「思った以上になんか、普通なとこだね」
「ロモスとベンガーナとパプニカを足して3で割った感じかな?」
そんなことを言いつつ、カール王国の城下町の大通りをミリアが歩き、影夫はその肩にのっかかって揺られながら頷いていた。
「そのくらいがちょうどいいのかもなあ」
ベンガーナほどの活気や派手さはないが、町で見かける品物や物資の豊富さはロモスやパプニカより勝っているように見えた。
ベンガーナは商人の国だけあって、発展ぶりは随一であり豊富な資本と物資を持っていて技術も優れている。
反面、貧富の格差は大きいし、欲が強く儲け主義にはしりがちみたいな悪い面も多い。
カール王国の街にある雰囲気はそうした面はあまり感じられない。大金持ちそうな人をあまり見かけないし、裏通りがスラムになってるとかもないようだ。
「まっ。ちょこっと見ただけの感想だからほんとのとこは分かんないけどな」
「でもよかったぁ。『勇者を生んだ光の国!』って聞いてたから、神聖な神殿みたいな国だったらどうしようって思ってたもん」
「神聖なる破邪の国とかだったら俺らはこれなかったかもな」
アバンが王都をマホカトールで覆うとかしてたら困るなあと思っていた影夫だったが杞憂のようだった。
「なんでしてないんだろ? すれば安全だよね? 私は嫌だけど」
「あんな結界を無限に設置できたら反則もいいところだし、維持できる数に制限があるんじゃないのか?」
「あ、そっかあ」
案外この考察は間違っていないだろうと影夫は思う。魂を基点に結界を張っているのだとしたら数には限りがあるだろう。
原作じゃアバン以外に、すごい破邪呪文を使えたのはレオナくらいだったし人海戦術で各国に結界をってのも無理そうだ。
「まぁとりあえず飯くうかー」
「カール料理おいしいといいね!」
「腹いっぱい美味しいもんを食ってこそだな!」
冒険者歓迎! 山盛り出来ます! 挑戦者募集! の張り紙がでているワイルドな店構えの飯屋に入る。
この日、大食い勝負で常連の巨漢に勝ったり、数百ゴールド分を猛烈に食べたことで、ミリアはカールの地でも『大食い勇者』としての異名が広まることになるのだった。
ミリアは世界中の飯屋で大食い姿を見せているため、世界中に大食い勇者の噂が知れ渡る日も近そうだ。
唯一テランでは、ドカ食いをしたら大迷惑になりそうで、大人しくしていたので、将来ミリアが女の子らしい恥じらいを覚える年頃になったら、テランが安住の地になるかもしれない。
★★★
カール王国の王宮。
ミリアと猫ぐるみ姿の影夫はカール王国の女王フローラに謁見しており、頭を垂れていた。
「……話はわかりました。破邪の洞窟は自由に入って構いません」
「ありがとうございます!」
フローラの言葉をうけて頭を少し上げて影夫は感謝の言葉を述べる。
「礼には及びません。元々あそこは神が試練を与える場。全ての人間に入る権利がありますから。それと……アバンの書についても閲覧許可を出しましょう」
(マトリフさんのコネってすげー。やっぱ世の中コネが物を言うよなー)
そんなことを思いつつ、マトリフの手紙を読み終えて傍らの大臣へと手渡しているカールの女王フローラを、影夫はちらりと見上げる。
彼女は、容貌もスタイルも抜群に美しい。
微笑を浮かべているその姿はまさに、神が創りし奇跡の造形じゃないだろうかと思ってしまうほど。
年齢は30代であるはずだが、凛としていて成熟した頼りがいのありそうな大人の女性といった雰囲気が影夫のストライクだった。
(ああ、フローラさまなんとお美しい……リアルな姿にお目見えできて感激です!)
彼女にはアバンという心に決めた人がいるのは分かっているが、神々しいまでの美しさを感じた影夫は見惚れる。
(おぉっ……!)
そしてふと気付く。
フローラ女王の綺麗なおみ足が見えている。
無論、女王たるものが過度にはしたない格好をするはずもなくふくらはぎのあたりまでが少し見えているだけだが、とても美しい生足である。
思わずぐへっっと影夫の表情がだらしなく――
(ちょっと、お兄ちゃん?)
(あっ。いやなんでもない! 何も見てないぞ!)
(見たんだ……)
「お兄ちゃん。下からじろじろ見上げちゃ女王さまに失礼だよ?」
「あっ、いだだだっ。こらっこんな場所でっ」
ミリアが隣で頭を垂れている影夫の頭を掴んで床にこすりつける。
(やめろよ!)
(ふぅんっ……?)
「もうっ! 綺麗な人には誰彼構わず鼻の下伸ばして!!」
「すみません! 俺が悪かったです!!」
「この前だってさ。酒場でおっぱい大きな人にいっぱい可愛がられて……まだ懲りないの?」
「ごめんなさいっ、許して! もうしません!!」
「むぅっ~~!」
「ふふふ。愉快な方たちですね」
場所も考えずに自然体で説教を始めるミリアと、恥と痛みで醜態をさらす影夫。
思わずといった様子で、フローラ女王は噴き出してしまう。
「あ、ああの。恥ずかしいところをお見せして……すみません!」
「いえ、楽しませてもらいました」
微笑ましい物を見るような優しい表情でふたりを見つめながら――
「さて。用件はこれでおしまいですね。最後に……」
そこまで言ったフローラが表情を引き締め、女王然とした表情を見せる。
「勇者ミリアよ。1つだけ聞かせてください」
「えっ、うん? あの、私あまり敬語とか難しくて。その。どうしよう……お兄ちゃん?」
「ふふ。儀礼作法は不要ですよ。あなたのありのままの答えをきかせてください」
「は、はい」
「あなたは力を求めています。それも危険な力であるように思える。何故力を求めるのですか? その力を何に使うのですか?」
「……わたしはわたしから家族を奪った輩が許せない。同じようなことをしている連中すべてが許せない! そんな連中をのさばらせたくないから」
「……憎んでいるのですか?」
「人を憎むのはたぶん良くないと思うけど…………憎い」
迷いつつも、ミリアは過去に思いをめぐらせて憎悪を漏らす。
「家族もろとも殺されかけて、力を得た。悪い奴らに罰を与えて、この手で裁いたこともあるよ」
漏れ出る殺気にその場は緊迫して、フローラは難しい顔をして厳しくミリアを見つめた。
「その事を後悔してない。事情を知っている人達はみんな、殺そうとしたほうが悪いから、しょうがなかったって言ってくれた。けど、他のやり様があったのかも? って最近思えるの」
「……あなたは、悪を倒すのが正義の行いであると思わないのですか?」
射抜くような視線で問いかけられ、ミリアは少し悩むそぶりを見せて、頭をかしげる。
「悪……なのかな? どうしようもない悪い人はいたよ。でも、多くの人たちは怖かっただけの弱い人達だったのかもって。今は思えるの。だからって彼らのしたことは許せないけれど……問答無用で悪を殺せば正義っていうのは、ちょっと違うと思う……」
「あなたは『勇者ミリア』と呼ばれています。あなたの信じる正義を教えてください」
「私は正義が分かんないし、信じられない。だからきっと私はみんなが言ってくれる『正義の勇者』なんかじゃないと思う」
「…………」
「殺されちゃった私の家族も、今のお兄ちゃんもね。私が悪いことをしたら、何が良くなかったか自分で考えなさいって言ってくれるから……時々考えてるの。誰が正しくて間違いで、何が正義で悪なのかなって」
「答えは、出たのですか?」
「……分かんない。考えても、考えても分からないよ! 正しいと思ったことが後で考えたら違ってて、違うと思ったら後で正しいと思えたり……答えなんか出ないの」
「…………」
「でもなんとなく最近思うのは……考えなくなるのが良くないことで、悪になるのかなって。絶対に100%自分は正しくて相手が間違ってるって確信したらきっと悪になるのかも」
「それが、たとえ正義の勇者であってもですか?」
「うん。例え勇者アバンでもだよ。自らを絶対正義と信じて、問答無用で敵を皆殺しにしたらそれは……」
「正義に在らず。と?」
「だと思うけど……はっきりと答えは出てないの。でも、見過ごせない暴挙や理不尽はいっぱいあって、言葉だけじゃ分かってもらえなくて、どうしようもないから……私はもっと力が欲しい。それが危険な力って言われて嫌われても。私には絆の力だから。大事に使うよ」
「……迷える勇者、ミリアよ。分からないままに強大な力を得るのはとても危険なことです。それは理解していますか?」
「私は短気で、すぐにカッとしちゃって。我慢できないこともあるかもしれないけど……なるべく気をつけようと思ってる。それに自分で止まれなくてもお兄ちゃんやでろりん達が止めてくれると信じてる。だからきっと、大丈夫だと思う。絶対とは言えないけど……」
それが今のミリアの本心だった。
悲劇の末に新しい家族である影夫だけになっていた彼女の世界は、でろりん達との出会いと交流と信頼の中で広げられた。
友達が出来て、不特定多数の人々とも出会いを繰り返す中で、いつしか大きく広がっていたのだ。
闇に染まって凍り付いていた彼女の世界は、善き人々に囲まれたことで温もりが戻っていた。
それに、旅をする中で家族が引き裂かれそうになる光景を見たこともミリアにとって大きかったのだろう。
平和になったはずの世でもそのようなことがある。
ましてや新生魔王軍が侵略を開始したら……そう想像したミリアが出した気持ちと答えだった。
「うぅっ。な、なんて立派なんだ……! ミリアはかしこくて、優しくて素晴らしい子だぁ……!」
「ちょ、ちょっと……もう。おおげさだよ」
思わず影夫はプルプル震えて感激してしまう。
ほっこりした空気が場に流れるが、フローラは言葉を重ねる。
「しかしあなたはもう十分に強い。平和になった今では過剰な力でしょう。今以上の力を求めるのは何故ですか?」
「十分なんかじゃないよっ。クラーゴンに負けちゃって、ししょー達が殺されそうになったし、私はもっともっと強くならなきゃ。すべてを倒せるくらいに!!」
「……空が落ちてくることにおびえる人のお話は知っていますか? 私にはあなたが同じに見えます」
「どうして? 魔王ハドラーが強くなって復活したり、もっと強い次の魔王が魔界から来たらどうするの?」
「……っ」
過剰な力を諌めるようなフローラの言葉に、純粋に投げかけられたミリアの疑問。
ミリアは未来の話を知っているからの発言でもある。
だがそれはカール王国を導くフローラや大臣たちにとって盲点でもあったのか、場は一転沈黙した。
「お、おいミリア……」
「いえ。彼女の言はもっともです」
魔王が勇者に倒された。今の世にはアバンがいる。だから安心で世界はもう平和なのだと、思っていたから。
世界中が戦禍に飲まれ、悲惨だったハドラー戦役の記憶が生々しいからこそ平和への想いは強く、力や争いをどこか忌避していたのかもしれない。とフローラは想う。
「たしかに今魔界からの侵攻があれば苦しいでしょう。アバンの肉体は最盛期を過ぎ、ロカは病に倒れ、レイラは現役を退いています。マトリフもブロキーナも老齢です」
「……フ、フローラさま」
フローラが世界を救った勇者一行の現状を述べると、そばにいた大臣が冷や汗を流す。
今ハドラーが復活すれば……危ういと思ったのだ。
とはいえ、最悪の可能性すべてに備えようとすると神すら超える力を身につけるまで安心などできなくなってしまうだろう。
この問題は非常に難しいものでもある。
「カールも、世界も。過去に学んでいます。騎士団の数も質も大きく上がりました。装備品の質も上がっています。脅威を恐れて過度の軍備拡張に走れば民を苦しめ戦いをうむことになりかねない」
「むずかしいことはよくわからないけど。だから、わたしが強くなるしかないと思う」
「本当なら国こそが個人を守るべきで、個人に国が頼ることはしてはならないのですが……すみません。国が確証もなく軽々と動いてはならないのです」
「別に気にしないよ。みんなが無理して戦争になったら困っちゃうし……」
「いえ、あなたの言うことももっともです。国としても万が一には備えて出来ることを模索してみるわ」
最後に、そう言って、フローラ女王は微笑んだ。
どうやらこれでお話しは終わりのようだ。
「それと、アバンの書の写本も許可します。あなたが信頼する人物へ譲っても構いません。アバンの教えはあなたと仲間の力となるでしょう」
「え、ええっ? いいのかな……?」
「あなたには良き師、良き仲間、良き家族がいるようです。彼らがいる限り、あなたが光を見失い、道を違えることはないでしょう。では、退出してくださって大丈夫です」
「ありがとうございます! それでは……!」
フローラに許可をもらったミリアと影夫はばたばたとその場を退いて城内の書庫を探しに走っていった。
後に残されたフローラは、憂いげにため息をつく。
「大臣。このごろのベンガーナの急速な軍備拡張は……彼女に影響を受けてのことなのでしょうね」
「そうですな……我が国も同様にいたしますか?」
「それではいたずらに世界の緊張を高めることになってしまいます。我が国にできることを模索しましょう」
「こういう時、アバンどのが居れば心強いのですが」
「……そうですね」
世界を放浪して弟子作りをしているという想い人に複雑な気持ちを抱くフローラ。
「彼の人にはさっさと観念していただいて、王冠を戴いてもらいたいものですな」
「そうで……大臣?」
「ゴホン! 何はともあれ一度ベンガーナ王と会談してみるのが良いかもしれませんな」
「ええ。協力しあうことができるかもしれませんし、万が一が起こったときのためにも連絡は綿密なほうがよいでしょう」
ミリアと影夫の影響で、世界は少しずつ動いていくようであった……