さが滲み出てるぞ。

 

 俺は、そんな二人に背を向けて、部屋の隅にいるソイツの元に向かう。

 

 この部屋に残されている、俺、陽乃さん、中坊、黒い球体(ガンツ)――――そして。

 

「…………」

「……なぁ、お前、何者だ? 答えろよ、“()()()”。……いや――」

 

 そいつは、己の目前に迫り、自身を見下ろす俺の方を見ようともしなかった。

 

 この期に及んで、()()()()()()()()()()()()を、俺は嘲笑するように嗤う。

 

 

「――主催者(ゲームマスター)の回し者、って言った方がいいか? このスパイ(ダブルフェイス)野郎」

 

 

 俺の言葉に、パンダは――ゆっくりと顔を上げた。

 




採点が終了した黒い球体の部屋で、比企谷八幡はその獣の本性を暴き始める。

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