ハリー・ポッターと虹の女神   作:セバスチャン

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2/5 冒頭(ドラコとの会話)部分がいまいち何が言いたいのかよく解らんと思って、加筆修正したら全く別物になってしまったやないかい。
作中に出てくる魔法薬『かんしゃく止めの薬』はオリジナルです。



File7.最悪の金曜日

 翌朝、イリスは実に爽やかな気分で目が覚めた。いよいよ自分の新しい学校生活が始まるのだ。ルームメイトのハーマイオニーたちに朝の挨拶をしてから、イリスは制服に着替え、身だしなみを整えてから朝食を取りに大広間へ向かった。

 

 イリスの舞い上がった気持ちは、大広間に繋がる扉に寄りかかるようにして不機嫌そうな表情で立っているドラコ・マルフォイを見た途端、急降下していった。

 

「おはよう、イリス。・・・少し話がある。来てくれ」

 

 ドラコはどうやらイリスを待ち伏せていたようだった。早足でイリスに近づくと、その手を取って大広間とは反対方向へ歩き出す。

 

 大広間のざわめき声が囁き声程度になる位の距離を歩いた頃、やっと彼は立ち止まり、イリスの手を離した。そこは人気のないどこかの階段の踊り場だった。イリスは慌てて周囲を見渡すが、どうやらホグワーツ特急で会った二人組はいないようだ。人気のない場所で、初日の朝から三人掛かりでタコ殴りにされるのか、とひやひやしていたイリスは、一先ずほっと胸を撫で下ろす。一方のドラコは、イリスの首元に結ばれた真紅色のタイを見て、忌々しそうに舌打ちをした後、ため息を零した。

 

「話というのは、君の寮のことさ。イリス、どうして君はスリザリンを選ばなかったんだ?組分け帽子は君にスリザリンを勧めていたんだろう?」

 

 イリスは驚いてドラコを見上げた。組分け帽子にスリザリンに入れられそうになったという話は、昨晩一部のグリフィンドール生にしか打ち明けていない筈なのに。ドラコは気取った様子で言った。

 

「フン。なんで分かったのか、って顔をしてるね。上級生から聞いたが、組分け困難は非常に珍しい事だそうだ。君の噂話が、グリフィンドール生からスリザリン生である僕の方にまで回ってきたのも珍しいことじゃないさ」

 

 まるで君のことは何でもお見通しだ、と言われたようだった。どうやら、ドラコは組分け帽子の言う通りにスリザリンを選ばなかった事を怒っているらしい。

 

「どうしてスリザリンを選ばないといけなかったの?」

「スリザリンは、高貴な純血の者のみが入る事を許される特別な寮だ。他の三つの寮とは格が違う。君はその資格があったのに、それを自ら手放した。愚かとしか言いようがないね。・・・まさかとは思うが、スリザリンに行きたくなかったのか?」

 

 ・・・ん?イリスは首を傾げた。頭の中に疑問が生じたからだ。

 

 ハグリッドやロンからは、スリザリンは『闇の魔法使いを輩出する寮』と聞いたが、ドラコは『高貴な純血の者のみが入ることのできる寮』と言った。『純血』とはっきり言う辺り、選民思想が強い寮なのだという事が窺い知れるが、両者とも嘘を言っているようには思えない。純血の魔法使いはワルになりやすいのか?そう言えばドラコの質問に答えてなかった。

 

「ドラコには申し訳ないけど、私、スリザリンにはその・・・(悪い話を聞いたからとは言えなかった)行きたくなかったんだよ。・・・えっと、『例のあの人』もスリザリンだったんでしょ?だから、怖くなっちゃって。

 結果的に組分けは帽子にお任せする感じになったけど、私はグリフィンドールで良かったと思ってる。ドラコとは別れちゃったけど。友達もいるしね」

 

 ドラコは、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「やっぱり、君は何にもわかっちゃいないんだな。それに君の友達って、あの英雄ポッターや貧乏ウィーズリーのことだろ?あの目立ちたがりの馬鹿達にはグリフィンドールがお似合いさ。・・・ハッ、今頃ポッター様は、皆の注目を浴びてさぞかし良い気分で朝食をお召しになっているだろうね」

「ハリーとロンは優しくて良いやつだよ。人のことをよく知らないのに、そんな風に悪口を言うのは良くないと思うよ」

 

 友達を馬鹿にされたと感じて憤ったイリスがたしなめるように言うと、ドラコは露骨に顔をしかめて壁際にいるイリスに一歩詰め寄った。

 

「悪口じゃないさ、本当のことだろ?君は僕に指図する気かい?」

 

 イリスもイリスで負けていない。ここでドラコに力づくで丸め込まれてしまったら、ハリーやロンに申し訳が立たないと、自分を奮い立たせる。

 

「たとえ本当のことでも、さっきのドラコの言葉は人を傷つけようとする悪意があるよ。それにこれは指図じゃない。友達の悪いところを指摘しちゃいけないの?」

 

 ドラコはイリスの『友達』という言葉を聞くと、一瞬狼狽したような様子を見せたが、すぐ腕組みをして見下したような目でイリスを一瞥した。

 

「・・・ああ、いけないね。僕の友達は、僕の言うことに従わなければならない」

「そんなの友達じゃないよ。良いことでも悪いことでも、何でも言い合えるのが友達でしょ」

 

 イリスとドラコの意見が合わないのは当然のことだった。二人の育った環境があまりにも違いすぎるためだ。

 

 イギリスの魔法界において、最大級の名家の一つであるマルフォイ家。その一人息子であるドラコは、庶民育ちのイリスのように、友達を自分の意志で自由に選べるわけではない。ドラコの友達は常に『家柄』で選ばれる。自分と同等、もしくは自分より上位に位置する者。そういった選ばれたごく一部の子供がドラコの友達となり、それ以下の者は、友達という名を冠した取り巻きになるか、場合によっては取り巻きになる事とすら許されない。そうしなければ、上流階級としての誇りと尊厳が保たれぬと、両親や周りの者に教育されてきたのだ。

 

 ドラコにとって、イリスの言うような『何でも言い合える友達』は理解することのできないものだった。ドラコの周りの友達たちは、少なからずみんな彼を通してマルフォイ家を見ていた。自分の不用意な発言や行動が、ドラコの気分を害してしまったら、自分の家族に迷惑が掛かる。必然的に友達たちは――ごく一部の上位の家柄の友達を除いては――自分の気持ちを押し込めて、ドラコの意見に従うようになる。大勢の人々に囲まれてはいるが、自分自身を見てはもらえない。誰に気兼ねする事無くのびのびと愛されて育ったイリスとは反対に、ドラコは孤独に育ったのだった。

 

 イリスとドラコが『友達論』について言い争っていると、どこから聞きつけたのか、監督生パーシーが制止の声を上げながらこちらへ向かってくるのが見えた。イリスにはパーシーが天使のように見えたが、ドラコは違うようだった。苦々しげにパーシーを見ると、「まあいい、せいぜいあの連中と下らない友達ごっこをしてればいいさ」と捨て台詞を吐いて去って行った。

 

 

 ドラコはパーシーをやり過ごした後、大広間に戻り、仏頂面で朝食を食べていた。クラッブとゴイルが自分を心配そうに見ていたが、「かまうな」と片手を振ってあしらう。

 

 パパはなんで、あんなやつの面倒を見ろっていうんだ?ウィンナーにフォークを力任せに突き立てながら、ドラコは父との会話を思い出していた。

 

 八月の終わり、ドラコは急に父の書斎へ呼び出された。そして『イリス・ゴーント』という少女に関する簡素な情報(イリスは純血の魔女で、マグル界育ちのスクイブを親代わりとして育った。イリスの父はルシウスと親友だった、という二点のみ)が伝えられ、彼女と『友達』になりなさいと言われたのだった。尊敬する父に認められたくて、ドラコはイリスに友達になろうと手を差し伸べた。だが、イリスはその手を握っておきながら、他の友達のようにドラコに従う様子を一向に見せない。それでいて、他の友達のように何か含みのある瞳ではなく・・・真っ直ぐな瞳でドラコを『友達』だと言ってのけたのだ。

 

 ――生意気だぞ、イリス・ゴーント。

 

 父がイリスを特別気にかけていたから、自分も強い興味を示し、どんな子かと期待して接してみたが――話せば話すほど腹が立つ。いくら純血でもマグル界でスクイブに育てられた彼女は、父には言えないがドラコにしてみれば取り巻きにも値しない、友達以下の存在だった。

 

 今まで僕の友達はみんな僕に従ってきた。それなのに友達以下のお前が、僕に逆らった挙句、『友達』だと・・・?お前と僕は同等じゃない。僕の方が上、支配する立場なんだ。それを思い知らせてやる。ドラコは狙いを定めた蛇のような目で、グリフィンドールのテーブルでのんきに目玉焼きをつつくイリスを睨んだ。

 

 

 ドラコと喧嘩した日から、数日が経過した。そのたった数日の間に、イリスはホグワーツに冗談抜きで殺されそうになっていた。

 

 まず、教室を探すところから命がけだった。ホグワーツは百を超えるさまざまな特性を持つ階段があり、扉も色々、頼みの綱のゴーストや肖像画の人物もしょっちゅうお出かけしているので、毎回道を聞くこともできない。扉や階段を運良くかいくぐっても、まだ悪戯好きのポルタ―ガイスト・ピーブスや、管理人のフィルチ、彼の飼い猫ミセス・ノリスが刺客として立ちはだかってくる。

 

 教室に着いたら着いたで、今度は授業についていくのが大変だった。小学校では多少勉強ができなくとも許してもらえたが、ホグワーツではそうはいかなかった。薬草学、変身術、呪文学、天文学、魔法史・・・もちろん全てが今まで習ったことのない内容ばかりで、おまけに英語だ。

 

 結局、どの授業でも開始時間ギリギリ(途中で迷子になるため)で滑り込み、どの先生にも毎回一度は注意を受け、授業の内容どころか、時には英語のスペルすら間違えるイリスを見かねて、ハーマイオニーが彼女に声を掛けた。

 

「私、きっとホグワーツに向いてないんだよ」

 

 闇の魔術に対する防衛術でクィレル先生に、提出したレポートの誤字脱字が多すぎますと注意を受けた後、涙ぐむイリスの手を取り、ハーマイオニーは言った。

 

「大丈夫よイリス。これからは私と一緒に行動しましょ。勉強も全部私が教えてあげるわ」

 

 かくしてイリスは、ハーマイオニーと行動を共にするようになった。ハーマイオニーは毎日の予習・復習が何より大事なのだと説き、イリスに付きっきりで勉強を教えた。おかげでイリスは授業の内容を少しずつ理解する事ができたし、授業が始まる十分前には教室にたどり着けるようになり、授業中に注意を受ける回数も激減した。

 

 ――ただ、問題が一つあった。ハーマイオニーはロンの事を全面的に嫌っていたので、彼女がそばにいる時はハリーやロンと仲良くする事ができないのだ。必然的にイリスはハーマイオニーと勉強三昧の日々を送らねばならなくなり、元々勉強好きではない性質が祟って日を追うごとにやつれていった。 

 

 

 初めての魔法薬学の授業を終えた後、ハーマイオニーが早目に昼食を切り上げて図書室へ自習に向かったため、久々にハリーとロン、イリスの三人は大広間で仲良く昼食を取ることができた。

 

「おっどろきー。君、あいつのこと、『ハーミー』なんて呼んでるの?」

 

 「最近付き合いが悪いよ」と二人に突っ込まれ、イリスがハーマイオニーとの事を話すと、ロンが吐きそうな顔をして言った。

 

 一方のハリーは、イリスを心配そうに見やった。最近のイリスは元気がない。ハーマイオニーとの勉強に根を詰め過ぎているのか、目に輝きがなく、よく見れば目の下にうっすら隈も出来ている。ハリーの心配をよそに、イリスはうつろな表情で何を食べようか、テーブル上の料理を見定めていた。――当然の事ながら、日本料理はない。

 

 英語も勉強もホグワーツも英国料理も、全てもう、うんざりだ。イリスは急に全部投げ出したくなった。日本に帰りたい。つまるところ、ホグワーツに来て一週間も経たないうちにホームシックに罹っていたのである。イリスは散々迷ってから、ミンスパイを掴んでロンをたしなめた。

 

「ロン、ハーミーは良い子だよ。ハーミーがいなかったら私、きっと教室すらたどり着けてない。・・・ただ、ちょっと最近疲れたかな。勉強のし過ぎで吐きそう」

「何か気晴らしでもしたら?」

 

 ハリーがイリスのゴブレットに紅茶を注いでやりながら、提案した。ロンが名案を思い付いたとばかりに、パチンと小気味良い音を立てて指を鳴らす。

 

「そうだ、チェスは?魔法使いのチェスだよ。僕が教えてあげる」

「チェス?・・・二人に言っておくけど、私、これ以上、ほんのちょびっとだって頭を使うようなことしたくない」

 

 毅然とした態度で、恥ずかしがる事無くきっぱり言ってみせたイリスに、ハリーとロンは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

 

「ワーオ。君、結構すごいこと言ってるぜ・・・自覚ないと思うけど」

 

 イリスの無理難題に、二人は食事の手を止めてしばらく考え込む。やがて再びロンが思いついたようで、イリスに向かってテーブルから身を乗り出した。

 

「そうだ、蛙チョコのカードを集めるのなんてどうだい?あれ単純だけど結構はまるよ。君、箱を開けて、中からカードを取り出して、写真を見たり文字を読むことくらいはできるよね・・・?」

 

 イリスはぼんやりとホグワーツ特急での出来事を思い出した。ハリーと一緒にダンブルドア校長のカードを見たっけ。楽しい記憶が頭の中に広がり、疲弊したイリスの心は少し和らいだ。

 

「・・・うん。それならできそうかも」

 

「じゃあ決まりだ。蛙チョコ交換会もあるし、僕と一緒に行こう。もしかぶったカードがあれば、僕の手持ちと交換してあげるよ」

 

 『蛙チョコのカード集め』という勉強以外の楽しみができて、イリスに少し笑顔が戻った。うきうきしながら生クリームをたっぷり付けたスコーンを頬張っていると、ハリーが話しかける。

 

「ねえ、この後、ハグリッドのところへ行かない?」

 

 もちろん!と答えかけたイリスは、はたと思い出した。この後、自分は恒例のハーマイオニーとの勉強会があるのだ。イリスの笑顔は雪が解けるように儚く消えた。

 

「ごめん。行きたいのは山々なんだけど、ハーミーと魔法薬学の復習をしなきゃいけないの。ハリー、今日はスネイプ先生に意地悪されて疲れたでしょ。ハグリッドとゆっくりお話しして、気晴らししてきなよ」

 

 疲れてるし、気晴らししなきゃいけないのは、僕じゃなくて君の方なんじゃないか。ハリーは、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 

 

 次の週の木曜日は、飛行授業だった。グリフィンドールとスリザリンの合同授業なのが気にかかるが、それでもイリスは飛行学が楽しみでたまらなかった。箒で空を飛べるなんて!久々に浮足立った気持ちで、ネビルと噛り付きで聞いたハーマイオニー直伝の飛行のコツを頭の中で復唱しながら、ハーマイオニーと共に校庭へ向かう。

 

「楽しみだね、ハーミー!」

「ええ。でも、くれぐれも握り方を間違えちゃダメよ、イリス」

 

 ハーマイオニーは飛行学だけは、本を読んで暗記してもどうにかなるものではないと理解しているためか、ピリピリと張り詰めた雰囲気を纏わせていた。

 

 スリザリン生はすでに到着していて、二十本の箒が地面に整然と並べられている。イリスはスリザリン生と相対した時、此方を見ているドラコと少しの間見つめ合ってしまった。すぐにドラコの方からそっけなく目を逸らされたが。遅れてハリーたちがやって来て、イリスはハーマイオニーに見えないように小さく手を振った。

 

 授業は順調に進み、飛行学の先生であるマダム・フーチの指示で、みんな箒の横に立ち、右手を箒の上に突き出す。

 

「『上がれ!』という」

「上がれ!」

 

 イリスは他の生徒たちと同じように叫んだけれど、何度叫んでも箒はピクリとも動かなかった。同じ状況の生徒が少なからずいたため、先生がどうしても上手くいかない場合は直接手に持って宜しいと許可をくれた。イリスは古ぼけた箒を拾い上げて持つ。

 

 次に先生は、箒の端から滑り落ちないように箒にまたがる方法をやってみせ、生徒たちの列を回って箒の握り方を直した。――イリスは幸運なことに直されなくて、ほっとした。隣を見ると、ハーマイオニーが「私の教えた通りでしょ」と言わんばかりにウインクをして見せていた。

 

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。笛を吹いたらですよ・・・一、二の・・・」

 

 その時、突如として悲鳴が上がった。――ネビルだ。彼だけが先生が笛を吹く前に地面を蹴ってしまい、先生の制止の声をよそに、空中へ勢いよく舞い上がって行った。・・・四メートル、六メートル・・・ネビルは真っ青な顔で声にならない悲鳴を上げながら、箒からまっさかさまに落ちて・・・何かが折れたような嫌な音を立てて、うつぶせに草むらに着地した。

 

「ネビル!」

 

 死んだ、確実に死んだ!イリスはパニックになりながら、自分の箒を投げ出して、ネビルの下へ駆け寄った。・・・良かった、息をしているみたいだ。すぐ先生も追いついて、ネビルの上に屈み込み、慎重に彼を調べた後、「手首が折れてるわ」と呟いた。

 

「この子を医務室へ連れていきますから、その間誰も動いてはいけません。さもないと、クィディッチの『ク』を言う前にホグワーツから出て行ってもらいますよ。

 ・・・さあ、行きましょう。ミス・ゴーント、一緒に手伝ってください」

 

 先生と共にネビルの両肩に手を回すと、ネビルはよほど痛いのか涙でグチャグチャの顔で、それでもイリスに「ごめんね」と何度も謝った。

 

「大丈夫だよネビル。早く医務室へ行こう」

 

 医務室へ向かうイリスは、その様子をドラコが不愉快そうに睨みつけているのも、その後、ドラコとハリーが巻き起こす事件も知ることはなかった。

 

 

 ネビルの怪我は大した事はなく、煎じた薬を飲めば半日で治るようだった。安静に、というマダム・ポンフリーの指示で、ネビルをベッドに寝かせて苦い薬を飲ませる。一旦授業に戻るため出て行った先生の代わりに、イリスが暫くの間ネビルのそばにいることになった。

 

「ごめんね。君、飛行学楽しみにしてたのに。僕なんかのために、迷惑かけちゃったね。・・・僕、いっつもこうなんだ。どじばっかり踏んで、人に迷惑かけて」

 

 ネビルが涙ぐむと、イリスはかぶりを振って、こういった。

 

「大丈夫だよ、飛行学はまた来週もあるし。それにそんなこと気にしないで。私の方がネビルよりひどいよ。方向音痴だし、忘れっぽいし、勉強できないし、英語の綴りだって間違えちゃうんだよ」

「いいや、僕の方こそ・・・」

 

 二人でしばらく悲しい傷の舐め合いをしていると、やがて耐え切れなくなったのか、ネビルが吹き出した。その様子を見たイリスも堪え切れず吹き出してしまう。

 

「ははっ・・・なんだか僕ら、似た者同士だね」

「ホグワーツ落ちこぼれコンビ、結成しちゃう?」

 

 それ以来、イリスとネビルは仲良くなり、友達になった。ネビルもロン程熱心ではないが、蛙チョコのカード集めをしていたので、蛙チョコ友達としても、勉強の片手間に語り合えるようになった。

 

 

「えっ?!」「まさか!」

 

 それはネビルの付き添いを終えた後の、夕食時の事だった。何やらピリピリとした雰囲気をいまだに引き摺っている様子のハーマイオニーから避難するため、ハリーの席にあるローストビーフを取りに行くという名目で、二人のところへ行ったイリスは、ハリーからあの後の話を聞いて、ロンと共に叫んだ。なんでも、ドラコが投げたネビルの思い出し玉を、間一髪で空中キャッチしたハリーは、その神業をマクゴナガル先生に見初められ、最年少のシーカーに大抜擢されたというのだ。

 

「来週から練習が始まるんだ。でも誰にも言うなよ。ウッドは秘密にしておきたいんだって」

 

 その時、双子のウィーズリーがやって来て、ハリーに小声で話しかけた。

 

「すごいな。ウッドから聞いたよ。僕たちも選手だ・・・ビーターだ」

「今年のクィディッチ・カップはいただきだぜ」

 

 それから、二人はリー・ジョーダンの秘密の抜け道を見に行くのだと言って、去り際にフレッドの方がイリスの持つ山盛りにしたローストビーフに、ちょうどテーブルに置いてあったマスタード・・・ではなく、激辛ソースを皿から溢れる位大量に振りかけ、ジョージの方がイリスの髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き雑ぜてから、良い仕事をしたとばかりにお互いにハイタッチした後、笑って去って行った。

 

「わ、私のローストビーフちゃんが・・・!」

 

 イリスが、双子の悪戯で激辛ソース塗れになってしまったローストビーフを、ぼさぼさ頭を直す事も忘れて悲しそうに見つめていると、今度はドラコが現れた。いつものようにクラッブとゴイルを従え、絡みつくような言い方でハリーを煽る。

 

「ポッター、最後の食事はさぞかし美味だろうねえ?」

「地上ではやけに元気じゃないか、マルフォイ」

「喧嘩はやめよう、二人とも・・・」

 

 イリスは二人の間に入り込みながら、ホグワーツに入学して以来、主にハリー・ロンVSハーマイオニーorドラコの場面で、数えきれない位使用した『喧嘩はやめよう』という魔法の呪文を放った。

 

「こいつが先に吹っかけてきたんだ!」

「博愛主義者は黙っててくれ」

 

 いつもの通り呪文は効かず、二人にピシャリと撥ねつけられ、やさぐれたイリスが激辛ローストビーフをやけ食いしている間に、ドラコとハリーは魔法使いの決闘をする約束を取り付けてしまった。満足そうに去って行ったドラコを見ながら、イリスがロンに尋ねる。

 

「魔法使いの決闘って何?あと介添人って?」

「介添人っていうのは、もしハリーが死んだら代わりに僕が戦うっていう意味さ」

 

 ハリーとイリスの顔色が真っ青になったのを見て、慌ててロンは付け加えた。

 

「死ぬのは、本当の魔法使い同士の本格的な決闘の場合だけだよ。君とマルフォイだったら、せいぜい火花をぶつけあう程度だよ。あいつ、きっと君が断ると思ってたんだ」

「でも危なくない?やめた方がいいよ」

「大丈夫だよ。君も来てくれるだろ?今夜十一時に談話室だ」

「ちょっと失礼」

 

 三人が見上げると、ハーマイオニーが眉を顰めて三人を見下ろしていた。

 

「聞くつもりはなかったんだけど、あなたとマルフォイの話が聞こえちゃったの。夜、校内をウロウロするのは絶対にダメ。もし捕まったらグリフィンドールが何点減点されるか考えてよ。なんて自分勝手なの」

 

 ハリーとロンは示し合わせたように互いに顔を見合わせ、肩を竦めた。「まったく大きなお世話だよ」ハリーが呆れたように言い返し、「バイバイ」とロンがとどめを刺す。

 

「喧嘩はやめよう、ほんとに!」

 

 再び不穏な空気を感じたイリスは慌てて三人の間に割って入ろうとするが、「行きましょ」とハーマイオニーに手を引かれ、寮へと強制連行されてしまった。

 

「イリス!君、ちょっと八方美人が過ぎるぜ!」

 

 去り行くイリスに向けたロンの野次は、彼女の心を蝕み、嵐を巻き起こした。

 

 

 次の日の朝、眠りから覚めてまぶたを開けると、急にきのこの絵がドアップで視界に飛び込んできて、イリスは驚いて飛び起きた。・・・どうやら約束の時間まで、ベッドに寝転がりながら『薬草ときのこ百科』を読み込んでいる最中、疲れから教科書を顔に伏せたまま寝込んでしまったらしかった。約束していたのに、なんてことだ。ハリーとドラコの決闘はどうなったんだろう。

 

 朝食を取りに大広間へ行くと、ハーマイオニーとハリー・ロンの仲は、昨日よりもずっと悪化していた。何があったのか分からないが、三人共ムスッとした表情を浮かべていて、イリスを見ても挨拶もしない。たっぷりとお互いに距離を空けて、黙々と朝食を食べている。

 

「お、おはよう!昨日はごめん、寝過ごしちゃって」

 

 イリスが真っ先にハリーたちのところへ謝りに行くと、二人はまず勝ち誇ったようにハーマイオニーを見てから、イリスに昨日何があったか興奮した様子で話して聞かせた。

 

 約束の時間にハリーたちが談話室を抜け出そうとすると、ハーマイオニーが二人を止めようと待ち伏せしていて、口論になりながらも寮の外へ出ると、『太った貴婦人』が外出していたためハーマイオニーは寮に戻れず、結局三人で決闘の場へと赴く事になった。途中でネビルも加わり、四人でトロフィー室へ向かうが部屋はもぬけの空だった。ドラコの罠だったのだ。四人はドラコからの密告を聞いたフィルチに見つかりそうになり、逃げているうちにピーブスにもやられそうになり、間一髪のところで逃げ込んだのが・・・なんと禁じられた四階の廊下だった。そしてそこには、身の毛もよだつような恐ろしい怪物・・・『三頭犬』がいたというのだ。

 

「あの犬はきっと、仕掛け扉の下にある何かを守っているのよ」

 

 イリスがあまりに現実離れした話に息をのんでいると、ハーマイオニーが急に横槍を入れてきて、ハリーたちは心底面白くなさそうな顔をした。イリスは、その仕掛け扉の下に『この三人が仲良くできる秘訣』が守られているなら、今すぐにでも危険を顧みず奪いに行くのに、と疲れた頭でぼんやり思った。

 

 

 その週の金曜日は、イリスにとって忘れられない『最悪の日』になった。

 

 魔法薬学の授業で『かんしゃく止めの薬』を作る時、イリスは不注意から教科書通りにキイロキノコをすりつぶさず、そのまま鍋に入れてしまったのだ。ペアを組んでいたハーマイオニーが気づいて止めようとしていた時には、もう遅かった。

 

 鍋の中身は一度真っ黄色に染まってから、ボールのように膨らみ、ボン!と音を立てて鍋から飛び出し、天井にぶつかった。勢い余って床に跳ね返り、次は壁、そしてあちこちの棚のものにぶつかり破壊しながら――まるでかんしゃくを起こしたように――キーキーとヒステリックな甲高い音を上げた。生徒たちは悲鳴を上げながら、慌てて机の下に逃げ込む。かんしゃく玉は最後に天井へ激しくぶつかり、爆発して、教室中に黄色く粘度の高い液を盛大にまき散らした。

 

 ――爆発音の余韻が消えた後、教室内に恐ろしい沈黙が訪れた。やがてそれを破ったのは、自分の教室を滅茶苦茶にされて怒りに震えるスネイプ先生だった。芝居がかった動作で拍手をしながら、机の下に逃げることも忘れ、黄色い液まみれになって茫然と突っ立っているイリスに近づく。

 

「実に素晴らしい出来栄えだ、ゴーント。皆、彼女に注目したまえ。グリフィンドールに点を与えなければ。あー・・・これは『何』だったかな?」

「・・・『かんしゃく止めの薬』です」

 

 イリスは消え入りそうな声で答えた。出来ることなら今すぐ、かんしゃく玉のように弾けて消えてしまいたいと強く願った。スネイプ先生がイリスの事を褒めていないし、点も与えるつもりではないことはイリスを含めてみんな理解できた。あまりにも先生が激怒していたため、グリフィンドール生はもちろん、スリザリン生もイリスをからかう者はおらず静まり返り、先生の挙動に注目していた。先生はイリスの答えを聞くと、冷たく嘲笑った。

 

「『()』ではない『失敗作(・・・)』だ。言葉は正しく発言しなさい。・・・ゴーント、毎週金曜日、七時に吾輩の研究室へ来たまえ。君に罰則と補習授業を取り行う。勿論今晩からだ」

 

 スネイプ先生は、次いで「事前にどうして気づかず止めなかったのか」とハーマイオニーから一点減点した。イリスは目の前が真っ暗になった。

 

 授業が終わった後、カンカンに怒ったハーマイオニーがイリスを責め立てた。

 

「あれだけ私が説明したじゃない。どうしてキイロキノコをすりつぶしてから鍋に入れなかったの?私までとばっちりを受けたわ。おまけに罰則と補習だなんて・・・私、何のために自分の時間を削ってまで貴方に・・・本当、信じられない!」

 

 イリスはもう限界だった。自分の張り詰めていた心が、ハーマイオニーの言葉で粉々に砕け散るのを感じた。かあっと顔が熱くなり、視界がぼやけたと思った途端、瞳からボロボロ大粒の涙が零れ落ちる。

 

「うるさいなあ!!どうせ私はハーミーみたいに勉強できないし、落ちこぼれだよ!もう私のことなんて放っておいてよ!」

 

 イリスは気が付けば、感情的にハーマイオニーに怒鳴っていた。あっと思ったけれど、飛び出した言葉は止められず、ハーマイオニーの心に深く突き刺さった。ハーマイオニーは瞳に涙を浮かべて、キッとイリスを睨みつけ、冷たく言った。

 

「・・・あら、そう。貴方が勉強できないから見てあげてたんだけど、余計なお世話だったってことね。わかったわ。貴方には、もう勉強は教えない。

 

 あともうハーミーなんて呼ぶのはやめてね。もう英語の発音は慣れたでしょ?」

 

 ハーマイオニーはふさふさした栗色の髪を揺らして、振り返る事なく去って行った。騒ぎを聞きつけたハリーとロンが、慌てて飛んできて慰めてくれたが、イリスはその場にしゃがみ込んで泣き崩れてしまった。今まで我慢してきたことが全て溢れ出してきて、悲しくて悲しくて、どれだけ泣いても止まらなかった。


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