比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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人を喰う前に――殺してもらえて、本当によかった

Side大志――とある哀れな怪物の回顧

 

 

 ……頭が………痛い。

 

 痛い……っ。痛い……痛い……っ。

 

 

 この頭痛が、川崎大志という、普通の、平凡な、何処にでも居て、何処にでも溢れていて――だからこそ。

 

 普通の、ごく普通の、ごくごく普通の()()を。

 

 普通に幸せで、適度に不幸で、成功もあれば失敗もして、出会いもあれば別れも経験して、色んなことを糧にして、それなりに悟って大人になって。

 

 好ましい人と恋に落ちて、結ばれて、喧嘩もすれども愛し合って、未来を託す子供を作って、彼等が独り立ちをしたら後は夫婦二人、時折旅行に出かけたりしながら、己の生涯を捧げた職業で世間に尽くした証として手に入れた我が家(マイホーム)で、猫でも飼いながら余生を過ごす。

 

 そんな、何処にでも有り触れた、だからこそ、何よりも光り輝く素晴らしい物語を――人生を、送ることが出来た筈の少年を。

 

 

「……ぁぁ…………ぁぁぁああ……………ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 こんなにも恐ろしく、こんなにも悍ましく――こんなにも哀れな、化け物へと()えた。

 

「ぁぁぁあああああ!!! ぁぁぁぁぁあああああ!!! ああああああああああああああ!!!」

 

 小さな白鬼が、世にも悍ましい翼竜の背中に沈み込みながら、池袋の上空で慟哭する。

 

 涙を流し、己の外殻を軋ませ、剥し落としながら――そして、新たな外殻を生み出し、より強固な鎧を纏い、より醜悪な化け物へと堕ちながら。

 

「――――ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 川崎大志の慟哭は、ただ寂しく虚空に消える。

 

 彼の孤独を、化け物の孤独を、川崎大志に知らしめるように。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

『飲め』

 

――人間の、血液を飲め。

 

 大志はこの日、恐ろしく冷たく、悍ましくも美しい金髪の吸血鬼に救われた。

 

 既に絶え間なく襲い掛かるようになっていた頭痛。そして、みるみる内に変わっていく()()()()()()()()()

 

 頭がどうにかなりそうだった。心がどうにかなってしまいそうだった。

 

 でも、この日、この時、この美しい化け物に、お前は()()()()()()()()だと教えられて。

 

 自分の確固たる正体を暴いてもらって、大志は――確かに、何かを救われた。

 

 それは、絶望の始まりだったのかもしれない。平凡の終わりだったのかもしれない。不幸の序章で、幸福の終章だったのかもしれない。

 

 それでも、大志は――舌の上に人間の血液を乗せ、瞳の端から怪物の涙を流した、あの時。

 

 確かに――川崎大志は、救われた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 色々な死を見た。たくさんの死体を見た。

 咽返りそうな血液の匂いにも、感触まで伝わってきそうな肉片にも、動じることがなくなった。

 

 そんなことを一つ実感する度に、自分は人間ではなくなったことも実感し、そして――そこから先を、考えるのを止める。

 

 大志は何も受け入れらない。受け入れない。それが只の逃避であるということは、分かっているのに。

 

 目の前の美しい金髪美男子の吸血鬼は、そんな彼をアイスブルーの瞳で一瞥するだけで、直ぐに背中を向ける。

 大志は、そんなこの人に救われ続けている自覚はあるものの、面と向かって感謝を伝えることも、感情のままに当たり散らすことも出来ず、ただ彼の後ろに付いていき、肉片を拾い上げて、それを震える舌で舐め上げることしか出来なかった。

 

 限界ギリギリまで我慢するものの、いつもこの頭痛に負けていた。

 

 会合の参加をサボり、人間社会に溶け込み、ごく普通の高校生を、いつも通りの家族を演じ、縋り、周囲や己を騙し続けるも――最後には、いつもこの人に、この吸血鬼に泣きついた。

 

 彼の後ろに付いていき、彼の背中だけを眺めて。

 耳を塞ぎ、目を瞑って、そして、()()()()()()()()その肉片が出来上がるまで、大志はただ震えて隠れ潜んでいる。

 

 周りの吸血鬼(どうほう)達の蔑むような目線を感じながら、大志は恐る恐るとその肉片に向かい、おこぼれを頂く。

 その血を舐め取り、舌の上に乗せて嚥下し――頭痛が消える瞬間、大志はいつも号泣する。

 

『………………ぁぁ………ぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!』

 

 そして、実感する。したくないのに、それでも川崎大志に突き付ける。

 

 自分は化け物だ。この場にいる、誰よりも卑怯な悍ましい化け物だ。

 

 命を張らず、責任も持たず、ただ命だけを享受する卑怯者(ばけもの)だ。

 

 運命を受け入れず、化け物を受け入れず、それでいて、命を捨てることも出来ない。

 

 生きようとする汚さを捨てきれない。悍ましい。悍ましい。悍ましい。悍ましいッ!!

 

『…………ぁぁ………ぁぁ………ごめんなさい………ごめん………なさい………っっ』

 

 大志は泣きながら、謝り続けながら、それでも両手いっぱいの肉片を舐める。そこから溢れる命の泉に――命の証だった真っ赤な泉を啜り続ける。

 

 美味しい――と、感じてしまう自分を罰するように、瞳から涙を流しながら。

 

『………………』

 

 そして、そんな少年の哀れな背中を、金髪の吸血鬼は、冷たい瞳で眺めていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ある日、大志は、アジトの奥深くの巨大な空間に氷川と共に訪れた。

 

 それは幹部の力を示し、知らしめる為に、黒金組と氷川グループが定期的に行っている行事だった。

 

 元々は火口の提案で始まり、黒金と氷川などの他のメンバー達は歯ごたえのある修行の為にと協力していることだったが、大志がこれを見るのはこの日が初めてだった。

 

 それは――

 

『……………な…………ん……なん……すか……………これ……………ッッ』

 

 巨大な地下牢の中に閉じ込められているのは、何体もの――悍ましい化け物達。

 

 醜悪。その一言に尽きる、見るも無残な、子供の下手糞な落書きのように無秩序な造形の姿形。

 

 そんな怪物達が、それぞれ別個の特別製の檻の中に閉じ込められ、怨嗟の叫びを上げている。

 

――グギャァァァァアアアォォォォオオオオオ!!!!!

――ガァァァァアギャァァァァアアアァァァァ!!!!!

――ザシャァァァァシャァァァァァルルルルル!!!!!

 

 聴覚を破壊せんばかりに地下空間に轟く咆哮。

 

 どいつもこいつも人間離れした体躯。巨大なものは広大なこの空間に収まる為に背を曲げているような出鱈目なサイズ感だった。

 

 翼や嘴を持つ個体。牛のような角を生やす個体。魚の頭を持つ個体。

 皆、一様に不気味で、怪獣映画や特撮ヒーローで正義の味方に爆破されるような分かりやすい化け物だったが、何よりも大志が恐ろしいと感じたのは、それらが全員――

 

――人間の、特徴を持っていたことだった。

 

 翼竜の腹からは何本もの人の手が生えていて、そして足は気味悪く太く巨大だったが、明らかに人間の足だった。

 牛人の手足は気色悪い程に長く、筋繊維が剥き出しで人体模型のように不気味だったが、それは明らかに人間の躰だった。

 魚人は頭部こそまさしく魚だったが、その巨大な体は、肌色も、腹筋も、まさしく人間の色をしていた。

 

 その他の醜悪な怪物達も、明らかに怪物で、何処からどう見ても怪物なのに――まるで。

 

『奴等を――良く、見ておけ』

 

 氷川は、顔面を蒼白させ立ち尽くす大志の肩を叩いて、そう耳元で囁いた。

 

『受け入れろ。……さもなくば、あれが――お前の、末路だ』

 

 そう言って氷川は、黒金達と同様にそれぞれ別の檻の中へと、たった一人で侵入(はい)っていく。

 

 それと同時に、怪物達の咆哮と、彼等の部下の歓声が沸き起こり――幹部達による、邪鬼の調教が始まった。

 

 大志はそれのどちらにも属することなく、ただ震えながら、氷川の言葉を脳内で反芻し続けていた。

 

 

――受け入れろ。……さもなくば、あれが――お前の、末路だ。

 

 

 あの夜に大志が初めて見た怪物達。それが、【邪鬼】という、己の“異能”に敗北した者達の成れの果てであるということを、大志が聞かされたのは、調教という名のショーが終わり、その夜が明けようとしていた頃だった。

 

『……………』

 

 帰り道。

 姉に対する夜遊びの言い訳を考えながら、大志は、今にも死にそうな顔をして朝日を――太陽を見上げる。

 

 吸血鬼となった者達は、遅かれ早かれ異能という力を()()することになる。

 それを制御するには、吸血鬼としての己の力を高める必要がある。

 

 そして、それに置いて必要不可欠なものが、吸血鬼としてのエネルギー源であり、文字通りの力の源である――血液だ。

 

 吸血鬼としての、化け物としての、己が摂取すべき燃料であり――食糧。

 

 大志は、未だ、この食糧を――血液を、己の独力で確保したことがない。

 

 いつも氷川の後にくっついて、他人の収穫のおこぼれを頂いているだけだ。

 限界ギリギリまで我慢して。まるで、血液を飲むという怪物の所業に対する言い訳作りに勤しむように。

 

 そんな大志の行動に対する、同胞達の目線は冷たい。

 きっと、遠からずの内に不満が爆発し、氷川の背中に隠れることも出来なくなるだろう。

 

 そうなった時、化け物としての一人立ちを強要された時、自分は――人間を狩ることが出来るのだろうか。

 

 言い訳のしようもなく血液を摂取することが、果たして出来るのだろうか。

 

 化け物であるという、己の運命を受け入れることが――運命と、向き合うことが。

 

『……………』

 

 

――受け入れろ。……さもなくば、あれが――お前の、末路だ。

 

 

 ズキン、と、頭が痛む。

 

 血液を取り込まないということは、己の異能に取り込まれるということを意味する。

 

 そうなった時、自分は、あんな怪物へと成り果ててしまうのだろう。

 

 そして、きっと、多くの人間を――そう、まるで、怪物のように。

 

 大志は表情を泣きそうに歪める。そして、何かを求めるようにして太陽に手を伸ばし――

 

 ズキンッッ!! と、立て続けに頭痛が大志を襲った。

 

 まるで、太陽が――世界が、大志(ばけもの)を拒絶するかのように。

 

『――っ!!』

 

 思わず電柱に寄りかかり、ゆっくりと地べたに膝を着ける。

 

 考えて見れば、もうしばらく、血液を舐めていないことに気付く。

 

『……………は、はは。……………ははははは』

 

 大志は泣きながら呪った。そして、願った。

 

 

 どうか――どうか。

 

 

(……………誰か……………俺を――)

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side八幡――とある池袋の無人の路地

 

 

 俺が粗方吸血鬼共を掃除し終えた時、川崎大志は意識を取り戻した。

 

「………おにい……さん?」

「お兄さんと呼ぶな」

 

 そして、俺はXガンの銃口を大志に向ける。

 

「――殺すぞ」

 

 そう言うと大志は、ぺたんと地面に座り込んだ状態で――全身を、真っ白な外殻に覆われている状態で、苦笑いするように見上げる。

 

 そして性懲りもなく「……お兄さん」と、俺のことを呼び、おうし分かった喧嘩売ってんだな戦争だと俺が蟀谷に米マークを作ると――

 

「……約束、覚えてますか?」

 

 と、まるで自分の死期を悟っているかのうように、そのすっかり化け物に変わった相貌で柔らかな表情を浮かべる。

 

「……ああ。さすがに今日の今日だからな」

 

 まさか交わしたその日に実行することにはなるとは思わなかったという意味で皮肉を言うと、大志も情けなく苦笑した。

 

 俺は無表情に、淡々とそれを告げる。

 

「――大志。お前はもう、確実に“あっち側”だ。後戻りできない程に化け物だ。どっからどう見ても、頭のてっぺんから爪先まで、どうしようもない程に怪物だ」

 

 お前はもう――人間じゃない。

 

 俺がそう告げると、大志は穏やかに、笑った。

 

「約束だ。死にたくないって言っても殺してやる」

 

 化け物になった自分を――

 

「――呪いながら、死ね」

 

 そして俺は、夕方の約束の時のように、Xガンを大志の頭に突き付ける。

 

 大志も、あの時のように、Xガンにその両手を伸ばした。

 

 だが、既に全身を白い外殻に覆われている大志の身体は、少しでも腕を上げるだけで、パキ、パキパキと歪な音を立てる。その度に外殻は剥がれ落ち、そして、再びそれを塞ぐように新たな外殻が再生する。

 

 より強固に化け物になり、より取り返しのつかない怪物になっていく。

 

「……俺は、遅かれ早かれ、こうなってたんす」

 

 大志は、己の額に突き付けられたXガンを愛おしそうに撫でながら、穏やかに語る。

 

「……今まで俺は……人間を殺すことが出来なくて……血を飲むときも、氷川さん達について行って……そのおこぼれをもらうばっかりでした……」

 

 ……昨日のあのミッションの乱入時、黒金や氷川って程の奴等と大志が一緒にいたのは、そういう理由なのか? 同等の戦力ではなく、あくまで付き添いというか、パシリというか。

 

「そんなんだから、こんな風に異能が暴走して……このままだと……俺が邪鬼になっちゃうところでしたけど……お兄さんが、この戦場にいてくれて……本当によかった」

 

 こんなこと、おこぼれとはいえ、今までたくさん人の血を飲んできた俺が言うなんて、許されないかもしれないっすけど――大志はそう言って、真っ白な、不気味な、異形な化け物の姿で、瞳に涙を溢れさせた。

 

 

「人を喰う前に――殺してもらえて、本当によかった」

 

 

 大志はそう言って、俺を見上げた。

 

 変わり果てた――化け物に成り果てた、その姿で。

 

 救われた人間のように、晴れやかな表情で。

 

「…………………」

 

 俺は、その表情に、目を奪われる。

 

 焼き付ける。脳裏に、そして心に焼き付ける。

 

 これまで俺は、多くの星人を屠ってきた。

 色んな星人を――化け物を、この手で殺しまくってきた。殺して、殺して、殺し続けてきた。

 

 そして、人間が死ぬ所も、たくさん目撃してきた。

 直接この手で殺めたことはないにしろ、俺のせいで、間接的に俺が殺したといっていい人間も、山程いる。

 

 そして、俺は今日、初めて、直接この手で――“人間”を殺す。

 

 刻み込む。脳に、そして魂に。

 

 この男の死に様を、そして――生き様を。

 

 

 川崎大志という男を殺したことを、俺は生涯、忘れない。

 

 

 何処かで歓声が沸く声が聞こえ――俺は、それをシャットアウトした。

 

 今は、この瞬間だけは、俺はコイツと向き合わなくてはならない。

 

 この一つの命に、向き合わなくてはいけない。

 

「――お願いします、お兄さん」

「…………ああ。じゃあな、“川崎大志”」

 

 俺は、最後にそう、名前で呼んだ。

 

 この男が、最後まで守り抜こうとした、人間としての、その名前を。

 

 大志は、一度大きく目を見開き、そして、瞳に再び涙を溢れさせながら、笑顔で――目を閉じた。

 

 俺は、しっかりとそれを見届けて、Xガンの、引き金を引い――

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「やめてぇ! お兄ちゃん!!」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 それは、此処にいる筈のない者の声だった。

 

 だけど、此処に来るかも知れないことを、忘れてはならなかった筈の者の声だった。

 

 

 ギュイーン、と、甲高い発射音と、青白い閃光が瞬く。

 

 

 

「――――――え?」

 

 

 

 それは、俺の呟きだったのか、それとも大志のものだったのか。

 

 

 俺が大志の死に様を注視することに気を取られて接近に気づかなかったのか。それとも、由比ヶ浜が、小町から目を離す筈がないと思い込んでいたのか。

 

 

 

 それとも、戦争に没頭し、小町達の存在を、今の今まで忘れる程に、俺は――――終わってしまっていたのか。

 

 

 

 可能性など無限に思いつく。そのどれもが本当で、そのどれもが間違っているかもしれない。

 

 

 そんな現実逃避など、まるで無意味で、まるで無価値だった。

 

 

 結果は、変わらない。結末は――変わらない。

 

 

 大志を庇うように突き飛ばし、Xガンの銃口との間に無理矢理割り込んで――

 

 

 

――ギュイーン、という甲高い発射音と共に、小町はその閃光を、背中に浴びた。

 

 

 

 事実は変わらない。何も変わらない。

 

 

 俺が、小町を撃った。

 

 

 これだけが、揺るぎない、真実だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 完全に道を塞いだ瓦礫を、由比ヶ浜は必死で排除しようとしていた。

 

「小町ちゃん……小町ちゃん……小町ちゃん……小町ちゃん……」

 

 由比ヶ浜には、小町がこの瓦礫に呑まれたかのように見えていた。

 

 彼女は、その現実を決して認めない。

 

「小町ちゃん、小町ちゃん、小町ちゃん、小町ちゃん、小町ちゃん」

 

 それだけはダメだ。それだけはダメだ。それだけはダメだ。それだけはダメだ。

 

(ヒッキーに頼まれたんだ! ヒッキーに託されたんだ! 守らなきゃ! 助けなきゃ! だってヒッキーは言ったんだから。戻ってくるって! 帰ってくるって! 約束したんだから! また三人で奉仕部やるんだ! あの時みたいに三人で! あの場所で! あの場所で! 三人で! あたしとヒッキーとゆきのんで! また! みんな! あの時みたいに! だからやり遂げなきゃ、絶対に絶対に絶対に! ……だから……だから……)

 

 由比ヶ浜は必死で瓦礫を動かそうとする。

 

 その綺麗な手がボロボロになり、爪が剥がれそうになって血が滲んでも、それでも由比ヶ浜は諦めない。諦められない。

 

 由比ヶ浜は、現実を、決して認めない。

 

 由比ヶ浜は、希望を、決して捨てない。

 

 いつまでも、いつまでも、由比ヶ浜は、由比ヶ浜結衣は――

 

 

「――ッッ!! 小町ちゃん!! 小町ちゃん!! 小町ちゃぁぁぁぁああああああああん!!!」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 何処かの、心優しき少女の叫びが届いたかのように、小町はふっと優しく笑う。

 

 それは、その儚い笑みは、自分に向けられたものではないと分かっていても、化け物と成り果てた大志の心を揺さぶった。

 

 そして小町は、顔だけで振り返り、真っ黒な絶望で染まった表情の兄を見つめて――こう、呟いた。

 

 

「お兄ちゃん。大好きだよ――」

 

 

――幸せになって。

 

 

 この最後の言葉は――最愛の兄には届かなかった。

 

 

 届く前に、届ける前に、小町の背中は無残にも弾け飛び――比企谷小町は、即死した。




そして――――比企谷八幡は――――そして――――

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