比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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僕は、悪くない。

 

 

――そして、その時は来た。

 

 

 時刻は夜六時頃。

 夕方までぐっすり眠り、小町にゴミを見られるような目で睨まれ――受験生からしたら、そりゃ腹も立つよね。ゴメンね――朝飯代わりの昼飯を含む夕飯を食べ、そのまま一っ風呂浴びようと着替えを自室に取りに行った時だった。

 

 寒気がした。

 

 寒気? ……悪寒?

 

 とにかく――――嫌な、予感。

 

 俺は大急ぎでクローゼットを開き、その中のスーツとXガンを手に取った。

 

 

 

 

 

 そして、気が付けば俺はあの部屋にいた。

 

 先客はただ一人――見覚えのある、不愉快な笑みを浮かべる中学生。

 

「やぁ! 久しぶりだねぇ! 僕! 僕のことを覚えてるかい! よく一緒に遊んだじゃないか! 懐かしいな~!」

「……何でお前は、同窓会で久々に同級生に会ったかのようなテンションなんだよ……」

 

 俺はお前の同級生でも、ましてや友達でもないし、最後に会ったの三日前だし、よく一緒に遊んだことないし、それに俺同窓会とか行ったこともたぶんこれから呼ばれることもないし、ってあああ! ツッコミ追いつかねぇ! やっぱコイツ嫌いだわちくしょう!

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ねぇ! いいじゃん、行こうよ! 今日は特に練習があったわけじゃないんでしょ!」

「ああもう、うっせぇな! 俺は別に今は彼女欲しいとかないの! だから、逆ナンなら別の奴誘えよ!」

 

 場所は変わって――夕方から夜に変わろうとする千葉。

 そろそろ周囲を行き交う客層が、若い学生から休日出勤を終えた勤労戦士へと変わり始める時間帯。

 

 苛立ち混じりで早歩きで進む達海龍也を、折本かおりがしつこく追いかけまわしていた。

 

 折本はあのダブルデートの後から、ずっとこんな感じだった。

 折本は別にクラスのマドンナというわけではない。

 だが、その姉御肌(自称)な気さくな性格と、決して悪くはないルックスで、少なくとも面と向かって馬鹿にされたことなどなかった。

 

 彼氏も常に長続きはしなかったがコンスタントにいたし、少なくともそんな自分は()()()()()、と思っていた。

 

 だが、そのプライドのようなものは、この間の一幕でズタズタにされた。

 葉山隼人に取られたあの態度も、折本の心に影を落としていたが、それ以上に突き刺さったのは、彼のあの言葉だった。

 

――比企谷は君たちが思っている程度の奴じゃない

 

――君たちよりずっと素敵な子たちと親しくしてる。表面だけ見て、勝手なことを言うのはやめてくれないかな

 

 かつて、中学時代に自分が振った比企谷より、あの日会わなかったらそのまま告白されたことすら忘れてひょっとしたら卒アルを見てこんなやついたかも! って笑い話にしかならなかったかもしれない、そんな男より、近隣高校に名前を轟かせる学園の王子様から直々に――自分は格下だと言われた。

 

 それが――無性に、我慢ならず、恥ずかしかった。

 どうにか見返してやりたい。何か、行動を起こさなくちゃ――と。

 

 そんな折本がとった手段は、葉山と同等、あるいはそれ以上のレベルの男子と付き合うこと。

 もし、葉山隼人と同等以上に有名な、同クラスのステータスを持つ達海達也の彼女になれれば――このクラスの男子に認められれば。

 

 少なくとも、あんなことを言われるような筋合いはないと。

 あんな惨めな思いをするような、あの時のショックを受けた自分は、払拭出来る――のでは、と。

 

 どこかで、なにかがまちがっているような、そんな焦燥感を振り払うように、折本はとにかく行動した。

 ここでそういう思考しかできない時点で、葉山の言っていることの十分の一も理解できていないということに気付かずに、気付かない振りをして突き進む。

 

 サッカー部のイケメンエースとして、校内だけでなく他校の女子からも人気の高い、達海龍也。

 傍から見れば、とてもではないが釣り合いが取れない――それこそ、あの日、あの現場に現れた、二人の少女クラスの女の子でなければ。

 

――比企谷は君たちが思っている程度の奴じゃない

 

――君たちよりずっと素敵な子たちと親しくしてる。

 

「――――ッ!」

 

 あの日の葉山の言葉が蘇り――折本は、それを振り払うように、達海に追い縋る。

 

 始めは達海も、自分の他のファンと接するように丁寧に応対していたが、折本のアタックがあまりにもしつこく、鬼気迫るものがあった為ので、いつからか荒っぽく切り捨てるようになった。

 

 元々、達海は葉山のような八方美人タイプではない。

 むしろ男子だけのグループでガサツな掛け合いを好むような、根っからの体育会系。

 根が優しいので、女子に汚い言葉を吐いたり乱暴な対応をしたりはしないが、基本的に男子同士の方が気楽だと感じるのだ。

 

 彼女を作らないのもそれが理由。なんとなく、だ。別に明確に想い人がいるわけでもない。だが、友達に彼女いた方が女避けになるぞと言われても、そういう理由で彼女を作るのはなんとなく気が引ける、というくらいには恋愛に興味がない、というより恋愛に理想を抱いている部分はある男だった。

 

「ああもう、しつけぇよ!!」

 

 達海が本気で怒鳴ると、折本はビクッとなり体を硬直させる。

 時間も少し遅めとはいえ、まだまだ人通りも多い。

 お陰で注目を浴びてしまったが、達海は限界だった。

 

 彼が折本を鬱陶しく思う最大の理由――それは、別に折本が()()()()()()()()()()()()()()()()()と気づいているからだ。

 

 達海は葉山のように学年二位の成績というわけでもない――ぶっちゃけスポーツバカだ――が、葉山のように幼少期からモテてきた由緒正しいエリートリア充だ。

 だから折本のように、自分という()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()女子を何人も知っている。

 

 達海が恋愛に幻想を抱きがちになったのも、それが理由の一端ではあるのだ。

 恋愛の汚さ、薄っぺらさを知っているからこそ、恋愛へのハードルが上がっていった。

 

 それに気付いてからは、折本のことはきつく、激しく拒絶してきた。

 

 今日オフなのに友達と遊ばずに、ここまでバッティングセンターに繰り出してきたのも、ただただストレス解消の為だった――達海はサッカーだけでなく、色んなスポーツが好きだ。その中でサッカーが一番好きだったからサッカー部に入っただけで。強豪校に行かず、地元高校を選んだのも、勝ち負けに拘らない、ただスポーツが出来ればよかったという理由だ――にも関わらず、何の因果か道中で折本と遭遇し(偶然だと信じたい)こうして付き纏われている。よく一日我慢した方だ。

 

 それが遂に爆発した形だが、折本は達海の怒声に怯えているものの、立ち去ろうとしない。

 

 何が彼女をそこまでさせる?

 

「…………っ!」

 

 達海は折本を気味悪く感じ始めた。

 

「……付き合ってらんねぇよ」

 

 達海は自前のバイクに乗った。

 海浜総合は担任の教師の許可証があれば二輪免許を取得することが出来る。

 

 達海はバイクが好きなので趣味として休日はツーリングをしていた。

 

 そのまま折本を振り切ろうとするが――折本は、達海がヘルメットを被った隙に後ろに乗り込んだ。

 

 達海は気付かずにそのまま発進させる。

 車体が進み始めた時、折本は初めて達海の腰に手を回す。そこでようやく、達海は折本に気づいた。

 

「っ! てめぇ、何してんだ! 早く降りろ!」

「……や、やだ! こんなとこで降りれるわけないじゃん!」

 

 達海は一刻も早く折本を振り切ろうと、道路に出る直前まで車体を手で押してから発進させたので、既に路上だった。

 だが、幸いにもすぐに赤信号で止まった。前のファミリーカーの後ろで停車し、折本に降りるよう促す――というより命令する。

 

「てめぇ! 早く降りろよ! このままだとお前のノーヘルで俺が罰金取られんだよ!」

「ヘルメット着ければいいの? じゃあ着けるから出して」

「俺は一人乗りしかしねぇから持ってねぇよ! だから降りろ! 早く!」

 

 達海は、ヘルメットの中から、くぐもった声でもはっきりと伝わる憤怒の――あるいは、畏怖の表情で叫ぶ。

 

「オマエ――なんで、ここまですんだよッ!」

 

 折本は気付かない。

 その言葉に、唇を噛み締めた自分に。

 

「―――――ッ!」

 

 折本は、達海は、どちらも気づかない。

 

 自分達のすぐ後ろに――居眠り運転のトラックが近づいていることに……。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 始まったか……二回目のミッション。

 

 今現在この部屋にいるのは俺と、葉山、中坊。そして、ヤンキーが四人(さっきから喚いてうるさい。ていうか怖い)。

 この四人は、いわゆる新人だろう。窓に向かったり圏外の携帯に向かって吠えたり玄関が開かないと騒いだり忙しない。

 

 葉山が、説明した方がいいか、とか言っていたが俺は全員揃ってからの方がいいだろうと言った。

 正直、状況は時間勝負。全員の転送が終わってからあのラジオ体操の曲が流れるまでの時間で説明しきるか不安だが、それこそ同じことを何回も説明するのは時間の無駄だし、それにコイツ等が荒唐無稽なこの状況を受け入れるとは思えなかった。

 

 こういう人種は、政治家並みに自身に都合が悪いことは耳に入らない。

 アナタたちは死にました、これから命懸けで戦ってもらいます、なんて言われたら、ヤンキーじゃなくても大抵の人物が受け入れないだろう。

 

 だから、俺はその役目は葉山に押しつけ――ゴホゴホッいや任せるつもりだ。俺なんかよりもはるかに初対面の人物の印象が抜群だからな。うん。完璧だ。適材適所だ。決して面倒だからとか苦手だからとかじゃない。

 

 それに――。

 

「ねぇ、ねぇ。今回はどんな敵かな? 強いかな? 怖いかな? 楽しみだなぁ~。ねぇ、ぼっち(笑)さんもそう思うよね! ね!」

「……俺は二回目だから知らねぇよ。ねぎ星人さんとしかお会いしてないんだからな」

 

 さっきからコイツが纏わりついてきてうるさい。っていうかウザい。なんなの? なんでそんな物騒な話をそんなキラキラした顔で言えるの?

 うわ~ん。もう早く相模来いよ~。少なくとも相模が来れば、これで全員かもとか言って葉山に説明任せて、スーツに着替えられるのに~。

 スーツを着ろなんて言ったって、コイツらおとなしく着るわけねぇから、目の前で俺がこれを着る宣言すれば少しは有効かな? なんて思ったから着るの我慢してるのに……くそっ。前回生き残ったやつから優先的に転送されるわけじゃないのか。まぁ、中坊は前回ラストだったしな。

 

 

 ん? また誰か転送されてきたな。

 ……二人?いや、二人二組で四人か。

 

 おいおいずいぶん多いな。前回死んだメンバーは五人だったから、補充されるとしてもそのくらいだ……と……。

 

「おい……まさか……」

 

 葉山が絶句する。まさしく信じられないという心情が強く言葉に現れている。

 ……そっか。確かに、葉山もコイツとは縁があったな。

 ったく、最近俺は関わり合いたくない奴とのイベントばっかり増えるな。

 

 それにしても、どうして。

 

 何で死んだんだよ……。

 

 

「折本……」

 

 

 四人の中の一人――それは、折本かおりだった。

 

「ん? なんだ……ここ……」

「え!? なに!? ここ……おばーちゃん……こわ…いっ!」

「だいじょうぶ……だいじょうぶよ……おばーちゃんが守るから」

 

 その他の三人、高校生くらいの男子に、小学生くらいの少年、そしてその祖母と思しき老人。

 

「え? 何? ……っ! ……比企谷? ……葉山くん?」

 

 折本は俺と葉山の顔を見て――呆然と。

 

「ここ……どこ?……」

 

 折本の問いに、俺達が明確な答えなど、持ち合わせている筈もなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 相模が転送されてきたのは、葉山が新メンバーに状況を説明し終えたころだった。

 

 新人達のリアクションは、……まぁ、概ね予想通り。

 

「ふざけんなよっ!! そんな話信じられるわけねぇだろぉ!!」

 

 ヤンキーの一人が大声で喚く。

 ……はぁ。やっぱこうなったか。

 こいつだけじゃない。他のヤンキーも、葉山の知り合いっぽいあのイケメンも信じていない。おばあちゃんと子供にいたってはガタガタ怯えてそれどころじゃない。……こんな人達すらターゲットになりうるのか……。

 

 そして、当然――折本も。

 

「…………………」

 

 この部屋に転送されてからというもの、折本は部屋の隅で体育座りをしながら、ちらちらと俺や葉山を細めた眼で見てくるだけで、何も言おうとしない。葉山の説明も、果たしてどう受けとっているのか……。

 

 ……はぁ。……どうすんだ、これ?

 

「ねぇ、どうしたの?」

 

 相模が俺に問い掛ける。……まぁ、こいつにしても、よく分からない状況だろう。

 

「こいつらが、今回、新しくこの部屋に連れてこられた奴らだ。葉山がこれから起こることを説明したんだが……」

「……ああ。……まぁ、信じられないよね。……っていうか」

 

 信じたくない、よね、と相模はそう言った。

 

「悪いが、葉山。いきなり、俺達はもう死んでいて、これから命がけの戦いに送られるって言われても、はいそうですかって簡単には信じられない」

 

 ワイルドイケメン君が言う。

 

 ……まぁ、そうだよな。

 俺だって、いきなりこんなことを言われたら、まず当たり前のように詐欺を疑う。

 

 誰だってそうだろう。

 死んだなんて、戦うなんて、誰だって、そんな可能性を全肯定できるわけがない。

 

 だって、そんな都合が悪いだけの真実は、信じるメリットが一つもないんだから。

 

 そんな思考が腐った眼に出ていたのだろうか――折本が、イケメン君の背中に隠れながら、俺に向かって疑問を呈す。

 

「……それに、戦うって、何と戦うっていうの?」

 

 折本の、淡々と放つ疑問に、葉山は窮する。

 

「それは……」

 

 葉山……言いにくいのは分かるが、この状況で言い淀むのは最悪の選択だぞ。

 

「ほらっ! 言えねぇのかよ! イケメンさんよぉ!」

「そんな話で騙せると思ってんのか!」

「ゾクなめてんじゃねぇぞ!」

 

 ヤンキー達が分かり易く勢いを増して喚く。こういった連中に弱みを見せるとこういうことになるんだ。

 葉山がその声を受けて、どんどんと俯いていく。

 

 ……このままじゃまずいな。

 

 

「宇宙人をやっつけにいくんだよ」

 

 

 俺の言葉に、部屋中の人間の視線が集まった。

 

 そして、少しの沈黙の後、どかんと湧き上がるようにヤンキーの大爆笑が響く。

 

「ははははは、何だそりゃあ!」

「腹痛ぇ! ヤバい腹痛ぇ!」

「会いてぇw! 宇宙人会いてぇww」

 

 すげぇウケっぷりだ。R-1の一回戦突破ぐらいなら夢じゃないレベル。

 折本は完全にコイツ頭おかしいんじゃねぇの? ってレベルの眼で見てるし、イケメンも戸惑いを隠せないって感じだ。

 

 

「まぁ、信じたくない奴は死ねばいい。俺は死にたくないから準備を怠らないがな」

 

 

 笑い声がピタリと止む。

 

 ついさっき死に掛けた――紛れもなく死んだコイツ等にとって今、死って言葉は重い。

 

「あぁ? 何言ってんだお前?」

 

 ヤンキーの一人が本気でガン飛ばしてくる。

 はっ! 残念だったな。お前程度じゃあ、由比ヶ浜を泣かせた疑惑で校舎裏に呼び出された時の獄炎の女王に遥か劣る。こ、怖くなんてねぇぞ。俺のナックルパンチが火を吹くぞ!

 

 一切、動揺を見せるな。あくまで不敵に。コイツ何か知ってる風なキャラを装うんだ。

 

 そろそろ……。

 

 

あーた~~らし~~いあーさがき~~た~~きぼーのあーさーがー

 

 

 全員がギョッとした表情をする。

 確かに、こんな状況で流れるラジオ体操は不気味だよな。

 

「な、何!?」

 

 折本が怯える。

 

 ……始まるな。またアレが。

 

 

【てめえ達の命はなくなりました。】

【新しい命をどう使おうと私の勝手です。】

【という理屈なわけだす。】

 

 

「は、ふざけんなよ何だよコレ!」

 

 ガンツからのメッセージ。

 

 そして――。

 

 

【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】

 

 

 ここまでは、前回通り。

 

 

《田中星人》

 

 

「はぁ? 田中……星人?」

「何……コレ……?」

 

 ヤンキーらと折本は球体に浮かび上がる文字を食い入るように見ている。

 

 その時、ドンッ!!!! ――と、黒い球体が三方向に勢い良く開く。

 

 子供の泣き叫ぶ声が響くが、それも相応しいかもしれない。

 

 なんせ、そこに現れるのは――無数の黒い銃器なんだから。

 

「ゲーム……?」

 

 イケメンが呟く。

 的を射ている。

 これはゲームだ。ガンツの動かすキャラクターとなって、命懸けのゲームを強いられる。

 

 だが、TVゲームのキャラと違って――このキャラクターには、俺達には、自我がある。

 

 ならば、最後まで、足掻くしかねぇだろ。

 

「これで、少しは信じたか」

 

 俺の言葉に、再び視線が集中する。

 

「葉山の言う通り、今から俺らは、その田中星人とやらと戦う――戦わされる為に、どっかに送られる。そして――」

 

 黒い球体を背負いながら、俺は新人達に言った。

 

「――負ければ、死ぬ」

 

 死ぬ――今度こそ、死ぬ。

 

 既に死人の俺達が、偽物の生を謳歌出来るか、それとも相応しい地獄に今度こそ送られるか。

 

 それを決める戦場に――俺達は送られる。

 

「俺は死にたくない。だから、それなりの準備をする。死にたい奴は好きにしろ」

「準備って……何?」

 

 折本が俺を睨みつけるようにして問い詰める。

 

 俺は、部屋の外に向かって歩きながら、ガンツスーツを見せびらかすように肩にかけて、言う。

 

「葉山に聞け」

 

 俺は葉山に目線を向ける。葉山は呆気に取られていたが、俺の意図が伝わったのか。

 

「……生き残る為には、あのスーツを着ることが重要なんだ。それで生死が決まると言っていい」

 

 葉山が全員の視線を、注目を集める。

 

 これでいい。集団を纏めるには、全員のヘイト値を集める役と、纏め上げる役が必要だ。

 事情を知ってる四人の中で役を振り分けるなら、自然とこうなる。

 

 俺はスーツに着替えるべく廊下に出るが、その際に中坊と目が合う。

 

 コイツは前回事情を知らない人間を囮として使っていたから、今回、葉山が全員に状況を説明するとき何らかのアクションを起こすものだと思っていたが、何もしなかった。

 ただ楽しそうに嗤っているだけだ。

 

「名演技だったね♪」

 

 すれ違いざまにこんなことを呟かれた。

 

 ホント、食えない奴だ。

 

 ……ってかコイツ毎回既にスーツ着てるけど、日常的に普段着にしてるのかな?

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺が廊下で着替えていると、葉山とあのイケメンがやってきた。

 

「……あのヤンキー達は?」

「…………………」

 

 葉山が悔しそうに唇を噛み締める。

 ……馬鹿だな、アイツら。まぁ、無理もないか。俺らみたいなガキの言うことを死んでも聞きたくないって人種だろうし。それが文字通り死に繋がるって理解してるのかいないのか……いないんだろうなぁ。

 

「気にするな。俺らがメインで戦えばいい」

「っ! …………」

 

 葉山の顔が青くなる。

 ……しまった。葉山は前回殺されかけてるんだったな。

 

「あぁ、まあ無理に戦わなくてもいい。葉山はスーツ着てない奴を守ることに――「なぁ」

 

 俺が葉山と話していると、イケメンが俺に話しかけてきた。

 

「えぇと……」

「…………比企谷だ。比企谷八幡」

「そうか。俺は達海龍也だ」

「……達海。で、何だ?」

 

 何だよ。なんでコイツ名前までイケメンなんだよ。葉山の周りはそんなんばっかか。

 

「……お前らは、こんなの何回やってんだ?」

「……二回目だ」

「二回目!?」

 

 達海が驚く。

 

「何だ? だから、俺らが分かるのは本当に表面的なことだけだ。あんまり俺らに依存すんなよ」

「い、いや。…………ああ。分かった」

 

 ん? 何だ?

 ……まぁ、いいか。話が無いなら、俺は部屋に戻って武器を仕入れることにしよう。

 できれば、Yガンが欲しい。……まだXガンは、星人とはいえ生物に向けるのは抵抗があるしな。

 

「そうだ、比企谷。コレ、どうやって着るんだ?」

 

 達海が問い掛ける。葉山も良く分からないようだ。

 俺は意地が悪い、きっと気持ち悪く歪んでいるであろう表情で言う。

 

「全裸だ。全裸にならないと着れない」

 

 二人のイケメンは固まった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 このガンツルームは2LDK。部屋はあのガンツがあるデカい部屋の他にも二つある。

 俺ら男子が玄関からの廊下部分で着替えたので、相模達はまた別室で着替えているんだろう。……相模が折本を上手く説得できればいいんだが。

 

 ……もしかしたら、あのヤンキーどもが覗こうとするかもな。無人島とかの極限状態ではモラルが著しく低下すると聞いたことがある。今はそれと同等以上の状況だしな。

 

 早く戻ろうと、部屋の扉を開けた途端。

 

 

 

 そこは、血の海だった。

 

 

 

 前回のミッションの時、ねぎ星人が住宅地に作り出した惨状。

 

 それに酷似した真っ赤な地獄が、ルームマンションの一室に再現されていた。

 

 

 元はヤンキーらであっただろう――ほんの数分前まで活動していたであろう肉の塊が四つ、無造作に転がっている。

 

 その部屋の中央で。

 

 白いパーカーを鮮血で染めた中坊が。

 

 Xガンを片手に、あの見る人を不快にさせる笑顔で佇み、言う。

 

 

「おっと、誤解しないでくれよ」

 

 

 天使のような、悪魔な笑顔で、言う。

 

 

 

「僕は、悪くない」

 




またしても、比企谷八幡は黒い球体に誘われる。

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