夢空間が閉じると、あたり一面、黒、黒、黒。漆黒の世界が広がっていた。
だが、ただの暗闇というわけではない。所々で電気がショートするような光の小爆発が起こっている。なにより、こんな照度にもかかわらず、お互いの顔がはっきりと識別できる。
まずは遠くから飛んできた甲高い声の確認だ。おそらく、いや、確実に奇抜な服装の奴であることは間違いないのだが。
「よく来たねー! おや、3人だけかい?」
「クラウンピース……だな」
「そうだけど? もう名乗ったことあるじゃない」
空中2メートルほどのところに浮いて、見下すように吐き捨てた。もはや確認する必要もない。松明を抱えた妖精、クラウンピースだ。
「へー。確かに妖精みたいですね。体形がチルノさんとそっくり」
「そこかよ」
「あ、大妖精さんは別格ですよ」
「はいはい」
真顔でふさげたことを連ねているさとりはスルーして、負けじとクラウンピースをにらみ返す。
「悪いが、お前に構ってる暇はなくてな。もう一人のほうに用がある。通してもらおうか」
「それにおずおず従うのが正気だろうけどね、あいにく狂気しか持ち合わせてないんだ」
「百も承知だ」
前回会った時から、「狂気」というワードを連呼している。おそらく能力にかかわってくるのだろうが、解明したところで攻略できるわけでもない。
覚悟していたが、仕方ない。このための準備は万全。
「ちなみにお前の主人、いや、友人か? どこに隠れている」
「ご主人様はお仲間と戦ってるじゃないか。もう少しすれば殲滅して、お帰りになるよ」
「確か地獄を統べる者だったか? 残念ながらこちらは死んでも地獄を破壊しつくしてから生き返るような連中だ」
「アンタ……言わせておけば……」
ふむ、少々怒りっぽいと。それにしても今はよく口が回る。薬の影響か。
「それより友人のほうは? 倒してから聞くのは面倒だからな」
「ふん、アタイの背後のずっと奥だよ」
「ずいぶん素直に教えてくれるんだな」
「ああ、黙る必要もないさ。アンタ達はこの先には行けないし、万一倒されたとしても、ご友人様には決して敵わないからね」
「……なるほどね」
突如声を発したのは大妖精。決して俺たちには向けない、ゾッとするほど低く暗いトーンだった。
「それだけ聞ければ十分だよ。優斗、さとり先生、先に行って」
大妖精の目は見開き、じっとクラウンピースを見据える。いつもは緩やかな目じりも口角も先鋭化している。
「ちょっと待て、置いてくわけには」
「妖精の相手は妖精がすべきだと思うんだ。それに、」
人差し指をクラウンピースに、
「1対1で話したいことがある」
凛々しく、突きつけた。
「……ははあ、そういうことですか」
何かを察知したのか、指をあごにやり深くうなずくのはさとり妖怪。相変わらずの薄ら笑いを浮かべ、その真意は測れない。
「ちょっと待て、そんなこと、このアタイが許されないぞ!」
「優斗さん、ここは大妖精さんのことを信じましょう」
「いやしかし、こんな強敵に……」
「おい、」
「大妖精さんの成長はあなたが一番知っているはずでしょう?」
「だが万一何があったら……」
「おい、お前ら」
「大丈夫です。断言できます。彼女の覚悟を、あの瞳を、信じませんか」
「……よし」
「無視するなよっ!!」
やはり短気だな。少しでも判断を鈍らせ、大妖精の補助をしようと皮算用を立てていたが、ホイホイ引っかかった。
口ではあんなことを言っていたが、心ではとっくに覚悟を決めている。ご友人様とやらはクラウンピースよりずっと格上だろう。それを俺一人で倒そうなんてのは自信過剰だ。とすると、さとりはこちらに着いてきてもらわねばならない。予想されたルートの1つだ。
「アンタら……」
狂気妖精の怒りもそろそろ限界か。
「――大妖精」
これから孤独な戦いに挑む妖精の方にそっと手を置き、
「頼むぞ」
「……うん!」
ただ一言、それで十二分だ。
「さとり、行くぞ」
「はい。鵺さん、力を借りますよ」
「おい、待て! ――あ?」
おそらく封獣ぬえの能力だろうか。こちらの正体を紛れさせる。この能力、完全なものではないが10秒も持てば良い。
「走りますよ!」
そのままクラウンピースの足元を通り抜け、背後をつく。そのまま倒してしたい気もするが、友人のほうが手助けにきて乱戦になってはたまらない。逸る気持ちをぐっとこらえ、後ろは振り返らず、走り続ける。
第九十四話でした。お久しぶりです……
なんやかんやいろいろ忙しかったですが、これからは完結に向けて一直線です。
では!