「へぇーよく出来た家ね。おしゃれだし、かわいい森の隠れ家って感じ」
ずるぼんが、きょろきょろと見回している。
ダイとブラスの家の中は、意外と広く凝った作りだ。
大きな木のテーブルを囲むように丸太イスが2つあり、その側には4人は座れそうな石のソファーもあり、木のはしごの上には屋根裏スペースもある。
「こりゃあいいな」
「隠居先には良さそうじゃわい」
「食い物も美味い」
でろりん達は石のソファーに座って出されたお茶を啜り、お茶請けの果実を齧りながら周囲をものめずらしげに見回すのだった。
そんな彼らから少し離れた場所。
ブラスとクロスは、テーブルで向かい合って丸太イスに座っていた。
「ほー、みなさま勇者さまですか」
正体を隠す必要もないので、影夫はシャドーの姿である。
「ええ。最近売り出し中のぽっと出なんですけどね」
「すまんことですじゃ。この孤島には人は寄り付かず、外のことは知りませなんだ。ダイには勇者アバン殿の話しかしておらんで……それで疑ってしまったのでしょう」
「ミリアは見た目があれですから、疑うのもしょうがないことだと思いますよ」
「そうですか。しかし、新しい勇者さまがふたりも増えておるとは……驚きですじゃ」
ブラスはそう言うと、お茶を啜った。
言葉からも態度からも、勇者を名乗った影夫たちを疑う様子はない。
「あの、俺らがウソを言っているとか……疑わないのですか?」
「なに、これでも人を見る目はあると思っております。みなさん、強く正しい目をしておられる」
「いやいや。俺なんか邪悪な闘気の塊だとわかるでしょう?」
「それを言ったらワシらも元は邪悪な怪物。それに、あなたはワシと同じようですじゃ」
そう言うとブラスは優しげな表情で、天井を見やる。
上からは、ミリアとダイがわーきゃーと騒いでいる声やドタドタ走る音が聞こえてくる。
「そんなお方を疑う理由はあるまいて……」
ブラスは島のモンスター達を纏めてきた長老であるだけに、人格者であり、洞察力にも優れているようだった。
「して、この島に何用ですかな? ワシらは誰にも迷惑を掛けずに静かに暮らしておるだけですじゃ」
「いえ、ロモスの漁師から怪物島に住んでいる少年の話を聞きましてね……それで様子を見にきました」
「なるほど。ダイのやつに会いにですか」
「尤も心配するようなことはなかったので、もう用事は終わったようなものですが、知り合ったのも何かの縁です。もしよろしければ少しの間滞在させていただいてもいいですか?」
「それは勿論。好きなだけおってください。それでひとつ、お願いをしてもよろしいですかな?」
そこで咳払いを一つし、ブラスは手に持った杖で床を叩いて鳴らした。
その真摯な表情に、何事かと影夫も居住まいを正す。
「ダイを鍛えてやっては下さいませんか。あの子は勇者になりたくて仕方ないようで……」
「かまいませんが、ブラスさんはそれでいいのですか?」
「親代わりの身としてはワシと同じ魔法使いにと望んでいるのですが、本人の望むようにするのが一番でしょう――」
「…………」
「じゃがワシでは魔法しか教えてやれず、この島には剣の修行を付けてやれるものがおらんのですじゃ。今までは中途半端な勇者になるよりはと、魔法使いとして修行させておりましたが」
ブラスがそこまで言ったところで、ダイとミリアがはしごの上から転がる勢いで降りてきて、大人達には目もくれずに大騒ぎをしながら家の外へ飛び出ていった。
「こらーー! 待てーーー!」
「待たないよーーだっ。そーれ、おしりペンペン!」
「このぉーー! もう怒ったぞ!」
「きゃーきゃー!」
「すみません、大騒ぎしてしまって……本当に申し訳ないです」
「いえいえどうかお気になさらずに」
影夫は、汗を垂らしながらぺこぺこと頭を下げる。
よそ様のうちでよそ様の子をからかって大騒ぎというのは影夫の精神上、とても申し訳なかった。
「ダイ君を鍛える件はお受けします。弟子には取れませんが、彼の望みの助けになれるでしょう」
「どうかお願いしますじゃ。この島に人間はダイただひとり。しょうがないとはいえ、不憫に思っておったのですじゃ。外の人間との交流はいい刺激にもなるじゃろうて……」
そういうとブラスは、ダイとミリアが出て行った玄関のほうを優しく見つめるのだった。
★★★
ダイが口笛を吹くとあっという間に、島のモンスター達が砂煙を上げて集まってくる。
五分と経たずに島の原っぱには島中のモンスターが大集合していた。
「ごほん。じゃ皆、勇者さまに挨拶!」
ダイがそういうと、モンスター達は嬉しそうにグギャーゲギャーと声を上げた。
「へぇーブラスさんもそうだけど、この島のモンスターってほんとに皆大人しいのねえ……ほらおいで」
ずるぼんが近くに居たスライムを撫でながらスライム達に手招きする。
「うーん、可愛いわねえ。お持ち帰りしたいくらい」
すると彼らはぴょんぴょん跳ねながら、ずるぼんの肩や頭に乗っかって、ぷるぷる嬉しそうに震えている。
「外にいるモンスターたちは違うの?」
そう言うと首をかしげるダイ。
島を出たことがないダイにとっては島のモンスターが基準。
外のモンスターたちも同じように考えていた。
「そうだな、人里の近くに出てくるモンスターは人間を襲うような凶暴なのが多い。そうじゃないモンスターもいるらしいが、人間と会わない場所に隠れ住んでるって話だ。この島もその1つだな」
「そうなんだ……」
外の現実にダイは肩を落とした。
モンスターに育てられ、彼らを友達として育った少年には辛いことだろう。
「ピィー!」
「あっ、ゴメちゃん!」
でろりんがダイの頭を軽く撫でてやったところで、黄金色に輝く空飛ぶスライムが、ダイの元へ飛び込むようにやってきた。
「ほら、ゴメちゃん……勇者さまたちに挨拶して!」
「ピッ? ピィー」
「お。よろしくな」
「綺麗ねぇー」
でろりん達の周囲を飛びながら、ゴメちゃんは空中でお辞儀をしていく。
だが。
「ピッ!? ピピィーッ!」
ミリアと影夫を見るなり、ゴメちゃんは脅えてダイの後ろに隠れてしまった。
やっぱり暗黒闘気の邪悪な気配が苦手なのだろうか? そんなことを思う影夫であったが、
ダイはというとその様子を見て、やっぱりといった表情でミリアをじとっと見つめる。
「やっぱりミリアは勇者じゃないんじゃないの? ゴメちゃんがこんなに怖がるなんて!」
「まだ言うのっ!?」
「いだぁっ、なにすんだよ!」
「ひょっひほそっ、にゃにしゅるのぉー!」
そして、子供同士のケンカがまたもや始まる。
ミリアが髪の毛をひっぱれば、ダイは頬をひっぱる。
そのまま地面に転がってひっぱりあい。
「はぁ……ほどほどにな」
ミリアも加減を心得ているので、影夫はもうスルーだ。
子供のケンカに大人が首を突っ込むこともない。
「「べぇーっだ!」」
「ピィー?」
しばらく転がりあったかと思うと、舌を出し合って変顔で挑発しあうふたりの子供。
「ピッ? ピィィーー?」
ゴメちゃんは、不思議そうな表情でダイとミリアの周りをくるくる飛んだかと思うと、ミリアへと恐る恐る近づいていった。
「あっ。君がゴメちゃんだよね? ほらおいで。あははっ、可愛いー」
彼女が差し出した手の平の上にちょこんと座って、ゴメちゃんはしきりに首をかしげている。
「ピピピィィーーー?」
「ははは、分かってくれたみたいだな」
怖いけど怖くない? みたいなことでも考えてるのだろう。
影夫は微笑ましい気持ちになって、自らもゴメちゃんへと手を伸ばす。
「俺もよろしくなゴメちゃん」
「ピピッー!」
影夫が手を伸ばすと、それは避けられてしまった。
「……なぜ」
「え、えっと。お兄ちゃんどんまい!」
「うぐ……っ」
延ばされた手が行き所を失って、ゆらゆらとさまよう。
ミリアの慰めのエールは、さらに影夫の心を抉る。
「いいんだいいんだ。俺はどうせ、邪悪で陰キャな暗黒闘気だよ……」
「お兄ちゃん、頑張って!」
「えーっと。ゴメちゃんは人見知りだから、あまり気にしないでクロスさん!」
陰鬱な雰囲気を放ち始めて地面にのの字を描き始めたクロス。
ミリアが無意識の応援という言葉の追撃を放ち、慌てたダイのフォローが入るのだった……