壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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特訓

 

「今から呪文の特訓をはじめる!」

 

モンスター達とダイの総出で慰められてどうにか意識を取り戻した影夫が、におう立ちで宣言した。

 

「ええぇーーー! 呪文なんてやだよ。身体を動かす修行とかさ! そうだ、剣を教えてよ!!」

 

影夫の前にちょこんと正座していたダイが、悲鳴を上げて盛大にブー垂れる。

勇者になるために手伝ってくれると聞いた彼は、大喜びで格好いい剣の特訓や修行の光景を空想していた。

 

だというのに、聞かされたのは大嫌いな呪文の特訓。

ダイは心底がっくりきたのだ。

 

「いや、まずは短所をどうにかしないとな。まったく使えないじゃどうしようもないぞ」

「えー呪文なんかいいよ。やっぱり剣だって! おれ毎日木剣で素振りしてるんだ! ほらっ見てよ!」

 

立ち上がったダイは、背中に背負った木剣を抜いてえいやぁと気合を入れて素振りをして見せた。

 

「へぇ。なかなかのもんだな」

 

力強くブレもすくない。

本当に毎日続けているのがうかがえた。

 

ある程度土台があるからこそ、7日で勇者になるコースに途中までとは言え、ついていけたのだということが分かる。

 

「そうでしょ!? だから呪文よりも剣を……」

「なんでそんなに呪文を嫌がるんだ?」

「だって……どうやったって出来ないんだもん。おれには才能ないんだよ……」

 

そう言いながら、ダイは力なく座り込む。

 

「なぁダイ君」

 

影夫は、その前から肩に手を置いて、一呼吸する。

これから彼に辛い現実を教えてあげないといけない。

 

気の毒な気持ちになりつつも、ゆっくりと口を開く。

 

「君はさ、戦士になるつもりなのか?」

「え……ちがうよっ、おれは勇者に!」

「呪文が使えない勇者って、中途半端な戦士じゃないのか?」

 

「そんなーー!」

 

かなりショックだったらしい。

 

「じゃあおれ一生、勇者になれないのぉー!?」

 

がっくし! と文字が出そうなほど落ち込んで、地面にのの字でも書き始めそうだ。

勇者への憧れと魔法への苦手意識は相当なものらしい。

 

「そんなことはないよ。契約が出来た以上、必ず呪文は使える。一度目の前でやってみてくれ」

「うん……メラッー!」

 

ダイは軽く頬を叩いて気合を入れると、手を突き出して呪文を唱えた。

だが。

ぷすんッという間抜けな音と煙が少し出ただけで、火球は生まれなかった。

 

「うう、やっぱしダメだぁーー!」

「ピィーピィー!」

 

心配そうにゴメちゃんがダイの周りを飛び回った後、ダイの頬に身体をこすり付けて慰めている。

 

「ありがとうゴメちゃん、慰めてくれて……でも呪文が使えないんじゃ勇者には」

「なっさけないなぁ。すぐ諦めちゃうなんて」

 

側でメディテーションをしながら、その様子を見ていたミリアがチャチャを入れる。

 

「今までじいちゃんにさんざんやらされたよ。! でもてんでダメ。俺才能ないんだ」

「メラ! こんなに簡単だよ」

「ミリアとは違うんだよ!」

 

ミリアが軽く実演してみせるとダイは口を尖らせ、ミリアに背を向けてその場に座り込む。

 

「こらミリア! 落ち込んでる時にそんな言われ方したらどんな気持ちになる? もっと言い方を考えなさい」

「はーい。ごめんなさーい。じゃあお兄ちゃん、ダイにもアレで教えてあげたらいいんじゃないの?」

 

呪文を放つには手順がある。

魔法力を高めて集中させたうえで必要な構成に沿って練り上げ、イメージに乗せて放つ必要があるのだ。

 

もちろんこのことはダイも、ブラスさんより教えられている。

だが、感覚特化の天才型であるダイには実感できないのだろう。

理論や仕組みを使えても難しいと推測する。

 

「え? なにかあるの?」

「私も最初はね、呪文が使えなかったんだ。でも魔法力を認識する裏技で、いっぱつで出来るようになったんだよ!」

「それ! 俺にもそれやってよクロスさん!」

 

「必要ないぞ。ダイ君は魔法力を操れてるからな」

「えぇっ!? おれが?」

「ああ。すまんが、もう一回呪文をつかってみてくれ」

「うん……メラッ」

 

ダイが詠唱を始めて、失敗するまでの一部始終を影夫はじっと見つめ続けた。

影夫は、マトリフにつけてもらった修行で魔法力の流れを視るということが出来る。

 

(やっぱり出来てるじゃないか)

 

見たところ、やはりダイの呪文行使に問題はなかった。

魔法力は高まっており、集中が今一つなのだが初級呪文ならどうにか問題ない範囲であった。

 

ダイがこの世界の住人である以上、手から魔法で火の玉を出すことに強い違和感もないだろうからイメージも問題ないはず。

 

「問題ないな……ブラスさんは何て?」

「努力が足りないって。気合と集中も……何度も練習させられたけど、ちっともうまくいかないんだ」

「まぁ普通ならそうだ。だが俺が見る限りメラなら出来るはずだ」

「えぇー? やっぱり俺才能がないのかなぁ」

 

だが、呪文は発動しない。

何かがつっかえて衝突して、それに邪魔されて呪文が出ていないように感じた。

ブラスさんや他の人間達にはない、ダイ特有の何かが……?

 

(つまり竜闘気の所為か)

 

影夫は心当たりにたどり着く。

無意識でも普段から、わずかに竜闘気を纏っているのだろう。

 

ブラスさんには竜闘気の存在が分からないので、反復練習をさせるしか手がなかったわけか。

原因が分からずブラスさんはさぞ苦悩したんだろうなあ。

 

となるとダイが呪文を使えるようになるには、竜闘気を制御するかもしくは、その干渉を計算に入れて呪文を扱うようにさせるしかなさそうだ。

 

が、それをそのままダイに説明しても、感覚型の天才である彼には小難しいと苦手意識が強くなってしまうだろう。

 

「ダイ君、呪文を使う時どんな感じ? 出るはずのメラは何故出てこないのだと思う?」

「うーん、そんなこといわれても……よくわかんないよ」

 

ダイは腕を組んで首を傾げる。

 

「メラっていうのは、魔法力で作った薪に詠唱で火をつけるようなものだと思ってみてくれ。それはイメージできるか?」

「うん。飯炊きや風呂炊きはいつもやってるから。うーん、あんな感じかぁ。だとするとおれのメラは……んーとぉ」

 

具体的にイメージさせてやると何かつかめそうになっているらしい。

ダイは何度かメラを唱えては、頭を捻ることを繰り返す。

 

影夫達が黙ってダイが考えを纏めるを待つこと数分後。

 

「火がつきかけたんだけどふっーって横風にかき消されちゃったかんじかな?」

「それを意識してみてくれ。横風が邪魔してるんだろ? それを避けるとか、負けないくらいの勢いで強く詠唱するとか」

「わかった! んーーーっ……メラァ!」

 

大きく息を吸って、叫んだダイ。

その手の平に大きな火の玉が出現した。

 

飛ばすことは出来ていないので、掌のまん前に浮いたままであるが、呪文は成功した。

 

「で、ででで、出来たぁーーっ!?」

「ピピィーピッッピッピッー!」

「うわぁ! やったよゴメちゃん、呪文ができたー!!」

 

火の玉をもったダイとゴメが走り回ってはしゃぐ。

 

「ああ、ブラスさんに見せてあげな。きっと喜ぶぜ」

「うん! じいちゃん! 俺おれ、呪文できたよーーー!!」

 

よほど嬉しかったんだろう。影夫が促すとダイは火の玉を掴んでまま、家の方に走って行ってしまった。

 

その後、ダイが向かった先から煙が立ち昇り、『ばっかも~~ん!!!』とブラスの怒声が聞こえてきたが……たぶんミリアみたいにダイも嬉しさのあまり火の玉を持ったままブラスに抱きつきでもしたのだろう。

 

 

 

「すごいよクロスさん! おれが呪文をつかえるなんて! いままで何度やっても出来ないから、才能ないって思ってた!」

「契約できた時点で才能はあるよ。あとは試行錯誤しながらコツを掴めばできるさ」

「でも、こんなにあっさりできちゃうなんてすごいや!」

 

頭にこぶを作りつつ、興奮さめあらぬ様子で影夫達のところに戻ってきたダイが満面の笑みで影夫の手を握ってぶんぶんと上下に振る。

 

「はは、お役に立ててよかったよ」

「お兄ちゃんってすごいでしょ。私も一発で使えるようになったし、教えるの上手なんだよ!」

「うんっ、すごいよ! 怒られたけどじいちゃんも凄い喜んでた!! ほんと、ありがとうクロスさん!」

 

「出来ないって思い込みは無くなっただろ? 後は、他の呪文も試していけばいい」

「うんっ、さっそく試してみる……ヒャド!」

 

ダイが両手を突き出して詠唱をしてみると、ちょびっと氷が出た。

ただそれだけ。

 

「うーん、なんでだろう?」

「ダイ君は直感タイプだからな。理屈よりも、感覚で捉えた違和感を無くすように調整していけばいいと思うぞ」

「そうする……ヒャド! 違うなぁ。勢いがダメなのかも……ヒャド!」

 

ダイは夢中で呪文を何度も試していく。

うんうん、自分であれこれ工夫して成功するのは面白いからな。

苦手意識をなくすにはこれが一番だろう。

原作の様子を見るに本人の感覚直感に任したほうが良さそうだし。

 

「あっ、いい感じ。でも、ちょっと違うか、もっとぶわーって出してきゅっと締める感じ?……ヒャド!」

 

最初は、ビー玉くらいの大きさしか出せなかった氷がもう、小さなメロンくらいの大きさになっている。

とっかかりとしては大変順調なようだ。

 

まあ、凡才なら自己流でやると変な癖がつくんだがダイなら大丈夫だろう。

どうしてもまずいようなら、後でアバン先生が何とかするだろうし、今は上達の楽しさを優先すべきだろう。

 

 

 

「ヒャド! できたぁ!! はははっやったぁーーー」

 

ダイはしばらく夢中になって呪文を試していたが、ヒャドの呪文が成功すると同時に

彼は魔法力を使い果たして地面に寝転がっていた。

 

「えへへ……俺が呪文を使ったんだ……」

 

疲労困憊になっていてもダイは、先ほどまで呪文を出していた手を握ったり開いたりしている。

 

「クロスさん。呪文って楽しいんだね。小難しくてややこしくって、俺には向いてないって思ってたよ……」

「上達するのは楽しくて嬉しいもんだ。剣も呪文もな」

「よし! おれ、呪文も頑張るよ! 剣も呪文もばっちり使える勇者になってみせるよ!!」

「ああ、がんばれよ。やる気になってるダイ君にプレゼント。飲めば魔法力が回復するぞ」

 

ダイ君にまほうのせいすいをいくつか投げてあげる。

 

「ありがとう! よーし、メラとヒャドを今日中に完璧にするぞ!」

 

その日、ダイは夜になるまで夢中で呪文の特訓を続けるのだった――。

 

 

 

その夜。

家の中で影夫とブラスは木のテーブルを挟んで座り、お茶を啜っていた。

 

「クロス殿。心より感謝いたしますじゃ」

「いえ、そんな。頭を上げてくださいブラスさん」

 

「ワシがあの子に教えてやれなかった魔法を使えるようにしていただいて……もうワシは涙が出てしまって……その後、照れ臭くて雷を落としてしまいましたが」

「ダイ君の喜びようもすごいものでしたよ。よほど嬉しかったのでしょう」

 

思えば、最初はダイにも魔法に対して憧れの気持ちがあったんじゃないだろうか。

育ての親であるブラスが操る呪文は、自分や友達の傷を癒し、島に住むみなの助けになっていただろうから。

 

そんなブラスに教えてもらっても、どうしても上手く使えない。

きっとブラスはつきっきりで根気よく教えただろう。なのにいつまでたっても初級呪文が使えるようにならない。

 

頭を悩ませてダイの魔法の指導をするブラス。

苦労をかけてしまっている、なのに期待に応えられないという日々が続く。

 

いつしかダイにはブラスを裏切っているような罪悪感を覚えてしまい、それが苦手意識になってしまっていたのではないんだろうか。

 

そんなことを影夫は思った。

その不幸な流れの解消に手を貸せたなら影夫としても嬉しいことだ。

 

「時にでろりんさん達は、中で寝なくて大丈夫なのでしょうか?」

「え? ああ。彼らなら用事があるとかで夜はどこかへ行っていますから気にしなくていいそうです」

「ほう、そうなのですか? 勇者様ともなるとお忙しいのですな」

「ええまあ」

 

破邪の洞窟攻略を終えて以降、でろりん達とミリア&影夫はいつも一緒というわけではない。

秘密の特訓だとかで、ちょくちょくルーラでどこかへ行っていくことがある。

 

だが、デルムリン島に来てからはそのことよりも影夫には気になっていることがあった。

 

(でろりん達はどうするか。原作沿いにこだわらなくてもいいと思うんだけど)

 

原作のことは、影夫とミリアが何もしなかった場合に起こった事として伝えてある。

今後の予想や行動を考える上では原作に沿っているほうが対処しやすいというのは事実だ。

 

だけど、原作沿いで進めたところで、いくらでも予想外の事態は起こり得る。

せっかくまっとうな道を歩んでいるのに台無しにしてまで原作に沿うことはない。

むしろ悪事を犯して心の迷いを抱えるほうが、マイナスになりうるだろう。

 

影夫がそう考えていることは、マトリフやでろりん達の前で伝えているが、

実際にでろりん達が『勇者』としてどうするつもりなのかは分からない。

 

でろりん達の良心は影夫も信じているが、正義のためには犠牲が必要なのだと覚悟を決めてしまう可能性もある。

 

(しばらく気をつけておかないと……)

 

影夫はお茶を啜りながら、目を閉じた。

いざとなれば、身体を張ってでも止めるしかなさそうだ。


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