比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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死なせるわけには、いかないじゃないか。

 Side八幡――とある飲食店が立ち並ぶ裏通り

 

 

 俺と黒金の距離は、およそ20mと言ったところか。ちょうど西部劇のガンマンが、背中合わせで十歩逆方向に向かって歩き、バッと振り返って銃口を向けた時程の距離感だ。いや、西部のガンマンじゃないんで詳しいことは知らんが。

 

 まぁとにかく、お互いの手が届かない、言うならば中距離戦の距離感といったところだろう。

 

 だが、人間形態の時ですら、あの男は、あの怪物は、一瞬で、一つの瞬きの間に、これくらいの距離なら詰めてくる。俺からは色々な攻撃が届かないが、アイツにとってはむしろベストな距離感なのかもしれない。

 

 俺が攻撃を届かせるには、XガンやYガンによる射撃しかないだろう。だが、黒金にはおそらく通用しない。Xガンはタイムラグの間に殺され、Yガンのネットは易々と避けられるだろう。

 

 爆弾である以上、投擲する必要があるBIMも論外。振りかぶっている間に殺される。

 

 かといってスーツの力を駆使しての接近戦を挑むのも無謀だ。奴の身体能力の高さは、人間の姿の時ですらずば抜けていた。まともにやり合える相手ではない。

 

 ここまでを、俺は一瞬で思考した。

 

「――俺の為に死ね、化け物」

「――俺の為に死ね、人間」

 

 だから、俺はこの宣言の次の瞬間――ガンツソードを取り出した。

 

 当然20mの距離が開いている為、その刃は届かない。黒金も俺の行動に驚愕し、動きを止めていた。

 

――よし、先手は取ったっ!

 

 俺はバッと前に剣を突き出し――そのまま刀身を伸ばして射出した。

 

「っ!?」

 

 今更だが、ガンツソードは伸びる。

 

 普通は巨大な敵や距離のある敵を“斬る”為に使うんだろうが、俺がそんなモーションの大きな攻撃をしても避けられるだけだ。

 

 だから、意表を突く為に使う――突きで意表を突く。それこそ西部劇の早撃ちのガンマンのように――俺は剣を“撃つ”。

 

「はっ――遅い! 止まって見えるぞ!」

 

 だが所詮、意表は突いても、速度まで西部劇のガンマンの銃というわけにはいかない。Yガンのネットよりは速いだろうが、それでも黒金が、意表を突かれても、十分に対処できる程度のそれでしかなかった。

 

 狙い通りだ。始めからこれが当たるとは思っていない。

 

 対処できる――そう思わせ、こちらの攻撃を待ち構えてくれる、その状態に――黒金を後手に回すことが出来れば十分だった。

 

 俺は伸びている剣を振り下ろす。

 

 まだ黒金の元まで辿り着いていないガンツソードは、伸びきっていない剣は、そのまま地面に突き刺さる。

 

 そして――俺は跳んだ。

 

「なっ!?」

 

 トリケラサンにも使った、如意棒的ガンツソード使用法だ。

 

 俺のトリッキーな動きに黒金は驚愕し、一瞬俺を見失う――そして、俺は『それ』を、先程まで俺がいた方向に投擲すると、そのまま道路の右側のビルディングの窓に着地する――真横の足場に着地する。アメコミの某蜘蛛男のように。

 

「くっ! ちょこまかとッ!!」

 

 黒金はそう吠えながら、右手に電気の塊を作り出し――え? 嘘だろ? マジかよそんなことも出来んのかよ! 体に纏うだけじゃないの!?

 

 俺はそのまま剣を戻して、窓ガラスに罅を入れながら足場を全力で蹴り出す。

 

 パリーン!! という音は、俺が蹴り破った音なのか、それとも黒金の投げつけた雷による破壊音なのか、とにかく俺は間一髪でそれを躱すことに成功した。

 

 ……こんなことまで出来るなんて、本当に近中遠距離どこをとっても弱点がない。なんだよ、無敵かよコイツ。ってか、もうこれ戦争とかじゃなくてただの異能バトルになってない? なんなの? テコ入れなの? そういうのは学園都市でやれよ。

 

 俺はそんな悪態を脳内で喚き散らして必死に心を落ち着かせながら、黒金の背後に着地する。

 

 そして、奴が振り向くよりも先に、クラッカー式BIMを投擲した。

 

 それは奴の顔面近くまで迫って――

 

「喰らうかっ!!」

 

 だが、奴はそれを超人的な――化け物的な反射神経で避ける。

 

「……くっ、マジかよ……」

 

 俺は歯噛みし、奴は俺の表情を見て怪物の相貌に笑みを浮かべる。……それだけ醜い怪物になっても、愉悦の感情が隠し切れないってとこに、人間の醜悪さみたいなのを感じるな。

 

 だが、それは俺も同じことか――笑みが、隠し切れない。

 

「……なんだ?」

 

 黒金が表情を訝しく変えるのと同時に――奴はそれに気づいた。

 

 奴の背後から近づいてくる――小さなプロペラ音に。

 

「ッ!?」

 

 だが、遅い。

 

 黒金が振り向いたその瞬間――奴の顔面にホーミング式BIMが炸裂した。

 

「ッッ!! グァァァアア!!!」

 

 曲芸を披露し、奴の視界から外れたあの瞬間、敢えて黒金から逆方向に『これ』を投げ、クラッカー式と挟撃するように企てた成果が出た。

 

 ホーミング式は、撮影してロックオンした相手に向かってプロペラ飛行しながら追尾するBIM。飛行装置を備えているからか威力は低いが、奴が振り向いたことが幸いして、タイミングよく顔面にぶち当てることが出来た。上々だ。

 

 ドガンッ!! と躱されたクラッカー式が少し離れた場所で爆発する中――黒金は、がくっと片膝をついた。

 

「――っ!?」

 

 これは……効いてる?

 ……いや、裏を考えている暇はない。とにかく、今は畳み掛ける時だ。

 

 俺は再びガンツソードを取り出し、全力で斬りかかる。

 この距離なら、銃で撃つよりも剣の方が速いッ!

 

 距離は数m。俺は刀身を少し伸ばしながら、斜めに剣を振り抜いて――

 

 

――ガキンッ!! とガンツソードが圧し折られた。

 

 

「…………な………に……?」

 

 ガンツ装備の中でも最強のそれを砕いたのは、片膝を着いたまま、ただ横に振った怪物の腕――雷光を纏った、金棒のような強靭な腕。

 

 強いとは思っていた。最強であることは覚悟していた。

 

 だが、それでも――こちらの方を見向きもせずに、背中を向けて片膝を着いたまま、大きく振るうでもなく、まるで蚊を追い払うかのように無造作な挙動で……ガンツソードを……最強の装備を、いとも……容易く――

 

「おい――」

 

 そして黒金は、未だ片膝を着いたまま、無様に剣を振った体勢のまま硬直する俺に、その怪物の相貌を――鬼の形相を向け、冷酷に言った。

 

「――得意の小細工は、もう終わりか?」

 

 俺は反射的にXガンを向けていた。

 

「――ッッッ!?」

 

 コイツにはXガンが通用しない――威力の面ではなく(いや威力面でも正直言って自信がないが)命中的な意味で、そもそも当たらないという意味で、俺は既に対黒金戦においてXガンとYガンの活躍を期待してはいなかった。

 

 だが、そんなことはこの期に及んではどうでもよかった。反射的にXガンを選択していた。

 

 ガンツソードが折られ、使い慣れていないBIMは反射的には取り出せない。

 

 ここで俺が選択したのは、ずっと半年以上共に戦場を駆け抜け――生き抜き、なんだかんだで、ずっと愛用している無骨な短銃だった。

 

 殺される――と思った。

 

 俺が黒金と問答しながら練っていた戦闘スケジュールは、既に完全に破綻していて、何度も言うようにこの行動は完全に反射的なものだったけれど、決して間違っていない、むしろ半年間のガンツ生活によって磨かれた俺の生存本能が全力で仕事をした瞬間であった。

 

 俺のターンが終わってしまう。戦闘の主導権を握られる。ここでなんとかしなくてはならない。――そんな思いが脳で考えるまでもなく身体を動かし、見事行動に移すことが出来た、俺のような弱者としては、出来過ぎとも言っていい反射だった。

 

 けれど――黒金には、強者には、そんな百点満点も通用しない。

 

「カッッッ!!!!」

 

 黒金は、相手を威嚇する野生の猛獣のように、吸血鬼の八重歯を剥き出しにして吠えた。

 

 ビリビリビリッッッと、比喩ではなくそう音を立てて大気が震えた。

 

 それは黒金が纏い、無意識に放っていた雷電の効果だろうか。だが、捕食者の、強者の威嚇に、弱者の俺は、被食者の俺は、本能的に身体が恐怖し、硬直してしまう。

 

 結果として、俺はXガンの引き金を引けず、硬直してしまう。

 

 だが、脳内は全力で危険警報を鳴らしていた。

 

 ダメだ、動け、動け、動け、動け、動け――ッ!!

 

 来る………奴が、動くッ!!

 

 その予感に――危機感に応えるように。

 

 

 目の前で片膝を着いていた黒金が、次の瞬間――消失した。

 

 

「動けッッ!!!」

 

 俺は遂にそう声に出して叫びながら、全力で膝を折った。

 

 バチィィィッ!! と、頭上を雷電が通過する。背後に回った黒金による雷を纏った手刀だと判断するよりも先に、俺は前に向かってダイブするように飛び出す。

 

 ドゴォォンン!! と、文字通り雷が落ちたかのように、雷電を纏う奴の拳が、数瞬前まで俺がいた場所のアスファルトに叩き込まれていた。

 

 俺はそれらに構わず、とにかく逃げる逃げる逃げる。

 ゴロゴロと転がり、ジャンプし、後ろを振り返ることも、横を見ることも、前すら見ずにとにかく無茶苦茶に逃げ回った。

 

 この回避行動を止めたら――否、背後を振り向くとか、自分は今何処にいてどういうルートに逃げるとか、コントローラを弄って周波数を変化させるとか、そんな回避プランに思考を向けることすらしても、その瞬間、黒金によって文字通りの消し炭にされてしまうと、本能が叫んでいた。悲鳴を上げて、俺に全力で泣き叫んでいた。

 

 全てのリソースをこの回避に捧げろっ! 考える前に感じる前に全身全霊全力全開で逃げろっ! 生きろッ!

 

 逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!!! 

 生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ!!!

 

 じゃないと殺されるぞッッ!!!!

 

 走ったらダメだ。その瞬間に追いつかれる。

 立ち上がったらダメだ。その瞬間に貫かれる。

 

 とにかく一発一発を転がりながら跳び回りながら這いずり回りながら回避するんだ。奴にモーションの大きな一撃を撃たせろ。そのアクションの隙を突いて、とにかく一瞬でも生き残れッッ!!

 

 だが、俺の中の冷静な部分が、冷たく告げる。

 

 そんなことでは、この怪物からは逃げられない。確実に死に追いつかれる。

 

 でも、どうすればいい!? 完全に攻守は逆転した。主導権を握られた。あのパワーもスピードも、攻め手に回られた時点で俺に打倒する手段などありはしない!

 

 ガンツソードは折れ、XガンもYガンも照準を定めている余裕も時間もない。

 

 ならば――賭けるしかない。

 

 俺は腰のケースに手を突っ込む。

 そして、取り出したそれのスイッチを入れ、振り向かずに後ろに向かって、我武者羅に放り投げた。

 

「っ、むう!!」

 

 投げたのはフレイム式のBIM。

 目の前に――黒金と俺の間に炎の壁を作り出し、一瞬だけ自由の時間を手に入れる。

 

 そして俺は立ち上がることすらせずに、その時間を新たなBIMを取り出すことに使用する。

 

 本来なら、黒金はこんなことをされたら持ち前の超スピードで背後に周りこめばいい。咄嗟の行動故に、俺は別に自身の周り三百六十度を炎で囲ったりしている訳ではない。背後に回られたら俺は剥き出しで、そちらの方が確実に俺を殺せる。

 

 だが――それでも、コイツはこんなことをされたら、確実に炎の壁を突き破ってくる。

 

 自身の強さに自負を持ち、自分の弱さに憎悪を持つ、この男は――この怪物は、挑発に対して真っ向から捻じ伏せることを、咄嗟に選んでしまう生物の筈だ。

 

「嘗めるなぁッ!!」

 

 案の定、黒金は雷電を纏った腕で一薙ぎすることで、フレイム式BIMの炎を吹き飛ばした。

 

 まったく、絶望したくなるほどの規格外だが、それでこそお前だ。だからこその怪物だ。

 それだからこそ、俺はここで、これを用意することが出来た。

 

 俺は、炎の壁を吹き飛ばして突っ込んできた奴の眼前に――タイマー式BIMを投げつけていた。

 

「――な」

 

 黒金は目を見開いて俺を見る。

 

 ああ、そうだな。この位置だと、俺も爆発の衝撃を受けざるを得ない。

 

 だな――それが、どうした?

 

「くらえ」

 

 そして、爆発する。

 俺と黒金の間の至近距離で、その立方体の金属塊は爆発した。

 

 タイマー式は、()()BIMの次に破壊力がある強烈なBIMだ。

 

 この距離で食らったのならば、いくら黒金でも膝を着くくらいじゃすまないだろう。

 

 

――俺のように、()()()で防いだなら、まだしもな。

 

 

 バリア式BIM。

 八つのBIMの中で、唯一の防御BIMだ。

 スイッチを入れた瞬間、自身の四方を電磁的なバリアで囲い、爆風を含めた衝撃を全て無効にする。

 

 ある意味、これも切り札のBIMだったが、とにかくこれで――

 

 

 バチチチチチチチ!!!! と、轟音。

 

 

 ……待て、これは爆炎だけでじゃなくて――

 

「――ッ!!?」

 

 

 次の瞬間、バリアの中に、雷の鉄槌が降り注いだ。

 

 

「―――――――が…………は…………っっ!!」

 

 俺はその衝撃で大きくバリアの外に吹き飛ばされる。

 

 そして、その落下地点には、待ち構えているかのように、雷の柱を鎧のように纏い――五体満足の黒金がいた。

 

「――化け物め……っ」

「ああ、お前よりもな。だから俺は、お前よりも強いんだ。ハンター」

 

 黒金はそう笑みを浮かべ、俺を渾身の力で殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「きゃ、きゃぁっ!!」

「な、なんだ、人!? 人が降ってきたぞ!!?」

「さっきからすごい近くに何発も雷は落ちるし! もう何が起こってるの!?」

「いやだぁぁぁああああ!!! もうイヤダァァァアア!!! 誰か………誰か助けてくれよぉぉおお!!!」

 

 長い滞空時間の末、俺は大きな通りに落ちた――墜落した。

 

 身体は起こせないが、あの場所からあの方角に飛ばされたというのはなんとなく分かるので、おそらくここは池袋駅の東口から進んだ五叉路の辺りだろう。60階通りに続く、池袋でもかなり大きな通り。その為か、ちらほらと辺りから人の声が聞こえた。逃げ遅れたのか、俺と同じようにダメージを負って動けないのか……叫んでいられる分、元気は有り余っているようだが。

 

 どちらにせよ、構ってあげられるような余裕などあるはずがない。ど派手な登場で随分と注目を浴びてしまったみたいだが、ぼっちがそんなものへと上手い対処など出来るわけがないし、する気もない。それどころじゃないのは見て分かるだろ、察しろ。

 

 俺はなんとか身体を起こそうとするも、スーツがキュインキュインキュインキュインと悲鳴を上げている。だが、恐る恐る制御部分に手を当てるも、まだオイルみたいなのは出ていない……根性あるじゃねぇか、今回のスーツは。とても俺専用にオーダーメイドされたものとは思えないぜ。

 

 対して、肝心な俺自身といえば、ちょっと泣きそうだった。全身が物凄く痛いというのもあるが――全然、思いつかない。

 奴を、黒金を――今回のミッションのボスを、打倒する方法が、まるで思いつかない。

 

 まいった。強過ぎる。なんだよあれ。あんなのどうしろっていうんだ。

 ガンツソードは折られた。ステルスは通用しない。XガンもYガンも当たらない。BIMも八個中六個使っちまった。

 

 ……やべぇな。お先が真っ暗過ぎる。いっそ消えてしまいたい。

 

 

――消える?

 

 

 俺はゆっくりと立ち上がりながら、考えを巡らせた。

 

 ……待てよ。本当に、ステルスは通用しないのか?

 

 奴等に――オニ星人にステルスが通用しないのは、こちらがステルス状態になる周波数に、あのサングラスやコンタクトで対応することが出来るからだ。

 

 だが、今の化け物モードの黒金はサングラスをしていない。普段サングラスの奴が、コンタクトも併用しているということもないだろう。

 

 池袋での初遭遇の時、俺は中途半端なステルス状態で、それはやっぱり通じなかった。夕方の一件ですっかり黒金にはステルスは意味がないと思い込んでいたが――今は、奴は何のステルス対策も出来ていない筈だ。なら、周波数マックスの正常ステルスなら通用する可能性がなきにしもあらずか……。

 

 それなら、黒金から都合よく引き離されている今がチャンスだ。例え結果としてやっぱり通用しなくても、現状がこれ以上悪くなるわけじゃない。試すだけならタダだ。タダで勝機が買えるのならば、そんなに素晴らしいことはないだろう。

 

「――なぁッ! アンタ、聞いてんのか!! お前、何なんだよ!! 自衛隊か!? 警察か!?」

 

 なんだか歩道から俺にうるさくなんか言ってくるチャラ男をガン無視してそんなことを考えていると、痺れを切らしたのか、チャラ男は道路に飛び出してきて、俺に向かって駆け出してきた。うわー、めんどくせぇ。――――――っ!?

 

「おい、テメー、いいかげんに――」

 

 

 ドゴォォォォォオン!!!! と、俺とチャラ男の間に――否、俺の至近距離に、チャラ男を巻き込んで、雷が落ちた。

 

 

「――――――――――!!!」

 

 俺は、間一髪、こちらに向かって歩いてくる黒金を事前に見つけることが出来たおかげで何とか回避できたが、チャラ男は悲鳴すら上げることが出来ず、それを全身に浴びて――雷が消えたそこには、真っ黒な人型の炭しかなかった。

 

「キャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「うわぁ、うわぁぁぁああ!! 雷が……雷が落ちたぁ!?」

「ひ、避雷針は!? そういうのあんじゃねぇの!? っていうか雨も降ってねぇのに……異常気象!?」

 

 ギャラリーがピーチクパーチクやかましいが、俺はそんな奴等に全く目を向けずに、ただその怪物の歩みだけを見つめていた。

 

「どうした? 膝が震えているぞ。ブルッてるのか?」

「……馬鹿言え、武者震いだ」

 

 嘘です。本当はダメージが残ってて、まだ上手く体を動かせないんだよ。さっきの雷を避けられたのも、反射的な行動だ。俺の生存本能マジ優秀。

 

 正直、立ち上がれたのも奇跡だ。……せめて、後一分、待ってほしかったぜ。空気が読めないなぁ。だからお前ぼっちなんだよ。俺が言うんだから間違いない。

 

 腕も震えていて、コントローラを操作できない。これじゃあ、透明化も試せない。

 

「ははっ、そうか。なら、まだ楽しめそうだな」

「――で? 俺を殺したら他の奴の所か? 案外、お前のご自慢の幹部達も殺されて、今度こそひとりぼっちになってるかもな?」

 

 稼げ。時間を稼ぐんだ。

 挑発でも、懇願でも、世間話でも何でもいい。

 

 せめて、この身体の震えが止まるまで。

 

「……ふっ。だとすれば、アイツ等を殺した奴を殺して、次の街に一人で行くさ。そして、そこの人間を皆殺しにする。それが終わったらまた次の街だ」

「……そうして、全人類を滅ぼすか。素敵な計画だな」

「最高の世界だろ」

「違いない。理想郷だな」

 

 そして地獄だ。

 

 今の、この池袋と同じ――な。

 

「ふ、ふざけるな!! そんなこと、許されると思ってるのか、化け物めっっ!!」

 

 野次馬の中の、誰かが叫んだ。

 

 俺と黒金は、その声の方向に目を向ける。

 

 五叉路の、60階通りとは別方向――なりたけに向かう方向――の、喫煙スペースの近くにいた、一人の二十代くらいの男。

 その男が、震えながら、涙を流しながら、黒金に向かって叫んでいた。

 

 俺は、きっとソイツを、恐ろしく冷めた目で見ている。

 

 コイツは、何を考えているのだろう。

 

「黙れ」

 

 

 黒金はソイツ諸共、周囲の人間を巻き込む程の太さの雷を落とし、一瞬で炭にした。

 

 俺は、それに対し、その惨劇に対し、何も思わなかった。

 

 あの男は、一体、何を持って、黒金の言葉を否定したのだろうか。

 正義感か? それとも理不尽に戦争を起こされた怒りか? それとも恐怖を誤魔化す為か?

 

 そのどれも正論で、きっと正しくて、まさしくお前達には、黒金や、そんな黒金達と殺し合いをして惨劇を延長させ、肥大化させている俺達に対し、それをぶつける権利を持っているんだろうが――

 

――何故、自分が殺されないと思うことが出来たんだ? さっきのチャラ男を見てなかったのか?

 

 こんな、何もかもが狂った戦場で――地獄で。

 

 道理なんてものが、通るとでも思ったのか?

 

「聞けっ! 人間達よ!!」

 

 黒金は、続けて生き残っているギャラリーに向かって、吠えるように叫び始めた。

 

「俺とコイツ等の戦いの邪魔をするな!! 動いた者から殺す!! 口を開いても殺す!! ――今日、此処に来たことを、この戦場に迷い込んだことを、呪いながら死ね!!」

 

 そう言って、黒金はギャラリー達を力づくで、圧倒的力で黙らせた。

 一般人達は涙を流しながら啜り泣き、次々に膝を折って屈服していく。

 

 ……結局、大した――

 

「――時間稼ぎにはならなかったか?」

 

 黒金は、そう俺に問いかけた。――醜悪な、性格の悪い笑みを浮かべながら。

 

「……何の事だ?」

 

 ……ちっ、気づかれてたか。だから、あんなアクションまで起こして、一般人の邪魔が入ることを阻止したのか。……忘れかけてたが、こいつ等は元人間――策謀は人間の十八番か。

 

 人間と化け物――その優秀な面と最悪な面、どちらも備えた選ばれし存在、ってか。

 

 嫌になるくらい、絶望するな。

 

「――さて、戦争の続きと行こうか。それとも苦しまないように殺してやろうか」

「……何だ? 案外優しいとこもあるんだな」

 

 まぁコイツのことだから、絶対に苦しむように殺すんだろうけど。即死しないくらいの、皮膚が段々と焼けるくらいの電圧の雷を浴びせ続けるとか。やだっ、こんなグロいこと直ぐに思いつくなんて八幡天才! 鬼畜! オニだけに!

 

 はっ、とにもかくにも――

 

「残念ながら、お断りだ――俺には、ひとりぼっちにしないと、誓った人がいるからな」

 

 

――わたしを、ひとりぼっちにしないで。

 

 

「俺は死んでも死ねないんだ。だから――お前を殺して、俺は生き延びさせてもらう」

 

 そして俺は、震える両手を上げて、構えたXガンの銃口を向ける。

 

 笑みを浮かべて、殺意を込めて、黒金に向かって、銃を向ける。

 

 そんな俺を見て黒金は、怪物の相貌に俺と同じように笑みを浮かべながら――スッと、その雷を降らす手を、右手を無造作に上げる。

 

 ……死なない。絶対に、死ねない。

 

 俺は、あの人を……ひとりには――

 

 

 

「――ありがとう、八幡。わたしも、あなたを孤独(ひとり)にはしないよ」

 

 

 

 その時、バチバチバチバチという火花が散るような音と共に、俺の背後に一人の漆黒のガンツスーツを纏った女性が現れた。

 

 その人は、Xガンを握る俺の震える両手に、優しくその手を添えた。

 

 温かく柔らかいその手で、俺を護るように包み込んでくれた。

 

 そして、俺に優しく微笑みかけながら、その笑みを獰猛なそれに変え、真っ直ぐ黒金を力強く見据えた。

 

「――で? 八幡を虐めたのは、あの醜い怪物かな? あれを一緒に殺せばいいの?」

 

 雪ノ下陽乃は、まさしく雪ノ下陽乃のように、雪ノ下陽乃に相応しい気品と迫力を持って、そう言った。

 

 陽乃さん程の人が、あの怪物の恐ろしさを、悍ましさを、凄じさを、まさか一目で看破できないことはあるまいに。

 

 それでも、この人は、そう宣ってくれた。

 

 俺が傷つけられたという理由で怒ってくれた。俺と一緒に戦ってくれると言ってくれた。

 

 

 俺を、孤独(ひとり)にしないと、そう言ってくれた。

 

 

 ……まったく、この人は。どれだけ俺を虜にすれば気が済むんだ。

 

 こんなの、絶対に死ぬわけにはいかないじゃないか。

 

 死なせるわけには、いかないじゃないか。

 




比企谷八幡は最強の雷鬼に銃口を向け――そして、雪ノ下陽乃は彼の両手を包み込む。

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