「ところで、マスハス卿。ガヌロン公爵の兵はどうなったんですか?いや、あなたはどのようにして彼らを食い止めたんですか?」
ティグルがイェーガーの話が終わるのを待ってそう言う。
ガヌロン・・・って誰だ?後でリーちゃんに聞いてみよう。
「うむ、言ってしまえば運が良かったのじゃな。わしは時間稼ぎしかしておらん。」
マスハスが語った話を要約するとこうだ。
マスハスは近隣の小貴族に呼びかけガヌロン軍に酒と食事を用意し軍の指揮官と面会して自分たちは中立でガヌロン公爵に敵意がないと告げた。もともとあまり乗り気でなかった指揮官はこのことを口実に進軍を止めテナルディエ軍に竜がいることを知り更に敗れたことを知ると早々に引き上げていった。
マスハスはティグルを見て尋ねた。
「ティグルよ、ジスタート軍が竜を二頭とも屠りさったと言うのは事実なのか?わしはこれまで五十年以上生きてきたが今まで一度も竜を見たことがないのじゃ・・・。」
「本当です。」
ティグルが断言するとリムアリーシャもそれに合わせて言う。
「はい。二頭とも戦姫であるエレオノーラ様が討ち果たしました。」
マスハスはヒゲを何度か撫で渋い顔のまま大きくため息をついた。
「ティグル、お主が言うからには本当なのじゃろう。じゃが問題はこれからじゃ。―ティグルお主はどうするつもりじゃ?」
「テナルディエ公爵と戦います。」
ティグルがそう言うとイェーガーは目を少し細めて尋ねた。
「マスハス様、勝算はありますかね?」
マスハスは重々しい口調のまま答えた。
「ガヌロン公爵の傘下に入る事じゃが・・・。」
「いいえ、俺はどちらにも属するつもりはありません。」
ティグルがそう答えた時、イェーガーは申し訳なさそうに尋ねた。
後で聞こうと思ったけど・・・まあ、いいや。
「ガヌロン公爵・・・って誰?」
一瞬、部屋に呆れ返った雰囲気が漂う。
「うむ・・・。イェーガー殿は異世界より参られたから仕方があるまい。」
マスハスは苦笑しながら口を開く。
「テナルディエ公はご存知じゃろう?」
「前に攻めてきた奴で、この国で一、二を争う大貴族ってことは。」
「ガヌロン公爵はテナルディエ公爵の宿敵のようなものでのう。早い話が政敵じゃよ。」
「・・・ということはテナルディエと同じくらい権力があるって事か、ガヌロンは。」
イェーガーはとりあえずの納得をしたが別の疑問が湧き上がりティグルに尋ねた。
「あれ?じゃあ何故そのガヌロン公爵と手を組まないんだ?」
「・・・イェーガー殿。ガヌロン公爵が何をしようとしたかお忘れですか?」
リムアリーシャがやや諦め気味の視線をイェーガーに投げかけて尋ねた。
ガヌロンがやろうとしたこと?・・・あっ!そうだ!奴もここを攻めようとしたんだった!
イェーガーの合点がいった表情を見てティグルはうなづいた。
「・・・ティグルよ、お主なりによく考えた上での結論じゃな?」
気を取り直し尋ねるマスハスの鋭い視線からティグルは逃れず決意を込めて言う。
「確かに相手はブリューヌで一、二を争う大貴族。それに比べて俺は辺境な田舎の小貴族です。」
ティグルは一度視線を落とし再び上げていった。
「だけど、俺には父上から受け継いだアルサスを、この地の民を守る義務がある。いえ、義務がなくとも俺は守りたい。いざという時に彼らを守るための、俺は領主なんです。」
「ティグル・・・。」
マスハスがどこか感極まった様子でティグルを見つめた。
どれほどの力差があっても逃げず恐れず立ち向かう・・・か。嫌いじゃないなそういうの。
イェーガーはティグルの言葉を聞きそう思った。その心中には神々に立ち向かった英雄達を思い出していた。
「その道はお主が考えている以上に険しいものじゃぞ。テナルディエ公爵はジスタート軍を国内に招き入れ国土を渡したこと、お主が彼の息子を討ったことを許さぬじゃろう。自分がアルサスに兵を向けたことを棚に上げてな。その姿勢に賛同、あるいは黙認する者がいても批判する者はおらんじゃろう。」
マスハスはそこで言葉をきりリムアリーシャを見て再びティグルに視線を戻し続けた。
「リムアリーシャ殿を前にして言うのははばかられるがジスタートにもジスタートの都合があろう。それだけをあてにして戦い抜けると、お主は本気で思っておるのか?」
「さすがにそこまで楽観はしてません。まあ、なんとかやっていこうと思います。」
ティグルがそう言った時イェーガーは思わず笑ってしまった。
「い、いや。悪い悪い。だけどあんまりに曖昧なもんだからつい・・・。」
「・・・イェーガー殿。」
リムアリーシャが咎めるようにイェーガーを見る。イェーガーはすぐに笑いを打ち消すとマスハスに尋ねた。
「マスハス様。会話から察するにこの国では内乱が起きようとしてるか起きてるんですよね?」
「・・・そうじゃ。」
「どういう勢力図か教えてもらっても?」
「何故か理由を訪ねても良いか?」
マスハスが重々しく尋ねた。
「何もすべての貴族がガヌロンとテナルディエについてるわけじゃないでしょう?それらの貴族を味方につけられれば少しは状況が変わると思うんですよ。」