「ただいま~」
「あっ! お帰りなさい!」
やけにうれしそうな声色で大妖精が出迎える。今日は大妖精がうれしくなる日なのか。1つ情報が増えた。
まあ、もうまどろっこしいことを考える必要もあるまい。さとりは面白がって口をつぐんでいたが、大妖精は違う。その純粋さはさとりを比較対象にするだけでもおこがましくなる。
「ただいま。突然なんだが……今日は何月何日だっけ?」
「ふえっ?」
俺から突然日付を聞かれ、間のぬけた顔をした。こんなこと突然聞かれたら当然驚くだろう。
「いや、実はな……」
大妖精に今日の出来事を説明する。理由はわからないが、さとりと共に映姫から説教を食らったこと。そして今日は大事な日とさとりから聞かされたのに、その記憶を無くしてしまったことを。
「そういうわけでな……さとりから聞き出すのはあきらめた」
「なるほど。大変だったね……」
軽く微笑んで、同情してくれる。少し心が和らいだ。
「それで、今日の日にちだけど…………」
「ああ」
「……………………」
期待して待っていたが、それから次の言葉が出ない。
大妖精の顔が少し曇り、片手で軽く胸を抑えている。大妖精の視線は、その右手に注がれていた。
「おい、どうしたんだ」
突然胸を抑えた大妖精を見て、軽く困惑する。
もしかしたら急性心筋梗塞の可能性も……そんなのが妖精にあるわけないか。
十数秒後右手を離し、大妖精は落ち着いたように深呼吸をした。
「ううん、心配しないで」
「それならいいが……」
「けど、やっぱり今日は何の日か教えるのは秘密。自分で考えて」
「ああ、――ええっ!?」
予想だにしなかった一言で、思わず大声が出てしまった。結局教えてくれなかった。俺そんなに嫌われてたか?
「優斗、やっぱり自分で思い出して。そうしたほうが絶対いいと思うな」
「大妖精が秘密にするくらい、そんなに大事な日なのか?」
「うん……とっても」
そこまで言われたら、もう何も返せない。どうやらもう一度、自分の脳にローラーをかけなくてはならないようだ。
「わかった。もう少し考えて見る」
「でも、まずはお風呂に入ったら? とっても寒そうだよ」
大妖精からこんな提案をされた。それはありがたい。
「そうさせてもらう」
凍てつく風がコートの下から体を突き刺したせいで、体の芯から冷えている。まずはゆっくり浴槽につかってもいいだろう。脳が温まって、なにかを思い出せるかもしれないし。
服を脱ぐ前に、シャワーの栓をひねっておく。冬の時期はお湯が出るのに時間がかかる。
それにしても、なぜ大妖精は教えてくれなかったのだろう。見たところ、最初は笑顔で言ってくれるようすだった。それが、胸を抑えてから急に……今考えていても仕方ないか。
シャワーの水から湯気が立ち上ってくる。そろそろだな。
まずはキンキンに冷えたコートから脱ぎ始める。
ドサッ
その瞬間、なにかがコートのポケットから転がり落ちた。
それを拾ってみると、
「これは……」
かわいらしくリボンでラッピングされている。手触りは固く、においをかいでみると芳醇だった。
これは、チョコレートか?
「あれ……」
チョコ? なんで俺がこんなものを……
「あっ」
間抜けな声が出てしまった。
――刹那、頭の中が一気に聡明になっていく。
涼風が脳に突き抜けたようだ。すっぽり抜け落ちていた午前中の記憶が視えてくる。
チョコ、そして冬。さとりが興味を持つもの。これってもしかして……
「バレンタイン……」
そうだ間違いない。今日は2月14日、バレンタインデーだ。
「やばい、すっかり忘れていたどうしよう」
そうか、さとりの言ってたことってそういう……見事に未来予知されてしまった。
とりあえず心を落ち着かせるため服を脱ぎ、シャワーを浴び始めることにする。暖かいお湯が冷たい体を火照らせていく。だんだんと思考回路が起動してくる。
大妖精はもしかして俺にチョコを渡してくれるつもりだったのだろうか。いや、そうとしか考えられない。
もちろん本命ではないだろう。となると義理……でもないような気がする。じゃあ友チョコか?
なんでもいい、それより問題なのはさっきの大妖精との会話だ。自分の言動を思い返してみる。
帰ってきて、チョコを渡そうとしてくれた大妖精に俺は確か……
――今日何の日だっけ?
みたいなことを言っていたな。なるほど。
(ああ……)
何やってるんだ俺。
深い自責の念がわいてきて、思わず頭を抱えてしまう。なんて場違いなこと言ってしまったんだ。デリカシーのかけらもない。
そんな俺の言葉を大妖精は優しく聞いてくれていたのか。なんだか悪いことをさせてしまった。
シャワーを浴びているのに、体の芯が冷たくなっていく。深い後悔の海が押し迫ってくる。
どうすればいいのだろう。真面目に謝るものなんか違うだろうし。
さとりが言っていた、「あなたの受け答えで大妖精の心がプラスにもマイナスにもなります」とはまさしくこの状態を指している。どうにかしなければならない。絶対に。
幸い、1人で考える時間はある。状況を悪くしてしまったのなら、考えて考えて考え抜いて、活路を見出せばいい。
シャワーを止め浴槽につかり目を閉じ、思慮を始める。
良い雰囲気を保つためには……のぼせる寸前まで脳のネットワークをフル回転させていた。
「あがったぞー」
「はーい。ごはんの準備しておいたよ」
「今日は鮭か。おいしそうだな」
「魚屋さんがずいぶん安くしてくれたんだよ。傷がついちゃったんだって」
「食べられれば十分だよな」
テーブルには白米に味噌汁、銀鮭におひたしと典型的な和食料理が並んでいる。出来立てのそれは、レストランに出されていてもおかしくないくらいおいしそうだった。
「じゃあいっただきまーす!」
大妖精が無邪気な笑顔で箸を持ち、鮭の身をほぐしはじめる。
(さて……)
食事中は心が広くなるとどこかの本で読んだことがある。ここからがさとり言っていた、「勝負」の時間である。
「なあ大妖精」
「もぐもぐ……なに?」
ほんとにもぐもぐという音をしゃべりながら食事をするのって、大妖精だけだよな。とても子供っぽい仕草でかわいい。
「ホワイトデーって知ってるか?」
「ほわいとでー? ――ううん、聞いたことない」
「ホワイトデーってのは3月14日にあってな、」
「ふんふん」
よし、興味を示してくれた。
「男性が女性にクッキーやマシュマロみたいなお菓子をお返しとして贈る日なんだ」
「外の世界はそんなのがあるんだ。――お返し? お返しって何の?」
「3月14日の1か月前にある行事だ。そこでお菓子をもらった女性にお返しを渡すってことだ」
「1か月前ってことは2月14日? ――今日だ!」
「そのとおり」
「なるほど。バレンタインデーのお返しに……あれ?」
首をひねっていた大妖精が、こちらをじっと見据えてくる。どうやら俺が思い出したことに気付いたようだ
「もしかして……」
「ああ、すべて思い出した。悪かったなさっきは」
「ううん、全然大丈夫だよ。でもちょっとドキドキしちゃった」
「まあ、ずいぶんとさっきの俺おかしかったからな」
「ううん、違う。だってずっと忘れてたら、これ渡せなかったもん」
大妖精がブラウスの脇ポケットから取り出したのは、赤いリボンで包まれている包装紙。いや、包装紙もあるものを包んでいる。
大妖精は微笑んでいて、とても幸せそうな顔をしていた。
思い出せてほんとによかった。もし忘れていたら、大妖精の心を踏みにじる、そんな最悪なことになっていただろう。
「今までありがとう優斗。そして、これからもよろしくね」
「ああ、こちらこそだ」
ハート形に包装されたチョコレートは、その質量以上にいろいろなものを感じ取れた。大妖精と俺の信頼の糸が、さらに深まったような気がした。
「さっ、ごはん続けよう」
「そうだな。ちゃんと魚の骨とらないとのどに突き刺さるぞ」
「刺さる!? どうすればいいの!?」
「そういう時はご飯を丸呑みするんだ」
「そ、それも何か嫌だな~」
バレンタインという行事があっても、幻想郷と俺たちの時間の流れは相変わらずであった。
「いや~うまくいきましたね。眼福眼福。」
「いいもの見せてもらったね」
「おやこいし。いつからそこにいたんですか?」
「えっと、お姉ちゃんが食事中の大ちゃんにテレパシーで指示を送ってたあたりかな」
「それなら話は早い。どうですが優斗さんの無意識は? かなりのイベントこなしてますし、そろそろ惚れてもいい頃合いじゃないですか?」
「ちょっとずつ進行してってるね。もっともっとイベントがあればもしかして……」
「やはりそうですか。ふふ……ますますこれからが楽しみですね」
第四十九話でした。優斗と大妖精、二人だけの会話とか何話ぶりだろう……もっともっと書きたいです。
今回でバレンタイン編終了ですが、MVPはさとりですね。いろいろな意味で。
次回はおそらく三月になって、久しぶりの弾幕ごっこになるかな? もう少々お待ちください!
では!