比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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こんなとこで、つまんなく死ぬな。

「おい! みんな集まってくれ!」

 

 葉山は呼び掛ける。

 しかし、葉山の元へ集まったのは相模だけだった。

 

 少し先にいる達海と折本は集まろうとせず、子供と祖母はそもそも見える範囲にいなかった。

 

「…………くそっ」

 

 葉山は自ら達海と折本の元へ移動する。

 

「おい、待てよ!」

「――はぁ。なぁ、葉山。何が何だか分かんねぇが、俺はこんなんに付き合うつもりはねぇぞ」

「……そうだよ。あんな趣味の悪いドッキリし掛けるなんてどうかしてるって。マジでウケない」

 

 どうやらこの二人は先程の一連をテレビか何かの企画だと思ったらしい。

 精神衛生上一番優しい受け入れ方だが、葉山はそうして死んだ人間を少なくとも四人知っている。

 

「テレビじゃない! 帰ったら死ぬんだ! そもそも、そんなことをする理由もないだろう!」

「……じゃあ、これは何なんだ? この状況を、分かるように説明してくれ」

 

 達海は立ち止まったが、厳しい目つきで葉山を睨み付けたまま問い質す。

 だが、葉山は口を噤んだまま、二の句を継ぐことが出来なかった。

 

「…………」

「……何も言えないんだ。それで信じろって無理じゃない?」

「葉山くん……」

 

 葉山は俯き、内心で吐き捨てる。

 

 この状況を説明しろ? ――こっちの台詞だった。そんなこと、誰よりも自分が聞きたかった。

 

 何百回と心の中で叫んだことだ。

 これは何だ? 何でこんなことに? 何で俺が?

 

 だが、答えなど出ない。誰も答えてくれない。

 

 葉山が知っているのは、先程彼らにも説明した、荒唐無稽な事実だけなのだ。

 説明しろと、そんなことを言われても、出来ることは既にしている。

 信じられないのも分かるが、信じられないようなことに巻き込まれているのだ。

 

 達海は、そんな葉山の苦悶の表情を見て違和感を覚えた。

 彼が知っている葉山は誰よりもスマートな男だった。

 少なくとも、こんな弱い表情をする男ではなかった筈だ。

 

(……そういえば、こないだの練習試合のときも……)

 

 達海が思考に入ろうとするのを、くいっと引っ張られる袖口の違和感が止める。

 

「達海くん。もうこんな人達放っておいて帰ろう?」

 

 袖口を引っ張っていたのは、隣に立つ折本だった。

 折本の瞳には、確かにこの奇妙な状況に対する違和感や疑念は有るようだったが、それよりも早くこの状況から、そして目の前の葉山隼人から離れたいという意思があった。

 

 それでも、達海を誘うのは、漠然とした恐怖と不安故なのか、それとも――。

 

 達海はとりあえず思考を止めて、折本の手を振り払った。

 

「……やめろ。袖口伸びんだろうが」

 

 そして、そのまま帰宅と決め込み、歩き出す。その背中に折本が続くと、葉山が焦ったように声を上げた。

 

「おい、帰るなって!」

 

 しかし、二人は葉山の言葉を無視し、帰ろうとする。

 そんな彼らの背中に、葉山は思わず吐き捨てた。

 

「くそっ!」

「葉山くん、どうする? このままじゃ……」

 

 相模の顔が青くなる。

 エリア外に出ると頭が吹っ飛ぶという現象は、葉山隼人は目撃していない。

 

 目撃したのは、ここにいる相模と、そして比企谷八幡だけだ。

 今、相模はその時のことを思い出しているのかもしれない。

 

「……あのおばあさんと子供は? 今どこに?」

「え、えっと――」

 

 相模はマップを取り出す。

 

「ええと、赤い点がうち達だから……二人組が四つ。位置的に、これがうち達で、これがあの二人だよね。」

「ああ」

 

 比企谷八幡はあの中学生と一緒に行動しているのかと、そう理解した次の瞬間――葉山はその事実に気付き、声を張り上げた。

 

「――――!! この二人、()()()()()()()()()()()()()! 恐らくはあのおばあさん達だ!」

「ッ! 急いで止めないと!!」

 

 葉山達はすぐさま行動を開始し、急いでその二つの赤点のポイントへと向かう。

 途中、進行方向前方を歩いていた達海と折本をあっさりと抜き去って――。

 

「ッ!」

「えっ! ……な、何なの? あたし達には帰るなって言っておいて、自分達は――」

「いや、そんなことより」

「……ん? どうかしたの」

「……何だ? あの()()()()

 

 達海は絶句していた。

 いくら葉山が自分と同様に運動神経抜群だと言っても、あのスピードは常軌を逸している。それに、相模も同様のスピードを出せていたことにも説明がつかない。

 

「……このスーツか? ……もしかして俺も?」

 

 達海も折本もスーツを着ている。

 達海は葉山達の行動の意図を確かめるというより、スーツの力を試すべく。

 

「よし、行くぜ!」

「あ、ちょっと待って!」

 

 葉山達の後を追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「おうち帰りた~い!!」

「あぁ、分かったわ、りょうちゃん。今、タクシー捕まえてくるからもう少し我慢してね」

 

 泣きじゃくる子供をお婆さんが宥めながら、二人は住宅街を出るべく道路に向かって歩いていた。

 

「それにしても……何かしら、この音? 耳鳴りかしら? 嫌だわぁ。もう歳ねぇ」

 

 おばあちゃんは子供の手を離し、耳に当てていた手を上げながら、タクシーを止めようと道路に向かって身を乗り出す。

 

 

「………あ……さん! …………めだ!!」

 

 

 住宅街の外へ――エリア外へと。

 

 

「え?」

 

 

 身を乗り出して、一歩。

 

 

「ダメだ!! 戻って!!」

 

 

 足を――踏み出した。

 

 

 

 バンッ!!! ――と、風船が割れるような音と共に、頭部が破裂した。

 

 

「…………え」

 

 少年の小さな呟きが漏れる。

 

 目の前で、祖母の頭が吹き飛び、鮮血の噴水が勢いよく噴き出した光景に、脳内を占めるのは圧倒的な疑問の嵐だった。。

 

 頭部を失った祖母の体は、重力にゆっくりと負け、何の抵抗もなく地面に崩れ落ちる。

 祖母が止めようとしたタクシーの運転手は欠伸混じりのまま眠い目を擦って―――死体の横を何事もなく車を走らせ、ブレーキを踏むことなく通り過ぎる。

 

 子供は――ピタリと泣くのを止めていた。

 

「あ……あ……」

 

 葉山隼人は、その光景を前に、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。

 相模南は口元に手を当て、何も発しない。

 

 その二人の更に後方で、達海達也と折本かおりも絶句していた。

 

 達海は、スーツによる身体強化の興奮から一瞬で醒めていた。

 頭に流れる不可解な音楽に、ここに来てようやく気づいた。

 

 折本も、ここに来てようやく現実と向き合った。

 何か大変な事態に巻き込まれていることを自覚した。

 その途端、猛烈な不安と恐怖が襲い――吐き出すように、絶叫した。

 

 

「何が――どうなってんの!!」

 

 

 折本の叫びに、少年がふと現実へと引き戻される。

 

 目の前に広がる血溜まり。目の前に死に骸。

 

 少年は、涙をぶわっと溢れさせ――改めて、泣いた。

 

「あああああああ~~~~~~!!! おばあちゃ~~~ん!!!!」

 

 その言葉とは裏腹に、少年は祖母から背を向けた――あるいは、祖母の死から、逃げ出した。

 まるでここではない何処かに居る祖母を探しに行くが如く、目の前に転がる死体から遠ざかるように、少年は来た方向と同じ道、すなわち葉山や相模のいる方向へ走ってくる。

 

 だが、葉山も相模も目に入っていないかのように、そのまま二人の隣を通り過ぎ、後方にいる達海や折本の横も通り過ぎた。

 

「あ、ダメ!」

 

 相模が、今更ながら呼びかける――が、もう手遅れだった。

 

 あの子供もスーツを着ている、というより相模が着るように促したのだ。着方を教えたのも相模。その甲斐あってか正しく効果を発揮して、尋常ではないスピードであっという間に、エリア内(住宅街)へと姿を消した。

 

「大変!? また一人になっちゃったよ、あの子! どうする、葉山くん!?」

「………………」

「葉山くん!!」

「ッ!! ……ああ」

 

 葉山は、しっかりしろと自分に喝を入れ直した。

 

 八幡が葉山に託した使命は、戦闘に参加しない者達を守ること。

 あの男は、葉山が戦闘に参加することを怖がっていると見抜いていた。

 それを理解した上で、葉山にバックアップ――即ち、()()()()()()()()()()()()()()()を、葉山隼人に与えたのだ。

 

 こうして葉山は、体よく八幡に戦闘という、()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、葉山はその与えられた大義名分すら、満足にこなすことが出来なかった。

 しかも、星人に殺されるのではなく、エリア外に出してしまうという、最悪な凡ミスを犯して。

 

(…………それでも、だからといってここで項垂れていても、何も解決しない)

 

 これ以上、誰も死なせない。一人でも多く、あの部屋へと還す。

 

 八幡も、中坊も、ここにはいない。

 

 それが出来るのは――自分だけ。

 

 葉山隼人、ただ一人だ。

 

「ねぇ! お願い、説明して! ……何がどうなってるの? これは何なの? ここは何処なの? あたしたちは、どうなっちゃったの!?」

 

 折本が一歩一歩と葉山に近づきながら問い詰める。

 葉山は、苛立つように髪を掻き毟りながら、折本の方を見ずに吐き捨てた。

 

「……最初から言ってるだろう。これはあの黒い球体――ガンツのゲームで、俺達は星人を倒すまであの部屋に還れない。勝手に帰ろうとして、エリア外に出ると…………あのおばあさんのように、頭が吹き飛んで死ぬんだ」

「……そんなの、信じられるわけないでしょ! 言ってんじゃん! 分かるように説明して――あたしたちを、納得させてよ!」

 

 折本が葉山に懇願するように詰め寄ると――葉山が折本の方を向き、振り払うようにして、声を荒げた。

 

「信じられようと、信じられまいと――それが現実なんだよ!!!」

 

 葉山の叫びが、真っ暗な住宅街に響き渡る。

 

「っ!?」

 

 折本は、葉山の剣幕に閉口する。

 少し離れた場所にいた達海も瞠目し――相模は。

 

「葉山くん……?」

 

 心配そうに呟き、目を細めるが、頭に血が昇っている葉山には届かない。

 

 折本へ――もしくは自分へ――あるいは誰かへ、絶叫を続ける。

 

「そんな意味が分からない、荒唐無稽な御伽話のようなふざけた世界に、俺達は巻き込まれてるんだよ!! それも絵本みたいな夢いっぱいな幸せな物語じゃない!!! もっと理不尽で!! もっと危険な、地獄絵図だ!! 気を抜けば死ぬ!! 間違えれば殺される!! そんな状況に! こんな事態に! 俺達は強制的に放り込まれてるんだ!!」

 

 葉山はそこで、一度、少し先の血溜まりへと目を向ける。

 真っ赤な池の中に沈む、人間だった肉塊。

 

 歯を食い縛り「……これで、分かっただろ……ッ」と低く唸るように言うと、再び折本へと、達海へと目を向けて。

 

「……やるしかないんだよ。納得出来なくても、理解出来なくても、意味が分からなくても。やらなきゃ死ぬんだ! 戦わなきゃ殺されるんだ!! 元の平和な当たり前の日常に戻りたければ、ここに適応するしかないんだよ!! “アイツ”のように!!」

 

 アイツ――その代名詞に、折本の頭に思い浮かんだのは。

 あの死体に埋め尽くされた『部屋』に君臨する中学生――では、なく。

 

「…………」

 

 折本が目を伏せる。

 葉山は「はぁ……はぁ……」と息を切らながら、再びくっと唇を噛み締めた。

 

 相模は、そんな葉山を両手を握り締めながら痛ましげに見詰めていると、そんな相模に向かって、葉山は顔を見ずに小さな声で問い掛ける。

 

「…………相模さん。あの子は何処に行ったか分かる?」

「……あ、うん。……ええと、だいぶ住宅地の奥地に行ったみたい。敵は近くにいないみたいだけど――あっ!」

 

 何処かへと走り去っていった少年の行方をモニタで確認した相模は、そこに映っていた情報に思わず声を上げる。

 

「どうしたの、相模さん?」

「葉山くん、見てこれ!」

「っ!? ――これは!?」

 

 葉山が相模の持つマップに顔を覗き込ませる――すると、そこに映っていたのは。

 

 四つの青い点――そして、それに囲まれている、二つの赤い点。

 

 これが意味することは――つまり。

 

「これ、中学生とヒキタニじゃ!?」

「ああ……ッ」

 

 葉山は再び唇を噛む。

 奇しくも、葉山は先程の八幡のように二択を迫られることとなった。

 

 八幡は見捨てるか? 助けるか? の二択だったが、葉山は加勢に行くか? それとも子供の救出を優先するか? という二択だ。

 

 葉山はまだ今回の敵――田中星人がどれほど強いのかを知らない。

 普通に考えて、ここは子供を助けに行くことが優先されるだろう。そもそも、それが八幡が葉山に託したことなのだから。

 

 だが、ここで葉山はやはり先程の八幡と同じことを考えた。

 

 もしここで、あの二人を失ったら、と。

 

 そうすれば、残る戦力は実質ここにいる四人。全員、ほぼ戦闘経験は皆無といっていい。

 田中星人がどれほど強いにしろ、あるいは弱いにしろ、素人戦士の四人が生き残る可能性は、限りなく0に近いだろう。葉山は、悔しくもその現実を素直に受け止めた。

 

 そして、あの少年の近くに、現在は敵がいないという事実も、葉山の背中を押した。

 

 葉山にとって、星人のイメージは前回のミッションにおいて自分以外の四人の大人を瞬時に虐殺したねぎ星人で固まっている。

 故に、葉山は――あの二人が殺されてしまうという予感を、あるいは恐怖を、拭いきれなかった。

 

「助けに行こう」

 

 葉山は、少しの黙考の後――二人の救出に向かうことを決定した。

 

「ぁ…………分かった」

 

 相模は何か口を開きかけたが、結局、胸に浮かんだ言葉は呑み込み、葉山の決定に従った。

 

 そして、葉山は達海と折本に向かい合う。

 

「俺は今から、仲間を助けに行く。付いて来たければ付いて来い。別に来なくても構わないが、エリア外には出ないでくれ。この腕のコレで、エリアは確認できる」

 

 葉山はそう言って、二人の横を通り過ぎる。相模もそれに続く。

 

「……………」

 

 達海と折本はしばし固まっていたが、やがて葉山達を追うようにその場を後にした。

 

 

 

 ちなみに、相模も、葉山も気付いていなかった。

 いや、ひょっとしたら都合が悪すぎる情報だった為、脳が受け付けるのを拒否したのかもしれない。

 

 八幡と中坊を囲む四つの青点――そこから離れた場所には、更に“巨大な”青い点が存在した。

 あまりにも多くの青点が一か所に固まっているが故に、一つの大きな青点に見える程の敵の数――星人の残数。

 

 絶望は、止まらない。敵は、ウジャウジャと、この一キロ四方のエリア内に隠れ潜んでいる。

 

 

 残り時間は、あと45分。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「そうか…………やっぱり、な」

 

 ガンツスーツには、限界がある。

 

 それは、あの部屋で中坊がヤンキー四人を惨殺した経緯を聞いた時に、もしかしたらと思ったことだ。

 

 だが、これはかなり不安な事実だ。

 このスーパースーツがあるからこそ、俺達は星人とかいう危険生物に立ち向かうことが可能になる。

 

 何よりもこのスーツを着ることこそが、ガンツのミッションに参加する上での絶対条件にして前提条件。

 

 それが、もし戦闘中に壊れたら?

 変身ヒーローものだと、そこで仲間が助けに来たりするものだが、そんな都合のいい展開が俺の人生において起こる筈がない。

 

 只の打ち切り最終回――惨めな末路、ジ・エンドだ。

 

 そして、今まさに隣を歩く中学生がその状況に瀕しているわけだが、中坊のピンチは他人事じゃない。

 

 敵は、まさに未知数。少なくとも後十体以上はいる。それを俺一人で殲滅するのは不可能だ。

 さっきの田中星人だって、決して弱くなかった。ねぎ星人よりは、明らかに強かった。

 

 そして、戦いにおいて、数が多いというのはそれだけで強さだ。

 アイツらに仲間意識や意思疎通の精神があるのかはしらんが、抜群の連携の集団攻撃なんて仕掛けられたら、それだけで勝てる気がしない。

 

 ……あぁ、マイナス要素が多すぎる。もう、帰りたい。プリキュア見て寝たい。働きたくない。

 だけれど、クリアしないと帰ってベッドにダイブすることも出来ない。

 

 それに制限時間なんてものもある。あれだけの数を一時間で倒せとかなんて無理ゲーだ。

 もし、タイムアップでゲームオーバーになったら……どんなペナルティがあるのか。

 

 中坊に聞いても「なったことないから分かんない♪」だからな。だからテヘペロやめろ。殺意しか湧かないから。

 

 はぁ……でもまぁ、愚痴ってる暇はない。正確には愚痴っている時間すらも勿体無い。

 今回のメンバーでまともな戦闘経験があるのは俺と中坊だけだ。

 

 一刻も早く、一体でも多く倒さないと。

 

「はぁ~。行くか」

「お、ぼっち(笑)さん、エンジンかかってきた?」

「働きたくないが仕方ない。やらなくてもいいことは極力やらないが、やらなくてはならないことは手短に、だ」

 

 早く新刊出ないかなぁ、あのシリーズ。そして原作が溜まったら、是非ともまたアニメに……何年後だろう。

 

「そうだね。どうする? いきなりココに突っ込む?」

 

 中坊はマップの――青点が集合しすぎて、一個の巨大な点になっている所を指さした。

 

 確かに、ここは一番の難所だ。逆に言えば、中坊のスーツがかろうじてでも生きている内に片付けるのも、手ではある――だが。

 

「…………いや、やめておこう」

「ふーん、理由は?」

「見ろ」

 

 俺と中坊がマップを覗き込む中――たった今、巨大な青点から小さな青点が一つ、別の場所に移動し始めた。

 

「さっきから不定期にだが、青点が分かれ始めてる。もしかしたら、既に俺達に気付いて見回りを出しているのかもしれない。数が減る算段があるなら、相手にするならなるべく少人数がいい。ここは、なるべく数の少ない固まりから潰して行こう」

 

 俺の考えに、中坊はクスクス笑う。

 

「……ん? どうした? 何か間違ってたか?」

「ううん、正しい。正しすぎて、気持ち悪い。やっぱアンタ僕に似てるよ。どっかずれてる」

「…………じゃあ、これで行くぞ。まずはここからだ」

「りょ~かい♪」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――って! 結局四体相手にすることになってんじゃねぇか!」

「ははは。まさか二体追加で飛んでくるとは思わなかったねぇ!」

 

 住宅街の中心を流れる用水路の中。決して水深は深くはない。膝まで浸かる程度だ。

 そこで俺達は、田中星人四体に囲まれている。俺と中坊は背中合わせでそれぞれ二体ずつと向き合っている。分かりやすくピンチなんだよなぁ。

 

 始めはマップに二体がココにいると示されていたので、一人一体ならなんとかなるかと、ノコノコやって来たわけなのだが――戦っている内に新たに二体増えた。

 

 4対2。

 ここでもし有能な指揮官が居たら、一旦下がって態勢を立て直すという決断を下すんだろう。

 最高の軍師は、最高の臆病者というのを聞いたことがある。それも一理ある。

 

 だが、この状況では逃げることすら難しい。何より――時間も有限だ。

 

「ちっ」

 

 俺は舌打ちをかましながら、覚悟を決める。

 

「やるしかねぇか」

「だね♪」

 

 俺は右手にXガン。左手にYガンを構える。

 中坊も右手にXガンを構え、臨戦体勢だ。

 

「中坊。間違ってもスーツ壊すなよ。まだボス戦控えてるんだからな」

「了解了解。アンタこそ、こんなザコ戦で死んだら笑い話にもならないよ」

「おい、やめろ。割とありえる話なんだから、それ」

 

 軽口を叩き合いながら――俺達は一斉にビームをチャージし始めた田中星人軍団に向かって突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 葉山達が現場に到着した時、そこで行われていたのは、まるでSF映画のような戦闘だった。

 

 既に、田中星人は二体にまで減っている。

 

 田中星人は足の裏からロケットのように炎を噴射して、都市部の用水路特有の左右をコンクリート壁で囲まれた限られたエリア内を縦横無尽に飛び回っていた。

 そして時折、口腔内から青白い光を発光させ、ビーム弾のようなものを八幡と中坊に向かって発射する。

 

 しかし、この二人には当たらない。

 中坊は後方へ、八幡は前方へ飛んで、それを躱す。

 ビーム弾を放った個体の真下を八幡は潜り抜け、そのまま背後に回り込んだ。

 

 八幡は、YガンとXガンを“同時に”発射する。

 

 田中星人はYガンの捕獲網を、飛行高度を下げることによって躱す――が、()()()()()()()()()()にXガンの時間差の衝撃波が直撃した。

 

 ドガンッと田中星人が吹き飛ぶ。

 八幡はすかさず田中星人が墜落した位置に駆け込み、背後から抱き締めるようにして締め上げた。

 

「ガァァァァアアアアアア!!!!!」

 

 田中星人は苦悶の咆哮を上げる。

 しかし、八幡は締め上げる強さを一切弱めず、むしろどんどん強めていっているのはスーツの膨れ上がる筋肉が物語っていた。

 

 ロボットのような田中星人の頭頂部が開き、その本体が飛び出してくる。

 

「中坊!」

 

 他の一体を引きつけていた中坊が、八幡の合図を受けるやいなや、一瞬視線をそちらに寄越し、Xガンを片手間に発射する。

 それを確認した八幡は、すぐさまその田中星人を放り投げ、中坊の加勢に向かった。

 

 八幡の興味の対象から外れた、外装から本体が体半分飛び出した鳥人は、苦しそうにもがきながら――数秒後に木端微塵に破裂した。

 

 続いて八幡が、中坊と戦う田中星人にYガンを発射する。

 その田中星人は後方に飛ぶことで難なく回避したが、これは元々中坊との距離を空ける為の威嚇射撃なので目的は果たしている。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 八幡は中坊の前に立つ。

 

「……はは。いや、ダメみたい」

「何言って――っ!?」

 

 八幡が後ろの中坊を振り返って見ると――中坊のスーツの機械部分からドロドロとした液体が流れ出ていた。

 

「お前……それって……」

「そんな重い攻撃喰らってないんだけど……やっぱ、あの部屋で受けたXガンが痛かったかな」

 

 中坊は、たははと力なく笑う。

 いつも不敵な中坊の、初めて見せる年相応の表情だった。

 

 ただの、子供だった。

 

「…………おい、下がってろ。アイツは俺がやる」

「…………え?」

「何度も言わせんなよ。お前には、まだ死んでもらったら困るんだ」

 

 比企谷八幡は座り込む中学生の前に立ち、不気味に宙を飛ぶロボットのような化物と相対しながら――子供に向かって言う。

 

「こんなとこで、つまんなく死ぬな。笑い話にもならない」

 

 中坊が呆気に取られている。

 呆然としている。何を言っているのか分からないという顔だ。

 

 八幡は、そんな中坊の首根っこを持ち上げ、そのまま河川敷――といってもコンクリートだが――に無理矢理引っ張り、ポイと放る。

 

「イタッ」

 

 もうスーツは只の服でしかない。コンクリートに乱雑に落とされるだけで痛むくらいだ。何の役にも立たない。

 

 それは、この命懸けの戦争において、明確にゲームオーバーを意味する。

 

 事実、中坊は、このスーツが壊れた時点で自身の命を当たり前のように諦めていた。

 

 この目が腐った男も、スーツが壊れた自分――只の足手まといの自分は、すぐさま切り捨てるだろう。

 自分ならばそうする。当たり前にそうする。

 この男は、自分と似ている。勝つ為なら、生き残る為なら、どれだけ非情で無慈悲でも、正しい選択を出来る人間だ。

 

 “人”として、間違っていようとも。

 “鬼”になることを、厭わずに、受け入れることの出来る人間だ。

 

 だから、この男との共闘も、ここまで――と。

 

(まぁ、それなりに楽しかった。最後にこんな男に会えただけで、十分かな)

 

 そんな風に、自分の十五年の人生にそれっぽい区切りをつけた――筈だった。

 

 しかし、この男は自分を助けた。もう自分には、何の価値もない筈なのに。切り捨てるべき対象の筈なのに。

 

「そこで見てろ」

 

 八幡は、振り返らずに戦場に向かう。

 

 中坊は、真っ白になった頭で、その後ろ姿を眺めていた。

 




葉山隼人は奔走し、比企谷八幡は奮闘する。

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