ハリー・ポッターと虹の女神   作:セバスチャン

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Page5.君はどっちの味方?

 翌朝、イリスはマルフォイ家と共にキングズ・クロス駅へ向かった。沢山の人々でごった返す9と4分の3番線のホームで、ルシウスとナルシッサに別れを告げ、ドラコと共にホグワーツ特急に乗り込んだ。幸運な事に、一つ空いているコンパートメントがあったので、それぞれの荷物を下ろすと同時に、列車が走り始める。

 

 イリスはドラコの向かいの席に座り、ため息を零した。結局、今朝も出発までの準備で忙しく、ルシウスと落ち着いて話す事が出来なかったからだ。しかし、イリスの心は決まっていた。ルシウスの提言する『純血の魔女としての教育』が、ハリーたちを拒絶しロンの家を侮辱する事へ繋がるなら――そんなものは御免だった。

 

 ――でも。心の中で、怯えた自分の声が囁きかける。いくら私がそう決意してたって、また呪いのコインを送られたり、手紙を妨害されたら?あの人に逆らっちゃダメ。イリスの頭の奥に根付いた服従の呪文の残滓が、彼女に警鐘を鳴らす。

 

「イリス、何をしてるんだ?」

「・・・え?」

 

 不意に向かい側から咎めるような鋭い声が飛んできて、イリスは窓際に向けていた視線をドラコへと移した。どこか警戒しているような彼の目は、イリスの手元を凝視している。――何事かと思って確認したイリスは、ぎょっとした。

 

 イリスは自分でも意識しないうちに、上着のポケットに片手を突っ込み、その中に仕舞い込んでいた日記を撫でていたのだ。――日記の事は知られてはいけないんだ!慌ててポケットから手を離すが、ドラコの追撃は止まらない。

 

「列車が走り始めてからずっと、そうしてたぞ。――中に何が入ってるんだ?」

「・・・えっと・・・」

 

 ドラコから目を逸らしながら必死で言い訳を探すイリスは、彼の固い表情が悲壮な覚悟を秘めているのに気が付かなかった。間もなくコンパートメントの戸が開いて、一足先に車内販売へ行って来たのか、腕一杯に菓子を抱え込んだクラッブとゴイルがやって来た。――助かった。イリスは生まれて初めて、二人に感謝の思いを抱いた。

 

「ちょっと、席を外すね」

 

 イリスはドラコに声を掛けてから席を立ち、二人に軽く挨拶をしながら、入れ違うような格好で通路へ出た。――恐る恐る振り向くが、ドラコは追いかけては来ない。良かった。イリスはまた、ポケットの中の日記をひと撫でした。

 

 そうだ。せっかく外へ出たのだし、ハリーたちに会いに行こう。イリスがグリフィンドール生の固まった方の車両を目指して歩いていると、不意に足元に投げ出された足につまづいて、イリスは見事に転倒してしまった。

 

「トロトロ歩いてんじゃないわよ。グリフィンドール(・・・・・・・・)

 

 蔑んだ声に頭を上げると、気の強そうな顔つきのスリザリンの女生徒が二人、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべてイリスを見下ろしていた。――その二人に、イリスは見覚えがあった。つんとすました様子の女の子はパンジー・パーキンソンで、その隣に立っているがっしりした体格の女の子はミリセント・ブルストロードだ。両方とも、イリスを含むグリフィンドール生を目の敵にする嫌なやつだ。イリスは、百味ビーンズの泥味に当たった時のように顔をしかめながら、げんなりした。

 

「何でこんな所にいるわけ?”血の裏切り”。あんたの席はあっちでしょ?」

 

 二人は、余程イリスの事が気に入らないらしい。パンジーがグリフィンドール生が固まった車両の方を顎で差し、よろよろ立ち上がったイリスの肩を小突いた。――だから、今から行こうとしてたのに!イリスはむかっ腹が立って言い返そうと息を吸い込んだが、先程彼女の言った”ある言葉”が妙に心に引っかかった。

 

「”血の裏切り”?」

 

 そういえば、ダイアゴン横丁での喧嘩の時、ルシウスもアーサーに対してその言葉を使っていた。その言葉を切っ掛けとして二人は殴り合いを始めたのだから、決して良い意味ではないだろうと推測されるが。イリスがおうむ返しに問いかけると、ミリセントがイリスの両腕を力任せに掴み、壁に押し付けながら、耳障りな笑い声を上げた。

 

「そうだ。マグル界育ちのあんたは知らないのよね。この常識知らず!」

「あんた”純血”なんでしょ?その癖に、あの出っ歯で頭でっかちのグレンジャー――”穢れた血”と仲良くしてるなんて、あんたは流れている魔法族の血を裏切ったも同然なのよ。だから”血の裏切り”って言うの。お分かり?」

 

 パンジーが絡みつくような声で、後を続ける。イリスはカッとなった。自分の事はいくら馬鹿にされても構わないが、友達の事を馬鹿にされるのは許せない。”穢れた血”という発言の意味は解りかねるけれど、それも”血の裏切り”と同じように、相手を蔑むための言葉である事はイリスにも想定できた。ミリセントの拘束を抜け出そうとやっきになりながら、イリスはほくそ笑むパンジーを憎々しげに睨み付ける。

 

「私の友達を馬鹿にしないでよ!」

「――そこまでにしろよ、パーキンソン」

 

 不意に穏やかな声がして、誰かがイリスに背を向け、パンジーらに正面を向くような形で、三人の間に割り込んで来た。――聞き覚えのない声に、痩せた体躯の男の子だ。イリスは突然の仲裁者に驚き、さっきまでの怒りのボルテージが急降下していくのを感じていた。

 

 彼が何かをミリセントに耳打ちすると、彼女は面白くなさそうに舌打ちをしながら、イリスを解放した。パンジーは不服そうな声を出し、最後に男の子の肩越しにイリスを一睨みしてから、ミリセントと連れ立って去って行った。

 ――嵐は去った。イリスは全身に入れていた力を抜き、安堵のため息を零しながら、助っ人に感謝の言葉を送った。

 

「助けてくれてありがとう」

「別にいいよ。僕はセオドール・ノット。君と同学年のスリザリン生だ」

 

 ノットは振り返ると、手を差し出してイリスに握手を求めた。精悍な顔立ちをしていて、その目は荒野で生きる一匹狼のように、孤独と知性を秘めている。彼は興味深げにイリスをじっと見つめたまま、暫く繋いだ手を離さなかった。

 

「私は」

「知ってるよ。イリス・ゴーントだろ?スリザリン生(ぼくら)の中じゃ有名人だよ、君」

 

 自己紹介しようとしたイリスの言葉を遮るようにして、ノットは笑いを含んだ声で告げる。・・・『有名人』。イリスは自嘲気味に笑った。彼女の中でその理由は決まっている。

 

「・・・落ちこぼれで泣き虫の、忘れん坊だから?」

「まあ、それもあるけど」

 

 ノットは悲しい事に否定しなかった。見るからに落ち込んだイリスの様子が面白かったのか、吹き出しながらも彼は続けた。

 

「君が、あのマルフォイ家の”お気に入り”だからだよ」

 

 イリスはびっくりして、彼を見上げた。どうしてマルフォイ家の”お気に入り”だったら、スリザリン生の注目の的になるんだ?彼女の疑問は、そのまま言葉になった。

 

「なんでドラコの家の”お気に入り”だったら、有名になるの?それに私、そんな――”お気に入り”なんて大げさだよ。休暇中に遊びに誘ってもらってるだけだし」

「それが”お気に入り”って言うんだよ、イリス」

 

 ノットはまたも吹き出しそうに口元をひくつかせながら、きっぱり言い切った。

 

「マルフォイ家から直々にお誘いを受けて、休暇の度に屋敷で過ごす。君専用の部屋まで用意してもらって、パーティーでは客人扱い。それがどんなに光栄な事か。並大抵の家柄の子供じゃあ、どれだけ懇願したって到底無理な事を、君はいとも簡単に成し遂げているんだ。――マルフォイ家は国内では、一、二を争う”純血”の最大級の名家だからね。みんな君が『遥か昔に失われた、とんでもなく高貴な家柄の出身』なんじゃないかって噂してるよ」

 

 イリスは慌ててかぶりを振った。マルフォイ家が途方もない大金持ちだと言う事は、屋敷を訪れる度に痛感していたが――まさか、スリザリン生の憧れの的になる位、有名な家柄だったなんて知らなかった。――それに自分に対して、そんな根も葉もない噂が立っている事も。

 

「私、高貴な家柄なんかじゃないよ、ノット。ルシ・・・ドラコのお父様と私のお父さんが昔友達だったから、親切にしてくれてるだけだよ」

「――へえ?(・・・)

 

 ノットは片眉を上げ、意味ありげな含み笑いをした。

 

「君は”マルフォイ家の御曹司の友人”という自分の立場を、もう少し自覚するべきだと思うよ。――純血主義に染まらず、”血を裏切る”ような交友関係を続ける君に対して、さっきのように反感を持つ奴が出始めてきている。ただでさえ、スリザリン生(マルフォイ)と仲良くするグリフィンドール生(きみ)は、悪目立ちしてるんだ」

 

 ――あんた”純血”なんでしょ?――”穢れた血”と仲良くしてるなんて――”血の裏切り”――

 先程、パンジーに投げつけられた言葉が思い起こされ、イリスはノットを見上げながら、唇を噛み締めた。

 

「私、反感を持たれたって、かまわない。血で人を判断したりしない」

「じゃあ、マルフォイとは袂を分かつ事になるな。あいつは生まれた時から、筋金入りの純血主義だ」

「ドラコは、あんな酷い事、言ったりしないよ!」

 

 イリスが噛み付くように言うと、ノットはますます笑みを深めた。

 

「何でそう言い切れるんだ?なあ、君らはお互いの価値観をきちんと話し合った上で、仲良くしているのか?休暇中にするくだらない世間話やチェスだけで、あいつの全てを分かったつもりかい?――イリス、君がマルフォイに対してどんな幻想を抱いているか、知りたくもないが、一つ教えてやる。あいつは僕らの中で誰よりも、”純血”である事を誇りに思っている。君の知らない所で、あいつは君の言う”酷い事”を言っているぞ」

 

 ノットの言葉は、イリスの痛い所をこれでもかという位、突いた。ドラコが自分の与り知らない場所で、さっきパンジーが言ったような差別的な言葉を使ってるだって?凍り付いたような表情で黙り込んだイリスを見て、彼は尚も言葉を続ける。

 

「君の選択は二つしかない。――純血主義を受け入れ、晴れてマルフォイの”本当の友達”になるか、”穢れた血”と手を取り合う”血の裏切り”になり、僕らの敵になるか。・・・おっと、”両方と仲良くなる”なんて馬鹿な事を言うなよ?どちらかを手に入れるには、どちらかを捨てなきゃならないんだから」

「私は――私は、純血主義になんかならないよ、ノット」

「その言葉、僕よりもマルフォイに言ってやれよ。まあ、間違いなくあいつに嫌われるけどな。――そうしたら今みたいに、ふわふわした甘ったるいチョコレートみたいな関係じゃいられなくなるだろうね」

 

 イリスは涙混じりの目でノットを睨むと、踵を返して、元のコンパートメントの席に戻るしかなかった。――グリフィンドールの車両へ行くには、通路を通せんぼするようにして立っているノットを何とかしなければならなかったからだ。

 

 

 列車は無事プラットホームに停車し、イリスは一年生とは違う上級生用のルートでホグワーツへ到達した。スリザリンのテーブル前でドラコ達と別れを告げ、グリフィンドールのテーブルへ向かっている途中、懐かしい声と共に背後から急に熱いハグをかまされた。

 

「イリス!会いたかったわ!」

 

 びっくりして振り向こうとすると、良い匂いのする豊かな栗色の髪が頬に当たる――ハーマイオニーだ。

 

「ハーミー!」

 

 イリスは心の中いっぱいに幸せの風船が膨らみ、たちまち幸福な気分で満たされていくのを感じた。ハーマイオニーはイリスの知る限り、一番賢くて(実際、去年の首席だった)、優しくて、笑顔がチャーミングで、長所を言えばきりが無い位の自慢の友人だ。――こんなに素敵な人を、パンジーは彼女に流れる”血”だけで蔑んだ。

 

「どうしたの?」

 

 イリスが黙りこくったまま、ハーマイオニーから離れようとしなかったので、彼女は訝しげな声を上げた。

 

「ううん。何でもない。――大好きだよ、ハーミー」

 

 ハーマイオニーは嬉しそうに笑うと、イリスの頭を撫でた。

 

「私も大好きよ、イリス。さあ、早く席に座りましょう?」

 

 二人は目を合わせて微笑みあうと、隣同士の席に座った。残りのグリフィンドール生も続々とテーブルへ到着し、ネビルやパーバティ、ラベンダーなどの友人たちとも、イリスは久々の再会を喜んだ。――だが、いつまで待っても、肝心のハリーとロンの姿が見当たらない。

 

「あれ?ハリーとロンは?」

 

 イリスが辺りをキョロキョロと見回しながら尋ねると、ハーマイオニーの顔に陰りが差した。

 

「それが・・・わからないの。列車にもいなかったし。心配だわ」

「え?」

「きっとあの二人は、マルフォイ家に拉致られてしまったに違いない!」「今頃、手酷い拷問を受けているだろうさ」

「そんなわけないでしょ!」

 

 何時の間に来ていたのか、フレッドとジョージが、皮肉たっぷりの笑顔を滲ませながら、イリスのそばで悪戯っぽく混ぜっ返す。ハーマイオニーが窘めると、二人は「怖い怖い!」と揃って吹き出しながら、彼らの親友――リー・ジョーダンの元へ去って行った。ハーマイオニーはため息を零すと、改めてイリスに向き直り、どこか自分にも言い聞かせるような口調で言った。

 

「あの二人だもの、きっと大丈夫よ。それより、イリス、あの後(・・・)何があったの?貴方、何か言い掛けてもいたでしょう?」

 

 イリスはハーマイオニーに、何があったのかを話して聞かせた。ルシウスによる一連の行動の、本当の理由は――彼が毛嫌いするウィーズリー家に行かせるのを阻止するためと――イリスに『”純血”の魔女らしい生き方』をしてほしいと思っているためだ、という事を。ハーマイオニーは、合点がいった様子で頷いた。

 

「そういう訳だったのね。これで今までの強行も納得できたけれど・・・何というか、災難だったわね」

「ほんとはね、その事についてもっとルシウスさんと、ちゃんと話したかったんだけど・・・私が宿題をしていなかったから」

 

 イリスは言ってしまってから、しまった!と思い、口を噤んだ。しかし、ハーマイオニーは聞き逃さなかった。ついさっきまでイリスを心配そうに見ていた目は、獲物を射るような鋭さを帯び、一言一言区切るように、彼女は問いかけた。

 

「待ちなさい。宿題を、何ですって?」

「ええっと・・・あのう・・・」

「貴方――まさか――宿題をやっていなかったの?」

 

 イリスは渋々『残りの三日間で、殆どしていなかった宿題をドラコに手伝ってもらいながらやり遂げた事』を告白した。――それは、ハーマイオニーの怒髪天を衝いた。イリスはその時確かに、怒りに震える彼女の栗色の髪が、一本一本逆立ったのを見た。

 

「――三日間ですって!!!」

 

 その声の大きさたるや――テーブル中のグリフィンドール生達が、一瞬お喋りを中断してこちらを見るほどであった。顔から火が出る位の恥ずかしい思いをしながら、イリスは必死にハーマイオニーを宥めようとしたが、彼女の憤怒は静まらない。それもその筈だ。勤勉な彼女にとって、イリスのルーズすぎる行動は、到底許し難いものであったからだ。

 

「マルフォイのお父様が気が付かなかったら、どうなっていたか、貴方、わかっているの?!落第になったかもしれないのよ!!」

「あ、ほら、ハーミー!組分けの儀式が始まるっぽいよ!」

 

 ハーマイオニーよ、鎮まりたまえ――!イリスは懸命に神様に祈った。そして、その願いは確かに聞き届けられた。マクゴナガル先生が前に進み出て、組分けの儀式がもうじき始まるから、静かにするように、と生徒達に告げたのだ。――これで一先ず助かった。隣から、『まだ話は終わっちゃいないのよ』と言わんばかりの彼女の強い視線を感じるが、イリスは素知らぬ振りを決め込んだ。

 

 

 組分けの儀式は、いざ自分の番が終わった二年目になると、見ているだけなので意外に退屈だった。去年、緊張でパニック状態に陥っていたイリスと同じような顔をして、一年生が一人一人、組分け帽子の叫んだ寮のテーブルへと駆けていく。ふと横を見ると、ハーマイオニーが頬杖を突きながら、夢見る瞳で、教職員テーブルに座るロックハート先生を眺めていた。波打つブロンド、輝く碧眼のとてもハンサムな男性だ。ゴブレットを小粋に持ち、優雅に何かを飲んでいる。

 

「彼って、何て素敵なの!ねえ、イリスはもう彼の本は全部読んだ?」

「うん、読んだよ。ハリウッドスターみたいで、確かにカッコいいよねー」

 

 イリスは教職員テーブルの一番端に座り、ロックハートとは対照的に――ゴブレットを豪快に持ち、中身をグイグイ飲み干しているハグリッドと目線がパチンと合って、手を振り合った。そのまま無意識に周囲を見渡すと、席が一人分、不自然にぽっかりと空いている事に気づく。

 

 誰か一人、先生が足りない。・・・スネイプだ。イリスはハッと息を飲んで、思わず隣のハーマイオニーを小突いて、組分けの儀式を邪魔しない程度の小声で話しかける。

 

「ねえ、スネイプ先生がいないよ。どうしたんだろう?」

「本当だわ。風邪でも引いたのかしら?」 

 

 二人がこそこそと話している最中にも、儀式は順調に進んでいく。以前、ダイアゴン横丁で見かけたウィーズリー家の末の女の子、ジネブラ・ウィーズリーは、無事グリフィンドールに決まった。兄達と同じ燃えるような赤毛に、そばかすが特徴的な、健康的で可愛らしい女の子だ。

 

「さっき帽子がジネブラって言ってたけど、私のことはジニーって呼んで。あの時はちゃんと挨拶できなかったから。よろしくね」

 

 ジニーは輝くような笑顔を浮かべて、イリスに握手を求めた。

 

「よろしく、ジニー。私、イリス・ゴーント」

 

 ジニーはイリスの向かい側――ネビルの隣に腰掛けた。彼は、早くも彼女の魅力にメロメロだ。儀式が全員完了すると、ダンブルドア校長が前に進み出て”二言、三言”話したので、イリスは他の在校生と一緒に笑ってしまった(そして、やっと去年、在校生が笑った本当の意味がわかった)。テーブルに現れたフライドポテトを自分の皿に取っていると、ネビルが興奮した様子で話しかけて来た。

 

「ねえ、ハリーとロン、噂が立ってるらしいよ」

「何の噂?」

「何でも、空飛ぶ車でホグワーツへ来たんだけど墜落しちゃって、退校処分になったんだって」

「馬鹿らしい!そんなのウソに決まってるわ」

 

 ハーマイオニーが小馬鹿にしたように言い捨てると、向かいの席で黙って話を聞いていたジニーが、慌てて大広間の扉の方角を指さした。――漆黒のローブを翻し、スネイプが真っ直ぐに教職員テーブルへと歩いていく。その口元は、込み上げる笑みを懸命に堪えているようにひくついていた。やがて彼はマクゴナガル先生のそばへ行き、何事か囁いた。マクゴナガル先生は、遠目でもわかる位――顔を真っ青にして、スネイプと共に大広間を出ていく。

 

「・・・まさか」

 

 四人は静まり返った。テーブルには、頬っぺたの落ちるようなデザートが所狭しと並んでいるが、手に取る気にもならない。暫くして、再びスネイプ(今や彼は、完全に悦に入ったような表情をしていた)が大広間へ戻り、今度はダンブルドア校長と連れ立って出て行った。

 

 ――最早、疑う余地はなかった。そもそも何故、ホグワーツ特急があるのに、空飛ぶ車なるもので登校しなければならなかったんだ?あれこれと四人で話し合っているうちに、ダンブルドア先生が戻って来て、いつもと変わらない穏やかな調子で、歓迎会が終わった事を手短に告げた。

 

 

 四人は他の在校生と一緒に、監督生のパーシーに付いて、ボソボソ呟く肖像画や、ギーギーと軋む像を通り抜け、いくつかの狭い階段を上がり、懐かしいグリフィンドール塔を目指して歩いた。談話室に着いた時、イリスはそわそわしながらハーマイオニーに提案した。

 

「ねえ、二人を探しに行かない?」

 

 ハーマイオニーは真剣な表情で頷いた。二人は談話室を出て、うろうろと人気のない校内を彷徨い歩く。――だが、ハリーとロンの姿は見当たらない。まさかとは思うが、本当に退校処分になってしまったのか?イリスは、あの二人なしの学校生活なんて、耐えられなかった。

 

「イリス、もう遅いし、一旦談話室へ戻りましょう」

「うん・・・」

 

 意気消沈した様子のハーマイオニーに促され、談話室へ戻ろうとした時――奇跡が起こった。「太った貴婦人」の肖像画の前に、探し求めていた人物を見つけたのだ。イリスは思わず叫びながら、二人にダッシュで近づき、その勢いで渾身のタックルをかました。

 

「ハリー!ロン!もうっ、心配したんだからねっ!!」

「うぐっ!」

「イリス?!」

 

 二人は突然の衝撃に目を白黒させながらも、イリスを受け止めてくれた。二人から、わしわしと大型犬のように頭を撫でられるイリスを見ながら、ハーマイオニーも嬉しそうに頬を綻ばせ、駆けて来る。

 

「やっと見つけた!いったいどこに行ってたの?ばかばかしい噂が流れて・・・ネビルが言ってたんだけど、あなたたちが空飛ぶ車で墜落して退校処分になったって」

「ウン、退校処分にはならなかった」

 

 ハリーはハーマイオニーを安心させようと、努めて穏やかな声で言った。しかしそれは逆効果だったようだ。彼女はきゅっと愛らしく上がっていた口角を、真一文字に引き結ぶと、厳しい口調で追及する。

 

「――まさか、ほんとに空を飛んでここに来たの?」

「お説教はやめてくれよ。それより、新しい合言葉は?」

 

 ロンはこれ以上のお説教は御免だ、と言わんばかりに、イライラと言い放った。イリスは、睨みあうロンとハーマイオニーの間に慌てて入り込みながら、取り繕うように言った。

 

「『ミミダレミツスイ』だよ。でも、ほんとに退校処分にならなくてよかった」

「全く、貴方たち三人(・・)には本当に驚かされるわ」

「・・・?イリス。君、何かやらかしたのかい?」

「ななな、何でもないよハリー!『ミミダレミツスイ』!!」

 

 イリスは、狼狽しながら大声で合言葉を叫んだ。お説教を御免蒙りたいのは、イリスも同じ事だった。肖像画が開いた先で四人を待ち受けていたのは――驚くべき事に、溢れんばかりの拍手の嵐だった。もう夜も更けているというのに、グリフィンドールの寮生は全員まだ起きていて、傾いたテーブルの上や、ふかふかの肘掛け椅子に立ち上がったりして、偉業を成し遂げたハリーとロンの到着を待っていた。成す術もなく穴の中へ引き摺り込まれていく二人の様子を、残されたイリスとハーマイオニーが、呆気に取られたように見つめる。やがてイリスはハーマイオニーを促して、それぞれ穴を通って談話室へと入った。今やハリーとロンは、熱狂渦巻く人いきれの中心にいた。

 

「やるなぁ!なんてご登場だ!車を飛ばして『暴れ柳』に突っ込むなんて、何年も語り草になるぜ!」

 

 リー・ジョーダンが感極まった調子で叫んだ。彼だけでなく、みんな口々に二人を賞賛している。イリスも今更になって、空飛ぶ車の話を聞きたくなってきたが――隣にいるハーマイオニーが、今まで見た事のない位のしかめっ面をしていたので、黙って様子を見守る事に決めた。二人共、表面上はバツの悪そうな顔を装っているが――唇の端っこだけは、今にも得意げに笑い出しそうにヒクヒク動いていた。二人は、ハーマイオニーと同じくしかめっ面をした監督生パーシーに捕まる前に、足早に螺旋階段へと向かう。

 

「おやすみ」

 

 いまだ興奮冷めやらない様子の同級生たちに背中をバシバシ叩かれながら、ハリーとロンは、イリスとハーマイオニーに声をかけた。

「おやすみ」と返したのは、イリスだけだった。




読んでくださった方、評価を付けてくださった方、感想をくださった方、お気に入りに追加してくださった方、本当にありがとうございます。

そして、あらすじ結局変えました。すみません…。

今回は各話の中で一番、難しかったというか、頭を悩ませられました。タイトルも変えました。
前半(スリザリン)と後半(グリフィンドール)の温度差ひどい(笑)
でもスリザリン生ズ、大好きだー!


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