ハリー・ポッターと虹の女神   作:セバスチャン

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Page7.『葛藤の果てに

 「薬草学」の後は「変身術」の授業だった。何とか授業を終えた後、昼食を取るために四人は大広間へ急いだ。

 

「こいつめ――役立たず――コンチクショー!」

 

 テーブルに着くや否や、癇癪を起こしたロンはカバンから自分の杖(・・・・)を取り出すと、机の端に叩きつけ始めた。事情を知る三人は、呆れたようにため息を零しながら、その様子を見守る。

 

 実は、先日の車騒動の際に、彼の杖は――元々兄のお古のため状態は良くなかったのだが――ついに本格的に、というより修復不可能なまでに壊れてしまったらしい。スペロテープで応急処置を施され、見た目はどうにか杖の形状を保ってはいるが、もはやそれは『杖』というより『赤毛の双子特製の悪戯グッズ』と言っても過言ではなかった。実際、「変身学」では『コガネムシをボタンに変える』練習をしたのだが、ロンと彼の周囲の生徒たちはそれどころではなかったのだ。授業中にも関わらず、杖は何の前触れもなく濃い灰色の煙を噴出させたり、とんでもない時にバチバチと騒音を鳴らしたり、火花を散らしたりするので、マクゴナガル先生は超絶なまでにご機嫌斜めだった。

 

「ロン、ダメだよ。壊れちゃう」

壊れちゃう(・・・・・)だって?もうとっくに壊れてるさ!」

 

 イリスが宥めるように言うが、ロンは自分の髪色と同じくらい頬を真っ赤にしてやり返す。その余りの剣幕に、イリスはすごすご引き下がるほかなかった。

 

「家に手紙を書いて、別なのを送ってもらえば?」

 

 主人の怒りに呼応するようにして、杖も、まるで連発花火のように派手な火花と騒音をまき散らし始めた。ハリーも心配そうに口を開く。

 

「ああ。そうすりゃ、また『吼えメール』が来るさ。『杖が折れたのは、おまえが悪いからでしょう!』ってね」

 

 ロンが皮肉たっぷりに言い返しながら、花火大会を終えて満足したのか今度はシューシュー煙を上げ始める杖を、荒々しくカバンに投げ込んだ。イリスはハリーと目が合い、苦笑いすると、彼は肩を竦めて見せた。――その時確かに、ハリーはこう言っていた。『ロンのご機嫌も、全然直らないね』と。頼みの綱のハーマイオニーは彼の機嫌を直すどころか、先程の「変身術」の授業で、見事に変身させたライラック色に輝くボタンをうっとりと眺めている。

 

「ねえ、彼ってこの色が好きなの。私ったら――私ったら、意識した訳じゃないのよ。まさか――ライラック色にしようだなんて!でも、無意識にそうしちゃったの。これってきっと、運命なんだわ。プレゼントしたら、彼は喜んでくれるかしら?」

「そりゃすンばらしいアイデアだぜ、ハーマイオニー!それの元が虫けらだって知ったら、やつも小躍りして喜ぶんじゃないか?」

「――何ですって?」

 

 ロンが痛烈に言い放ち、二人は今日何度目かの睨み合いを始める。最早日常茶飯事となったその光景をスルーしながら、ハリーはローストビーフを自分と隣に座るイリスの取り皿に盛り付け、ソースを掛け始めた。

 

 ――その時、イリスの脳内に電流が走った。そうだ、今日はあの日じゃないか。嫌な空気を断ち切るようにパンと手を叩き、ロンに明るく話しかける。

 

「ロン、元気出して!今日の夜は、グリフィンドールの『交換会』でしょ」

 

 『交換会』。その言葉は、ロンのご機嫌を確かに回復したようだった。その証拠に、彼は喧嘩を止め、わずかではあるが笑顔を取り戻したのだ。イリスは思わず、戦友ハリーとテーブルの下で『やったね!』と言わんばかりに互いの拳をコツンとさせたのだった。

 

☆ 

 

 午後のクラスは(ハーマイオニーだけ)待ちに待った『闇の魔術に対する防衛術』だ。大広間を出た後、三人に続いて歩くイリスは、ふとポケットに入れたままの日記の事が気になった。――そういえば、一昨日宿題を終えてから、リドルと話をしていない。きっと彼も寂しがっているに違いない。イリスは居てもたっても居られなくなった。

 

「ちょっとお手洗いに行ってくる」

「OK。僕ら、中庭に出てるから」と振り返りながらハリーが言った。

「イリス。お手洗いの場所はわかる?ちゃんと中庭まで一人で来れる?」

「し、失敬だな!わかるよ、それくらい!」

 

 ハーマイオニーが心配そうに尋ねるが、イリスは慌てて言い返す。あの宿題事件以降、ハーマイオニーは以前にも増して過保護になり――イリスの”おはようからおやすみまで”を見つめる程の熱心さで、実に細やかに世話を焼くようになってしまったのだ。ハーマイオニーがトイレまで付いてきてしまったら、リドルとお話ができなくなる。イリスは何としてもその事態だけは避けたかった。

 

「食べ過ぎで腹でも壊したかい?」

 

 からかってきたロンをチョップで軽くいなすと、イリスは急いで三人と別れた。そのまま駆け足でグリフィンドール塔へ戻り、談話室を通って自室へ飛び込むと、机に着いた。羽根ペンにインクを浸し、日記を開いて書き始める。息を弾ませながらペンを走らせたので、所々インクが飛び散ってしまったが、気にしない事にした。

 

”イリスです。リドル、起きていますか?”

”やあ、イリス。僕はずっと起きているよ。また君と話ができて嬉しいな”

 

 イリスの文字は光ってページに吸い込まれるようにして消え、すぐさまリドルからの返事が浮かび上がってくる。彼の安否を確認できたイリスは心底ホッとして、胸を撫で下ろした。次の授業に遅れないように懐中時計を机に置いて確認できるようにしながら、続きを書き付ける。

 

”今、私がどこにいると思いますか?ホグワーツです”

”敬語を使わなくていいよ、イリス。僕と君は『友達』なんだから。君はホグワーツの学生なんだね。何年生?”

 

 リドルの『友達』という言葉は、イリスの心の奥深くに、いとも容易くすとんと落ちた。――そうだ、私と彼は『友達』なんだ。

 

 二人の筆談は順調に続いた。イリスは自分がグリフィンドールの二年生である事から始まり、彼に問われるままに、今現在の魔法界の状況を――自分のわかる範囲ではあるが――書き綴った。リドルは驚く程に聡かった。イリスの拙い言葉足らずの説明でも、自分が日記に封印されてからの五十年間の歴史、そして大凡の現状を把握できたようだった。

 

”――イリス。君の説明はとても参考になったよ、ありがとう。それにしても、『生き残った男の子』ハリー・ポッターか。彼はとても興味深いな”

 

 話が一区切りつくと、リドルは取り分けハリーに強い関心を示したようだった。ハリーの親しい友人として彼の傍にいるイリスは、リドルのその反応は至極当然の事だと思った。ハリーは魔法界の有名人だ。漏れ鍋で初めてハリーと出会った時も、誰しもが彼と握手をしたがったし、ホグワーツでも彼は――スネイプの言葉をあえて借りるなら――新たなスター扱いだ。つまり、誰だって興味を持つ。

 

”当時赤ん坊だったハリー・ポッターは、どうやって『彼』を倒したの?”

「うーん・・・」

 

 難しい質問だ。リドルは興奮しているのか、文字が乱れている。イリスは羽根ペンを日記の上に翳したまま、どう書いていいのか考えあぐねていた。()というのは、『例のあの人』を指しているのだろう。リドルの期待に応えたいのは山々だが、さすがに分からない事までは答えられない。イリスは正直に書き連ねた。

 

”わからない。ハリーもよく覚えてないって言ってた。それに、『彼』の話はあんまりしたくない”

”それはどうして?”

”ハリーの両親はその時に『彼』に殺されてしまったし、私の両親も・・・『彼』と戦って殺されてしまったらしいから。嫌なの”

 

 長い沈黙があった。やがて浮かび上がってきたリドルの筆跡は、か細く震えていた。

 

”イリス。僕はとても無神経な事を聞いてしまったね。非礼を詫びるよ。どうか許してほしい”

”気にしないで。それよりも、さっきの説明、ほんとにわかりづらくなかった?私、自分の文章に自信がなくって”

”どうしてそう思うんだい?”

 

 イリスはため息を零し、自分が勉強が苦手で、ホグワーツで『落ちこぼれ』として有名なのだという事を書き付けた。――不意に「薬草学」でのジャスティンの言葉が思い起こされる。ハッフルパフでそうなら、知性を重んずるレイブンクローには、その真逆の存在である自分はどう思われているのか――考えるだけでゾッとした。しかし、それに対するリドルの返事は、彼女の予想を大きく裏切るものだった。

 

”君が『落ちこぼれ』だって?とんでもない!君には、秘められた深い知性と才能がある”

 

 驚く事にリドルは、イリスの『落ちこぼれ』発言を完膚無きまでに否定してみせたのだ。そして、言葉巧みにイリスをおだて上げた。イリスは恐縮して、慌てて返事を綴る。

 

”私にはそんな知性も才能もないよ。リドルは買いかぶり過ぎだよ”

”いいや、僕にはわかるんだ。イリス、僕を信じてくれるなら、この一年間で、君を必ず首席にしてみせるよ”

「しゅ、しゅせき?!」

 

 イリスは仰天して叫んだ。そんなのは夢物語もいいところだ。

 

”心配しないで。僕は頭は良い方だよ。当時は首席だったんだ。信じられないなら、首席名簿を見てみるといい”

”リドル、首席だったの?すごく賢いんだね”

”首席になるのも、監督生になるのも、実際にはそんなに難しい事じゃない。僕がそれを教えてあげるよ、イリス。君ならきっとその両方になれる”

 

 長年周囲に『落ちこぼれ』として笑われ、何かと目立つ存在のハリー達の後ろを雛鳥のように付いて来たイリスにとって、リドルの言葉は正に青天の霹靂だった。それは確かに、彼女自身のズタボロに傷ついた自尊心を十分ケアするに足るものだったのだ。――イリスの頭の中で、首席になり、自信に満ち溢れている自分の未来の姿が浮かんだ。もし、本当にそうなれるのなら――。思わず夢見心地になっていた彼女が再び日記に目を移すと、新たな文章が浮かんできていた。

 

”さっきから僕が質問してばっかりだね。君は、何か質問や相談事はない?何でも答えるよ”

 

 質問や相談事と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、ドラコの事だった。イリスは何度も書いては消しての作業を繰り返しながら、一生懸命に書き綴った。――ドラコとの出会い、彼を好きになっていった過程、”純血主義”の事――不思議な事に、リドルには何でも話せるような気がして、ハリーたちに伏せていたパンジーやノットとの諍いの事も付け加えた――そして最後に、グリフィンドールの友人たちからはドラコと付き合うのを反対されている事、ドラコが好きだからこそ、今後自分はどうやって彼と付き合っていったらいいのかわからない、というような事も、イリスは一心に綴った。

 

 長い時間をかけてようやく書き終わった頃には、手が痺れていた。リドルはイリスのそんなお粗末過ぎる筆談も、時には話の内容を確認するための相槌を打ちながら辛抱強く応対し、客観的な意見を返した。

 

”難しい質問だね。君たちの考え方は確かに違う。でも、価値観の違う者同士が友情を保つのは、決してできないことじゃないんだよ。

 コツは、自分の価値観を人に押し付けないって事と・・・その人の価値観を理解しようと努力する事かな。つまりは、価値観の相互理解ってことさ。イリス。君は”純血主義”について、きちんと勉強したことがあるかい?どんな主義や思想にも、それが作られる理由がある。彼らがどういった経緯でその考えを持つに至ったか、彼らの子孫に受け継がれていくのは何故なのか、その理由を知っているかい?”

”ううん・・・”

 

 イリスは恥じ入る思いだった。イリスは言うなれば、周りの学生たちの”純血主義”に対する意見から、おぼろげに『こんなものだろう』と理解しているだけで、それが作られるに至った歴史までは、詳しくは知らない。リドルの意見は、まるでイリスの様子を見透かしているようだった。

 

”もし君が周りの意見に感化されただけで”純血主義”を頭ごなしに否定しているのなら、それはとても危険な行為だし、本当に彼を理解したとは言えないんじゃないかな。

 ――そこで、リドル先生から君に宿題だ。”純血主義”について調べて来ること。提出期限は、また君がこの日記を開いてくれる時までにしよう”

 

 

 ドラコはスリザリン寮の談話室で、イライラとした様子を隠しもせず眉根を寄せながら、深いため息を零した。

 

 その原因は、彼のライバルであるハリー・ポッターだった。ポッターは――何とも腹立たしい事に――去年以上にイリスの傍にいて、番犬のように用心深く周囲を見渡し、ドラコがイリスに僅かでも近づく素振りを見せようとするものなら、問答無用で彼女の手を引っ張り、どこか遠くへ移動してしまうのだ。そのため、ドラコはイリスに会いたいが為に今日一日何とか粘ってはみたものの、結局彼女と目すら合わせる事が出来なかった。

 

 ――幸い、ここには父はいない。その事実は、ドラコに再びなけなしの勇気を奮い起こした。彼はホグワーツ特急の時、イリスに日記の事を問い質そうとした。しかし、何をポケットに入れているのかという事を聞くだけで、イリスは強い拒否反応を示し、脱兎の如く逃げ出してしまった。イリスは素直な子だ。ポッケに何が入ってる?と聞かれたら、迷わずポッケの中を見せてくれる子だ。その彼女がああまでして露骨に避けるという事は――恐らく、あの日記が彼女を操る”鍵”なのだと、ドラコは確信した。呪いのコインを始め、闇の魔術の道具は大抵身に付ける事でその効果を発揮する。その日記の効果は不明だが、それが彼女が起こすと言われる『事件』の元凶となるのなら、彼女の隙を突いてこっそりと盗み出し、どこかへ捨ててしまうしかない。だが、現状はその機会すらないのだ。

 

「ドラコ、どうしたの?そんな顔しないで」

 

 パンジーがやって来て、隣のソファに座り、親しげに話しかける。ドラコの額の青筋が、また一つ増えた。――去年から自分に対して嫌にまとわりついてくる、とは思っていたが、今年は特にひどい。授業中だろうが休憩中だろうがおかまいなしで、まるで金魚の糞のように傍を離れないのだ。一体何が目的なのか、彼女の目を見てドラコはすぐにピンと来た。彼女は自分の事ではない、その後ろ――つまりマルフォイ家を見ているのだと。――こいつも、他の『友達』と一緒だ。誰も僕の事なんか、見やしない。純粋に友達として慕ってくれるイリスと一緒に過ごす事で、ドラコは余計に――パンジーのような――マルフォイ家目当ての他の子供たちと接するのを、嫌に思い始めていた。

 

「いい加減にしてくれないか。僕に関わらないでくれ、迷惑だ」

 

 冷たく突っぱねると、パンジーは瞳を悲しげに潤ませながら言った。

 

「やっぱり、あいつの方が良いっていうの?あの”血の裏切り”の方が」

「彼女を侮辱するな!」

 

 ドラコが思わず声を荒げると、パンジーは驚愕に息を詰まらせる。どこから嗅ぎ付けたのか、取り澄ました様子の黒人の男の子――グレース・ザビニが、人を食ったような笑みを浮かべながらやって来た。

 

「おお、怖い怖い。御曹司様は、本日はお調子が宜しくないらしい。いや、いつも宜しくないか。あのマグル贔屓のグリフィンドールと付き合ってるんだものな。・・・おっと、彼女は『はるか昔に失われた高貴な血統』だったね、失敬。――行こうぜ、パンジー」

 

 その目と言葉は、明らかにドラコに対する蔑みを含んでいた。スリザリン生(ドラコ)グリフィンドール生(イリス)の友情は、イリスだけでなく、ドラコの交友関係にまで暗い影を落としていた。ドラコにとって、マルフォイ家は彼自身の自尊心に直結するものであり、彼の全てだった。――その完全無欠の家名が今、自分のたった一人の友達のために、傷つけられ、崩されようとしている。つまるところ、彼は、いくらマルフォイ家のお気に入りと言えども――”血の裏切り”のイリスと付き合いを一年間続けていた事で、周囲のスリザリン生から”反感を買ってしまった”のだ。元々幼い頃から、両親を始め周囲の人々にちやほやとされながら育ったドラコは、貴族の名を冠するに相応しい程プライドは高いものの、精神的な強さに欠けている。そんな彼にとって、この事実は耐え難いものだった。ドラコの生まれ持った鋼のようなプライドに、蜘蛛の巣のような亀裂が入る。

 

 パンジーは名残惜しげにドラコを見たが、ザビニに手を引かれて、どこかへ行ってしまった。

 

「そんなに彼女が好きなら、あの二人に捕獲させて、無理矢理”純血主義”に染めてしまえよ」

「・・・なんだと?」

 

 ドラコが振り向くと、何時の間にか、ノットが隣に立っていた。『あの二人』と彼が顎で指した先には、暖炉の脇で一心不乱に何かを貪り食うクラッブとゴイルの姿があった。

 

「どうして君が、彼女をいまだに好き放題にさせているのか、理解に苦しむね。いずれこうなる(・・・・)のは、利口な君なら分かっていた筈だろう」

 

 所詮、スリザリン生とグリフィンドール生の友情は成立しないのだと、ノットは遠回しに主張したいのだと察し、ドラコは忌々しげに唇を噛んだ。――わかっている、そんな事は。だから、こんなに苦労しているんじゃないか。その様子をノットは口元をきゅっと上げて微笑んで見やりながら、こう言い放った。

 

「彼女が君だけを愛するよう、君の愛玩人形になるよう、魔法をかけてもらったらどうだい?君の父上は(・・・・・)、そういうの得意だろう?」

「――黙れ!!」

 

 ドラコは息を荒げて立ち上がり、感情に任せてノットの胸倉を掴んだ。対するノットは、表情を崩さず、微動だにしない。その落ち着き払った様子さえ、ドラコには憎らしくてたまらなかった。――何様なんだ、こいつは。いくらこいつの父親が僕のパパと親密だからって、容赦はしないぞ。

 

 しかし、ノットの言葉は、ドラコに”あの時の光景”を甦らせ、彼の服を掴む手を鈍らせた。――違う。僕は父上とは違う。彼女を傷つけたりなんかしない。ドラコはイリスとまた他愛のない話をしたくて、たまらなくなった。あの青い宝石のような瞳で、真っ直ぐに自分を見てほしい。

 

 彼はノットを突き放すと、ふらふらと覚束ない足取りで自室へ戻り、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。父親の日記の事を早急に何とかしなければならないというのに、肝心のイリスには、憎きライバルのポッターが邪魔立てして会う事が出来ず、おまけに今の自分のスリザリンの地位はお世辞にも良いとは言えない――わずか一日の間にさまざまな出来事が重なった結果、ドラコの心は、今にも爆発しそうな位不安定になっていた。

 

 ――どうして、彼女はグリフィンドールになんか入ったんだ。スリザリンに入れば、こんな事には。大嫌いなポッターにも指一本触らせなかった。僕が全て、一から教えてあげられていれば、彼女はあんな――マグル贔屓にはならなかった。彼女が”血の裏切り”と蔑まれる事も、僕のスリザリンでの地位も――。ドラコは溢れて来る失意の涙を抑える事が出来なかった。イリス、僕はこんなに君を助けるために頑張っているのに、どうして――よりによって、ポッターの影になんか隠れているんだ。

 

 やがて涙が乾ききった頃、ドラコは浮かない表情でベッドから起き上がり、ふと自分の机を見て、目を見開いた。――手紙がある。ベッドを起き出して手に取り見ると、それは父からのものだった。恐る恐る開けると、そこには驚くべき事が書かれていた。

 

 何と――『最新の箒ニンバス2001を、スリザリンのクィディッチのチーム人数分、スネイプ教授宛に送った事と、ドラコをシーカーに推薦した事』が、息子の様子を心配する内容と共に書かれていたのだ。――父は自分を心配してくれているのだ。きっとダイアゴン横丁の時、箒が欲しいと強請った事を覚えてくれていたのだ。ドラコは父の事を――あんな事はあったが――やはり、愛しているし尊敬していた。

 

 父からの愛情の篭もった手紙を握り締めながら、彼は思った。――これはチャンスだ。初めての練習の時、早目に集合するようにキャプテンのフリントと交渉して、イリスを呼び出そう。ポッターなんかより、魔法界で生まれ育った自分の方が、きっとずっと上手くプレーできる自信がある。きっとイリスだって見直してくれる筈だ。その時、二人きりになれる時間と場所を作って、日記の事をどうにかしよう。――そして、パパに話すんだ。ドラコは自分に言い聞かせるように、何度も心の中で呟いた。パパは僕を愛している。言いつけを破ってもきっと許してくれる筈だ、と。

 

 ドラコは机に座り直すと、イリスに向けて手紙を書き始めた。

 

 

 夜七時、イリスとロンは連れ立って、グリフィンドールの談話室の一角へやって来た。今日は、新学期が始まって第一回目の『蛙チョコレート交換会』だ。交換会は、寮毎に行われたり、大規模なものでは四つの寮合同で大広間を借りて行われたりと様々だが、今回はグリフィンドール寮生だけの小規模なものだ。とりわけグリフィンドール内では、約五百枚のカードを収集しているロンは英雄扱いだった。交換会の次期会長候補との噂もある。ロンを見つけるや否や、カードを持った寮生たちが駆け寄る中、ネビルが嬉しそうに頬を綻ばせながら、イリスに歩み寄って来た。

 

「やあ。見てよ、僕、ついに四つの寮の創始者を揃えちゃった!」

「わあ、すごいじゃん!意外と揃わないのに。いいなー」

 

 ネビルが得意満面で、五角形のカードを四枚テーブルに並べたのを見て、イリスははしゃいだ。――イリスはまだ、サラザール・スリザリン以外の三人のカードを持っていないのだ。スリザリンだけは引きが良く、何故か十枚程持っている。ストックがやたらあるロンに交換してあげるよと提案されたが、カード集めに嵌まるにつれ、やはり多少苦労しても自分の手のみで集めたいという気持ちが先行し、イリスはしばらくは援助なしで頑張る事に決めた。しかし、ネビルの自慢話を聞いて、イリスも黙ってはいられなかった。負けじとポケットを探る。

 

「私も、見て。レゴラスとギムリ、ついに揃えちゃった!」

 

 イリスはカードを二枚取り出し、ネビルに見せた。容姿端麗で耳の少し尖った弓手とずんぐりむっくりした重戦士は、カード越しに互いに目を見合わせると、照れ臭そうにそっぽを向いた。ネビルは興奮して叫んだ。

 

「ワオ、マーリンの髭(すっごいや)!僕、まだレゴラスがないんだ。おめでとう!」

「ありがとう。やっぱり、この二人は並べて飾っておきたいよねー」

「そういうの、あるよねー。トーリンとビルボとかさ」

 

 いかに歴史上で、果ては神話上で、名を馳せた偉人たちであるといえども、子供たちの前では一枚のカードの人物に過ぎない。二人がほのぼのとした調子でカード談義に花を咲かせていると、交渉を無事済ませたロンがやって来たので、三人は菓子を摘まみながら(時に蛙チョコも開封しながら)、今度は世間話に花を咲かせ直した。

 

 ――宿題だ、イリス。”純血主義”について――

 

 イリスはふと、リドルの言葉を思い出した。開封した途端、逃げ出そうとする蛙チョコをパクンと口の中に投げ込みながら、目の前のロンとネビルを見て考える。――そうだ、二人は純血の魔法使いだ。イリスはどうしても、意味を尋ねたい言葉があった。ホグワーツ特急で、パンジーに投げかけられた言葉だ。彼女は、口の中の蛙チョコを咀嚼し切ってから、意を決して二人に話しかけた。

 

「ねえ、”穢れた血”って何?」

 

 ――やはりそれは、いけない言葉だったらしい。その証拠にロンはショックの余り、イリスを茫然と見つめたまま口をあんぐりと開き、両手に溢れる程持っていたカードをばらばらと取り落した。

 

「君、あいつにそこまで毒されちゃったのか!」

「違うよ!ドラコが言ったんじゃないったら!」

 

 ネビルに至っては、恐れおののきながら「マーリンの髭!」と取り憑かれたように繰り返す始末だ。イリスは慌てて首を横に振って否定しつつ、二人に列車で起こった出来事を話して聞かせた。ロンは本日五個目の蛙チョコをペロリと平らげながら、不快そうに眉をしかめてこう言った。

 

「”穢れた血”っていうのは、マグルから生まれたっていう意味の――つまり両親とも魔法使いじゃない者を指す最低の汚らわしい呼び方なんだ。魔法使いの中には、例えばパーキンソンやマルフォイの一族みたいに、みんなが”純血”って呼ぶものだから、自分たちが誰よりも偉いって思ってる連中がいるんだ。

 もちろん、そういう連中以外は、そんなこと全く関係ないって知ってるよ。ハーマイオニーのことをそんな風に罵るだなんて、ムカつくな、そいつ。あのパグ犬め!」

「まさかとは思うけど・・・このこと、ハーマイオニーに言ってないよね?」

「言ってない言ってない!!」

 

 ネビルに眉をひそめながら聞かれ、イリスは断固否定しながら、やっぱり三人に話した時、この事を伏せていたのは正解だったと心から思った。

 

「”穢れた血”だなんて!ほんと、狂ってるよ。どうせ今時、魔法使いはほとんど混血なんだぜ。もしマグルと結婚してなかったら、僕ら今頃絶滅しちゃってるよ」

 

 ロンはまだ腹に据えかねているのか、イライラとした口調で言い放ちながら、イリスを心配そうな目で見据えた。

 

「なあ、イリス、まじで君、マルフォイと付き合うのを止めた方が良いぜ」

「ドラコはそんなこと言わないよ」

 

 イリスはドラコを庇うが、ロンは呆れ顔で彼女を見つめる。 

 

「おいおい、あいつの父親が僕のパパのことを何て呼んだか、もう忘れちまったのかい?それに今日――君のいない間――中庭であいつ、コリンに絡まれたハリーに何て言いやがったと思う?

 ――僕らグリフィンドール生はみんな、君がいまだにあいつと友達でいることを疑問に思ってるぜ」

 

 ネビルも気づかわしげにイリスを見ている。イリスは彼女自身が思っている以上に、難しい立場にあった。

 

 




さりげにホビットの冒険ネタ入れました(^^♪ハリポタと指輪物語は大好物です。

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