Sideあやせ――とある路線の出口近くの吹き抜け空間
象が、落下してくる。
それを認識した時、あやせの心に、恐怖よりも余程恐ろしい――諦念が襲った。
死ぬのだと、ここで死んでしまうのだと理解して、死を――受け入れかけた。
いや、その瞬間は、確かに受け入れてしまった。そして、次の瞬間、そんな自分に憤怒した。
(――――ッッッッッ!!!! 死ねないっっ!! 死ぬ訳にはいかないのッッ!!)
あやせの脳裏に、比企谷八幡の後ろ姿が過ぎる。
そして、そんな彼の背中と一緒に、本物というキーワードが、あやせの心に活力を与える。
恐怖を消し、諦念を塗り替え、生への莫大な渇望と執着を手に入れる。
睨み付ける。こちらに向かって隕石の如く落下してくる巨大な象を。
絶対に打倒する。この状況を、覆す。
具体的な方法など何も思い浮かばないが、その決意だけは魂で燃やして――
――ダンッッ!!! と、歯を食い縛り、渾身の力で柱を殴りつけた。
自分が背を着け、そしてガンツソードが突き刺さっていた、その大きな柱を。
ビギッッ!! と、稲妻のように、その柱に罅が入った。
(――あ)
そして、崩壊する。その柱が砕ける。
あやせは、それを見て――
(これしか――ないッッ!!)
新垣あやせは、逃げなかった。
本来ならば、少しでも遠くへ避難して、象の落下の直撃を避けることが正しいのかもしれない。
そして次の形態に変身する前に、サイズが大きい分スピードは蠅よりも遅いだろうことを期待し、ガンツソードで一撃を入れることを目論むべきなのかもしれない。
だが、あやせの頭の中には、既に落下する象を打倒することしかなかった。
己に死を覚悟させた象を、死を受け入れさせた象を――本物への道を、塞ぎかけた象を。
打倒し、打破し、打ち砕くこと――新垣あやせの頭の中を満たすのは、それだけだった。
あやせは砕けた柱の中の欠片の中で、最も大きな塊を、全力で蹴りつけた。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
あやせは咆哮する。
その目に宿るは、ただ圧倒的な殺意。
その胸に宿るは、ただ妄執的な――本物への憧れ。
「邪魔――するなぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」
あやせのすらりと長い脚は、この瞬間は弩となり、矢の如き一撃としてその塊を落下する象に放った。
それが象の顔面へと命中したのは、あやせの執念の為せる業か。
「パォォォォォォオオオオオオオオオオン!!!」
象はその鳴き声と共に、あやせをその太い足で踏み潰さんばかりだったその落下の軌道をずらされた。
大きく仰け反り、あやせと少し離れた場所に、その背中から盛大に落下する。
ドドォォォォォン!! と轟音を立て、土煙が豪快に舞った。
あやせは、大きく息を切らしながらも、その落下地点をギラギラとした瞳で睨み付ける。
(……あんなので、銃も効かなかったあの男が殺せたわけない。……絶対に、まだ生きてる)
チャキと慣れない手つきでガンツソードを握る拙い構えで、次は一体何に変身してくるのか、それともまだ象のままなのかと警戒しながら、化野の登場を待つ。何に変身しているのか分からないにも関わらず、この視界不良の状況で突っ込むわけにはいかない。
「まったく、案外しぶといですね――人間の癖に」
すると、煙の中から、そんな“女性の”声が響いた。
(……え? 今のって……まさか――)
いや――否、女性というよりも――少女。
それも、ずっと、生まれてからこのかた、ずっと、ずっと聞き続けた、聞き飽きた――
「まぁ、いいでしょう。わたしも、蠅や象なんかになるより、もっと美しいものになりたいですからね。次は少し、趣向を変えて遊びましょうか」
――自分の、声。
新垣あやせの――声。
バッ! と、その存在が手を横に振るうと、土煙が晴れてゆく。
そして、それは姿を現した。
その存在は、己の目の前に立つ、顔面を蒼白させて不健康な汗を流すあやせとは対照的に、不敵な笑みを浮かべていた。
艶やかな堕天使の翼の如き漆黒の長い髪を、見せつけるように――魅せつけるように、優雅に靡かせる。
そして腰に手を当て、目の前の人間を――新垣あやせを見据えた。
「……わ……わたし?」
あやせは、震える唇から、そんな言葉を紡ぎ出した。
その言葉に――現れた怪物は、一糸纏わぬ美貌を晒した、全裸の姿の
「ええ、そうですよ。……自分と同じ存在が、目の前にいる気分はどうですか? ……ところで――」
――どっちが“本物”だと思います?
「――――ッッッ!!!」
その問いに、その言葉に、あやせは沸騰したかのような怒りを覚え、チャキッ! と強くガンツソードを握り直して――
ばきっ、と、あやせ背後で何かが砕ける音がした。
バッと振り返ると、そこにいたのは――
「あ、あなたは――」
その男は――そのストーカーは、あやせの呟きがまったく聞こえていないかのように、砕けた柱の破片を踏み潰しながら、ゆっくりと歩み寄って来た。
二人のあやせを――いや、全裸のあやせを、偽物のあやせを、化け物が化けているあやせを見ていた。見詰め、見惚れ――
そして、呆然と、呟く。
「あやせたん……あやせたんが……二人?」
その言葉を聞いて、あやせは目を見開き――
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Side和人――とある駅の近くの大通り
剣士とは――そう問われて、あなたはまず何を思い浮かべるだろうか。
RPGのようなファンタジー世界で魔王を倒す冒険の旅に出る勇者だろうか。それとも豪奢な鎧を身に纏う西洋の騎士だろうか。それとも着流し姿で腰に日本刀を携える侍だろうか。
ザッと上げるだけでもこれだけ様々なイメージが浮かぶ通り、剣士とは、実は実に曖昧な言葉である。
究極的な意味で言うのならば、刀剣を持ち、それを扱う技術さえ持っていれば、剣士を名乗ることは出来るのだろう。
だが、剣崎という男は、その剣士という言葉に特別な意味を見出す男だった――化け物になる前から、そんな人間で、そんな男の子だった。
ずっと幼い頃から――周りの皆が五色の戦隊や光の巨人や昆虫の覆面ライダーに憧れている頃から、彼は剣士に憧れていた。
某粉砕兄弟ゲームでは真っ赤な配管工や電気ネズミなどには目もくれずひたすら緑の剣士でプレイしていたし、某モンスターをハントするゲームでも弓やボウガンなどはガン無視で刀剣類を軒並み極めていた。
周囲の友達も、お前は本当に剣が好きだなと始めは苦笑気味だったけれど、ある日、学校の帰り道――老人が一人で経営している刀剣屋の窓ガラスにへばり付き、展示されている日本刀を、陶然とした笑みで何時間もずっと眺めているのをクラスメイトが目撃した時、一気に彼の周りから人はいなくなった。
その時、彼等は初めて、剣崎が刀剣に向ける感情が、単なる憧れや興味関心などではないことを悟った。
きっかけは、始まりという始まりは、今では本人も覚えていない。
剣崎という己の
――おそらくは、ある日、気が付いたら、その日本刀で両親を斬り殺していた時には、剣崎はもう手遅れだったのだろう。
剣崎は、その両親の死体を貪るようにして――血を吸った。
両親を殺してしまったというショックはもちろんあったが、それ以上に流れる血が、和室の畳に染み込んでいく赤い血が美味しそうで堪らなくて、救急車を呼ぶことに考えが及ぶよりも先に、畳に這いつくばるようにして血を吸い上げることを優先していたのだから、その時には既に、剣崎は取り返しがつかない程に化け物であったのだろう。
吸血鬼となったことで、剣崎が歓喜したことは、刀を自由自在に生成できるようになったことだった。
剣崎は刀剣は大好きだが、名刀などに特別興味や執着心があるわけではない。
美しい銀色の刀身を流麗に振るい、敵の命を華麗に奪う――そんな剣士になれれば、そんな剣士で在れれば、それでよかった。ずっと幼少の頃から、そんな自分を思い描いては夢想していた。刀で、剣で、無双する剣士たる自分を。
だから、自分の身体から刀を作り出せると分かると、剣崎は言われるがままに実家の家宝の日本刀を、剣崎を見つけて、この吸血鬼のコミュニティに連れて来てくれた恩人の吸血鬼にさっさと渡してしまった――その際に、自分に刀の振るい方を教えてくれと条件をつけたが。
剣崎は刀を振るう剣士になりたかったので、竹刀しか使えない学校剣道や街の道場などには興味も湧かず無関心であった為、これが、この吸血鬼から教わった剣術が、剣崎の流派となった。
吸血鬼の狩りに出る度に、剣崎は決して銃などを生成せず、ただ日本刀だけを振るった。なぜ日本刀なのかと言われれば、剣崎の師匠が日本の剣術を身につけていて、それを教わっているからという理由だけだったが。前述の通り、剣崎に特にそこに拘りはない。
斬れればいい。刀剣を振るい、敵を殺す――剣士で在れれば、それでよかった。
剣崎が、剣士という言葉に見出す、特別な意味――それは、剣に取り憑かれているということ。剣の魅力に、囚われていること。
故に剣崎は、この条件を満たさない者は、剣士とは認めない。
剣士とは、剣を持ち、それを振るうだけの人間には――化け物には、決して名乗ることは許されないものだと、彼はそう思い、感じ、考える。
そして今日も、剣崎は剣を振るう。振るう。振るう。
剣崎という剣士は、それこそ何かに取り憑かれているかのように――まさしく剣に囚われているかのように、毎日楽しそうに剣を振るった。
それにより、こと剣術だけならば、あの最高幹部の一人であり、誰もが認める戦闘の天才である氷川にすら匹敵するレベルにまで上り詰めた。
あの“懐刀”の唯一の弟子にして、氷川と同等レベルの剣術使い。
そしていつしか、師匠にもう教えることはないと言われ、基本的に部下を持たない懐刀から卒業宣言を言い渡された時――火口と黒金は、剣崎の元を訪ね、自らのグループに勧誘した。
新たなる、黒金組の幹部として。
+++
和人にとって二刀流とは、奥の手や切り札ということ以上に、ある種、自分にとって特別な暗示の意味も兼ねていた。
そもそも、和人にとって二刀流は一度、完全に封印したスキルだった。
あの日――ALOからアスナを助け出し、病室で目覚めたアスナと再会して、結城明日奈と出会ったあの瞬間。
鋼鉄の城に閉じ込められた――デスゲームSAOが本当の意味で終わった、あの瞬間。
黒の英雄『キリト』のデータと共に、魔王を打倒する勇者の役割を果たす『二刀流』のスキルも、一緒に封印しようと心に決めていた。
まぁそれからもエクスキャリバーを獲得するクエストの時などに使ってしまったり、やはり自分の中の最強モードという感覚は抜け切れず、中々手放すことは出来なかったけれど――それほどに
二本の剣を両手に携えると、どうしても、己の中の何かが切り替わってしまう。
楽しいゲームではなく、死ぬか生きるかの殺し合いになってしまう。
74層のボス《The Gleameyes》との激闘。
聖騎士ヒースクリフとの死闘。
世界樹での無数の守護騎士との乱闘。
どれも壮絶で、己の全てを懸けた戦いだった。
その時ばかりは、遊びではなく、まさしくVR世界が、現実世界そのものとなっていた。
だから――和人は二刀流を封印しようと、心に決めた。
もう、あんな戦いは終わったから。
これからは、かけがえのない仲間達と共に、楽しくゲームとして遊ぶ日々が続いていくのだから。
もう、二刀流は――勇者は必要ない。
英雄も、戦争が終われば、平和な世界では、只の人だ――只の人でなければならない。
そんな思いで、彼は背中に二本の剣を背負うことを止めた。
自身が憧れる黒の剣士キリトの代名詞である二刀流。
それは最強の証であり、勇者の資格であり、英雄の象徴。
そんな二刀流を、満を持して解放し、今、目の前のこの現実を、戦争を、殺し合いを、己の最強を以て打破すべき地獄だと判断して、和人は全力で剣崎との決闘に応じた。
しかし、目の前の怪物――剣崎には、その二刀流の剣技の、悉くが届かなかった。
ガキィンッッ!! と、右手に持つ宝剣の袈裟切りが弾かれる。
「ふはっ! 凄まじいな!」
「――くッッ!!」
和人はそのまま左のガンツソードで突きを繰り出すが、剣崎はそれを軽々と避けてしまう。
当たらない。攻めているのはこっちなのに、一向に決定的な攻撃を決め込むことは出来ない。
だが、それに焦って深追いをすると、狙い澄ましたかのように剣崎の滑らかな剣筋が己の喉元に置かれている。
やはり剣崎は、カウンタータイプの剣士らしい。手数で攻める二刀流とは、決して相性が悪くない相手だとは思うのだが。
キィン! と再び剣がぶつかり合い、距離が開く。
和人は一度、大きく息を吐いた。
これはゲームではない。超人スーツを着ているとはいえ、生身の身体だ。当然、スタミナの問題もある。VR世界のようにHPが尽きぬ限り暴れ狂うというわけにもいかない。二刀流の強みはその手数だが、それはつまりそれだけの数の攻撃を繰り出している、それだけの回数だけ剣を振っているということ。スタミナの消費は片手剣の比ではない。
更に大きいのは、致命的なまでに大きいのは、システムアシストが無いということ。
決まった体勢を取れば、あとはシステムが身体を動かしてくれるソードスキルがない為、最後の一振りまで、その一閃の末期まで、己の脳で命令を送り、身体を動かさなくてはならない――そんな状態で、こんな状態で《スターバースト・ストリーム》や《ジ・イクリプス》を繰り出せるような技量は、未だ和人にはない。
技量。すなわち――剣に捧げた、努力の時間。
やはり――この勝負の明暗を分けるのはこれなのか、と和人は歯噛みする。
それは、ある意味で至極当然の事実。
努力をより積み重ねたものが、勝利という結果を得て、報われる。それは酷く正しく、美しい結末。
だが――と、思う。
ならば、自分があの二年間、鋼鉄の城で剣を振るい続けた時間は何だったのかと。無駄だったのかと。
……そんなことはないと、本当は分かっている。
アスナ達との出会いはもちろん、今のこの殺し合いだって、あの時の経験がなければ、生き抜いた時間がなければ、こんな風に目の前の達人と互角の勝負など演じることは出来ないだろう。あの二年間は、しっかりと和人の力となっている。
しかし、それでも、まだ足りない――届かない。只、それだけの話だ。
この目の前の男は、二年間と言わず、もっともっと長い時間、剣を振ってきたのだろう。剣に命を、人生を、化け物としての時間さえも、捧げてきたのだろう。
それは、剣崎の剣技を見れば、和人には分かる。分かってしまう。
同じ――剣に生きる者として。
だが、認めたくない。認めるわけにはいかない。
目の前の敵の、怪物の、化け物の――剣崎の剣技に見惚れ、憧れたなど、認めるわけにはいかない。
ギリッと歯を食い縛り、ギチッと二刀を強く握る。
(……諦めるな。勝機を探せっ! 恐怖に呑まれるな! 勝つための糸口は、必ずある筈だっ!)
あの時も――二刀を持っての、二刀流の勇者としての、システムアシストに頼らない戦闘を強いられた。
75層での、唐突に訪れた、魔王――ヒースクリフとの決戦。
その世界の創造主であり、システムを全て知り尽くしたその男を下す為に、己のちっぽけな力のみで、キリトは――和人は、
(……そうだ。あの時に比べれば、この状況は恐れるに値しない――剣崎は強敵だが、あの男程の、全能感は感じない。奴は――ヒースクリフは……茅場昌彦は、もっと、もっと高かった!)
もっと、もっと、固かった。もっと、もっと、絶対だった。
奴は最強で、最悪で――誰よりも純粋な人間でありながら、目の前の
(……あの時、俺は負けた)
最後の最後で己の力ではなく、奴の作った力――システムの力に頼ってしまった。
魔王の力に縋った勇者――キリトに待っていたのは、己の死よりもずっと重い罰――アスナの死だった。
いつだって、過去を悔いてばかりの、同じ失敗を繰り返してばかりの、愚かな鍍金の勇者だけれど。
(――今度こそ勝ってみせる! 己の力で、目の前の怪物を打倒するんだ!)
動かない和人に痺れを切らしたのか、剣崎が珍しく自分から大きく剣を振り下ろしてきた。
「来ないなら――こっちから行くぜっ!」
それを和人は二刀で受け止める。
「悪いな――オニ退治の方法を考えてたんだ」
「はっ、桃太郎気取りか――やってみろよ、英雄君」
英雄。かつては忌避し、かつては縋った、その重過ぎる称号。
今もこのカラオケビルや大型書店に囲まれた大きな五叉路の端の歩道には、身体中に怪我を負いながらも、瞳に希望の色を浮かべて、和人と剣崎の決闘を見守っている民衆がいる。
こんな状況を揶揄して、剣崎は和人を英雄と呼ぶのだろう。
和人は、そんな剣崎の言葉に――不敵な、笑みを浮かべた。
「お前に――
和人は二刀に更なる力を込め――スーツの筋肉を膨れ上がらせた。
「っ!」
剣崎は、己の体重を上から乗せていたにも関わらず、大きく吹き飛ばされたことに驚愕の表情を浮かべる。
(――行くぞッッ!!)
和人は体勢を崩している剣崎に向かって怒涛の勢いで突撃する。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」
右の宝剣を振りかぶり――振り下ろす。
それを剣崎はただ防ぐだけではなく、崩れた体勢で、腕の力だけで流すように弾く。
だが、和人はそのまま身体を回転させ、左のガンツソードを横薙ぎに振るう。
それを剣崎は、崩れた体勢を突如背筋の力で固定させ、仰け反るような体勢で躱してみせた。
(――っ! なら――)
和人はそのまま動きを止めず、右の宝剣で掬い上げるように斬りかかる――が。
剣崎は、その黄金色の瞳で和人を見据え――和人の剣筋に目を向けることなく、左手に新たな日本刀を作り出し、それを防いだ。
「――なッ!」
「お前だけが剣を二本持てるってわけじゃねぇんだよ!」
和人は思わず距離を取るが、剣崎はそのまま左の剣を投げ捨てるように和人に投擲し、和人はそれを一刀に斬り伏せるように弾く。
「……まぁ、俺は二刀流なんて習得してねぇから、二本もいらねぇけどな。使い辛くって仕方ねぇぜ」
「……」
和人は剣を向けながら、今の斬り合い――否、剣崎が擬態を解除してから今までの斬り合いを頭の中で振り返っていた。
(……おかしい。いくら何でも対処が的確過ぎる)
自分が言うのもなんだが、左手に剣を作り出して防ぐなど、咄嗟の思いつきで出来るものなのか――と和人は考える。 今の言葉が本当だとすると、剣崎は二刀流を使う剣士ではない(事実、早々に二本目の剣を、特に有効に活用するわけでもなく、捨てるかのように乱雑に投げつけてきた)にも関わらず、咄嗟に二本目の剣で防ごうなどという発想が出てくるものなのか。
それだけではない。奴のカウンターは、あまりにも綺麗すぎる程に、こちらの隙を的確に突いてくる。擬態を解除する前も奴のその技術は卓越していたが、それでも変身後のそれは異常だ。手数が多い二刀流の乱撃の隙間を、まるで何かにナビゲーションされているかのように縫うように潜り抜けてくる。既に和人は何発か剣崎の斬撃を食らっている。ガンツスーツを着ていなければとうに殺されているだろう。
(……昨夜のブラキオサウルスのような派手さはないが、負けず劣らずこの男も厄介だ。目にも止まらない速さなら反応出来ればなんとかなるけど……意識の外から繰り出される攻撃は、反応出来ないからどうしようもない)
喉元や首などの致命的な急所ならそれでもなんとかギリギリで察知できるが、脇腹や足など脳から遠い場所を狙われたらどうしようもない。
剣崎のカウンターの恐ろしさは嫌という程に理解出来ていて、斬りかかっている時も最大限に警戒はしているが、それでも集中力は弛まずに常に最高の状態で持続できるわけではない――剣崎は、その隙を、その波間を、恐ろしい程に的確に突いてくる。
(……
和人は探りを入れる意味で、剣崎に笑みを浮かべながらこう言った。
「……それにしても、随分と目がいいんだな」
これは賭けだった。
目について触れたのは、奴の目が分かりやすく黄金色に輝いていたから。
これまで倒した化け物達の姿形も――異形も千差万別だったけれど、瞳が黄金色になっているのは、剣崎だけだった。
確信があったわけではない。ただ、嫌な予感がしていた。和人が磨き上げていた、反応速度と並んで和人の命をこれまで繋ぎ続けきた、もう一つの要素――第六感が、危機を察する剣士の直感が、そう告げていた。
そして剣崎は「気付いたか。流石だな」と言い、親指で自身の目を指しながら言う。
「俺の異能は『察知』。ちょっとばっかし勘がいいだけの、使えない能力だ――俺は気に入ってるけどな」
妖艶なる堕天使は舌なめずりをして“己”を見下ろし、鍍金の勇者は黄金の眼の剣士と仕合う。