どうも文章が上手く書けない……
ダイとレオナがロモスへ向かっているその頃。
でろりん達とミリアらはベンガーナ王城の貴賓室で思い思いに過ごしていた。
そこは他国の賓客の歓待に使う広い部屋であり、会議も行える作りにもなっている。
その部屋の隅。
まぞっほがその手の中でビー玉大の透明な宝玉をいくつもコロコロと転がし続けていた。
「ふぅーー……」
そして徐々に魔法力を高めていくと、宝玉が共鳴するように煌いていく。
「うわぁきれい」
「ほっ、はっ、ほいほいっほいほいっ」
宝玉が魔法力の光を宿したところでまぞっほは次々に右手で宙に向かって玉を投げては、器用に左手で次々にキャッチしていく。
「すごいすごい!」
「なんのまだまだっ……ほほいっ!」
空中に投げた宝玉をすべてキャッチした後、すっと手の平を開いてみると宝玉が両手の指の間に上手く挟まっていた。
そしてそれをまた、一気に宙へと投げる。
「むぅぅっーー」
まぞっほが下から煽るように魔法力を放出すると宝玉は、光を放ちながらふわふわと浮遊する。
「わーわーぱちぱちっ、ひゅーひゅー!」
「ほっほっほ。まだまだじゃよ。もっと自在に動かせねばのぅ」
まぞっほがしているのは大道芸の練習……ではない。
魔法力の修行であった。
そんなまぞっほのすぐ側では。
「んっ……ぐぐっ」
ずるぼんが手の平の上に作り出した真空の刃を操作して天に向けて小さな竜巻を作っていた。
「んんん……はぁっ!」
形を変えてみたり、固定化したり。
両手に同時に作り出してあわせて1つに合体させてみたり。
無論これも遊んでいるのではなく、真空呪文の精度を高める修行であった。
そのずるぼんから少し離れたところでは。
「……っ!」
「っ!? ぅっ!」
でろりんとへろへろは向かい合って座禅しており、静かに闘気を高めあい、ぶつけ合っていた。
「ぶはぁっ! 負けだ負け。また力負けだ」
「俺は腐っても戦士だからな。力と闘気じゃ簡単に負けられない」
「ちっ。器用貧乏は辛いぜ」
ふたりがしていたのはイメージ化した闘気をぶつけあって行う、仮想組み手修行。
「うーん、みんながんばってるなぁ」
「そろそろ、俺らも練習再開するぞー」
「は~い♪」
猫ぐるみの中に入っている影夫が、ミリアの前までとことこと歩いて、ぐでんとうつ伏せに横になってみせる。
「んぅ~~……お手、おまわり、ちんちん、待て、伏せ、三回回ってにゃぁ~からの猫ダンス~♪」
「……おお。ぬるぬる動く。ミリアもずいぶん上手くなったなぁ」
ミリアと影夫組も遊んでいるわけでなく。
影夫の暗黒闘気の身体をミリアが操作して、傀儡掌もどきで猫ぐるみボディを動かす訓練中。
「まだまだぁっ。秘技八艘飛びっ、三角飛びっ、壁歩きぃっ! 天井張り付きぃ~♪ 猫ぱぁんちっ、きぃっく! トドメはっ、えぐりこむようにうつべしうつべし!」
日常のゆっくりとした動作から、狩りをするような激しい動きまで次々に繰り出していく。
暗黒闘気の操作精度を高める修行であった――
ちなみに影夫が変幻自在の伝説の武具と呼ばれていて、普段は猫ぐるみに入っていることは、数度目のベンガーナ王との謁見の場でお披露目済みである。
「…………」
すっかり日課になっている各種修行で時間を潰していた2組の勇者一行を他所に、椅子に座り込み机に頬杖をついているベンガーナ王は難しい顔で思案にくれていた。
どのみち、ミリア達に伝える用事は、待ち人が現れるまで話すことができない。
時間を無駄にせず、修練に励む勇者たちの姿を一瞥すると王は侍女を呼んで、軽食の手配をさせる。
今、彼が出来るのはそのくらいだった。
――それから小一時間後。
ノックもなく乱暴に貴賓室の扉が開かれ、息を乱したルイーダが駆け込んでくる。
「悪い! ずいぶん待たせちまったようだね」
「むぅー、おそいよー」
「文句があるなら、辺境なんかに住んでるそこの大魔道士さんに言っとくれよ」
ルイーダの後に続いてマトリフが部屋に入るなりしかめ面で、まぞっほの頭を杖で小突く。
「……よう薄情者ども。元気そうだな」
「あ、兄者……」
「わぁ、マトリフだいししょー。ひさしぶりー!」
「ああ、ずいぶんと久しいな」
ミリアの明るい挨拶に皮肉げに答えつつ、じとりと影夫のほうにもマトリフは睨みを利かせる。
「お、おひさしぶりですマトリフさん。でも、薄情って……?」
「用事がねえと年単位で顔を見せやがらねえ奴らは薄情者じゃねえのか?」
さすがにそこまで間は空けていなかったと思う影夫だが、半年だって年単位。
たしかに用事がある時しか顔を見せないのは不義理だろう。
「あっすみません、忙しくてつい……っていうかマトリフさんもやっぱり寂しいんですね」
「……定期報告をしやがれって話だ。お前らに不測の事態が起こってたら俺はどうやって知ればいいんだ?」
マトリフの指摘は正論だった。
たしかにありえる。
「すっ、すみません」
「ふんまあいい。んじゃ説明よろしく頼むぜ年増のねーちゃん」
「ああっ!? 道中さんざんひとの尻を撫で回しておいて、年増だぁ? このエロジジイ!」
「ケケケ、年甲斐もなくプリっとしたいいケツしてるのが悪いんだよ」
「あ、あれを触ったのか。ごくっ」
「……お兄ちゃん?」
「うっ。な、なんでもない」
「あーごほん。すまぬが、先にルイーダの報告を頼む」
話が延々と脱線していく状況に焦れたのか、ベンガーナ王が間に入る。
「単刀直入に言うよ――ギルドメイン山脈中央に巨大な岩の城が現れた」
「「「「っ!?」」」」
ルイーダの言葉に、周囲に鋭い緊張が走る。
それの意味することは重大だ。
「……ルイーダよ。それは、確かなのじゃな?」
「ああ。クロスの『予言』通りってわけだね。新生魔王軍の移動城塞――」
「鬼岩城。地上侵攻の本拠地です。そうか、この時期にもう……」
「正直言って、クロスの予言は外れて欲しかったよ」
ため息とともにルイーダは天を仰ぐ。
ハドラー戦役ではベンガーナ王国の被害は比較的マシであったとはいえ、兵も民も少なくない数が死んだ。
他国の状況はもっと悪かった。
カール王国は幾度も王都が陥落寸前に追い詰められたし、パプニカなどは王都が蹂躙され、国土も散々に荒らされて本気で滅びる寸前までいったほどだ。
そんな危機が再びやってくる。
「魔王再びか……頼むよあんた達だけが頼りだ」
「ふっふーん。バッチリ任せてよね! こんなこともあろうかと、みんなすっごい頑張ったんだから。ハドラーなんてちょちょいのちょいだよ!」
ミリアがエッヘンと胸を張ってみせる。
破邪の洞窟で嫌になるくらい修行した。
死線を何度もくぐりぬけ、多数の試練も突破して戦利品も多数手に入れたのだ。
「だよね? みんな」
「破邪の洞窟の深層に比べりゃなぁ」
「へへ。頑張ったもんな」
「ほんと、何回死に掛けたか分からないくらいだったしねぇ」
「復活したハドラーが相手ならどうにか勝てるじゃろうのぅ」
元気いっぱいのミリアの様子にでろりん達も苦笑しつつ、余裕を見せている。
積み重ねた努力と身に付けた力が自信と自負を生んでいた。
「そうかい、そりゃあ頼もしいねぇ。アバンを含めると勇者パーティが3組もいる上に、予言で先読みまで出来るんだ。状況としちゃかなりマシかもね」
「ふむ……油断は出来んが、そう悲観することもないということか」
強者たちの余裕ある態度にルイーダが破顔し、ベンガーナ王もそれに続く。
「…………」
だがマトリフだけは、しかめっ面のままだ。
ルイーダたちと違い、彼は大魔王バーンのことを知っている。
ハドラーが足元にも及ばない、まさに神にも等しいような相手に勝てなければ地上の終わりだということを知っている。
「念のために聞くが、魔王軍に勘付かれたりしてねえだろうな」
「そんなヘマはしないさ。情報を持ってくるのは雇った狩人たちだ。獲物を追って山奥まで入ってきたとしか思われないはずだよ」
彼らは本当に獲物を狩ってそれで生計を立てている。
ルイーダの手下が彼らから情報を聞き取る時も、不自然に見えないように徹底してあった。
さらに、ギルドメイン山脈の奥深くにまで狩人が入り込む不自然さについても、好景気目当ての狩人の数が増えて、狩猟競争が激しくなったが故と理由付けがある。
また、狩人自身が魔王軍に目を付けられたり捕らわれた場合でも、真の目的を知らない為に情報は漏れない。
「ほぅ。悪くねえ手際じゃねえか」
「『知っている』ことを知られたら、どうなるかくらい分かってるさ」
「ううむ。しかし気になることがある。クロス殿の予言によると、侵攻の時期はまだ先とのことだが?」
そこで腕を組んで考え込んでいたベンガーナ王が口を開く。
「はい、今から半年前後です。おそらく今はまだ準備段階なのでしょう」
「侵攻が早まったわけではない、か。ならば今のうちに叩けぬか?」
ベンガーナ王軍の総力を挙げてでも――
「そりゃやめたほうがいい」
「む?」
そう言いかけた王はマトリフに言葉を遮られる。
「ハドラーも阿呆じゃねえだろうから、以前以上の軍勢を用意するはずだ。となると、今はまだ配下の魔物を集めている段階だろう」
「そうです。新生魔王軍には6軍団あって、それぞれ強力な軍団長がまとめていますから」
「今殴りこんでも軍勢も軍団長も城に詰めてるかわからねえな。最悪もぬけの殻だ」
「戦果なしで警戒されるだけというのは、たしかに困るのぅ」
「連中がこっちの手品の種に気付く前に、ドカンと派手に軍勢を壊滅させとかねえと被害が増える」
「となると待ち伏せて各個撃破の形になるかの」
まぞっほとマトリフの会話を聞きつつ、なるほど、と影夫はごちる。
開幕即壊滅させられたとなったら、魔王軍の怒りと警戒は俺達に集まるから全世界の被害は劇的に抑えられるだろう。
「ふむ……」
王が再び、顎に手を当てて考え込む。
苦悩するようにその表情は歪んでいた。
「諸君らへの助力は惜しまん。必要なものはなんでもいってくれ。それくらいしか、ワシにはできん!」
理由もなく露骨に国が動いては目立ちすぎて、魔王軍に気取られる可能性が出てしまう。
ゆえに表立っては動けない――ベンガーナ王はそれが口惜しかった。
「本当にすまぬ。我が自慢の軍勢などと言っておきながら――魔王軍との戦いの役に立てず、情けない!」
「お、王様、どうか頭を上げてください! 今までも気球船を貸してくれたりとかすごいありがたかったですし!! 助かっていますから。なっ、ミリア?」
「そうだよっ、気球船のたびはと~っても楽しかったっ」
「いつも感謝しているんです。それに、これからもどんどん遠慮なくたよらせてもらいますから」
「おめーらはカケラも遠慮がねーもんな。ま、王様のお許しが出たんだし、俺らもガンガン頼らせてもらうとするかー!」
「ほっほっほ、ワシらは浪費家じゃからのぅ。申し訳ないが、後悔してしまうかもしれんぞい」
彼らの集り宣言のようなあつかましい言動も、無力感に苛まれる王を慮った故。
それが伝わったのだろう。王は悔しげな表情から一転、不適な笑みで胸を叩いてみせた。
「ああ、なんでもいい。金でも何でもいるだけ言ってくれ!」
「えっ!? それじゃあ、ド、ドレスや宝石も有り!? きゃー! 姫が着るような豪華なのもらえるの?」
「俺はやっぱり現ナマなんだな。ゴールドがっぽがっぽがいいんだな!」
「まずは美味しいご飯一生分! えっとえっとね、気球船も欲しい! それとね面白い武具も! 伝説のアイテムとかもあればちょーだい!!」
「かっかっか。俺様はむっちりボインな美人のねーちゃんを両手いっぱいにいただくとするか」
「いやいや――マトリフ師匠まで何言ってるんですか!?」
一国の王に向けて、再現なく欲望を吐き出し始めるのを、影夫があわてて止める。
冗談まじりではあるが、要求の内容が私欲塗れで酷過ぎた。
「はっはっは! よいよい!! 国庫からは出せんが、ワシの財産からいくらでも出そうではないか!」
「い、いいんですか王様。うちの連中は遠慮なんかしませんよ?」
「ワシが破産する程度、何の問題もないわ! 王位を継ぐ前に山と築いた富を使う時が来た!」
「ま、まあ本人がいいならいいけど……」
「俺達もかなり欲深いけどよ、あいつらほどにはなれないよな」
「ま、わしも古文書や魔法のアイテムが欲しいが……兄者たちに比べたら可愛いものじゃな」
「おほほほっ、めぼしい宝石はすべてあたしのものよ!」
「ぬれてにあわ、ぬれてにあわー」
比較的分別がある(小心者とも言う)3人は俗っぽく欲丸出しでニヤけるずるぼん達にあきれ果てる。
「はっはっは!!」
クルテマッカは王としてではなく、個人として愉快そうに笑い続けるのだった。