今宵、紅月の夜のお話ひとつ致しましょう。 作:漣@クロメちゃん狂信者
今回もかなり内容が変わっています。一部台詞を別作品より引用しているととれるシーンもございます。お読みの際はご注意を。
………気に入らない。気に入らないのだ。彼らの、すべてが。
「な、何言ってんだよ!そんなの…そんなのおかしいだろ!?お前何言ってんだよ!皆も何納得しかけてるんだ!お前が…お前らが殺しておいて…お前らが虐げ、殺しておいて!のうのうと何言ってんだよ!コイツは、この医者面した奴は!ふざけた持論を語って、自分を正当化するクソヤロウじゃねぇか!」
一人の馬鹿が口を開いた。
薬の効力、薬を打たなければどうなるのか、それを僕は提示した。提示された彼らは、一部を除いて、絶望の目で僕を睨んだ。憎悪を隠しもせず、僕に向けた。何で僕が恨まれなきゃならんのさ?僕は依頼を遂行しているだけ。だってお仕事だもの。僕らの平穏のためだもの。恨まれる時点で平穏じゃないかもだけど、今大臣の庇護下を出れば、より平穏から遠のくだろう。それこそ御免被りたい。だから、僕は騙る。僕のキャラに合わないし、僕の主義でも無いけれど、騙る。
「……ねぇ、暗殺部隊の皆さん?アナタ達は一度は思った事はありませんか?大臣や上の連中を見て“彼奴は喰う側、使う側の人間だ”と。“自分達は喰われる側だ、その支配からは逃れられない”と。」
ハッとした顔で改めて僕に目を向ける暗殺部隊。ニコリと笑って僕は続ける。
「ふふ、あぁなんて…君たちは愚かなんだろうね!!悲劇のヒロイン気取りかい?いいご身分だねぇ。…いつまで被害者ぶってるの?」
全員の目が見開かれた。僕は今度は真顔で、彼らに鋭い視線を送る。射抜くように、僕は言った。彼らは顔に出していた。“自分達は喰われる側、それ以外に何がある?”と。だから、騙る。
「…君たちはどちらでもないよ。早く気づきなよ。…いや、本当はもうきづいているのかな?そもそも、世界は分かれちゃいない。だって、生きるっていうことは、誰かを何かを殺す行為に他ならないもの。他者を食らうことを放棄して、人は生きられない…わかってるよね?だって君たちは、沢山、沢山…殺してきたじゃないか!!任務の中で、沢山、沢山、食らって来たんじゃないの?…理解してるよね?人はいつだって加害者にも被害者にもなる。そこに境界線なんてありはしないよ。捕食者と被食者が分かれているなんて論理は、被害者面して悲劇の主人公ぶりたい弱者が考えた、くだらない軟弱論理だ。」
“ねぇ、いつまで目を逸らし続けるの?”
そう、暗に聞いたことに一体何人の人が気づいただろうね?
クロメside____
「いい加減理解して?生きるっていうのは、他の誰かを殺すってことだよ?」
彼の言葉を聞いて、納得せざるを得なかった。彼の冷め切った言葉に、態度に、私達は無言で返す。確かにさっき仲間が言った言葉はその通り、事実に変わりない。でも、暗殺部隊で生きてきた自分達に最も分かりやすい言葉で、彼は私達に教えてくれた。彼の言ったことは紛れもない、この世界の真理だ。
「何を!!俺はまだ死にたくない!俺はまだ戦えるのに、こんな処分まがいのことをされてたまるかよ!いつも薬物投与をしてくる科学者でもない!お前なんざいつだって殺せr…」
ドスッ……
先ほどの
「…少し、黙りなよ。医者だからってなめないでくれない?一つ、アンタに教えてあげる。君はここで退場するし、墓場までもっていくといいよ。“大切じゃない命なんてない。…つまり、大切じゃなかったら命じゃない”んだよ。僕にとってアンタらは大切な対象じゃない。それがどういうことか分かるよね。」
“大切じゃないなら何の遠慮もなく壊せるってことだよ”
そんな彼は机に座って足を組み…何かを投げたような形で腕を止めていた。彼を見ていた筈なのに…いつ何を取り出し、投げたのかも分からなかった。身体強化された私達の目で、何も見えていなかった。仲間に刺さっていたのは1メートル以上もある大きな注射針だった。刺さっている場所は丁度
…彼に向き直る。彼は…無表情だった。けど、少し薄めたその目には激情の色がありありと浮かんでいた。…間違いない、怒っている。
「…そう、確かに今のは僕の持論に過ぎない。でもさ、この持論があながち間違ってないことは…アンタらが一番良く分かってるんじゃないの?ほら、最初に選別されたときになかったの?誰かが危険種に食われたことで自分が助かったことが。薬で体を弄られる時になかったの?誰かが前にその薬で死んだおかげで自分は改良薬で生き長らえたことが。今までの任務でなかったの?誰かが人を殺したことで、自分の手を汚さずに済んだことが。…ねぇ、どうなワケ?」
無性に怖いと思った。同時に彼を眩しいとも。彼は私達を理解した上で、敢えて持論を語った。彼は終始私たちを見渡していた。誰が今どう思って、何を考えているのか。その全てを見られていたような気がした。今こそ彼に“選別されている”と思った。
…決心して、スッと一歩前に出る。彼が少し驚いた後、薄く笑った。やはり彼は眩しい。闇夜に浮かぶ、月のようだ。光の中を照らし無理やり影を投影する太陽ではなく、暗闇の中に静かに影を浮かび上がらせる月光。不覚にも彼に少しドキッとしたけれど、それはあと。私は己の運命と対峙することを決めたのだから。
「暗殺部隊のクロメ…その薬、投与を希望する。」
それを聞いて、彼の雰囲気が戻る。そして、私に追従するように更に3人が宣誓する。
「…うん。みんな良い眼だね♪了解したよ。…で?他の皆さんはどうするの?僕は優しいから、ちゃんと選ばせてあげる。自分の運命に賭ける?それともこれから先の運命を諦める?お好きにどうぞ?」
あぁ、彼は大臣たちとは違う。普通なら私達はとっくに殺されてる。兵器が持ち主に反逆するなんて許されないもの。でも彼は私達に選択させる。彼はまさに残酷で優しい死神のようだ。
…少しして全員が心を決めたように投与を受け入れる旨を伝えると、彼は笑った。
「…じゃ、始めようか。君たちが賭けに勝つことを心より祈るよ!!」
彼がパンパンと手を叩くと、扉から6人の人間が入ってきた。3人は彼の後ろへ立ち、残りの3人は死んだ仲間の死体を片付けていく。死体を持った3人が部屋を退室すると同時に、彼と部屋に残った3人が机の上に並ぶ注射器を持つ。
「さ、覚悟ができた人からおいで。」
…私は彼の元へ迷わず足を進める。私に続き宣誓した3人も、私に続いて他の3人の医者の元へ向かった。腕を出してと言う彼に従い、左腕を差し出す。彼はそれ以上何も言うことなく、ただニコリと笑って、躊躇うことなく私の腕に注射針をさした。薬が体を巡り…少しして熱くなる私の身体。
「カンザシ、投薬された人を病室へ。医務官たちから許可は貰ってるから。」
「分かった。」
「ハ…ハ…」
熱い…熱い!苦しさに思わずドサッと地面に崩れ落ちた。…痛いよ。苦しいよ。辛いよ。…でも、死にたくないよ。負けたくないよ。
吐き気がこみ上げてくる。生理的に涙が零れる。苦しさで呼吸が出来なくて、口を閉じれない。口の端から唾液が伝って床に落ちる。五感が上手く機能しない。彼が何かを言ったのは分かったけど、なんて言ったの?誰かに抱き上げられた気がする。誰だろう、私を何処に連れて行くの?
……私の意識はそこで途絶えた。
目が覚めた時、私は病室にいた。
生き残っていたのは、私を含めてたったの6人だった。
ラザールside____
あの日、薬を投与してたった数十分後、息をしていたのはたったの10人だった。
そこから一人消え、二人消え、最終的に生き残ったのは6人。
彼らの体調管理は僕に一任されることになった。もともと彼らを管理していた科学者どもはまた別の暗殺部隊を作らされているらしい。大臣も懲りないね。まぁ、僕が失敗した時の保険でもあるんだろうけど。こういうことにおいて僕が失敗するなんてありえないのに。
目下の悩みは彼らへの対応の仕方かな。僕好みに調教しちゃおうかな。それとも普通に大臣に引き渡そうかな。…彼らはこれから、大臣にどう利用されていくのだろう。
…自嘲するように少し笑って、僕は死体処理の為に人を運ぶ。燃やされる死体を眺める目が少し寂しげだったことに僕を含め誰も気づくことはなかった。