「お兄ちゃん、おっはよー!」
「ぐはぁっ!?」
スヤスヤと眠っていた影夫にミリアが飛びついた。
ぐええとつぶれたかえるのような音を出して口からもわんと黒い霧を吐いた。
影夫は暗黒闘気の集合体ではあるが生命体でもあるため半実体の状態だ。
物理攻撃や衝撃は効きづらいがいくらかダメージはあるのだ。
「ぐぉぉ……これがかの有名な妹ダイブ……! 恐ろしい」
ミリアの下敷きになりつつ、悶絶しながら影夫がごちる。
エロゲとかで主人公がやられていたりするが生身の人間なら内臓破裂しかねない恐ろしい技であることが影夫には今分かった。
「あ、あぶないからこんどから優しく起こしなさい。わかったかいミリア?」
「ごめんなさーい」
いつもミリアは影夫にくっつき、スキンシップを取りたがる。
このように痛みを伴う激しい親愛表現もあって影夫は困ることもあり、その度に叱っている。
叱られるのも嬉しいのか楽しいのかニコニコしている。もっとも、言いつけは基本的に守ってくれるので、良い子である。
家族を失った寂しさを埋め合わせているのだろうか。と影夫はその様子を見るたびに思う。
この万分の1でいいから、他の人にも親愛を向けて絆を作ってもらいたいのだけど、ミリアは他人との接触を嫌がるばかりだ。
町で一度、温和で優しいと評判の老人と会話をさせてみたものの冷や汗をかいて、うめき声しかあげられなかった。
(まずい傾向だよな)
きっと優しげな人は怖いのだろう。信用すると裏切られて大事な物を奪われる、という強い恐怖があるのだ。
だからといってその人を殺すわけにもいかない。悪くもない人を害してはいけないことはミリアにも分かっている。亡き両親も影夫もそのように教えている。
だから信用も拒絶もできずに困り果てる。
人が優しければ優しいほど、信じれば信じるほど裏切られた時には致命的になってしまう。きっと彼女はあの村と人々が大好きだったのだろう。なのに……。
もはや家族以外は信用できなくなってしまっているのだろう。そして今のミリアに家族認定されているのは影夫だけ。
(カウンセラーでもない俺にはどうしようもない。ダイやアバン先生がミリアの心の傷を癒してくれれば……希望はあるかもしれない)
「お兄ちゃん? はやくいかないとごはんさめちゃうよ」
「あ、ああ。いこうか」
「うん!」
影夫は元気いっぱいのミリアに腕を引かれながら、食事に向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ミリアお手製の食事も終わり、旅立ちの瞬間がついにやってきた。
馬車を用意して村の入り口でミリアを待っていた影夫はぱたぱたと走りよってきたミリアに声を掛けた。
「ミリア、準備はできたみたいだな」
「うん、バッチリ。ほらみて!」
ミリアはくるくるとその場で回り、旅支度を終えた格好を影夫にみせてくる。
武器として毒蛾のナイフを2本、防具は形見の髪飾りに、形見のドレス、アクセサリとして形見のリボンと影夫がプレゼントしたネックレスを装備している。
2本の毒蛾のナイフは、腰のベルトから吊るしたナイフシースに納められている。
戦闘時には、二刀流のスタイルで左手は逆手に握り、右手は順手で握って使う。
正直、影夫は素人である少女がそれでナイフを使いこなせるのかどうか激しく疑問だったが、このスタイルになってしまったのは影夫のせいであった。
彼が冗談でミリアにゲームの真似事をさせたらすごくカッコいいとはしゃいで彼女が気に入ってしまったのだ。
「どうどう!?」
すばやい動きで左右の腰につけたナイフを引き抜き、シュッシュッと振るって見せている。
影夫には意外と様になっているように見えた。とはいえ彼もナイフ術なんてゲームや映画でみただけだから評価はできない。
「とっ! はぁぁっ! やぁっ!」
「うーん……厨二乙ってかんじだなぁ」
今のミリアの格好にはなんともいえない違和感があった。
外行きのおしゃれ着を着て、両手に毒々しい毒蛾のナイフを握っている危ない少女の完成だ。
しかも戦闘時には邪悪な暗黒闘気を操り、敵を屠る……厨二設定の黒歴史モノみたいな絵面になることは確実だ。
ちなみに他の武器として聖なるナイフが何本かあったが、ミリアや影夫が握ろうとすると拒絶されて扱えなかった。暗黒闘気の使い手はオコトワリ、ということらしい。
決して悪いことには使わないのに。決めつけるなんて酷いと影夫は愚痴って、ミリアはピリピリしてキラい!と頬を膨らませていた。
逆に考えると暗黒闘気を纏えば呪い装備と相性がいいかもしれない。入手してシャナクを覚えていたら試してみたい。
ピサロみたいにデメリットなしで呪い装備を使えたら強力な切り札にもなりうる。
「ふふ~ん、ドレスはどうかな? 変じゃない?」
「ああ、凄く似合ってて可愛いよ。一人前のレディだね」
形見でもある赤いドレスはなんとミリア自身で母のドレスをつくろい直したものだ。
影夫はその様子を見ながら、本当にミリアはなんでもできる。俺なんて……と語りだしてえらいねービームを出し、彼女を照れさせたりした。
戦闘も出来るようにと、足を動かしやすいように裾を上げたり、大人サイズなのを子供サイズにするためにダブついている布の部分を内側に縫いこんだそうだ。
だからのちのち成長すれば丈を伸ばして調節することもできるらしい。賢い工夫だと影夫はえらいねービームを……以下略。
「えへへ!」
「でも本当にいいのか? ドレスが汚れたり破れたりしたら……」
大事な形見のドレスなのに闘いのあるような場に着ていってもいいのだろうか。かけがいがないものだけに心配だ。
「うん、形見の服は他にもまだあるから大丈夫……コレを着てるとね、ママが側にいるみたいでポカポカするの! だからこれがいい」
「そうか。大事にしような」
影夫はそう言って抱きついてきたミリアをナデナデする。
「うん! でも、アレも履きたかったなぁ。やっぱりだめ? このドレスとすごく合うと思うの! ママがねパパを悩殺した時と同じ格好なんだよ!」
ミリアは母の形見である、あみタイツとガーターベルトをも履きたがったが、セクシーポーズで悩殺しようとしてくるのが目に見えているので影夫は10年早いと言って装備をやめさせた。
無論、教育上よろしくないからで、興奮してしまうからではない。
「ダメだよ。ミリアがママと同じくらい大きくなったらね」
「もう、一人前のレディっていったくせに!」
「ゴメンゴメン」
謝りながら頭を何度か撫であげるとむくれ顔がすぐに笑顔になる。
ころころとよく変わる表情が、子供らしくて微笑ましい。
「それでお兄ちゃん、まずはどこいくの?」
「まぁそのあたりは馬車で話すよ。ほら、のって」
「うんしょっ!」
手を貸してミリアを馬車の御者台にのせる。
いつもとは違い、影夫はミリアのとなりに座って手綱を握った。
「あれ? 今日は馬さんに乗り移らないの?」
「んー、もう慣れたし操り方覚えたから大丈夫。暴走したときだけ乗り移るよ」
「へぇ~お兄ちゃんってすごいね!」
「まぁ道に沿って一定の速度で走らすだけだからな。そうでもないよ」
「よし、それじゃあしゅっぱーつ! いけ! マキ○オーー!」
「んんー? マキ○オーってなぁに?」
「根性があるすごい馬の名前だよ。肖ってつけてみた」
「ふぅーんそうなんだ」
ミリアは影夫と話しながらご満悦な様子だ。
足をぷらぷらさせ、隣の影夫とくちゃべってはニパニパと笑っている。
「行き先だが、とりあえずはガーナの街へいく」
「えー! またあそこぉ?」
いい加減飽きたと不満げなミリアを宥めすかしながら馬車を走らせるのだった。