ULTRAMAN GINGA with GOD EATER 作:???second
というわけで最新話です。
今回のエピソード、コスモスのエピソードを元にする形で一度書き直そうとも考えましたが、時間的余裕を感じず、形だけでも結局そのままにしてます。不恰好なエピソードになるかもしれませんが、よろしくお願いします。
暗い。
目を開いても閉じても、広がるのは闇の世界。アリサはまたそこにたっていた。
あぁ、またここに戻ってきたのか。なにも存在しない、ただひたすら暗いだけの場所。でも、ここならもう大丈夫、だってなにもないと言うことは、アラガミもいなくて、止めどなく溢れ出てくる悲しみもない。
まさに楽園と言うものだろう。このまま寝てしまおうか。そうすれば誰も私なんかに構わなくなる。私も誰かに迷惑をかけることもない。
なんだ、楽園なんて目を閉じればそこにあるじゃないか。何でアラガミを倒そうだなんて思ったのだろう。そんなことをわざわざしなくても良かったのだ。
誰も傷つかずにすむのだ。リディアも、自分も…オレーシャのように死ぬことも。
うずくまり、じっと闇の中で眠りにつこうとするアリサ。
だがそんなアリサに、扉が開く音が聞こえ、それに伴って細い光が差し込む。
アリサはそれに気がつき、ビクッと身を震わせ、身を縮こませた。また扉が…!
何で…何で開けるの!?これ以上私に怖いもの見せないで!早く扉を閉じて!
あの日の、両親をピターに食われた時のトラウマに満ちた記憶が甦り、怯える。
しかし、聞こえてきたのはアラガミの鳴き声ではなかった。
「…いさん、起きて。朝ごはんだよ」
…?誰だろう、この声は。幼い女の子のようだが、聞いたことがない声だ。
「兄さん、起きてってば」
朝ごはん?兄さん?
思わず気になって顔を上げると、僅かに開いていた扉が開いていった。
扉の先は、ボロボロのあばら家だった。瓦礫から拾い集めた資材で作られたのか、全体的にいびつなつくりで、かろうじて居住スペースとしての形を保っているものだった。
アリサが出てきたのは、ちょうどクローゼットの正面にある、ボロボロの畳の上だった。当時の一般家庭の家の再現のつもりか、床に敷かれた畳の中央にちゃぶ台もある。ただ、その上に並べられている料理はパンとスープ、野菜…あまり手が込んでない献立となっていた。
ちゃぶ台の向こう側に、幼い女の子がアリサを見て、やや頬を膨らませて睨んでいる。
「兄さん、また夜更かししたんでしょ?早寝早起きしろって何度も言ってるのに」
兄さん…?何を言ってるんですか、私はそもそも女で…
口でそういおうとしたが、アリサの喉からそんな声は出ない。変わりに、自分の意思とは全く関係のない、男の子の声が発せられた。
「あはは、ごめん。昨日もラジオいじるのに夢中になってたから、つい夜更かししちゃった」
アリサは自分の喉に自然と手が伸びたような錯覚に陥るが、手も自由に動かなかった。
(なんで私、男の子の声を出してるんですか!?)
混乱するアリサ。でも変わっているのは、声だけではなかった。部屋の壁にかけられた鏡を見て、姿だけでなく見た目までも少年となっていた。
「ちょっとクマできちゃってるな…」
これは一体どういうことだ?なぜ自分は男の子になっていて、いつの間にか妹がいることになっているんだ?
「ユウさーん」
すると、玄関の方からもう一人、妹とは別の幼い少女がやってくる。
「ユウさん、ラジオ直った?」
儚げで大人しそうな子だ。大人になったらきっと美人になるに違いない。そう思えるような美少女だった。
「ごめん、もうちょっとだけ待ってて。今日中には終わらせるから」
「もしかして、あまり寝てない?」
頭を掻く少年を見て、少女は顔を覗き込む。少女の眼に映る少年の顔の目元に見える黒いクマを見て、申し訳なさそうに謝りだした。
「ごめんなさい。私無理を言っちゃったかな?」
「ユノが気にすることじゃないよ。早くユノの新しい歌聴きたいからつい頑張っちゃっただけだ」
首を横に振って、気に病みつつある少女に笑顔を向ける少年は、傍らにある分解されたラジオに視線を向ける。
「これが直ったら、またユノが新しい歌を覚えることができる。その歌で元気になる人が増える。けど、やっぱ古すぎるからかな…何度も修理が必要になってくる」
「ユノちゃんの歌に関しては同意だけど、いい加減ちゃんと睡眠とってよね。朝ごはん冷めちゃうんだから。私たちがなかなかご飯を食べられない生活送ってるの、わかってるでしょ?」
少し悩むように首をかしげる兄に対し、妹は深くため息を漏らした。
アリサは、なんとなく理解し始めた。
以前聴いたことがある。自分と同じ新型ゴッドイーター…、神薙ユウには妹がいて、彼は主に古い時代の機械の修理を得意としていた、と。これは彼の過去の記憶なのだと。
でも、どうしてこんなものを私は見ているのだろう。私と彼は別の人間なのに、他者の記憶を見るなんて…。
悩んでいると、景色が映画の場面切り替えのように一変する。
「アラガミが来たぞ!!」
(!?)
何度も聞いた叫び声。アリサはその一言だけで、一気に恐怖と不安を抱いた。
視界に映る人たちは、流れ込むようにアラガミの群れから逃げていた。しかし、視界の主…当時のユウ少年は彼らの逃げた方向とは真逆、アラガミがいる方角へと突っ走っていた。
(体が勝手に…!!)
アリサは自分の意思と関係なく体を勝手に動かされ、危険に身を飛び込んでいく感覚に、恐怖を感じ始めた。だが止めることはできない。これはあくまで過去の記憶を映像と似た形で見ているだけ。彼女の意思で見るのを止めることはできない。
しばらく走らされると、さっき景色が変わる前に見た、あのあばら家にたどり着く。すぐに玄関を開き、ユウ少年が叫ぶ。
「○○、アラガミだ!早く!」
中にいた妹に向けて、避難を促すユウ。妹も名前を呼ばれると、傍らにある自分の貴重品…といっても、自分が大事に持っていたわずかな服や人形だけを持って外へ逃げようとした。
だが、既に時が遅かった。いや、『早すぎた』のかもしれない。
「ッ!」
妹は自分たちのあばら家のすぐ外に、アラガミの…ヴァジュラが迫っていたことに気付いた。
「兄さん、逃げて!!」
ヴァジュラが二人の住んでいたあばら家を押しつぶしたのは、その叫びと同じタイミングだった。その前の間一髪、妹は力いっぱい、兄であるユウを突き飛ばす。
ユウは反応できなかった。それができた時には、自分たちが住んでいたあばら家は崩れ落ち、ヴァジュラの下敷きになっていた。
ユウの、あの時の彼の絶望に満ちた叫びが、アリサの頭の中にこだました。
彼が妹を亡くしていたとは聞いていた。でも自分と違い、憎しみで戦うことを彼は拒んでいた。かけがえのない家族を失ったのなら、アラガミを憎む自分の気持ちを理解できるはずなのに…いや、理解したうえで否定したのだろうか。アリサには、この悲劇の記憶に心が痛みつつも、ユウの考えが分からなくなった。
(神薙さん、あなたはなぜ…憎しみを抱かずに戦えるんですか…?)
その後も映像は続いた。
フェンリル極東支部のアラガミ防壁の前。
当時のユウと同じく、壁の外で暮らしていた人たちであふれていた。
「なんで中に入れてくれないんだよ!」
「規則です!パッチテストに合格できなかった人を通すわけにいきません!」
壁の入口では、フェンリルの職員と壁外の男性たちが揉めていた。何も珍しい光景ではない。フェンリルの各支部、壁の中に収容できるのはゴッドイーターの素質を持つ人間だけ。それに当てはまらない人間が入るには、素質のある人間とは血縁関係にあるか、または譲歩しても配偶者である必要がある。だがいずれにも当てはまらない彼らは必然的に弾かれる。ゴッドイーターという希望になれる可能性のある人間を残すために、才能がないと見なされた人間を切り捨てる。シックザール支部長の方針だ。
「我々の保有する資源にも限りがあるのです!みなさんを無差別に入れれば…」
そう、これが一番の理由だ。今のフェンリルには、本当に余裕がないのだ。
常に進化を繰り返すアラガミに対抗するために研究を重ねる。そしてそれを形にするために膨大なオラクル資源が、そしてそれに伴って研究者や、ゴッドイーターたちの生活を支えるための物資が必要となる。いつぞやの時代のように、慈善事業感覚で恵まれない人たち全てに施しを与える余裕などあるわけがない。ゴッドイーターとなったアリサには理解できた。だが、壁の外で見捨てられたも同然の人たちにそんな事情など簡単に理解されるはずもなかった。
ユウもその声を聴いて、フェンリルの職員に願い出た。
「お願いです。僕のことはどうなっても構いません。だから、みんなを壁の中に入れてください…」
深く頭を下げて頼み込むユウだが、フェンリルの職員はそれを聞き入れなかった。…いや、できなかった。上官からの許可や説得だけではどうにもできない。さっきも言ったように、そもそもフェンリルにはユウたちを保護してやれるだけの余裕がなかった。
「ごめんね、ボク…私たちにはどうにかしたくても、できないんだ…!」
ユウの、子供の頼みさえ拒んだフェンリル職員に、壁外の人たちの怒りが爆発する。
「くそが!本当は俺たちを壁の中に入れなくないんだろ!お前らのぜいたくな飯やうまい酒が減っちまうだろうからな!」
「ざけんなよ!こっちは命がけでここまで来たんだぞ!」
「自分たちだけおいしい思いばっかりして!ふざけないでちょうだい!」
フェンリルの職員に対して、壁外の人たちの文句のオンパレードが続く。
このままでは、そう思ったのか顔が苦渋に満ちるフェンリル職員は、持っていた銃を人々に向けた。
「退去してください!さもなくば…」
それは最早脅しだった。銃を向けられ、防壁外の人たちは後退りして押し黙り、引き返すしかなくなった。
「ちくしょう、フェンリルめ…自分たちの箱庭ばかり護りやがって」
負け惜しみのごとく、防壁外の男性が呟く。
ユウは怒りと失望を抱く。なんでフェンリルはいつもそうなんだ。僕たちを助けてくれるだけの力があるはずなのに、どうして見捨てるのだ。自分たちさえ助かれば満足だというのか、フェンリルのことをただの自分勝手な組織だと思い込むことで、その怒りをただひたすらフェンリルに向けることで、ユウたちは望みのない防壁外で荒みつつある自分の心を保とうとしていた。
向こう側も苦しんでいたことに気づこうともしないで。
「……」
どのように言葉で表現するべきかわからず、無言でその光景を、ユウの目を通してアリサは見続ける。
景色はさらに変わっていく。
今度は鎮魂の廃寺の敷地内だった。しかしそこは、廃墟とはいえ残されていた寺のところどころが、その場で暴れていたアラガミによって崩壊寸前だった。
ユウは、その廃寺の瓦礫の下敷きとなっていた。少年時代と違い腕に筋肉が引き締まっている。おそらく現在と変わらない姿、青年になっているかもしれない。右腕腕輪もないことから、ゴッドイーターになる前の事だとわかった。
そんな彼の目を通してアリサが見ているのは、当時の瓦礫の下にいた彼が見上げていたのは…超巨大なアラガミだった。
(このアラガミは、もしや…!)
ここしばらくの間、極東支部付近で何度も現れ、自分もその一体と遭遇した…合成神獣。オウガテイルが別の巨大な生物と融合して生まれた、オウガダランビア。その姿を見て、ユウの中のアリサは戦慄を覚える。しかし、ユウがこの時抱いていた感情が伝わった。
理不尽な暴を振るい、罪もない人たちを次々と喰らっていく化け物に対する、怒り。
「僕は、お前らを…許さなあああああああああああああい!!!」
そう叫んだ瞬間、アリサはユウの身に異変が起きたことに気付いた。今はユウと一つになっているからだろうか。自分の体の奥底からも、力が湧き上がるのを感じる。バースト状態とは比較にならないほどの…それでいて、とても暖かな光のような力だ。
気が付けば、アリサが見ているユウの視点が、遥か高い地点まで、それもあの巨大な合成神獣とほぼ変わらないほどに高くなっていた。
『なんだ、これ…僕の体に、いったい何が…?』
ユウ自身も、この時は自分の身に起きた異変に動揺を示していた。自分の手を見ると、銀色の肌に赤い模様が刻み込まれている。そして腕…いや、足にも夜の中でも輝く水晶体が埋め込まれていた。
(こ、これは…!?)
信じられない。だって、この姿は……いや、でもまさか……ありえない。
なんで…?
アリサはひたすら、動揺し続けていた。
なぜ今の自分は…いや、当時の彼の姿が…
ウルトラマンとなっているのか
そこからも、まだ記憶映像は続く。ドラゴート、ツインメイデン、グボロ・グビラ、ザムシユウ、ザラキエル、ヴァジュリス、ジャック…様々な合成神獣を相手にギンガと第一部隊が戦う姿を見る。
間違いなかった。今思えばギンガが姿を見せている間、ユウは姿を消していた。そしてギンガが去ると、ユウが再び姿を表す。ギンガがザムシユウに胸を切りつけられた傷に伴い、ユウの胸元も傷がついていた。彼の服のあの部位の補修を自分が借りを返す目的でしたから覚えている。
(神薙さんが、ウルトラマン……)
彼は新型ゴッドイーターというだけではない。凶悪な合成神獣たちを相手に最前線で闘ってきたのだ。
しかし、強大な力を得ても、ユウに必ずしも望ましい結果が得られるとは限らなかった。
ジャック、そして…自分が変身させられたボガールと新種のヴァジュラたちの群れに襲撃を受けたとき、そして…エリックを失った時がそうだ。ユウの記憶を通して、アリサは自分を憎んだのがこれで三度目になった。
(私は…まただ…また同じ間違いを…)
家族も親友も死なせ、今度は接点の低い同僚さえも死なせてしまった。自分がどれ程呪われているのか、悟るしかなかった。
しかし、ユウは違った。
この先も、ウルトラマンとして戦う分、普通のゴッドイーターよりも過酷な戦いの中に居続けることになる。それでも彼は戦うことを決意していた。
私なんかと違う…
初めて会ったばかりのころは、自分が優れてると思っていた。でもそんなことなかった。
最初は確かに彼も、フェンリルを快く思っていなかったということについては、アラガミを許せなかった自分と似ていた。でも彼はその認識が自分たちのことしか考えていない身勝手なものであると気づき、自分以外の誰かのためにゴッドイーターとして、そしてウルトラマンとして戦ってきた。その身に降りかかる痛みも、地獄のような悲劇も見てもなお、彼は誰かのために自分の意志を貫いている。
無駄に高いだけのプライドを保ち、他の誰かを省みようともせず、憎しみだけで戦ってきた結果、二度も大切な人を死なせ、闇に身をゆだねることしかできなくなる自分とは違う。
何が新型ゴッドイーターだ。何が「私よりも優れたゴッドイーターはいない」だ。
私なんか、何かを成すどころか、両親も、親友を含めた同じゴッドイーターたちも死なせ続けてきた、ただの出来損ないだ。
それどころか、私は……
邪悪な意思によって、自分はアラガミとなんら変わらない…人を食らう化け物になってしまっていた。
――――イタダキマス
その一言を呟き、ボガールとなって何人もの防壁外の人たちを食らった光景が頭をよぎり、思わず吐き気を感じ、口元を抑えた。
収まったところで、再び体育座りのまま闇の中で座り込んだ。
…このまま闇の中で、死ぬまで静かにおとなしくしていよう。
外の世界は、もう私がいなくてもきっとうまくいく。だって…私なんかよりも遥かに優れていて、強いあの人がいるのだから…。
無事、任務から戻った第1部隊だが、任務成功の喜びなど皆無だった。
「今回もよくやってくれた。新型の二人、そしてリンドウがいない穴をカバーできているようで何よりだ。だが今言ったように、三人が抜けた穴は大きい。くれぐれも油断するなよ」
戻ってきた彼ら三人に、ツバキはねぎらいと共に用心を促す言葉をかける。
ツバキは、解散直後にサクヤを呼び止めた。
「サクヤ、お前に上官命令を出す。少し休暇をとれ」
「そ、そんな…私は!」
もしかして役立たずと思われ始めているのでは?そんな不安を抱いた。でもリンドウがいない今だからこそ、なんとか気をしっかり持たなければとも彼女は考えていたので、サクヤはツバキに抗議する。
「…最近、鏡を見たか?」
「え?」
「その顔、あれからほとんど寝ていないだろう?」
気遣うようにやや穏やかな口調で指摘してきたツバキから言われ、サクヤははっとなった。確かに、リンドウのことを考えるあまり、ここしばらく寝ることもままならなくなっていた。
「サクヤ、お前は幼い頃からリンドウを慕ってくれていたな。姉として嬉しく思う。だが、だからこそ上官としても、今のお前を見過ごせない。コンディションを整っていない者は死を呼び込む。わかるな?」
「…はい。軽率でした」
「最後に忠告する。お前はもう少し回りに頼ってみろ。まだ未熟な連中だが、頼れるやつらはいるはずだ」
「………」
サクヤはリンドウがいなくなった後、彼が見つかるまでの間、自分が副隊長として皆を引っ張ろうと思っていた。でも、今回の任務で油断をしてしまい、危うくコウタを危険に晒してしまった。
(周りの誰かに頼る、か…)
ツバキの案は常に見ているために的確だ。でも、今誰にどんなことを頼るべきか、まだ整理がつけきれていなかった。
その頃、ソーマは一人、支部長室へと足を運んだ。
支部長室では、ヨハネスが一人、まるでソーマが来ることを予見していたかのようにデスクで待ち構えていた。
「リンドウ君のこと、かな?」
ヨハネスは要件さえも見越していた。
「わかっているなら捜索を再開しろ。あいつはあの程度で死ぬようなタマじゃねぇ」
ソーマも、サクヤと同様にリンドウの生存を強く望み、そして信じていた。
「それはできない相談だ。先ほど、オペレーション・メテオライトの1週間の延期が決まった。今後の重要な作戦のために、貴重な人材をこれ以上裂くことはできん」
息子だからといって、ヨハネスはソーマの提案に賛同しなかった。
「そんなに、そのくだらねぇ隕石作戦とやらが大事なのかよ」
「当然だ。これを成功させなければならない理由、ここしばらくこの極東支部に起きた合成神獣たちによる事件を考えればな」
剣で突き刺すように鋭くなっていくソーマの視線に、ヨハネスは全く動じずに話を続けていく。
「しかし、幸いなことに、既に我々はリンドウ君に匹敵する人材を手にしている。彼ならば十分にリンドウ君の代わりを務めるだろう。お前にもやってもらっている…『特務』についてもな」
それを聞いた瞬間、ソーマは声を荒げて反発した。
「止めろ!あいつはまだ入ってきたばかりのヒヨッコだぞ!
てめえはまた誰かに犠牲を強いるのか!『母さんが俺を生んだとき』や、6年前のあの作戦のように!『てめえの妄言』でしかないことのために!!」
「…」
ソーマの口からの、『母』と『妄言』という単語を聞いたヨハネスは、目を細め顎を上げて口を再度開いた。
「お前が神薙君の危険を避けたいと思うならば、これまで通り特務を受け、『あれ』を早急に見つけ出せ」
全く大きな反応さえも見せないヨハネスに、ソーマはちっと舌打ちする。
「…そんなに探し回りたいなら、全員で探させればいいだろうが。てめえの作戦のために何人も集まってんだ。頭数は充分だろ」
「本部の連中は元々、『あのこと』を風説としか思っていない。大々的に我々極東支部だけで公表しても、お前が妄言と断じたように眉唾物と見なされるか、パニックを促すか作戦前にまた犠牲を出す可能性を生むだけで意味はない。だから極東部外秘とした」
(…どの口で言いやがる…)
何度もこの男のやり口には辟易していた。確実かつ効果的ならば、『人が犠牲になる』ことも、この男はやる。今回のリンドウの件も、もしかしたら…しかし確証もないし、同時に効率と確実性を求めるこの男が無駄なことを好まないことも知っていた。
「だが、いずれ発生するのは確実だ。だからその前に手を打たねばならんのだ。可能ならば、これをオペレーション・メテオライト前に成し遂げろ」
「『終末捕食』の鍵…『特異点』の回収を急げ」
ソーマ・シックザール。そしてヨハネス・フォン・シックザール。
親子とは思えない、冷え込んだ空気が支部長室を支配していた。
リディアから聞いた、ロシア支部時代のアリサと、リディアの亡き妹オレーシャの間に起きた悲劇。感応現象とリディアの語りで知ったユウは、予想以上の残酷な悲劇に胸が締め付けられた。
ロシア支部でゴッドイーターになったアリサは、一度はアラガミの、そして自分への憎しみから開放され、オレーシャという最高のパートナーと出会い、人類とその未来のために戦うことができていた。それがまた、オレーシャの死をきっかけにまた心を閉ざしてしまった。
「支部に搬送された時のアリサちゃんは、ひどい状態でした。倒したヴァジュラに大怪我を負っただけじゃなくて、心の方が酷く傷ついていました。私や、あの子が所属していた防衛班の同僚さんたちの声がまったく届かなかったくらいに…
その際、大車先生が、アリサちゃんの精神を元に戻す治療法として、オレーシャのことを忘れさせ、あの子のことを思い出させないために、私や防衛班の方々には二度とアリサちゃんに会わないことを提案したんです」
話している間のリディアの表情は、やはり暗い。自分の妹の死を、本当なら話したいとも思わないのに、彼女はその辛さを押し殺してユウに話してくれていた。
「最初は、例え辛いことでもいつか乗り越える。そう信じて私は反対してましたけど、結局私は、その案に乗りました…私は、アリサちゃんを信じると言っておきながら、最後にアリサちゃんの傷ついた姿が耐えられなくて…!今思えば、それがあの男の思惑通りだったのに…!」
最後に耐えきれなくなり、リディアは涙を流して震えた。
「なんと言うことだ…」
話を通してタロウが思わずそう呟く。
だが、大車が最後に自分達の前から逃げた際に取った手段、アリサが奴に錯乱させられた理由もわかった。封じられたオレーシャと彼女の悲惨な最期の姿を思い出させられたのだ。
「…納得できない。なんでだ…」
こんな残酷な話があるだろうか。確かにこの世界は残酷だ。でも、許していいことなのか。何の罪もなく、ただ家族や親友と末永く幸せに暮らす。そんな当たり前のはずであることさえもこの世界はさせてくれない。それどころか、何度でも大切なものを奪い去って行く。それも、大車のような許しがたい下衆のために。
「なんでアリサばかりがこんな酷い目に会わないといけないんだ!!彼女が一体何をした!大車やあの宇宙人たちみたいに自ら悪に染まっていたわけでもないのに…なんでだ!!」
どこまでアリサを、しかも加えてアリサの大事な人たちの思いを踏みにじれば気が済むんだ!!
「ユウ、君の気持ちは最もだ。だがいきり立ってもなにも変わらない。一呼吸置いて落ち着くといい」
そばにあるテーブルに立つタロウがユウに言い、ユウは怒りを口に出すにをやめ、深呼吸した。
「落ち浮いたか?」
「うん…二人とも、すみません」
また熱くなってしまった。まだ精神面に置いては未熟さがあると、自分で思った。
「いいさ、私もアリサほど不憫な子供は見たことがない。君でなくても、そのように怒りと悲しみを覚えるのも無理はない」
かつて地球を守っていた頃、タロウは幾度か近しい人たちの悲しみと向き合うことになったことがあるが、アリサほど残酷な過去を背負うことになった子は初めてだった。
「ユウさん、ありがとう…アリサちゃんのために」
リディアが、辛そうにしつつも、ユウがアリサのために強く心を痛めていることを知り、微笑んだ。この人はアリサのことを大事に思ってくれている。それが嬉しかった。
ユウはいまだに眠りについているアリサの寝顔を見る。
今回の、二度目の感応現象を起こしても、一度目と異なり目を覚まさなかった。今はそこが気がかりだった。
「君が感応現象で見たアリサの記憶から推察すると、恐らく目覚めるのを拒否しているかもしれん」
「アリサちゃん…」
「っ…済まないリディア先生。あなたの前で…」
「いえ、いいんです。タロウさん…」
目覚めるのを拒む。確かにタロウの言う通りかも知れないと思った。両親の死の悲しみから救ってくれた親友さえ目の前で食われたなんて、トラウマにならない方がおかしいとさえ思える。
(でも、アリサに目覚めてほしいと願っている人もいる)
リディア。かつて両親を失ったアリサを孤独の闇から引き上げた女性。血のつながりはないが、アリサにとってこの世にたった一人だけ残った家族同然の存在だ。たった一人でもアリサの目覚めを求める人がいる。なら自分には何をどうするべきなのか。
しかし、考えている間に面会時間は終わってしまい、その日は病室を後にするのだった。
ツバキから休暇を与えられたサクヤは、自室で傷ついた心を落ち着かせようと、静かにベッドの上で蹲っていた。
脳裏によぎるのは、任務をこなす日々を送りながらも何気ない当たり前の会話を、リンドウと共に交し合っていた記憶。でも、リンドウがいなくなって1週間以上が過ぎてしまった。本当なら今もここにいるはずの人が、ここにいない。それがこんなにも辛いことだとは…。
リンドウがこの部屋に来るのは、自分が飲まない配給ビールが目当てだった。文句はいうものの、サクヤはあまりビールは飲まないのでいつもリンドウにあまりさえ残さず飲み干されてしまう。
『配給ビール、とっといてくれよ?』
最後に聞いたリンドウの言葉を思い出し、ふとサクヤは喉の渇きを覚え、部屋に備え付けられた冷蔵庫を開き、ビールの缶を一本取った。
ふと、彼女はビールを握る指先に、何か違和感を覚えた。その缶に目をやると、底にテープで固定されたデータディスクが貼り付けられていた。
(何、このディスク…?)
身に覚えがないものだった。わざわざ冷蔵庫の缶の底に張り付けるなんて。
…待てよ、まさか!?
リンドウが別れ際に伝えていたあの言葉は、そういう意味だったのか?
彼女はさっそくそのディスクを、部屋のターミナルに挿入して中身を調べる。
だが、残念ながら中身を閲覧するまでに至らなかった。リンドウの腕輪によるロックがかけられていたからである。これを見るためには…
(リンドウの腕輪が必要…か)
リンドウが戻ってきさえすれば、わざわざ腕輪認証はしなくとも、彼から直接聞きだすことはできる。
こうして、ビールの底にディスクを隠したくなるような、何かを。
「リンドウ、あなたは…」
私たちの知らないところで、いったい何をしていたの?
思わず口に出したくなるような疑問を抱いたサクヤ。
すると、サクヤの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
予測外の来訪者に思わず警戒心を抱くサクヤだが、聞こえてきた声でそれを解いた。
「サクヤさん。僕です。今大丈夫ですか?」
「ゆ、ユウ君?なんだ、君だったのね」
「はい?」
「なんでもないわ。入ってきていいわよ」
入室許可を貰い、ユウがサクヤの部屋に入ってきた。
「今日もアリサの見舞いに行くつもりですけど、その前に僕が任務に出られない間の皆のこと、直接この目で確認したくて…ご迷惑でしたか?」
「大丈夫よ。むしろ、気を遣ってもらって、心が軽くなったわ」
二人でソファに座り、ユウは改めてサクヤに聞いた。
「サクヤさん、最近元気が見られないですけど、やはり…」
顔色が優れないことは、ユウにも一目でわかった。彼にも見破られたサクヤは少し苦笑しながら肯定した。
「…ええ、ツバキさんからも言われたわ。こうして休暇を勧められたみたいにね。ダメな先輩ね…リンドウがいない今、副隊長の私が引っ張らないといけないのに」
「そんなことないですよ。あんなことが起きて、ショックに思わない方が不思議です。アリサのことだって…」
「…そう言えば、アリサはどうしてるの?」
「今はリディア先生が常に診てくれています。アリサとは昔からのお知り合いだったそうで…」
ガタン!
「え!?」
物が落ちたような大きな音に、二人が顔を上げた瞬間、部屋の照明が落ちて真っ暗になった。
「なんだ…!?」
どうしていきなり証明が?混乱する二人だが、さらにその次、アナグラ中に警報が鳴り響いた。
「警報…!?」
「何か大変なことが起きたに違いない…急いで出ましょう!」
「え、ええ…!」
ユウに促され、サクヤは彼と共に部屋の外へ駆け出した。
電気が落ちたのは、ユウの部屋だけではなかった。アナグラ全体の照明が落ちて、内部全体で混乱が起きていた。
「何があったんだ!?」
「こっちでも照明が落ちたぞ!」
「誰か電気をつけてくれ!」
病室の廊下の外からも聞こえる。アリサはそんな声にも目覚めるのを拒否し、眠り続けていた。
夢の中にも、現実でのその声が聞こえた。両親食われたあの日に聞いた、アラガミが来たという叫び声が、たった今の出来事のように。暗闇の中で、アリサはその声から耳を塞ぐ。
やめて…アラガミのことなんか思い出させないで!これ以上私を外の世界に連れ出さないで!もう誰かが死ぬの見たくないの!
恐怖に心が染まっていく。
そんなときだった。
叫び声とは別に、アリサに誰かが声をかけてきた。
『それなら、行ってみない?』
…誰?アリサは顔を上げる。相手の顔を見て、アリサは目を見開く。手を伸ばしてきたのは、女の子だ。
『パパとママのいる、天国へ』
「あ、あなたは……!?」
その少女の姿を見たアリサのアクアブルーの瞳は、驚愕に染まった。
「え、もう電気が!?」
あまり時間も経たないうちにアナグラ内が元の明るさに戻ったことにユウは目を見開く。
「予備電源に切り替えたの。知らなかった?」
「そんな便利な機能があったんですね…防壁の外で暮らしてた頃だと想像してなかったですよ」
「そうね…」
サクヤは設備が十分すぎるほどに整っているアナグラ内での暮らしが浸透していたこともあって、ユウが予備電源という存在を知りもしなかったことに少し驚きながらも、納得した。防壁外の外に設備が整ったままの建物なんてあるはずもない。子供の頃、自分やリンドウとツバキも壁の外で暮らしていたこともあったからよくわかった。
「それより、なんで照明が落ちたんでしょう?」
「わからないわ。こんなこと滅多にないもの。アラガミが侵入した影響だなんて思いたくはないけど…」
「ユウ、サクヤさん!」
ユウとサクヤの元に、コウタがやって来た。
「聞いてよ二人とも、さっき部屋で気分転換にバガラリー見てたらさ、いきなり電気落ちたじゃん!おかげでバガラリーのダウンロード中のビデオが…」
人がアラガミの襲撃で警戒しつつあるときに…ユウは少し文句を言いたくなったが、悪気があったわけではないので黙った。
「ユウさん、ここにいらしたんですね!」
「リディア先生?」
さらにそこへ、リディアもやって来た。コウタとは違い、本気で焦っている様子だ。
「あの、アリサちゃんを見かけませんでしたか!?さっき病室に戻った時、姿が見えなくなって…!」
「アリサが…!?」
病室からアリサがいなくなった。それを聞いてユウは驚愕した。目覚めるのを拒否し、しばらく目が覚めないと思っていたアリサが、なぜ…!?
「その様子だと、知らないみたいですね…」
もしかしたら同じ第1部隊のユウたちのもとにいるのかと期待したが、残念ながらそうじゃなかったことにリディアは落胆した。
「アリサって、まだ入院中のはずだろ?なんで抜け出したんだ?」
当然の疑問を口にするコウタ。
「とにかく、聞き込みをしてみよう。どこかでアリサを見かけた人がいるはずだ」
「お願いします。私、まだこの支部の土地勘がないから…」
リディアはユウが快く捜索を提案したことに安堵する。
「ソーマにも知らせるよ。あいつも同じ第1部隊だし…あ、でも…あいつちゃんと乗ってくれるかな?」
コウタが携帯端末を取り出して同じ部隊のソーマにも連絡を取ろうとしたが、いつもの彼の態度を思い出して、アリサを一緒に探してくれるか不安を抱いた。
「心配ないわ。ソーマはああ見えて仲間は見捨てるタイプじゃないから。ちょっと文句は言ってくると思うけど」
サクヤがそう言った時、リンドウさんと同じこと言ってる、とユウやコウタは思った。
ともあれ、サクヤの判断を信じてコウタは自分の携帯端末を取り出し、ソーマに連絡を入れてみた。
『…なんの用だ』
「ソーマ、俺!コウタだけど、アリサ見なかった?見てないならアナグラ内を探し回ってくれ!」
『…っち、そんなもんお前らだけで勝手にやれ』
「はぁ!?」
あっさりと、且つ冷たく断ってきたソーマに、コウタは思わず声を上げた。
「ふざけんなよ!お前またそんなこと言うのか!あの子だって俺たちと同じ第1部隊の仲間だろ!」
『…仲間を平気で蔑ろにするような奴が本当に仲間か?』
コウタは息を詰まらせた。アリサの旧型神機使いを侮辱し続ける態度は褒められたものじゃないのは、自分も旧型だから内心不満に思っていた。
「そ、それは…でも、それでもいつかわかってくれるかもしれないだろ!」
『…どっちにしろ、俺にはどうでもいい話だ。俺は…てめえらを仲間と思ったことはねぇからな』
「んな…それ、マジで言ってんのかよ…リンドウさんやエリックだって、探して行けって、こういう時絶対言うだろ!?」
ここにはいない、ソーマともかかわりの深い人物の名前を口にして説得する。
『………知るか。弱い奴から死んでいく…そういうもんだろうが、この仕事は』
通信先のソーマは、二人の名前を聞いて一瞬だけ沈黙したが、それでも冷たい姿勢を崩そうともしなかった。ここまで言われて、コウタが怒らないわけがなかった。
「…ッこの糞野郎!もういいよ!てめえはそうやって部屋で引きこもってやがれ!!この人でなし!!」
ソーマに口汚い悪口をぶちかまし、コウタは強引にソーマとの通信を切った。
「あの野郎、全然やる気見せなかった…!!」
「ソーマ…」
ソーマへの腹立たしさのあまり、握っている携帯端末を握り潰しそうになるコウタを見て、サクヤは複雑な感情を顔に表す。
「…ごめん、コウタ。ソーマの方は私が説得してくるから、リディア先生とユウ君と一緒にアリサを探して」
「ソーマなんかほっときましょうよ!あんな奴、こっちから仲間だって思ったのが間違いだった…」
完全にソーマに対して悪感情しか抱けなくなりつつあったコウタが、さらに追い立てるように反発するが、ユウが彼の前に手を突き出してその先の言葉を遮る。
今はソーマと争っている場合じゃない。たとえアナグラの中でも、アリサの身にまた何か危険なことが及んでいるかもしれないのだから。
「わかりました。他にアリサを見た人がいないか尋ねてみます」
「お願い」
ユウからそれを聞いて頷いたサクヤは、ソーマの部屋の方へ、ユウたちはまず最初に人が多く集まるエントランスに向かった。
その頃、姿を消したアリサは…極東支部中央施設の屋上にいた。
アリサは上空を見上げる。上空には、怪しげに立ち込める暗雲が発生し、極東支部周辺の空を覆い始めていた。
『この先にパパとママがいるよ』
「…………」
『どうしたのよ?あたしがここにいることが、そんなに意外?』
アリサに向けてそう告げるのは、アリサにとって確実にありえないと思えてならない人物だった。未だにその人物を…少女を見てアリサは驚きを露わにし続けている。
「だって…あなたは…あの時………私の、せいで……」
夢か幻かと思うが、認知してから消え去ることなく、ここまで自分を導いた。
『あたしはこの通り、ぴんぴんしてるでしょ?アリサがあの時見たのは、ただの幻。あたしは「死んで」なんかなかったってこと。
まぁ、詳しいことは向こうで話そうよ。その方が説明しやすいし』
「…そう、ですね…」
なぜ彼女がここにいるのかわからない。でも、動揺を感じる他にかつてない喜びが、アリサの心を満たす。
「行きましょう…『オレーシャ』」