ハリー・ポッターと虹の女神   作:セバスチャン

39 / 71
Act5.茶の葉の未来

 汽車はホグズミード駅で停車し、みんな押し合いへし合いしながら狭いプラットホームに降り立った。外は凍るような冷たさで、氷のような雨が叩きつけている。イリスはかじかんだ手で必死に籠の取っ手を掴み、ペットのサクラが濡れないように、マントの下へ避難させた。

 

「イッチ年生はこっちだ!」

 

 ふと懐かしい声が聴こえた。イリス達が振り向くと、プラットホームの向こう端に、ハグリッドの巨大な姿の輪郭が見えた。例年通り、新入生達を湖を渡る旅へ連れて行くために、ランタンを振り上げ、大きな声で注意を集めている。

 

「元気かー!」

 

 イリス達を見つけたハグリッドが、生徒達の頭越しに、元気良く呼び掛けてくれた。四人はそれぞれ一生懸命ハグリッドに手を振ったが、話をする事までは出来なかった。周りの人波が、四人をホームから逸れる方向へと、どんどん押し流していったからだ。イリス達は仕方なくその流れについていき、デコボコのぬかるんだ馬車道に出た。

 

 そこには、二年生以上の生徒達を乗せるために用意された、沢山の馬車が並んでいた。イリスは雨と暗闇に視界を遮られ、泥に足を取られて何度も転びそうになりながらも、やっとのことで馬車に乗り込んで扉を閉める。四人を乗せた馬車はひとりでに走り出し、ガタゴトと揺れながら他の馬車と隊列を組んで進んでいった。

 

 馬車は微かに、黴と藁の匂いがした。――ここまで来たら、後はもうホグワーツ城へ入るだけだ。イリスはフウとため息を零し、黴臭いクッションに深々と身を預けた。

 

 ――何しろ、ディメンターの影響を受けたばかりで、まだ完全に回復し切っていないのに、無理をして汽車の端から端まで走った上に、再び精神的なショックを受けてしまったものだから――もう”疲労困憊”状態だったのだ。ハリーも同じようで、彼女の隣でぐったりとしている。向かい側に座ったロンとハーマイオニーは、その様子を心配そうに見つめていた。

 

 イリスは馬車の窓から、外の景色をぼんやりと眺めた。ホグワーツ城を守る壮大な鉄の門が、徐々に近づいてくる。その両脇には立派な石柱があり、その天辺に羽根を生やしたイノシシの像が立っていた。

 

 ――そしてその近くに、頭巾を被ったディメンターが浮かんでいる。一人ずつ門の両脇を警護しているのだ。イリスはまたあの冷たい吐き気に襲われそうになり、心臓がドクドクと波打ち、たまらなくなった。――もしあのディメンターが、此方を向いてしまったら。自然と呼吸が早まってくる。

 

 その時、右側から手が伸びてきて、イリスの肩をグイと掴んだ。――ハリーだ。静かにイリスを抱き寄せ、その顔を自分の胸に押し当てて、視界を遮ってくれた。ハリーの心臓は、今にも飛び出しそうな位に早く脈打っている。きっとハリーもディメンターが怖いんだ。それなのに、自分を守ってくれた。イリスは恐怖で冷たくなり始めた心が、親友の思いやりに照らされて、ポッと暖かくなるのを感じた。

 

 城へ向かう長い上り坂で、馬車はさらに速度を上げて行く。城の尖塔や大小の塔が段々近づいてきて、やがて馬車は静かに止まった。

 

 四人は、生徒達の群がる石段を上がり、正面玄関の巨大な樫の扉を通って、広々とした玄関ホールに入った。そこは松明の火で赤々と照らされ、上階へと繋がる壮大な大理石の階段を輝かせていた。四人が右側へ進み、大広間へ向かおうとした途端、マクゴナガル先生の鋭い声が後方から飛んできた。

 

「ポッター、グレンジャー、ゴーント!私のところにおいでなさい!」

 

 イリス(だけでなく、ハリー、ハーマイオニー、何故かロンまでも)が驚いて振り向くと、マクゴナガル先生のとんがり帽子が、大広間へ向かう生徒達の頭越しに、ピョコッと飛び出ていた。その下にある顔は厳格そのもので、四角い眼鏡に縁取られた鋭い目が、イリス達をしっかりと射貫いている。――イリス達は思わず、こわばった表情を見合わせた。不思議な事に、マクゴナガル先生の真剣な眼差しは、生徒達を『自分が何か悪さをしでかし、今から怒られる』という気持ちにさせる力を持っていた。

 

「揃いも揃って、そんな心配そうな顔をしなくても宜しい。少し聞きたい事があるだけですよ」

 

 先生はやって来た四人にそう言うと、ホッとした様子のイリスとハリーに向き直った。

 

「ルーピン先生が、前もってふくろう便を下さいました。――ポッター、ゴーント。ディメンターの影響を受け、気分が悪くなったそうですね。先生が正しい処置を・・・つまり、チョコレートを食べさせたと仰いましたが、体調はまだ優れませんか?」

「僕、平気です!」

 

 イリスが返事の内容を考える前に、ハリーは顔を真っ赤にしながら弾けるように答えた。その勢いに気圧されるようにして、イリスもこくこく頷いた。

 

「宜しいでしょう」マクゴナガル先生は満足そうに言った。

「では、三人はそのまま大広間へ向かいなさい。グレンジャーは、私の事務室へ。今学期の時間割について、少しお話があります」

 

 

 グリフィンドールのテーブルに着くと、イリスはハーマイオニーの分の席を空け、組分けの儀式を見物した。大広間に浮かぶ無数の蝋燭の灯りが、みんなの顔をチラチラ輝かせている。

 

 ハーマイオニーが戻って来たのは、組分けの儀式が終わり、フリットウィック先生が帽子と三本足のスツールを回収し始めた頃だった。ハーマイオニーはとても嬉しそうな顔をしながら、イリスの隣に腰掛けた。

 

「おかえり。何だったの?」

「ただいま。ウーン・・・後でね」

 

 ハーマイオニーは少し複雑な表情をして、イリスの問いの答えを濁した。――その時、ダンブルドア校長先生が挨拶をするために立ち上がったので、二人の視線と意識は必然的に教職員テーブルへ注がれる事となった。ダンブルドアは、にっこりと生徒達一人一人に微笑みかける。イリスは心から安らいだ気持ちになった。

 

「新学期おめでとう!皆にいくつかお知らせがある。一つはとても深刻な問題じゃから、皆がご馳走でボーっとなる前に片付けた方が好かろうの」

 

 その言葉に、まだ少し残っていたお喋りの声が止み、大広間は完全に静まり返った。ダンブルドアは咳払いしてから、話を続けた。

 

「ホグワーツ特急での捜査があったから、皆も知っての通り・・・我が校は、只今アズカバンのディメンター達を受け入れておる。魔法省の御用でここに来ておるのじゃ」

 

 ダンブルドアは憂いを湛えた表情で、重々しく言葉を切った。――生徒や教師達だけでなく、彼自身も、ディメンターが学校を警備する事をよく思っていない様子だった。

 

「ディメンター達は、学校への入り口という入り口を固めておる。あの者達がここにいる限り、はっきり言うておくが、誰も許可なしで学校を離れてはならんぞ。ディメンターは悪戯や変装に引っかかるような代物ではない。・・・『透明マント』ですら無駄じゃ」

 

 ダンブルドアがさらりと付け加えた『透明マント』の言葉に、四人は無言で目配せをした。

 

「言い訳やお願いを聞いてもらおうとしても、ディメンターには生来できない相談じゃ。それじゃから、一人ひとりに注意しておく。あの者達が皆に危害を加えるような口実を与えるでないぞ。監督生よ、男子、女子それぞれの新任の首席よ、頼みましたぞ。誰一人としてディメンターといざこざを起こす事のないよう気を付けるのじゃぞ」

 

 グリフィンドールのテーブルの上座に座っていたパーシーが、胸を張り、もったいぶった様子で周囲を見回した。ダンブルドアは言葉を切り、大広間をぐるっと見渡した。それだけで生徒達一人一人の心に、忠告の言葉がずっしりと圧し掛かった。誰一人身動きもせず、声を出す者もいない。――その様子に安心したかのように、ダンブルドアは元の穏やかな表情になって、再び口を開いた。

 

「楽しい話に移ろうかの。さて、さて。今学期から、嬉しい事に、新任の先生を二人お迎えすることになった。まずルーピン先生」

 

 ルーピン先生が、教職席から立ち上がった。継ぎ接ぎだらけのローブを着たルーピン先生は、一張羅を着込んだ先生方の中で、より一層しょぼくれて見えた。――まるで『魔法動物ショップ』で数日前に見た、ボロボロのスキャバーズとピカピカの黒ネズミ達みたいだ。イリスは実に不謹慎ながらも、そう思った。

 

 ハーマイオニーの推察通り、ルーピン先生は「闇の魔術に対する防衛術」を担当するそうだ。先生と同じコンパートメントに居合わせたイリス達は、まばらな拍手の隙間を埋める位の勢いで、大きな拍手をした。

 

 ふと視界の端にチラリとスリザリンのテーブルの様子が入る。ドラコは拍手をせず、助けてもらった筈のルーピン先生を、小馬鹿にしたような顔で眺めていた。イリスは、自分の心が腐り落ちていくように感じられた。

 

 不意に、向かい側に座るロンが、イリスの手をバシバシ叩いた。イリスは思わず眉をしかめ、ドラコから視線を外した。

 

「イタッ!な、なに?」

「スネイプを見てみろよ!」ロンが興奮した口調で囁いた。

 

 イリスは、教職員テーブルにいるスネイプを見て、驚いて息を飲んだ。――スネイプが、ルーピンを睨んでいる。

 

 スネイプが「闇の魔術に対する防衛術」の教師になりたがっているのはホグワーツ中の噂だが、頬のこけた土気色の顔を歪めている今の表情は、イリスの心臓が一瞬止まってしまう位の迫力があった。怒りを通り越して、憎しみの表情だ。――そう、それは、”スネイプがハリーを見る時の表情”と同じだった。クィレル先生の時も、ロックハート先生の時も、スネイプはこれ程までに明確な憎悪の感情を見せた事がない。

 

「スネイプ先生は、ルーピン先生の事が好きじゃないのかな?」イリスが尋ねた。

「そうだね。ちょっぴり好きじゃないんじゃない?・・・僕と同じぐらい」ハリーが皮肉たっぷりに答えた。

「もう一人の新任の先生は」

 

 水面下で続けられているイリス達の議論を気にする事もなく、ダンブルドアが続ける。

 

「ケトルバーン先生は「魔法動物飼育学」の先生じゃったが、残念ながら前年度末をもって退職なさることになった。手足が一本でも残っているうちに余生を楽しまれたいとの事じゃ。そこで後任じゃが、うれしいことに・・・他ならぬルビウス・ハグリッドが現職の森番役に加えて教鞭を取ってくださることになった」

 

 四人は、驚いて顔を見合わせた。議論の内容も一瞬で頭から消え去った。そして四人は席を立ち上がり、手が痛くなるくらい大きな拍手を送った。特にハグリッドと仲の良い生徒が多いグリフィンドールからの拍手は、一番大きかった。ハグリッドは夕日のように真っ赤な顔をして、自分の巨大な手を見つめている。嬉しそうに綻んだ顔が、真っ黒なもじゃもじゃ髭に埋もれていた。

 

「そうだったのか!噛み付く本を指定する狂った先生なんて、ハグリッド以外にいないよな!」どさくさに紛れ、ロンが大変失礼な事を言った。

 

 四人は一番最後まで拍手し続けた。ダンブルドアが宴の始まりを告げた時、ハグリッドがテーブルクロスで目元を拭ったのを、イリスはしっかりと見た。

 

 テーブル中の金の皿や盃に、あらゆる種類の飲み物や食べ物が溢れた。イリスは体が求めるままに、よく食べ飲んだ。大広間には話し声や笑い声、ナイフやフォークの触れ合う音が賑やかに響き渡る。

 

 イリスは早くハグリッドにおめでとうと言いたくて、うずうずしていた。――ハグリッドほど魔法動物の扱いに長けた人物はいないだろう。まさに適材適所だ。アツアツのシェパーズパイも、よく味わわずに飲み込むようにして食べてしまう。他の三人も同じ気持ちのようで、どこかそわそわしていた。

 

 いよいよ最後にかぼちゃタルトが金の皿から溶けるようになくなり、ダンブルドアがみんな寝る時間だと宣言し、やっと話すチャンスがやって来た。

 

「おめでとう、ハグリッド!」

 

 イリス達は一斉に席を立ち上がると、教職員テーブルまで駆けてゆき、ハグリッドへ向け、口々にお礼の言葉を叫んだ。感極まったハグリッドは、大粒の涙をいくつも髭に滴らせた。

 

「みんなあんたたちのおかげだ」

 

 ハグリッドは、ナプキンで涙に濡れた顔を豪快に拭いながら、湿っぽい声で言った。

 

「信じらんねえ・・・偉いお方だ、ダンブルドアは・・・これは、おれがやりたくてたまらんかったことなんだ・・・」

 

 ハグリッドはそれ以上言葉を続ける事が出来ず、巨大な両手で自分の顔を包み込み、咽び泣き始めた。マクゴナガル先生が気を利かせ、イリス達に寮へ戻りなさいと合図した。

 

 イリス達はグリフィンドール生に混じって大理石の階段を上がり、いくつもの廊下や階段を通り過ぎ、グリフィンドール塔の秘密の入り口に辿り着いた。新しい合言葉をしっかりと頭に叩き込みながら、「太った貴婦人」の裏の穴を通り、イリスとハーマイオニー、ハリーとロンは、それぞれ女子寮と男子寮の入り口で別れた。

 

 懐かしい円形の寝室に、四本柱の天蓋付きベッドが四つ置いてある。一足先に部屋で寛いでいたルームメイトのパーバティ、ラベンダーとひとしきりお喋りを楽しんだ後、それぞれのベッドに潜り込もうとした時――ハーマイオニーが、イリスのベッドの縁にトスンと腰掛けた。

 

「どうしたの、ハーミー?」

 

 イリスが尋ねると、ハーマイオニーはいつも精悍に輝いている瞳を翳らせ、こう言った。

 

「あのね、イリス。私、どうしてもやりたい事があるの。しかも、それを完璧にやれる方法も手に入れちゃった。とっても幸せだわ。その筈なのに・・・とっても不安でもあるのよ。だって、その方法をするのは生まれて初めてなんだもの。おまけにすごく複雑で、危険だわ。私、失敗せずに出来るかしら?」

 

 ――正直なところ、イリスはハーマイオニーの言葉を一クヌート分も理解する事が出来なかった。イリスが余りにもポカンとした顔で見つめているばかりだったので、ハーマイオニーは軽く吹き出し、彼女の頭を撫でた。

 

「ごめんなさい。抽象的過ぎて分からないわよね。今の話はなしよ、忘れて」

「ハーミー」

 

 その時、イリスは、ハーマイオニーが自分の知らないどこかへ行ってしまうような感覚に襲われた。イリスはたまらず去り行く彼女の腕を掴み、無我夢中で言葉を探しながら言った。

 

「私はハーミーの味方だよ。やりたい事が出来るチャンスがもらえたなら、思いっきり好きにしたらいいよ。私、応援する。失敗したっていいじゃない。今までハーミーは失敗したことなんて無かったもの。たまには失敗したって、いいんじゃない?」

 

 ハーマイオニーは暫くの間、イリスの言葉の内容を反芻するかのように、静かに立ち尽くしていた。それから顔をくしゃっと歪め、ベッドに飛び込んで、イリスをギュウッと抱き締めた。

 

「ああ、イリス!貴方って本当に・・・最高だわ!」

 

 耳元で、ハーマイオニーの感極まった声が聴こえる。イリスには、難しい事は分からなかった。けれど何となく、ハーマイオニーの密かな不安を、少しは和らげられたのかなと思えて嬉しかった。ハーマイオニーは自分のベッドに帰る前に、イリスにこう囁いた。

 

「ごめんなさい。詳しい事は言えないの。でも、誓って悪い事じゃないわ。それと・・・貴方がふと振り向いた時、私が傍にいなくても気にしないで」

 

 

 翌朝、イリスとハーマイオニーは、談話室でハリーとロンと落ち合い、仲良く朝食を取りに大広間へ向かった。グリフィンドールのテーブルの端には、各生徒用の時間割が置いてあった。四人は銘々自分の分を取り、朝食を食べながら目を通した。

 

「わあ、嬉しい。今日から新しい学科がもう始まるわ」

 

 ハーマイオニーは幸せそうだ。ロンはスクランブルエッグの皿を取り寄せるついでに、ハーマイオニーの持つ時間割を覗き込んで、顔をしかめた。

 

「君の時間割、メチャクチャじゃないか。ほら・・・一日に十科目もあるぜ。そんなに時間があるわけないよ」

 

 ――”一日に十科目”?ダイアゴン横丁で、ハーマイオニーが三年生次における全ての教科書を購入していた記憶が蘇り、イリスとハリーは視線を交し合った。ホグワーツでは、三年生から授業は一部選択制となる。全ての授業を受けるのなら、一日に十科目となっても何ら可笑しい事ではない。しかしそれは不可能だ。何故なら、同じ時間枠に行われる授業があるからだ。

 

「大丈夫よ。マクゴナガル先生と相談して、ちゃんと決めたんだもの」しかし、ハーマイオニーはきっぱりと言い切った。

「でも、ほら」ロンは堪え切れず笑い出した。

「この日の午前中、分かるかい?九時、「占い学」。そしてその下だ。九時、「マグル学」。それから・・・ん?」

 

 ロンは、まさかと言わんばかりに身を乗り出して、よくよく時間割を見て、目を丸くした。

 

「おいおい、その下に「数占い学」、九時と来たもんだ。おったまげーだぜ、ハーマイオニー。そりゃ、君が優秀なのは知ってるよ。だけど、そこまで優秀な人間がいるわけないだろ。三つの授業にいっぺんにどうやって出席するんだ?」

「馬鹿言わないで。三つの授業に同時に出る訳ないでしょ」

 

 ハーマイオニーはピシャリと言い放ち、ロンが次の言葉を見つける前に、マーマレードをたっぷり塗ったトーストを頬張った。そして向かい側に座るイリスと目が合うと、パチッと意味ありげにウインクして見せた。――イリスは、昨晩ハーマイオニーが言った言葉の意味が、何となく理解出来たような気がした。

 

 

 朝食を終えた四人は、朝一番の授業「占い学」が行われる北塔へ向けて、テクテク歩き始めた。広々とした通路を往来する人々の中に、ある人の後ろ姿を見つけてイリスは立ち止まった。――ルーピン先生だ。くたびれたローブを羽織ったその姿は、妙に哀愁を帯びている。イリスはハーマイオニーに「後で合流する」と言ってから、先生の下へ近づいた。

 

「ルーピン先生」

 

 イリスは小走りでルーピンに並びながら、名前を呼んだ。――先生が汽車でディメンターから救ってくれた時、イリスはちゃんとお礼を言う事が出来なかった。今こそ、その時だと思ったのだ。ルーピンはゆっくり振り向くと、やつれた表情に柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「やあ、イリス。あれから調子はどうだい?」

「とても良いです」イリスは元気良く答えた。

「先生、あの時はありがとうございました」

「どういたしまして。わざわざその事を言いに来てくれたのかな?」

 

 イリスが素直に頷くと、ルーピンは嬉しそうに頬を綻ばせた。そして、何かを言おうと唇を開いた。

 

「恐れ入りますがね」

 

 突然、横から冷たい声がした。二人が揃って声のした方向を見ると――漆黒のローブを纏ったスネイプが、幽鬼のようにゆらりと立っていた。その昏い目を不穏にぎらつかせ、ルーピンを睨んでいる。

 

「ゴーントをお借り願いませんかな?・・・今学期の、補習の予定を、話し合いたいのでね」

 

 スネイプは後半の言葉を、はっきりと、ゆっくりと、そしてねっとりと言った。――たちまちイリスの中で羞恥心が燃え上がり、俯いた顔が真っ赤になった。

 

 今学期から教師となったルーピン先生は、イリスが”落ちこぼれ”と蔑まれていた事も、「魔法薬学」の補習を受けている事も知らない。そんな彼の前であんな風に、自分を辱めるように言わなくたっていいのに。

 

 イリスは、結局二年次の時も――リドルの助けがあっても何故か――魔法薬学の成績だけは例年通り、ビリだった。だから、今学期も補習があるのは覚悟していた。それなのに・・・。居心地悪そうに肩を竦めるイリスをチラリと見て、スネイプは酷薄な笑みを浮かべた。

 

「何ということだ、ゴーント。君は、先生に言っていなかったのかね?全く、肝心な事を隠して自分を良く見てもらいたいなどとは、()()()()()()()非常によく似ている」

 

 イリスは長年の経験から「そんなつもりではない」と反発する事は、グリフィンドールへの無慈悲な減点を招く行為だと骨身に沁みて理解していたので、縮み上がったまま、黙りこくっていた。ルーピンはイリスのその様子をじっと見つめたまま、穏やかな、そしてどこか悲し気な声でこう言った。

 

「何が言いたいんだい、セブルス?」

「おやおや。そのように噛みつかれるとは」スネイプは歌うように返した。

「もしやご自分に、思い当たる節がお有りかな?」

 

 イリスが俯いたまま、この嵐が治まるのをひたすら待っている時――ルーピンとスネイプの間に、ピリッと張り詰めた空気が流れた。しかし、それは一瞬の事だった。ルーピンはスネイプに軽く別れの挨拶をし、イリスに「また授業でね」と優しく言って、去って行った。

 

 そして、通路にはイリスとスネイプだけが残された。処刑を待つ囚人のような顔をするイリスに、スネイプは苛立ちも隠さず、吐き捨てるように言い放った。

 

「ゴーント、吾輩の研究室へ。グリフィンドール十点減点」

 

 その時、たまたまイリスの近くにあった四つの寮の砂時計のうち、グリフィンドールの砂時計から、表面に乗っていたルビーが数粒、消えていくのが見えた。けれど、「どうして減点されたのか」について聴く事も、更なる減点を呼ぶ行為だとイリスは知っていた。結局、彼女は黙って、早足で研究室へ向かうスネイプに付いていくしかなかった。

 

 

 暗く不気味な雰囲気が漂う研究室で、スネイプは杖を振るって作業机の対面上に椅子を用意し、イリスにも掛けるよう命じた。机には小さな硝子製の壺が置いてあった。

 

「右袖を捲り、”闇の印”を見せろ」

 

 出し抜けにそう命じられ、イリスは狼狽してビクッと肩を跳ね上げた。――どうしてスネイプ先生はそんな事を?恐る恐るスネイプを窺い見るが、彼は微動だにしない。

 

「吾輩は忙しいのだ、ゴーント。早くしたまえ。それとも、また減点されたいのかね?」

 

 何時まで経っても茫然としたままのイリスに苛立ち、スネイプが声を荒げた。ついにイリスは観念して右袖を捲り、印を覆っている包帯を巻き取った。

 

 スネイプは壺の蓋を取った。中には白い軟膏が詰まっている。彼はそれを指で掬い取った。そして――リドルに印を焼き付けられた記憶を思い出し――怖がって無意識に逃げようとするイリスの右腕を、片手でガッチリと掴みながら、軟膏を”闇の印”全体に塗り込んだ。

 

 すると程無くして、印はきれいさっぱり消えてしまった。

 

「あっ!!」

 

 驚いて大声を上げたイリスを気にする事無く、スネイプは冷静な口調で説明した。

 

「完全に消えたわけではない。見えなくなっただけだ。そして、効果は一日しか持たない。故に毎朝忘れず、印全体に塗り込むように。今週の補習で、君にこの薬の調合法を伝授する。しかし、”闇の印”自体は強い呪いであるため、”闇の帝王”が復活を果たせば・・・」

 

 ――そこでスネイプは絶句した。イリスが顔をくしゃくしゃに歪ませ、号泣し始めたからだ。

 

 イリスは、ただただ、嬉しかった。信じられなかった。これで毎朝人目を気にしながら、包帯を巻かなくて済む。トイレの度に包帯がずれていないか、確認せずに済む。みんなとのお風呂も、気を遣わなくて済む。Tシャツだって何だって、好きなように着れるんだ。何よりも――イリスにとって忌まわしく恐ろしいものでしかない――この印を見なくても済む事が、とてもとても嬉しかった。

 

「見苦しい。それ以上、君がみっともない泣きべそを搔き続けるようなら、この話はこれで終わりにするがね」

「す、すみません!先生」

 

 イリスは慌てて、乱暴にローブの袖で涙を拭うと、精一杯微笑んだ。

 

「本当にありがとうございます!私、とっても嬉しいです!」

 

 イリスのお礼と笑みを真正面から受けたスネイプは、一瞬、眩しいものを見たように目を細めた。それから、彼女から目を逸らし、冷たく言い放った。

 

「君の感想など聞いておらん。薬を持ったら、早く北塔へ行きたまえ」

 

 イリスは薬瓶を大切そうに握り締め、最終的に「しつこい」と減点されるまで、何度もスネイプにお礼を言った。そして軽やかな足取りで研究室を出て、階段を駆け上がって行った。――イリスは疑問に思わなかった。何故スネイプが、”闇の印”を消す薬を知っていたのかを。

 

 

 九時前頃、イリスは北塔の階段の先にある小さな踊り場で、無事ハリー達と合流する事ができた。

 

「今までどこに行ってたんだい?」ロンが素っ頓狂な声で叫んだ。

「よくこの場所がわかったね」

 

 ハリーが感心したように言うが、イリスはもごもごと口籠るしかなかった。――何せスニジェットに変身して、ホグワーツ中に張り巡らされた排水管を通って来たのだから。

 

 踊り場には、階段の他に道はなかった。おかげで生徒達は、着いたはいいものの、この先どうしたらいいのか分からず、戸惑うばかりだ。やがて、ハリーがイリスの肩をつついて天井を指差した。イリスが見上げると、そこには丸い撥ね扉があり、真鍮の表札が一つ付いている。表札には”シビル・トレローニー「占い学」教授”と打たれていた。どうやら、あそこが教室らしい。

 

「どうやってあそこに行くのかな?」

 

 ハリーがそう言った瞬間、撥ね扉がパッと開いて、中から銀色の梯子がスルスル降りて来た。みんなはそれぞれ困惑した顔を見合わせてから、おっかなびっくりといった調子で昇り始める。

 

 梯子の先は――これまで見た事のない、奇妙な雰囲気の教室だった。教室というよりも、屋根裏部屋のような内装だ。小さな丸テーブルがざっと二十卓以上は並べられ、それぞれのテーブルの周りには、繻子張りの肘掛け椅子や、ふかふかした小さな丸椅子が並べられている。真紅の仄暗い灯りが部屋を満たし、窓という窓のカーテンは閉め切られている。ランプはほとんどが暗赤色のスカーフで覆われている。室内は息苦しいほど熱い上に、暖炉の火からは、気分が悪くなるほどの濃厚な香りが漂っていた。

 

「ようこそ」

 

 イリス達が入口付近でまごついていると、暗がりの中から突然声がした。霧のかなたから聴こえるような、儚い声だ。

 

 部屋の奥から、トレローニー先生が姿を現した。ひょろりと痩せていて、透き通ったショールを肩に纏っている。ショールや服から露出している部分――つまり、華奢な首や手首、指先は、無数の鎖やビーズの輪で覆われ、地肌が見えないほどだった。巨大な眼鏡で拡大された先生の大きな目が、みんなをじっと見つめた。

 

「お掛けなさい。わたくしの子供たちよ。さあ」

 

 先生に促され、イリス達は同じテーブルの周りに座った。トレローニー先生は予言めいた事を次々と口にしながら、「占い学」のあらまし、そして今学期の大まかな予定を説明した。今年は”紅茶の葉の占い”に専念する事となり、ハリーはロンと、イリスはハーマイオニーとペアになった。イリスは壁に作り付けられた食器棚から、好きなカップを一つ選び、トレローニー先生に紅茶を注いでもらった。火傷しそうなほど熱い紅茶を急いで飲み干し、澱の入ったカップを回し、水気を切って、ハーマイオニーのカップと交換した。

 

「何が見えるかなあ?」

 

 イリスはわくわくしながらカップの底を覗き込み、教科書に記載してある”茶の葉の形”を合致しているものがないか注意深く確かめた。――対するハーマイオニーは、実に疑わしげな目でカップを睨んでいる。理論的な思考を持つ彼女にとって、教科書で蓄えた知識が役に立たず、感覚や想像力、いわゆる”第六感”を働かせる事が肝要の「占い学」は、全くもって理解しがたいジャンルだった。

 

「子供たちよ。心を広げるのです。そして自分の目で俗世を見透かすのです!」

 

 トレローニー先生の言葉が、妙に反響して聴こえた。――そうだ、心を広げなきゃ。部屋に漂う濃厚な香りが、イリスの思考を蕩けさせ、瞑想状態へと誘っていく。やがてカップの底にへばりついている、ふやけた茶色いものが、何かの形のように見えて来た。

 

「えーっとね。犬が見える」

 

 ハーマイオニーは、イリスの肩にトンと頭を預け、自分のカップを覗き込んだ。

 

「どこに犬がいるの?」だが、口調は訝しげだ。

「ここ。ほら、テリアみたいな犬が横を向いているでしょ」

 

 イリスは、指先でカップの底の左側を指した。――イリスには茶の葉で出来た、横向きの小さなテリア犬が見えている。しかし、ハーマイオニーにはそう見えないらしい。彼女は小馬鹿にしたように笑った。

 

「見えないわよ。ただの茶の葉の塊だわ。貴方のカップもね」

「お貸しなさい」

 

 その時、ネビルとシェーマスのペアを見ていたトレローニー先生がムッとした表情で、ハーマイオニーが持つイリスのカップを取り上げた。先生はクルクルと回しては覗き込み、それから――ハッとしたような表情になり、悲劇的な口調でイリスに言った。

 

「まあ。”ハゲワシ”。あなたは非常に残酷な敵を持ち、そして・・・”傘”。それに守られている。つまり、あなたはもう、敵の手中に捕えられているのです!」

「お言葉ですけど」ハーマイオニーが痛烈に言い放った。

「イリスはもう、敵の手から脱したわ。生徒ならいざ知らず・・・教師なら、きっと誰だって知ってる事でしょ?」

 

 無言で睨み合うハーマイオニーとトレローニー先生の間で、激しい火花が飛び散った――ように見えた。イリスは自分の占いの内容よりも、ハーマイオニーに対して驚いていた。日頃から、教師に礼節を欠かさなかった彼女がこんな乱暴な口の利き方をする事など、今まで見た事がなかったのだ。

 

「んー・・・」

 

 トレローニー先生が去った後も、ハーマイオニーは憮然とした態度のままだった。イリスは少しでも彼女の機嫌を戻そうとして――何か彼女にとって良い兆候はないかと――片目を瞑り、辛抱強くカップの底を確かめた。よくよく見ると、テリア犬の隣にはハートがあり、さらにその横には指輪があった。イリスはハーマイオニーの肩をつつき、教科書と見比べながら明るい口調で言った。

 

「じゃあ私の予言ね。うーんと、左側は過去、右側は未来だから。・・・ズバリ、ハーミーにはとっても良い友達がいる。今その人を愛してて・・・将来結婚するでしょう」

 

 その瞬間、ハーマイオニーは顔が真っ赤になり、イリスのカップを落として割ってしまった。一方、隣の席では、ロンが可笑しな茶の葉の読み方をして、ハリーが堪え切れずに吹き出してしまったところだった。

 

「わたくしが見てみましょうね」

 

 滑るように近づいて来たトレローニー先生が咎めるようにそう言って、ロンの手からハリーのカップを取り上げ、時計と反対周りに回しながら、じっと中を見る。

 

 ――不意に、先生が絶望の叫びを上げた。その声に驚いたネビルが自分のカップを割ってしまう音も重なり、生徒達は皆お喋りを止めて先生とハリーに注目した。先生は空いていた肘掛け椅子にドサッと身を沈め、沈痛な様子で目を閉じる。

 

「ああ、何て事!なんて可哀想な子!いいえ、言わない方が宜しいわ。どうか、お聞きにならないでちょうだい」

 

 しかしそう言われると、聞きたくなるのが人間というものである。好奇心を剥き出しにしたディーン・トーマスが尋ねると、トレローニー先生の巨大な目がドラマチックに見開かれた。

 

「あなたには、グリムがついています」

「何がですって?」ハリーが尋ねた。

 

 イリスも、ハーマイオニーと首を傾げた。――”グリム”って何なんだろう。ロンとネビルは、恐れおののいてヒッと息を詰まらせている。他の生徒達の反応も真っ二つに分かれていた。どうやら魔法界育ちの生徒は、みんな”グリム”がどんなに恐ろしいものか知っていて、マグル界育ちの生徒は知らないようだった。

 

「グリム、あなた、死神犬ですよ!」

 

 トレローニー先生は、肝心のハリーに話が通じなかったのがショックだったらしく、一段とヒステリックに声を張り上げた。

 

「墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です!これは不吉な予兆、大凶の前兆、死の予告です!」

 

 ”死の予告”。その言葉に、みんなが青ざめた顔でハリーを見つめた。ハリー自身も、どこか思い当たる節があるかのように唇を噛み締めている。生徒達は次々にハリー達のテーブルへ集まり、ハリーのカップを好き勝手に回しては覗き込み、「グリムに見える」「いや見えない」等と批評し始めた。しかし、ハーマイオニーはハッキリとこう言った。

 

「グリムには見えないと思うわ。イリス、何に見える?」

 

 ハーマイオニーが目の前にカップを突き出したので、イリスは慌てて覗き込んだ。――しかし、みんながグルグル回しすぎたせいか、茶の葉の形が大分崩れてきてしまっている。辛うじて、馬のような形だけが見えた。イリスは自信なさげに答えた。

 

「・・・馬に見える」

「グリムじゃなくて、馬なのね?」

「うん」

 

 ハーマイオニーは、それ見たことか、と言わんばかりに笑った。トレローニー先生はますます嫌悪感を募らせ、ハーマイオニーをじろりと品定めした。

 

「こんなことを言ってごめんあそばせ。あなたにはほとんどオーラが感じられませんのよ。未来の響きへの感受性がほとんどございませんわ」

 

 こうして、ハーマイオニーとトレローニー先生との間で、本日二度目の無言の火花が散らされた。イリスがおろおろとその様子を見守っているうちに、授業は終わった。

 

 

 「占い学」の次に「変身術」の授業を終えた後、四人の雰囲気は少し明るくなっていた。――マクゴナガル先生が、衝撃の事実を教えてくれたのだ。

 

 マクゴナガル先生曰く――『トレローニー先生は、毎年一人の生徒の死を予言している。だが、いまだに一人として死んでいない』との事。つまりハリーのグリム騒動は、先生が最初のクラスを迎えるに当たっての、お気に入りの儀式のようなものだったのだ。

 

「ロン、元気出して」

 

 四人は大広間で昼食を取っていた。ハーマイオニーが、シチューの大皿をロンの方に押しながら、明るい声で言った。

 

「マクゴナガル先生が仰った事、聞いたでしょ?」

 

 しかしロンは、まだグリムの事が頭から離れないようだった。よそったシチューに口を付けようともせず、青ざめた顔で黙っている。やがて、ロンは深刻な表情で口を開いた。

 

「ハリー。君、どこかで大きな黒い犬を見かけたりとかしなかったよね?」

「見たよ」ハリーはあっさり答えた。

「ダーズリーの家から逃げたあの夜、見たんだ」

 

 イリスは驚いて、シチューに入っていた人参を喉に詰まらせてしまい、咳き込んだ。――だからハリーは、グリムの事を言われた時、あんな表情をしていたんだ。ロンは恐怖の余り、ガタガタと震え出した。

 

「ハリー、それは、それは良くないよ。グリムは本当にいるんだよ!僕のおじさんがあれを見たんだ。そしたら、二十四時間後に死んじゃった!」

「偶然よ!」

 

 しかしハーマイオニーは、至って冷静だ。イリスの背中を摩りながら、かぼちゃジュースをコップに注ぎ、飲ませつつ言い放った。

 

「君、自分の言ってることがわかってるのか!」ロンは熱くなり始めた。

「グリムと聞けば、たいがいの魔法使いは震え上がってお先真っ暗なんだぜ!」

 

 そして、最早日常茶飯事となったロンVSハーマイオニーの、口喧嘩のゴングが鳴った。無事人参をお腹の中に送り込んだイリスは、ハリーの隣に座り、彼を励ますために優しく言った。

 

「大丈夫だよ。ハリー。私が見た時はね、馬に見えたんだ」

「本当かい?」

 

 ハリーは少し元気になったようだった。イリスは嬉しくなって、「占い学」の教科書を開いて見せた。

 

「うん。・・・ほら、馬は望み事が叶う兆候だって書いてある。だからきっと、今年は良い事あるよ」

「君の予言を信じるよ」ハリーは愛おしげにイリスの頭を撫でた。

 

 二人が仲睦まじくしている一方で、ロンとハーマイオニーの戦いは、今まさにクライマックスを迎えようとしていた。

 

「トレローニー先生は、君にまともなオーラが無いって言ってた!君ったら、たった一つでも自分がクズに見えることが気に入らないんだ!」

 

 ロンの言葉は、ハーマイオニーの弱みを突いた。

 

 ――突然大きな音がして、イリスとハリーは飛び上がった。驚く事に、ハーマイオニーが教科書でテーブルを叩いたのだ。余りの勢いに、肉やら人参やらがそこら中に飛び散った。

 

「「占い学」で優秀だってことが、お茶の葉の塊に死の予兆を読む振りをする事なんだったら、私、この学科といつまでお付き合い出来るか自信がないわ!あの授業は「数占い」に比べたら、全くのクズよ!」

 

 ハーマイオニーはカバンを引っ掴み、ツンツンしながら出て行った。ロンはしかめっ面をしながら、ハリーとイリスにぼやいた。

 

「あいつ、一体何を言ってるんだ?まだ一度も「数占い」の授業に出てないのにさ!」

 

 見当もつかず、ハリーは肩を竦める。イリスはちょうど近くにあったアップルパイを四つ、ナプキンに包むと、ハーマイオニーの跡を追った。

 

 豊かな栗色の髪が荒々しく揺れる後ろ姿に追いつきながら、イリスはハーマイオニーのかつての言葉を思い出していた。「数占い」と「占い学」は同じ時間に始まる。『詳しい事は言えない』ハーマイオニーはそう言った。だから、きっとこれは聞かない方が良い事なんだろう。

 

 イリスはやっとのことでハーマイオニーの隣に追いつくと、まだ怒りが収まらない様子の親友に、ニッコリ笑ってアップルパイの入った包みを差し出した。

 

「ねえ、ハーミー。食後のデザートを忘れてるよ。中庭でパイでも食べない?」

 

 ハーマイオニーは毒気を抜かれてしまったような表情でイリスを見つめた後、軽く吹き出した。二人は仲良く中庭に出て、青々とした芝生の上に座り込んだ。芝生の上で包みを広げたイリスに、ハーマイオニーが尋ねた。

 

「イリスったら。貴方、いくつ食べるつもりなの?」

「ハーミー。私が予言をしましょう」

 

 待ってました、と言わんばかりに、イリスは冗談めかして言った。――イリスが四つもアップルパイを取ってきたのには、ちゃんとした理由があるからだ。

 

「近い未来に、ハリーとロンもここに来るでしょう。だから、アップルパイの数は四つで良いのです。そして、ロンとハーミーは仲直りをすることでしょう!」

「なーによ、それ!」

 

 ハーマイオニーは朗らかに笑った後、イリスの後ろを見て、アッと声を上げた。そして、イリスの予言は現実となったのだった。

 

 




バックビークまで行けなかった…。次は頑張ります!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。