「どういう方向での涙ですか?」
「え?」
走り続けて早数分、並走しているさとりから珍しく怪訝な顔を向けられた。
頬に手をやると、確かに涙を伝った後で冷たい。もう片方に手を当てても同じだ。全く意識はしてなかったが、いつの間に……。
「まさか走ってて目が乾燥したから、なんてつまらないこと宣わないでくださいね?」
「いや、違うよ」
理由はいくつか思いつくのだが、グチャグチャに絡まっていて説明が難しい。正反対だからこそ、余計にだ。
「まずはこれから最大の敵と対峙しなければならないという恐怖かな」
「なるほど。ということは他にもあるのですか?」
「こう、武者震いというか。みんなが託してくれたものを背負っている重さを自覚してるってのもあるかもしれない」
「ふむふむ。さすが責任感が違いますね」
「ああ、お前とはな。それに、」
「む、ずいぶん傷つくお言葉。――失礼、聞きましょう」
「一番は喜びと不安、かな。大妖精の」
「ほう?」
ようやく元の薄ら笑いに戻った。もはやその顔のほうが安心するようになってしまっていた。
「俺たちを送り出して1人でクラウンピースと対峙した、その成長への喜びと、それでも負けてしまうのではないかという不安だ。こんだけ言語化すれば伝わるだろ?」
「別に喋らなくても私にはわかりますけどね。まっ、言葉のほうが痛いほど私の胸に響きますよ。薄っぺらい胸板ですけど」
「お気に召したようで何より」
涙は出し惜しみできるものではない。今泣いてしまうのなら、それは仕方のないことだ。後に涙を流すような場面に出会っても、その時また生み出せる。ならば、自らの情緒に従うべきであろう。
「それがあなたが幻想郷で学んだことですか?」
「ああ。欲望には正直に。刹那的に生きたほうが楽しいからな」
「それは外の世界じゃ通じないでしょうけどね。――さて、」
「ああ」
先ほどから、直径1メートルほどの光の柱が前方に出現している。ここからは、300メートルほどであろうか。
もはや考えるまでもない。ご友人様のご登場だ。
ソイツは、目を閉じていた。
鮮やかな金髪に、ふわふわとウェーブのかかった長髪が垂れ下がっている。中国式の、袖がゆったりとした黒の礼装を着ている。その上から、ベストの形で、中華風の真っ赤で金の詩集が入った装束を羽織っている。下は黒のロングスカートだ。後ろには7本のしっぽが生えていて、まるで藍のようだ。だが、色は髪のような金ではなく、禍々しい紫だ。
「どれだけ時間をかけたとしても、やはり月の世界。口惜しい。もう少しで届くというのに」
「お前が月世界を攻め立てた犯人か?」
勝手にしゃべりだしたソイツに、ぶっきらぼうに尋ねる。
「いかにも。私は純狐。怨みで身体をなす者だ。貴方達は?」
「幻想郷より馳せ参じた、朝霧優斗だ。それなら話が速い。今すぐ、撤退してもらおうか」
「古明地さとりと申します。どうやら私のことを地上人だと思ってるようですが。残念ながら地底を統べる者です」
もちろん口だけで決着できる気などさらさらない。自然とパソコンに力がこもる。
「その提案、肯定するわ」
「はっ?」
「えっ? それならハッピーエンドっぽいんですけど」
斜め125度からの返答に、眉が動く。いや、こんな言葉を信用してはならない。この時点で、背後に弾幕を仕込まれているかもしれない。
「まさか月面に幻想郷の穢れた者達を呼んだうえ、夢世界まで活用するとは、頭の片隅にもなかったわ。あれだけ干渉や庇護を嫌う月の民がこんな手段を用いるとわね。もう決着はついたってことよ」
「まて、お前の仲間が月世界で暴れてるだろう」
「それは私の知ったところではないわ。彼女、ヘカーティア・ラピスラズリは勝手に行動させている」
「なら、説得して治めてくれ。もう戦う理由はない」
「あら、そうかしら」
やはり、来るか。
「正直今回の計画は完全な失敗だったが……。ここまでわざわざ来たんだ。相手するのが常ってことだわ」
「やっぱそう簡単に許してくれませんねー」
「今更期待はしてないさ」
俺たちが目を細めるのとは対極に、純狐は血筋を見せて眼を開き、真上を向いて叫ぶ。
「嫦娥よ、見てるか!? お前の忌み嫌った地上人が、今私の正面に顕現し、愚かしくも私と戦おうとしている! さあ、見せてもらおうじゃないか、幻想郷の可能性を! そしてその純然たる生命力、発揮せよ!!」
第96話でした。純狐のキャラが急変させるタイミングが難しい
夜中なので面白い話が思いつきません。昼でも同じだけどね。
では!