ソイツは余裕に満ち溢れていた。
赤髪で、肩のあたりまで伸ばしたセミロング。 白い文字で「Welcome Hell」と描かれた黒いTシャツを着ている。
……前置詞無いのおかしいだろ。「welcome to Hell」が正しいんじゃないか。しかも地獄は一つしかないんだからtheを付けてないのもおかしい。
濃い色の緑チェックが入ったミニスカートで裾部分に黒いフリルと小さなレースがついている。 靴は履いていないが、足には傷一つない。
とにかく不気味だった。幻想郷の住人は感情豊かだからわかりやすいけど、こんな戦場で、こんな劣勢で、なぜ、コイツはニヤニヤしているのか。
「純狐の眷属たちをここまで簡単に倒すとは、想定外だわ。兎たちにこんな力があったなんて……」
こちらは全く気にせず、周りの惨状を確認しつつ飛び回る。声は抑揚が無く、自分に言い聞かせているようにか細かった。
あんな不気味な人物を放っておくわけにはいかない。俺たちのほうへ飛んできたタイミングで話しかけるしかない。
彼我の距離が、およそ15メートルくらいになったときであろうか。俺は意を決した。
「おい、待て」
「はい? 貴方は――兎ではないようね」
「当たり前だ。俺の耳はそんなに長くない」
「確かにね。なら……月の民?」
「あいにく違うな。その月の民の要請をやってきた者だ」
「へー。あいつらも頼むって概念があるのね。どこから来たの?」
「幻想郷だ」
「はあっ!?」
初めて動揺した。
「まさか、アイツらが……」
「ああ確かに、半年前までは想像できなかっただろうな。だが、今はもうすっかり有効な間柄だよ」
「なるほど……どうりで妖精たちが」
「そういうことだ。お前が誰だか知らないが、月の都は俺たちが守る」
「……ふん」
アイツの歯がちらりと見えた。月世界と幻想郷の共闘。そんなありえないことを目の当たりにした驚きは隠せるものではない。
「まあ、いいわ。元々期待するもんでもないし」
「ずいぶんと自信があるようだな」
「ええ、これでも女神なものでね」
「神様なら供給が多すぎて価値が下がってるんだよ」
「あらあら、私の名前を聞いてでも立っていられるのかしら?」
「……言ってみろ」
「では♪」
目を糸にして笑うと、ソイツはてっぺんに玉が乗っている帽子をとり、軽く会釈。そして、
「私の名前はヘカーティア・ラピスラズリ。3つの地獄の支配者だ。覚えておけ」
急にぶっきらぼうな口調で、名前を明かした。
「……悪いが聞いたこともない。って、おい、どうした」
俺のパソコンにデータは入っていないし、知っている者はいなかった。ただ一人を除いて……。
「……ヘカーティア、様!?」
地獄の閻魔、山田・ヤマザナドゥ。彼女だけは固まったままだった。
「知っているのか?」
「知っているも何も……とんでもない」
言葉が出てこないほど震えている。先ほどまでの余裕が正邪の能力で反転したように。
「優斗さん、逃げるんです。今すぐ」
「ちょ、何を言っているんだいきなり」
「無理です。敵う相手ではありません」
「なぜそんな……」
「ちょっと、知ってるなら説明しなさいよ」
横から紫も割って入る。
「いいですか、皆さんご存知の通り、私は閻魔業で日々人々を裁いております」
「そうだな」
「しかし、それは結局幻想郷担当の、一裁判官でしかないということです。ヘカーティア様は私たち裁判官、地球も月もその他の世界も、すべての地獄をつかさどっているのです」
「えっ?」
それって、
「ちょっと待て、地獄っていったいどれだけあるんだ」
「それはわかりません。強いて言うなれば、星の数ほどです」
「……なるほど」
だからTシャツの「Hell」にtheがついていないのか。
「地獄をつかさどる神様ねえ……確かに強そうだけど、これだけ人数あるし、いけるんじゃないの」
「紫さん、それは大いなる間違いです。だって、」
次の一言は、
「いくらあの身体に弾幕を当てても、倒せませんから」
全員の表情を硬く、冷たくさせた。
第九十一話! 連続投稿なんて私は本当に私なのか……
しばらくはちゃんと更新したい気持ちだけは一人前です。
では!