ハリー・ポッターと虹の女神   作:セバスチャン

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≪登場人物紹介≫
●イリス・イズモ・ゴーント(日本名:出雲いりす)
本作の主人公。イギリス人と日本人のクオーター。
●イオ・イズモ(日本名:出雲いお)
イリスのおば、エルサの妹。イリスの育て親。イギリス人と日本人のハーフ。
●エルサ・イズモ(日本名:出雲えるさ)
イリスの母、イオの姉。イギリス人と日本人のハーフ。故人。
●ネーレウス・ゴーント
イリスの父。イギリス人。故人。


賢者の石編
File1.ホグワーツからの手紙


 小さな島国、日本。自然豊かな山々に囲まれ、有名な観光地や特産物があるわけでもなく、一言でいえば「何にもないド田舎」と言ってもなんら差支えない、とある小さな田舎町。

 

 過疎化が急速に進んでいくその町中に、ひっそりと出雲神社は立っていた。

 

 季節は夏、暦は7月。歴史だけは非常に古い(いつ頃建ったのかもわかっていない)その神社の境内で早朝、今年11歳になる神社の娘・出雲イリスは箒を掃き掃除をしていた。巫女の服装をしているが、容姿は限りなく西洋人に近い。白い肌に青っぽい瞳、黒檀のような髪はうなじ辺りで短く切り揃えている。

 

 イリスが西洋人のような容姿と名前を持つ理由は、イギリス人のクオーターだからだ。

 

 育て親のイオおばさんから聞いたところによると、母の母・つまりイリスの母方の祖母は出雲家の純粋な日本人だったが、放浪癖があり、何かと窮屈なしきたりのある実家を飛び出して世界中を旅して回るうちに母の父・つまりイリスの母方の祖父であるイギリス人と出会い、イリスの母・エルサとイオを生んだ(ブルーの瞳は父方の家系ゆずりらしい)。

 

 エルサたちが物心つくまで祖父母はイギリスで暮らしていたが、ある日祖母とエルサたちのみが日本の実家へ帰ってきて、細々と生計を立てていた祖祖父母たちに娘たちを預けて、祖母は再び姿を消した。その後、二度と祖母を見ることはなかった、とイオおばさんは遠い目をして語った。

 

 祖祖父母たちはエルサたちを自分の子供のようにかわいがり育てた。

 

 イオは持ち前の人懐っこさと社交能力で、最初は異形の子だと警戒していた地元の人々とすっかり仲良くなり、神社の跡継ぎになった。

 

 エルサは外国の学校へ留学しそのまま仕事につき、学校で知り合ったイギリス人と結婚し、イリスが生まれた。だがイリスがまだ赤ん坊の頃に、両親は交通事故で亡くなってしまった。

 

 それからは唯一の親族であるおばのイオが女手一本でイリスを育ててきたのだ。

 

 イオおばさんのおかげで、この田舎独特の閉鎖的な社会の中でも、イリスはいじめられたことがなかった。あまりにトロくマイペースなことをからかわれることはあったが、皆出雲神社の子だと温かく接してくれた。

 

 だからイリスはこの町が好きだし、人々も好きだし、この町唯一のショッピングモール兼アミューズメントパークでもあるジェスコも好きだった。

 

 

 さて、イリスの通う小学校は夏休みを迎えたばかりだ。これから9月まで何をして過ごそう。

 

 うきうきした気持ちで塵取りにごみを集めていると、周囲の蝉の煩い鳴き声に交じって、ほう・ほうという大きな鳥の鳴き声と羽ばたく音が聞こえた。

 

 何の鳥だろう。周囲を見回すと、大きな鳥が空へ飛び去っていくのが見えた。

 

「イリス、朝ご飯だぞ。ついでに新聞取ってきてくれ」

 

 ぼんやりと空を眺めていると、イオが本殿横の居住所の玄関から顔を出して、いつものようににっこり笑いながらイリスに伝える。イリスと同じ青い瞳を持ち、艶やかな黒髪をポニーテールにしたスレンダーな女性だ。

 

「はーい」

 

 のんきに答えながら、階段下の郵便受けまで行くと、鉄製の小さな扉を開け、中身を抜き出す。新聞にガスの振込み書、ダイレクトメール・・・それに、イリス宛の手紙。しかも英語だ。イリスはまじまじと手紙を見つめた。

 

『日本 ○○市 ○○町 出雲神社 イリス・イズモ・ゴーント様』

 

 なにやら分厚い、重い、黄色みがかった変わった素材の封筒に入っている。宛名はエメラルド色のインクで書かれていて、切手は貼られていない。裏返すと、紋章入りの紫色の蝋で封印がしてあった。真ん中に大きく”H”と書かれ、その周りを4匹の動物が取り囲んでいる。

 

「イリス・イズモ・ゴーント・・・」

 

 自分のフルネームを知っているのはおばさんだけのはずなのに、この手紙の送り主は何者なんだろう。ゆっくりと手紙を開ける。

 

『親愛なるゴーント殿、このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに・・・』

 

「おばさん!おばさん!」

 

 息せき切って居間へ駆け込んできたイリスに、イオはびっくりして飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。

 

「どうしたんだイリス、そんなに興奮して・・・」

「これ見て!私魔法使いになるんだよ!」

 

 瞳をきらきら輝かせてイオにホグワーツからの手紙を見せると、イオの表情は途端に険しい表情になり、手紙をそっと取り上げて見つめたまま黙り込んだ。

 

「・・・こんなのでたらめだ。最近ニュースでやってる子供だましの詐欺だよ」

 

 そう冷たく言うと、イオは手紙をためらいなく破り捨て、ゴミ箱へ放り込んだ。

 

「えっそうなの」

「ああそうだ」

 

 イリスはしょんぼりと項垂れた。日頃子供向けのアニメを好んで見ていたので、きっと魔法少女になれると思い込んでいたのだ。

 

 信頼するおばの言葉を素直に信じ込み落ち込むイリスに、イオは明るく話しかけた。

 

「そんなことより、早く手を洗って朝ご飯を食べな。今日はジェスコへ映画でも見に行こう」

「ほんとっ?!ポップコーンも食べていい?」

「もちろんだとも」

 

 途端に歓声を上げて洗面所へ駆けていくイリスを笑顔で見送ると、イオは両手で顔を包み込んで急激に溢れてくる涙と悲しみを隠した。

 

「ああ神様!エルサ!来てしまった、とうとうホグワーツからの手紙が・・・!」

 

 破り捨てたところで、相手は魔法使いの集団だ。彼らの言うスクイブが一人立ち向かったってどうにもならない。

 

 ・・・そうだ、わたし一人ではあの子は守れない。

 

『あの子はホグワーツへ行かなければならない』

 

 脳裏にある魔法使いと交わした約束が彼の言葉と共に蘇る。

 

 エルサやネーレウスとも、あの子を預かる時約束したじゃないか。

 

 瞳が溶けるように熱い。顔を覆った両手から涙が幾筋も流れ落ちる。

 

 あの子がわたしの手を離れて、手の届かない世界へ行ってしまう。エルサみたいに。胸が張り裂けそうだ!

 

 ・・・だが、エルサとの約束は果たさなければならない。エルサがイリスのためにならないことなんか、わたしに約束させるわけがないんだ。

 

 バタバタと洗面台からイリスが慌ただしく戻ってきた頃には、イオは泣き顔をなんとか治めて二枚目の食パンにバターを塗っていた。

 

 

 イオの心配通り、手紙は日を重ねるごとにその数を増やしていった。7月の中旬頃には郵便受けから入りきらなくなった手紙が地面に散らばり、ふくろうが日中神社付近で頻繁に見かけられるようになった。

 

 ついにイオは「大事な話がある」と言って自室で夏休みの宿題をしているイリスを居間へ呼び出した。

 

「なあに、おばさん」

 

 屈託のない顔でテーブルにつき、自分の顔を覗き込むイリスをそっと見つめ返して、イオは一度目をつぶって深呼吸をした後、言葉を一つ一つ区切るようにゆっくりと言った。

 

「最初にホグワーツからの手紙が届いたとき、わたしはその手紙をでたらめの詐欺だと言ったな。・・・あれは嘘だ。あれは本当の、魔法の世界からの招待状だよ。ホグワーツは本物の魔法使いや魔女を育てる学校なんだ。・・・イリス、お前は魔女だ」

「・・・・・・え?」

 

 今、おばさんは何と言った?

 

 イリスは間の抜けた返事をした口をポカンと開けたまま、閉じることを忘れた。

 

 頭が真っ白になって、どくん、どくんと心臓が早鐘を打ち始める。

 

 私が魔女だって??ジョークを言っているのだろうか。だがおばさんは明るく話し上手だが、人をだますような嘘はつかないし、そういうことはするなとも常々イリスに言い聞かせているし、現に彼女の顔は真剣そのものだった。嘘みたいな話だけれど、嘘を言っているとは思えない。イオはなおも言葉を続ける。

 

「お前の父さんも母さんも立派な魔法使いと魔女だった。お前が赤ん坊の頃に・・・『悪い魔法使い』に殺されたんだ」

 

 イリスはどんどん鼓動が早まっていく心臓が今度は止まるかと思った。殺されただって?今までずっとイオから交通事故でなくなったと聞かされていた。

 

「こ、殺された・・・?交通事故じゃなくて?」

 

 イオはその言葉が来ると思った、という顔をして、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「すまない、お前にホグワーツからの手紙が来るまでは、魔法界に関することは一切話さないとお前の両親と約束したんだ。・・・だから嘘をついた、本当にすまない」

 

 いつも勝気なおばさんが瞳に涙を浮かべて自分に対して謝る様子を見て、イリスはそれ以上何も言えなかった。というよりも、疑問が多すぎて、驚くべき事実が多すぎて、何も言えなかったのだ。真っ白になった頭の中でどうにか一つの疑問をつかみ取り、イオに尋ねる。

 

「そ、その『悪い魔法使い』は、どうして・・・お父さんたちを殺したの?」

「自分の仲間にならなかったからだよ」

「そんな理由で・・・人を殺すの?」

「ああ、誤解しないでくれイリス。魔法界はそんな物騒な考えのやつばかりじゃない。そいつがとんでもなく異常だっただけだ。当時の魔法界はそいつ一人のせいで恐慌状態に陥った。今でもそいつに関する話題を出したり名前を言うことは禁忌とされている。多くの魔法使いや魔女がそいつに殺されたり、死ぬより酷い目にあったと聞く。だが安心してくれ、今はそいつはいない。一人の赤ん坊がそいつを倒したんだ」

「赤ん坊が?!」

「そう、原因は定かではないが、その赤ん坊の両親を殺し、赤ん坊をも殺そうとした時、そいつは死んでその子は生き残った。今はお前と同じ年になっているはずだ」

 

 まるでおとぎ話を聞いているみたいだ。自分のことなのに、他人事のようにも感じる。

 

 それもそうだ、今まで事件らしい事件もなく、平和に平凡に小さな社会で暮らしてきた子供が、今までの常識をくつがえすような事実・・・魔法界だの悪い魔法使いに両親が殺されただの聞かされては、パニック状態にもなる。

 

 目が点状態のイリスを見て、イオは咳払いを一つした。

 

「本物の魔法界はアニメの世界みたいに楽しいことばかりじゃない。危険なことや辛いことだってたくさんある。それでもお前はホグワーツに行って魔女になりたいか?」

 

 そう言って、イオはホグワーツからの手紙をイリスに差し出した。また疑問が一つ浮かんだ。

 

「・・・お父さんとお母さんは、立派な魔法使いだったの?」

 

そうイリスが聞くと、イオは優しく微笑んだ。

 

「ああ、とてもね。二人とも誰よりも勇敢で優しく賢くて、強かった。少なくともわたしはそう思ってる。二人はお前のことを誰よりも愛してた。・・・もしホグワーツから手紙が来たら、ぜひ行ってほしいと言っていたよ。お前の人生にとって、かけがえのない友を得ることができるし、とても大事な出来事がたくさん起こるからって」

 

イリスの目に写真でしか見たことのない両親のおぼろげな顔が浮かんだ。胸がちくりと痛み、じんわりと温かくなる。かつて両親の通った学び舎に、自分も行けるのだ。

 

「おばさん、私、ホグワーツに行くよ」

「・・・そうかい」

 

 そう言うと、イオは一瞬泣き笑いのような顔をして、鼻をこすった。それはおばさんが泣きそうになるのを隠す癖だとイリスは知って、胸がきゅんと痛んだ。

 

 イオは手紙の封を開けながら、心の中の姉に語り掛ける。

 

 エルサ、お前の子供は無事、ホグワーツに送り届けるよ。これでいいんだよな。

 

「・・・さあ、明日から忙しくなるぞ。それに近々、学用品を揃えに行かないとな」

「ジェスコ?」

「ジェスコじゃねえよ!イギリスさ」




初投稿で至らぬ点もあるかと思いますが、宜しくお願いいたします。
次話は来週末予定です。

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