ULTRAMAN GINGA with GOD EATER   作:???second

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失意のユウ

雨の中、雨合羽を着込んで移動していた大車は、廃墟となっているビルのひとつに入っていった。

そこで大車よりも先にいた人があった。

彼の企みによって恐ろしい怪獣、ボガールにされていたアリサである。元の姿に戻って倒れていたようだが、その姿はずぶ濡れになっていて、どこかみずぼらしい。

「う…」

アリサは意識を取り戻して起き上がり、大車の存在に気づく。目はわずかな光さえも差し込んでいないように虚ろなものだった。

「…大車、先生?」

「おぉアリサ。やはりここにいたのか」

大車は、まるで父親が娘と再会できたときのような穏やかな口調で彼女に近づく。

「私、一体…」

なにをしていたのだろう。そのように呟こうとした彼女だが、その瞬間頭の中に記憶があふれ出す。

 

先刻でリンドウらを迎えに行った際に現れた氷のヴァジュラと、親の仇と追い続けてきたディアウス・ピター。

だがピターと視線が合った瞬間、自分の中によみがえったアラガミに対する恐怖。

恐怖と憎悪が入り混じり、感情が爆発して…。

 

おぞましい怪物となったのだ。

 

「いや、やあああああああ!!」

自分がボガールに変身し、ゴッドイーターとして守らなければならない人たちを、逆に傷つけ、襲い…殺して行ったことを思い出した彼女は、悲鳴を口にせずにはいられなかった。

私が、あんな醜い化け物に!?パパとママの仇を討つために、ゴッドイーターとなったはずの自分が!?

自分の身に起きた異変に絶望と恐怖が駆け巡り、床の上に膝を付いて崩れ落ちた。

「違う、違うの…パパ…ママ…私、そんなんじゃ…やだ、わたし…なんで…あんな…こと…」

「アリサ、落ち着きなさい」

「いや、やぁ!!来ないで…いやぁ!!」

アリサは身を縮め、近づいてきた大車を拒絶する。だが構わず大車は、身をかがめて大胆にも自分に彼女を抱き寄せた。

「せん、せい…?」

戸惑いを見せるアリサの耳元で、彼は…あの言葉を口にする。

「один…два…три」

父親が娘に言葉をかけるように言いながら、自分を抱きしめる大車の体温を感じ取るうちに、アリサに落ち着きが戻っていく。

「落ち着いたかね?」

大車からの気遣いに、「…はい」とだけ、アリサは答えた。

「でも先生…私、あの時………あれ…?」

怪物にってしまった…などと言いそうになったが、言えなかった。言えるはずがない。大車は自分にとって恩師だ。

「怯えることはないさ、アリサ。何があろうと、私は君の味方だ。いつもそうだっただろう?」

「せんせい…」

その頭を帽子ごと撫で回す。その手つきが妙にいやらしいのに、アリサは嫌悪感ひとつ表していなかった。『なにがあろうと君の味方』。その優しい言葉の裏に…大車の悪意が隠れていた。

「ふふふ…しかしよ~くやったね、アリサ。『仇のアラガミ』たちを滅ぼすことができたのだから…」

「仇の…アラ、ガミ…?」

「そうだ。君は…私の思っていた通り『ウルトラマンを超えた存在』に進化し、憎き仇を討ったんだ。天国のパパとママも喜ぶよぉ~?」

下卑た笑顔で、タバコ臭い息を吐く大車の言葉に、立ち上がったアリサは薄ら笑いのごとく微笑し嫌悪感さえ表さなかった。

「そっか…私、やっと討てたんですね…パパとママの、仇を…」

どう見ても彼女は正気を失っていた。…というより、大車に精神を支配されているのが一目瞭然だ。本当の彼女なら…わかるはずだ。醜くおぞましい怪獣の姿になり、仲間たちに牙を向いた罪深さを。

「これで『あの方』の最大の邪魔者が死んだ…シックザールも『自分の計画』の守護者が消えたことでさぞ焦っているだろう…。雨宮リンドウを暗殺するための駒としてアリサを育てるために、都合のいい犬として抜擢したはずの私が、まさかウルトラマンの化身である神薙ユウさえも暗殺しようとは考えていないだろうからな。もはや、私たちを止められる者は誰もいない…くくくくく…ははははははははは!!」

しかし狂っているという点では、この大車の方がそうだろう。人類の一人でありながら、人類に害をなす闇のエージェントと成り果てた男なのだから。自分が怪物となったことの重大さを忘れ、ただ自分の従順な僕となっていく少女を見て満足しているのが、何よりの証拠である。

「…私、先生のおかげでパパとママの仇を討てました。だから、恩返しがしたい、です…」

「あぁ、ありがとう…なんていい子なんだアリサ。君は、私の希望そのものだよ」

自分の未来に、栄光が差し掛かっていると確信し外へ出る大車に、アリサは疑うことなくついていく。彼女は、美しく精巧された人形のような可憐で美しい容姿をしている。今はその言葉通り…『大車の人形』と化していた。

 

 

 

意識がはっきりしたとき、ユウの視界に映ったのは、白い天井だった。

「あれ…?」

頭がボーっとする。いつの間に寝ていたんだろうか。ユウは起き上がる。

そこは、アナグラの病室だった。ゴッドイーターになる直前、ここに運ばれてきたことがあるが、あの時とまったく景色が変わらない。

(いつの間に、ここへ運ばれていたのか?確か僕は…)

意識を失う前の記憶をたどるユウ。そして思い出す。

アーサソールとの任務の最中、すでに介入していた闇のエージェントたちの企みによって自分はギンガに変身しながらも敗北したこと。その際アラガミ化したウルトラマンジャックと、彼を呼び覚ましたヴェネによって一命を取り留めたこと、そのヴェネが犠牲になり、ギースとマルグリットの二人はフェンリルおよびその中に巣食っている闇のエージェントたちの目から逃れるために逃亡せざるを得なかったこと。

アナグラへの帰還中、かつての知り合いを含めて難民たちと遭遇、さらに突如凍りのヴァジュラと黒いヴァジュラが現れ、アリサが暴走しボガールにダークライブしてしまった。自分はギンガのエネルギーが不足していたがために変身できず…

(何もできないまま一方的にやられ、川に落ちたんだ…)

完全な敗北を喫した。確かに自分は、戦いの場に立って間もない身だ。それにピターが現れたあの時、

とはいえ、そんな言い訳が人の命がかかっている戦場で通じるはずがない。自分は…何もできなかった。みんなはいったい…

「…そうだ、みんなは!」

みんな、そのたった一つの単語でユウの頭はさえたような気がした。第1部隊の仲間…特にリンドウにアリサ、そしてスザキたち難民の人々がどうなったのかを知らなければ。

だが、ユウがベッドから降りたと同時に、病室の扉が開かれる。

そこに真っ先に現れたのは、第1部隊の仲間でもあるコウタ、ソーマ、サクヤの三人だった。

「なんだユウ、死んでなかったんだ。…意外。てっきり死んだのかと思ってたのにがっかりだな~」

「コウタ…!?」

最初の口を開いたコウタから、信じられない言葉が飛んできた。その目も彼とは思えないほど冷たい。ユウを、家畜かそれ以下のように見下したものだった。

すると、ソーマはユウの胸倉をつかみ、無理やりに彼をベッドから引き摺り下ろした。そしてうつぶせに倒れたユウの髪を乱暴に引っつかんで自分の方に顔を向けさせる。

「ぐ、ソーマ…何をするんだ!」

「年々足手まといばっか押し付けられて…うんざりなんだよ。てめえみたいなのが勝手に先に死ぬおかげで、俺は『死神』なんてふざけた呼び名を押し付けられるんだ」

普段の冷たい態度がさらに加速し、今のコウタにも匹敵するほどの冷酷な視線と言葉をユウに投げかける。

「ユウ…あんたのせいよ。あんたが変身してアラガミに戦うことさえできれば、リンドウは……!!アラガミの餌食になることなんてなかったのに!!」

「え…」

だがそれ以上に、サクヤの言葉が剣よりも深く、えぐるように深く突き刺さる。

リンドウさんが、アラガミに…?

ユウの心に暗雲がかかり始めた時、さらに彼を罵る声が彼の耳に届いた。

 

「兄さんって、本当に役に立たないよね」

 

自分を兄と呼ぶその声を聞いて、ユウは目を見開いて顔を上げる。いつしか暗闇に包まれ始めた病室。中心に自分を取り囲んで冷たい目で見下ろすコウタたち三人。そして正面の入り口から、もう二度とその姿を見るはずがなかったはずの人物が、ユウの前に姿を現した。

ユウの目から見て特に印象に残っていたサイドポニーに結われた長い髪。そして自分と同じ青い目。見間違いかと思ったが、どう見てもそうではなかった。

それは…防壁の外で暮らしていたころ、アラガミの襲撃から自分を守り、破壊された家に押しつぶされて死したはずの…彼の妹だった。

「●●…」

「気安く名前を呼ばないでよ。役立たずの癖に」

妹の名前を呼ぶユウだが、妹からの返事は氷のような冷たさしかなかった。

「スザキさんが言っていたとおりね。せっかくゴッドイーターに加えて、ウルトラマンの力を得たのに…結局無様に負けて、スザキさんたちも仲間も助けられなかったんだから」

自分を見下ろす目もまったくぬくもりがなかった。ユウの知る妹は、時折自分に対してあきれ返ることもあったが、それは家族として長らく親しんだからこその温もりがあった。だが今の彼女からは、それをまったく感じない。

「あの時だって、そうよ。本当なら兄である兄さんの方が、私を守るべきじゃなかったの?それなのに、私にかばわれて一人生き残ってさ…恥ずかしくないの?」

自分が死んだときのことを引き合いに出し、それを恥じれとばかりに妹はユウを侮蔑する。そして、彼に決定的な言葉の弾丸を撃った。

 

「兄さんなんて…死んじゃえばよかったのに」

 

「…ッ!!」

 

「そうすれば、私が生き延びることができたのに」

 

―――――はははははははは!!

 

「やめろ…」

 

―――――はははははははは!!

 

「やめてくれ…」

 

―――――あははははははは!!

 

絶望に目を見開き、両手を頭に添えて苦悶の表情を浮かべたユウ。周りで妹や、三人の仲間たちが彼をあざ笑い始めていた。

どれだけ耳をふさいでも、目を閉ざしても、彼らの嘲笑はユウの脳に刻まれていった。

 

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

その叫び声と共に、ユウは『再び』起き上がった。

「はぁ…はぁ…」

荒い息を吐き、自然と周りを見る。さっきまでの景色とはまったく異なっていた。

古いコンクリート作りの建物の中。窓からは未だに降り続ける雨の景色。目覚める前と異なり空が若干明るいのは、すでに日が経過したためだろうか。自分が横になっているものも含め、屋内にあるわずかな数のベッドも古くてさび付き始めている。少なくとも設備が完璧に整っていたアナグラの病室ではなかった。

「夢、だったのか…」

夢の中にいた妹や仲間たちの顔や言葉が残っている。思い出したくもないものほど重くのしかかり、記憶にのしかかる。本当に恐ろしい夢を見たものだ。ユウは右手で汗ばんだ顔を覆ってため息を漏らした。

でも、夢の中の彼らが言っていたとおりかもしれない。アーサソールとの合同任務の時点で、自分はゴッドイーターとしてもウルトラマンとしても、成すべきことをなせなかったのだ。

ふと、ベッドに自分が着ていたフェンリル制服に気が付き、手に取る。胸の内ポケットを探るが、そこにはあるはずのものが…ギンガスパークが…。

「ない…!!」

気を失う直前のあの時、自分の手元から離れてしまっていたのを思い出した。

神機が壊れた今、それだけが頼みの綱だったのに、それさえもなくしていた。

スザキが言っていたとおりだ。本当に自分は役立たずの無能だ。何が新型だ、何がウルトラマンだ。タロウは「自分たちは神ではない」とは言っていたが、だからどうしたというのだ!それでも誰かを守らなければならない立場なのに、それを成せなければ…何の意味もない。だから、アナグラに戻ったら力をつけて、二度と後悔しないでいられるようにしたかった。だが…甘かった。家に帰ることを許してくれる優しさなど、アラガミが持ち合わせていなかったことを忘れていた。アラガミだろうが闇のエージェントだろうが、奴らが常に自分たちに求めているのは、生贄となるか服従することだけだ。

帰る余裕も強くなる間さえも与えられず、立て続けに現実は非情な結果を押し付ける。

ヴェネは自分に希望を見出してくれていたが…認められもしない、結果も実らない…。

「…夢も希望も、ないんだ…こんな世界に」

今の自分は、アラガミに全く歯が立たない、女神の森で暮らしていた頃の無力な自分に戻ったのだ。

ギンガスパークも失い、神機も武具の部分が全部粉々に砕け散り、柄とオラクル残量数を示す機器、そしてアラガミと同様のコアを包む器官の部分しか残っていない。そして自分を陰ながら支えていたタロウもいない。

全てが虚しく感じていった。

そんな時、ユウのいる病室の扉が開く。

「あ、よかった…目が覚めたんですね」

入ってきたのは、若い女性だった。眼鏡をかけていて、長い金髪で白い肌、スタイルも一目見ただけでも抜群の女性だった。白衣を上に着込んでいるところを見ると、女医なのだろうか。

「でも驚きましたよ。まさかゴッドイーターがここに来るなんて」

「あの…あなたは?」

「あ、自己紹介まだでしたね。私は医者をしている『リディア・ユーリエヴナ・バザロヴァ』といいます。あなたは…カンナギユウさん、ですよね?」

「え?僕を知ってるんですか?」

すでに名前を知られていたことに、ユウは目を丸くした。

「先ほど、一緒に来たゴッドイーターさんから聞いたんです。外で、手ごわいアラガミに遭遇した上に、アナグラに戻れなくなったって」

そう言われて、ユウはエリックが自分たちのことを彼女に話したのだと気づく。

「それより、お体大丈夫ですか?寝ている間に栄養剤を投与させてもらったから大丈夫だと思いますけど」

「…いえ、なんか…だるくて」

傷自体は、寝ている間に彼女が治療を施したこと、それ以前にゴッドイーターとなるために偏食因子を取り込んだことで自己治癒力も高まっているおかげで感知していた。なのに、体が重く感じていた。

「え?もしかしてまだどこか痛むんですか!?」

「うわ!」

リディアは慌ててユウの元に駆け寄り、その手をとる。それだけなら…まだよかった。さっきまでの落ち込みを嘘にしてしまえそうなくらいのことが起きた。

「どこが痛むんですか!?足?腕?それとも胸元辺りの傷跡!?すぐに治療し直しますから言ってください!」

ユウの右手が、心配してくるリディアの両手によって、アリサを超える豊満な胸元に引き寄せられていたのである。

「ちょ、ちょっと待って!落ち着いてくだ…わ!」

「きゃ!!?」

女性に興味のある男ならあこがれてしまえそうだが、女の子に慣れていないユウにとって刺激が強すぎた。すぐに逃れようと手を引っ込めようとしたユウだが、強く引っ張りすぎて、手をつかんでいたリディアまで引っ張ってしまい、そのまま音を立てて倒れてしまった。

それと同時だった。エリックが神機を持って入ってきた。

「ユウ君、どうしたんだ?今妙な音が聞こえ…て……」

だが、タイミングが悪かった。エリックは目の当たりにした光景に絶句した。

 

ユウが、リディアに押し倒されているような形になっていた。

 

「…まさか、いつの間にそんな関係に…」

「ち、違う!!僕は何も…!!」

「ひゃあ!!こ、これは違うんです!!これはその…」

三人が今のリアクションをどう表すべきかもわからなくなるほどパニくってしまい、三人が落ち着くまでしばらく時間がかかってしまった。

落ちついたところで、エリックに対して誤解もなんとか解けた。

 

 

 

「しかし、思ったより早く眼が覚めて本当に良かった。少しトラブルもあったけどね」

「もういいよ…」

掘り返さないで、とユウはエリックに言う。

「それより、ここはどこなんだ?僕たちは確か…」

ピターや氷のヴァジュラ、そしてアリサがダークライブしたボガールとの交戦で川に落ちたはず。だが今、ユウはエリックとリディアの三人で外を歩いている。

ユウのいた医務室は、この集落の中で最も大きかった研究施設の建物の中にあった。そこから外に出てみると、この集落に住まう人は予想以上に多かった。それにあちこちに点在している建物の中には食料貯蔵庫、または食料になりそうな植物を栽培しているビニールハウスがある。傍らには、大量の水を貯蔵し続けているダムが、未だにアラガミに食われることがないまま存在していた。

「ここは、かつてフェンリルが利用していた実験施設の跡さ。発電も自律して行っている」

「そうだったのか…でも、アラガミ防壁もないのにどうして…」

これだけ人の営みにあふれている場所をアラガミが見逃すはずがない。なのに人が住まい、森が生い茂っているなど、本来ならあり得ない光景だ。

「それは、あの木々に理由があるんです」

今度はリディアが説明を入れてきた。

「あの木は、実をいうとアラガミなんです」

「木が…アラガミ!?」

それを聞いたユウは驚愕し、山に生い茂る木々に対して目を見開いた。ますます疑問が浮かぶ。あれらがアラガミなら、なおさら危険ではないのか?その疑問を見越したように、リディアは説明を続けた。

「オウガテイルくらいなら勝手に木々が捕食して、アラガミの侵入を食い止めてくれているんです。私もここに来たとき、うっかり触りそうになって、ここの人たちに怒られちゃいました」

眼鏡をかけ直しながらリディアは苦笑いした。

「といっても、完全というわけじゃないみたいです。さすがにヴァジュラほどのアラガミまでは無理があるそうです。しばらく前には襲撃があって、その時に何人かお亡くなりになって…」

「痛ましいな。僕もあの森の事を聞いたときは、まだここに着ていない、防壁外の人たちを守れると思っていたんだが…しかし、これだけの設備…璧外の人たちにできるものじゃない。一体どこから…?」

エリックは森の景色を見上げながら呟くうちに、疑問を抱いた。防壁代わりに木をアラガミ化させるなんて、偏食因子を投与させなければできない。そしてそれが手に入るのは、このエリアでは極東支部だけ。当然それを、資源を独占する姿勢であるフェンリルが渡すはずがない。

「…誰かが盗んできたんだ。それ以外で手に入る手段なんてない」

ユウはすぐに、あの木々の生成や、この施設跡地が集落として成り立っているのか確信を得た。リディアも「ええ…」と頷く。

「これだけの場所を作れるだけの資源を持ち出してるって聞いたときは信じられなかったです。持ち出すにしても、誰かの手引きがないとできないくらいの量なのに…」

誰かの手引きと聞いて、ユウは脳裏にスザキや、ゴッドイーターとなる前の自分の日常を思い出した。

「不正を働かなければ命を繋ぐこともままならないということか…」

エリックは、ゴッドイーターという立場であるということもあってか、由々しき事態のように受け止めていた。自分たちにとってなくてはならないオラクル資源。フェンリルが独占しているおかげで問題なくその恩恵を授かっているのだが、こうして防壁外の人たちが窃盗でもしなければ手に入れない事態も無視できない。

「フェンリルとこの集落、そしてユウ君のいた女神の森…ともに協力し合って活動ができれば、激戦区になっているこの極東エリアも暮らしやすくなるのだが、その女神の森が協力を拒んでいるらしい。うぅむ…」

エリックは腕を組んでさらに悩み始める。妹の平穏な日常を求めている彼にとって、自分たちを保護している極東支部が少しでも豊かである方が都合がいい。なら極東支部と女神の森や、この集落が協力関係であれば喜ばしいのだが、彼が言っていたように女神の森は総統の芦原那智が、ヨハネス直々の申し出を断っている。

「そうだ!ユウ君、女神の森出身の君なら、女神の森の総統に話をつけて…」

「…無駄だよ」

「ユウ君?」「ユウさん…?」

解決策を思いついたエリックの答えは、ばっさりとユウによって切り捨てられた。目を丸くする二人に、ユウは構わず続けた。

「あの人は、僕が知る限り極度のフェンリル嫌いだ。話なんて聞いてもらえるはずがない。僕の事だって、きっとスザキさんのように…」

自分で口にしたスザキの名前で、彼は一瞬はっとなって顔を上げ、そしてスザキから言われた非情な言葉を思い出した。『役立たずの無能』と。

「…そうだ、僕はヴェネさんも、スザキさんさえも守れなかったんだ。結局誤解されたまま、アラガミたちにいいようにされて…気づけばタロウもギンガも、いなくなっていた…」

ゴッドイーターであり、ウルトラマンとしても戦ってきた自分には、抗う力があったのだ。いくらタロウが、「自分たちが神ではない」と、そんな気遣いの言葉を告げたところで、できるはずのことをできなかったことに違いない。新型神機、ウルトラマンの力。それを持ってなお、守るべき人を守れなかったのだから…

「僕はやはり、無能なんだ…」

「止したまえ!」

積み重なった失敗と敗北。あまりにもネガティヴさを積み隠さないユウに、エリックはついに声を上げた。

「いったいどうしたんだユウ君!君にしてはあまりにも華麗さに欠けているじゃないか!」

エリックにとって、新型でありウルトラマンでもあるユウは、ソーマにも匹敵する目標にもなりつつあった。そんな彼が、ここまで酷く気を落としているのは看過できなかった。

ユウには、未だに折れる姿勢を見せないエリックのその姿が、逆に直視できなかった。

「…ごめんエリック、一人にさせて。今は…何も考えたくない」

「ユウ君!」

そのままユウは、エリックの前から逃げるように去って行った。その重い足取りと背中が、他者を拒絶する壁と相対しているように感じた。

(ユウ君…)

さっきもヴェネやスザキの名前から、先刻の戦いでその身に受けた心の痛みが深刻なものだと理解した。思えば、今の彼にどのような言葉を自分はかけられるだろうか。

(思えば、タロウも先刻の戦いから逸れたままだ。一体どこに…?それに、ギンガもいない?どういう…)

自分よりもユウをうまく導いてくれそうだが、そのタロウもまたいない。ギンガもそれと同様だと口にしていた。自分は彼と違って新型でもウルトラマンでもない。力を持ち得ながら何も守れなかった者の無念を、どう晴らせばいいのか、どんな言葉をかけるべきか…わからなかった。

「なぁ、ちょっとあんた。ゴッドイーターだろ?」

悩んでいると、後ろから声をかけられた。

「ちょっと手を貸してくれないか?少し困ったことになっててな」

二人ほどの中年と少し若い方の男性の二人組だった。

「え?ちょっと待ってくれ。僕はユウ君と話を…」

ユウをどうにかしたいと考えていた矢先に、いきなり横から依頼されたエリックは戸惑ってしまうが、横からリディアがエリックに話しかけてきた。

「あの、エリックさん。私が見てきます」

「…すいません、リディアさん。僕にはどうもなんと言葉をかけるべきか」

「任せてください。こう見えて、もっと手のかかる子を診たことがありますから」

そう言ってリディアはユウの後を追っていった。…が、直後に彼女は何もないはずなのに、ずてっ!!と前のめりに転んでしまう。

「きゃ!!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「うぅ…大丈夫です…じゃ、行ってきます。…痛ったた…」

思わず心配の声を上げるエリックだが、リディアは土まみれの顔にずれた眼鏡をかけ直して強がりを見せ、改めてユウの後を追っていった。

「本当に大丈夫だろうか…」

「大丈夫だって。リディア先生は妙にドジなところはあるけど、面倒見がいい人だからな」

若い方の男が、リディアが聞いたら明らかにからかわれていると思えるようなことを言う。

「あんたもリンドウさんと同じゴッドイーターなら無視できないはずだぜ」

「リンドウさん…?それはどういう…」

「話なら道中でもいいだろ。ほら、若いんだからさっさと持ち場に向かうぞ」

「あ、ちょ…!!」

このタイミングで、まさかリンドウの名前が出てきたことに目を丸くするが、中年の男性が強引にエリックを背中から押し出していく。そのまま森の方角へと、エリックは連れて行かれていくのだった。

 

 

 

しかし、ここを訪れていたのは、ユウたちだけじゃなかった。

「アリサ、しばらくここに留まることとしよう」

「…はい…」

大車と、奴に洗脳されていたアリサの二人だった。

自分が闇のエージェントたちと内通し、彼らの一員としてユウ=ウルトラマンギンガへの闇討ちを仕掛けたことは、ヨハネスに知られることも時間の問題だ。いずれ隠れるのにちょうどよい場所を探ったところ、リンドウが防壁外の人たちを救うために資材を持ち出しているという情報をもとに、隠れ家としてここを特定していたのだ。

「シックザールの命令で始末した雨宮リンドウには感謝せんとな…極東支部ほどじゃないにせよ、十分な生活環境を持った集落に育ててくれたのだからな…くくく」

タバコをふかしながら、我が物顔で彼はアリサを同行させながら集落内にある、空き小屋から外を観察していた。リンドウたちからすれば怒りを促しそうな言い分である。

さらに続けて、大車は闇のエージェントたちに向けても侮蔑を混じらせ、嘲笑った。

「あのバカなエイリアン共も馬鹿なものだな…スパイ行為をシックザールにバレない様にしろとは。あの男の事だ、私が『あの男の計画』に乗ったふりをして、要でもあるウルトラマンを変身してない間に抹殺したことくらい勘付いているはずだ」

自分より年下だが、あの男はオラクル細胞の研究者を勤め、その縁もあって極東支部長に任命された男だ。忌々しいが頭脳については自分よりも優れているなど想像に容易い。『計画』を共にしていたはずの自分の裏切り行為についても察しがついているだろう。

(だがこのタイミングでウルトラマンを抹殺し、奴に反旗を翻したのは、既に奴の『例の計画』についての秘密を掴んでいるのだよ…バカなエイリアン共が!!)

顔を押さえながら、大車はくっくっく…と不気味に笑いをこらえる。あまり大声を出すと周囲から怪しまれるが、闇のエージェントたちはいないし、どうせここの人間にはただの変人にしか思われない。シックザールも、雨宮リンドウの事も含め、知られてはまずい『計画』のことも自分に握られたタイミングで、ウルトラマンがいなくなったことにもいずれ動揺を示すはずだ。

これで『あの方』は、手柄を立てた自分に対して褒美と祝福をもたらしてくれるはずだ。自分に手柄を独占されたあのエイリアン共や、自分を見下した目で見てきた人間たちの悔しがる顔が目に浮かぶ。

「さて、アリサ。何か食べたいものはあるかな?」

「…そうですね…少し、お腹が空きました」

「本当におなかが減ってたんだねェ…あれだけ食べたのに」

虚ろな目のままのアリサに、下卑た笑みを向ける大車。あれだけ食べた、というのは、彼女がボガールにダークライブしたときに、現場に集まっていた氷のヴァジュラたちを食らったことだろう。アラガミを憎んでいた彼女が、アラガミと同じ味覚を感じるなど、正気だったら気が狂うに十分に違いない。

「だめ、でしょうか…?」

「いやいや、遠慮することはないよアリサ。力をつけるためにも食べることは大事なことだ。君には……私のためにもっともっと…邪魔者たちを食べてもらわないと困るからねェ…とりあえず何かとって来よう。それまでここで休んでいなさい」

「はい…」

大車はアリサに待機を命じ、自分は何か食料になるものを探す。極東支部に入れなかった人たちは、防壁外の人間に対しては特に大らかだ。自分が下手になって頼み込めば、食べ物の一つや二つ、分けてくれるだろう。

集落内の建物を見て回りながら、ビニールハウスで栽培されている野菜や、倉庫に貯蔵されている缶詰の山などを見ながら、『ただの医者』らしくアリサの健康を保てるようなものを見繕っていく。

アリサは自分にとって、希望だ。そして同時に…闇のエージェントとして『あの方』に近づくために必要な駒、都合のいい人形だ。今はまだ小娘だが、十分に成熟した大人になった暁にはじっくり味わいたい…そんな外道且つ下種な考えを大車は抱いていた。その野望に近づくために、犠牲はもとより、アリサの人生も人間としての尊厳さえも、どうでもいいとばかりに踏みにじっていた。

集落にいた負傷者を、往診することを条件に集落で食べ物をいくつか恵んでもらった大車は、森の中を進んでいく二人組を見つけた。

「な、あいつらは…!!」

それを見た大車は、目を見開いた。一人はメガネの若い女、そしてもう一人は…。

「バカな、神薙ユウ…生きていたのか!それにあの女…」

ユウが生きていたことに驚愕する大車。てっきり死んだとばかり思っていた。生きていると知って大車は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。だがそれだけでなく、共に集落へ向かっていたリディアにも、どうも知っているような反応を見せている。

(まずい、あの女と今のアリサが万が一鉢合わせたら…神薙ユウとの接触以上にまずい!

それに、あの方にはすでに『ギンガに変身するガキは始末した』と知らせてしまっている…)

先刻の余裕はどこへやら、大車は強く焦りを覚えていた。ここは一度様子を見た方がいいかもしれない。今後の対策を練りながら、大車は怪しまれないように尾行を開始した。

 


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