「あっれれー? そんな偉そうなこと言える立場ですか?」
「助けてもらったことは感謝してもしきれない、ありがとう。――けど、けど……」
本音を出すのはさすがに気が引ける。ただ口に出さないところで、
「ええ、よくわかりますよ。なんで私が来ちゃったんでしょうね? このシュチュレーションは、どう考えても大妖精さんが助けてからのキスですものね」
バレるのは確定なのだが。キスってなんだキスって。
「それは決してないが、大妖精しか来る可能性がないって考えたのは事実だ」
「そもそも優斗さんは大妖精さんに内緒で来たんですよね? あなたの行動に気付けるのは、私と紫先生くらいだと思いますが」
「認めたくなかった、それだけだ」
「そりゃ私だって本意ではありませんよ。まあ、ゆするネタが1つ増えたので良しとしますが」
さとりの口から大変危険な言葉が飛び出た。
別に現金とか食べ物を請求されるのだったら、構わない。喜んで盗られよう。ただこれが大妖精に告げ口とかそういうことになってくると、全力で阻止しなければならなくなる。
「……何が望みだ」
あいかわらずのお姫様抱っこ状態で、至近距離にあるさとりの目を真剣に見つめる。
「ご心配なく、別に給料半分よこせとかそんなことは言わないですよ」
「だったら……」
「いやいや、何も要求しませんから。私を小悪魔とでも思ってるんですか」
「大悪魔、もしくはさとり妖怪の面を被った凶悪妖怪だろ」
「おお……そこまでですか。――けど、これで少し評価が上がりますよ。はい、こちらにどうぞ」
俺を優しく地面におろしてパチン、と指を鳴らした瞬間、ある乗り物がさとりの胸元から膨らんで現れた。
「雲山先生の能力をお借りして小型化しておきました。おっと、どこから手に入れたのかなんて聞かないで下さいよ」
車輪が二つに、座席が一つ。エンジンの代わりに乗り物を前に押すための取っ手がある。
「これじゃホントに重病人じゃないか」
さとりが用意した車いすに、よろめきながら乗車する。手を両脇に置くと、冷たい鉄の感触が服の上から伝わってきた。
「これで俺を家に送り届けるのか?」
「それでまた一日中ベットの中ですか? そんなつまらないことを、さとりさんがすると?」
「なら……――ああ、理解した」
なぜだろう、今日のさとりはただのさとりではない、スーパーさとりさんな気がする。もしかして俺の状態をさとって優しくしているのかこのさとりは……
「さとりさとりうるさいですよ。どうせなら、大妖精さんの雄姿を拝みましょう。もう何物にも邪魔させません、私がいますから」
「……すまないな」
「いえいえ、生徒と教師の喜びを見るのが心理カウンセラーの喜びですから」
さとりに押され、車いすはゆっくりと学校へ向かう。
「そういえばあの式神のことですが、結局正体はわかったんですか?」
高校へ向かっている途中、背後からさとりに質問された。
「いや、まったく。チートキャラさとりなら2秒でわかるだろ?」
なにしろあらゆる能力を使える程度の能力だからな、どうせ情報を隠し持っているのだろう。
「そんなの朝飯前……と、言いたいところですが、こればっかりは」
なんと、さとりでも分からないことがあるのか。――待て……阿求の能力ってことは、絶対記憶持ってんのかコイツ。
「阿求さんの能力をコピーしているので、結構な知識はあるはずなんですがねえ……優斗さん、そいつと出くわしたのは2回目なんですよね」
「ああ、前に魔理沙たちと弾幕ごっこしたときに合ってる」
「そこからずっと正体不明とは……結構な実力者なのかもしれんね。もしかしたら、この世界の住人ではないのかも」
「パラレルワールドからってことか?」
それなら一度体験がある。もう1つの幻想郷から来たイケメンと一緒に弾幕ごっこしたっけ。
「あんときは2人で生徒たちの着替え、覗き見しようとしてたじゃないですか。なに美化してるんですか」
「よっし、話を戻そう。だったら月の世界か?」
不自然すぎる咳払いで、話の転換を全力で行う。下手に地雷を踏まないようにしなければ。
「まあ勘弁してあげましょう。残念ですが、月世界ならある程度知ってますよ」
「なら……」
「ですから問題なのです。さて、話は変わりますが、」
結局式神については情報なしか。いつになったら安全に、幻想郷ライフを送れるのだろう。
「どうです、大妖精さんのことは?」
ずいぶんとあいまいな質問だな。まるで核心をついてない。
「なんて答えればいいのか知らないが……最近は弾幕ごっこ大会の練習、頑張ってたみたいだぞ」
「そーゆーことではありませんよ。キスしました?」
「するか」
「なら一緒にお風呂くらい入りましたよね」
「するか、通報されるぞ」
「だったら添い寝くらいしましたよね」
「……するか」
「はい頂きましたー! もう、照れなくてもいいんですよ、永琳先生からすべて伺ってますから」
柄にも合わないウインクが俺の精神を刈り取る。
あれは不可抗力、致し方のないことだったんだ。ほら、インフルエンザにかかるって結構イレギュラーだし。
「御託はいいですよ。で、結局どう思ってるんですか?」
「抽象的な質問は答えにくいぞ。まあ、性格はいいと思うぞ」
「だからそういう一般的なことじゃなくて! ああ、もうまどろっこしい、タブーの質問行っちゃいますよ!」
「なんだよ、始めからそうしろよ」
何回セクハラしましたか、とか聞かれても絶対答えないぞ。
「好きでしょ⁉ 大妖精さんのこと‼」
ドクンッ‼ と、心臓が大きく跳ねる。
何も返せずに、しばらく沈黙が続く。その間にも車いすは確実に進み、猶予を短くする。
「……なんだ急に」
その禁忌の質問に、長針が1週くらいしてやっと、一言反応できた。
さとりは俺が離した途端、口から泡を飛ばし、
「あんな性格、容姿、頭脳が最高値の美少女にあんなに優しくされて惚れこまないわけないでしょ!」
「そんなのお前のさとり能力で……」
「霞がかかって見えませんよ。私はその場その場で思ってることしか見通せません。総合的なものは全く」
「そうか……にしてもその質問は困る」
こんなこと考えるのは柄にも合わないのだが……逃げるわけにもいかないだろう。
この感情が、今まで味わったことのないものであることは確かなのだから。
好きだけど、好きじゃない、と表現したらよいだろうか。
少なくとも、17年間生きてきて一番俺が気に入った人物だ。妖精だけど。
どんな時でもそばにいてくれ、些細なことを本気で心配してくれ、一緒に笑い合ったくらいには仲がいいと思っている。
きっと大妖精も俺を慕ってくれている……と考えたい。俺のことが嫌いならば、居候なんてもってのほか……なはずだ。
もちろん大妖精のことは好きだ。確実に、ライクベリーマッチだ。
ただ、ラブかと聞かれると……正直イエスともノーとも言い難い。
分からない、俺の中で生み出されるほわほわした暖かい何かが、恋心なのかが。
だから、だから、だから、俺は、俺は、俺は……
「……すまない」
思考が止まった。
「別に、私が勝手に聞いたことなので。このことは誰にも言いませんよ」
「そうしてくれるとありがたい」
「すみませんね、こんなこと聞いて。なんだか不安になったのです」
「なにが?」
「実はですね、こいしが最近そわそわしているのです。リアルタイムの情報しか知れない私ですが、こいしは違います」
「それで近い将来何かが起こると」
「可能性はあります。一応覚えておいてください」
さとりがここまで真剣な顔になるとは……ただ事ではなさそうだ。
「最後に、私前に、『私は部外者だ、核心には触れられない』とか偉そうなこと言ってましたけど、撤回させてください」
「ずいぶんデリケートなこと聞かれたからな」
「はい、核心は触れました。けど掴むことはできませんでした。こっから先はあなたが考えることです」
「そうだな、結論は出しておく」
「それなら結構、では、こっから先へ進むのもご自由に!」
「はあ?」
さとりの顔が一気に明るくなる。ああ、この流れはもう……
「そりゃっ!」
怪力乱神を使っているのか、さとりが車いすごと思いっきり俺を持ち上げた。
即座に開かれたのは、もう見飽きてしまったスキマ。
「これは私が作ったスキマなのでご心配なく。では夢の世界へ……」
「待て、どこへ落とす気だ!」
「行ってらっしゃい!」
流れるような作業で、スキマの奥底へと叩き落された。
第六十三話でした。いつからさとりはレギュラーになったんでしょ?
今回ここまで優斗を語らせたので……そろそろ最終章への予感がしますね。伏線もコミコミですよ!
ではっ!