ハリー・ポッターと虹の女神   作:セバスチャン

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2/5 組分け困難は五分からで、五十年に一度くらいの珍しい事だったなんて・・・今日Wikipedia見たら気づきました。めっちゃ間違えてるやん!
という事で、組分け困難の部分修正しました。すみません・・・。


File6.組分け帽子

 ハーマイオニーのコンパートメントには、先ほどの『ヒキガエル探しの男の子』が座っていた。男の子はイリスを見て驚いていたが、ハーマイオニーに「今からこの子が着替えるから、少し席を外してほしい」と言われると、何度も頷きながら慌てて戸を開いて出て行った。イリスはハーマイオニーから袋を受け取ると、窓際の席に腰を下ろして着替え始める。

 

「気を使わせちゃって、ごめんね。あの子にも後で謝っとかないと」

「あら、気にする必要はないわ。私だって着替える時、ネビルに席を外してもらったもの。・・・ごめんなさい、貴方あの子の名前まだ知らなかったわよね。ネビルって言うのよ。ところで貴方のご両親ってマグル?それとも魔法使いなの?」

 

 ハーマイオニーは戸付近の席に座るや否や、好奇心に目をきらきら輝かせ、イリスに向けて矢継ぎ早に質問を始めた。しどろもどろになりながらイリスは答えるが、その様子は友達との楽しい会話というよりは、まるで教師と授業についての質疑応答をしているようだった。やがて質問に答えるのに集中しすぎたイリスの手が完全に止まってしまったのを見ると、ハーマイオニーは呆れたようにため息を一つ零して、マントのひもをきれいに結ぶのを手伝ってくれた。

 

「ありがとう、ハーマー・ミ・オミー」

 

 イリスは舌がもつれて、ハーマイオニーの名前を正しく発音することができなかった。日本育ちのイリスは、イオのスパルタ教育の賜物で日常会話には支障がないレベルの英語能力を有してはいるが、どうしても一部、慣れない又は発音しづらい名前や言葉がある。『ハーマイオニー』はその一つだった。しまった、と思って恐る恐るハーマイオニーの顔を見ると、やはり彼女はキッと厳しい表情をして突っ込んできた。

 

「どういたしまして。でも、私の名前は、ハー・マイ・オニーよ。人の名前はちゃんと覚えないと、相手に対して失礼だわ」

「ご、ごめん・・・」

 

 イリスは、一刻も早くハーマイオニーの元から去りたかった。無事着替え終わったことだし、ハリーとロンのところへ戻りたいが、それを言い出すとまた怒られるかもしれない。ハーマイオニーに謝った後、居心地悪そうにもじもじしていると、まもなくホグワーツに到着するという旨の車内放送が流れた。思わずお互いを見合ったハーマイオニーとイリスの顔に緊張が走る。イリスが着替え終わったと聞いて、戻ってきたネビルの顔はもっとひどかった。

 

 

 汽車はますます速度を落とし、やがて停車した。降り口はどこも混んでいて、イリスは他の生徒たちと押し合いへし合いしながら、暗くて小さなプラットホームに降り立つ。外はいつの間にか夜の帳が下りていて、暖かかった列車内との温度差にイリスは思わずぶるっと身震いし、マントをきつく体に巻き付けた。列車の窓から差し込むわずかな光と、不安そうにざわめく生徒たちのおぼろげな輪郭の他は、辺りは冷たい空気をはらんだ闇に包まれている。気づけば、ついさっきまで近くにいたはずのハーマイオニーやネビルの姿も見当たらない。イリスは震えながらじっと待った。

 

 やがて生徒たちの方へ、ゆらゆらとオレンジ色に光るランプが近づいてきた。イリスの耳に懐かしい声が聞こえてくる。

 

「イッチ年生!イッチ年生はこっち!ハリー、元気か?」

 

 ハグリッドだ。見知った人物を見つけて、イリスは不安な気持ちが和らいでいくのを感じた。ハグリッドはランプの明かり越しにでもわかるくらい、にっこり笑って、先頭の列にいるハリーに話しかけていた。ハリーだ。隣にはロンもいる。イリスは今すぐにでも友達の元へ行きたかったけれど、位置的に自分はどうやら最後尾の方にいるようだし、あまり騒いでドラコたちに見つかるのも嫌だったので、大人しくすることに決めた。

 

 

 ハグリッドの誘導に従って、生徒たちは険しくて狭い小道を降りていく。両脇には木が鬱蒼と生い茂っており、周囲は真っ暗な上、ハグリッドが持つランプの他に明かりはない。道もぬかるんでいて危ないので、イリスも含めみんなしゃべらず、足元を注視しながら黙々と歩いた。

 

 そのうち、みんなが歩を進める単調な音の他に、鼻をすする音が頻繁に聞こえてくるのに気付いた。それも自分のすぐ横からだ。イリスが視線を向けると、音の主は『ヒキガエル探しの男の子』だった。

 

「大丈夫、風邪ひいた?うわっとと・・・ネビルだっけ?ハーマ・ミ・オニーから聞いたよ」

 

 イリスは地面から男の子へ視線を向けた拍子にぬかるみに足を取られそうになり、慌てて崩れかけた体の重心を取り戻しながら、話しかけた(そしてまたハーマイオニーと言えなかった)。男の子は俯いていた顔をちらっとイリスへ向けて、自信のなさそうなか細い声で答えた。

 

「大丈夫だよ、少し寒かっただけ。・・・君・・・ごめん、もう一回名前聞いても良い?」

「イリス・ゴーントだよ」

「僕、ネビル・ロングボトム」

 

 それからネビルとイリスは、地面を睨みつけつつ、どちらかが転びそうになってはどちらかが助け起こしつつ、お互いの身の上話をポツポツしながら歩いた。

 

 

「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ」

 

 どれくらい歩いただろうか。ハグリッドの声にずっと俯いていた顔を上げると、角を曲がったとたん、狭い道が急に開けて、大きな黒い湖のほとりに出た。

 

「うわあ・・・!」

 

 イリスは思わず感嘆の声を上げた。湖の向こう岸に高い山がそびえ、その頂上に壮大な城が見えた。大小さまざまな塔が立ち並び、キラキラと輝く無数の窓が星空に浮かび上がっている。ネビルや他の生徒たちも、湖の先の城を見て次々に歓声を上げていた。

 

「四人ずつボートに乗って!」

 

 ハグリッドの指示で、みんな岸辺につながれた小舟を目指した。その時、イリスの両肩を背後から誰かががっちり掴んだ。

 

「捕まえた!」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべたハリーとロンだった。三人はまだ空いている小舟へ向かい、ハリーとロン、続いてイリスと、少し遅れてネビルが乗った。生徒たちが全員乗ったことを確認すると、小舟に一人乗ったハグリッドが号令をかける。すると船は、一斉に城を目指して滑り出した。

 

 イリスはそびえたつ巨大で荘厳な城を眺めていた。せっかくハリーたちに会えて嬉しかったけれど、緊張で気持ちが高ぶり、言葉が出ない。それはハリーたちも同じようで、みんな黙って黒々とした湖面や輝く城を見ている。

 

 向こう岸の崖に近づくにつれて、城が頭上にのしかかってきた。

 

「頭、下げぇー!」

 

 ハグリッドの指示でみんな一斉に頭を下げる。小舟の集団は崖下のツタのカーテン、次いで城の真下と思われるトンネルをくぐると、地下の船着場に到着した。イリスはハリーに手を貸してもらいながら、岩と小石だらけの岸辺に降り立った。

 

「ホイ、お前さん。これ、おまえのヒキガエルかい?」

 

 全員下船した後、忘れ物がないか小舟内を調べていたハグリッドが声を上げ、ネビルに発見したヒキガエルを引き渡した。ネビルは大喜びで受け取り、「よかったね」とイリスが言うと嬉しそうに頷いた。

 

 生徒たちは、再びハグリッドの先導に従って、ごつごつした岩の道を通り、湿った滑らかな草むらの城影の中にたどり着いた。いざ城の近くに来てみると、本当に大きい。イリスは今まで見たどの建物より大きいんじゃないか、と思ったくらいだった。みんなは石段を登り、巨大な樫の木の扉の前に集まった。ハグリッドは最後にもう一度生徒たちの数を確認した後、城の扉を三回叩いた。

 

 

 重厚そうな扉は思いのほか軽々と開き、エメラルド色のローブを来た厳格そうな黒髪の魔女が現れた。

 

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

 マクゴナガル先生は扉を大きく開けた。玄関ホールはとてつもなく広く、表面の磨きこまれた石壁が松明の炎に照らされ、天井はどこまで続くかわからないほど高い。壮大な大理石の階段が正面から玄関へと続いている。

 

 マクゴナガル先生について生徒たちは石畳のホールを横切って行った。大勢のざわめきが聞こえる方ではなく、ホールの脇にある小さな空き部屋に向かって進む。部屋は本当に狭かったので、イリスは他の生徒たちと寄り添い合いながら立ち、不安げにマクゴナガル先生を見上げて待った。

 

 マクゴナガル先生はまず、生徒たちにホグワーツ入学のお祝いを告げた。

 

「新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席につく前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が学校での皆さんの家族のようなものとなります。

 寮は四つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンです。それぞれ輝かしい歴史があって、偉大な魔法使いが卒業しました。ホグワーツにいる間、皆さんのよい行いは自分の属する寮の得点になりますし、反対に規則に違反した場合は寮の減点になります。学年末には、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るにしても、皆さん一人一人が寮にとって誇りになることを望みます」

 

 マクゴナガル先生は、準備が整うまで身なりを正して静かに待っているように言うと、身なりが整っていない一部の生徒に一瞥をくれてから、部屋を出て行った。イリスは髪の毛が跳ねていないか、服装が乱れていないか、慌てて確認した。・・・大丈夫そうだ。

 

「いったいどうやって寮を決めるんだろう」ハリーがロンに聞いた。

「試験のようなものだと思う。すごく痛いってフレッドが言ってたけど、きっと冗談だ」

「試験・・・?どうしよう。私、教科書すら読んでないよ」

 

 三人は蒼白な顔を見合わせた。みんな儀式が気になり過ぎてあまり話もしなかったが、ハーマイオニーだけは、今まで覚えた全ての呪文を早口で呟いていた。

 

「さあ行きますよ。組分け儀式がまもなく始まります」

 

 マクゴナガル先生が戻ってきた。心の準備が一切できていないまま、イリスは生唾を飲み込んで、みんなと一緒に一列になって進んだ。イリスはハリーの後ろを歩き、その後ろにロンが続く。部屋を出て再び玄関ホールに戻り、そこから二重扉を通って生徒たちは大広間に入った。

 

 

 そこは、不思議ですばらしい光景が広がっていた。無数の蝋燭が空中に浮かび、四つの長テーブルを照らしている。テーブルには在校生たちが出席し、一列になって進むイリスたちを興味深そうに見つめている。テーブルの上には、蝋燭の光を受けてキラキラ輝く金色の皿とゴブレットが等間隔に並べられていた。広間の上座にはもう一つ長テーブルがあって、そこには教授方が座っている。マクゴナガル先生は上座のテーブルのところまでイリスたちを引率し、在校生の方に顔を向け、教授方に背を向ける格好で横一列に並ばせた。

 

 もうだめだ。イリスは緊張の余り、頭が真っ白になっていた。喉もカラカラに乾いている。前を見れば何百人という在校生が自分たちを面白そうに見ているし、後ろからは教授方の静かな視線を感じる。これこそ小学校で習った日本のことわざ『前門の虎、後門の狼』だ・・・。進退窮まったイリスが、すがるように天井を見上げると、ビロードのような黒い空に星々が輝いていた。小学校の課外授業で訪れたプラネタリウムでしか見たことのない『天の川』も流れている。

 

「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」

 

 イリスが思わず見とれていると、すかさずハリーの隣に立っていたハーマイオニーが教えてくれた。

 

 

 マクゴナガル先生が目の前に四本足のスツールを置くのに気付いて、イリスは慌てて視線を魔法の空から地上へ戻した。先生は続けて、椅子の上に魔法使いのかぶる『とんがり帽子』を置いた。それはつぎはぎのボロボロでとても汚かったけれど、一年生も在校生も教授方も、みんな帽子に注目した。一瞬、広間は水を打ったように静かになった。すると帽子が動き始めた――つばのフチの切れ目がまるで口のように開いて、帽子は朗々とした声で歌い出した。

 

 自分は組分け帽子というもので、かぶることで生徒の適性や資質を見出し、一番適した寮へ導くことができると、帽子は歌った。そして、四つの寮の特性も説明してくれた。勇猛果敢なグリフィンドール、忍耐強いハッフルパフ、学びのレイブンクロー、狡猾なスリザリン。

 

 歌が終わると広間にいた全員が拍手喝采した。イリスも数秒遅れたものの、力いっぱい拍手した。四つのテーブルにそれぞれお辞儀して、帽子は再び静かになった。大広間に静けさが戻ると共に、イリスは急に不安になった。確かに帽子をかぶれば良いだけの簡単な試験のようだが、自分は勇敢でもないし、忍耐強くもないし、勉強好きでもないし、狡猾でもない。『四つのうち、どこにも思い当たる寮がない子が行く五つめの寮』はないんだろうか。ロンがフレッドに小声で文句を言っているのをイリスが聞き流していると、マクゴナガル先生が長い羊皮紙の巻紙を手にして進み出た。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けてください」

「アボット・ハンナ!」

 

 金髪のおさげの少女が転がるように前に出てきた。帽子をかぶると腰かけ、一瞬の沈黙の後、「ハッフルパフ!」と帽子が叫んだ。

 

 右側のテーブルから歓声があがり、ハンナはハッフルパフのテーブルについた。

 

 みんな、次々と呼ばれていっては、自分の所属することとなった寮のテーブルへ駆けていく。イリスが、自分のファミリーネームの頭文字が『G』だと思い出す間にも、組み分けの呼び出しは容赦なく進んでゆき、『G』の次が『A』だと思い出した時、

 

「ゴーント・イズモ・イリス!」

 

 呼ばれてしまった。カチコチになりながら椅子に向かって進む。もはや足の感覚がない。よろけながら、ふらふらと椅子に座る。帽子がイリスの目の上に落ちる直前に、広間中の人々が自分を見ている中、・・・スリザリンのテーブルに座る在校生の何人かが、自分を見ながら真剣な表情で何事か呟いているのを見た。

 

 帽子の中は暗闇に閉ざされ、外のざわめきは一切聞こえない。不思議と心が落ち着いて、イリスは両手を祈るように組んでじっと待った。

 

「フーム」低い声がイリスの耳の中で聞こえた。

 

「難しい。勇敢な心を持っている。困難に耐えうる心も。良い師がいれば、あらゆる知識は君の頭に吸収されるだろう。才能もある。目的のためならば手段は択ばない、か。・・・さてさて、どの寮に入れたものかな・・・」

 

 イリスはさすがに褒め過ぎだと思った。先ほど帽子が言った言葉は、何一つ自分に当てはまらない。てんで見当違いだ。

 

「・・・見当違いか、いいや、そんなことはない。私は、君がいまだ知らない、君自身の秘められた資質と可能性を見ている。君は確かに、私が言った通りのものを有しているのだよ。・・・さて、私の見立てによると、君にはスリザリンが最も適しているようだ。君はスリザリンに行けば、偉大な魔女になれるだろう」

 

 イリスは不安と失望で、心臓がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。自分はきっと両親のように強い心で生きていくなんてできない。誰かに何かを強要されれば、絶対に流されてしまうだろう。・・・恐怖に怯えるイリスの脳裏に、あの日のイオの顔が浮かんだ。そしてその言葉も。

 

『 環境ではなく自分の心で決めるんだ 』

 

 イオは決してイリスにできないことを言わない。だったらこの言葉だってそうなんじゃないか?イリスは自分に言い聞かせた。自分ができないと思っているだけだ。

 

 それに、イオは『何か辛いことがあれば、何としてでも連れて帰ってやる』とも言ってくれたじゃないか。たとえスリザリンでも、どんな寮に入っても、一生懸命自分にできることを頑張って、それでも無理だったら帰ればいい。自分には帰る場所があるのだ。イリスが決意を固めていると、帽子は満足気な笑みを含んだ声で高らかに叫んだ。

 

「・・・フム、君が勇気をもってそう決断したならば、スリザリンよりもむしろ・・・グリフィンドール!」

 

 帽子を取られたとたん、まばゆい外の光と歓声がイリスを包んで、思わず身が竦んだ。

 

「よく頑張りました。さあ、お行きなさい」

 

 見上げると、帽子の先をつまんだマクゴナガル先生がイリスに向かって優しく微笑みかけていた。イリスは椅子から立ち上がり、グリフィンドールのテーブルに向かった。スリザリンではなかった、という事実に拍子抜けして、何も考えることができなかった。空いている椅子に腰かけたイリスに、フレッドとジョージが近づいた。

 

「グリフィンドールへようこそ、兄弟。君の組分け、とんでもなく時間がかかったぜ」「なんと三時間だ。おかげで僕ら、腹ペコさ」

「えっ?!」

 

 イリスが驚いていると、怒れる監督生パーシーがやってきて、双子を窘めてくれた。

 

「お前たち嘘を言うな!心配しないで。組分けに五分以上かかる『組分け困難』は、そう、たまに(・・・)ある事なんだ。・・・まあ、五十年に一度位だと言われてる位たまに(・・・)だけどね。ちなみに僕も実際に遭遇したのは初めてで、冷静に見えると思うけど内心は驚いてるし興奮してる。あと君の場合は三時間じゃなくて十六分だよ」

 

 イリスはパーシーの言葉に思わず耳を疑った。そんなに珍しい事なのか。十六分も座りっぱなしだったなんて。どうりで自分のお尻が痛いわけだと思った。

 

 やがてハーマイオニーもグリフィンドールに決定し、輝く笑顔をこちらへ向けながらテーブルへやってきた。

 

「よかったね!よろしく、ハーマミオミー」

 

 しまった、またやってしまった!ハーマイオニーも、先ほどのチャーミングな笑顔を引っ込め、じろりとイリスを睨む。

 

「ハーマイオニーよ。貴方、私の名前を何回間違えるの?わざとなの?」

 

 イリスは必死に弁解した。自分は日本生まれで、どうしても発音しにくい言葉が一部ある、つまり決してわざとではないというようなことを。ふとイリスの頭に名案が浮かんだ。もっと呼びやすい感じの愛称で呼べばいいのだ。

 

「ねぇ、ハーミーって呼んでもいい?」

「なんですって?」

「だから、ハーミーって呼んでもいい?ついさっき私の考えたハーミミ・・・うぅ、ごめん・・・君の愛称なんだけど。これなら噛まずに呼びやすいし」

 

 ハーマイオニーはしばらく呆気に取られたようにイリスのことを見つめていたが、やがてふいとそっぽを向いて早口で言った。

 

「・・・私、あんまり愛称で呼ばれるのって好きじゃないし慣れてないの。でも仕方ないわね、貴方みたいな事情があるならしょうがないわ」

「よかった。ありがとう、ハーミー。これでいっぱい君の名前を呼べるよ」

 

 安心して屈託なく笑うイリスは、ゆたかな栗色の髪に隠れたハーマイオニーの顔が夕焼けのように真っ赤に染まっているのに気づかなかった。

 

 

 組分けは順調に進み、やがてハリーの番になった。みんな静まり返る中、イリスはテーブルの下で両手を組んで祈った。ハリーは帽子をかぶり、やがてグリフィンドールに決まった。

 

「やったぁ!」

 

 イリスは思わず立ち上がって喜んだ。最高の割れるような歓声が大広間を包み込む。ハリーを獲得することのできたグリフィンドールのテーブルは、いまやお祭り騒ぎ状態だ(反対に残りの寮はお通夜状態だった)。ハリーは、パーシーと握手をした後、真っ直ぐにイリスのところにやってきた。「君と一緒じゃなかったら、どうしようかと思ったよ」と弱々しく笑って、隣の席に腰を下ろした。

 

 可哀想なことに、ロンは最後から二番目だった。だが無事グリフィンドールになり、イリスはハリーと一緒に手が痛くなるくらい力強い拍手をした。ロンは安堵して体の力が抜けてしまったようで、ハリーの隣に崩れ落ちるように座った。

 

 

 組み分けが全員終了すると、マクゴナガル先生は巻紙をしまい、帽子と椅子を引き上げた。上座の来賓席からダンブルドア校長が立ち上がり、優しげな光を湛えた瞳で新入生たちを見つめた。

 

「新入生のみな、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言・三言、言わせていただきたい。では、行きますぞ!そーれ、わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」

 

 ダンブルドア校長は席に着き、みんな拍手をして歓声を上げた。イリスもきっと魔法界特有のすべらないジョークか何かなのだと思って、とりあえず拍手をした。何か良い匂いが鼻をかすめて、視線を下に向けると、・・・驚いたことに目の前にある大皿が食べ物でいっぱいになっている。さまざまな料理がテーブルに所せましと並んでいるのを目の当たりにして、イリスは自分がとびきり空腹で、喉もカラカラだということに気づいた。ゴブレットにジュースを注いで一息に飲み干してから、いそいそと自分の皿に少しずつ料理を取り、食べ始める。

 

 お腹が満たされると、今度は強烈な睡魔が襲ってきた。結局列車でも少ししか眠れなかったし、今までの疲れがどっと来ているのをひしひしと感じる。食事中なのにはしたない、と思うけれど、頭がしびれるような眠気は消えてくれない。テーブルに銀色のゴーストが現れた時、新入生の間でちょっとした騒ぎになったけれど、イリスは必死に眠気と戦っていたため、怖がりな彼女にしては珍しく無反応だった。

 

 やがてみんなお腹いっぱいになると、今度はさまざまな種類のデザートが現れた。イリスは目覚ましのため、アイスクリームを山盛りすくって皿に入れていると、組分け帽子の話で盛り上がっている同級生たちがイリスにも話題を振ってきたので、アイスを掻き込みながら自分の出来事を話して聞かせる。・・・冷たいものを大量に食べた時特有の頭痛をやり過ごしたら、少しだけ目が冴えた。同級生たちの家族の話を聞きながら、ハリーお勧めの糖蜜パイをかじる。

 

「痛っ!」

 

 糖蜜パイを片付けたイリスがいちごに取り掛かっていると、急にハリーが顔を覆った。

 

「どうしたの?」

 

 びっくりしたイリスが問いかけると、ハリーは「なんでもない」と言って、パーシーに来賓席にいる先生について尋ね始めた。イリスも何となく来賓席の方へ視線を向ける。ハグリッドに、ダンブルドア校長、マクゴナガル先生の他は、知らない先生ばかりだ。

 

 ――その時、紫色のターバンをした先生と話していた、ねっとりとした黒髪に鉤鼻の、土気色の顔をした先生が、視線に感づいたのか、会話を中断してイリスを見た。イリスがあっと思った時には、もうお互いに見つめ合っていた。やがて先生の方からゆっくりと目を逸らし、その後、彼は二度とイリスの方を見なかった。

 

 

 最後にデザートも消え、ダンブルドア校長が立ち上がった。諸注意の後、ホグワーツの校歌をみんなで歌い、それぞれの寮の監督生について寮へ戻ることになった。

 

 イリスは今までの人生で最高に眠い、と確信していた。体が鉛のように重い。ポルターガイストのピーブスに熱烈な歓迎を受けながらも、パーシーに続いてみんな廊下をぞろぞろ進み、突き当りの大きな肖像画(ピンクのドレスを着た太った貴婦人が描かれており、生きているみたいに動いている)に合言葉を言うと、画が動いて大きな穴が現れた。

 

 穴はグリフィンドールの談話室につながっていた。温かみを感じる円形の広い部屋には、ふかふかとした素材の肘掛け椅子がたくさん置いてある。

 

 パーシーの指示で、女子は女子寮に続くドアから、男子は男子寮に続くドアからそれぞれ入ることになった。ドアの前で、ハリーとロン、そしてイリスは別れることとなった。

 

「今気づいたんだけど、君、女の子だったんだね」

 

 まじまじとイリスの制服姿を見ながら、ロンが大変失礼なことを言った。

 

「君も男の子だったらよかったのに」

「私もそう思うよ」

 

 ハリーの言葉にイリスはがっかりしながら答えた。もし自分が男の子だったら、ハリーやロンと寝るときも一緒にいれたのに。二人におやすみを言ってから、女子寮に続くドアを開けようとすると、ぷりぷり怒ったハーマイオニーがやってきた。

 

「なんてデリカシーのない言葉なの!気にすることないわ、イリス」

 

 

 部屋の中に天蓋付の立派なベッドを見つけて、イリスは一目散にダイブした。ハーマイオニーは隣のベッドに座り込む。体が深海へと沈んでいくような心地よさだ。今日は本当に疲れた。一旦体を起こして、最後の力を振り絞って寝間着に着替えると、再びベッドに倒れ込む。真紅のビロードのカーテンを閉めながら、ハーマイオニーがおやすみと言ってくれた。

 

「おやすみ、ハーミー」

 

 イリスはそう言うと、ゆっくりまぶたを閉じ、夢の世界へ入り込んでいった。


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