ULTRAMAN GINGA with GOD EATER   作:???second

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忌まわしき過去(前編)

結局あの時から、ソーマはサカキから仕事を頼まれることがあっても、決して彼の研究室に近づかなくなった。理由は簡単だ。あの少女と顔を合わせたくないからだ。

あの時、少女が口にした「そーまのあらがみはたべたいっていってる」…つまりアラガミである彼女から同類扱いされたことがよほど不快だったのだろうか。

以前からソーマは何度も、自分がほかの誰かとかかわることを避け続けている。彼と任務を共にしたゴッドイーターは死ぬ。そんな噂ゆえに彼は他の多くのゴッドイーターやフェンリルの職員たちから死神と揶揄され恐れられてきた。その矢先に、人間と変わらぬ知性を持ったアラガミの少女。死神と蔑まれる自分が、彼女と同類扱いされるなど、精神的な追い討ちでもされたようなものだろう。あの日、自分たちはソーマとそりがあわない第3部隊と合同での出撃だったが、そのときのシュンが彼を死神扱いしたのと重なったのもあるだろうが…

だが、ソーマはソーマが自らを化け物呼ばわりするのは、『自分と任務を共にした仲間が必ず死ぬ』というジンクスが働く現実だけではない気がした。アラガミの少女の言った、「そーまのあらがみがたべたいっていってる」という言動が、ユウにそんな予感を抱かせ、もっとソーマのことを詳しく知る必要があるかもしれないと思わせた。

まずはツバキを訪ねようと思い付く。

だが、向こうから姿を見せることは多いが、ツバキはこちらから探そうとすると姿を現さないことがある。教官として新人のゴッドイーターたちを訓練している立場だから多忙なのだろう。なら何時戻るのか、知っていそうな人に尋ねてみることにした。

「なぁ、ヒバリちゃん。今日は予定ある?」

「き、今日は…すみません。この後も提出しないといけない書類が多くて…」

「あ、そう…今日もなんだ…」

エントランスでちょうど知ってそうな人が目に着いた。受付兼オペレーターのヒバリと、彼女にご執心な第2部隊隊長のタツミだ。タツミがヒバリにアプローチをかけるものの、都合が会わなくて敢えなく撃沈するのがいつものパターンである。…あまりにも合わなすぎて、それどころかヒバリがタツミのことをそろそろうっとうしく思ってわざと遠ざけているとも思われている。ユウもこの光景は幾度か見たことがあるので、あながち噂程度じゃないとも思えてきた。

「あの、ちょっといいですか?」

「あ、ユウさん」

声をかけられ、二人がユウに気がついた。

「あ…もしかしてお取り込み中でしたか?」

「い、いえいえ。何かご用ですか?」

男に言い寄られているところに声をかけられ気まずく思ったようだが、気をとりなおしてユウへ応対する。

「ツバキさんが今どこにいるか知りたいんだけど、わかる?」

「ツバキさんにご用ですね。ちょっと待ってください…」

ユウの頼みを聞いて、早速受付コンピュータを操作してツバキの予定を開示されている範囲までの分だけ調べた。調べている間、タツミはこそっとユウに耳打ちしてくる。

「お前、もしかしてツバキさんみたいなのが好みだったりするのか?」

どこかからかってきているような口調に聞こえる。

「…タツミさん、そっち方面に結び付けないでください。いくら昔馴染みのハルさんがグラスゴーでご結婚してたのを見て焦っているからって」

「あ、あああ焦ってなどいないわ!」

苦笑いしながら言い返してきたユウの言動に、明らかにタツミは動揺を示した。やはり羨ましく思うあまり、ハルオミに男女関係に関して先を越されたことを根に持っていたようだ。

すると、調べ終わったのかヒバリはユウに結果を知らせてきた。

「ユウさん。ツバキさんのことなんですけど、別件でお忙しいようです。すぐにお会いになるのは難しいかと」

「そっか。ありがとう」

今すぐには会えないということか…望みの結果ではないことに少しがっかりしたユウを見て、タツミは疑問を口にする。

「にしても、ツバキさんに会って何をする気なんだ?」

「ツバキさんから、ソーマのことを聞いてみようと思ったんです。彼が何で自分から化け物と揶揄するのか。二人は何か知ってますか?」

一度タツミとヒバリは互いに顔を見合わせ、やや気まずげな顔つきになった。

「…俺も噂程度の話しか聞いたことがない。少なくとも、悪い奴ではないとは思ってるんだが、どうもカレルやシュンの奴が噂を真に受けて特に関わろうとしたがらなくてな…」

「噂…?もしかして、彼と組んだゴッドイーターが死ぬっていう…」

「さすがにそれは聞いているか。その通りだ。けど、知ってるならなんで聞いたんだ?」

「僕は…知りたいんです。ソーマが他人をあそこまで拒絶する理由を。そこに死神と呼ばれ、自分を化け物って呼ぶ原因もわかる気がするんです」

真摯に思ったことを口にしたユウの目を見て、タツミは笑みをこぼした。リンドウが見込んでいた通り、彼はいい人間なのだと思えた。癖の強いカレルとシュンの奴もこの人柄の良さを見習ってほしいものだと思ったのは内緒だ。特にシュンは新型ゴッドイーターに対する嫉妬が強く、自分に対して生意気な態度をとってきたことがあるユウやアリサのことを未だに認めようとしない。

「あ、そういやシュンの馬鹿がまたソーマにいらない事を言ったみたいだな。防衛班長として詫びさせてくれ。ただ、あいつもあいつで仲間が死ぬのは嫌がるタチなのは確かだ。マルコの一件もあるからな…。だから噂通り仲間の死に直面しやすいソーマの事も嫌がるんだって思う。けど、馬鹿なこと言ったのは事実だし、しっかり注意させるよ」

「…悪いのはタツミさんじゃありませんから、頭を上げてください」

シュンのこの前の失言についてはタツミの耳にも届いていたようだ。頭を下げてきた大先輩に、ユウは首を横に振る。

「あ、ソーマさんのことでしたら、他にも詳しい方がいますよ」

ヒバリから、ソーマに詳しい人を紹介され、さっそくユウは向かった。

 

場所は、サカキ博士の研究室前。

 

ヨハネスとは旧知の仲であるサカキは、ヨハネスの子であるソーマのことも、親戚の伯父のように昔からよく知っていた。確かに彼からなら、何か聞けるかもしれない。さっそく彼に聞こうと思っていると、研究室の扉が開かれ、探していたサカキが姿を見せた。

「サカキ博士」

「やぁ、ユウ君。何か用かな?今からリッカ君たち技術班と、メテオールやその他もろもろについて話をしに行くところでね。済まないが、用事がある場合はもう少し時間が経過してからにしてもらえるかな?」

自分が尋ねる前に、あたかも自分の考えを予知していたかのようなサカキ。しかし彼は先約を取り付けていたためか、頼む前だったユウの要求に応えることができず、すぐにエレベーターに乗ってしまう。

よりもよってこのタイミングで用事とは…これではソーマのことを聞くのはしばらく先になりそうだ、と肩を落としていると、床の上に気になるものが見つかった。

それは、一種のデータディスクだった。ターミナルにセットして中を閲覧できるタイプのものだ。サカキが落としたのだろうか。そう思っていると、サカキが最後に一言だけ言ってきた。

「君は、好奇心旺盛な方かな?」

「え、ちょ…!!?」

ユウからの返答を待つまもなく、サカキはそのままエレベーターに乗って行ってしまった。

「…………どうするんだよこれ」

ユウは拾い上げたディスクを見て頭を悩ませた。

「…怪しいな」

ひょこっと、一部始終を聞いていたタロウが一言呟く。

「サカキ博士は、まるで君にわざと拾ってもらおうとしているように見えた」

サカキがわざと?タロウからその憶測を聞いてユウは手に持ったディスクを見つめる。確かに、思い起こせばなんかわざとらしい。拾われて困るくらいなら、すぐにエレベーターで去る必要もなく、その場でエレベーターを停止させたままユウからディスクを返却してもらえばいいのに、サカキはすぐさま行ってしまった。単にせっかちなだけなのか、それとも…。

このディスクの中身が妙に気になったのは確かだった。

 

結局ユウは好奇心に負け、部屋に戻ってそのディスクを自室のターミナルにセットしてしまう。

「…本当に見ても良いのかな?今更だけど」

そう悩みながらもこの先にあるものを見たくなっていたのもまた事実だった。

「安心しろ、私も共犯だ」

バレたら一緒に責任を負うとでも言いたげだが、フェンリル関係者でもないのであまり慰めにもならないタロウの言葉。でも背中を押す言葉にはなったので、ユウは意を決して再生した。

 

 

 

 

ビデオデータの最初に再生されたのは、白衣を着た、男一人、女性一人の二人組が、大胆にもオウガテイルを診察台の上に乗せ、その体を調べている光景だった。今の時代だったらあまりにも自殺行為にも見える光景だ。大掛かりな手術のようにメスを通しながら、その二人はオウガテイルの体を調べようとしていたが、突如男性が悲鳴を上げて倒れた。オウガテイルの体から湧き上がったオラクルの瘴気に体の一部を捕食されてしまったのだ。

『麻酔が効いてないの!?』

女性が最後に驚いて声を上げたところで、新たな映像に切り替わった。

次に映ったのは、さきほどの映像にも姿を見せていた褐色肌の女性と、現在と比べるとサクヤやリンドウ並みの若い外見のサカキとヨハネスが、研究室で話をしている様子だった。後の新たな研究のために、自分たちの研究と会議の光景をわざわざ録画したのだろうか。

『あの弾丸の効果は一度のみ…アラガミの偏食傾向が変わってしまったせいか。まだ実用段階じゃなかったというのに…』

『けど、効果があったのは事実よ。たった一度だけだとしても、それで助かった人たちもいるはず…』

ヨハネスがいわんこっちゃないと言いたげに言うと、褐色肌の女性がヨハネスに向けて言った。続いてサカキが微妙な反応を示す。

『だがそれを特効薬のように売りさばくのはどうかと思うけどね。なんにせよ、現状の武器では限界がある』

『それなら、兵器に組み込む偏食因子の純度を高めれば…』

『偏食因子はオラクル細胞から摘出した時点で劣化してしまう』

ヨハネスが提案するが、首を横に振るサカキ。

『くそ…だめなのか。かつてこの地球を狙ってきた宇宙人や怪獣共にもメテオールが効いていたというのに、今では奴らより遥かにちっぽけな生物の群れに…』

『悔しいけど、仕方ないわ。アラガミはあらゆる物質を捕食してしまうもの。ただ単純にメテオールをぶつけても、意味はないわ。

…来堂先生なら、何かを掴めたかしら。メテオールに偏食因子を劣化させることなく組み込ませる方法とか…』

『アイーシャ、もう来堂先生はご家族の様子を見に失踪してかなりの時間が経っている。そもそも防衛軍所属ではない一研究者である我々ではメテオールに触れさせて貰えないんだ。いつまでも、あの人の頭脳に頼りきりなのもいかがなものだろう。先生が何度も話してくれたウルトラマンも、これほどの地球が危機に瀕しておきながら全く姿を見せていない。無い物ねだりをしても仕方ない。

まだ若い私たちが、あの人から託された知恵でなんとかするべきだ』

女性が考え込みながらそう呟くと、サカキは首を横に振る。現在のサカキが実際に成功させていた方法を口にするが、当時の彼らの現状ではそれを形にできない状態のようだ。

『なら、どうするの?』

『そこで、これを見てくれ』

サカキは女性から尋ねられ、その答えを自身の目の前のコンピュータのディスプレイに表示する。

持ち手から伸びる、アラガミのような奇怪な形の剣や銃。その見取り図を見て、ユウは気づく。

これは、サカキが神機を発案したばかりの頃の記録だったのだ。

『これは…君が設計したのか?』

『純粋な偏食因子を兵器に転用するには、この手しかない』

『これは武器というより、生態兵器ね。悪趣味だけど素晴らしいアイデアだわ』

『人が制御するアラガミを作るというわけか』

『だが問題がある。これもオラクル細胞で作られるものだ。つまり触れた者に牙をむいて捕食してしまう。これではアラガミ相手に使う以前の問題だ』

適合者ではない人間が握ると、神機は握った者を襲って食い殺す。やはり今と同じリスクを孕んでいたようだ。

『無人で使うことはできないのか?』

『生物である以上、制御は難しいだろう…』

どうしたものかと、三人は考え込む。すると、アイーシャと呼ばれた女性が顔を上げて二人に言った。

『一つ、方法を思いついたわ。

使用者側に偏食因子を投与し、この兵器に適合させるの。もしかしたら使用者側も適合するだけでなく、アラガミにも匹敵する強靭な肉体になれるかもしれない』

『それは…!』

ヨハネスはアイーシャのアイデアに衝撃を受け、サカキはあまり良いとは言えない反応を示した。

『それは確かに手っ取り早い方法だが、まさに悪魔の発想だ』

それは、人命や倫理を無視した非情ささえ感じる手段だ。この方法なら、長期にわたる研究の手間も省いた上で、神機を制御できる手段を確立させられるかもしれない。しかし、人体で実験を、それも自分以外をすぐさま食らうオラクル細胞を利用するとなると、その実験で多くの人間が犠牲になりかねないことは想像に容易かった。

『…まずは、ラットで実験してからにしよう。さすがにいきなり人体で実験するには危険だ』

焦るべきではない。アイーシャや自分に言い聞かせるように、ヨハネスは提案した。

 

 

そこで、次にその三人が円卓を囲う形で研究会議を行った映像に切り替わった。

『やはり生態への偏食因子の組み込みは難しいわね』

『投与してもアポトーシスが誘導しづらいようだね。やはり、細胞分裂と自己崩壊が多い胎児段階の投与ならが一番確実だ。少なくともラットでは成功している』

『どちらにせよ、この「マーガルム計画」は人体での臨床試験が必要な段階に入ったな…』

どうやら理論自体は確立しているようだが、肝心の制御方法として行っている『生体への偏食因子の投与』は難航していた。

『原理がわからないものを、わからないまま使うアプローチすべてを否定するわけじゃないけど、P73偏食因子の解明は始まったばかり。少なくとも今行うのはいかがなものかな』

サカキが難色を示していると、ヨハネスが何を言ってるんだと言いたげにサカキに言った。

『1日10万人近くがアラガミに食われている状況で、そんな悠長なことは言ってられないだろう!』 

『君がペッテンコーファーのように、自分の肉体で試すというのかい?』

『必要とあらば、覚悟はできている。この星を救うためなら、喜んで…!』

自らが、人体への偏食因子投与の被験者になることを宣言するヨハネス。冷淡な印象を与える今現在と比べると、やや感情的で熱さを感じさせられた。

すると、アイーシャが自分の腹部に手を添え、二人に衝撃の提案を持ちかけた。

『ヨハン、私たちの子に偏食因子を投与するのは…どうかしら?』

『なんだって…!?』

自分とアイーシャの間に子供ができた。初めて聞いたことだったらしく、ヨハネスは驚きを露わにする。

『子供ができたのか!?それはよかったじゃないか!おめでとう!』

サカキは、友と慕う二人の間にめでたく愛の結晶が生まれたことを祝福した。…が、直後に笑みを浮かべる前と同じ、複雑で重苦しいものへと変わる。当然のことだ。アイーシャは、自分の子供を実験に使おうとしているのだ。どう考えても普通ではない。

『…あ、いや…すまない。しかし本気かアイーシャ?いくら君の発案でも、君とヨハンの子供をそんな風に…』

『子宮経由で胎児に投与すれば、直接投与よりも安全な投与ができるわ。

それに誰かが渡らなければならない橋よ。それなら言いだしっぺである私たちが…』

アイーシャは、他の誰かに実験を押し付けるよりも、自分たちでその責務を背負うという使命感から、敢えて自分と自分の子供を偏食因子投与実験の実験台になろうとしていたのだ。

『だが、もし失敗したら君もその子供も…何か別の方法があるはずだ!』

ヨハネスは反対した。アイーシャが望んだこととはいえ、我が子と愛する人を実験にかけるなんて当時の彼には、自分自身の体ならまだしも、自分以上の大切なものを賭けに出すことに等しかった。一度失えば、もう二度と戻ってこない大切なものを賭けに出すほどヨハネスは覚悟を決められなかった。

『私たち人類にはもう時間がないでしょう?私のことは構わないけど、まだ私が実験の犠牲になるとは限らないわ。ただ、生まれてくる子供に、この世界の終わりを見せたくないの…たとえ死ぬことになっても、せめてこの子に希望を託したい』

アイーシャはお腹の子を撫でながら、それでも覚悟を決めた眼差しを向ける。

『合理的だが賛成しかねるよ。先生も話を聞いていたら、猛反対していたことだろう』

サカキは、恩師を思いながらアイーシャの提案を否定した。彼の目には、人類が危機に瀕していることを理由に、自分以外の倫理や命さえ蔑ろにし始めている印象を受けた。もしかしたらアイーシャの案で、この後助かる数多の命があるのかもしれない。でも、その実験の過程でもしアイーシャ自身と、お腹の子に何かがあったら?たとえ生き残っても、その後彼女たちの子供は…?

『…僕は、支持する』

そう考えている内に、ヨハネスはアイーシャの提案を受け入れた。だが、その顔はとても良いものではない。他にさっきまで求めていたような安全な手段があればそっちに飛びつきたい。でも、無尽蔵に増殖しあらゆるものを捕食し続け成長するアラガミ。怪獣以上に厄介極まりない残虐な怪物を相手に時間がない。さらに自分たちはこれまで安全な手段を何度も考え、それを確立すべく実験を繰り返しても成功に繋がらなかったことが、ヨハネスに決断を急がせた。

サカキは、二人を見て諦めたように深くため息を漏らした。そこには二人に対する、秘めた怒りと失望があったかもしれない。

『…両親ともに賛成か。なら私は降りるとするよ。君たちとは方法論が違いすぎる。私は、私のやり方で偏食因子を制御する方法を模索するよ』

『ペイラー…』

『私はどこまでも星の観測者だ。君たちの重大な選択に介入するつもりはない。またどこかで道が交わることを祈ろう。それじゃ…』

サカキは席を立つと、決別を姿勢で示すように二人に背を向け、二人のもとを去って行った。

 

 

(神機が誕生した裏には、あの人たちの決別もあったのか…)

襟を分かつサカキとヨハネスの夫妻。しかし、今ではサカキは再びヨハネスの元に戻ってきている。なぜだろうか。この先を見続ければその理由もおのずとわかってくるのだろうか。ユウがそう思っている内にまた映像が切りまわった。

 

 

患者服に身を包み、先ほどと比べてお腹が大きくなった状態でベッドに横になっているアイーシャが映った。ヨハネスの姿がない。妻のその時の様子を録画しているのだろう。

『気分はどうだ?アイーシャ』

『うん、体調は十分よ。……ねぇ、ヨハン。ペイラーは?』

アイーシャは、あの時決別してしまった仲間であるサカキのことを案じていた。

『…この安産のお守りが贈られたが、音信不通のままだ。…今でも、僕らの決断に対して怒りを抱いているのだろう』

ヨハネスは、手に持っていたお守りをアイーシャに見せた。旧日本の神社でよく購入されていたように、お守り袋に包まれている。

『でしょうね…確かに、彼の傍観者としての立場から見れば、無理もないわ』

二人はサカキの自分たちの案に反対した意思を理解していた。ただ、やはり決別を言い渡されたことへの後ろめたい気持ちは誤魔化せないでいた。

『アイーシャ、今はペイラーとのことは考えない方がいい。体に障ってしまう』

『ええ…』

アイーシャは、お腹の上から、もうすぐ生まれる我が子を愛おしげに撫でた。

『早く生まれてきてね、ソーマ』

「ソーマ…!?」

ここで同じ第1部隊の仲間の名前が飛び込んできた。では、あのお腹の中にいるのは…

(そうか、これはソーマがもうすぐ生まれる時期の…)

あのアイーシャが、ソーマの母であることにも気づいた。思えば、アイーシャはソーマと同じ浅黒い肌をしている。あの肌は母から受け継いだものに違いない。

『ソーマ?もしやそれは…』

『もし、誰も見たことのないウルトラマンを見たら、この名前を付けたいって思ってたの。アラガミから皆を守り、福音をもたらす…この子にはそんな優しい子になってほしいの』

『ウルトラマン、か…』

ヨハネスは考えていた。もし、来堂先生が自分たちへの講義やプライベートトークの際に何度も話していた、地球を幾度も危機から救ってきた救世主の一族が、この世界がアラガミに荒らされる前に現れていたら…と。もしかしたらこの地球が今のような惨状になってしまうことは避けられたかもしれない。アイーシャが、自分と子供を犠牲にしかねない実験に自ら買って出ることもなかったかもしれない。でも、それは所詮現実にならなかったもしもの話。それに地球だけを守るのがウルトラマンたちの役目ではないし、ウルトラマンたちがアラガミを倒せるかどうかなんてわからないのだ。既存のあらゆる兵器…かつて侵略宇宙人たちの兵器を応用して開発された超兵器メテオールさえも通じなかった。

アイーシャが、ヨハネスの顔を見て気分を変えようと、もっと希望が持てる話に話題を切り替えた。

『来堂先生、最後に会ったとき、孫が息子夫婦の間にできたってはしゃいでたわね。息子さんやその子供たちに、この子と会わせたいわ』

ヨハネスは少し我に返ったようにはっとなるも、すぐにアイーシャの希望にあふれた笑みに応えて、自分も笑みをこぼした。

『きっと会えるさ。その時はペイラーも…』

『ええ…。ヨハン、そのお守りはあなたが持ってて頂戴。あなたにちゃんと見守ってほしいの。私たちの子供が、生まれてくるその瞬間を』

『ああ…!』

もう一度サカキとも和解し、そしてソーマを恩師の親族にも会わせたい。アラガミを根絶したあかつきにその明るい未来を掴むつもりだった。危険が伴う実験に身をゆだねていたアイーシャだが、彼女は実験の尊い犠牲に留まり、未来を諦めるつもりは毛頭なかったのだ。

『ソーマ、あなたはこの世界に福音をもたらすの。アラガミからみんなを守ってあげて……来堂先生が教えてくれた、ウルトラマンのように…強く、優しい子に育って』

 

 

だが、その未来は永遠に来ないことを痛感させる映像が次に現れた。

 

 

次に現れたのは、支部長室で一人デスクに座っているヨハネスが、録画モードのカメラに向けて一人話を始めていた。

(アイーシャさんが、いない…)

妻であり、ソーマの母であるはずのアイーシャの存在が感じられなかった。先ほどと比べると彼の雰囲気は、ユウの知る…どこか冷めたようなものだった。

『やぁ、ペイラー。しばらくぶりだね。

君も知っての通り、あの忌まわしい事故でマーナガルム計画は事実上凍結された。あの事故で生き残ったのは、産まれながらに偏食因子を持ったソーマと、君からもらった安産のお守りを持った私だけだった』

(生き残ったのが、ソーマと支部長だけ…じゃあ、アイーシャさんは…!)

その先は言うまでもなかった。二人は、この映像の時点ではソーマの誕生と同時に、アイーシャが亡くなったことを確信した。間違いなく、先ほどまでの映像で実行されていた、『マーガルム計画』で…。

しかも「忌まわしい事故」とも言っている。アリサの過去にも匹敵する、想像することさえおぞましい現実があったに違いない。

『君が作ったお守りの技術が、今や人類をアラガミから守る対アラガミ装甲壁になるとは…科学者として、君には敵わないと痛感したよ…恐らく君は、こうなることを予見していたのだろう』

アイーシャと共に未来を語らっていた希望にあふれたものではなく、ただひたすら伝えるべきことを淡々と告げるだけの酷薄な声。アイーシャの死が、ここまでヨハネスを変えてしまったのか。

『フ…安心してくれ。君を責めるためにこのメールを送ったのではない。あの時君が必死になって止めていたとしても、アイーシャは決断を覆さず、私もまたそんなアイーシャの意思を汲んでいたかもしれないからな』

ヨハネスは薄く笑うと、このビデオメールを見ているであろうサカキに向けて話を続けた。

『話を戻そう。私は近々、フェンリル極東支部の支部長に任命される。そこで再び君の力を貸してほしい。報酬は研究に必要な十分な費用と、神機使い…ゴッドイーターにまつわる全ての開発統括だ。

…そうだ、君にまだ息子を紹介していなかった。まあそう言うわけで、近々挨拶に行くよ…それでは失礼』

最後にそう締めくくり、ヨハネスは彼らを止め、再び画面を砂嵐が覆った。

「…とても良い光景とは言えなかったな」

「うん…」

タロウの一言にユウは頷いた。見ているものを深刻な気持ちに沈ませる映像だった。ソーマと神機、両方の誕生の秘密に触れたが、そこにはサカキやヨハネスの忌まわしい過去も混ざっていた。

…と、ユウとタロウの二人が気持ちを沈ませていたところで、一枚の画像がビデオの最後を締めくくった。

 

『このディスクを拾われた方は、ペイラー・サカキの研究室まで届けてください。

 

…まさか中身は見てないよね?』

 

デフォルメされたサカキとオウガテイルが両脇に出た文書付き画像。シリアスな空気をぶち壊すメッセージに二人は思わず声を上げた。

「「おいいいいいい!!!?」」

最後にこんな、自分にとって見られてはまずい映像ですとアピールされても全く意味がないではないか!!

しかし確信を得た。サカキは間違いなく『わざと』ユウが視聴するように仕向けたのだ。

でもまだその理由がはっきりとわかっていない。ソーマが自身を化け物と蔑む理由を考えていたタイミングで、サカキはこの記録ディスクをわざと落とした。サカキなりに、ソーマのことを誰かにわかってほしいと願っての事だろうか。


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