比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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――お前との約束は、きちんと守ってやるよ。

 Side八幡――とある池袋の上空

 

 

 ……なんて恰好をつけたのはいいが、今の俺はギリギリで不気味な翼竜にしがみ付いている滑稽な男でしかない。

 

 思わず下を――遥か遠くの池袋の街を見てしまって、ぶるりと震える。高っ!? 怖っ!?

 

 ……これだけの高さから堕ちたら、まだ機能は生きているとはいっても、既にかなりのダメージを食らっているこのスーツじゃ耐えられないかもしれない。その場合、俺は間違いなく即死だ。

 

「…………っ!」

 

 ギュッとYガンネットを持つ手に力が入る。今の俺は、これだけでしがみ付いている状態だ。足場はない。鯉のぼりのように風に吹かれ――翼竜の高速飛行による激風に煽られている。

 

 …………さて。どうしたものか。

 

「――ん?」

 

 ……何だ、あれは?

 

 翼竜が飛んでいる高度よりは少し低いが、ビルの屋上を華麗に飛び回っている氷のようなものを纏っている何かを、漆黒の物体が追いかけ回している。

 

「…………………はぁ?」

 

 っていうかパンダだった。ジャイアントパンダだった。

 

 ………………………アイツ、何してんの?

 

 パンダが何やらロケットエンジンのようなものを搭載したスーツで、某鉄男のように池袋の空を華麗に飛び回っている。なにこれ? 珍百景?

 

 氷の物体がなんか凄まじい衝撃波というか風の刃みたいなのをパンダに向かって発射すると、パンダのスーツから飛び出したロボットアームのようなものが夜の彼方にそれを吹き飛ばし、そしてパンダの口から砲身のようなものが飛び出してその砲口が煌々と輝き――

 

 あ、なんかビーム出した。

 

 かめはめ波みたいなエネルギー砲が、氷の物体諸共池袋の街を凄まじい勢いで破壊している。

 

 建物が倒壊する轟音と、人々と化け物の悲鳴。そして彼等は異次元の戦闘音を響かせながら更に彼方へと飛び去って――

 

「………………………………………」

 

 ……………………見なかったことにしよう。

 

 自分の事に話を戻す。俺は何も見なかった。見なかったんだ。アイア○パンダなんていなかったんだ。

 

 閑話休題。

 

 この翼竜は、基本的に人間の身体が巨大化し、肥大化したものだ。

 どでかい胴体は腹に無数の手を生やして、両腕は巨大な翼に変化していて、頭は人間サイズ(もしかしたら縮小しているかもしれない。それほどに小さい)で二本の角を生やし、更にまさしく太古の翼竜のような巨大で鋭い嘴が生えている。ここだけ見るとまさしく翼竜で、昨夜の恐竜星人のメンバーにいなかったのが不思議なくらいだ。いや、こんな面倒くさい敵ほんとマジ面倒くさいのでいなかったことに関しては全然こちらとしては助かったのだが。

 

 まぁ、何が言いたいのかといえば、いくら翼竜といっても元が吸血鬼――元が人間なので、やはり基本的には人間の身体のパーツが変形したものとなっている。これは、こいつが特別なだけかもしれないが、少なくとも今はコイツに関しての事実のみを考えればいい。吸血鬼のスタンダードな生態なんて今は関係ない。

 

 そして、この翼竜には――足が生えている。

 

 鳥のようではなく、人間のような足が、二本、残っている。

 

 勿論、この巨体を支える為か、太く巨大ではあるのだが、それでも見た目は、形は完全に人間の足だ。色もきちんと人間らしい肌色で、それが却って恐ろしく不気味で気持ち悪い。気色悪い。目を向けているだけで吐き気がしそうな程、全体的に悍ましいフォルムだ。

 

 だが、今は何としてもあれを掴みたい。いや、本当は手を伸ばしたくもないが、今はとにかく、奴の背中に乗ることが先決だ。

 腹の方は生えている無数の手によってガードが堅いだろうが、背中の方はそちらに比べれば比較的大丈夫だろう。

 

 それに――あの背中には、大志の身体が飛び出ている筈だ。

 

 大志を殺す為にも、あそこに辿り着けば勝ちだ。

 

「――――ッッ!!!」

 

 ――っ、クソッ! 翼竜は俺に気付いているのかいないのか、これまで以上にアクロバットな飛行を続けている。これじゃあ、いつYガンネットがこいつの身体から外れるか分からない。

 

 ……いや、それが狙いか? 体に纏わりつくネットを振り解く為の、この訳分からんジェットコースターみたいなアクロバットなのか? 面白動画撮ってんじゃねぇんだぞ、少しは自重しろ。

 

 だが、それなら一刻も早く背中に移らなくては。

 このままじゃあ、俺に残された末路は無様な落下しかしない。

 

 ……いっそのこと、Xガンを撃ってみるか。いくらアクロバット飛行中でも、この距離で、この巨体なら外す方が難しい。当然、この巨体を一撃で殺すのは不可能で、コイツは更に暴れるんだろうが、それでもいざという時はそれも手だ。ただ落ちるだけよりは、遥かにマシな悪足掻きだろう。

 

「…………いや」

 

 それでも、ここはまずはチャレンジしてみよう。

 奴の背中に辿り着けば、折れたガンツソードを突き刺して固定し、その後にいくらでもXガンを撃ち放題だ。

 

 そして再びコイツを地面に落とす――堕とす。そこからはYガンで再度固定するのでも、Xガンでそのまま撃ち続けるのでもいい――俺の勝ちだ。

 

「……さて」

 

 ここから、奴の不気味逞しい足まで、およそ2mか。

 届きそうで届かない距離だ。向こう側に移るには、このネットから手を放して、このネットを手放して――跳ぶしかないんだろう。数瞬とはいえ、飛ぶしかないんだろう。翼がない人間としては、中々の恐怖体験だ。

 

 ……はぁ、何だこれ。俺はなんで池袋の上空で、こんなSASU○Eみたいな真似をしなくちゃいけないんだ。しかも失敗したら固いコンクリートなんだぜ。泥水の方が何百倍もマシだ。

 

「――ハッ、今更だな」

 

 よく考えて見れば、こんなのはいつものことだ。死線を潜り抜ける所か、越えちゃいけない最後の一線的なアレの向こう側に何度も渡って、それでも執念深く毎回しぶとく戻ってきた身の上だ。

 

 今更こんなクリ○ハンガーくらいビビるかよ。はい、嘘です。超怖いです。ダレカタスケテー。

 

「――あ。普通にもう一回Yガン撃てばいいんじゃね?」

 

 俺はYガンを取り出し、2m先の奴の両足に向かって発射した。

 

「グルッ、ルォォォォオオオオッ!!!?」

 

 ネットは翼竜の両足を括るように巻き付いた。

 そして、その端は俺の目の前まで、手を伸ばせば届く位置まで靡いていて、俺はすぐさまそちらに移った。

 

「ルォォォオオオオオオオ!!!」

 

 翼竜は暴れ狂うが、俺はそのままネットをよじ登る。なんかSASUK○のファイナルステージみたいだ。何だ今日はSA○UKEデーか。此処は緑山じゃなくて池袋だっての。

 ネットはがっしりと足を縛り付けていて、コイツがいくら暴れようとビクともしない。

 

 俺はそのまま奴の両足まで辿り着き、そして両足を括るように纏わりついたネットのお蔭で出来た足場に自分の足を掛け、奴の腰の辺りにガンツソードを突き刺した。

 

 っ! やっぱり折れた剣だと上手く刺さらねぇな。グッと無理矢理に押し込むようにしないといけない。今度から渚が持っていたナイフでも持ち歩くか。あれは手軽で便利そうだ。

 

「グルォォォオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 翼竜の癖に大きく海老反りする邪鬼。

 俺はその期を逃さず、そのままグイッと体を上げ、剣を抜き取って跳び、背中の上の方に再び剣を一気に突き刺した。

 

「ルァァァァァァァァァァアア!!!!! グルォォオオオオオオオオ!!!」

「ッッ!! ちぃ!!」

 

 翼竜は尚一層激しく暴れ狂うが――もう遅い。

 

 俺は、この背中まで辿り着いた。

 

 必死に突き刺した剣にしがみ付き、辺りを見渡すと――見つけた。

 

 

 アイツはそこに――此処にいた。

 

 

 もう既に、首の半分ほどまで取り込まれ、頭のみしか露出していない。

 その頭部も不気味な白殻に覆われ、白骨のような外骨格を身に纏い、瞳は真っ赤に染まって呆然としている。アイツは――コイツは、変わり果てた化け物に成り果てていた。

 

 哀れな白鬼は、俺に気付いたようで、掠れたような呻き声を上げた。

 

「…………ぁ…………ぅぁ…………ぁぁぁ」

 

 否――化け物のような、呻き声しか、既に発することが出来ないようだった。

 

 コイツは――川崎大志は、もう、只の、化け物だった。

 

「……ぁ…………ぅ……ぁ……」

「……少し見ない間に、カッコよくなったじゃねぇか、大志」

 

 俺はそんな大志に向かって、ポツリと告げる。

 

「すっかり、“あっち側”だな。……安心しろ」

 

 

 

――お前との約束は、きちんと守ってやるよ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 何処からか、稲光が閃き、轟音が轟く。

 

「……………………」

 

 俺はしばし、変わり果てた大志を、怪物に成り果て、成り下がった大志を見ていたが、こんな所で、これ以上の時間を食うわけにもいかない。

 

 既に、時間は何も解決してくれない。何も救ってくれない。

 取り返しのつかないことが、ますます取り返しがつかなくなっていくだけだ。

 

 一刻も早く、約束を守ろう。

 一刻も早く、責任を果たそう。

 

 そして、一刻も早く――あの人の元へ。

 

 俺は体勢を崩さないように片膝を着いていた姿勢だったが、そのままXガンを大志に向けようとして――

 

 

――ガシッ、と、手を掴まれた。

 

 

「ッ! 何っ!?」

 

 右手に目を向けると、Xガンを掴んだ俺の右手の手首を――翼竜の背中から出現した白い手ががっしりと掴み上げていた。

 そして、俺の周りに、翼竜の背中一面に、ホラー映画のように白い腕がズバババババと生えてくる。いや、ホラー映画よりも数段こええええええよ!

 

 ちっ、見誤った! なんで()()()()()()()()()()()()と思い込んだっ!?

 大志が背中から取り込まれてる以上、こっちからも“出し入れ可能”だってことは、十分に考えられたじゃねぇかっ!!

 

「っ!!」

 

 更に足首をも掴まれる。そして、ずずっ! と、ガンツソードが“沈む”感覚。

 取り込まれる。なんてことだ。背中が弱点だなんてとんでもない。此処は、只の化け物の大口で――胃袋じゃねぇか。

 

 俺は大志の首を一瞥し――

 

「――――ちっ!」

 

 舌打ちをする。迷ってる時間はない。コイツの中がどうなってるか分からねぇ以上、本当にこん中は胃袋で、取り込まれた途端に一瞬で溶かされるってこともあり得る。そうでなくても、こんな化け物の中で生殺しなんて御免だ。VS巨大生物でよくある――達海もしていたが――体内に入って中から攻撃、なんてのは、本当に最終手段だ。普通に危険性(リスク)が高過ぎる。

 

 それよりは――俺は此処からのスカイダイビングを選ぶっ!

 

 さあ、もう一回、根性見せてくれよ、俺のガンツスーツ!

 

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 俺は無理矢理Xガンを握られている腕を引き剥がし、そして足元、俺の両足を掴んでいる腕を狙撃した。

 スーツの力で引き剥がすことが出来た。つまり、この腕はあくまで人間並みの――吸血鬼並みの力しかない、文字通りの腕なのか。ならば、行けるか――?

 

 バンバンッ!! と俺の足を掴んでいた腕が破裂する。

 

「グルッルルルウッルルルルルルウウウッォォォオォォオオオオオ!!!」

 

 再び悶え苦しむ翼竜に構わず、俺はその場でジャンプした。

 

 すると、高速で飛行し続けていた翼竜は俺を置いてそのまま飛び去っていく。背中に、大志を残して。

 

 あの無数の腕達は俺を逃がすまいと、縋るようにこちらに向かって手を伸ばしていたが、やはり通常の長さ以上は伸ばせないらしい。

 

「……………………」

 

 ……とにかく一旦は逃げることが出来た。相変わらず、俺は逃げることには定評がある。反吐が出る。

 

「――さて。どうする?」

 

 取り込まれることは避けることは出来たが――次の問題は、どうやって着地するか?

 

 下を見ると、やはりかなりの高さだ。周辺ビルの屋上が一望できる。

 

 このまま体勢を変えれば上手く何処かの屋上に着地出来ないか……? 真下は街路樹さえない路面だ。着地の仕方で衝撃を殺しきることなど出来ないだろう。……その時はスーツのダメージが耐えられるかどうか、危う過ぎる賭けだな。

 

 俺がそんなことを思考していると、怒り狂った翼竜は、こちらに向かって旋回して、突っ込んできた。

 

 だが、その途中で急停止し、空中でその動きを、一瞬、止める。

 

「…………何だ?」

 

 俺はXガンを構えながらそれを見る。

 ……正直、こんなものでどうにかなるとは思えないが。折れたガンツソードとどちらがマシだろうか。

 

 翼竜は、右翼を上げ、左翼を下げるような構えを見せて、そして――

 

「――ッ!!」

 

――強烈な勢いで横回転し、弾丸の如き超スピードで突っ込んできた。

 

「ドリルくちばしってか………ッ!?」

 

 ふざけんなよ、お前どっちかっていうとプテラだろ!? お前覚えねぇじゃん! 何、オニドリルみたいな真似してんだッ!? 唯一の特技奪ってんじゃねぇよ、やめて差し上げろ!

 

 くそっ! 不味い! 避けられねぇ! どうする!?

 

「――――っ!?」

 

 そして、まさしくドリルのような嘴が俺を襲い――

 

「――――ッッッ!!!?」

 

 俺は、凄まじい勢いでどこかのビルに叩きつけられ、そしてそのビルを貫いた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side由比ヶ浜&小町――とある駅へと向かう路地裏

 

 

 由比ヶ浜と小町は南池袋公園を出て、再び駅の方面へと駆けていた。

 

 そこが無事な保障など、どこにもない。

 だが、今の由比ヶ浜にとって、一番大事なことは小町を守ること、そして八幡の邪魔をしないことだった。

 

 だから、とにかく南池袋公園から離れなければと、曲がり角を曲がる度に、その先に化け物がいないことを確認して、慎重に、だがなるべく急いで、先を進む。

 

「――――っ!?」

「ゆ、結衣さん、大丈夫ですか」

「……大丈夫だよ、小町ちゃん」

 

 戦争が始まって初期で敵に捕まり、捕虜となった由比ヶ浜は、戦争自体は少し落ち着いてきているのに、徐々に終焉へと向かっているのに――いや、だからこそか――生きている人間も化け物も殆どおらず、道のあちこちに無残な死体が転げまわっているこの池袋の街に、この地獄のような惨状に、心がずっしりとダメージを負っていくのを感じる。

 

 けれど、だからこそ、あまりこの光景を小町に見せたくない。

 

(……ヒッキーから、託されたんだもん。お願いされたんだもん。……だから、なんとしてもやり遂げないと)

 

 約束したんだから、ヒッキーは絶対に帰ってくるっ!

 

 由比ヶ浜はそれだけを胸に、それだけを支えに、ギュッと小町の手を握って自分を奮起させる。

 

「…………」

 

 小町はそんな由比ヶ浜の横顔を見上げて、そしてそっと後ろを振り向くが――転がっている死体が目に入ったのでバッと視線を戻し、俯く。

 

(…………お兄ちゃん)

 

 そして、由比ヶ浜は再び進む先に生きている吸血鬼がいないことを確認する為に「それじゃあ、ちょっと待ってて、小町ちゃん」とほんの少し先、数m、小町から離れてしまう。

 

 

 そして、狙い澄ましたかのように、その悲劇は起こった。

 

 

 ドガァァァァァァアアアン!!! と、頭上を何かが、ビルを破壊しながら通過していった。

 

 

(――――――――え?)

 

 小町は、己に瓦礫が降り注ぐのを、どこか現実離れした光景として認識する。

 

「ッッッ!!!! 小町ちゃん!!!」

 

 由比ヶ浜が小町に向かって叫びながら手を伸ばす。

 

 

 だが、容赦なく、救いなく、禍々しい轟音と共に、倒壊したビルが二人を引き裂いた。

 

 




戦場を一望する上空で、比企谷八幡は邪鬼なる翼竜と殺し合う。

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